古村比呂の元夫は、俳優の布施博です。2人は1992年に結婚し、3人の息子に恵まれました。しかし、2006年後半から別居生活に入り、2009年4月17日に家庭裁判所での調停離婚が成立しています。
離婚の背景には、双方の親の介護だけでは説明できない夫婦間のすれ違いや価値観の違いがありました。古村比呂本人も後年のテレビ出演で当時の状況を振り返っています。また、布施博は2012年に女優の井上和子と再婚。さらに2026年には、代表を務めていた芸能プロダクションの破産報道もありました。
【元夫は誰?】古村比呂と布施博の結婚から離婚まで

古村比呂の元夫は、1980年代からテレビドラマや映画、舞台で活躍してきた俳優の布施博です。
2人の出会いはドラマでの共演でした。1992年に結婚し、同年には長男が誕生。その後、次男、三男にも恵まれ、5人家族として生活していました。
1992年に結婚した2人の馴れ初め古村比呂は1987年放送のNHK連続テレビ小説「チョッちゃん」でヒロインを務め、広く知られるようになった女優です。一方の布施博も、1980年代のトレンディードラマを中心に人気を集めた俳優でした。
2人はドラマでの共演をきっかけに結婚。仕事で活躍する俳優同士の結婚として当時注目されました。
結婚後、古村比呂は3人の息子の子育てを中心とした生活へと移ります。出産後は女優業を一時休業し、家庭と育児に力を注いだ時期もありました。
3人の息子の誕生と家族構成2人の間には、1992年に長男、1993年に次男、1997年に三男が誕生しています。3人とも男の子です。
テレビ朝日系「徹子の部屋」などで古村比呂が語ったエピソードからは、離婚後も息子たちとの関係を大切にしてきたことがうかがえます。
2009年の離婚成立後、3人の親権は古村比呂が持ちました。彼女はシングルマザーとして子育てを続けながら、女優としての仕事にも復帰していきました。
【時系列で整理】2006年の別居から2009年の調停離婚まで
古村比呂と布施博の離婚を理解するには、別居が始まった2006年から離婚が成立した2009年までの流れを押さえる必要があります。
2人の別居が最初に大きく報じられたのは2008年4月でした。当初、双方の両親の介護が別居の理由として説明されていましたが、その後、古村本人が夫婦関係について異なる心境を明かしています。
古村比呂と布施博の結婚・別居・離婚年表| 時期 | 出来事 | 詳細・背景 |
|---|---|---|
| 1992年 | 結婚 | ドラマで共演した俳優の布施博と結婚。同年に長男が誕生。 |
| 1993年 | 次男誕生 | 2人目の男児が誕生。 |
| 1997年 | 三男誕生 | 3人の息子を育てる家庭となる。 |
| 2006年後半 | 別居開始 | 古村比呂が3人の息子とともに家を出て別居生活に入る。 |
| 2008年4月 | 別居が報道される | 双方の両親の介護問題などが理由として伝えられる。 |
| 2008年11月 | 古村が夫婦関係について説明 | 価値観の違いや、夫婦関係を続けることへの疑問を明かす。 |
| 2008年12月 | 離婚調停を申し立て | 話し合いがまとまらず、家庭裁判所での調停へ進む。 |
| 2009年4月17日 | 調停離婚成立 | 家庭裁判所で離婚が成立。3人の息子の親権は古村が持つ。 |
| 2009年8月 | 離婚を公表 | 古村がテレビ番組や記者会見で離婚について説明。 |
| 2012年4月 | 布施博が再婚 | 女優の井上和子と婚姻届を提出。 |
| 2026年8月 | 馬力屋の破産が報道される | 布施が代表を務めていた芸能プロダクションの破産開始決定が明らかになる。 |
この年表で注目したいのは、2006年の別居から離婚成立まで約2年半を要している点です。
2009年8月17日付のORICON NEWSによると、古村は離婚調停の申し立てが2008年12月だったこと、そして2009年4月17日に調停離婚が成立したことを説明しています。
つまり、2009年8月に突然離婚したのではありません。実際には4月に離婚が成立しており、8月に公表されたという時間的な違いがあります。
【離婚理由を検証】介護問題だけではなかった夫婦のすれ違い
古村比呂の離婚理由として、しばしば取り上げられるのが双方の親の介護問題です。しかし、当時の報道や本人の発言を追うと、介護だけが原因だったわけではないことが分かります。
2006年の別居当初は双方の親の介護が理由だった2008年4月3日付の日刊スポーツは、古村と布施が約2年前から別居していたと報道しました。
当時、古村の所属事務所は、別居の理由について双方の両親の介護問題を挙げていました。また、当初は離婚に向けた別居ではないとの説明もありました。
