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相撲部屋一門相関図2026年最新!五大一門と全45部屋の所属・系譜を徹底解説

黒田 亮 黒田 亮 • 更新: • 公開: • 読了約 24 分
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大相撲の相撲部屋は、単独で存在しているわけではありません。複数の部屋が歴史的な師弟関係や独立の経緯によって結び付いた「一門」というグループを形成しています。2026年10月30日時点で、大相撲には出羽海・二所ノ関・時津風・高砂・伊勢ヶ濱の五大一門があり、日本相撲協会の公式サイトに掲載されている相撲部屋は合計45部屋です。

ただし、相撲部屋の一覧と一門の所属一覧は同じものではありません。日本相撲協会は部屋名や師匠などを公式に掲載していますが、一門別の所属関係を網羅した公式相関図は公表していません。そこで、協会の部屋一覧、2026年10月の最新資料、過去の報道、相撲史に関する資料を照合すると、五大一門の構成や部屋同士の系譜が見えてきます。二所ノ関一門が17部屋で最多となる一方、立浪部屋や湊部屋のように、歴史的な系統と現在の所属一門が異なるケースもあります。

【2026年10月最新】相撲部屋一門相関図と五大一門の全体像

相撲部屋一門相関図

2026年10月現在の大相撲の一門は、次の5グループに整理できます。各一門には中心となる部屋があり、そこから独立した部屋や、歴史的な事情によって別の一門に加わった部屋が連なっています。

まず押さえておきたいのは、部屋数が最も多いのは二所ノ関一門であり、出羽海一門がそれに続くという点です。両一門だけで31部屋となり、全45部屋の約69%を占めます。

一方、時津風一門と伊勢ヶ濱一門はそれぞれ5部屋、高砂一門は4部屋です。所属部屋数だけを見ると規模に差がありますが、一門の歴史や理事候補の擁立状況まで考慮すると、単純な部屋数だけでは相撲界の勢力関係を説明できません。

2026年10月30日時点の五大一門の構成

  • 出羽海一門:14部屋
  • 二所ノ関一門:17部屋
  • 時津風一門:5部屋
  • 高砂一門:4部屋
  • 伊勢ヶ濱一門:5部屋

合計は45部屋です。日本相撲協会の公式サイトに掲載されている部屋名と、2026年10月に更新された一門別の整理資料を照らし合わせても、この構成になっています。

なお、ここでいう一門は、親方同士の歴史的・組織的なつながりを示すものです。力士が一門単位で所属しているわけではなく、力士の正式な所属先は個々の相撲部屋です。

【一門別一覧】出羽海・二所ノ関・時津風・高砂・伊勢ヶ濱の全45部屋

ここでは、2026年10月時点の相撲部屋45部屋を五大一門ごとに整理します。部屋名の表記は日本相撲協会の公式掲載に合わせています。一門の所属は、各部屋の系譜と移籍・合流の経緯を踏まえた分類です。

一門 部屋数 所属する相撲部屋 系譜・特徴
出羽海一門 14部屋 出羽海、春日野、境川、武蔵川、藤島、二子山、武隈、玉ノ井、雷、木瀬、尾上、山響、式秀、立浪 出羽海部屋を中心とする伝統ある系統。2018年に立浪部屋が加わった。
二所ノ関一門 17部屋 二所ノ関、佐渡ヶ嶽、高田川、片男波、芝田山、押尾川、鳴戸、西岩、田子ノ浦、放駒、阿武松、大嶽、錣山、湊、湊川、中村、秀ノ山 五大一門で最多。複数の系統に加え、旧貴乃花一門などから合流した部屋もある。
時津風一門 5部屋 時津風、伊勢ノ海、追手風、荒汐、音羽山 双葉山を始祖とする時津風系の伝統を受け継ぐ。
高砂一門 4部屋 高砂、九重、八角、錦戸 高砂部屋を中心とする系統。九重部屋から八角部屋が独立した歴史がある。
伊勢ヶ濱一門 5部屋 伊勢ヶ濱、浅香山、朝日山、安治川、大島 かつて立浪一門と呼ばれた系統。立浪部屋が離れた後、伊勢ヶ濱一門となった。

