リオネル・メッシが赤ちゃんを小さな青い浴槽に入れ、優しく手を添えている――。そんな印象的な写真が、2026年も世界中のサッカーファンの間で話題になっている。写っている赤ちゃんは、スペイン代表とFCバルセロナで活躍するラミン・ヤマル。撮影したのは、スポーツ写真家のジョアン・モンフォートだ。
実はこの写真は、2人のために企画された特別な撮影でも、最近撮影されたプライベート写真でもない。2007年に行われたFCバルセロナ、カタルーニャのスポーツ紙「ディアリオ・スポルト」、ユニセフによるチャリティー企画から生まれたものだ。2024年のEUROをきっかけに世界的に拡散し、2026年7月にはワールドカップ決勝でアルゼンチンとスペインが対戦したことで、再び大きな注目を集めた。
【結論】メッシとヤマルのお風呂写真は本物?撮影時期と場所を解説

最初に答えを整理すると、メッシとヤマルのお風呂写真は本物だ。加工によって作られた画像でも、AIで生成された架空の写真でもない。
写真の撮影者は、スペイン・バルセロナを拠点に活動する写真家ジョアン・モンフォート。写真は2007年に撮影され、翌2008年に発行されたユニセフ支援のチャリティーカレンダーに掲載された。
ユニセフ・スペインは2024年7月11日の公式記事で、この写真が実在することを明言している。加えて、2026年7月16日の公式発表でも、写真の撮影経緯とチャリティー企画について改めて説明した。
写真に写っているのは、当時20歳だったリオネル・メッシと、まだ赤ちゃんだったラミン・ヤマル。そして、赤ちゃんを支えているのはヤマルの母親シェイラ・エバナだ。
撮影場所は、スペインのバルセロナにある旧カンプ・ノウ。具体的には、アウェーチーム用のロッカールームで撮影が行われたと、写真家モンフォートがAP通信の取材で説明している。
つまり、家庭で撮影された日常の入浴写真ではなく、サッカー選手と子どもたちが参加した公式なチャリティー撮影の一場面だったということだ。
【撮影の舞台裏】2007年のチャリティーカレンダー企画で何が起きた?
この写真の背景には、FCバルセロナとユニセフが取り組んでいた子どもの権利を支援する活動がある。
ディアリオ・スポルトとユニセフが企画した社会貢献活動企画の中心となったのは、カタルーニャ地方のスポーツ新聞ディアリオ・スポルトとFCバルセロナ財団。ユニセフへの支援を目的に、サッカー選手と子どもたちの写真を掲載したチャリティーカレンダーを制作した。
ユニセフによると、この取り組みは2005年に始まり、複数回にわたって実施された。2008年版カレンダーでは、売り上げの50%がユニセフの活動に充てられ、世界の恵まれない子どもたちの権利や生活環境を支援する資金となった。
カレンダーにはメッシだけでなく、シャビ、プジョル、イニエスタ、ロナウジーニョなど、当時のバルセロナを代表する選手たちも参加していた。
ヤマルの家族は抽選に当選して撮影へ撮影のきっかけは、ヤマルの家族が参加した抽選だった。
写真家ジョアン・モンフォートがAP通信や英ガーディアン紙の取材で説明したところによると、ユニセフはヤマル一家が暮らしていたバルセロナ近郊のマタロ市ロカフォンダ地区で、選手との撮影に参加する家族を抽選で選んだ。
ヤマルの両親は応募し、見事に当選。家族はカンプ・ノウへ招待され、バルセロナのトップチーム選手との撮影に参加することになった。
そこで偶然組み合わされたのが、当時20歳のメッシだった。
最初から将来のスター選手同士を組み合わせる意図があったわけではない。メッシは当時、バルセロナの若き有望選手として活躍していたが、ヤマルはまだサッカー選手としてのキャリアを始める前の赤ちゃんだった。
なぜお風呂の写真になったのか撮影の特徴は、小さなプラスチック製の浴槽と黄色いアヒルのおもちゃだ。
当時の企画関係者オリオル・カナルスによる回顧記事では、最初は母親から離された赤ちゃんが泣き出し、撮影が思うように進まなかったことが紹介されている。
そこで用意された黄色いアヒルのおもちゃを見せると、ヤマルが笑顔を見せた。母親のシェイラとメッシが赤ちゃんを小さな水盤に入れ、遊んでいる自然な様子をモンフォートが撮影した。
