ホーム 芸能人プロフィール・現在 【志穂美悦子の現在】花創作家からシャンソン歌手・鬼無里まりへ

【志穂美悦子の現在】花創作家からシャンソン歌手・鬼無里まりへ

黒田 亮 黒田 亮 • 更新: • 公開: • 読了約 13 分
目次

志穂美悦子は、結婚後に女優業から離れたものの、現在は花創作家、フラワーアーティスト、シャンソン歌手という複数の顔を持つ。特に2024年以降は、歌手としての活動が大きな注目を集めている。

花創作家になったきっかけは2010年

志穂美が花の世界に入ったきっかけは、2010年に友人の河野景子から花を習いに行こうと誘われたことだった。

2023年のインタビューで志穂美本人が語ったところによると、当初は花についてほとんど知識がなく、誘われるままに花を習い始めたという。基本的なフラワーアレンジメントを学ぶ一方、自分なりの自由な作品づくりも続けた。

転機になったのは東日本大震災だった。志穂美は自身の作品を写真集にまとめ、その売り上げを被災地に全額寄付した。その写真集が奈良県の薬師寺関係者の目に留まり、寺のお堂を花で飾る機会を得たことから、花創作家としての活動が本格化した。

志穂美の花創作は力強さと独創性が特徴

志穂美の花の表現は、一般的な可憐さや華やかさだけを追求するものではない。

本人はインタビューで、立ち木や竹などを取り入れたダイナミックな作品づくりについて語っている。アクション女優時代から持ち続けてきた、誰もしていないことに挑戦したいという開拓者精神が、花の世界にも表れている。

また、東日本大震災の被災地だけでなく、ケニアやチベットの難民キャンプへの支援活動にも取り組んできた。花を単なる装飾ではなく、人と人をつなぐ表現として扱ってきた点も特徴的だ。

2024年6月、鬼無里まりとしてシャンソン歌手デビュー

志穂美悦子の現在を語るうえで欠かせないのが、シャンソン歌手としての活動だ。

2024年6月9日、志穂美は「鬼無里まり(きなさまり)」という芸名でシャンソン歌手デビューを果たした。都内で開催されたエターナルソング・コンテストの受賞曲発表コンサートに出演し、「自惚れさせてよ」などを披露した。

実は志穂美は20代前半の頃から、銀座のシャンソン喫茶「銀巴里」に通っていた。若い頃からシャンソンに親しんでいたものの、結婚後は歌手として表立った活動をしていなかった。長年心の中にあった音楽への思いが、60代後半になって本格的に動き出した形だ。

なお、「鬼無里まり」は別人ではなく、志穂美悦子本人の歌手名義である。2026年7月のデイリースポーツのインタビューによれば、「鬼無里」は思い出のある長野市内の地名、「まり」は1973年に出演した特撮ドラマ『キカイダー01』で演じた役名の「マリ」に由来する。

シャンソンコンクールでグランプリを獲得

デビュー後の志穂美は、歌手としても着実に実績を積み重ねた。

2024年11月の日本シャンソンコンクール2024では、「赤いポスター」を歌唱して優秀賞を受賞。翌2025年5月6日に開催された第12回東京シャンソンコンクールでは、「愛してくれるなら」を歌い、予選を通過した44人の中からグランプリに輝いた。

さらに2025年11月の日本シャンソンコンクール2025でも2年連続となる優秀賞を受賞している。女優時代に培った表現力や視線、身ぶりを生かした歌唱が評価されている。

花創作家としての活動と並行しながら、歌手としても結果を残していることは、志穂美の現在を象徴する出来事だ。

【夫婦仲と別居報道】2025年に何があったのか

長渕剛志穂美悦子

1987年の結婚以来、長渕剛と志穂美悦子は長年連れ添ってきた。しかし、2025年8月、2人の生活拠点が別になっているという報道が登場し、夫婦関係に注目が集まった。