この表で重要なのは、部屋名と一門名が必ずしも一致しないことです。例えば立浪部屋は、歴史的には立浪系の本家にあたりますが、現在の所属は出羽海一門です。また、湊部屋と錣山部屋は時津風系の歴史を持ちながら、現在は二所ノ関一門に分類されます。

出羽海一門の14部屋

出羽海一門は、出羽海部屋を中心とした名門系統です。2026年10月時点の所属は次の14部屋です。

  • 出羽海部屋
  • 春日野部屋
  • 境川部屋
  • 武蔵川部屋
  • 藤島部屋
  • 二子山部屋
  • 武隈部屋
  • 玉ノ井部屋
  • 雷部屋
  • 木瀬部屋
  • 尾上部屋
  • 山響部屋
  • 式秀部屋
  • 立浪部屋

出羽海部屋は、明治期の名力士・常陸山の時代から続く伝統を持ち、歴代の横綱を輩出してきた名門です。春日野部屋や境川部屋など、師弟関係を通じて広がった部屋が一門の基盤を形成しています。

現在の親方の現役時代の四股名を見ると、出羽海親方は小城乃花、春日野親方は栃乃和歌、境川親方は両国、武蔵川親方は武蔵丸、藤島親方は武双山、二子山親方は雅山、武隈親方は豪栄道、玉ノ井親方は栃東です。

こうした元横綱・大関・三役経験者を含む親方たちが、それぞれの部屋を率いています。2018年には立浪部屋が加わり、歴史的な系統と現在の一門所属が必ずしも一致しないことを示す代表例となりました。

二所ノ関一門の17部屋

二所ノ関一門は、2026年10月時点で17部屋を擁する最大規模の一門です。所属部屋は次のとおりです。

  • 二所ノ関部屋
  • 佐渡ヶ嶽部屋
  • 高田川部屋
  • 片男波部屋
  • 芝田山部屋
  • 押尾川部屋
  • 鳴戸部屋
  • 西岩部屋
  • 田子ノ浦部屋
  • 放駒部屋
  • 阿武松部屋
  • 大嶽部屋
  • 錣山部屋
  • 湊部屋
  • 湊川部屋
  • 中村部屋
  • 秀ノ山部屋

二所ノ関部屋を中心に、佐渡ヶ嶽部屋、片男波部屋、田子ノ浦部屋などの系統が広がっています。親方の顔ぶれも多彩で、二所ノ関親方は元横綱・稀勢の里、佐渡ヶ嶽親方は元関脇・琴ノ若、鳴戸親方は元大関・琴欧洲、秀ノ山親方は元大関・琴奨菊、芝田山親方は元横綱・大乃国です。

2026年の大きな変更点は、湊川部屋の誕生です。元大関・貴景勝の湊川親方が常盤山部屋を継承し、2026年1月26日付で湊川部屋に改称しました。日本相撲協会の2025年11月27日付理事会発表で承認された変更です。

また、2021年には荒磯部屋が年寄二所ノ関の襲名に伴って二所ノ関部屋へ改称され、それまでの二所ノ関部屋は放駒部屋となりました。部屋名が変わると一門の相関図も変化するため、古い一覧を参照する際には注意が必要です。

時津風一門の5部屋

時津風一門は、時津風部屋を中心とする5部屋で構成されています。

  • 時津風部屋
  • 伊勢ノ海部屋
  • 追手風部屋
  • 荒汐部屋
  • 音羽山部屋

この系統の象徴的な存在が、第35代横綱・双葉山です。時津風部屋の歴史は双葉山の時代と深く結び付き、後進の育成を通じて現在の一門へとつながっています。

現在の親方は、時津風親方が元前頭・土佐豊、伊勢ノ海親方が元前頭・北勝鬨、追手風親方が元前頭・大翔山、荒汐親方が元前頭・蒼国来、音羽山親方が第71代横綱・鶴竜です。

特に音羽山部屋は、元横綱・鶴竜の音羽山親方が2023年に陸奥部屋から独立して開設した部屋です。新しい部屋が誕生しても、親方の独立元との関係や一門の所属を確認することで、その位置付けが理解しやすくなります。

