元アイドル歌手・高田みづえさんの夫は、大相撲で大関まで昇進した元力士・若嶋津(本名・日高六男)さんです。2人は1985年9月27日に結婚。高田さんは人気絶頂期に芸能界を引退し、夫が創設した相撲部屋で32年間にわたっておかみを務めました。しかし、2017年に若嶋津さんが倒れてからは長期にわたる療養生活が始まり、2026年3月15日、肺炎のため69歳で亡くなりました。
その後、高田さんは同年8月にNHK『うたコン』で約11年ぶりに歌声を披露。10月には41年ぶりとなるニッポン放送への生出演も果たしています。夫婦の出会いから結婚、芸能界引退、介護の日々、そして2026年11月現在の高田さんの近況まで、報道と本人の発言をもとに整理します。
【結論】高田みづえの夫は元大関・若嶋津(日高六男)!プロフィールと経歴

高田みづえさんの夫だった若嶋津さんは、鹿児島県出身の元大相撲力士です。本名は日高六男(ひだか・むつお)。現役時代は「南海の黒ひょう」という愛称で親しまれ、端正な顔立ちとスピード感のある相撲で多くのファンを獲得しました。
日本相撲協会の公式プロフィールによると、1957年1月12日生まれ。鹿児島県熊毛郡中種子町の出身で、二子山部屋に所属していました。1983年1月場所で大関に昇進し、幕内最高優勝は2回。1987年7月場所で現役を引退しています。
若嶋津・日高六男のプロフィール- 四股名:若嶋津六夫(わかしまづ・むつお)
- 本名:日高六男(ひだか・むつお)
- 生年月日:1957年1月12日
- 出身地:鹿児島県熊毛郡中種子町
- 所属部屋:二子山部屋
- 最高位:大関
- 初土俵:1975年3月場所
- 大関昇進:1983年1月場所
- 幕内優勝:2回
- 現役引退:1987年7月場所
- 死去:2026年3月15日(69歳)
若嶋津さんの強みは、体格だけに頼らない俊敏な取り口でした。左四つからの上手投げなどを得意とし、軽量ながら大型力士にも果敢に挑む姿が人気を集めました。
1984年には春場所で14勝1敗の成績を残して初優勝。同年7月の名古屋場所では15戦全勝という見事な成績で2度目の幕内優勝を達成しています。
引退後も相撲界に残り、松ケ根親方として後進の育成に尽力。小結・松鳳山をはじめ、7人の関取を育てた指導者でもありました。
なお、現役時代の四股名は「日高」「若島津」「若嶋津」と変遷しています。結婚相手として知られる名前は若嶋津ですが、本名の日高六男さんとして報道されることもあります。
(出典:日本相撲協会公式プロフィール、スポニチアネックスの2026年3月15日付訃報)
【馴れ初めと1985年の結婚】高田みづえと若嶋津は新聞の対談で出会った
高田みづえさんと若嶋津さんの出会いは、芸能界と大相撲という異なる世界を結び付けた新聞の取材でした。
この出会いについては、2026年10月24日に高田さんが出演したニッポン放送『徳光和夫 とくモリ!歌謡サタデー』で、本人が詳しく振り返っています。
最初の出会いは相撲部屋の支度部屋番組で高田さんは、若嶋津さんとの最初の接点について「新聞の取材でした。対談でした」と説明しました。
当時、高田さんは歌手として多忙な日々を送っており、月に1回休めるかどうかというスケジュールだったといいます。そんな中で仕事として相撲の取材に出向き、場所中の支度部屋で若嶋津さんと初対面しました。
当時の若嶋津さんは、床山に髪を結ってもらっている最中。高田さんが自己紹介をすると、若嶋津さんは顔を赤くしたそうです。
高田さんは、そのときの印象を純情な人だと感じたことを番組で語っています。
番組では、若嶋津さんが以前から高田さんのファンだったというエピソードも紹介されました。人気歌手と人気力士という立場だけでなく、同じ鹿児島県出身という共通点も、2人の距離を縮める背景になったようです。
さらに高田さんは、巡業や地方場所が多かった若嶋津さんとは電話で話すことが多く、その優しさや自分にはないものを教えてくれるところに惹かれたと振り返っています。
(出典:ニッポン放送『徳光和夫 とくモリ!歌謡サタデー』2026年10月24日放送・番組公式ブログ)
1985年9月27日に結婚、人気絶頂で芸能界を引退2人は1985年2月に婚約を発表し、同年9月27日に結婚しました。
