不便なものは、できるだけ便利にする。それが一般的な商品開発やサービス設計の考え方だ。しかし、あえて手間を増やしたり、簡単に目的を達成できない仕組みを取り入れたりすることで、かえって人の満足度や能力、創造性が高まる場合がある。この逆転の発想が「不便益(ふべんえき)」だ。
代表例として知られるのが、渡し船でアクセスする京都・嵐山の「星のや京都」、施設内に段差や階段を設ける高齢者向けの「バリアアリー」、作業者の技術と主体性を引き出す「セル生産方式」である。加えて、素数だけを目盛りにした定規や、右折を禁止して京都の街を巡る左折オンリーツアーにも、不便だからこそ生まれる価値が隠れている。2026年現在、京都先端科学大学の川上浩司教授らによる研究や、2025年に発表されたデザイン学の研究成果を踏まえ、具体例からビジネスへの応用条件まで検証する。
【基礎知識】不便益とは?川上浩司教授の研究から分かる本当の意味

不便益とは、不便であることによって、便利な仕組みでは得にくい利益が生まれるという考え方だ。
英語では「Benefits of Inconvenience」と表現される。
ここで注意したいのは、不便益が単なる不便さの肯定ではないことだ。使いにくい製品や、時間がかかるサービスを無条件に評価する考え方ではない。
例えば、目的地まで最短距離で移動できるナビゲーションは便利だ。一方、あえて道順を考えながら歩けば、普段は気づかなかった店や景色に出会える可能性がある。
目的地に到着するという点では便利な方が優れている。しかし、道中の発見や自分で考える楽しさまで含めると、評価は変わってくる。
このように、効率だけでは測れない価値を見つけることが不便益の基本的な発想である。
川上浩司教授が取り組む不便益研究とは
教授
京都先端科学大学 工学部・機械電気システム工学科
システムデザイン、システム工学、人間機械系を専門とする研究者。不便益をシステム設計に取り入れる方法論を研究している。
川上教授は、京都大学で情報学やシステム工学に関わる研究を進めてきた人物だ。
京都大学の公式研究資料や朝日新聞GLOBE+のインタビューによると、川上教授は1987年に京都大学工学部を卒業し、1989年に大学院工学研究科修士課程を修了。その後、岡山大学を経て1998年に京都大学情報学研究科の助教授となった。
不便益研究に関心を持つきっかけとなったのは、恩師である片井修教授の研究室での出会いだった。当初は人工知能による設計の自動化を志向していたが、次第に「人間が機械に代替されること」だけでは説明できない、人とモノの関係に関心を移していった。
2019年10月から京都先端科学大学の教授を併任し、その後、同大学の専任教授となっている。2026年現在も同大学の教員紹介に教授として掲載されている。
川上教授の研究で興味深いのは、便利さを全面的に否定していない点だ。
効率化や自動化によって人間の負担を減らすことには、もちろん意味がある。しかし、それによって人間が考える機会や、自分で操作する楽しみまで失われていないかという問題を提起している。
不便益を構成する4つの代表的な価値川上教授は、100件以上の事例を収集・分析し、不便から生まれる価値を整理してきた。
ダイヤモンド・オンラインの京大変人講座に掲載された解説では、代表的な効用として次の4つが紹介されている。
1. 可視性が高くなる:仕組みや対象の状態が分かりやすくなる。
2. 気づきや出会いの機会が増える:予定外の発見や偶然の交流が生まれる。
3. 能動的に工夫できる:自分で考え、試行錯誤する余地が生まれる。
4. モチベーションが上がる:自分で取り組むことによって達成感や意欲が高まる。
この4つは、不便益を理解するうえで重要な視点となる。
【具体例7選】星のや京都・バリアアリー・セル生産方式に隠された不便益
不便益の面白さは、日常生活から観光、介護、製造業まで、異なる分野に共通する原理が見つかることだ。
ここでは代表的な7事例を取り上げ、それぞれの不便と、そこから生まれる利益を整理する。
1.星のや京都|渡し船でしか行けない宿が生む特別感京都・嵐山の渓谷沿いに位置する「」は、不便益を説明するときに欠かせない事例だ。