高砂一門の4部屋

高砂一門は、五大一門の中で最も所属部屋数が少ない4部屋です。

  • 高砂部屋
  • 九重部屋
  • 八角部屋
  • 錦戸部屋

高砂部屋は、明治時代の名力士・高砂浦五郎に由来する歴史ある系統です。九重部屋は、元横綱・千代の山の時代から続く名門として知られ、元横綱・北勝海の八角親方が率いる八角部屋もこの系統に属しています。

現役時代の四股名では、高砂親方が朝赤龍、九重親方が千代大海、八角親方が北勝海、錦戸親方が水戸泉です。八角親方は2026年10月時点で日本相撲協会の理事長を務めています。

部屋数だけで見ると小規模ですが、協会の運営における存在感は小さくありません。2026年1月の理事候補選でも、高砂一門から理事候補が1人擁立されています。

伊勢ヶ濱一門の5部屋

伊勢ヶ濱一門は、伊勢ヶ濱部屋を中心とする5部屋です。

  • 伊勢ヶ濱部屋
  • 浅香山部屋
  • 朝日山部屋
  • 安治川部屋
  • 大島部屋

親方の現役時代の実績も華やかです。伊勢ヶ濱親方は第73代横綱・照ノ富士、浅香山親方は元大関・魁皇、朝日山親方は元関脇・琴錦、安治川親方は元関脇・安美錦、大島親方は元関脇・旭天鵬です。

かつては立浪一門と呼ばれた歴史があり、立浪部屋が離れた後、伊勢ヶ濱部屋を中心とする現在の名称に変わりました。旧来の系統をそのまま維持した組織ではなく、部屋の移動や合流を経て形成された一門です。

なお、2026年10月時点の現存する相撲部屋一覧に宮城野部屋は含まれていません。宮城野部屋の力士が伊勢ヶ濱部屋へ移った経緯と、現在の部屋名を混同しないことも大切です。

【仕組みを解説】相撲部屋と一門の違いは?所属関係を理解するポイント

相撲部屋と一門は、同じ意味で使われることがありますが、組織としての役割は異なります。大相撲の仕組みを理解するには、まずこの2つを区別する必要があります。

相撲部屋は力士が所属して生活・稽古する単位

相撲部屋は、力士が所属して稽古や生活を送る基本的な組織です。師匠である部屋持ち親方が力士を指導し、部屋付き親方や行司、呼出し、床山なども所属します。

一般的な相撲部屋は、師匠の住居と力士の生活空間、稽古場を兼ねています。力士たちは共同生活を送りながら、日々の稽古や本場所に向けた調整を行います。

つまり、力士にとって直接的な所属先となるのが相撲部屋です。例えば大の里は二所ノ関部屋に所属しており、二所ノ関一門という大きな枠組みは、その部屋を取り巻く親方たちの関係を示しています。

一門は複数の部屋が協力する歴史的なグループ

一門は、師匠と弟子の関係から派生した複数の部屋が集まった組織です。ある部屋の弟子が引退後に親方となり、新たな部屋を興すと、元の部屋との師弟関係が生まれます。こうしたつながりが何世代にもわたって続くことで、一門が形成されてきました。

一門は、相撲部屋そのものを運営する組織ではありません。各部屋は独立した運営単位でありながら、一門の中で連合稽古や親方同士の協力、協会運営に関する調整などを行います。

日本相撲協会の公式解説でも、かつての一門は巡業組合としての役割を持っていたと説明されています。現在の一門は、単なる師弟関係の集まりから、相撲協会の運営にも関係する組織へと変化しています。

一門が五大一門に整理されるまでの歴史

一門の歴史を理解するうえで重要なのが、昭和期までの巡業制度です。

1950年頃まで、相撲部屋の運営費が現在のように協会から一律に支給されていたわけではありません。各一門は「組合」として独自に地方巡業を行い、その収益が部屋の経営を支える重要な財源になっていました。