当時の高田さんは、1977年に「硝子坂」でデビューして以来、数々のヒット曲を世に送り出していた人気歌手でした。
代表曲には、次のような作品があります。
- 「硝子坂」
- 「潮騒のメロディー」
- 「私はピアノ」
- 「そんなヒロシに騙されて」
- 「秋冬」
NHK紅白歌合戦には7回出場。歌唱力にも定評があり、1980年代の歌謡界を代表する女性歌手の一人でした。
しかし、1985年の若嶋津さんとの結婚を機に、芸能界からの引退を選択します。活動を続けることも可能だった人気絶頂期に、歌手としてのキャリアに区切りを付けたことは、当時大きな話題になりました。
引退の背景として報じられているのは、結婚を機に家庭に入り、夫の相撲人生を支える道を選んだことです。その後の32年間のおかみとしての活動を見ると、この決断が単なる一時的な休業ではなく、人生の方向を大きく変える選択だったことが分かります。
(出典:ORICON NEWS、Number Web、スポニチアネックス)
【相撲部屋のおかみとして32年間】松ケ根部屋を支えた高田みづえの人生
芸能界を引退した高田さんが次に歩んだのは、相撲部屋のおかみという仕事でした。
若嶋津さんは1987年に現役を引退。1990年2月には二子山部屋から独立し、千葉県船橋市に松ケ根部屋を創設しました。高田さんは夫とともに部屋を支え、力士たちの日常生活や稽古以外の環境を整えるおかみとして活動します。
最初は弟子3人からのスタート2022年のNumber Webのインタビュー記事によると、松ケ根部屋の創設当初は弟子3人と元力士のマネージャーという小規模な体制でした。
高田さん自身、歌手時代の知名度が先行することに戸惑いを感じていたと振り返っています。周囲から元アイドル歌手として注目される中で、部屋では徹底して裏方に回ろうと考えていたそうです。
おかみとして担った仕事は、単なる来客対応や食事の準備だけではありません。
- 弟子たちの生活環境を整える
- 稽古や日常生活に必要な細かなサポート
- 後援者や地域住民との交流
- 弟子たちの成人式やクリスマスなどの行事
- 力士や親方と弟子の間を取り持つ役割
- 相撲部屋の行事や千秋楽の打ち上げの運営
Number Webの取材では、弟子たちがクリスマスにプレゼントをもらったり、成人式に赤飯を用意してもらったりした思い出を語っています。
高田さんは、相撲界に入る若者たちの姿に、自分が15歳で鹿児島から上京して歌手を目指した頃を重ねていたといいます。見知らぬ環境に飛び込む不安を知っていたからこそ、弟子たちが安心して生活できる環境づくりに力を注いだのでしょう。
その後、松ケ根部屋は二所ノ関部屋へと名称が変わり、夫婦は長年にわたって相撲界を支え続けました。2026年の報道では、高田さんが延べ100人を超える弟子たちと過ごしたことも伝えられています。
子供は2人!長男・勝信と長女・アイリ高田みづえさんと若嶋津さんの間には、2人の子供がいます。
- 長男:勝信さん(元タレント)
- 長女:アイリさん(女優・モデル)
長女のアイリさんは芸能活動を行っており、2021年10月に俳優の春山翔さんと結婚したことを2022年に公表しています。
2026年8月には、母・高田みづえさんのNHK『うたコン』出演を受けて、アイリさんが自身のSNSで母への思いを発信しました。
その投稿では、母が結婚によって歌手活動から離れ、おかみとして夫を支え、夫を見送った後に再びマイクを握った人生を振り返っています。娘の立場から見た母の新しい一歩は、夫婦の歩みを知るうえでも印象的な出来事となりました。
(出典:Number Web、スポニチアネックス、ORICON NEWS、ライブドアニュース掲載のスポニチ記事)
【夫婦の歴史を年表で整理】結婚からおかみ卒業、2026年の死去まで
高田みづえさんと若嶋津さんの人生は、歌手と力士という異なる分野で活躍した2人が、夫婦として相撲部屋を支える道へ進んだ歴史でもあります。
主要な出来事を時系列で整理すると、次のようになります。
| 年月 | 人物・出来事 | 夫婦の歩みと意味 |
|---|---|---|
| 1977年 | 高田みづえさんが「硝子坂」でデビュー | 歌手として人気を獲得 |
