2026年の天覧相撲は、1月18日(日)、東京・両国国技館で開催された大相撲初場所8日目(中日)に実現した。天皇皇后両陛下と長女の愛子さまがそろって来館され、2階の貴賓席から幕内後半戦を観戦。2020年1月25日の初場所14日目以来、実に6年ぶりとなる天覧相撲に、満員の国技館は大きな拍手と歓声に包まれた。
今回の天覧相撲では、ご一家のご来館だけでなく、横綱・大の里と豊昇龍、新大関・安青錦、大関・琴櫻がそろって敗れる異例の展開も話題になった。加えて、八角理事長による説明、ご一家と力士の懇談、行幸啓記念の大入り袋など、相撲の歴史を感じさせる出来事もあった。開催までの経緯や歴代の観戦回数、独特の作法とともに、2026年1月18日の天覧相撲を振り返る。
【開催概要】天覧相撲2026は1月18日!天皇皇后両陛下と愛子さまが両国国技館へ

2026年1月18日、大相撲初場所8日目の両国国技館に、天皇皇后両陛下と愛子内親王殿下が来館された。天皇陛下が本場所を観戦される天覧相撲であり、ご一家そろっての大相撲観戦は6年ぶりとなった。
宮内庁が公表した「天皇ご一家のご日程」でも、同日の予定として「大相撲一月場所(8日目)」(国技館・墨田区)が記録されている。単なる報道上の観戦情報ではなく、宮内庁の公式日程にも掲載された行事だった。
午後5時すぎ、貴賓席へのご入場に館内から大歓声当日の入場は幕内後半戦が始まる時間帯だった。日刊スポーツの現地報道によると、午後5時1分に場内アナウンスでご一家の入場が告げられ、午後5時2分には2階の貴賓席に着席された。
黒紋付きに羽織はかまを着用した日本相撲協会の八角理事長らがご一家を案内。両陛下と愛子さまが姿を見せられると、館内から大きな歓声と拍手が沸き起こった。審判を務める親方衆や出番を待つ幕内力士も、貴賓席に向かって直立不動でお迎えした。
観客の多くも立ち上がり、ご一家のご入場を歓迎。国技館ならではの一体感が生まれた瞬間だった。
愛子さまはピンクの振り袖姿、八角理事長が説明役に当日のご一家は、それぞれ正装で来館された。天皇陛下はスーツ姿、皇后陛下は着物姿、愛子さまは華やかなピンク色の振り袖姿で、観客からも注目を集めた。
説明役を務めたのは、日本相撲協会の八角理事長(元横綱・北勝海)。相撲の伝統や土俵の構造について、両陛下に説明された。
スポニチの報道によると、天皇陛下は四本柱がなくなった時期や徳俵の意味について質問されたという。皇后陛下は力士の立ち合いの迫力に関心を示され、愛子さまは取組表に勝敗を書き込みながら観戦された。
愛子さまが東西の勝敗の偏りにも気づかれたというエピソードからは、単に会場の雰囲気を楽しまれるだけでなく、一番一番の勝負を熱心に追われていた様子が伝わる。
宮内庁の公式日程と当日の報道を照らし合わせると、今回の天覧相撲はご一家が幕内後半戦を中心に観戦し、弓取り式まで見届けられた行事だったことが分かる。
【6年ぶりの開催経緯】天覧相撲2026の発表はいつ?開催決定までの流れ
2026年の天覧相撲が公表されたのは、開催当日の1月18日ではない。日本相撲協会と宮内庁は、1月9日に初場所8日目を天皇陛下が観戦されることを発表した。開催日の9日前に公表された形だ。
共同通信の報道によると、前回の天覧相撲は2020年1月25日の初場所14日目。2026年1月18日の開催は、それ以来6年ぶりであり、令和に入ってからは2度目となった。
2026年の発表スケジュール開催日と取組表の発表は、別々の日に行われている。
- 1月9日:宮内庁と日本相撲協会が、1月18日の天覧相撲を発表。
- 1月17日:日本相撲協会が初場所8日目の幕内取組を発表。
- 1月18日:天皇皇后両陛下と愛子さまが両国国技館に来館し、観戦。
特に注目されたのは、天覧相撲の日程が事前に公表されたことだ。
従来は警備上の理由から、天覧相撲の開催日を事前に大きく知らせず、当日の警備体制などから観客が気づくこともあったと日刊スポーツは報じている。
しかし、2026年は宮内庁が発表したことを受け、日本相撲協会も開催日を公表。協会広報部への取材では、来館日について宮内庁と協会が同時に発表した一方、詳しい時間は非公表とされた。
また、日刊スポーツが日本相撲協会に確認したところ、2019年1月以降の天覧相撲は、今回を含めて3回とも事前発表されていたという。「天覧相撲は必ず当日まで秘密」という認識は正確ではない。
