「いくよくるよ師匠」とは、吉本興業に所属していた女性漫才コンビ、今いくよ・くるよのことです。京都の高校時代から親交があった2人は、同じソフトボール部の仲間として青春時代を過ごし、会社員生活を経て漫才の世界へ。1980年代の漫才ブームを代表する存在となり、細身の今いくよさんと、華やかな衣装が印象的な今くるよさんの掛け合いで全国的な人気を獲得しました。
しかし、2015年5月28日に今いくよさんが胃がんで亡くなり、さらに2024年5月27日には今くるよさんも膵がんのため逝去しました。2026年現在、2人はともに故人です。最後の舞台となった2022年の「伝説の一日」や、2023年の第26回上方演芸の殿堂入りなど、2人が残した足跡は今も関西演芸界に刻まれています。
【基本プロフィール】いくよくるよ師匠とは?2人の人物像と関係性

今いくよ・くるよは、京都出身の女性漫才コンビです。
2人の最大の特徴は、単に女性同士の漫才というだけではなく、互いの容姿や衣装、日常的な話題を笑いに変える独自のスタイルを確立したことでした。
今いくよさんのプロフィール今いくよさんは、本名を里谷正子(さとや・まさこ)さんといい、細身の体形と濃いメーク、つけまつげなどが印象的な漫才師でした。
漫才では、相方のくるよさんに対するツッコミを担当。相手の個性を引き出しながらテンポよく笑いを生み出す役割を担っていました。
2014年9月に胃がんを公表して休養しましたが、同年12月には舞台に復帰。その後も仕事を続け、2015年5月28日に亡くなりました。享年67歳です。
今くるよさんのプロフィール今くるよさんは、本名を酒井スエ子(さかい・すえこ)さんといいます。
ふくよかな体形と派手な衣装、明るく親しみやすいキャラクターが持ち味でした。
おなかをポンとたたく仕草や、両手を顔の前で交互に動かしながら発する「どやさ!」は、彼女を象徴するギャグとして知られています。
2015年に相方のいくよさんを亡くした後も、ピン芸人として活動を続けました。後輩芸人との交流も深く、面倒見のよい先輩として慕われていました。
2024年5月27日、膵がんのため大阪市内の病院で亡くなりました。
【結成秘話】高校時代の同級生が漫才師になった理由とは?
今いくよ・くるよの原点は、高校時代にさかのぼります。
2人は京都の明徳商業高校(現在の京都明徳高校)で同級生でした。同じソフトボール部に所属し、いくよさんがピッチャー、くるよさんがマネージャーを務めていたという関係です。
当時から親しい間柄だった2人ですが、最初から芸人を目指していたわけではありません。
会社員から漫才の世界へ高校卒業後、2人はそれぞれ会社員として働いていました。
人生の転機になったのは、会社員時代に漫才のオーディションを受けたことです。くるよさんに誘われたいくよさんも、お笑いの道へ進むことになりました。
1970年には、女性漫才師の今喜多代さんと島田洋之介さんに師事。漫才の基礎を学び、芸人としての道を歩み始めます。
そして1973年7月、正式に「今いくよ・くるよ」を結成しました。
今喜多代さんへの弟子入りが転機に2人の芸歴を語るうえで欠かせないのが、師匠の今喜多代さんです。
女性漫才師として活動していた今喜多代さんへの弟子入りは、2人がプロの漫才師として成長するための重要な出発点でした。
当時の演芸界では男性コンビの存在感が大きいなか、2人は女性ならではの視点やファッション、恋愛、結婚願望といった身近な話題を漫才に取り入れていきます。
高校時代からの信頼関係があったからこそ、遠慮のない掛け合いが成立したのでしょう。
【1980年代の漫才ブーム】「どやさ!」が全国に広がった理由
今いくよ・くるよが全国的に知られるようになったのは、1980年代の漫才ブームです。
2人の漫才は、難しい言葉や複雑な設定に頼るものではありませんでした。
お互いの体形や服装を話題にしながら、自然な会話の流れで笑いを生み出すスタイルです。
特に、細身で派手なメークのいくよさんと、華やかな衣装をまとったくるよさんという対照的な見た目は、舞台上で強い印象を残しました。