| 1983年1月 | 若嶋津さんが大関に昇進 | 相撲界を代表する人気力士となる |
| 1984年 | 幕内最高優勝を2回達成 | 現役力士として全盛期を迎える |
| 1985年2月 | 2人が婚約を発表 | 新聞取材での出会いから結婚へ |
| 1985年9月27日 | 結婚・高田さんが芸能界を引退 | 夫婦として新しい生活を開始 |
| 1987年7月 | 若嶋津さんが現役引退 | 年寄・松ケ根を襲名 |
| 1990年2月 | 松ケ根部屋を創設 | 高田さんがおかみとして本格的に部屋を支える |
| 2014年12月 | 若嶋津さんが年寄・二所ノ関を襲名 | 相撲界で指導者として活動 |
| 2017年10月19日 | 若嶋津さんが船橋市内で倒れる | 頭部の手術を受け、長期療養生活へ |
| 2022年1月11日 | 若嶋津さんが日本相撲協会の定年を迎える | 高田さんも約32年間のおかみを卒業 |
| 2023年7月 | 若嶋津さんが日本相撲協会を退職 | 協会での活動にも区切り |
| 2026年3月15日 | 若嶋津さんが69歳で死去 | 肺炎のため、長年連れ添った夫婦に別れ |
| 2026年8月25日 | 高田さんがNHK『うたコン』に出演 | 約11年ぶりにテレビで歌声を披露 |
| 2026年10月24日 | ニッポン放送に生出演 | 41年ぶりの同局出演で近況を語る |
この年表で注目したいのは、2022年と2023年の違いです。
2022年1月11日は若嶋津さんが日本相撲協会の定年を迎えた日であり、高田さんがおかみとしての役割を終えた時期です。一方、2023年7月には若嶋津さん自身が協会を退職しています。
つまり、おかみ卒業と協会からの完全な退職は同じ出来事ではありません。2022年に夫婦の相撲部屋での役割が大きく変わり、その後も若嶋津さんは協会に関わっていました。
(出典:日本相撲協会、スポニチアネックス、Number Web、ORICON NEWS、デイリースポーツ)
【2017年の病気と8年半の介護】若嶋津の死因は肺炎だった
夫婦の人生を大きく変えた出来事が、2017年10月に起きました。
2017年10月19日、船橋市内の路上で倒れる2017年10月19日、当時二所ノ関親方だった若嶋津さんは、千葉県船橋市内の路上で自転車とともに倒れているところを発見されました。
当時の報道によると、頭部を強く打ち、病院に搬送された後、約4時間半にわたる緊急の頭部手術を受けています。一時は意識不明の重体となり、集中治療室で治療を受けました。
当初の報道では、自転車で転倒した際の頭部外傷が伝えられました。事故の詳しい原因については、報道だけで特定の持病や病気が原因だったと断定することはできません。
その後、若嶋津さんは回復に向かい、リハビリを続ける生活に入りました。しかし、以前のような生活に戻ることは容易ではなく、長期間にわたって療養を続けることになります。
(出典:日刊スポーツ2017年10月20日・21日報道)
高田みづえが8年半にわたって夫を介護若嶋津さんが倒れてから、高田さんは夫の療養生活を支え続けました。
2026年8月のスポニチアネックス関連報道では、高田さんが約8年半にわたって夫を介護してきたことが紹介されています。
約8年半という期間は、2017年10月の事故から2026年3月の死去までに相当します。相撲部屋のおかみとして弟子たちを支えてきた高田さんは、夫の療養生活でも長い時間をともに過ごしました。
2026年8月の『うたコン』出演を前にした報道では、高田さんが介護中に「硝子坂」を歌うと、若嶋津さんが一緒に口ずさんでくれたというエピソードも紹介されています。
また、今回の歌番組出演の話についても、夫が生きていたら応援してくれたのではないかという思いを語っていました。
長年、歌手としての自分を表に出すことよりも、夫や家族、弟子たちを支える役割を大切にしてきた高田さん。その年月を考えると、2026年の歌番組出演には、単なる懐かしの歌手の復活以上の意味があります。
2026年3月15日、肺炎のため69歳で死去2026年3月15日、元大関・若嶋津の日高六男さんが肺炎のため、千葉県内の病院で亡くなりました。享年69歳でした。