なぜ6年間も開催されなかったのか6年ぶりという間隔は、新型コロナウイルスの流行時期と重なるため、感染症の影響を想像する人も少なくない。しかし、2020年から2026年まで開催がなかった理由について、特定の事情だけを公式な原因として示す発表はない。
天覧相撲は毎年決まった日に開催される定例行事ではない。宮内庁の日程や警備、相撲協会側の本場所運営など、複数の条件を調整したうえで実現する特別な観戦行事である。
したがって、6年ぶりという事実は前回の開催日と今回の日付から確認できるが、空白期間の理由を一つの出来事に結びつけるのは適切ではない。
今回の開催が実現したこと自体、皇室と大相撲の長い関係が令和の時代にも続いていることを示している。
【2026年の取組結果】2横綱2大関が総崩れ!霧島と阿炎が1敗で首位
2026年1月18日の天覧相撲は、取組内容でも大相撲史に残る一日となった。横綱2人と大関2人がそろって敗れるという異例の展開が起きたからだ。
天覧相撲という特別な舞台で、上位陣が次々と黒星を喫する。観戦するご一家の前で繰り広げられた勝負は、期待された横綱・大関の強さだけでなく、挑戦する側の力士の奮闘を強く印象づけた。
注目の上位4番はすべて番狂わせこの日の幕内後半戦では、琴桜、安青錦、豊昇龍、大の里の順に上位陣が敗れた。主な取組結果は次のとおり。
- 琴桜-王鵬:王鵬が押し出しで勝利。琴桜は3敗目を喫した。
- 安青錦-霧島:霧島が寄り倒しで勝利。1敗同士の対決を制した。
- 豊昇龍-大栄翔:大栄翔がはたき込みで勝利。豊昇龍は2敗目となった。
- 大の里-伯乃富士:伯乃富士が押し出しで勝利。結びの一番で横綱を破った。
特に結びの一番は大きな注目を集めた。大の里は立ち合いから伯乃富士に攻め込まれ、十分な体勢をつくれないまま土俵外へ押し出された。
伯乃富士にとっては、4場所連続となる金星獲得。しかも、そのうち3つは大の里から挙げたものだった。日刊スポーツによると、昭和以降では3人目となる4場所連続金星の記録でもあった。
大栄翔も豊昇龍を破り、通算5個目の金星を獲得。横綱を相手に前へ出る力士たちの積極的な相撲が、天覧相撲の土俵を大きく揺さぶった。
初場所8日目終了時点の優勝争い中日を終えた幕内の優勝争いは、関脇霧島と前頭の阿炎が1敗で並ぶ展開となった。
- 1敗:霧島、阿炎
- 2敗:豊昇龍、大の里、安青錦、高安、熱海富士、藤ノ川、獅司、欧勝海
横綱と大関の4人が敗れたことで、優勝争いは一気に混戦へと変化した。霧島は新大関・安青錦との直接対決を制し、阿炎も白星を守ったことで、両者が先頭に立った。
共同通信によると、天覧相撲で横綱と大関が総崩れとなったのは、1955年夏場所以降初めてのことだった。国技館の歴史に残る波乱として記録された一日である。
なお、ここで紹介した成績は1月18日の8日目終了時点のもの。1月場所全体の最終成績や優勝力士とは区別して見る必要がある。
【天覧相撲の歴史と由来】昭和51回・平成23回・令和2回の観戦記録
天覧相撲の歴史は、両国国技館の開館よりもはるかに古い。起点として紹介されるのは、1868年(慶応4年)4月17日に大阪の坐摩神社で行われた京都相撲だ。
坐摩神社の公式な由緒によれば、明治天皇が大阪に行幸された際、同社に参拝され、相撲を天覧された記録が残っている。現在の天覧相撲につながる皇室と相撲の関係は、明治時代から続いている。
昭和・平成・令和の天覧相撲回数を比較歴代の観戦回数を整理すると、昭和と平成では開催頻度に大きな違いがある。2026年1月の開催を含めた時代別の記録は次のとおりだ。
| 時代・時期 | 開催回数 | 主な歴史・出来事 |
|---|---|---|
| 1868年(慶応4年) | 起点 | 明治天皇が大阪・坐摩神社で京都相撲を天覧 |
| 昭和 | 51回 | 昭和天皇の生涯の観戦回数。うち戦後の本場所での観戦は40回 |
| 平成 | 23回 | 1990年から2019年まで。初場所20回、夏場所2回、秋場所1回 |
| 令和 | 2回 | 2020年1月25日、2026年1月18日 |