日本相撲協会の公式解説によると、昭和32年(1957年)以前には部屋単位や一門単位、巡業組合単位で巡業を行っていた時代があります。その後、昭和33年(1958年)に年6場所制が始まり、巡業は協会全体で実施する現在につながる形式へと変わりました。

巡業の運営単位としての役割は薄れましたが、連合稽古や冠婚葬祭、理事候補選などの場面で一門のつながりは残っています。

また、2018年には無所属だった親方たちの一門所属が問題となり、親方が五つの一門のいずれかに所属する仕組みが改めて明確になりました。旧貴乃花一門の解散や所属先の調整も、この時期の大きな動きです。

【系譜と独立の歴史】相撲部屋の移籍・継承で変わる一門相関図

一門相関図を正しく理解するためには、現在の所属だけでなく、各部屋がどこから独立したのか、どの部屋を継承したのかを確認する必要があります。

特に重要なのは、部屋の歴史的な系統と現在所属している一門は、必ずしも一致しないという点です。

出羽海一門は独立と継承によって広がった

出羽海一門では、春日野部屋、境川部屋、藤島部屋などを中心に、複数の部屋が独立・継承によって広がってきました。

代表的な系譜は次のとおりです。

  • 春日野部屋から玉ノ井部屋が1990年に独立。
  • 出羽海部屋から境川部屋が1998年に独立。
  • 境川部屋から武隈部屋が2022年に独立。
  • 旧武蔵川部屋が2010年に藤島部屋へ改称。
  • 藤島部屋から武蔵川部屋が2013年、二子山部屋が2018年に独立。
  • 入間川部屋は2023年に雷部屋へ継承・改称。
  • 2018年に立浪部屋が出羽海一門へ加入。

この系譜からも分かるように、現在の部屋名だけを見て歴史的なつながりを判断するのは難しい場合があります。

二所ノ関一門は複数の系統が合流した大所帯

二所ノ関一門は、五大一門の中で最も部屋数が多いグループです。その理由の一つが、異なる系統の部屋が歴史の中で合流してきたことにあります。

例えば、高田川部屋はもともと高砂系の歴史を持ちながら、2011年に二所ノ関一門へ加わりました。旧貴乃花一門に属していた大嶽部屋と阿武松部屋も、2018年の一門再編を経て二所ノ関一門に所属しています。

加えて、湊部屋と錣山部屋は時津風系の歴史を持ちながら、2018年に二所ノ関一門へ移りました。

2021年の二所ノ関部屋の名称変更も、現在の相関図を理解するうえで欠かせない出来事です。元横綱・稀勢の里の荒磯親方が年寄二所ノ関を襲名して荒磯部屋を二所ノ関部屋に改称し、旧二所ノ関部屋は放駒部屋となりました。

2026年1月には、元大関・貴景勝の湊川親方が常盤山部屋を継承し、湊川部屋が発足しました。これは部屋数が単純に増えたという話ではなく、既存の部屋の師匠と名称が変わった継承事例です。

時津風・高砂・伊勢ヶ濱一門にも独立の歴史がある

時津風一門では、元横綱・鶴竜の音羽山親方が2023年に陸奥部屋から独立し、音羽山部屋を開設しました。師匠の現役時代の実績と、新たな部屋の設立経緯が結び付いた例です。

高砂一門では、九重部屋から八角部屋が1993年に独立した経緯が知られています。また、錦戸部屋は2002年に高砂部屋から独立しました。

伊勢ヶ濱一門では、浅香山部屋が2014年に友綱部屋から独立し、安治川部屋は2022年に伊勢ヶ濱部屋から独立しました。大島部屋は友綱部屋の名称変更によって成立した部屋です。

朝日山部屋も特徴的です。2016年に尾車部屋から独立する形で再興され、2017年に二所ノ関一門から伊勢ヶ濱一門へ移りました。

一門の移動と力士個人の部屋移籍は別の問題

ここで混同しやすいのが、部屋単位の一門変更と、力士個人の所属部屋変更です。

一門の変更は、部屋を運営する親方たちの組織的な所属関係に関するものです。一方、力士個人の移籍は別の問題で、力士が好きなタイミングで自由に部屋を移れるわけではありません。