一般的なホテルであれば、駅や道路から直接アクセスできることが利便性の強みになる。しかし、星のや京都では、舟待合から宿泊棟まで専用船で移動する仕組みを採用している。
川上教授も、2025年のクーリエ・ジャポンのインタビューで、この宿を不便益の好例として取り上げている。
通常の交通手段で直接たどり着けないという不便を、秘境の宿という特別な体験に変えている点が特徴だ。つまり、アクセスの悪さそのものを、宿泊価値の一部として活用している。
2026年時点の公式アクセス情報で確認できるポイント
- 宿泊棟へは専用船で移動する。
- 専用船の利用は事前予約制。
- 舟待合からの始発便は14時30分、最終便は17時45分。
- 天候や河川の状況によって遅延・運休する場合がある。
- 運休時には専用車による送迎が用意される。
このように、実際のアクセスには時間や運航条件による制約がある。ただし、運航できない場合の代替手段も設けられている。
ここで生まれる不便益は、単なる移動時間の増加ではない。
船に乗り換えるという行為が、日常の移動から非日常の滞在への切り替えになる。川の景色を眺め、船で宿へ向かう過程そのものが、旅行の記憶として残りやすくなる。
要点は、行きにくさを我慢させているのではなく、行きにくさを体験価値に変換していることだ。
2.バリアアリー|あえて段差を残す高齢者施設通常、高齢者施設では転倒を防ぐために段差をなくし、廊下や移動経路を安全に整えるバリアフリー設計が重視される。
これに対して、あえて軽微な段差や階段などを配置する発想が「バリアアリー」だ。
川上教授が2019年に発表した研究報告では、山口県のデイケアセンターの取り組みが紹介されている。
具体的には、次のような環境が設けられている。
- 小さな段差
- 階段
- 手すりのない廊下
これらは、作業療法士として長年の経験を持つ人が設計したものだという。
日常生活の中で適度に身体を動かす機会を設けることで、身体能力の低下を緩やかにすることや、生活に対する主体性を保つことを狙っている。
ここで重要なのは、単純にバリアを増やせば健康になるという話ではないことだ。
過度な介助によって、本人が自分で動く機会を失う可能性がある。そこで、本人ができることを尊重し、必要以上に手を貸さない環境を設計する。
ただし、利用者の身体状況を無視した段差は転倒事故につながる。スタッフには、どこまで本人に任せ、どの段階で支援するかを判断する専門性が求められる。
バリアアリーは、バリアフリーを否定する考え方ではない。安全を確保したうえで、本人の能力を活かすために必要な環境を設計する取り組みである。
3.セル生産方式|作業を増やすことで技術と達成感を高める製造業における代表的な不便益事例がセル生産方式だ。
従来のライン生産方式では、ベルトコンベアで流れてくる製品を、作業者がそれぞれ担当工程に沿って組み立てる。
例えば、ある人は部品Aの取り付け、別の人は部品Bの取り付けというように、作業を細分化する仕組みだ。
一方、セル生産方式では、少人数の作業者が複数の工程を担当し、製品を完成形まで組み上げる。
| 比較項目 | ライン生産方式 | セル生産方式 |
|---|---|---|
| 作業の進め方 | 工程を細分化 | 少人数で複数工程を担当 |
| 必要な技能 | 比較的限定的 | 幅広い技能が必要 |
| 作業者の役割 | 担当工程を繰り返す | 製品全体の完成に関わる |
| 生産上の特徴 | 大量生産に適する | 多品種少量生産に柔軟 |
| 不便益の視点 | 作業の単純化・効率化 | 技能向上・主体性・達成感 |
セル生産方式は、作業者が覚えることも多く、習熟にも時間がかかる。単純な作業効率だけで比べれば、ライン生産方式の方が有利な場合もある。
しかし、川上教授が注目したのは、作業者の意識の変化だった。
製品を最初から最後まで組み立てる経験によって、自分の仕事が完成品につながる実感を得やすくなる。加えて、技能が向上すると仕事への意欲が高まり、意欲が高まることで、さらに技能が伸びるという好循環が生まれる。
朝日新聞GLOBE+の2024年のインタビューでも、セル生産方式によって作業者のモチベーションとスキルが相互に高まる現象が紹介されている。
ただし、セル生産方式がすべての工場に適しているわけではない。教育コストや習熟期間、作業者の配置などを考慮する必要がある。