2025年8月、週刊文春が別居状態を報道

2025年8月26日、週刊文春は志穂美が長渕の個人事務所「オフィスレン」など、関連する3社の取締役を2024年4月に退任していたと報じた。

加えて、同誌はツアースタッフの証言として、長渕が2023年末に自宅を出て、都内の別のマンションで生活するようになったと伝えた。

報道では、長年続いてきた夫婦の生活に変化が生じている背景として、事務所運営や仕事上の関係にも触れられている。ただし、役員退任の理由については関係者の説明と本人の説明を区別して捉える必要がある。

志穂美悦子が語った「行ったり来たり」

注目されたのは、週刊文春の電話取材に対する志穂美本人の回答だった。

「えっと、行ったり来たり」

長渕との別居状態について尋ねられた志穂美は、このように答えたと報じられている。

また、取締役を退いたことについては事実と認めたうえで、新しく始めたことに集中したいという趣旨を説明した。

「降りたことは事実です。いま私は新しいことをやり始めているので、そこに没入したいなあって」

この発言から読み取れるのは、志穂美が自身の新しい活動に力を注いでいることだ。別居報道に対する全面的な否定でも、離婚を認める発言でもない。

2025年9月にも夫婦関係をめぐる報道

2025年9月には女性セブン系の報道でも、長渕の生活拠点や志穂美との関係の変化が取り上げられた。過去に長渕の音楽活動を支えてきた志穂美の存在や、事務所の運営体制をめぐる事情などが報じられている。

ただし、こうした記事に登場する関係者の証言や取材内容は、夫婦それぞれが公に認めた事実とは区別しなければならない。特に第三者との関係をめぐる報道については、報道された内容だけで不倫などを確定することはできない。

2026年7月、志穂美が夫への感謝を語る

別居報道後の夫婦関係を考えるうえで注目したいのが、2026年7月10日付のデイリースポーツのインタビューだ。

志穂美は、歌手活動について夫の長渕から理解を得ていることを明かした。夫婦で歌手として共演する可能性については否定的な見方を示しながらも、自分が歌う時間を作ってくれたことへの感謝を述べている。

「歌う時間を作ってくれて、ありがたく思っています」

加えて、長渕が「やれるとこまでやれ」と応援してくれていることにも触れた。志穂美は夫の力を借りず、自分の力で歌の世界に挑戦したいという姿勢も示している。

この2026年の発言は、2025年の別居報道だけでは見えなかった夫婦間の一面を示している。一方で、歌手活動への理解や感謝を語ったことが、同居への復帰や夫婦関係の完全な修復を意味するわけではない。

2026年10月30日現在、別居報道後の生活実態や夫婦関係の詳細について、新たな公式説明は確認できない。離婚成立を発表した事実も確認できず、現在の関係を一言で断定することはできない。

【2026年最新】長渕剛と志穂美悦子、それぞれの現在

長渕剛は2026年も全国ツアーを展開

長渕剛は2026年、アコースティックツアー「TSUYOSHI NAGABUCHI ACOUSTIC HALL TOUR 2026 “JUST ONE”」を開催した。

公式サイトによると、全国16都市19公演を巡るツアーで、2026年10月28日に東京・SGCホール有明でファイナルを迎えた。公式案内では全公演がソールドアウトとなっている。

10月30日にはツアーグッズの事後通販も開始されており、音楽活動は引き続き活発だ。

志穂美悦子は花と音楽の両方で活動

志穂美は2026年も、花創作家・シャンソン歌手として活動を続けている。

その一例が、2026年8月23日に宮城県石巻市のマルホンまきあーとテラスで開催された「志穂美悦子(鬼無里まり)花とシャンソンLIVE―石巻に思いを馳せて―」だ。

イベントの公式案内では、第1部が花生けとトークショー、第2部がシャンソンライブという構成で紹介されていた。花の創作と歌唱という、現在の志穂美を象徴する2つの表現を組み合わせた公演だった。

また、本人の公式サイトには、2026年の世界らん展関連情報やソロライブ、NHK文化センターの講座など、幅広い活動情報が掲載されている。

2026年10月、インド旅行中のトレーニング姿が話題に

2026年10月には、志穂美がインド旅行中にトレーニングに励む姿も話題になった。

10月16日付のテレ朝NEWSは、志穂美が10月8日からインド各地を訪れ、デリー、ムンドゴッド、ダラムサラなどで筋力トレーニングを続けている様子を紹介した。

志穂美は自身のInstagramで、旅先でもトレーニングを続けていることを報告。10代から続けてきた身体づくりへの姿勢は、70歳を迎えた2026年も変わっていない。

アクション女優として鍛えた身体能力を、現在は舞台での歌唱や花の創作、日々のトレーニングに生かしている。女優を引退してからも、自分の表現を更新し続けている点が志穂美の大きな特徴だ。

【長渕剛と志穂美悦子】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:長渕剛と志穂美悦子はいつ結婚した?

