「苦悩の梨(Pear of Anguish)」は、中世ヨーロッパで使用されたとされる、洋梨のような形をした金属製の器具です。拷問博物館や歴史関連のウェブサイトでは、口や身体の開口部に使用する恐ろしい拷問器具として紹介されています。しかし、実際に中世の拷問で使われていたのでしょうか。それとも、後世に作られた伝説なのでしょうか。
この疑問を解く鍵となるのが、17世紀フランスの犯罪文学、19世紀の博物館コレクション、そして2014年に発表された歴史研究者クリス・ビショップ(Chris Bishop)の論文です。2026年現在の博物館資料も照らし合わせると、苦悩の梨は実在する金属製の器具である一方、一般に語られる拷問の歴史には大きな疑問が残されています。
【苦悩の梨とは?】洋梨型の拷問器具として知られる金属製の道具

苦悩の梨とは、英語で「Pear of Anguish」、フランス語で「Poire d'angoisse」と呼ばれる洋梨型の金属製器具です。
外見は果実の梨に似ていますが、実際には金属製の複数の部分から構成され、内部にばねなどの機構を備えた個体もあります。
一般的な歴史解説では、中世ヨーロッパの拷問器具として紹介され、異端者や犯罪者などを苦しめるために使われたと説明されています。
ただし、ここで区別しなければならないのは、器具そのものの実在と、説明されている用途の歴史的な実在性は別問題だという点です。
苦悩の梨という名前の由来「Poire d'angoisse」は、直訳すると「苦悩の梨」という意味になります。
フランス語の「poire」は梨、「angoisse」は強い不安や苦悩を意味します。
興味深いのは、1694年刊行のフランス・アカデミー辞典に、この言葉の複数の意味が記載されていることです。
同辞典では、飲み込みにくいほど渋い梨と、梨の形をしたばね付きの鉄製器具の両方が説明されています。後者は、盗賊が被害者の口に押し込み、叫び声を防ぐためのものとされています。
つまり、少なくとも17世紀末には、この名称と器具の説明がフランス語の辞書に登場していたことが分かります。
ただし、名称が確認できることと、その器具が説明どおりに実際使用されていたことは同じではありません。
苦悩の梨の基本的な構造歴史資料や博物館に残る個体には、いくつかの共通点があります。
- 洋梨のような金属製の外形
- 3~4枚程度に分かれた金属部分を持つ個体
- 内部にばね機構を備えるタイプ
- 鍵やねじに関連する機構を備えたタイプ
- 装飾が施された比較的精巧な個体
すべての現存品が同じ構造というわけではありません。
また、クリス・ビショップの研究では、現存品の機構や開閉構造には、一般に語られる拷問用途と整合しない点があると指摘されています。
そのため、外観だけを見て拷問器具だったと断定することはできません。
【苦悩の梨の使い方】拷問器具として語られる用途と実際の研究結果
苦悩の梨の使い方を調べると、主に2種類の説明に行き着きます。
1つは、盗賊が被害者の声を封じるための道具だったという説明です。もう1つは、身体の開口部を広げて苦痛を与える拷問器具だったという説明です。
この2つは、歴史的な背景が異なります。
1. 口をふさぐための道具という説17世紀のフランスの犯罪文学には、苦悩の梨に似た器具を盗賊が使用したという話が登場します。
この説明では、盗賊が被害者の叫び声を防ぐために器具を利用したとされています。
苦悩の梨の使い方として最も古い文献上の説明に近いものですが、これは犯罪者の逸話として記された内容です。
実際の犯罪現場で器具が使用されたことを示す、独立した警察記録や考古学的証拠とは区別する必要があります。
2. 身体に苦痛を与える拷問器具という説現在、インターネットや拷問博物館の解説で広く知られているのが、身体の開口部を広げて苦痛を与えるという説明です。
一般的な紹介では、次のような用途が語られています。
- 口に用いるという説
- 性器に用いるという説
- 肛門に用いるという説
こうした説明は、宗教的な異端者や魔女とされた人物、性的な規範に反したとされた人物などへの刑罰と結び付けられることがあります。
しかし、これらの用途を裏付ける中世の司法記録や拷問記録は、確かな形では確認されていません。
ビショップも2014年の論文で、こうした用途を中世の司法制度や異端審問の実態と結び付けることに強い疑問を示しています。
3. 実際に使われたことは証明されているのかここが最も要点です。
苦悩の梨の実物は存在します。しかし、実物が存在するからといって、歴史解説で紹介される使用方法まで事実だったとは限りません。