4.左折オンリーツアー|遠回りだから見つかる京都の魅力左折オンリーツアーは、京都の街を舞台にしたユニークな観光企画だ。
ルールは非常にシンプル。交差点では右折してはいけない。左折は何度してもよい。
例えば、目的地がすぐ右側に見えていても、そのまま右折することはできない。交差点を通り過ぎ、左折を3回繰り返して目的地に向かう。
京都の街は碁盤の目状に道路が整備された地域が多いため、このルールでも比較的移動しやすい。
しかし、通常のルート検索と比較すれば、時間も距離も余計にかかる。
それでも、このルールがあることで、普段なら通らない細い路地や見落としていた街並みに出会える。目的地に早く着くことだけを考えていた観光が、街を発見する体験へと変わるのだ。
2025年9月には、京都先端科学大学が川上教授と研究科生による不便益研究の取り組みとして、NHK Eテレの番組への出演と左折オンリーツアーへの参加を告知した。大学の研究活動でも紹介される事例となっている。
5.素数ものさし|測りにくい定規が知的好奇心を刺激する「素数ものさし」は、京都大学の不便益システム研究所とサマーデザインスクールが共同監修したユニークな商品だ。
通常の定規なら、1センチ、2センチ、3センチと連続して目盛りが並んでいる。しかし、素数ものさしは、素数に該当する数字だけを目盛りに採用している。
センチ単位の目盛りは次の7つだ。
2・3・5・7・11・13・17
竹製の18センチ定規として、2013年に京都大学生協で販売が始まった。当初の価格は、素数にちなんだ577円(税込み)だった。
例えば、2センチを測る場合は3と5の間を利用する。4センチなら7と11の間を使う。
普通の定規よりも明らかに面倒だが、その分、どの目盛りを使えばよいのか考える必要がある。
朝日新聞GLOBE+の2024年の記事では、知的好奇心を刺激する商品として紹介され、発売当初は生産が追いつかず品切れが続いたことや、定番商品として販売されていることにも触れている。
素数ものさしの価値は、単なる珍しさだけではない。
測るという日常的な行為に計算や工夫を加えることで、数学への興味や自分で解決する楽しさを生み出している。
6.かすれるナビ|便利な案内を減らして道を覚える一般的なカーナビは、目的地までの道順を分かりやすく案内する。
それに対して、不便益の発想から生まれた「かすれるナビ」は、通った道が次第に薄くなっていく仕組みを持つ。
何度も同じ道を走ると、地図上の表示がかすれていくため、利用者はナビの表示だけに頼らず、自分で周囲の景色や道路の構造を確認するようになる。
その結果、道を覚えやすくなり、自分だけの地図を形成できるという発想だ。
この事例は、朝日新聞GLOBE+が2021年の記事で紹介している。川上教授とともに不便益研究に取り組む平岡敏洋氏が提供した画面も掲載された。
7.凸凹の園庭|遊び方を自分で考える環境幼稚園や保育園の園庭は、平坦で安全に移動できる方が管理しやすい。
しかし、あえて地面に起伏を設けた凸凹の園庭には、別の価値がある。
平らな地面なら、子どもは走る、ボールを蹴るといった決まった遊びをしやすい。一方、起伏があれば、坂をどう上るか、どこを通れば走りやすいかなど、自分で考える機会が増える。
川上教授の2019年の研究報告でも、凸凹の園庭は身体を動かす機会だけでなく、新しい遊び方や発見を生み出す余地がある事例として取り上げられた。
この事例が示すのは、環境を整えすぎることで、かえって利用者の創造性を発揮する余地を減らしてしまう場合があるということだ。
【比較・関係性】不便益と利便性は何が違う?7事例から見る仕組み
不便益と利便性は、どちらか一方を選ばなければならない関係ではない。
重要なのは、利用者が何を目的としているかによって、適切な設計が変わることだ。
不便益と利便性の比較| 比較項目 | 利便性を優先した設計 | 不便益を活用した設計 |
|---|---|---|
| 基本的な目的 | 手間や時間を減らす | 手間から新たな価値を生む |
| 利用者の行動 | システムに任せる | 自分で考え、操作する |
| 得られる価値 | 効率、快適性、迅速性 | 発見、主体性、達成感 |
| 学習への影響 | 作業を簡単にできる | 試行錯誤や習熟を促す |
