2026年11月現在、元プロ野球選手の濵口遥大(はまぐち・はるひろ)さんは、横浜DeNAベイスターズのベースボールスクールコーチとして活動しています。2016年ドラフト1位でDeNAに入団し、2017年には新人ながら10勝を挙げた左腕は、2025年11月に9年間のプロ野球生活に幕を下ろしました。
引退に至るまでには、福岡ソフトバンクホークスへのトレード移籍、黄色靱帯骨化症の手術、戦力外通告という大きな転機がありました。しかし、現役引退後に選んだ道は、かつて所属したベイスターズで次世代の野球選手を育てる仕事です。現在の活動から引退を決断した背景、DeNA・ソフトバンク時代の実績まで、2026年の最新情報をもとに整理します。
【2026年最新】濵口遥大の現在は横浜DeNAのベースボールスクールコーチ

濵口遥大さんの2026年現在の活動は、横浜DeNAベイスターズのベースボールスクールでの指導です。
現役時代に所属した球団へ、今度は指導者という立場で戻ってきた形になります。2026年4月から正式にベースボールスクールコーチとして子どもたちの育成・指導に携わっています。
2026年4月から指導者として新たなスタート横浜DeNAベイスターズの公式コーチ紹介ページでは、濵口さんのプロフィールと現役時代の経歴が掲載されています。
同ページによると、濵口さんは神奈川大学から2016年ドラフト1位でDeNAに入団。最速151キロの直球と鋭いチェンジアップを武器に、プロ1年目から先発投手として活躍しました。
2026年4月からは、その経験を生かしてベースボールスクールで子どもたちを指導しています。
また、2026年4月3日に球団が発表したOBコーチによるスペシャルトークイベントにも登壇者として紹介されました。野球の上達方法や心の持ち方、現役時代の経験を伝える企画で、選手時代とは異なる形でファンや野球を学ぶ子どもたちと接する機会も設けられています。
2026年10月には小学校の野球授業にも参加現在の活動を具体的に示す出来事が、2026年10月28日に横浜市立新橋小学校で行われたベースボール型授業です。
同校の公式学校日記によると、4年生の体育の授業にベースボールスクールのコーチとして濵口さんが参加しました。
授業では、子どもたちにボールの投げ方や打ち方のポイントを直接指導。プロ野球を経験したコーチからアドバイスを受けることで、子どもたちの動きにも変化が見られたと報告されています。
これは単にスクール施設で技術を教えるだけではなく、球団が取り組む地域の学校訪問プログラムにも参加していることを示す事例です。
2026年11月現在、濵口さんはプロ野球の一軍・二軍で現役選手として活動しているわけではありません。ベイスターズの育成活動を担う指導者として、新しいキャリアを歩んでいます。
【読み方・プロフィール】濵口遥大は「はまぐち・はるひろ」
濵口遥大さんの名前は「はまぐち・はるひろ」と読みます。
検索では「濱口遥大」という表記も使われていますが、日本野球機構(NPB)や横浜DeNAベイスターズの公式記録では「濵口遥大」と表記されています。名字に使われる漢字が異なるため、検索時には両方の表記が見られます。
基本プロフィール- 名前:濵口遥大(はまぐち・はるひろ)
- 生年月日:1995年3月16日
- 出身地:佐賀県
- 身長・体重:173cm・80kg
- 投打:左投左打
- ポジション:投手
- 出身高校:三養基高校
- 出身大学:神奈川大学
- ドラフト:2016年ドラフト1位
- プロ在籍期間:2017年~2025年
- 現役引退:2025年11月
- 2026年の活動:横浜DeNAベイスターズベースボールスクールコーチ
濵口さんは佐賀県出身で、三養基高校から神奈川大学へ進学しました。
高校時代から投手として注目され、大学進学後にさらに実力を伸ばしています。神奈川大学では速球とチェンジアップを武器に活躍し、大学野球日本代表にも選出されました。
大学時代には全国大会での実績も残しており、2014年の全日本大学野球選手権大会では準優勝を経験しています。
こうした実績を背景に、2016年のドラフト会議で横浜DeNAベイスターズから1位指名を受けました。
高校から大学、そしてプロ野球へと進んだ経歴は、地方出身の選手が大学野球を経由してプロの舞台へ進出したケースとしても注目できます。
【DeNA時代の実績】2016年ドラフト1位、2017年に新人投手として10勝
濵口さんのプロ野球人生を語るうえで欠かせないのが、横浜DeNAベイスターズで過ごした8年間です。
