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赤報隊事件の真相は?阪神支局襲撃から時効、元自衛官説と2026年の現在を徹底解説

小野寺 拓海 小野寺 拓海 • 更新: • 公開: • 読了約 24 分
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1987年5月3日、憲法記念日の夜。兵庫県西宮市にある朝日新聞阪神支局に目出し帽をかぶった男が侵入し、散弾銃を発砲した。記者2人が銃撃され、小尻知博記者(当時29歳)が死亡、犬飼兵衛記者が重傷を負った。この事件は「朝日新聞阪神支局襲撃事件」と呼ばれ、その後、「赤報隊」を名乗る犯人による一連の襲撃・脅迫事件へと発展していく。

警察庁は一連の事件を広域重要指定第116号事件に指定したが、犯人や実行組織を特定できないまま、2002年に阪神支局事件の殺人罪が、2003年3月までに指定事件すべての公訴時効が成立した。2026年10月現在も事件は未解決である。一方、元自衛官Xと統一教会との接点をめぐる報道、NHKスペシャルによる独自検証、2025年の「令和赤報隊」を名乗る人物の逮捕・有罪判決など、新たに確認しておきたい動きもある。

【事件の全貌】赤報隊事件とは何だったのか?1987年5月3日の阪神支局襲撃

赤報隊事件

赤報隊事件とは、1987年から1988年にかけて発生した、報道機関や企業関係者などを標的とする一連の襲撃・脅迫事件の総称である。

事件の中心となったのが、1987年5月3日に発生した朝日新聞阪神支局襲撃事件だった。

1987年5月3日、憲法記念日に起きた銃撃事件

事件が発生したのは、1987年5月3日午後8時15分ごろ。

場所は兵庫県西宮市にある朝日新聞阪神支局だった。

目出し帽をかぶった男が支局内に侵入し、編集室にいた記者に向けて散弾銃を発砲。その後、男は現場から逃走した。

被害を受けたのは、当時勤務していた2人の記者である。

- 小尻知博記者: 当時29歳。銃撃を受けて死亡。
- 犬飼兵衛記者: 当時42歳。重傷を負い、右手の小指と薬指を失った。2018年に73歳で死去。

報道機関の編集拠点に武装した人物が侵入し、取材活動に従事する記者を殺傷したという事実は、日本の報道史に深い傷を残した。

なぜ憲法記念日だったのか

5月3日は日本国憲法の施行を記念する祝日であり、憲法が保障する表現の自由や言論の自由を考えるうえでも象徴的な日である。

その日に新聞社が襲撃され、記者が殺害されたことは、事件の社会的な意味をいっそう大きくした。

ただし、犯人が5月3日を選んだ理由について、確定した説明は存在しない。

事件後には、朝日新聞の報道姿勢や政治的な論調に対する反発が犯行の背景にあったのではないかという見方が浮上した。

しかし、政治的な主張を持つ人物が犯行声明を出したことと、実際の犯行動機が完全に解明されたことは別問題である。

「赤報隊一同」を名乗る犯行声明

事件後、共同通信社と時事通信社に「赤報隊一同」を名乗る犯行声明が届いた。

声明は、阪神支局への襲撃だけでなく、1987年1月に発生した朝日新聞東京本社への銃撃も自分たちの犯行だと主張していた。

その文面には、朝日新聞を敵視する政治的・思想的な表現が含まれていた。

共同通信のニュース用語解説などでは、声明に「反日分子には極刑あるのみ」といった過激な文言が記されていたことも紹介されている。

重要なのは、声明に「赤報隊」と書かれていたからといって、実在する組織の構成員や指揮系統まで判明したわけではないという点だ。

「赤報隊」は犯行を主張する際に使用された名義であり、その実体が最後まで明らかにならなかったことが、事件の大きな謎となっている。

【時系列まとめ】広域重要指定116号事件の5事件と2003年の公訴時効

赤報隊事件を理解するには、阪神支局襲撃だけでなく、その前後に起きた事件を整理する必要がある。

警察庁は、赤報隊を名乗る犯人による一連の事件として、1987年から1988年に発生した5事件を広域重要指定第116号事件に指定した。

2026年5月8日の衆議院法務委員会でも、政府参考人が対象となった5事件と、2003年3月までにすべての公訴時効が成立した経緯を説明している。

広域重要指定116号事件の時系列
時期 事件・発生場所 主な内容 1987年1月 朝日新聞東京本社 散弾銃発砲事件 1987年5月3日 朝日新聞阪神支局 記者2人が銃撃され、1人死亡、1人重傷 1987年9月 朝日新聞名古屋本社社員寮 散弾銃発砲事件 1988年3月 朝日新聞静岡支局 爆破未遂事件 1988年8月 東京都港区・リクルート元会長宅 散弾銃発砲事件 2002年 阪神支局襲撃事件 殺人罪の公訴時効成立 2003年3月まで 広域重要指定116号事件 指定された5事件すべての公訴時効成立

