2026年の高嶋弘之さんは、音楽プロデューサーとしての活動を続けながら、歌手としても新しいキャリアを築いています。
大きな転機となったのが、92歳でのCDデビューです。長年レコード業界を支えてきた人物が、今度は自分自身の声で作品を届ける側になりました。
2025年10月の初ソロ公演が歌手活動の出発点きっかけは、仕事中に弘之さんが口ずさんでいた鼻歌でした。事務所のスタッフが歌うことを勧めたところ、本人も興味を示し、昭和歌謡を披露するコンサートが企画されました。
2025年10月21日には、東京都のティアラこうとう小ホールで初のソロ公演「髙嶋弘之 私の好きな昭和歌謡」を開催。91歳で初めて本格的に歌声を披露するステージとなりました。
スポーツニッポンの2026年4月の報道によると、この公演はチケットが10日で完売。観客が音楽に合わせて体を揺らす姿を見て、弘之さん自身もオリジナル曲を歌いたいと思うようになったそうです。
2026年6月10日「君のいない朝がくる」でCDデビュー
キングレコード/KICM-2171
- 作詞:きたやまおさむ
- 作曲:都倉俊一
- 価格:1,700円(税込1,870円)
表題曲「君のいない朝がくる」は、2017年に亡くなった妻・薫子さんへの思いを込めた作品です。
弘之さんはスポーツニッポンの取材で、生前に伝えられなかった感謝の気持ちを歌にしたと説明しています。長年連れ添った妻を失った寂しさだけでなく、これまで支えてくれたことへの「ありがとう」を届ける楽曲です。
作詞を担当したのは、元ザ・フォーク・クルセダーズのきたやまおさむさん。作曲は「UFO」などのヒット曲で知られる都倉俊一さんです。日本の音楽史に名を残す二人が制作に参加したことも注目されました。
CDには表題曲のほか、昭和の名曲「リンゴの唄」、それぞれのカラオケ、さらに「髙嶋弘之 わが人生-口上-」が収録されています。
発売前日の6月9日には、東京都内で発売記念イベントも開催。弘之さんは「下手な歌を聴いて死んだ人はおりません」とユーモアを交えてあいさつし、実際に楽曲を披露しました。
「歳とってきたからって引っ込むことない。ドンドン前に出た方が元気になります」
これは2026年6月のCDデビューイベントで伝えられた本人の発言です。92歳で新しいことに挑戦する姿勢がよく表れています。
高嶋弘之の2026年テレビ出演情報2026年は家族に関する特番だけでなく、ビートルズや昭和歌謡をテーマにした番組にも出演しています。
| 放送日 | 番組・媒体 | 内容 |
|---|---|---|
| 6月16日 | テレビ朝日「プラチナファミリー」 | ちさ子・政伸との親族エピソード |
| 7月1日 | 日本テレビ「1周回って知らない話」 | ちさ子一家への密着と弘之さんのCDデビュー |
| 8月16日 | カンテレ・フジテレビ系「有吉のアレって今誰が持っているんですか?」 | ビートルズ関連のインタビュー出演 |
| 8月24日 | BS12「鶴瓶ちゃんとサワコちゃん」 | ビートルズブームの仕掛け人として出演 |
| 9月19日 | 東洋経済オンライン「長寿の食卓」 | 92歳の健康や食生活についての取材 |
出典:各番組情報および髙嶋音楽事務所の公式告知。9月19日はテレビ出演ではなくオンライン記事です。
特に注目したいのは、8月16日のカンテレ・フジテレビ系の番組です。ビートルズやマイケル・ジャクソンに関する貴重な資料を取り上げる内容で、弘之さんの音楽史における経験が生かされた出演でした。
また、11月9日にはBS12「鶴瓶ちゃんとサワコちゃん」の高嶋弘之さん出演回が再放送される予定として、番組情報サイトに掲載されています。
11月・12月の活動予定と髙嶋音楽事務所弘之さんが主宰する髙嶋音楽事務所は、クラシック音楽のアーティストマネジメントやコンサートの企画制作を中心に事業を展開しています。
所属・関係アーティストには、1966カルテット、ザ・フレッシュメン、ヴァイオリニストの花井悠希さん、ソプラノ歌手の山田麗さんなどがいます。ビートルズの音楽をクラシック編成で表現する1966カルテットのプロデュースも、弘之さんの活動を象徴する仕事です。
2026年11月3日時点で、公式サイトには次の本人出演予定が掲載されています。
2026年11月21日(土)
第12回 NPO法人あいネットワーク大分音楽会
13時開演/iichiko総合文化センター iichikoグランシアタ(大分県)
2026年11月22日(日)