2017年にプロ初年度を迎えると、先発ローテーションの一角として活躍。新人投手ながら二桁勝利を記録し、球団の期待に応える鮮烈なデビューを飾りました。
新人ながら10勝6敗、防御率3.57を記録NPBの年度別公式成績によると、2017年の濵口さんは22試合に登板し、10勝6敗、防御率3.57、123回2/3を投げて136奪三振という成績を残しています。
特に印象的だったのは、力強いストレートと緩急を生かした投球です。独特の間合いから投げ込む直球と、打者のタイミングを外すチェンジアップによって、多くの打者を苦しめました。
同年の日本シリーズ第4戦では、福岡ソフトバンクホークスを相手に8回1死まで無安打無失点という快投を披露。大舞台でも堂々とした投球を見せました。
新人王ではなく「新人特別賞」を受賞2017年の表彰について、間違えやすいポイントがあります。
濵口さんは2017年度のセ・リーグ新人特別賞を受賞しています。ただし、新人王そのものを獲得したわけではありません。同年度のセ・リーグ最優秀新人賞は京田陽太選手が受賞しました。
横浜DeNAベイスターズの2017年11月20日付の公式発表でも、濵口さんの受賞は「新人特別賞」と明記されています。
新人特別賞の受賞は、1年目に10勝を挙げた実績が高く評価された結果です。
DeNA時代には完封勝利も記録濵口さんは新人イヤーだけの一発屋ではありません。
2019年には6勝5敗、防御率3.17を記録し、2度の完封勝利を達成。2021年にも完封勝利を記録しました。
2022年には8勝7敗、防御率3.36と、先発投手として一定の安定感を見せています。
一方で、シーズンによって登板数や成績に波があり、2017年のような二桁勝利を再び記録することはありませんでした。
それでも、DeNAが2024年に26年ぶりの日本一を達成したシーズンまで在籍し、チームの歴史に名を残しています。
【移籍から引退まで】三森大貴とのトレードと2025年の大きな転機
DeNAで8年間プレーした濵口さんに大きな転機が訪れたのは、2024年12月23日でした。
横浜DeNAベイスターズと福岡ソフトバンクホークスが、濵口遥大投手と三森大貴内野手の交換トレードに合意したと発表したのです。
三森大貴との交換トレードでソフトバンクへこのトレードによって、濵口さんはパ・リーグの福岡ソフトバンクホークスへ移籍。一方、DeNAには内野手の三森大貴選手が加入しました。
濵口さんはトレード発表時、突然の知らせに驚いた気持ちと、ここ数年はトレードの可能性も覚悟していたことを明かしています。
また、DeNAで過ごした8年間について、多くの経験を得られたことや、ファンの声援が力になっていたことを振り返りました。
移籍後は新天地での競争に意欲を見せ、古巣と日本シリーズで再び対戦することを目標に掲げていました。
黄色靱帯骨化症の手術と左肘の手術しかし、ソフトバンク移籍1年目の2025年、濵口さんは大きな故障に直面します。
4月16日に左肘関節炎に伴う関節クリーニング術を受け、さらに4月23日には国指定の難病である胸椎黄色靱帯骨化症の手術を受けました。
黄色靱帯骨化症は、背骨の後方にある黄色靱帯が骨化し、脊柱管内の脊髄を圧迫する可能性がある疾患です。競技生活への影響も懸念される病気で、濵口さんにとっても大きな試練となりました。
2025年8月のスポーツニッポンの報道では、手術後のリハビリは順調に進み、予定より早い7月10日に実戦復帰したことが伝えられています。
復帰登板は四国アイランドリーグplusの愛媛との3軍戦でした。1イニングを無失点に抑え、再びマウンドに立つ姿を見せています。
ただし、ファームで実戦復帰を果たしたものの、一軍での登板には至りませんでした。
2025年10月27日に戦力外通告2025年10月27日、ソフトバンクは濵口さんに対して来季の契約を結ばないことを通告しました。
移籍からわずか1年での戦力外通告でした。
濵口さんは当初、現役続行を希望していました。報道では、ファームでのパフォーマンスが思うように上がらず、チーム内の競争に加われなかったことを受け止めていたとされています。
それでも、シーズン終盤には投球の状態が少しずつ改善している実感があり、NPBでのプレーを続けたいという意思を示していました。
そのため、戦力外通告を受けた時点ですぐに引退を決めたわけではありません。
濵口遥大の経歴と転換点を時系列で整理ここまでの経歴を、関係した球団・人物・出来事とともにまとめました。
| 時期 | 関係者・出来事 | 主な内容・転換点 |