出典:衆議院法務委員会の政府答弁、共同通信ニュース用語解説などを基に整理。

116号事件と関連する脅迫事件

赤報隊を名乗る犯行声明や脅迫状は、朝日新聞社だけに向けられたものではなかった。

報道では、中曽根康弘元首相や竹下登元首相への脅迫状なども関連する動きとして取り上げられている。

また、江副浩正元リクルート会長宅への銃撃も指定事件に含まれている。

ここで区別しておきたいのが、警察庁が正式に指定した5事件と、同時期に発生した関連・類似事件である。

関連する脅迫や攻撃がすべて同一の実行犯によるものだと確定しているわけではない。指定116号事件の対象と、広い意味で赤報隊事件に関連すると報じられた出来事を混同しないことが重要だ。

2002年と2003年、時効成立の違い

赤報隊事件について調べると、「2002年に時効」と「2003年に時効」という2種類の説明が見つかる。

これは必ずしも矛盾ではない。

- 2002年:阪神支局襲撃事件の殺人罪について公訴時効が成立。
- 2003年3月まで:広域重要指定116号事件の残る事件を含め、5事件すべての公訴時効が成立。

2026年5月8日の衆議院法務委員会でも、政府参考人は指定116号事件について、平成15年3月までにすべての公訴時効が成立したと答弁している。

つまり、阪神支局事件単独の時効成立年と、一連の指定事件全体の時効成立時期を分けて理解すればよい。

【未解決の理由】赤報隊の犯人はなぜ特定されなかったのか?

赤報隊事件が未解決となった背景には、犯行声明の分析だけでは解明できない複数の問題があった。

特に重要なのが、実行犯の人物像、組織の実体、複数事件の関係性という3つの問題である。

1.犯行声明と実行犯を結び付ける証拠が不足した

犯行声明には政治的な思想や朝日新聞への敵意を示す文言が含まれていた。

そのため、警察は右翼団体関係者などを捜査対象として調べた。

しかし、犯行声明を書いた人物と、実際に阪神支局で発砲した人物が同一であるとは限らない。

声明を送った人物が実行犯なのか、指示役なのか、あるいは事件を利用した別人なのか。

こうした関係を裏付ける証拠が必要だった。

思想的な共通点や政治的な主張だけでは、特定の人物を実行犯と認定することはできない。

2.赤報隊は単独犯だったのか、複数犯だったのか

事件をめぐる大きな謎の一つが、赤報隊の人数である。

一連の事件には、複数の地域にまたがる襲撃や脅迫が含まれている。

そのため、実行犯が1人だったのか、複数の人物が役割を分担していたのかという問題が浮上した。

また、阪神支局事件と静岡支局爆破未遂事件では、犯行の態様も異なる。

これらの違いは、複数犯説を考える材料にはなるが、それだけでグループの存在を確定することはできない。

2026年までに、赤報隊の具体的な構成員や指揮系統が公的に確定した事実はない。

3.長期間の捜査でも決定的な情報が得られなかった

事件は複数の都県にまたがり、警察庁と関係都県警察が捜査に当たった。

文藝春秋の2023年の取材報道では、兵庫県警などが作成した1998年の捜査資料約20冊や、重要捜査対象者9人のリストについても紹介された。

同報道によれば、取材班は資料に記載された関係者への接触を進めたものの、事件の全容を解明する決定的な証言には至らなかったという。

捜査対象者が存在したことと、犯人を特定できたことは違う。

疑わしい人物について情報が集まっても、実行行為や共犯関係を立証できなければ、事件の解決には結び付かない。

4.公訴時効が成立したことで何が変わったのか

1987年当時、殺人罪には15年の公訴時効が設けられていた。

その後、2010年の刑事訴訟法改正で殺人など一部の重大犯罪について公訴時効が廃止されたが、この改正はすでに時効が成立していた過去の事件をさかのぼって訴追可能にするものではない。