昭和天皇の観戦回数については、51回という数字が広く紹介されている。一方、共同通信が日本相撲協会の説明として報じた数字では、1955年夏場所から1987年夏場所までの国技館での観戦は40回。これは矛盾ではなく、戦前の観戦なども含む生涯の総数と、戦後の本場所における観戦回数という集計範囲の違いによるものだ。
この点は歴代回数を調べる際に押さえておきたい。昭和51回という数字と、戦後の国技館での40回は、それぞれ異なる範囲を示している。
平成最後の天覧相撲から令和2度目まで平成では23回の天覧相撲が行われ、そのうち20回が初場所だった。平成最後の開催は2019年1月20日の初場所8日目。横綱白鵬が碧山を下し、白星を挙げたことでも知られる。
その翌年、2020年1月25日の初場所14日目に令和初の天覧相撲が開催された。天皇皇后両陛下と愛子さまも観戦されている。
2026年1月18日は、その2020年以来の開催だった。令和の観戦回数は今回で2回。昭和の51回、平成の23回と比べると少ないが、令和の期間はまだ昭和・平成より短く、単純な回数比較だけで開催の重みを判断することはできない。
【独特の作法と仕組み】貴賓席・結びの口上・行幸啓記念の大入り袋
天覧相撲は、通常の本場所に天皇陛下が来館されるだけの行事ではない。ご入場時の対応から、行司の口上、観客の振る舞いに至るまで、皇室をお迎えする特別な作法が受け継がれている。
2階貴賓席での観戦と場内の礼節2026年の天覧相撲では、両陛下と愛子さまは両国国技館2階の貴賓席から観戦された。ご入場の際には、審判の親方衆や幕内力士が起立し、観客も立ち上がって拍手で迎えた。
また、協会側の案内役を務める八角理事長は、黒紋付きの正装でご一家に付き添った。通常の観戦とは異なり、会場全体がご来館に合わせた厳粛な雰囲気に切り替わる。
行司の「打ち止め」が「結び」に変わる理由天覧相撲の特徴として知られるのが、最後の取組を告げる立行司の口上だ。
通常、本場所では結びの一番を告げる際に「この相撲一番にて本日の打ち止め」と発する。しかし、天覧相撲では「打ち止め」を「結び」と言い換える慣例がある。
「打ち止め」という表現を避け、皇室に対する敬意を込めた言葉遣いにするためと説明されている。日本相撲協会の相撲に関する解説でも、御前掛かりの土俵入りが行われる場合には、通常の口上と異なる言い回しが用いられることが紹介されている。
一見すると小さな言葉の違いだが、相撲が単なる勝敗を競う競技ではなく、長い歴史の中で礼法や儀式を大切にしてきた文化であることを示す一例だ。
行幸啓記念の大入り袋とは?天覧相撲の日には、大入り袋にも特別な意味が加わる。報道によると、袋には「行幸啓記念」の文字が入る。
行幸啓とは、天皇皇后両陛下がそろって外出されることを指す言葉。両陛下が国技館を訪れた記念を残す意味合いがあり、通常の大入り袋とは異なる記念性を持つ。
大入り袋は、相撲興行の盛況を象徴するものでもある。そこに行幸啓記念の文字が加わることで、天覧相撲という特別な一日を記憶に残す品となる。
2026年は天覧相撲後の懇談も話題に今回、もう一つ注目されたのが取組終了後の懇談だった。
日刊スポーツの報道によると、横綱・大関陣は取組後に黒紋付きへ着替え、両陛下と愛子さまと懇談した。関係者は、長い天覧相撲の歴史の中でも初めての試みと説明している。
大相撲を観戦するだけでなく、実際に土俵に上がった力士たちと言葉を交わす機会が設けられたことは、2026年の天覧相撲を特徴づける出来事となった。
【2026年の注目点とプロの結論】八角理事長の説明から見える天覧相撲の意義
今回の天覧相撲を振り返るうえで重要なのは、皇室のご来館、土俵上の勝負、そして力士との交流という3つの出来事が一日に集約されたことだ。
八角理事長が伝えた天皇陛下の相撲への関心八角理事長は観戦中、両陛下に相撲の仕組みを説明した。天皇陛下からは、かつて土俵の四隅に設けられていた四本柱がなくなった時期や、徳俵の役割について質問があったという。
皇后陛下は力士の立ち合いに関心を示され、愛子さまは取組表に勝敗を記録。観戦を終えた後、八角理事長は天皇陛下の感想について次のように伝えている。
「陛下は非常に楽しかったと申されていた。力士の名前などよくご存じでした」
これは1月19日付のスポニチが報じた八角理事長の説明だ。相撲の歴史や力士への関心がうかがえるエピソードであり、天覧相撲が単なる儀礼的な行事ではないことを感じさせる。