ビショップは、現存品の構造についても検討しています。
特に問題視したのは、内部機構の動作と、拷問器具として説明されている機能との不一致です。
加えて、現存品の一部には、ばねの構造が存在しなかったり、後世に製造されたことを示唆する加工痕があったりします。
したがって、現在の研究から導けるのは、苦悩の梨が歴史上の拷問器具として確立された存在ではないということです。
歴史上の用途として説明されている内容と、実際に証明された使用実態を混同しないことが大切です。
【17世紀フランスの文献を検証】苦悩の梨の起源と歴史をたどる
苦悩の梨の歴史を調べるうえで、重要な資料が2つあります。
1つはフランソワ・ド・カルヴィの犯罪文学、もう1つはフランスの作家アグリッパ・ドービニェによる歴史書です。
これらの文献は、苦悩の梨に関する伝承がいつ頃から存在していたのかを考える手掛かりになります。
フランソワ・ド・カルヴィの『盗賊全史』17世紀のフランスで広く読まれた犯罪文学の1つに、『Histoire Générale des Larrons』があります。
著者としてフランソワ・ド・カルヴィの名前が知られています。
クリス・ビショップの研究によれば、第1巻は1623年頃から刊行され、第2巻と第3巻は1625年に登場しました。その後、1630年代にも複数の版が確認されています。
この作品に登場するのが、トゥールーズ出身の盗賊パリオリ(Palioli)です。
物語では、パリオリがパリの錠前職人に特殊な器具を作らせ、裕福な人物から金品を奪う際に使用したとされています。
つまり、この文献での器具の位置付けは、宗教裁判で使用する拷問道具ではなく、盗賊が被害者を制圧するための道具です。
もっとも、犯罪文学に登場する逸話である以上、物語の内容をそのまま歴史的事実と認定することはできません。
アグリッパ・ドービニェの『世界史』もう1つ注目されるのが、フランスの作家・歴史家であるテオドール=アグリッパ・ドービニェ(Théodore-Agrippa d'Aubigné)の著作です。
代表的な歴史書『Histoire universelle』は、1616年から1620年にかけて刊行されました。
ビショップの論文によると、この作品にはゴーシェ大尉(Captain Gaucher)という人物に関連する器具の逸話が登場します。
その説明では、ゴーシェ大尉が多数の捕虜を管理するために、特殊な器具を用いたとされています。
これはパリオリの盗賊の物語とは異なる由来です。
興味深いのは、後世のフランスの雑誌が、この2つの異なる起源の物語を取り上げていることです。
1857年の『Le magasin pittoresque』は、ドービニェの歴史書に基づく別の起源説を紹介しました。
この段階で、苦悩の梨に関する説明はさらに複雑になっていきます。
苦悩の梨に関する歴史的な経緯ここまでの史料を時系列で整理すると、次のようになります。
| 年代 | 関連する人物・資料 | 歴史的な意味 |
|---|---|---|
| 1616~1620年 | アグリッパ・ドービニェ『世界史』 | ゴーシェ大尉に関する器具の逸話 |
| 1623~1625年 | ド・カルヴィ『盗賊全史』 | 盗賊パリオリの器具に関する物語 |
| 1694年 | フランス・アカデミー辞典 | ばね付きの鉄製器具として名称を記載 |
| 1835年 | 『Le magasin pittoresque』 | 盗賊パリオリの逸話を再紹介。年代の誤記も生じる |
| 1856~1857年 | ルーヴル美術館のコレクション | シュヴァジョーの寄贈品として登録 |
| 1863年 | 『The Archaeological Journal』 | 器具を拷問道具として解釈する説明が登場 |
| 2014年 | Chris Bishopの研究論文 | 中世の拷問器具という通説を批判的に検証 |
| 2026年 | ルーヴル美術館の収蔵品情報 | 製作年代を19世紀として登録するデータを公開 |
この年表で特に重要なのは、17世紀の文献に名称や逸話が登場することと、中世の拷問器具として使用されていたことの証明は別であるという点です。
また、1835年の紹介記事では、ド・カルヴィの物語の年代が1555年と誤って記載されました。ビショップは、このような年代の誤認が苦悩の梨を中世の器具として認識させる一因になった可能性を指摘しています。
【苦悩の梨は実在する?】ルーヴル美術館の現存品とレプリカの真相