そのため、赤報隊事件は未解決のまま刑事訴追の期限を迎えた。

ここで押さえたいのは、公訴時効の成立は事件の真相が判明したことを意味しないという点だ。

事件の歴史的検証や報道、資料の研究は続けられるが、時効成立によって刑事裁判で責任を問う道は閉ざされた。

【元自衛官説の真相】統一教会との関係とXをめぐる報道を検証

赤報隊事件の犯人像をめぐって、特に注目を集めてきたのが元自衛官Xと呼ばれる人物の存在である。

この説は、朝日新聞の事件取材班に寄せられた情報をきっかけに浮上した。

ただし、元自衛官Xが実行犯だったと確定したわけではない。

2001年に寄せられた匿名情報

2001年11月半ば、朝日新聞大阪本社の116号事件取材班に、ある情報提供者から電話があった。

その内容は、実行犯が右翼思想を持つ元自衛官であり、事件当時は30歳前後だったというものだった。

加えて、その人物は自衛隊を離れた後、関西の寺院で住職になり、数年前に死亡したという情報も伝えられた。

取材班は、この情報に該当すると考えられる人物を追跡した。

この人物が、報道で元自衛官Xと呼ばれている人物である。

元自衛官Xの経歴として報じられた内容

報道された情報を整理すると、次のようになる。

- 1980年代初め:統一教会に在籍していたとされる。
- 自衛隊在籍時:レンジャー訓練を受けたとされる。
- 1982年:ほかの2人の自衛隊員とともに除隊したとされる。
- 除隊後:海外で反武装勢力側の義勇兵として活動したと報じられた。
- その後:右翼団体に所属したとされる。
- 1987年夏:朝日新聞の記者が本人に接触を試みたが、逃げるように立ち去ったとされる。
- 1988年:右翼団体を離れたとされる。
- 1990年:関西の寺院にいた際、一酸化炭素中毒で32歳で死亡したと報じられた。

加えて、Xが散弾銃や阪神支局事件で使用されたものと同種の弾薬を所持していたという情報も伝えられている。

しかし、同種の弾薬を所持していたという情報は、阪神支局事件で実際に発砲したことを直接証明するものではない。

Xの死亡をめぐる疑問

元自衛官Xの死亡についても、報道では疑問が取り上げられた。

1990年、Xは練炭火鉢による一酸化炭素中毒で死亡したとされる。

報道によれば、妻が消防に通報するまでに約10時間が経過していたことなどが注目された。

自衛隊で訓練を受け、海外での軍事経験もあったとされる人物が、火鉢の不始末で死亡した経緯に不自然さを感じる関係者がいたという。

一方、妻は自身も中毒状態で動けなかったと説明したとされる。

死亡の経緯に疑問があったとしても、それだけで他殺や事件との関係が証明されるわけではない。

また、本人が死亡していたため、事件への関与について本格的な事情聴取を行うこともできなかったと伝えられている。

統一教会と赤報隊事件は関係していたのか

元自衛官X説が注目される理由の一つが、統一教会との関係である。

報道された情報では、Xは1980年代初めに統一教会に在籍していたとされる。

その後、自衛隊を除隊し、右翼団体に所属したという経歴が伝えられた。

ここから、統一教会と赤報隊事件の組織的な関係を疑う見方も生まれた。

しかし、次の3つは明確に分ける必要がある。

論点 報道・確認された内容 判断
Xの宗教歴 統一教会に在籍していたと報じられた 個人の経歴に関する情報
Xの右翼団体との接点 右翼団体への所属が報じられた 団体との接点は報道された
統一教会の組織的関与 事件への組織的な指示・関与を確定する証拠は公表されていない 未確定
Xの実行犯説 事件への関与を疑う情報が報じられた 犯人と確定していない

特に重要なのは、ある人物が特定の宗教団体に在籍していたという事実と、その宗教団体が事件を指示・実行したという主張はまったく別だということだ。

2026年現在、統一教会が赤報隊事件を組織的に実行したと司法的に認定された事実はない。

元自衛官X説は、事件の背景を考えるうえで注目される情報ではあるものの、事件の真相を確定させる証拠には至っていない。

【NHKスペシャルの検証】未解決事件File.06が明らかにした謎と新事実

赤報隊事件を広く再検証するきっかけとなった作品の一つが、NHKスペシャルの「未解決事件 File.06 赤報隊事件」である。

2018年1月27日と28日の2夜にわたって放送された。

第1夜は実録ドラマ、第2夜はドキュメンタリー

番組は2部構成だった。

放送日 内容 主な特徴
2018年1月27日 第1夜・実録ドラマ 取材資料や関係者の証言を基に事件を再現
2018年1月28日 第2夜・ドキュメンタリー 犯行声明、犯人像、捜査の謎を独自取材で検証