その結果、メッシが赤ちゃんをお風呂に入れているような、親しみやすい一枚が生まれたのである。
【人物・撮影時期を比較】メッシとヤマルの写真に関係する人物と事実
写真の背景を正しく理解するには、撮影に関わった人物と企画の関係を整理すると分かりやすい。
| 人物・組織 | 写真との関係 | 確認できる事実 |
|---|---|---|
| リオネル・メッシ | 写真に写るサッカー選手 | 2007年当時20歳。バルセロナの選手として撮影に参加。 |
| ラミン・ヤマル | 写真に写る赤ちゃん | 2007年生まれ。後にバルセロナとスペイン代表のスター選手に成長。 |
| シェイラ・エバナ | ヤマルの母親 | 撮影に参加し、赤ちゃんを支えながらメッシと共演。 |
| ジョアン・モンフォート | 撮影担当者 | 2007年の写真を撮影した写真家。後にAP通信などを通じて撮影秘話を紹介。 |
| オリオル・カナルス | 企画関係者 | 当時の撮影企画を振り返り、撮影当日の経緯を記事で紹介。 |
| ディアリオ・スポルト | 企画主体 | FCバルセロナ財団などとチャリティーカレンダーを制作。 |
| ユニセフ | 支援団体 | カレンダーの売り上げの50%が子どもの権利を守る活動に充てられた。 |
写真の歴史を時系列で見ると、撮影から世界的な話題になるまで約17年の時間が経過している。
2007年:メッシとヤマルがチャリティーカレンダー企画で撮影に参加。写真家ジョアン・モンフォートが撮影を担当した。
2008年1月:メッシとヤマルの写真が、2008年版チャリティーカレンダーの1月のページに掲載された。
2024年7月:ヤマルの父親ムニル・ナスラウイが写真をSNSに投稿。「2人の伝説の始まり」という意味のコメントとともに紹介され、世界的に拡散した。
2026年7月:アルゼンチンとスペインのワールドカップ決勝を前に、写真が再び世界中の報道機関で取り上げられた。
ヤマルは本当に生後5か月だったのかここには、見落とされがちな年齢の食い違いがある。
ユニセフの2024年と2026年の公式記事では、撮影当時のヤマルは生後5か月と説明されている。一方、FCバルセロナの公式プロフィールに記載されたヤマルの誕生日は2007年7月13日だ。
加えて、企画関係者オリオル・カナルスは、撮影が行われた日を2007年10月31日と具体的に記している。
この日付と誕生日をそのまま照合すると、撮影時のヤマルは約3か月半。ユニセフが紹介する生後5か月という説明とは一致しない。
したがって、写真が2007年のチャリティー企画で撮影されたという点は確かな一方、月齢については公表資料間に食い違いが残っている。「生後5か月」という表現が広く使われているものの、撮影日まで考慮するなら「生後数か月」とするのが適切だ。
【写真家の証言】ジョアン・モンフォートが明かしたメッシの意外な姿
この写真を語るうえで欠かせない人物が、撮影を担当したジョアン・モンフォートだ。
モンフォートは1991年からスポーツ写真家として活動し、バルセロナを中心に数多くのサッカー選手を撮影してきた。2007年当時も、クラブの選手たちと子どもたちの撮影を担当していた。
赤ちゃんの扱いに戸惑っていた20歳のメッシモンフォートがAP通信の取材で振り返ったのは、撮影当日のメッシの意外な反応だった。
「最初は赤ちゃんをどう抱けばよいのかも分かっていなかった」
これはモンフォートの発言を日本語に訳したものだ。
当時のメッシは、すでにバルセロナの将来を担う選手として注目されていた。しかし、赤ちゃんを抱くことには慣れていなかったようで、突然の撮影に戸惑っていたという。
一方、ヤマルは撮影の途中で笑顔を見せるようになり、母親のサポートもあって撮影は進行した。
現在のメッシは世界的なサッカー界のレジェンドとして知られているが、この写真では、まだ20歳の若者らしい初々しい表情を見ることができる。
写真家自身もヤマルだとすぐには気づかなかった興味深いのは、撮影したモンフォート自身も、当時の赤ちゃんが後のラミン・ヤマルだとは認識していなかったことだ。