1980年のテレビ出演が大きな転機に大阪府立上方演芸資料館(ワッハ上方)の紹介資料によると、2人は1980年5月に民放テレビ番組へ出演しました。
この出演で大きな笑いを獲得し、その直後から番組出演の依頼が相次いだとされています。
テレビを通じて全国の視聴者に知られるようになり、1980年代の漫才ブームを代表する女性コンビへと成長しました。
その後も劇場、テレビ番組、CM、映画など幅広い分野で活躍しました。
「どやさ!」の意味は?京都の言葉が生んだ名ギャグ今くるよさんの代名詞として知られる「どやさ!」。
この言葉は、京都で使われる「どうよ」「どうだ」といった意味合いを持つ表現です。
単純な疑問文というより、自分の存在感を示したり、相手や観客に勢いよくアピールしたりする掛け声として機能していました。
加えて、言葉だけでなく、独特の身振りやおなかをたたく仕草が組み合わさることで、視覚的にも印象に残るギャグになりました。
吉本興業の訃報発表でも、おなかをポンとたたく動作や両手を顔の前で交互に前後させる仕草、「どやさ」という言葉が、くるよさんの代名詞的なギャグとして紹介されています。
後輩芸人たちもこの芸風を慕い、まねするようになりました。
つまり「どやさ!」は、単なる流行語ではなく、くるよさんの明るいキャラクターとサービス精神を象徴する芸だったのです。
【経歴・受賞歴一覧】上方漫才大賞から第26回上方演芸の殿堂入りまで
今いくよ・くるよの実績を振り返ると、1980年代における受賞歴の多さが際立ちます。
漫才ブームの勢いだけでなく、演芸界からも高く評価されていたことが分かります。
2人の主な経歴と受賞歴| 年代 | 出来事・受賞 | 内容 |
|---|---|---|
| 高校時代 | 同級生として出会う | 明徳商業高校のソフトボール部で活動 |
| 1970年 | 今喜多代さんらに弟子入り | 本格的に漫才の修業を開始 |
| 1973年 | コンビ結成 | 今いくよ・くるよとして活動 |
| 1980年 | テレビ出演で注目 | 全国的な人気を獲得する転機 |
| 1981年 | 第10回上方お笑い大賞・金賞 | 漫才師として評価を獲得 |
| 1982年 | 第2回花王名人大賞・最優秀新人賞 | 新人賞を受賞 |
| 1982年 | 第17回上方漫才大賞・奨励賞 | 上方漫才界で評価 |
| 1984年 | 第19回上方漫才大賞・大賞 | 代表的な受賞実績 |
| 1986年 | 第15回上方お笑い大賞・大賞 | 演芸界での存在感を確立 |
| 1987年 | 第7回花王名人大賞・名人賞 | 名人として評価 |
| 1988年 | 第8回花王名人大賞・大賞 | 受賞歴をさらに重ねる |
| 2015年 | 今いくよさん死去 | 胃がんのため67歳で逝去 |
| 2022年4月 | 「伝説の一日」に出演 | 今くるよさんの最後の舞台 |
| 2023年 | 第26回上方演芸の殿堂入り | 2人の功績が顕彰される |
| 2024年 | 今くるよさん死去 | 膵がんのため逝去 |
特に注目したいのが、1982年の奨励賞と1984年の大賞です。
上方漫才大賞は、関西の漫才界を代表する賞の一つです。新人・若手時代の評価にとどまらず、2人が実力派の漫才コンビとして認められていたことを示しています。
また、花王名人大賞や上方お笑い大賞でも実績を残しており、テレビ人気と舞台での実力を両立させていたことが分かります。
2023年の第26回上方演芸の殿堂入り2人の功績は、没後も高く評価されています。
2023年7月13日、大阪府から今いくよ・くるよが第26回上方演芸の殿堂入り名人に選ばれたことが発表されました。
この制度は、上方演芸の発展と振興に大きな役割を果たし、後進の目標となる演芸人を顕彰するものです。
2人が女性漫才師のパイオニアとして長年にわたり活動してきたことが、正式に評価された出来事でした。
【死去日と死因】今いくよさん・今くるよさんに何があった?