第1夜の実録ドラマでは、草彅剛が朝日新聞の特命取材班記者役を演じた。

また、上地雄輔らも記者役として出演している。

第2夜は、実際の事件資料や関係者への取材を通じて、赤報隊の正体に迫るドキュメンタリーだった。

番組が取り上げた3つの大きな謎

1.犯行声明を書いた人物は誰なのか

事件後に届いた犯行声明は、赤報隊の正体を探るうえで重要な資料となった。

しかし、文章を書いた人物と実際に襲撃を実行した人物が同一なのかは判明していない。

2.犯人は単独だったのか

複数の地域で異なる形態の事件が発生していることから、単独犯なのか、複数の人物による組織的な犯行なのかが検証された。

3.NHKに接触した情報提供者は何を知っていたのか

番組では、犯人を知っているとする人物や、捜査機関が追跡していた人物に関する情報も取り上げられた。

こうした情報は事件を再検証する材料になった一方、情報提供者の証言だけで実行犯を確定できるものではない。

NHKスペシャルを見れば真犯人が分かるのか

答えは、分からない、である。

番組の価値は、犯人を断定したことではなく、警察の捜査資料や関係者の証言を通じて、事件の構造や捜査上の問題を視聴者に提示した点にある。

実録ドラマで再現された人物や場面も、すべてが裁判で確定した事実というわけではない。

特に元自衛官Xのような人物については、実際に報道された経歴と、事件への関与を示す推測を分けて受け止める必要がある。

【2026年最新情報】赤報隊事件の現在と2025年「令和赤報隊」事件の関係

2026年10月時点

2026年現在、赤報隊事件の実行犯は特定されていない。

1987年5月3日の襲撃から39年を迎えた2026年5月3日には、兵庫県西宮市の朝日新聞阪神支局で追悼が行われた。

2026年5月3日、事件から39年の追悼

2026年5月3日、阪神支局には小尻知博記者の遺影を掲げた拝礼所が設けられ、事件を悼む人々が訪れた。

支局の資料室では、襲撃によって銃弾の痕が残った衣服や当時の取材ノートなども公開された。

事件から長い年月が経過しても、現場に残る資料は、当時何が起きたのかを伝え続けている。

同日、事件から39年を迎えたことを受け、朝日新聞大阪本社の龍沢正之編集局長は、事件について次のように述べた。

事件は言論の自由や民主主義社会への挑戦です。今なお犯人が見つかっていないことは本当に悔しいことです。

この言葉が示すのは、赤報隊事件が単なる過去の殺人事件ではなく、報道機関が暴力によって沈黙を強いられようとした事件でもあるということだ。

2025年「令和赤報隊」を名乗った男が逮捕された

2025年には、赤報隊事件を想起させる別の事件が発生した。

同年5月3日、「令和赤報隊」を名乗る人物から朝日新聞阪神支局に脅迫文とおもちゃの銃が入った段ボールが送られた。

脅迫文には、1987年の犯行声明と同じ表現が含まれていたとされる。

兵庫県警は脅迫と威力業務妨害の疑いで、静岡県富士市に住む38歳の男を逮捕した。

その後、2025年9月4日の初公判で被告は起訴内容を認めた。

そして10月27日、神戸地方裁判所は被告に対し、懲役1年8カ月、執行猶予3年の有罪判決を言い渡した。

ここで注意したいのは、この2025年の事件と1987年の赤報隊事件は別物だということだ。

兵庫県警は逮捕時点で、1987年の襲撃事件との関連をうかがわせるものは見つかっていないとしていた。

つまり、2025年に「令和赤報隊」を名乗る人物が逮捕されたからといって、1987年の真犯人が判明したわけではない。

2026年の国会でも赤報隊事件が取り上げられた

2026年5月8日の衆議院法務委員会では、赤報隊事件が未解決事件の一つとして取り上げられた。

政府参考人は、警察庁指定116号事件の5事件について、2003年3月までにすべて公訴時効が成立したことを改めて説明している。

また、委員会では公訴時効が停止する場合についても議論された。

これは、事件の法的な位置付けを確認するうえで重要な公的記録である。

2026年10月現在、元自衛官Xが犯人だったと確定した発表や、1987年の実行犯を特定した公式発表は確認されていない。

【プロの結論】赤報隊事件の真相を見極めるために知っておきたい5つのポイント

赤報隊事件は、犯行声明、政治的な主張、元自衛官説、統一教会との接点、警察の捜査資料など、多くの情報が交錯する未解決事件である。

しかし、情報の種類によって信頼性や意味は大きく異なる。

特に、次の5点を押さえることで、インターネット上にあるさまざまな説を整理しやすくなる。

1.赤報隊という実在組織が確定したわけではない