A1:1987年8月29日に入籍した。挙式は同年9月17日、奈良県天川村の天河大弁財天社で行われたと報じられている。

Q2:長渕剛と志穂美悦子の馴れ初めは?

A2:1986年のTBSドラマ『親子ゲーム』での共演がきっかけ。撮影中に志穂美が左手を骨折し、長渕が病院に付き添ったことが交際につながったと伝えられている。

Q3:2人の子供は何人?名前は?

A3:3人で、長女が文音、長男が航(WATARU)、次男が漣(ReN)。文音は女優、WATARUはラッパー、ReNはシンガーソングライターとして活動している。

Q4:志穂美悦子の現在の職業は?

A4:花創作家・フラワーアーティスト、シャンソン歌手。2024年6月に「鬼無里まり」の芸名で歌手デビューし、2025年には東京シャンソンコンクールでグランプリを獲得した。

Q5:長渕剛と志穂美悦子は離婚した?

A5:2025年に別居状態が報じられたが、志穂美は「行ったり来たり」と説明している。2026年10月30日現在、離婚成立を公表したという情報は確認されていない。

Q6:2026年現在、夫婦仲は良好なの?

A6:2026年7月のインタビューで、志穂美は長渕が歌う時間を作ってくれたことへの感謝を述べている。一方、実際の同居状況や夫婦関係の詳細は公表されておらず、良好かどうかを断定することはできない。

まとめ:長渕剛と志穂美悦子の夫婦の歩みと2026年の現在

長渕剛と志穂美悦子は、1986年のドラマ『親子ゲーム』での共演をきっかけに親しくなり、1987年に結婚した。1女2男の3人の子供を育て、長年にわたってそれぞれの人生を歩んできた。

志穂美は結婚後に女優業を休止したが、2010年頃から花の世界に入り、花創作家として独自の表現を確立。2024年には鬼無里まりとしてシャンソン歌手デビューし、2025年にはコンクールでグランプリを獲得するなど、新たなキャリアを築いている。

一方、2025年の別居報道によって夫婦関係に変化が生じていることも明らかになった。2026年7月には志穂美が夫への感謝を語ったものの、現在の生活実態については公表されていない。

今回の2人の歩みから見えてくるのは、結婚や家族という関係だけでは説明できない、それぞれの表現者としての人生だ。

【プロの結論】注目すべきは夫婦の噂より、それぞれの現在の活動

長渕剛は2026年も全国ツアーを成功させ、志穂美悦子は花とシャンソンの世界で新しい挑戦を続けている。

夫婦の関係について情報を見極める際は、次の3点を意識したい。

  • 結婚の事実:1987年の入籍と3人の子供という家族の歩み。
  • 夫婦関係の報道:2025年の別居報道と、2026年の本人による発言を分けて理解すること。
  • 現在の活動:長渕の音楽活動と、志穂美の花創作・シャンソンという独立したキャリアに注目すること。

1987年の結婚から約39年。2人の関係には報道だけでは分からない部分もあるが、長い年月を経て、それぞれが表現者として活動を続けていることは確かな事実だ。今後も注目したいのは、夫婦の噂だけではなく、2人がどのような作品や活動を通じて新しい人生を切り開いていくかという点である。

同じカテゴリの記事

黒田 亮
SEOスペシャリスト 黒田 亮
プロフィールを見る →

スポーツ紙で15年の記者歴。試合結果と記録は球団・リーグの公式記録とNPB発表で照合し、移籍報道は球団の公式コメントが出るまで断定しません。

おすすめの関連記事