|---|---|---|
| 2013~2016年 | 神奈川大学 | 大学野球で実績を重ね、2016年ドラフト1位でDeNAから指名。 |
| 2017年 | 横浜DeNAベイスターズ | 新人ながら10勝6敗、防御率3.57。新人特別賞を受賞。 |
| 2019~2024年 | 横浜DeNAベイスターズ | 先発投手として活躍。2019年、2021年には完封勝利も記録。 |
| 2024年12月23日 | 三森大貴・福岡ソフトバンクホークス | 三森大貴選手との交換トレードが発表される。 |
| 2025年4月 | 福岡ソフトバンクホークス | 左肘の手術と胸椎黄色靱帯骨化症の手術を受ける。 |
| 2025年7月10日 | ソフトバンク3軍 | リハビリを経て実戦復帰。 |
| 2025年10月27日 | 福岡ソフトバンクホークス | 来季の契約を結ばない旨の通告を受ける。 |
| 2025年11月11日 | 現役引退 | 9年間のプロ野球生活に終止符を打つ。 |
| 2026年4月 | 横浜DeNAベイスターズ | ベースボールスクールコーチとして新たな活動を開始。 |
| 2026年10月28日 | 横浜市立新橋小学校 | ベースボール型授業にコーチとして参加。 |
【通算成績と引退理由】濵口遥大はなぜ9年間でユニホームを脱いだのか
濵口さんの現役引退を考える際、重要なのは黄色靱帯骨化症の手術だけを理由にしないことです。
2025年の故障と戦力外通告に加えて、本人が感じていたパフォーマンスの変化や、今後もプロ選手として競技を続ける意思についての葛藤が重なっていました。
プロ通算44勝46敗、防御率3.76日本野球機構の公式記録によると、濵口さんのプロ通算成績は次のとおりです。
- 一軍登板:135試合
- 通算勝利:44勝
- 通算敗戦:46敗
- 通算防御率:3.76
- 通算投球回:703回1/3
- 通算奪三振:658
- 通算完投:5
- 通算完封:3
44勝46敗という数字だけを見ると、勝ち越しには届いていません。しかし、700イニング以上を投げ、658奪三振を記録した実績は、先発投手として長年一軍で戦ってきたことを示しています。
特に2017年の10勝は、プロキャリアを象徴する数字です。DeNA時代の8年間は、先発ローテーションを支える投手の一人として存在感を示しました。
引退理由は病気だけではなかった2025年11月11日、濵口さんは福岡県筑後市のソフトバンクのファーム施設を訪れ、現役引退を表明しました。
スポーツニッポンの報道では、本人は近年のパフォーマンスについて悩みを抱えていたことを明かし、次のように話しています。
「本当に悔いがない。やれることはやった」
また、日刊スポーツの報道によると、戦力外通告後も約2週間は現役続行を模索していました。しかし、最終的には「100%野球をプレーヤーとして続けたいという気持ちにならなかった」と説明しています。
この発言から見えてくるのは、単純に故障によって競技を続けられなくなったという話ではないことです。
長年抱えていた成績やパフォーマンスへの葛藤、手術後のコンディション、現役選手として再び競争に加わるために必要な気持ちなど、複数の要素を考えた末の決断でした。
戦力外通告から引退発表まで約2週間2025年10月27日の戦力外通告時点では、濵口さんは現役続行を希望していました。NPBでのプレーを目指し、他球団からのオファーを待つ考えも示していました。
しかし、約2週間後の11月11日には引退を発表しています。
本人が説明した「やれることはやった」という言葉には、9年間のプロ生活で積み重ねてきた経験や、思うようにいかない時期も含めた競技人生への区切りが表れています。
したがって、濵口さんの引退理由は、黄色靱帯骨化症だけではなく、故障、近年の成績・パフォーマンス、現役続行への気持ちを総合的に考えた結果と捉えるのが適切です。
【引退後の活動】プロ野球選手から指導者へ、第二の人生で伝えるもの
濵口さんが2026年に選んだのは、野球から離れる生活ではありませんでした。
現役時代に培った投球技術やプロでの経験を、次の世代に伝えるベースボールスクールコーチという仕事です。
自分が経験した成功と失敗を子どもたちに伝えるベイスターズの公式コーチ紹介では、濵口さんの特徴として、最速151キロのストレートとブレーキの効いたチェンジアップが紹介されています。
また、2017年の新人時代から一軍で活躍し、日本シリーズでも印象的な投球を見せた実績が記載されています。