日本相撲協会が3月16日に発表し、報道各社も訃報を伝えています。
スポニチアネックスによると、若嶋津さんは2025年夏ごろから体調を崩して入院していたとされ、亡くなった当日は家族に見守られていました。
高田さんは夫の死去に際し、夫への感謝を次のように伝えています。
「親方には、ありがとうという気持ちです」
この言葉は、長年連れ添った夫への感謝を表したものとして報じられました。
葬儀では高田さんが喪主を務めました。日刊スポーツは、日本相撲協会の発表として、3月23日に通夜、24日に葬儀が行われる予定であることを伝えています。
ここで重要なのは、若嶋津さんの2026年の死因として公表されたのは肺炎だという点です。2017年の転倒・頭部手術と、2026年の死因を医学的に直接結び付ける発表は確認されていません。
(出典:日本相撲協会の発表、日刊スポーツ2026年3月16日、スポニチアネックス2026年3月15日)
【2026年最新】高田みづえの現在は?NHK『うたコン』で11年ぶりの歌唱復帰
若嶋津さんを見送った高田みづえさんは、2026年に入ってから再び音楽の世界に姿を見せています。
特に注目されたのが、2026年8月25日にNHK総合で放送された『うたコン』への出演です。
8月25日の『うたコン』で「硝子坂」「私はピアノ」を披露NHKは2026年8月、高田さんの出演を発表。「高田みづえ 一夜限りの復活SP」として番組が放送されました。
高田さんが披露したのは、デビュー曲「硝子坂」と代表曲「私はピアノ」です。
1985年に芸能界を引退して以来、長くテレビで歌う機会がなかった高田さんにとって、今回の出演は大きな節目となりました。
番組には谷原章介さんのほか、親交のある岩崎宏美さん、榊原郁恵さんらも出演。歌手時代の映像や当時のエピソードを交えながら、高田さんの音楽活動を振り返りました。
ORICON NEWSによると、高田さんは出演の話を夫の四十九日法要が終わった頃に受け取ったと説明しています。そして、今回の出演を通じて一歩前に踏み出したいという気持ちがあったと語りました。
約11年ぶりのテレビ歌唱となった今回の放送では、往年の歌声が再び披露され、視聴者からも驚きや感動の声が寄せられました。
(出典:NHK『うたコン』、ORICON NEWS 2026年8月25日)
10月24日には41年ぶりにニッポン放送へ出演高田さんの活動は『うたコン』だけではありません。
2026年10月24日には、ニッポン放送のラジオ番組『徳光和夫 とくモリ!歌謡サタデー』に生出演しました。
同局への出演は実に41年ぶり。番組では若嶋津さんとの出会いや結婚、歌手デビュー当時の思い出などを語りました。
出演後のデイリースポーツの取材では、8月の『うたコン』について「すべて夢心地」と振り返っています。
また、夫が亡くなったことで気持ちが落ち込んでいたことにも触れ、もう一歩踏み出さなければという思いがあったと明かしました。
一方で、歌手としての完全復帰や紅白歌合戦への出場については、まだ「怖いです、まだ」と慎重な姿勢を見せています。
つまり、2026年11月現在の高田さんは、芸能界への全面復帰を正式発表したわけではありません。テレビやラジオへの出演を通じて、少しずつ新しい活動の可能性を広げている段階です。
高田みづえの現在を考えるうえで注目したいこと高田さんの2026年の活動で興味深いのは、歌手として再び注目されるようになった背景です。
1985年に結婚を機に芸能界を離れた高田さんは、約32年間にわたり相撲部屋のおかみを務めました。さらに2017年からは夫の療養生活を支え、2026年3月に夫を見送っています。
その後の歌番組出演は、かつての芸能生活に単純に戻るというより、自分自身の新しい人生を歩み始める一歩として受け止められます。
長年、誰かを支える立場にあった高田さんが、再び自分の歌声で視聴者と向き合ったことは、2026年の大きなニュースとなりました。
(出典:ニッポン放送公式番組ブログ2026年10月24日、デイリースポーツ2026年10月25日)
【高田みづえの夫に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:高田みづえの夫は誰ですか?