2024年、ヤマルの父親が写真をSNSに投稿したことで、モンフォートは知人から連絡を受け、初めて写真の赤ちゃんがヤマルだったと気づいたという。
撮影から約17年が経過していた。写真家にとっても、当時の何気ない仕事が世界的な話題になるとは予想できなかった出来事だった。
このエピソードは、写真が将来のスター選手を意図的に演出するための広告企画ではなく、偶然の組み合わせから生まれたものだったことを裏付けている。
【SNSで話題】2024年から2026年へ、メッシとヤマルの運命の出会い
メッシとヤマルの写真が最初に世界規模で注目されたのは、2024年7月だった。
2024年のEUROで写真が再発見された2024年、ヤマルの父親ムニル・ナスラウイが、メッシと赤ちゃんのヤマルが一緒に写った写真をInstagramに投稿した。
添えられた言葉は「El comienzo de dos leyendas」。日本語に訳すと「2人の伝説の始まり」という意味だ。
この投稿は、EURO2024でスペイン代表の若きスターとして活躍していたヤマルの存在と重なり、世界中のサッカーファンの関心を集めた。
写真の中で赤ちゃんを抱いている若いメッシと、現在のヤマルの姿を比較すると、2人のキャリアが時間を超えてつながっているように感じられる。
「運命の出会い」と呼ばれる理由メッシとヤマルは、どちらもFCバルセロナに所属した経験を持つ選手だ。
メッシは長年バルセロナの象徴として活躍し、2021年にクラブを離れた。一方、ヤマルは下部組織を経て2023年にトップチームデビューを果たし、クラブの次世代を担う存在となった。
同じクラブの歴史に名を刻む2人が、2007年には写真撮影で一緒になっていた。この偶然が、後から振り返ると非常に印象的な出来事に見えるのだ。
ただし、2007年の段階で両者の将来を予測していた人物がいたわけではない。撮影は抽選による偶然の組み合わせであり、「運命の出会い」という表現は、後に2人が世界的な選手になったことで生まれた評価だ。
【2026年最新】ワールドカップ決勝で再注目された写真と2人の現在
2026年にメッシとヤマルの写真が再び注目された最大の理由は、ワールドカップでの両国の対戦だった。
2026年7月19日、アルゼンチン対スペインの決勝2026年7月19日、FIFAワールドカップの決勝でアルゼンチンとスペインが対戦した。
2007年には同じ写真に収まっていたメッシとヤマルが、今度はそれぞれの代表チームを象徴する選手として、世界最高峰の舞台に関係することになった。
試合は延長戦までもつれ込み、スペインが1対0で勝利。106分にフェラン・トーレスが決勝ゴールを決め、スペインが優勝を果たした。
2007年の写真が再び取り上げられたのは、この歴史的な決勝を前にした時期だった。幼いヤマルを抱くメッシの写真は、サッカー界の過去と未来を象徴する一枚として紹介された。
2026年はユニセフでも2人がつながるさらに注目したいのが、両者とユニセフとの関係だ。
メッシは2004年からユニセフを支援し、2010年にユニセフ親善大使に就任した。
一方、ヤマルも2026年6月11日にユニセフ親善大使に任命された。子どもたちが安心して遊び、成長できる環境を守る活動を支援する役割を担っている。
つまり、2007年の写真は単に有名選手と赤ちゃんが一緒に写った記念写真ではない。子どもの権利を支援する同じ活動を通じて、メッシとヤマルの2人がつながっていたことを示す記録でもある。
2026年7月のユニセフ・スペインの発表も、この写真と両選手の親善大使としての活動を結び付けて紹介している。
2026年11月現在、写真は2007年の偶然の撮影、2024年のSNSでの再発見、2026年のワールドカップ決勝という3つの出来事を経て、サッカー界を代表する印象的なエピソードになっている。
【メッシとヤマルのお風呂写真】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:メッシとヤマルのお風呂写真は本物ですか?