講演会「今を生きる僕の“たしなみ”」
13時30分開演/みをつくし文化センター(静岡県)
92歳になっても音楽の現場に立ち、講演やメディア出演を続ける弘之さん。現在は、レコード業界の歴史を伝える存在であると同時に、自ら歌うことで新たなファン層を広げています。
【プロの結論】高嶋弘之という人物を理解する3つの視点

高嶋弘之さんの人生を振り返ると、単に「高島忠夫の弟」「高嶋ちさ子の父親」という家族関係だけでは捉えきれない人物像が浮かび上がります。
音楽業界の歴史、家族の関係、そして92歳での新しい挑戦。この3つを分けて理解すると、検索で見かける情報の意味も整理できます。
1. ビートルズの成功は日本独自のプロデュース力によるもの弘之さんの功績は、ビートルズの音楽を日本に紹介したことだけではありません。邦題の付け方、若者文化への浸透、宣伝活動を組み合わせ、日本での人気を拡大させた点にあります。
これは、音楽プロデューサーが単なる制作担当者ではなく、作品と消費者を結びつける役割を担っていることを示す事例です。
2. 兄弟の疎遠は単純な不仲では説明できない高島忠夫さんとの関係については、母親の介護、兄の病気、家族間の考え方の違いなど、複数の事情が重なっていました。
2019年の絶縁報道だけを切り取ると冷たい関係に見えますが、弘之さんの兄への言葉や、幼少期から芸能界入りを後押ししたエピソードを見ると、長年の家族としてのつながりも確認できます。
3. 92歳でのCDデビューはキャリアの延長線上にある2026年のCDデビューは、単なる高齢者の話題性だけで評価するべき出来事ではありません。
長年、歌手やアーティストを送り出してきたプロデューサーが、自分の人生経験を歌にして届ける側に回ったという意味があります。妻への感謝を込めた「君のいない朝がくる」は、その転換を象徴する作品です。
音楽を作る側、広める側、そして歌う側へと役割を変えてきたことこそ、高嶋弘之さんのキャリアの大きな特徴です。
【よくある質問】高島忠夫の弟に関するFAQ
Q1:高島忠夫の弟は誰ですか?
A1:音楽プロデューサーの高嶋弘之さんです。1934年生まれで、ビートルズの日本初代ディレクターとして知られています。
Q2:高嶋弘之は高嶋ちさ子の父親ですか?
A2:はい。高嶋ちさ子さんの父親です。また、高島忠夫さんの弟であるため、高嶋政宏さんと高嶋政伸さんの叔父に当たります。
Q3:高島忠夫と高嶋弘之はなぜ絶縁したのですか?
A3:2019年の女性自身の報道では、1998年に母親の介護方針をめぐって兄弟が口論になったことがきっかけとされています。兄の病気なども重なり、約21年間にわたって交流が途絶えたと報じられました。
Q4:高嶋弘之は2026年現在何歳ですか?
A4:1934年5月18日生まれの92歳です。2026年6月にはキングレコードからCDデビューを果たしました。
Q5:高嶋弘之のCDデビュー曲は何ですか?
A5:2026年6月10日発売の「君のいない朝がくる」です。作詞はきたやまおさむさん、作曲は都倉俊一さん。2017年に亡くなった妻・薫子さんへの感謝を込めた作品です。
Q6:高嶋弘之は2026年もテレビに出演していますか?
A6:はい。2026年には「プラチナファミリー」「1周回って知らない話」「有吉のアレって今誰が持っているんですか?」「鶴瓶ちゃんとサワコちゃん」などに出演しています。
まとめ:高島忠夫の弟・高嶋弘之は音楽史に残る現役プロデューサー
高島忠夫さんの弟である高嶋弘之さんは、ビートルズの日本初代ディレクターとして日本の音楽業界に大きな影響を与えた人物です。
黛ジュンさん、ザ・フォーク・クルセダーズ、由紀さおりさんらを手掛け、レコード会社の要職を歴任。独立後は髙嶋音楽事務所を主宰し、クラシック音楽のプロデュースにも活動の幅を広げてきました。
兄・忠夫さんとは1998年の母親の介護問題をきっかけに疎遠になったと報じられています。一方、娘の高嶋ちさ子さんや甥の高嶋政宏さん・政伸さんとの親族関係は、2026年のテレビ番組でも紹介されました。
そして2026年6月10日には、92歳で「君のいない朝がくる」をCDリリース。音楽をプロデュースする立場から、自ら歌を届ける立場へと新しい一歩を踏み出しました。
高島忠夫さんの弟という家族の肩書きだけでなく、日本の音楽史を作ったディレクター、そして92歳で挑戦を続ける歌手としての高嶋弘之さん。その歩みは、2026年現在も続いています。
記事基準日:2026年11月3日