家庭内で育児を続けながら、双方の親の介護にも対応することは、夫婦にとって大きな負担になり得ます。古村自身も、当時の生活について、やるべきことが多すぎて互いを責め合うストレスがあったという趣旨の説明をしています。
2008年には価値観の違いについても言及状況が変化したのは2008年です。
同年11月16日付のORICON NEWSによると、古村はテレビ番組で、数年前から夫婦関係を続けることに疑問を感じていたと説明しました。
子どもが成長していく中で、このままの夫婦関係でよいのかという悩みがあり、互いに譲れない価値観も出てきたという内容です。
加えて、2009年8月の離婚会見では、古村は介護だけが理由ではなく、さまざまな出来事が積み重なった結果だったと説明しています。
女性問題やDVをめぐる報道はどう見るべきか離婚当時には、布施博の女性問題やDVをめぐる報道もありました。
2009年8月18日付の日刊スポーツは、古村の会見での発言として、女性問題があったこと自体は事実だと説明したことを伝えています。一方、DVについては、質問に対して明確な否定をしなかったという報道でした。
ここで注意したいのは、女性問題についての本人の説明と、DVをめぐる報道は同じものではないという点です。DVについて、報道された反応だけから具体的な行為や事実関係を確定することはできません。
離婚の背景を整理すると、次の3つが重要です。
- 介護問題:別居当初に公表された家庭環境上の事情。
- 夫婦間の価値観の違い:2008年に古村本人が語った関係継続への疑問。
- さまざまな問題の積み重ね:2009年の会見で本人が説明した離婚に至る背景。
単一の出来事だけを離婚理由とするよりも、長期間にわたる夫婦関係の変化として捉える方が、当時の本人の説明に沿っています。
【息子3人との現在】離婚後の古村比呂が語った母子関係
離婚後の古村比呂は、3人の息子を引き取り、仕事と子育てを両立させてきました。
特に注目されるのが、2025年9月19日放送のテレビ朝日系「徹子の部屋」で明かした、離婚を息子たちに伝えた際のエピソードです。
息子たちは母親の離婚の決意に気づいていた古村によると、2006年の別居後、約2年間の別居生活を送る中で、自身の離婚への気持ちは固まっていました。
しかし、子どもたちは多感な時期だったため、伝えるタイミングを慎重に考えていたそうです。
そして離婚を決意した後、古村は息子たち一人ひとりに話をしました。すると、3人とも母親が離婚を望んでいたことを以前から理解していたと伝えたといいます。
古村は、子どもたちが長い間自分の気持ちを察していたことに驚いたと振り返りました。
離婚後は親子という関係を超えた付き合い方に同番組で古村は、離婚後の家庭内での関係についても語っています。
母親として常に強く振る舞うのではなく、息子たちと一対一の同居人や友人のような関係を意識しているという内容でした。自分の弱い部分も見せ、悩み事を相談することもあるそうです。
また、2025年9月の番組出演時には、長男夫婦に同年4月に女の子が誕生し、初孫を迎えたことも紹介されました。
毎日キレイなどの番組関連報道では、古村が三男と同居していることも伝えられています。
3人の息子を育て上げた後も家族との交流が続いていることは、離婚後の古村の人生を理解するうえで見逃せない部分です。
【布施博は2012年に再婚】相手の井上和子と2026年の俳優活動
古村比呂との離婚後、布施博は新しい人生を歩み始めています。
2012年には女優の井上和子と再婚しました。また、2026年現在も俳優として活動しており、個人事務所をめぐる報道とは別に、芸能活動の継続が確認できます。
再婚相手は女優の井上和子布施博の再婚が明らかになったのは2012年5月末です。
2012年6月1日付の日刊スポーツによると、相手は女優の井上和子。布施が主宰する劇団「東京ロックンパラダイス」に所属していた女優です。
2人が婚姻届を提出したのは2012年4月10日。井上の誕生日に合わせた入籍だったと報じられています。
古村との離婚成立から約3年後の再婚でした。
2026年現在も俳優として活動布施博は1958年7月10日生まれで、2026年11月現在68歳です。
1980年代のトレンディードラマをはじめ、テレビドラマ、映画、舞台、バラエティー番組など幅広い分野で活動してきました。
2026年現在の株式会社サン・オフィスの公式サイトでは、布施博が俳優として掲載され、常務取締役の肩書も確認できます。
同社の公式プロフィールには、2026年の出演作品として映画「ピリオド」や配信ドラマ「迷宮の世界〜ネットワークは、生きている〜」などが掲載されています。
したがって、テレビでの露出が以前より少なくなったとしても、俳優活動そのものが終了したわけではありません。
【2026年最新】布施博の所属事務所・馬力屋の破産報道とは?