A1:本物です。2007年に写真家ジョアン・モンフォートが撮影したもので、2008年版のユニセフ支援チャリティーカレンダーに掲載されました。ユニセフ・スペインも公式記事で写真の存在と撮影背景を確認しています。
Q2:メッシとヤマルの写真はいつ撮影されましたか?
A2:2007年です。企画関係者オリオル・カナルスの回顧記事では、撮影日は2007年10月31日とされています。写真は2008年版カレンダーの1月のページに掲載されました。
Q3:ヤマルは写真撮影当時、何か月でしたか?
A3:ユニセフの公式記事では生後5か月と紹介されています。ただし、2007年10月31日という撮影日と、公式プロフィールの誕生日である2007年7月13日を照合すると約3か月半となり、情報に食い違いがあります。
Q4:メッシとヤマルはどこで撮影しましたか?
A4:スペイン・バルセロナの旧カンプ・ノウにあるアウェーチーム用ロッカールームです。撮影用の小さな浴槽が用意され、ヤマルの母親も参加しました。
Q5:写真を撮影した人物は誰ですか?
A5:スポーツ写真家ジョアン・モンフォートです。AP通信などの取材で、メッシが赤ちゃんの扱いに戸惑っていたことや、撮影の舞台裏を明かしています。
Q6:なぜ2026年に再び話題になったのですか?
A6:2026年7月19日のワールドカップ決勝でアルゼンチンとスペインが対戦したためです。2007年に一緒に写真を撮った2人が、後にそれぞれの代表チームを代表する存在になったという偶然が注目されました。
Q7:写真は何のために撮影されたのですか?
A7:FCバルセロナ財団、ディアリオ・スポルト、ユニセフによるチャリティーカレンダー企画のためです。2008年版カレンダーの売り上げの50%がユニセフの活動に寄付されました。
まとめ:メッシとヤマルのお風呂写真が伝える本当の意味
メッシとヤマルのお風呂写真は、2007年のユニセフ支援チャリティーカレンダー企画で生まれた実在の写真だ。撮影を担当したのはジョアン・モンフォートで、ヤマルの家族が抽選に当選し、偶然メッシと組み合わされたことがきっかけだった。
その後、2024年にヤマルの父親が写真をSNSに投稿したことで世界的に拡散。さらに2026年には、ワールドカップ決勝でアルゼンチンとスペインが対戦したことから、再び注目を浴びた。
特に興味深いのは、写真の背景にある偶然と、約20年にわたる時間の流れだ。若きメッシが抱いていた赤ちゃんは、後にバルセロナとスペイン代表を代表する選手へと成長した。
また、2026年には2人ともユニセフ親善大使として子どもの権利を支援する立場になっている。単なる懐かしい写真ではなく、サッカーと社会貢献という2つの視点からも意味のある記録になった。
「2人の伝説の始まり」という言葉がこれほど印象的に響くのは、撮影当時には誰も想像できなかった未来が、実際に訪れたからなのかもしれない。
主要な事実確認資料
- ユニセフ・スペイン:2007年の企画、2008年カレンダー、写真の真正性、2026年の親善大使活動。
- AP通信の取材を掲載したガーディアン紙:ジョアン・モンフォートの証言、撮影場所、抽選の経緯。
- ARA紙:企画関係者オリオル・カナルスによる2007年10月31日の撮影回顧。
- FCバルセロナ公式プロフィール:ヤマルの生年月日。
- FIFA公式:2026年ワールドカップ決勝の試合結果。