こうした経験は、投手を目指す子どもたちにとって具体的な学びにつながります。
例えば、速い球を投げることだけでなく、投球フォーム、タイミングの取り方、変化球の使い方、試合での気持ちの整え方など、プロの現場で培った知識を伝えることができます。
加えて、濵口さんはプロ入り後に順調な時期だけを経験したわけではありません。成績の波や故障、リハビリ、競争の厳しさを経験しています。
そのため、成功体験だけではなく、思うような結果が出ないときにどう向き合うかという点でも、指導者として伝えられることは少なくないでしょう。
ベイスターズに戻ったことの意味注目したいのは、濵口さんが現役時代の最後に所属していたソフトバンクではなく、8年間プレーしたDeNAで指導者としての道をスタートさせたことです。
もちろん、指導者としての就任理由について本人が詳細な説明をしているわけではありません。しかし、球団公式プロフィールでは、2026年4月からベースボールスクールコーチとして子どもたちの育成に携わることが明記されています。
ベイスターズのスクールには、荒波翔さん、松本啓二朗さん、加賀美希昇さん、古村徹さん、伊藤拓郎さんなど、プロ野球や社会人野球などで経験を積んだ指導者が在籍しています。
元選手が引退後に指導者として球団に関わり続ける仕組みがあり、濵口さんもその一員となりました。
プロ野球選手のセカンドキャリアとしての指導者転身プロ野球選手のセカンドキャリアには、野球解説者、評論家、球団職員、スカウト、コーチ、野球スクール講師など、さまざまな選択肢があります。
その中で、濵口さんが選んだのは育成年代への直接的な指導です。
現役時代の実績を考えると、単に投球技術を教えるだけでなく、プロの世界で求められる準備や考え方、試合に向けた心構えなども伝えられる立場にあります。
2026年10月の小学校訪問で実際に子どもたちへ投げ方や打ち方を指導したことは、こうした新しい役割が具体的な活動として始まっていることを示しています。
一軍のマウンドで勝利を積み重ねる仕事から、子どもたちの成長を支える仕事へ。評価される基準は変わりましたが、野球に携わり続けている点は共通しています。
【プロの結論】濵口遥大の引退は終着点ではなく、野球人生の新しい出発点
濵口遥大さんの9年間を振り返ると、2017年の10勝という鮮烈なデビューから、DeNAでの継続的な先発登板、ソフトバンクへの移籍、手術とリハビリ、そして引退まで、決して平坦ではない道のりでした。
プロ通算44勝46敗、防御率3.76という数字は、華々しい新人時代だけではなく、その後も一軍で戦い続けた記録です。
2025年には黄色靱帯骨化症と左肘の手術を経験し、ソフトバンクでは一軍登板を果たせないまま戦力外通告を受けました。それでも現役続行を模索し、自分自身で引退を決断しています。
そして2026年4月からは、古巣DeNAのベースボールスクールコーチとして新たな一歩を踏み出しました。
プロ野球選手のセカンドキャリアを考えるうえで注目したいのは、現役時代の実績をどのように次の仕事に生かすかという点です。濵口さんの場合、プロで培った投球技術と実戦経験を、育成年代の子どもたちに伝えるという形で野球との関係を続けています。
現役選手としての勝利数は44で終わりましたが、これから指導した子どもたちが野球を好きになり、成長していくことも、別の形で野球界に残していく実績になります。
2026年11月現在、濵口さんはベースボールスクールコーチとして活動中です。今後は指導者としてどのような経験を積み、次世代の選手に何を伝えていくのか。その新しいキャリアにも注目が集まります。
濵口遥大に関するよくある質問(FAQ)
Q1:濵口遥大の読み方は?
A1:濵口遥大は「はまぐち・はるひろ」と読みます。1995年3月16日生まれ、佐賀県出身です。NPBの公式選手記録では「濵口遥大」と表記されています。「濱口遥大」という漢字表記でも検索されています。
Q2:濵口遥大の引退理由は黄色靱帯骨化症ですか?
A2:黄色靱帯骨化症の手術は引退を考えるうえで大きな出来事でしたが、それだけが理由ではありません。左肘の手術、近年の成績やパフォーマンスへの葛藤、現役を続ける気持ちなどを総合的に考え、2025年11月11日に引退を表明しました。
Q3:濵口遥大は2026年現在、何をしていますか?
A3:2026年4月から横浜DeNAベイスターズのベースボールスクールコーチとして活動しています。小学生への野球指導や育成活動にも参加しており、2026年10月28日には横浜市立新橋小学校のベースボール型授業にも登場しました。