2026年10月現在、志穂美悦子さんは、花創作家として作品を発表する一方、シャンソン歌手「鬼無里(きなさ)まり」としても音楽活動を続けています。かつてジャパン・アクション・クラブ(JAC)出身の本格アクション女優として一世を風靡した彼女は、芸能界の第一線から離れた後も、花、音楽、身体表現という新たな分野で存在感を示しています。
年齢については、1955年10月29日生まれのため、2026年10月29日に71歳を迎えました。今年前半の報道では70歳と紹介されていましたが、10月31日現在は71歳です。2026年には花の展示やソロライブ、シャンソンフェスティバルなどへの出演が告知され、7月には映画上映イベントにも登壇。現在もトレーニングを続け、女優復帰についても将来的な可能性を語っています。
【2026年最新】志穂美悦子の現在は花創作家とシャンソン歌手「鬼無里まり」

志穂美悦子さんの現在を知るうえで押さえておきたいのは、女優を引退した後も表現者としての活動を続けていることです。
現在の肩書は、花創作家、フラワーアーティスト、そしてシャンソン歌手。特に2024年から本格的に始めた音楽活動は、2025年のコンクール受賞を経て、2026年には各地のライブや音楽イベントへの出演につながっています。
シャンソン歌手「鬼無里まり」として活動2024年6月、志穂美さんは「鬼無里まり」という芸名でシャンソン歌手として活動をスタートしました。
この芸名には本人の人生と芸能活動の記憶が込められています。「鬼無里」は長野県長野市にある思い出深い地名、「まり」は1973年に出演した特撮ドラマ『キカイダー01』で演じた役名に由来しています。
つまり、鬼無里まりという名前は、単なる別名ではありません。女優として歩んできた過去と、これからの音楽人生をつなぐ名前でもあります。
2026年7月のデイリースポーツのインタビューでは、20代前半の頃から銀座のシャンソン喫茶「銀巴里」に通っていたことを明かしています。当時からシャンソンに親しんでいたものの、実際に自分が歌手になるまでには長い時間が必要でした。
彼女が魅力を感じているのは、単なる恋愛や別れの歌ではなく、人生の苦しみ、抑圧への抵抗、生きることへの思いを表現するシャンソンです。
2024年11月には日本シャンソンコンクール2024で優秀賞を受賞。さらに2025年5月の第12回東京シャンソンコンクールではグランプリを獲得しました。同年11月の日本シャンソンコンクール2025でも優秀賞を受賞し、2年連続の入賞を果たしています。
60代後半から本格的に始めた歌手活動で、これだけの実績を積み重ねたことは注目に値します。
2026年のライブ・イベント出演情報2026年は音楽活動がさらに広がった年です。公式サイトの出演情報には、ソロライブやシャンソンフェスティバル、パリ祭などが掲載されています。
主な公演・イベントとして告知された内容は次のとおりです。
- 2月21日:新宿のUna canzoneでライブ出演。
- 3月27日:シャンパーニュでソロライブ「青い月」「赤い月」を開催。
- 5月24日:岡山凱旋ライブとして一夜限りのソロ公演を告知。
- 6月27日:シャンソンフェスティバルin八千代2026。
- 7月3日:ソロライブ「ChansoniX 2-deux-」を開催。
- 7月11日〜26日:岡山、尾道、名古屋、東京、金沢などのパリ祭関連イベントに出演予定。
- 10月17日:シャンソンティック歌謡祭in WAKAYAMAへの出演を告知。
加えて、2026年10月29日には、日本橋のAGORA CAFEで「ありがとう そして明日へ向かって! ―志穂美悦子~鬼無里まりへ―」というイベントのチケット情報も掲載されました。71歳の誕生日にあたる日付であり、女優時代から現在の歌手活動へと続く節目を感じさせる催しです。
なお、これらは公式サイトや公演情報に掲載された開催・出演予定の情報を中心に整理したもので、すべての公演の実施状況を示すものではありません。
現在の志穂美さんは、かつての女優としての知名度だけに頼るのではなく、歌手として新しい舞台を積極的に作っています。