| 代表的な例 | 通常のカーナビ | かすれるナビ |
| 観光での例 | 最短ルートで移動 | 左折オンリーツアー |
| 注意点 | 仕組みが見えにくくなる場合がある | 負担やストレスが増える場合がある |
この比較から分かるのは、不便益が単なる効率の悪さではないということだ。
不便益に関係する主要エンティティと相互関係| エンティティ | 分野・役割 | 不便益との関係 |
|---|---|---|
| 川上浩司教授 | 研究者 | 不便益のシステムデザインを研究 |
| 片井修教授 | 研究上の恩師 | 川上教授が不便益研究に関心を持つきっかけ |
| 星のや京都 | 宿泊施設 | 渡し船によるアクセスを特別な体験に転換 |
| 夢のみずうみ村 | デイケアの取り組み | バリアアリーの事例として紹介 |
| 製造業のセル生産方式 | 生産システム | 作業者の技能・主体性・達成感を引き出す |
| 左折オンリーツアー | 観光企画 | 移動制約によって街の新しい発見を促す |
| 素数ものさし | 商品・教育 | 計算や工夫を通じて知的好奇心を刺激 |
この関係性を見ると、不便益は特定の業界だけの考え方ではないことが分かる。
宿泊施設では体験価値、介護では身体能力と主体性、製造業では技能と仕事への意欲、観光では偶然の発見というように、分野によって得られる利益が異なる。
不便益が生まれる仕組みは3つの段階で考えられる不便益を理解するためには、単に「不便にする」という行為ではなく、その後に人間がどのように行動するかを見る必要がある。
第1段階:自分で考える必要が生まれる
便利な仕組みは、人間が行う作業を代替する。反対に、適度な制約があると、利用者は自分で判断しなければならなくなる。
第2段階:試行錯誤によって発見が生まれる
自分で考えて行動することで、予想外の結果や新しい方法に出会う可能性が生まれる。
第3段階:習熟や達成感につながる
試行錯誤を繰り返すことで、技能が身につき、自分でできることが増える。そこから主体性や満足感が生まれる。
ただし、これはすべての不便に自動的に当てはまる法則ではない。
朝日新聞GLOBE+の2024年のインタビューで川上教授自身も、不便から益が生まれる理由について、まだ十分に解明されていない部分があると説明している。重要なのは、実際に人がどのような価値を感じるかを捉えることだ。
【メリット・デメリット】不便益を導入する前に知っておきたい注意点
不便益には多くの可能性がある一方で、設計を誤れば単に利用者の負担を増やすだけになる。
その違いを理解するために、メリットとデメリットを整理しておきたい。
不便益の主なメリット1.主体性が高まる
すべてを機械に任せるのではなく、自分で考えて行動する機会が増える。バリアアリーやセル生産方式が代表例だ。
2.新しい発見が生まれる
予定されたルートや作業手順から少し外れることで、普段は見落としていたものに気づきやすくなる。
3.技能や能力を維持・向上させる機会になる
自分で考えたり身体を動かしたりすることで、知識や技術を使う機会が生まれる。
4.商品やサービスの差別化につながる
他社が利便性を競う中で、あえて手間をかける体験を提供すれば、独自の価値を作り出せる。
5.満足感や愛着が生まれる
自分で工夫して完成させたものは、最初から完成品を受け取る場合とは異なる満足感につながる。
不便益の主なデメリット一方、次のような問題も考慮しなければならない。
- 時間的負担:目的を達成するまでに余計な時間がかかる。
- 身体的負担:段差や階段などが転倒やけがのリスクになる。
- 心理的負担:複雑な操作や判断がストレスにつながる。
- 経済的負担:人材育成や設備設計、サービス運営に追加コストが必要になる。
- 利用者の不公平:年齢、障害、経験、身体状況によって不便の受け止め方が異なる。
特に注意したいのが、不便益と「不便害」の違いだ。
不便益は、手間をかけた結果として利用者に利益が生まれる状態を指す。反対に、不便害は手間や労力が増えたにもかかわらず、満足感や実質的な利益が得られない状態だ。
2025年の研究が示した「不便益」と「不便害」の境界線2025年7月31日発行の日本デザイン学会の学術誌『デザイン学研究』には、影山友章氏と黒田和花氏による研究論文が掲載された。