相撲部屋に所属する力士の移籍には制約があり、師匠の死去や定年、部屋の継承・閉鎖などに伴う特別な事情が関係します。部屋の所属一門が変わったからといって、その部屋の力士が個別に別の部屋へ移籍したことにはなりません。

立浪部屋が出羽海一門に所属していることや、湊部屋が二所ノ関一門に所属していることは、部屋の系譜と現在の組織上の所属を区別する必要性を示しています。

【一門の役割と勢力比較】連合稽古・理事選で見える相撲界の力学

一門が現在も重要な存在である理由は、単に歴史的なつながりを守るためだけではありません。相撲界の実務や協会運営において、複数の部屋が協力する必要があるからです。

一門の主な役割は4つ

現在の一門が関係する代表的な場面は、次の4つです。

  • 連合稽古:本場所前などに複数の部屋の力士が集まり、実戦的な稽古を行う。
  • 冠婚葬祭の協力:親方や関係者の慶弔行事などで、部屋を超えた付き合いを続ける。
  • 理事候補の擁立:日本相撲協会の役員候補選に向け、一門内で候補者を調整する。
  • 付け人などの協力:部屋の事情に応じて、力士の補助を担う付け人を融通することがある。

特に連合稽古は、ファンにとっても一門のつながりを実感しやすい場面です。普段は別々の部屋で稽古している力士が同じ土俵に集まり、申し合いや三番稽古を行います。

ただし、連合稽古は一門内だけに完全に限定されるものではありません。別の一門から出稽古に参加する場合もあり、一門が異なることだけで稽古相手が固定されるわけではありません。

2026年1月の理事候補選に見る五大一門の勢力

一門の組織的な影響力が表れやすいのが、日本相撲協会の理事候補選です。

2026年1月23日、日本相撲協会は役員候補選挙の立候補を受け付けました。日刊スポーツの同日報道によると、理事の定員10人に対して10人、副理事の定員3人に対して3人が立候補し、4期連続の無投票となりました。

理事候補の一門別の内訳は次のとおりです。

  • 出羽海一門:3人
  • 二所ノ関一門:3人
  • 時津風一門:2人
  • 高砂一門:1人
  • 伊勢ヶ濱一門:1人

出羽海一門からは出羽海・藤島・尾上の各親方、二所ノ関一門からは佐渡ヶ嶽・高田川・片男波の各親方が候補となりました。

時津風一門からは伊勢ノ海・追手風、高砂一門からは八角、伊勢ヶ濱一門からは浅香山の各親方が候補に名を連ねました。

この結果から、所属部屋数と理事候補の擁立数は必ずしも比例していないことが分かります。二所ノ関一門は17部屋で最多ですが、出羽海一門と同じ3人。時津風一門は5部屋ながら2人を擁立しました。

なお、候補者の擁立人数は、最終的な協会運営の権限や一門の強さをそのまま示す数字ではありません。候補者の調整、親方の任期、定年、役職経験など複数の事情が関係します。

2026年の理事候補選は、部屋数だけでは読み取れない一門間の調整力を知る材料になりました。

部屋数が多い一門ほど強いとは限らない

2026年10月の部屋数を比較すると、二所ノ関一門が17部屋で最大、出羽海一門が14部屋で続きます。残る3一門は4〜5部屋です。

しかし、所属部屋数だけで一門の競技力を判断することはできません。各部屋に在籍する力士の数、幕内・十両の関取数、親方の協会内での役職などは、それぞれ別の指標だからです。

例えば、部屋数が少なくても横綱や大関を育てる部屋があれば、競技面での存在感は大きくなります。反対に、所属部屋が多くても関取が少ない時期はあり得ます。

一門の勢力を比較する場合は、次の3つを分けて見ることが重要です。

  • 組織規模:一門に所属する部屋の数。
  • 競技力:幕内・十両の関取数や番付、優勝実績。
  • 協会運営への影響:理事・副理事候補の擁立や役職者の状況。

この3つを混同しないことが、相撲界の勢力図を正確に理解するポイントです。

同じ一門の力士同士は本場所で対戦しない?