多くの人が検索するのが、2人の死去日と死因です。
ここでは、所属事務所の発表と当時の報道をもとに、それぞれの経緯を整理します。
今いくよさんは2015年5月28日に胃がんで死去今いくよさんは、2015年5月28日午後5時58分、胃がんのため大阪府内の病院で亡くなりました。67歳でした。
2014年9月ごろに胃がんを公表し、治療のため休養に入っています。
同年12月には舞台復帰を果たし、芸人としての活動を再開しました。
その後も舞台に立ち続け、亡くなる17日前にあたる2015年5月11日にも、なんばグランド花月の出演予定に入っていたことが当時の報道で伝えられています。
病気と向き合いながらも、最後まで舞台に立つ姿勢を貫いていました。
今くるよさんは2024年5月27日に膵がんで死去今くるよさんは、2024年5月27日、膵がんのため大阪市内の病院で亡くなりました。
吉本興業が翌日の5月28日に公式発表しています。
訃報では、本名が酒井スエ子さんであることや、1970年に今喜多代さんに弟子入りしたこと、高校時代からの同級生だった今いくよさんとコンビを結成した経緯も紹介されました。
吉本興業の発表では年齢は非公表とされています。
いくよさんを亡くした後も芸人として活動し、後輩たちとの交流を続けていたくるよさん。2024年の訃報は、長年親しまれてきた女性漫才師の一人を失った知らせとなりました。
2人の死去に関する比較| 人物 | 死去日 | 死因 | 主な報道・発表内容 |
|---|---|---|---|
| 今いくよ | 2015年5月28日 | 胃がん | 67歳。2014年に病気を公表し、舞台復帰後も活動 |
| 今くるよ | 2024年5月27日 | 膵がん | 吉本興業が2024年5月28日に公式発表 |
2人の死去日は同じ日ではありません。
また、病名も異なり、いくよさんは胃がん、くるよさんは膵がんでした。
【最後の舞台と現在】2022年「伝説の一日」に残した姿
2026年現在、今いくよさんと今くるよさんはともに亡くなっています。
そのため、コンビとしての新たな活動や舞台出演はありません。
ただし、くるよさんの芸人人生を振り返るうえで、重要な舞台が残されています。
最後の舞台は吉本興業創業110周年「伝説の一日」今くるよさんが最後に出演した舞台は、2022年4月、なんばグランド花月で開催された「伝説の一日」でした。
この公演は吉本興業の創業110周年を記念する特別公演です。
2024年の訃報を受け、オリコンなどの報道でも、この公演がくるよさんの生前最後の舞台だったことが改めて紹介されました。
なお、これは今いくよさんとのコンビ漫才としての最後の舞台という意味ではありません。いくよさんは2015年に亡くなっており、2022年の出演はくるよさん自身の最後の舞台です。
この区別は、2人の活動歴を正しく理解するうえで大切です。
後輩芸人に慕われた今くるよさんくるよさんは、芸だけでなく人柄でも後輩たちから慕われていました。
吉本興業の訃報発表によれば、後輩に舞台衣装の靴やスーツをプレゼントしたり、食事をごちそうしたりするなど、面倒見のよい一面がありました。
また、中川家など後輩芸人との交流も続けていました。
芸人仲間とのつながりを大切にし、舞台を離れた場所でも周囲を明るくする存在だったことが伝わってきます。
2026年現在も残る2人の功績現在、2人を知る方法としては、過去のテレビ出演や舞台映像、追悼番組、演芸資料館の記録などがあります。
BSよしもとでは、2024年6月に追悼特別番組「今くるよさんへ感謝のメッセージ『たくさんの“どやさ!”をありがとう』」が放送されました。
また、2023年の第26回上方演芸の殿堂入りは、2人の功績が演芸史に残る評価を受けたことを示しています。
単に懐かしい芸人というだけではなく、女性漫才師の活躍の幅を広げた先駆者として、今も語り継がれる存在です。