上位陣の敗北が示した天覧相撲のもう一つの魅力2026年の天覧相撲では、横綱と大関がそろって敗れるという、予想を覆す結果が生まれた。
大相撲では番付が上位であるほど注目度が高く、横綱や大関には勝利への期待が集まる。しかし、土俵に上がれば番付だけで勝敗が決まるわけではない。平幕力士が上位を倒す金星は、その実力と勝負への集中力が結実した結果だ。
天覧相撲という特別な場で、下位力士が上位陣を破ったことは、勝負の予測不能性を改めて印象づけた。ご一家が観戦されていたからこそ、力士たちにとっても記憶に残る一日となったはずだ。
【プロの結論】天覧相撲を正しく理解する3つの判断基準天覧相撲の情報を調べる際は、次の3点を押さえると、ニュースの背景や歴史的な意味を正確に理解できる。
- 開催回数は時代と集計範囲を分ける:昭和51回は生涯の観戦回数、戦後の国技館での40回は別の集計。数字だけを並べて比較しないことが大切だ。
- 発表日と開催日を区別する:2026年は1月9日に開催日が公表され、1月17日に翌日の取組表が発表された。二つの発表は意味が異なる。
- 当日の星取と場所全体の成績を混同しない:天覧相撲での勝敗は1月18日の8日目の結果であり、1月場所全体の優勝争いの最終結果ではない。
天覧相撲の本質は、天皇陛下が相撲をご覧になるという出来事だけにとどまらない。明治時代から続く皇室と相撲の歴史、国技館に受け継がれる礼法、そして力士たちが全力でぶつかり合う競技としての魅力が重なるところにある。
2026年の開催は、6年ぶりという時間的な節目に加え、2横綱2大関の総崩れや、歴史上初と報じられた力士との懇談など、複数の意味で記憶に残る天覧相撲となった。
【2026年の天覧相撲】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:2026年の天覧相撲はいつ開催されましたか?
A1:2026年1月18日(日)、東京・両国国技館で開催された大相撲初場所8日目(中日)に行われました。天皇皇后両陛下と愛子さまが2階貴賓席から幕内後半戦を観戦されました。
Q2:愛子さまが天覧相撲を観戦されたのは初めてですか?
A2:初めてではありません。2020年1月25日の初場所14日目にも両陛下と一緒に観戦されています。2026年1月18日は、ご一家での観戦が6年ぶりとなる機会でした。
Q3:昭和・平成・令和の天覧相撲はそれぞれ何回ですか?
A3:昭和天皇の生涯の観戦回数は51回、平成は23回です。令和は2020年1月と2026年1月の2回となりました。なお、昭和の51回には戦前の観戦も含まれ、戦後の本場所での観戦は40回とされています。
Q4:2026年の天覧相撲では、なぜ横綱と大関が話題になったのですか?
A4:大の里、豊昇龍の両横綱と、安青錦、琴桜の両大関が全員敗れたためです。天覧相撲における横綱・大関の総崩れは、1955年夏場所以降初めてと報じられました。
Q5:天覧相撲は毎年開催されるのですか?
A5:毎年決まった日に開催される行事ではありません。宮内庁と日本相撲協会の日程調整などを経て実施されます。次回の開催日についても、正式な発表を確認する必要があります。
まとめ:天覧相撲2026は皇室と大相撲の歴史をつなぐ特別な一日
2026年1月18日の天覧相撲は、天皇皇后両陛下と愛子さまが両国国技館を訪れ、大相撲初場所8日目を観戦された6年ぶりの特別な行事だった。
昭和天皇の51回、平成の23回という歴史を経て、令和では2回目の開催。明治天皇の時代にまでさかのぼる皇室と相撲の関係は、現在も受け継がれている。
当日は大の里、豊昇龍、安青錦、琴桜の2横綱2大関が総崩れとなり、霧島と阿炎が1敗で優勝争いの先頭に立った。加えて、八角理事長による説明や、取組後のご一家と力士との懇談も注目を集めた。
天覧相撲を理解するうえでは、開催回数だけでなく、歴史的な背景、貴賓席での観戦、行司の口上、そして力士たちの勝負に目を向けることが大切だ。
2026年の天覧相撲は、伝統を守る儀式としての側面と、勝負の結果が誰にも予測できない大相撲本来の魅力が同時に表れた一日だった。次回の開催がいつになるかにも、引き続き関心が集まりそうだ。