苦悩の梨の実在性を調べるうえで、非常に重要な資料がルーヴル美術館の公式コレクション情報です。
同館には「Poire d'angoisse」という名称の器具が登録されています。
つまり、苦悩の梨という形状の金属製器具が実際に存在すること自体は間違いありません。
しかし、その製作年代には興味深い問題があります。
ルーヴル美術館の収蔵品情報ルーヴル美術館の収蔵品情報によると、対象となる器具の登録番号は「OA 846」です。
主な情報は以下のとおりです。
| 項目 | ルーヴル美術館の登録内容 |
|---|---|
| 作品名 | Poire d'angoisse |
| 登録番号 | OA 846 |
| 材質 | 鉄・装飾加工 |
| 高さ | 約13.5cm |
| 幅 | 約7cm |
| 旧所有者 | Alexandre-Charles Sauvageot |
| 寄贈 | 1856年に受け入れ |
| 寄贈証書 | 1857年3月6日 |
| 現在の保管先 | フランス国立ルネサンス美術館・エクアン城 |
特に注目したいのは、年代の記載です。
寄贈時の記録には16世紀の器具として記載されています。一方、現在のルーヴル美術館のデータベースでは、製作年代が1800~1900年(19世紀)と登録されています。
これは、歴史的な伝承上の年代と、現在の美術館データベースにおける製作年代の評価が一致していないことを示しています。
また、この器具は現在、フランス国立ルネサンス美術館のエクアン城に長期貸与されています。
同館の収蔵品情報は2026年3月30日に更新されています。
博物館に展示されているものはすべて本物なのか苦悩の梨の展示品を調べる際には、次の3種類を区別する必要があります。
1. 来歴が確認できる収蔵品
所有者や寄贈記録、収蔵履歴などを確認できるものです。
ルーヴル美術館のOA 846は、この点について比較的詳細な記録が残っています。
2. 来歴が不明確な展示品
ヨーロッパの拷問博物館などに展示されているものの、製造年代や所有履歴が明確でない個体です。
ビショップは、複数のヨーロッパの博物館にある展示品について、信頼できる来歴が確認できないと指摘しています。
3. 後世に作られたレプリカや模造品
19世紀後半から20世紀初頭にかけて、拷問器具への関心が高まったことで、歴史的な器具を模した品が市場に出回りました。
その中には、古い時代の品に見せるための加工が施されたものもあります。
したがって、博物館に展示されているという理由だけで、中世に実際に使用された器具だと判断することはできません。
【中世の拷問器具という通説は本当?】Chris Bishop論文が示した異説
苦悩の梨の歴史を再検証するうえで、特に重要なのが歴史研究者クリス・ビショップの論文です。
研究論文の基本情報
The ‘Pear of Anguish’: Truth, Torture and Dark Medievalism
著者: Chris Bishop
発表: 2014年
掲載誌: International Journal of Cultural Studies
巻・号: 第17巻第6号
掲載ページ: 591~602ページ
研究テーマ: 苦悩の梨の歴史的真実と、中世の拷問器具というイメージが形成された過程
オーストラリア国立大学の研究成果情報でも論文を確認できる。
第一に、中世の司法記録との不一致です。
ビショップは、中世ヨーロッパの司法制度や異端審問で実際に使われていた拷問方法と比較し、苦悩の梨の説明には整合しない点があると指摘しました。
当時の拷問については、滑車などを利用した器具や、布を使った手法など、具体的な記録が残っています。
一方、苦悩の梨については、一般的に紹介される用途を裏付ける確実な記録が見当たりません。
第二に、現存品の機構です。
現存品に見られるばねや開閉機構は、一般的に説明されるような拷問用途と必ずしも一致しません。
ビショップは、機構の構造や可動範囲などを検討し、実際に人を拷問する道具として設計されたという説明に疑問を呈しています。
第三に、19世紀の模造品市場です。
19世紀後半には、ヨーロッパで中世の拷問器具に対する関心が高まりました。
博物館展示や骨董品市場に向けて、歴史的な器具を模した品が製作されるようになります。
この状況が、苦悩の梨を中世の拷問器具として認識させる流れを強めた可能性があります。
では、本来は何に使われていたのかビショップは、苦悩の梨の本来の用途についても複数の可能性を考察しています。
