鈴木歩佳(すずき・あゆか)さんは、フェアリージャパンPOLAのメンバーとして長年日本の新体操界を支え、東京2020オリンピックへの出場や世界新体操選手権でのメダル獲得を経験した元日本代表選手です。1999年9月27日生まれ、岐阜県出身。日本体育大学を卒業後、ミキハウスに所属し、代表として11年間活動しました。
大きな転機となったのは、2024年パリオリンピックの出場権を逃した後も競技を続け、2025年8月の世界選手権で日本史上初の団体総合金メダルを獲得したことです。その約1か月後の10月3日、現役引退を正式発表しました。2026年現在は、新体操の普及活動やジュニア世代への指導・経験の継承、後輩選手のサポートなど、新たな形で競技に関わっています。
【プロフィール】鈴木歩佳はどんな新体操選手?読み方・年齢・身長・学歴

鈴木歩佳さんの名前は「すずき・あゆか」と読みます。新体操日本代表として活躍したフェアリージャパンPOLAの元メンバーで、東京オリンピック出場と世界選手権の団体総合優勝という実績を持つ選手です。
特に、2019年と2025年に世界選手権で団体種目・団体総合の世界一を経験したことは、長い競技人生を象徴する実績です。
鈴木歩佳の基本プロフィール| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 名前 | 鈴木歩佳 |
| 読み方 | すずき・あゆか |
| 生年月日 | 1999年9月27日 |
| 年齢 | 27歳(2026年11月現在) |
| 出身地 | 岐阜県 |
| 身長 | 165cm(過去のプロフィールには164cmの記載もある) |
| 出身高校 | 大垣日本大学高等学校 |
| 最終学歴 | 日本体育大学卒業 |
| 所属 | ミキハウス |
| 競技 | 新体操 |
| 主な所属チーム | フェアリージャパンPOLA |
| 日本代表入り | 2015年 |
| 代表活動期間 | 11年間 |
| 主将経験 | 最後の4年間 |
| 引退発表 | 2025年10月3日 |
※身長については、過去のテレビ朝日の選手プロフィールに164cm、165cmの両方の記載があり、2026年2月のデイリースポーツでは165cmと紹介されています。
5歳から新体操を始めたきっかけ鈴木さんが新体操を始めたのは5歳のときです。
テレビ朝日の選手プロフィールでは、もともと身体が柔らかく、母親が新体操教室を探してくれたことが競技を始めるきっかけになったと紹介されています。
幼少期から競技に取り組み、中学生になると全国大会でも結果を残すようになります。
2015年にはフェアリージャパンPOLAのナショナル団体選抜メンバーに入り、日本代表としての活動が始まりました。
大垣日本大学高校から日本体育大学へ学歴については、大垣日本大学高等学校を2018年に卒業し、日本体育大学に進学したことがミキハウススポーツクラブの公式プロフィールに記載されています。
日本体育大学では競技と学業を両立し、2022年に卒業。同年、株式会社ミキハウスに入社しました。
ミキハウスはスポーツ選手の活動を支援する企業であり、鈴木さんは所属選手として国際大会に挑戦し続けました。
高校時代から日本代表として活動していたため、一般的な学生アスリートとは異なり、学校生活と国際大会を見据えた強化活動を並行する競技人生でした。
【経歴・年表】フェアリージャパン主将として歩んだ日本代表11年間
鈴木歩佳さんの競技人生を理解するうえで欠かせないのが、フェアリージャパンPOLAでの活動です。
フェアリージャパンは、日本を代表する新体操団体チームの愛称です。複数の選手が息を合わせ、音楽に合わせて手具を操りながら演技する団体競技では、個々の技術だけでなく、タイミングや表現の統一感、チーム内の信頼関係が結果を左右します。
鈴木さんは2015年に代表入りし、2025年の引退まで11年間にわたり日本代表を支えました。
鈴木歩佳の主な経歴と関係者・組織の相関| 時期 | 関係する人物・組織・大会 | 主な出来事・実績 |
|---|---|---|
| 5歳 | 地元の新体操教室 | 新体操を始める |
| 2015年 | フェアリージャパンPOLA | 日本代表入り |
| 2017年 | 世界選手権 | 団体総合銅メダルなどを獲得 |
| 2018年 | 大垣日本大学高等学校 | 卒業。世界選手権種目別フープ銀メダル |
| 2019年 | 世界選手権 | 団体総合銀、種目別ボール金 |
| 2021年 | 東京2020オリンピック | 女子団体総合8位 |