【プロの結論】いくよくるよ師匠が漫才界に残した本当の価値
今いくよ・くるよの漫才が長く愛された理由は、2人の個性を競わせるのではなく、互いの違いを笑いに変える技術にありました。
細身のいくよさんと、ふくよかなくるよさん。メークや衣装の違いも含めて、2人の個性そのものが漫才の題材になっていました。
これは、現在のお笑いにも通じる重要な表現方法です。
漫才では、ボケとツッコミの役割だけでなく、演者同士の関係性や見た目、話し方までが笑いの要素になります。
2人は長年の友情を土台に、それぞれの個性を生かした独自のスタイルを築きました。
また、女性漫才師が全国的なテレビ番組や大きな舞台で活躍する道を切り開いた功績も見逃せません。
1980年代の漫才ブームで注目され、数々の賞を受賞し、2023年には上方演芸の殿堂入りを果たしたことが、その評価を裏付けています。
「どやさ!」という短い言葉が今も多くの人に記憶されているのは、言葉だけではなく、くるよさんの表情、動き、観客を楽しませようとする姿勢が一体となっていたからです。
【よくある質問】いくよくるよ師匠に関するFAQ
Q1:いくよくるよ師匠とは誰のことですか?
A1:吉本興業に所属していた女性漫才コンビ、今いくよ・くるよのことです。京都の高校時代の同級生で、1973年にコンビを結成しました。
Q2:今いくよさんの死因と死去日はいつですか?
A2:2015年5月28日、胃がんのため大阪府内の病院で亡くなりました。享年67歳です。
Q3:今くるよさんの死因と死去日はいつですか?
A3:2024年5月27日、膵がんのため大阪市内の病院で亡くなりました。吉本興業が翌28日に公式発表しました。
Q4:「どやさ!」にはどんな意味がありますか?
A4:「どうよ」「どうだ」といった意味合いを持つ京都の言葉です。今くるよさんは独特の身振りと組み合わせ、代表的なギャグとして定着させました。
Q5:今いくよ・くるよはなぜコンビを結成したのですか?
A5:高校時代の同級生で、同じソフトボール部だった2人は、会社員時代に漫才のオーディションを受けたことをきっかけに芸人の道へ進みました。1970年に今喜多代さんらに弟子入りし、1973年にコンビを結成しました。
Q6:今くるよさんの最後の舞台はいつですか?
A6:2022年4月、なんばグランド花月で開催された吉本興業創業110周年特別公演「伝説の一日」です。
Q7:いくよくるよ師匠は2026年現在も活動していますか?
A7:いいえ。今いくよさんは2015年、今くるよさんは2024年に亡くなっています。現在は過去の映像や演芸資料、追悼番組などを通じて2人の芸を振り返ることができます。
まとめ:いくよくるよ師匠の笑いは2026年も語り継がれる
今いくよ・くるよは、高校時代の同級生という関係から出発し、1973年に漫才コンビを結成。1980年代の漫才ブームを代表する女性漫才師として全国的な人気を獲得しました。
いくよさんは2015年5月28日に胃がんで、くるよさんは2024年5月27日に膵がんで亡くなりました。
2人が残した実績は、1984年の上方漫才大賞をはじめとする数々の受賞歴、そして2023年の第26回上方演芸の殿堂入りにも表れています。
2026年現在、2人が新たに舞台に立つことはありません。しかし、「どやさ!」という言葉や、互いの個性を生かした漫才は、今も多くの人の記憶に残っています。
単なる懐かしの人気コンビではなく、女性漫才師の可能性を広げ、上方演芸の歴史に確かな足跡を残した2人。それこそが、今いくよ・くるよ師匠が長く愛され続ける理由です。
主な事実確認資料: 吉本興業の公式訃報、大阪府立上方演芸資料館(ワッハ上方)、大阪市の咲くやこの花賞関連資料、イミダス、当時の報道および吉本興業の創業110周年公演記録。