A1:元大相撲大関の若嶋津です。本名は日高六男(ひだか・むつお)さんで、鹿児島県出身。「南海の黒ひょう」の愛称で知られ、幕内優勝を2回達成しました。
Q2:若嶋津は2026年に亡くなったのですか?死因は何ですか?
A2:はい。2026年3月15日に69歳で亡くなりました。日本相撲協会の発表によると、死因は肺炎です。2017年に路上で倒れて頭部の手術を受けて以降、療養生活を続けていました。
Q3:高田みづえと若嶋津の馴れ初めは何ですか?
A3:新聞の取材による対談が出会いのきっかけです。2026年10月24日のニッポン放送出演時に、高田さん本人が、相撲の支度部屋で初めて顔を合わせたことを振り返っています。
Q4:高田みづえはなぜ芸能界を引退したのですか?
A4:1985年に若嶋津さんと結婚したことを機に引退しました。その後は夫が創設した松ケ根部屋のおかみとなり、約32年間にわたって夫や弟子たちを支えました。
Q5:高田みづえに子供は何人いますか?
A5:長男と長女の2人です。長男は勝信さん、長女は女優・モデルとして活動するアイリさんです。
Q6:高田みづえは2026年に歌手復帰したのですか?
A6:2026年8月25日にNHK『うたコン』へ出演し、「硝子坂」「私はピアノ」を披露しました。また、10月24日にはニッポン放送のラジオ番組にも生出演しています。ただし、本人は完全復帰について慎重な姿勢を示しており、継続的な芸能活動を正式に発表したわけではありません。
Q7:高田みづえはいつ相撲部屋のおかみを卒業しましたか?
A7:2022年1月、若嶋津さんが日本相撲協会の定年を迎えた時期です。1990年の松ケ根部屋創設から約32年間、おかみとして部屋を支えました。
まとめ:高田みづえと若嶋津が歩んだ41年間、そして2026年の新たな一歩
高田みづえさんの夫は、元大関・若嶋津こと日高六男さんでした。
1985年の結婚を機に高田さんは芸能界を引退し、1990年から夫が創設した松ケ根部屋のおかみとして活動。夫婦で相撲部屋を支え、2人の子供を育てながら、約32年間にわたって力士たちの生活を支援してきました。
2017年の若嶋津さんの転倒・頭部手術を境に、夫婦の生活は大きく変化します。高田さんは約8年半にわたる療養・介護生活を支えましたが、2026年3月15日、若嶋津さんは肺炎のため69歳で亡くなりました。
そして2026年8月、高田さんはNHK『うたコン』で歌声を披露。10月には41年ぶりにニッポン放送の番組にも出演しました。歌手としての完全復帰はまだ決まっていないものの、新たな一歩を踏み出しています。
高田さんの人生を振り返ると、人気歌手としての成功だけでなく、夫を支え、相撲部屋のおかみとして多くの若者を見守ってきた年月も欠かせません。若嶋津さんとの夫婦の歩みは、相撲界と昭和歌謡の両方に残る印象深い歴史です。
2026年以降、高田さんがどのような形で音楽と関わっていくのか。本人が語る慎重な気持ちを尊重しながら、今後の活動を見守りたいところです。
主な参照報道・資料
- 日本相撲協会:若嶋津六夫・公式プロフィール
- 日刊スポーツ:2026年3月の訃報、2017年の頭部手術報道
- スポニチアネックス:2026年3月の死去と夫婦の歩み
- Number Web:2022年のおかみ卒業に関する取材記事
- ニッポン放送:2026年10月24日の本人出演・馴れ初めの証言
- ORICON NEWS:2026年8月のNHK『うたコン』出演
- デイリースポーツ:2026年10月25日の近況インタビュー