【花創作家としての現在】志穂美悦子のフラワーアートと社会貢献活動
志穂美悦子さんのもう一つの重要な活動が、花創作家としての仕事です。
花の世界に本格的に入ったのは2010年。ベルギー出身の世界的フラワーデザイナー、ダニエル・オスト氏の内弟子を務めた経験を持つ前田玲子さん、清水はるみさんに師事しました。
女優時代に培った身体表現や大胆な発想は、花の創作にも生かされています。花を単に美しく配置するだけではなく、空間全体を使ったダイナミックな表現を得意としています。
2011年から続く花を通じた支援活動2011年にはフラワーアートの写真集『INSPIRE』を出版しました。東日本大震災の復興支援を目的とした企画で、売上金を被災地などに寄付しています。
その後も東日本の被災地、ケニア、チベット難民キャンプなどへの支援活動を展開しました。
2016年にはJA長生と協力し、復興支援を目的とした「ひまわりプロジェクト」を立ち上げています。全国から集まったボランティアが種から育てたひまわりを、宮城県、福島県、熊本県などに届ける取り組みです。
また、2014年には奈良の世界遺産・薬師寺で「聖観世音菩薩に捧げる花展」を開催。2015年から2023年まで「世界らん展」にも参加し、特別展示やステージパフォーマンスを披露してきました。
2026年も「世界らん展」に作品を展示2026年2月5日から11日には、東京ドームシティのプリズムホールで開催された「世界らん展2026-花と緑の祭典」に作品を展示しました。
同イベントの公式案内でも、華道家の假屋崎省吾さんとともに、志穂美さんのダイナミックな花の作品が紹介されています。
女優時代の身体能力を生かした大胆な表現と、花が持つ自然の美しさを組み合わせることが、彼女のフラワーアートの魅力です。
注目したいのは、花の仕事が単なる趣味や引退後の余暇ではないことです。写真集の出版、作品展示、ワークショップ、復興支援など、長期的な活動として確立されています。
【経歴・年表】志穂美悦子の若い頃とJAC時代、代表映画を振り返る
現在の多彩な活動を理解するには、若い頃のキャリアを振り返る必要があります。
志穂美さんは、日本映画界で本格的なアクションを自ら演じる女優として活躍した人物です。スタントや擬斗をこなす女性俳優がまだ珍しかった時代に、身体能力と厳しい訓練を武器にスターの地位を築きました。
千葉真一が設立したJACに入団高校2年生の頃、志穂美さんは千葉真一さんが設立したジャパン・アクション・クラブ(JAC)の存在を知りました。
雑誌でJACの1期生を紹介する記事を見つけ、入団を希望するはがきを送ったことがきっかけです。家族に芸能界入りの希望を打ち明けた際には、父親から反対されたものの、自分の意思を貫きました。
2026年6月の日刊スポーツのインタビューでは、JACのオーディションで前転と後転を披露して合格したこと、入団後は月曜日から土曜日まで厳しい訓練を受けていたことを振り返っています。
プールで手足を縛って泳ぐ訓練や、ビル間の綱渡り、ヘリコプターにぶら下がる訓練など、その内容は現在のアクション映画の撮影現場にも通じる本格的なものでした。
志穂美悦子の代表作と人生の転換点| 時期 | 出来事・作品 | 主な内容・意義 |
|---|---|---|
| 1955年10月29日 | 誕生 | 岡山県出身。本名は塩見悦子。 |
| 1973年 | JAC入団・映画デビュー | 『ボディガード牙 必殺三角飛び』でスタントデビュー。 |
| 1973〜1974年 | 『キカイダー01』 | マリ役を演じ、ビジンダーに変身する人物としても知られる。 |
| 1974〜1976年 | 『女必殺拳』シリーズ | 映画初主演を果たし、アクションスターとして人気を獲得。 |
| 1975年 | 『華麗なる追跡』 | 主演作を通じてアクション女優としての地位を確立。 |
| 1978年 | 『宇宙からのメッセージ』 | 深作欣二監督作品でヒロインを演じる。 |