相撲ファンの間で誤解されやすいのが、「同じ一門に所属する力士は本場所で対戦しない」という話です。

これは現在の制度には当てはまりません。

かつては一門系統別総当たり制が採用され、同じ系統の部屋に所属する力士同士の対戦が制限されていた時代がありました。しかし、1965年(昭和40年)に部屋別総当たり制へ変更され、同じ部屋の力士同士を除き、異なる部屋に所属する力士同士の対戦が可能になりました。

そのため、同じ一門に所属しているという理由だけで、本場所の対戦が組まれなくなることはありません。

一門はあくまで組織的な協力関係を示すものであり、本場所の取組を一律に制限する枠組みではないのです。

【相撲部屋一門相関図】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:2026年現在、大相撲の一門はいくつありますか?

A1:2026年10月時点では、出羽海・二所ノ関・時津風・高砂・伊勢ヶ濱の5つです。相撲部屋は日本相撲協会の公式掲載で45部屋となっています。

Q2:相撲部屋の一門所属は日本相撲協会が公式発表していますか?

A2:日本相撲協会は公式サイトで部屋名や師匠などを掲載していますが、五大一門別の全所属部屋を網羅した公式一覧は公表していません。一門別の分類は、報道や相撲史の資料、各部屋の独立・移籍の経緯などを照合して確認する必要があります。

Q3:相撲部屋の数が最も多い一門はどこですか?

A3:二所ノ関一門です。2026年10月時点で17部屋が所属しています。出羽海一門は14部屋、時津風一門と伊勢ヶ濱一門はそれぞれ5部屋、高砂一門は4部屋です。

Q4:立浪部屋はなぜ出羽海一門に所属しているのですか?

A4:立浪部屋は歴史的には立浪系の本家ですが、2018年に出羽海一門へ加入しました。部屋の歴史的な系譜と、現在の一門所属は別の概念だからです。

Q5:湊部屋や錣山部屋は時津風一門ではないのですか?

A5:両部屋は歴史的に時津風系のつながりを持っていますが、2018年に二所ノ関一門へ移りました。現在の所属を確認する際には、過去の系統だけでなく、その後の一門変更も見る必要があります。

Q6:2026年に新しくできた湊川部屋はどの一門ですか?

A6:湊川部屋は二所ノ関一門に所属します。元大関・貴景勝の湊川親方が2026年1月26日に常盤山部屋を継承し、湊川部屋として発足しました。

まとめ:相撲部屋一門相関図は系譜と現在の所属を分けて見る

2026年10月30日時点の大相撲には、出羽海・二所ノ関・時津風・高砂・伊勢ヶ濱の五大一門があり、日本相撲協会の公式一覧には合計45部屋が掲載されています。

部屋数の内訳は、出羽海一門14部屋、二所ノ関一門17部屋、時津風一門5部屋、高砂一門4部屋、伊勢ヶ濱一門5部屋です。最も規模が大きいのは二所ノ関一門ですが、理事候補の擁立や競技力まで含めると、単純な部屋数だけでは一門の勢力を判断できません。

相関図を見る際に特に押さえておきたいのは、次の3点です。

  • 部屋と一門は別の組織:力士の直接的な所属先は相撲部屋であり、一門は複数の部屋による協力関係です。
  • 歴史的な系譜と現在の所属は異なる場合がある:立浪部屋、湊部屋、錣山部屋、高田川部屋などが代表例です。
  • 部屋の継承や改称で相関図は変化する:2026年1月の常盤山部屋から湊川部屋への継承が、その最新事例です。

一門は、単なる親方の派閥ではありません。力士の育成、部屋同士の協力、連合稽古、協会運営など、長い歴史の中で形成された相撲界独自の組織です。

今後も部屋の独立や継承、名称変更、一門の所属調整によって相関図が変わる可能性があります。相撲部屋の最新情報を確認するときは、日本相撲協会の公式部屋一覧を基準にしながら、一門の所属については更新日が明確な報道・資料を併せて確認することが、情報を正しく読み解くための判断基準になります。


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