| 2022年 | 日本体育大学・ミキハウス | 大学卒業、ミキハウス入社 |
| 2022年 | 世界選手権 | 団体総合8位 |
| 2024年 | パリ五輪アジア予選 | 日本が2位となり出場権を逃す |
| 2025年8月 | 世界選手権・ブラジル | 主将として団体総合初の金メダル |
| 2025年10月 | ミキハウス・日本体操協会 | 現役引退を発表 |
| 2026年 | ジュニア育成・新体操普及 | 講話、演技会、子ども向け体験活動など |
この経歴で注目したいのは、鈴木さんが単に長く代表に在籍した選手ではないことです。
2017年の世界選手権では団体総合銅メダル、2019年には団体総合銀メダルと種目別ボール金メダルを獲得しました。
2019年の金メダルは団体種目別のボールであり、2025年の金メダルは団体総合です。異なるカテゴリーで世界一を経験したことが、本人の引退メッセージにもつながっています。
フェアリージャパンの主将としての役割鈴木さんは代表活動の最後の4年間、キャプテンを務めました。
2025年の世界選手権では、年齢や競技経験の異なるメンバーをまとめる立場にありました。
2025年の金メダル獲得後、JOCが掲載した帰国時の報道では、鈴木さんは練習だけでなく日常生活でもコミュニケーションを大切にしたことをチームワークの要因として挙げています。
また、後輩の西本愛実選手も、鈴木さんがチームを強く引っ張ってくれたと感謝を述べています。
団体競技では、選手同士が同じ演技を繰り返すだけでは十分ではありません。メンバーそれぞれの年齢や経験、得意分野の違いを理解し、一つの作品として完成させる必要があります。
11年間の代表経験を持つ鈴木さんは、競技技術だけでなく、こうしたチームづくりの面でも存在感を発揮していました。
【東京五輪からパリ五輪へ】鈴木歩佳がオリンピック出場を逃した理由
鈴木歩佳さんは2021年の東京オリンピックに出場し、女子団体総合で8位入賞を果たしました。
しかし、次の2024年パリオリンピックには出場できませんでした。
この結果については、鈴木さん個人の実力不足だけで説明することはできません。新体操団体の五輪出場枠をめぐる複数の予選大会と、日本チームの順位が関係しています。
2022年・2023年の世界選手権で出場枠を獲得できずパリオリンピックの新体操団体では、世界選手権と大陸別予選などを通じて出場国が決定されました。
日本にとって最初の大きな機会となったのが2022年の世界選手権です。
日本は団体総合8位に終わり、この大会で獲得できる3つの五輪出場枠には届きませんでした。
続く2023年のスペイン・バレンシアで開催された世界選手権でも、日本は団体総合13位。今大会で与えられる5つの出場枠を確保できませんでした。
そのため、最後の重要な機会となったのが2024年5月のアジア選手権でした。
2024年アジア選手権でウズベキスタンに敗れる2024年5月2日、ウズベキスタンのタシケントで行われたパリ五輪大陸別予選を兼ねるアジア選手権で、日本は団体総合に出場しました。
この大会では、アジア地域に割り当てられた1つの五輪出場枠を争いました。
結果は次のとおりです。
| 国 | 団体総合得点 | 順位 |
|---|---|---|
| ウズベキスタン | 69.950点 | 1位 |
| 日本 | 68.750点 | 2位 |
日本はウズベキスタンに1.200点及ばず、最上位に与えられる出場権を獲得できませんでした。
この結果、フェアリージャパンPOLAは2008年北京大会から続いていた5大会連続のオリンピック出場を逃すことになりました。
主将だった鈴木さんにとって、チームを率いて目指した五輪出場を実現できなかったことは、大きな挫折でした。
パリ五輪に出場できなかった理由は何だったのか整理すると、直接的な理由は次の3段階です。
1. 2022年世界選手権で団体総合8位となり、最初の出場枠を逃した。
2. 2023年世界選手権では13位となり、次の出場枠も獲得できなかった。
3. 2024年アジア選手権では日本が2位となり、唯一のアジア枠をウズベキスタンに譲った。
つまり、パリ五輪に出場できなかったのは、2024年のアジア選手権だけが原因ではありません。それ以前の世界選手権でも出場枠を確保できず、最後の予選であと一歩及ばなかったという経緯があります。
2024年の結果を受け、鈴木さんは引退を考えるほどのショックを受けました。
しかし、そこで競技人生を終わらせることは選びませんでした。
【2025年世界選手権】鈴木歩佳主将が日本史上初の団体総合金メダル