例えば、医療器具や歯科治療に関連する道具、靴や手袋などを広げるための器具といった可能性です。
ただし、これらは研究上の仮説であり、用途が特定されたわけではありません。
また、装飾の精巧な個体については、富裕層向けの特別な品物だった可能性も考えられています。
重要なのは、拷問器具ではないとする見解があっても、代わりの用途が確定しているわけではないことです。
ビショップの研究は、苦悩の梨の正体を一つの新説に置き換えるものではなく、そもそも中世の拷問器具という前提が確かなものなのかを問い直しています。
なぜ中世の拷問器具として有名になったのかこの背景には、19世紀の歴史趣味と娯楽文化があります。
ビショップによれば、1856年のシュヴァジョーのコレクション目録や、その翌年のフランスの雑誌記事などを通じて、苦悩の梨の視覚的なイメージと伝承が結び付いていきました。
さらに1863年の『The Archaeological Journal』では、器具を拷問用の道具として説明する解釈が登場します。
こうして、もともとは盗賊の逸話や来歴の不明確な金属製器具だったものが、より恐ろしい拷問器具として語られるようになったのです。
20世紀以降は、映画やテレビドラマなどの娯楽作品も、このイメージを広める役割を果たしました。
ビショップは、2007年の『Criminal Minds』、2009年の『Bones』、2012年の『The Borgias』などで苦悩の梨が登場したことにも触れています。
歴史研究よりも、映像作品や展示による印象が先行したことが、通説を強固にした一因と考えられます。
【苦悩の梨の真相】ネット上の噂と歴史的事実を比較
苦悩の梨については、インターネット上でさまざまな説明が広まっています。
特に注意したいのは、実在する器具の写真に、証明されていない歴史的説明が付け加えられているケースです。
通説と研究結果の比較| ネット上で語られる説明 | 史料・研究から分かること |
|---|---|
| 中世ヨーロッパで使われた | 中世に使用された確実な証拠は確認されていない |
| 異端審問の代表的な拷問器具 | 司法・異端審問の記録との対応が確認できない |
| 性的な拷問に使用された | 一般的な用途を裏付ける確かな記録はない |
| 17世紀に存在が証明されている | 17世紀の文献に名称や逸話はあるが、実物の使用証明ではない |
| 博物館にあるため中世の本物である | 展示品ごとに製作年代や来歴を調べる必要がある |
| 奴隷制度下で使用された | その使用を裏付ける考古学的・文献的証拠は確認されていない |
2021年、AFP通信のファクトチェックは、苦悩の梨が19世紀のヨーロッパ人奴隷所有者によって使用されたというインターネット上の主張を検証しました。
この情報は、苦悩の梨の写真とともにSNSなどで拡散していました。
AFPが取材したクリス・ビショップは、奴隷制度の歴史と苦悩の梨を結び付ける考古学的・文献的証拠は存在しないと説明しています。
また、フランス国立科学研究センター(CNRS)の研究者ミリアム・コティアスや、社会科学高等研究院(EHESS)の研究者セシル・ヴィダルも、調査してきた史料の中で奴隷に対する使用を確認していないと述べています。
これは奴隷制度下で行われた暴力そのものを否定するものではありません。
実際に記録されている歴史的暴力と、後世に結び付けられた特定の器具の伝承を分けて理解する必要があります。
苦悩の梨の歴史を見極める4つの判断基準歴史的な拷問器具や博物館の展示品を調べるときには、次の点を確認すると情報の信頼性を判断しやすくなります。
1. 製作年代が明示されているか: 中世、16世紀、19世紀など、どの時代の品なのかを確認する。
2. 来歴が残っているか: 所有者、取得時期、寄贈記録、発掘記録などが確認できるかを見る。
3. 同時代の文献があるか: 後世の解説ではなく、実際にその時代に書かれた記録が存在するかを調べる。
4. 使用目的が裏付けられているか: 器具の形状や展示ラベルだけでなく、司法記録や歴史研究と照合する。
特に重要なのは、古そうに見えることと、古い時代に実際に使用されたことを混同しないことです。
この基準は、苦悩の梨だけでなく、鉄の処女や貞操帯など、歴史上の拷問器具として紹介される品々を検証するときにも役立ちます。
【苦悩の梨使い方に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:苦悩の梨は本当に中世ヨーロッパで使われていたのですか?