| 1985年 | 『二代目はクリスチャン』 | 映画女優として活躍した代表的な出演作。 |
| 1986年 | 『親子ゲーム』『男はつらいよ 幸福の青い鳥』 | 長渕剛さんと共演。 |
| 1987年 | 長渕剛さんと結婚 | 結婚・出産を経て映画やテレビの第一線から離れる。 |
| 2010年〜 | 花創作家として活動 | フラワーアートの制作、展示、社会貢献活動を展開。 |
| 2024年 | 鬼無里まりとして歌手活動 | シャンソン歌手として本格的に再始動。 |
| 2025年 | シャンソンコンクールで受賞 | 東京シャンソンコンクールでグランプリ、日本シャンソンコンクールで優秀賞。 |
| 2026年 | ライブ・映画イベントに出演 | 花創作家と歌手の活動を継続し、女優復帰の可能性にも言及。 |
特に『宇宙からのメッセージ』は、現在の志穂美さんを語る際にも欠かせない作品です。1978年公開の深作欣二監督によるSF映画で、彼女のアクション女優としての魅力を知ることができます。
1985年の『二代目はクリスチャン』も代表作の一つです。加えて、松竹映画『男はつらいよ』シリーズでは第37作『幸福の青い鳥』に出演し、マドンナ役を務めました。
こうした作品を通じて、志穂美さんは単なるアクション専門の女優にとどまらず、映画のヒロインを担う俳優としても評価されるようになりました。
【長渕剛との夫婦関係】結婚の経緯と芸能界引退の理由、別居報道の真相
志穂美悦子さんを語るうえで、夫である歌手・長渕剛さんとの関係は大きな関心を集めています。
2人が初めて共演したのは、1986年のTBSドラマ『親子ゲーム』です。その後、映画『男はつらいよ 幸福の青い鳥』でも共演し、交流を深めました。
そして1987年8月に結婚。志穂美さんは当時31歳で、アクション女優としてキャリアの絶頂期にありました。
芸能界を離れた理由は長渕剛の希望だけではない志穂美さんの引退理由については、長年にわたり「長渕剛さんから女優を辞めるように言われたため」という説明が広まってきました。
実際、2023年12月にフジテレビ系『ぽかぽか』へ出演した際、本人は長渕さんから「家の中に2つの星はいらない」と言われたことを明かしています。当時は女優を続けたい気持ちもあり、すぐに納得したわけではなかったと振り返りました。
しかし、2026年6月の日刊スポーツのインタビューでは、引退会見を開いたわけでも、結婚会見で引退を宣言したわけでもないと説明しています。
加えて、30歳頃には女優という仕事だけでなく、自分自身の人生を豊かにすることに関心が移っていたとも語っています。
本人の振り返りを踏まえると、長渕さんの意向だけで一方的に女優を辞めたという単純な話ではありません。結婚、出産、家庭生活、そして自分自身の価値観の変化が重なった結果、映画やテレビの仕事から離れていったのです。
2017年の『徹子の部屋』出演時にも、長渕さんとはドラマ共演が交際のきっかけだったことや、結婚後は家庭に入り、夫の音楽活動を支えてきたことを語っています。
2025年の別居報道と本人のコメント2025年8月には、週刊文春が長渕さんと志穂美さんの別居状態について報道しました。長渕さんが都内の別のマンションで生活しているという関係者の証言や、志穂美さんが2024年4月に関連会社の取締役を退任していたことなどが取り上げられました。
同誌の取材に対し、志穂美さんは別居について「行ったり来たり」と説明。取締役を退いたことについては事実と認め、新しい活動に没入したいという趣旨の発言をしています。
一方、2025年9月の女性セブンのインタビューでは、離婚を考えているかと問われ、「なんでしなきゃいけないの?」と回答。長年の結婚生活を振り返り、夫への思いについても語っています。
ここで大切なのは、別居報道と離婚成立は別の事実だということです。2026年10月31日現在、2人の離婚が正式に発表された事実は確認できません。
さらに2026年7月のデイリースポーツのインタビューでは、長渕さんが歌う時間を作ってくれたことに感謝していると話しました。夫婦で歌手として共演する可能性については「ないでしょう」としながらも、音楽活動への理解に感謝する姿勢を示しています。