鈴木歩佳さんの競技人生を語るうえで、最も大きな実績が2025年8月の世界新体操選手権です。
ブラジル・リオデジャネイロで開催された第41回世界新体操選手権大会で、日本代表は団体総合で金メダルを獲得しました。
これは日本にとって同種目で初めての金メダルです。
2025年8月23日、日本代表が歴史的快挙2025年8月23日に行われた団体総合で、日本代表は2種目の合計55.550点をマークしました。
内訳は次のとおりです。
| 種目 | 得点 | 順位 |
|---|---|---|
| リボン | 27.200点 | 3位 |
| ボール・フープ | 28.350点 | 1位 |
| 団体総合 | 55.550点 | 金メダル |
日本代表は、リボンで3位につけた後、ボール・フープでトップの得点を記録。合計点で他国を上回り、団体総合の頂点に立ちました。
この大会には、鈴木歩佳、稲木李菜子、田口久乃、西本愛実、花村夏実、三好初音の6人が日本代表として出場しました。
加えて、翌24日の団体種目別リボン決勝では銀メダルを獲得。世界選手権で団体総合と種目別の両方で結果を残しました。
沖縄の音楽を取り入れた演技も話題に2025年の世界選手権で注目されたのが、リボンの演技に沖縄の音楽を取り入れたことです。
スポニチの大会報道によると、演技曲には「島唄」が採用されました。
ブラジルには沖縄にルーツを持つ日系人も多く、開催地とのつながりを意識した選曲でした。
また、6月の石垣島合宿では伝統舞踊のエイサーを学び、手の動かし方などを演技に取り入れたと報じられています。
単に難度の高い技を成功させるだけではなく、音楽や文化的背景まで含めて一つの作品を作り上げた点も、このチームの特徴でした。
金メダルの裏側にあった主将のチームづくり2025年の日本代表は、競技面だけでなくチーム運営の面でも難しい状況を経験していました。
指導体制をめぐる問題が報道され、一部選手が代表活動から離れる事態も起きていました。
その中で、主将の鈴木さんは年齢や経験の違う選手たちをまとめ、チームの再構築を支えました。
JOCが紹介した帰国時のコメントでは、練習以外の生活でもコミュニケーションを取ることを意識していたと説明しています。
この点は、団体総合という競技の本質を考えるうえでも重要です。
5人で演技する新体操団体では、誰か一人が優れているだけでは勝てません。投げるタイミング、受け取る位置、身体の向き、音楽との一致など、全員が同じ感覚を共有する必要があります。
鈴木さんが長年の経験を生かしてチームの結束を支えたことは、2025年の快挙を理解するうえで見逃せない部分です。
【引退理由と引退発表】2025年10月、鈴木歩佳が競技人生に幕
2025年8月の世界選手権で歴史的な金メダルを獲得した鈴木歩佳さんは、同年10月3日に現役引退を発表しました。
ミキハウススポーツクラブが公式サイトで発表し、本人からもファンや関係者に向けたメッセージが公開されました。
パリ五輪出場を逃した直後に引退を考えていたことを踏まえると、世界選手権での優勝は競技人生の大きな区切りになったと考えられます。
引退発表で明かした日本代表11年間の思い鈴木さんは引退メッセージで、日本代表としての11年間と、最後の4年間に務めたキャプテンとしての経験を振り返っています。
特に印象的なのは、東京オリンピックとパリオリンピックについての言葉です。
東京オリンピックに出場できたことは、選手として大きな誇りであり、夢を叶えられた瞬間でした。
一方で、パリオリンピックの出場を逃した悔しさについても触れています。
その後、仲間と共に目標を達成することを自分の使命として、厳しい状況でも前を向いてチームを引っ張ってきたと説明しました。
加えて、次のように競技人生を振り返っています。
世界一を2度経験できたことは、一生の誇りであり、この競技を続けてきて本当によかったと心から思える瞬間でした。
ここでいう2度の世界一は、前のチームで獲得した2019年の種目別ボール金メダルと、2025年に主将として仲間と成し遂げた団体総合金メダルを指しています。
引退を決断した背景にはパリ五輪の挫折と体力面の不安も2026年2月のデイリースポーツのインタビューでは、引退に至るまでの心境がさらに詳しく紹介されました。
鈴木さんはパリ五輪の出場を逃した当時、目の前が真っ暗になり、99%引退を決めていたと振り返っています。
しかし、周囲からの慰留や約2か月の夏休みを経て、もう一度競技に挑戦することを決意しました。
2025年10月の取材では、26歳という年齢で競技を続けることへの体力面の不安も感じていたと明かしています。