中世に拷問器具として使用されていたことを裏付ける確実な証拠はありません。17世紀の文献には関連する逸話が登場しますが、中世の実際の使用を証明するものではありません。
Q2:苦悩の梨の使い方はどのようなものだったのですか?
歴史的な文献では、盗賊が被害者の叫び声を防ぐために用いたという説明があります。一方、身体に苦痛を与える拷問器具という説明は後世に広まったもので、実際の使用を裏付ける確かな証拠は確認されていません。
Q3:苦悩の梨は実在する器具ですか?
はい。ルーヴル美術館の収蔵品に「Poire d'angoisse」という器具が登録されています。ただし、現在のデータベースでは製作年代が1800~1900年と記載されており、中世の拷問器具だったことを証明するものではありません。
Q4:苦悩の梨は誰が発明したのですか?
17世紀の文献には、盗賊パリオリやゴーシェ大尉に関連する異なる起源の物語があります。しかし、実際の発明者を特定できる確かな歴史資料はありません。
Q5:Chris Bishopの論文では何が明らかになったのですか?
2014年の論文では、苦悩の梨が中世の拷問器具だったという通説に疑問を提示しています。現存品の機構、収蔵履歴、17世紀の文献、19世紀の模造品市場などを検証し、器具とその用途のイメージが近代に形成された可能性を論じています。
Q6:苦悩の梨は現在どこの博物館で見られますか?
ルーヴル美術館の収蔵品として登録された個体は、フランス国立ルネサンス美術館のエクアン城に長期貸与されています。ヨーロッパにはほかにも関連する展示品がありますが、それぞれの製作年代や来歴は異なります。
まとめ:苦悩の梨の歴史は実物の存在と拷問伝説を分けて考える
苦悩の梨は、洋梨の形をした金属製器具として実在します。しかし、中世ヨーロッパで一般的に語られるような拷問に使用されていたという説明には、確かな歴史的裏付けがありません。
17世紀のフランスでは、フランソワ・ド・カルヴィの『盗賊全史』やアグリッパ・ドービニェの『世界史』に関連する逸話が登場しました。1694年のフランス・アカデミー辞典にも、その名称と器具の説明が記載されています。
一方、19世紀にはルーヴル美術館のコレクション目録や雑誌記事を通じて器具のイメージが広まり、拷問器具としての解釈が強まっていきました。その後、模造品市場や娯楽作品によって、中世の恐ろしい拷問器具というイメージが定着したと考えられます。
特に重要なのが、2014年にクリス・ビショップが発表した研究論文です。現存品の構造や歴史資料を検証し、中世の拷問器具という通説そのものを問い直しました。
【プロの結論】
苦悩の梨の歴史を正しく理解するためには、次の3点を押さえておく必要があります。
- 実物は存在する: 博物館に収蔵されている金属製の器具は実在する。
- 中世の拷問用途は未証明: 17世紀の逸話や後世の説明だけでは、実際の使用を証明できない。
- 現在の通説には近代の影響がある: 19世紀の収集・展示文化や模造品市場が、拷問器具というイメージの形成に関わった。
恐ろしい歴史的逸話ほど、実物の存在、同時代の記録、後世の解釈を分けて検証が必要です。
苦悩の梨は、単に中世の残酷さを象徴する道具というよりも、歴史的な伝承がどのように作られ、博物館や娯楽文化を通じて事実のように定着していくのかを考えさせる興味深い事例です。2026年現在も、ルーヴル美術館の収蔵情報とビショップの研究を照らし合わせることが、その実態を理解するための重要な手掛かりになります。