報道された夫婦の距離感と、本人が公の場で語っている感謝の言葉。その両方を分けて理解することが、現在の夫婦関係を正しく捉えるポイントです。
【71歳でも現役の身体能力】志穂美悦子の筋トレ・ボクシングの現在
2026年の志穂美さんの近況で、特に注目を集めたのが身体能力の高さです。
2026年7月5日、日刊スポーツの取材で、現在もほぼ毎日ジムなどで筋力トレーニングを続けていることを明かしました。
ボクシングジムにも通い、ベンチプレスでは現在45〜46キロほどを持ち上げると説明しています。以前は52キロまで扱っていたそうです。
加えて、2026年6月の日刊スポーツのインタビューでは、10日に1度はボクシングジムに通っていると話しています。トレーニングの頻度や内容は時期によって異なりますが、70代になっても身体を鍛え続けていることが分かります。
アクション女優時代から続く身体への意識志穂美さんにとって、身体を鍛えることは単なる美容や健康維持ではありません。
花創作家として活動する際にも、流木などの大きな素材を持ち上げる場面があり、筋力は実際の仕事に必要だと語っています。
2026年7月のデイリースポーツの取材では、食生活についても紹介されました。味噌汁、ご飯、焼き魚といった日本古来のシンプルな食事を好み、プロテインには頼らず自然な食生活を大切にしているそうです。
日刊スポーツの取材では、次のような目標も明かしています。
「104歳まで生きるつもりでいるので」
これは単に長生きしたいという意味ではありません。100歳を超えても自分の身体を動かし、表現活動を続けたいという意志の表れです。
若い頃のアクション女優としての経験が、現在の花創作や音楽活動を支える身体づくりにもつながっています。
【女優復帰の可能性】2026年に語った映画への思いと今後の展望
長年、映画やテレビドラマへの出演がなかった志穂美さんですが、2026年には映画ファンの前に登場し、女優復帰についても注目される発言をしました。
『宇宙からのメッセージ』上映イベントに登壇2026年7月5日から11日まで、東京・目黒シネマでは志穂美悦子さんの出演作を特集する上映企画が開催されました。
上映されたのは、1978年公開の『宇宙からのメッセージ』と、1985年公開の『二代目はクリスチャン』です。
7月5日には『宇宙からのメッセージ』の上映後にトークイベントが行われ、志穂美さんが登壇しました。映画の撮影当時の思い出や、深作欣二監督との仕事、アクション女優として過ごした日々などについて語っています。
日刊スポーツやデイリースポーツによると、このイベントでは現在の身体能力だけでなく、将来的な女優復帰についても質問が寄せられました。
100歳で魔女や妖怪の役を演じる可能性も女優復帰について、志穂美さんは深作欣二監督のような人物が現れ、自分を使いたいと思ってくれるなら「ない」とは言い切れないという趣旨の発言をしています。
加えて、100歳くらいになった頃に妖怪や魔女の役を演じてみたいという夢も明かしました。
これは具体的な出演作品や復帰時期が決まったという発表ではありません。しかし、女優という仕事そのものを完全に否定しているわけではないことが分かります。
現在の志穂美さんにとって重要なのは、女優に戻ること自体よりも、表現者として挑戦を続けることなのでしょう。
2026年7月のデイリースポーツのインタビューでは、歌手としての活動についても、自分の言葉を持って生きたいという思いを語っています。花も歌も映画も、形は違っても自分の人生を表現する手段としてつながっています。
現段階では女優復帰の具体的な企画は公表されていません。それでも、将来的な出演の可能性を残したことは、長年のファンにとってうれしいニュースといえます。
【志穂美悦子の現在】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:志穂美悦子は2026年現在何歳ですか?