「赤報隊」は犯行声明に使われた名義である。

実際に同名の組織が存在し、構成員が一連の事件を実行したと確定したわけではない。

2.犯行声明は犯行動機の手掛かりだが、真相そのものではない

声明の文面には政治的な主張が見られる。

ただし、犯人の思想、実行の動機、指示役の存在などをすべて説明する証拠にはならない。

3.元自衛官Xは有力な検証対象として報道された人物である

Xには、統一教会との接点、自衛隊での経歴、右翼団体への所属などが報じられている。

しかし、犯行への関与が刑事裁判で認定されたわけではない。

4.統一教会との関係は組織的関与と分けて考える

X個人の宗教歴が事実だったとしても、統一教会が赤報隊事件を指示したことにはならない。

両者を結び付けるには、具体的な指示や資金提供、実行への関与などを裏付ける証拠が必要になる。

5.2025年の「令和赤報隊」事件と1987年の事件を混同しない

2025年の事件では、別の人物が脅迫と威力業務妨害で有罪判決を受けた。

1987年の襲撃事件が解決したわけではない。

こうした区別は、事件の現在を正確に理解するうえで欠かせない。

【赤報隊事件に関するよくある質問(FAQ)】

Q1:赤報隊事件とは何ですか?

赤報隊事件とは、1987年から1988年にかけて発生した、赤報隊を名乗る犯人による一連の襲撃・脅迫事件です。特に1987年5月3日の朝日新聞阪神支局襲撃事件では、小尻知博記者が死亡し、犬飼兵衛記者が重傷を負いました。

Q2:赤報隊事件の犯人は誰ですか?

2026年10月現在も犯人は特定されていません。元自衛官X説など複数の犯人像が報道されていますが、実行犯と確定した人物はいません。

Q3:赤報隊事件はいつ時効になりましたか?

阪神支局襲撃事件の殺人罪は2002年に公訴時効が成立しました。警察庁指定116号事件の5事件すべてについては、2003年3月までに公訴時効が成立しています。

Q4:元自衛官Xと統一教会にはどのような関係がありましたか?

報道によれば、Xは1980年代初めに統一教会に在籍していたとされます。その後、自衛隊を除隊し、右翼団体に所属した経歴も伝えられています。ただし、Xの事件への関与も、統一教会の組織的関与も確定していません。

Q5:NHKスペシャル「未解決事件File.06 赤報隊事件」はいつ放送されましたか?

2018年1月27日と28日の2夜にわたって放送されました。第1夜は草彅剛出演の実録ドラマ、第2夜は事件の真相を独自取材で検証するドキュメンタリーでした。

Q6:2025年に逮捕された「令和赤報隊」は1987年の事件の犯人ですか?

違います。2025年に逮捕された人物は、朝日新聞阪神支局に脅迫文などを送った別事件の被告です。同年10月に有罪判決を受けましたが、1987年の襲撃事件との関係は確認されていません。

まとめ:赤報隊事件の真相は未解明、言論の自由への問いは2026年も続く

赤報隊事件は、1987年5月3日の朝日新聞阪神支局襲撃を中心とする、日本の報道史に残る重大な未解決事件である。

小尻知博記者が命を奪われ、犬飼兵衛記者も重傷を負った。さらに東京、名古屋、静岡などでも関連する事件が発生し、警察庁は一連の5事件を広域重要指定116号事件として捜査した。

しかし、2002年から2003年にかけて公訴時効が成立し、犯人の特定には至らなかった。

元自衛官X説や統一教会との接点、NHKスペシャルの独自検証など、事件をめぐる重要な情報は現在も検討されている。一方、いずれも実行犯を確定させる決定的な結論には至っていない。

2026年5月には事件から39年の追悼が行われ、同年の国会でも時効成立の経緯が改めて確認された。

赤報隊事件が残した最大の教訓は、異なる思想や報道姿勢に対する反発を、暴力によって解決することは決して許されないということだ。

報道機関が権力や社会を監視し、批判し、事実を伝える自由は、民主主義を支える基盤である。

事件の真相が解明されないまま年月が過ぎても、記録を残し、証言を検証し、事実と推測を区別して伝えることには意味がある。

赤報隊事件は、犯人が誰だったのかという未解決の問いとともに、言論の自由を守る社会のあり方を、2026年の私たちにも問い続けている。

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小野寺 拓海

アニメ誌編集を経て Web メディアへ。放送・配信の日程は作品公式サイトと各配信サービスの告知で確認し、ガジェットの仕様はメーカーの公式スペック表を引用します。

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