また、世界選手権を終えた後には、チームメートへの感謝とともに「やり切れた気持ちが大きかった」と語りました。
引退理由を整理すると、次のようになります。
- パリ五輪出場を逃したことによる大きな精神的な挫折。
- 一度は引退を決意したものの、周囲の支えを受けて競技を続けたこと。
- 26歳という年齢で感じていた体力面の不安。
- 2025年世界選手権で日本初の団体総合金メダルを獲得し、競技人生をやり切ったという充実感。
したがって、単純にパリ五輪に出場できなかったから引退したという説明は正確ではありません。
実際には、その悔しさを乗り越えて競技を続け、世界一という大きな目標を達成した後に、自分の意思で引退を決断しています。
【2026年現在】鈴木歩佳の引退後の活動は?新体操普及と後輩支援
2026年現在の鈴木歩佳さんは、現役選手として国際大会に出場する立場から、新体操の魅力や自身の経験を次世代に伝える立場へと移っています。
引退発表時の本人メッセージでは、2025年中に予定されていた演技会やエキシビションにガーラ作品で出演する予定を明らかにしていました。
また、2025年10月5日の取材では、今後について次のように語っています。
新体操の普及や経験を伝えることはやっていきたい。
この方針は2026年の活動にも表れています。
2026年3月:岐阜県ジュニアアスリート育成プロジェクトで講話2026年3月21日には、岐阜県が実施するジュニアアスリート育成プロジェクトで、トップアスリート講話の講師を務めました。
岐阜県の公式発表によると、講話のテーマは「新体操競技との出会い~日本代表 そして世界へ~」。
将来オリンピックなどの国際大会を目指す小中学生に向けて、自身の経験を伝える機会となりました。
これは、現役時代に積み重ねた経験を、地元の次世代選手に還元する活動の一つです。
2026年8月:慶應義塾大学でキッズ新体操体験の講師2026年8月1日には、慶應義塾大学体育研究所が実施した公開講座「音楽に合わせてキッズ新体操体験」に講師として参加しました。
対象は幼児と小学生低学年で、ボールやリボンを使った運動や、音楽に合わせたリズム体操などを体験する内容です。
鈴木さんは、東京オリンピック日本代表であり、2025年世界選手権団体総合優勝を経験した選手として紹介されています。
競技経験のない子どもにも新体操を知ってもらう機会であり、本人が掲げた普及活動の方向性とも一致しています。
2026年10月:アジア大会でフェアリージャパンの後輩をサポート2026年10月の愛知・名古屋アジア大会では、フェアリージャパンの団体総合が銀メダルを獲得しました。
TBSスポーツが10月15日に公開した映像では、鈴木さんが会場に応援に訪れ、現役メンバーにアドバイスするなどサポートしている様子が紹介されました。
現役時代に主将として率いた後輩たちを、今度は先輩の立場から支えている点が印象的です。
正式な代表コーチへの就任が発表されたわけではありませんが、競技との関係を完全に断つのではなく、経験を生かして後輩を支援する姿勢がうかがえます。
2026年11月3日:東大阪市でトークショー・演技会・子ども向け体験会加えて、2026年11月3日開催の「KOSAKAすくすくフェスタ2026」では、鈴木さんの特別イベントが予定されています。
主催者の小阪産病院による公式案内では、次の内容が紹介されています。
- 新体操との出会いや競技経験についてのトークショー。
- 鈴木さん本人による新体操の演技披露。
- 子ども向けのリボン体験会。
子ども向け体験会は3歳から小学生が対象です。
競技の第一線から退いた後も、実際の演技を披露し、新体操の楽しさを伝える活動に参加していることが分かります。
2026年現在の活動を整理| 時期 | 活動 | 内容 |
|---|---|---|
| 2026年3月21日 | 岐阜県ジュニア育成事業 | トップアスリート講話 |
| 2026年8月1日 | 慶應義塾大学公開講座 | キッズ新体操体験の講師 |
| 2026年10月 | 愛知・名古屋アジア大会 | 後輩の応援・サポート |
| 2026年11月3日 | KOSAKAすくすくフェスタ | トークショー・演技会・リボン体験会 |
2026年の活動から見えてくるのは、単なる引退後のイベント出演にとどまらない、新体操の普及と競技経験の継承という方向性です。
なお、現在の正式な職位や専属コーチへの就任については、別途発表された情報は確認できません。イベント案内ではミキハウス所属として紹介されています。
【よくある質問】鈴木歩佳に関するFAQ
Q1:鈴木歩佳の読み方は何ですか?