A1:1955年10月29日生まれで、2026年10月29日に71歳になりました。2026年前半の報道では70歳と紹介されていましたが、10月31日現在は71歳です。
Q2:志穂美悦子は現在、何をしているのですか?
A2:花創作家・フラワーアーティストとして作品展示や花の創作活動を行うほか、鬼無里まり名義でシャンソン歌手としてライブや音楽イベントに出演しています。2025年にはシャンソンコンクールで2年連続優秀賞を受賞しました。
Q3:志穂美悦子と長渕剛は離婚したのですか?
A3:2026年10月31日現在、正式な離婚発表は確認されていません。2025年に別居報道がありましたが、本人は離婚について否定する趣旨の発言をしています。
Q4:志穂美悦子が芸能界を引退した理由は何ですか?
A4:1987年の長渕剛さんとの結婚と出産を機に、映画やテレビの第一線から離れました。夫から「家の中に2つの星はいらない」と言われたことも明かしていますが、本人は実人生を豊かにしたいという気持ちも強くなっていたと語っています。
Q5:志穂美悦子は女優に復帰する予定がありますか?
A5:具体的な復帰作品は発表されていません。ただし2026年7月の映画イベントでは、深作欣二監督のような人物から声がかかれば復帰の可能性は否定しないと話し、100歳頃に魔女や妖怪を演じる夢も明かしました。
まとめ:【プロの結論】志穂美悦子の現在は自分の人生を表現し続ける第二章
志穂美悦子さんの2026年現在を整理すると、かつてのアクション女優という肩書だけでは説明できない、多彩な活動を続けていることが分かります。
71歳を迎えた現在も、花創作家として作品を制作し、鬼無里まりとしてシャンソンの舞台に立ち、ボクシングや筋力トレーニングにも取り組んでいます。
その歩みを振り返ると、いくつかの大きな転換点があります。
- 1970年代:JACで訓練を積み、日本を代表するアクション女優として活躍。
- 1987年:長渕剛さんとの結婚を機に、芸能界の第一線から離れる。
- 2010年以降:花創作家として活動を広げ、社会貢献にも取り組む。
- 2024年:鬼無里まりとしてシャンソン歌手デビュー。
- 2025年:複数のシャンソンコンクールで受賞し、歌手として評価を高める。
- 2026年:花の展示、ライブ、映画イベントなど活動の幅をさらに広げる。
長渕剛さんとの夫婦関係については、2025年の別居報道が話題になりました。ただし、報道された内容と本人の発言を混同せず、離婚が成立したかのように受け取らないことが大切です。
また、女優復帰についても、現時点では具体的な出演計画はありません。しかし、本人が将来の可能性を否定していないことは、映画ファンにとって見逃せない発言です。
【プロの結論】
志穂美悦子さんの現在を理解するうえで大切なのは、「長渕剛の妻」「元アクション女優」という過去の肩書だけで人物像を固定しないことです。
女優として一つのキャリアを築き、家庭生活を経験し、その後は花の世界へ進み、さらにシャンソンという新しい表現に挑戦しました。いずれも本人が選び、時間をかけて積み重ねてきた活動です。
2026年の志穂美悦子さんは、過去の栄光にとどまる人物ではありません。70代になっても身体を鍛え、作品を作り、観客の前で歌う現役の表現者です。
「生きることは動くこと」という考え方を体現するような彼女の人生。今後の花創作、鬼無里まりとしての音楽活動、そしていつか実現するかもしれない女優復帰にも注目が集まります。
主な確認資料:志穂美悦子公式サイト、日刊スポーツ、デイリースポーツ、松竹映画公式サイト、週刊文春、女性セブン、KINENOTE。