研究テーマは、適切な不便益を生み出すための「余白の大きさ」と「余白の許容量」の関係だ。
研究では、自分で着色できる白磁器アクセサリー「ironna」を試作し、ユーザーが介入できる余地の異なる3種類を用意して使用感を調査した。
その結果、利用者が好む介入の程度と、製品側が用意する余白の大きさには正の相関の傾向が見られた。双方が合致した場合、手間や労力をポジティブに受け止める主観的不便益が生まれる可能性が示された。
この研究が示す要点は、不便の許容量は利用者によって異なるということだ。
ある人にとっては楽しい手作業でも、別の人にとっては面倒な作業になる。したがって、不便益を設計する際には、利用者の属性や経験、身体状況に合わせた調整が必要になる。
【ビジネス活用】不便益を商品開発・サービス設計に取り入れる方法
不便益は、観光や介護だけでなく、企業の商品開発、教育、組織運営、顧客体験の改善にも応用できる。
川上教授は、世の中にある100件以上の事例を分析し、不便を生み出す原理と、そこから得られる益を整理している。
2022年の関西ビジネスインフォメーションによるインタビューでは、不便益を活用した研修やアイデア創出の方法も紹介された。
企業が実践できる3つの活用方法1.商品開発に「自分で操作する余地」を残す
例えば、すべての設定を自動化するのではなく、一部をユーザーが調整できるようにする。
料理器具なら火加減や調理時間を自分で調整する機能、学習アプリなら正解をすぐに表示せず、自分で考える時間を設ける方法がある。
重要なのは、操作を複雑にすることではなく、利用者が自分なりの使い方を発見できる余地を残すことだ。
2.サービスに偶然の出会いを組み込む
顧客が目的を達成するまでの過程に、予想外の発見や交流が生まれる仕掛けを作る。
例えば、観光施設なら最短経路だけでなく、寄り道を楽しめる散策ルートを用意する。店舗なら、オンライン注文だけでなく、店員との会話や商品選びを楽しめる機会を残す。
3.社員が考える機会を増やす
仕事の手順をすべてマニュアル化すると、作業は標準化できる一方、社員が自分で判断する機会は減ってしまう。
一定の裁量を与え、自分で考えて改善する仕組みを作れば、主体性や技能向上につながる可能性がある。
ただし、品質や安全に直結する工程では、必要な標準化を維持することが前提となる。
川上教授が紹介する「ブレストバトル」ビジネスで取り入れやすい具体的な手法として、川上教授が紹介しているのが「ブレストバトル」だ。
一般的なブレインストーミングでは、参加者が自由にアイデアを出し合う。
これに対してブレストバトルでは、参加者をチームに分け、アイデアを競い合う形式に変更する。
基本的な進め方は次のとおりだ。
1. 10人以上の参加者を集め、5人前後のチームに分ける。
2. チーム内でテーマに沿ったアイデアを出す。
3. どのアイデアを誰が発表するか、チーム内で作戦を立てる。
4. 各チームの代表者が順番にアイデアを発表する。
5. 参加者が面白いと感じたアイデアに投票する。
6. 勝利数を競い、最後にアイデアを深めて統合する。
この方法では、参加者全員に役割が生まれる。自分たちのチームを勝たせるために、アイデアを考え、発表方法を工夫し、他のメンバーと協力する必要がある。
通常のブレインストーミングよりもルールが増えるが、その制約が参加者の主体性を引き出す仕組みになっている。
不便益を取り入れる際の4つの判断基準実際に企業が不便益を活用する場合、次の4点を確認したい。
| 判断基準 | 確認する内容 |
|---|---|
| 目的 | 不便にすることで何を得たいのか |
| 利用者 | 誰にとって、どの程度の不便なのか |
| 安全性 | 事故や過度な負担を生まないか |
| 効果測定 | 発見、満足度、技能、主体性などに変化があるか |
特に重要なのは、利用者にとって意味のある不便かどうかだ。
単に操作回数を増やすだけでは、ユーザーの満足度が下がる可能性がある。操作することで知識が身につく、工夫することで自分好みの結果が得られるなど、手間と利益のつながりを明確にする必要がある。
【よくある質問】不便益事例に関するFAQ
Q1:不便益とは簡単にいうと何ですか?