2026年に布施博をめぐって大きく報じられたのが、本人が代表を務めていた芸能プロダクション「有限会社馬力屋」の破産です。
2026年8月に有限会社馬力屋の破産開始決定2026年8月20日、FNNプライムオンラインは、布施博が代表を務める芸能プロダクション「有限会社馬力屋」が東京地方裁判所立川支部から破産開始決定を受けたと報じました。
東京商工リサーチの情報によると、同社の破産開始決定は2026年8月4日付です。負債額については調査中とされていました。
馬力屋は布施博自身が所属するだけでなく、複数の俳優やタレントのマネジメントも手がけていた芸能プロダクションです。
破産報道で注目された布施博の現状2026年9月14日付の週刊女性PRIMEは、布施本人への取材を含め、馬力屋の破産手続きや今後の芸能活動について詳しく報じています。
同記事によれば、布施は事務所の破産や今後の予定について、弁護士に任せているという趣旨の説明をしました。
また、同記事では株式会社サン・オフィスの公式サイトに布施博の名前が常務取締役として掲載されていることにも触れています。
実際、サン・オフィスの公式サイトでは2026年10月時点でも布施のプロフィールや出演情報が掲載されています。
事務所の破産と本人の破産は別の問題今回の報道で誤解しやすいのが、馬力屋の破産と布施博個人の経済状況を同一視してしまうことです。
報道されたのは、あくまで有限会社馬力屋という法人の破産手続き開始決定です。会社の破産が報じられたことだけを理由に、布施本人も個人破産したと判断することはできません。
また、馬力屋の破産は俳優としての活動終了を意味するものでもありません。2026年10月のサン・オフィス公式サイトには出演情報が掲載されており、仕事の継続が確認できます。
2026年の布施博をめぐるニュースは、過去の結婚・離婚問題とは別に、芸能事務所の経営と俳優個人の活動を区別して理解する必要があります。
【プロの結論】古村比呂と布施博の離婚で押さえるべき3つの事実
古村比呂と布施博の関係を振り返ると、結婚、3人の子どもの誕生、別居、調停離婚、そしてそれぞれの新しい人生という流れが見えてきます。
情報を整理するうえで、特に押さえておきたい要点は次の3つです。
1. 離婚成立は2009年4月17日2009年8月の報道を見て離婚した年を8月と誤解するケースがありますが、実際に調停離婚が成立したのは同年4月17日です。
2008年12月に調停を申し立て、2009年4月に成立したという経緯が、ORICON NEWSの報道でも確認できます。
2. 離婚理由は介護問題だけではない別居当初に説明されたのは双方の親の介護でした。しかし、その後の本人の説明では、夫婦間の価値観の違いやさまざまな問題の積み重ねも背景にあったことが分かります。
一部の報道だけを切り取って、離婚の原因を一つに決めつけないことが大切です。
3. 離婚後の2人はそれぞれの人生を歩んでいる古村比呂は3人の息子を育て、2025年には初孫も誕生しました。布施博は2012年に井上和子と再婚し、2026年も俳優活動を続けています。
また、馬力屋の破産報道は法人の経営に関するニュースであり、本人の芸能活動とは分けて考える必要があります。
古村比呂の元夫・布施博に関するよくある質問(FAQ)
Q1:古村比呂の元夫は誰ですか?
A1:俳優の布施博です。2人は1992年に結婚し、3人の息子をもうけました。2006年後半から別居し、2009年4月17日に調停離婚が成立しています。
Q2:古村比呂と布施博の離婚理由は何ですか?
A2:双方の親の介護問題のほか、夫婦間の価値観の違いやさまざまな問題の積み重ねが背景にありました。古村本人も、介護だけが理由ではなかったと説明しています。
Q3:古村比呂と布施博の息子は何人ですか?
A3:3人です。1992年に長男、1993年に次男、1997年に三男が誕生しました。離婚後の親権は古村比呂が持っています。
Q4:布施博は再婚していますか?
A4:はい。2012年4月10日に女優の井上和子と再婚しています。井上は布施が主宰する劇団に所属していた女優です。
Q5:布施博の所属事務所は2026年に破産したのですか?
A5:布施が代表を務めていた有限会社馬力屋について、2026年8月4日に破産開始決定が出たと報じられています。ただし、これは法人の破産であり、布施本人の個人破産を意味するものではありません。
Q6:布施博は2026年現在も芸能活動をしていますか?
A6:はい。株式会社サン・オフィスの公式サイトには俳優としてプロフィールが掲載され、2026年の映画や配信ドラマの出演情報も確認できます。
まとめ:古村比呂と布施博の離婚から現在まで
古村比呂の元夫は、俳優の布施博です。1992年に結婚し、3人の息子を育てましたが、2006年後半から別居。2008年12月に離婚調停を申し立て、2009年4月17日に正式に離婚が成立しました。
離婚理由は双方の親の介護だけではなく、夫婦間の価値観の違いや長年にわたる問題の積み重ねでした。2025年の「徹子の部屋」では、古村が当時の息子たちとのやり取りを振り返り、子どもたちが母親の気持ちを理解していたことを明かしています。
一方、布施博は2012年に井上和子と再婚。2026年には代表を務めていた有限会社馬力屋の破産が報じられましたが、サン・オフィスの公式情報では俳優活動の継続が確認できます。
2人の歩みを理解するうえで大切なのは、過去の夫婦関係と現在の生活を混同しないことです。結婚・別居・離婚の年月日、本人の発言、報道された会社の経営状況をそれぞれ分けて見ることで、古村比呂と布施博の現在までの経緯を正確に把握できます。