A1:鈴木歩佳は「すずき・あゆか」と読みます。新体操のフェアリージャパンPOLA元メンバーで、東京オリンピックと世界新体操選手権に出場した元日本代表選手です。
Q2:鈴木歩佳の年齢と生年月日は?
A2:1999年9月27日生まれです。2026年11月現在は27歳です。
Q3:鈴木歩佳の出身地と学歴は?
A3:岐阜県出身です。大垣日本大学高等学校を卒業後、日本体育大学に進学し、2022年に卒業しました。
Q4:鈴木歩佳は東京オリンピックで何位でしたか?
A4:2021年の東京2020オリンピックに新体操女子団体の日本代表として出場し、8位入賞を果たしました。
Q5:鈴木歩佳がパリオリンピックに出場できなかった理由は?
A5:2024年5月のアジア選手権で日本が68.750点の2位となり、69.950点で優勝したウズベキスタンに出場枠を譲ったためです。2022年と2023年の世界選手権でも五輪出場枠を獲得できていませんでした。
Q6:鈴木歩佳はいつ引退しましたか?
A6:2025年10月3日にミキハウススポーツクラブが現役引退を発表しました。日本代表として11年間活動し、2025年の世界選手権で団体総合金メダルを獲得した後の決断でした。
Q7:鈴木歩佳は2026年現在、何をしていますか?
A7:ジュニア世代への講話、子ども向け新体操体験会、演技会への出演、フェアリージャパンの後輩選手のサポートなどに関わっています。新体操の普及と自身の競技経験の継承が主な活動の方向性です。
まとめ:鈴木歩佳の競技人生は世界一から次世代への継承へ
鈴木歩佳さんは、5歳から新体操を始め、2015年の日本代表入りから11年間にわたってフェアリージャパンPOLAを支えた選手です。
東京オリンピックでは団体8位に入賞し、2019年には世界選手権の種目別ボールで金メダルを獲得しました。
一方、主将として挑んだ2024年パリオリンピックでは出場権を獲得できず、競技人生の大きな挫折も経験しています。
しかし、そこで終わることなく現役を続け、2025年8月には日本史上初の世界選手権団体総合金メダルを獲得しました。そして同年10月、競技人生に一区切りをつけました。
【プロの結論】
鈴木歩佳さんの最大の功績は、世界選手権で金メダルを獲得したことだけではありません。
パリ五輪出場を逃した後もチームを離れず、最後まで挑戦を続け、日本の新体操史に残る結果を主将として成し遂げたことにあります。
また、2026年の活動を見ると、引退は新体操との決別ではありません。ジュニア選手への講話や子ども向け体験会、後輩への助言など、競技を広げ、次の世代につなぐ役割へと変化しています。
今後の活動を追う際に注目したいのは、次の3点です。
1. 新体操の普及: 子どもたちに競技の楽しさを伝える活動がどこまで広がるか。
2. 後輩選手の支援: 11年間の代表経験と主将経験を、次のフェアリージャパンにどう還元していくか。
3. 競技経験の継承: 世界大会や五輪を経験した選手として、講演や演技会などでどのような役割を担うか。
東京五輪、パリ五輪の挫折、そして2025年の世界一。鈴木歩佳さんの歩みは、結果だけでは測れないスポーツ選手の挑戦と再起を伝えています。
2026年以降も、新体操の魅力を次世代へ伝える存在として、その活動に注目が集まりそうです。
主な根拠資料: ミキハウス公式プロフィール・引退発表、JOCの競技記録・報道、岐阜県公式発表、慶應義塾大学体育研究所、小阪産病院の2026年イベント案内、デイリースポーツの引退後インタビュー。