A1:不便だからこそ得られる利益のことです。例えば、遠回りすることで新しい店を発見したり、自分で操作することで技術が身についたりすることが挙げられます。単に使いにくいだけでは不便益とは呼べません。
Q2:不便益の代表的な具体例は何ですか?
A2:星のや京都の渡し船アクセス、バリアアリー、セル生産方式、左折オンリーツアー、素数ものさし、かすれるナビ、凸凹の園庭などが代表例です。それぞれ観光、介護、製造業、教育など異なる分野で活用されています。
Q3:不便益と利便性はどちらを優先すべきですか?
A3:目的によって使い分けることが大切です。安全性や迅速性が求められる場面では利便性を優先し、学習、創造性、発見、達成感などを重視する場面では不便益を取り入れる余地があります。
Q4:不便益をビジネスに活用するメリットは何ですか?
A4:商品やサービスの差別化、顧客の参加意欲向上、社員の主体性や技能の向上などが期待できます。ブレストバトルのように、あえてルールを加えることで組織の創造性を引き出す方法もあります。
Q5:バリアアリーは高齢者にとって危険ではありませんか?
A5:適切な設計と専門的な支援がなければ、転倒やけがにつながる可能性があります。バリアアリーは無条件に段差を設けるものではなく、利用者の身体能力や状態を考慮した軽微なバリアを設計する考え方です。
まとめ:不便益の本質は「手間の先にある価値」を設計すること
不便益の事例を振り返ると、共通しているのは、便利さだけでは実現できない価値を生み出していることだ。
星のや京都では、渡し船による移動が特別な宿泊体験につながる。バリアアリーでは、適度な身体活動が能力や主体性の維持を支える。セル生産方式では、幅広い作業を担当することが技能と達成感を高める。
素数ものさしや左折オンリーツアーも同じ発想に基づいている。簡単に目的を達成できないからこそ、人間が考え、工夫し、予想外の発見をする余地が生まれる。
2025年には、不便益を不便害に変えないための条件を検討する学術研究も発表された。利用者が受け入れられる手間と、設計側が用意する介入の余地を一致させることは、今後の商品開発やサービス設計においても重要な視点になる。
【プロの結論】不便を増やすのではなく、価値が生まれる余地を増やす不便益を活用する際に、最も避けたいのは「便利なものをわざと使いにくくすればよい」という短絡的な理解だ。
不便益の本質は、利用者から選択肢を奪うことではない。利用者が自分で考え、行動し、成長できる余地を設計することにある。
企業であれば、すべてを自動化する前に、人間が関わることで生まれる価値を考える。観光施設であれば、移動時間を短縮するだけでなく、道中の体験を設計する。教育や介護であれば、支援しすぎることで本人の主体性を奪っていないかを見直す。
一方、安全性、アクセシビリティ、利用者の負担を軽視してはならない。便利さが必要な人には便利さを提供し、自分で工夫したい人には適度な余白を用意する。その両立こそが、これからの不便益デザインに求められる姿勢だ。
本当に優れたデザインとは、すべての手間をなくすことではない。人が自分の力で何かを得られる手間を、適切に残すことなのかもしれない。