2026年現在、篠原ともえさんは、タレントとしての活動に加え、国内外で評価されるデザイナー・アーティストとして活躍しています。1990年代にカラフルなファッションと独特のキャラクターで「シノラー」ブームを巻き起こした彼女は、現在、クリエイティブスタジオ「STUDEO」を拠点に、衣装デザイン、企業とのコラボレーション、アート作品の制作など幅広い仕事を手がけています。
2026年には、ルネ・ラリック展のアンバサダー就任や、化粧品ブランド「AYAKA」のイメージタレントへの起用、高校英語教科書への活動掲載など、新たな話題も続いています。私生活では2019年にアートディレクターの池澤樹さんと結婚。かつての芸能活動からデザインの世界へ進んだ背景と、現在の仕事、夫婦で築いたキャリア、子供に関する公表情報まで整理します。
【2026年最新】篠原ともえの現在の職業はデザイナー・アーティスト!STUDEOでの活動とは?

篠原ともえさんは、1979年3月29日生まれ。2026年11月現在47歳です。
現在の公式プロフィールに記載されている肩書きは「デザイナー/アーティスト」。かつてのタレント活動だけを中心とするキャリアから、専門的なデザイン技術と独自の美意識を生かしたクリエイティブ活動へと仕事の軸を移しています。
2020年に夫・池澤樹とSTUDEOを設立現在の活動を語るうえで欠かせないのが、2020年に設立したクリエイティブスタジオ「STUDEO(ストゥディオ)」です。
篠原さんは、アートディレクターの夫・池澤樹さんとともに同スタジオを設立しました。単なるファッションブランドではなく、企業やブランドのコンセプト構築から広告、ビジュアル開発、商品デザイン、ウェブ、空間デザインまでを扱うクリエイティブスタジオです。
加えて、ファッションやテキスタイル、アートマネジメント、アート・デザインのキュレーションなども事業領域に含まれています。
つまり、篠原さんの仕事は服をデザインするだけではありません。素材の選定、コンセプトづくり、ビジュアル表現、制作チームとの協働など、ひとつの作品やブランドを完成させるまでの幅広い工程に関わっています。
2026年の注目活動① ルネ・ラリック展のアンバサダーに就任2026年の大きな仕事のひとつが、国立工芸館で開催された「ルネ・ラリック展―ガレ、ドームから続く華麗なるフランスの装飾美術―」です。
文化庁の2026年2月20日付の発表によると、篠原さんは同展のアンバサダーに就任。展覧会は2026年3月20日から6月14日まで、石川県金沢市の国立工芸館で開催されました。
注目されたのは、広報活動だけにとどまらない参加の仕方です。篠原さんはルネ・ラリックの1927年の作品《花瓶 オラン》からインスピレーションを得たドレスを制作。会場限定で上映される紹介映像のナレーションも担当しました。
ガラス工芸の装飾性や自然の造形美をファッションへと展開したこの仕事は、デザイナーとしての表現領域の広さを示しています。
2026年の注目活動② AYAKAのイメージタレントに起用2026年9月25日には、トータルエイジングケアブランド「AYAKA」の新イメージタレントに起用されました。
公開されたWebCM「丁寧に紡ぐ」篇では、アトリエをイメージした空間で布を選び、洋服を仕立てる篠原さんの姿と、日々のスキンケアを丁寧に行う様子が重ねられています。
加えて、10月1日公開の「フィガロジャポン」の連載では、WebCMの撮影で使用した生地を使い、実際にワンピースをデザインした制作過程を紹介しています。
広告出演を単なるタレント仕事で終わらせず、自身のものづくりにつなげている点が興味深いところです。
2026年には高校英語の教科書にも登場2026年10月21日、MANTANWEBは、篠原さんが自身の活動が高校1年生向けの英語教科書に掲載されたことを報告したと伝えました。
掲載されたのは東京書籍の英語教科書で、テーマは「Never Too Late to Learn and Relearn」。日本語では「学ぶことや学び直すのに、遅すぎるということはない」という意味です。
内容は、篠原さんのこれまでの活動、ものづくりに対する考え方、10代の頃に通った服飾大学で再び学び直した経験など。英語の文章で12ページにわたって紹介され、質問や例題も掲載されています。
芸能界での成功だけでなく、専門技術を学び直して新しいキャリアを築いた経験そのものが、教育の題材になったことは象徴的です。
【転身の理由】篠原ともえはなぜシノラーからデザイナーになった?
篠原ともえさんの転身は、突然思い立って芸能界を離れたという単純な話ではありません。
もともと服やファッションへの関心が強く、芸能活動と並行して服飾を学び、自分の衣装も手がけていました。デザイナーへの転身は、長年育ててきた興味と経験を本格的な仕事に発展させた結果です。
1990年代は「シノラー」として一世を風靡1995年、篠原さんは歌手としてデビューしました。デビュー時は16歳。石野卓球さんのプロデュースによる楽曲を発表し、音楽活動をスタートさせています。
その後、フジテレビ系の音楽番組「LOVE LOVE あいしてる」などへの出演を通じて知名度を高めました。番組内の企画「篠原ともえのプリプリプリティ!!」も人気を集め、独特のハイテンションなキャラクターが広く知られるようになります。
当時のトレードマークは、カラフルな衣装、お団子ヘア、個性的なアクセサリー、自由なファッション表現でした。
こうしたスタイルは「シノラーファッション」と呼ばれ、若い女性を中心に一大ブームを巻き起こしました。
しかし、当時から篠原さんは単に衣装を着るだけではありませんでした。自分で服やアクセサリーを考え、ファッションを自己表現の一部として楽しんでいたのです。
文化女子大学でファッションデザインを学ぶ篠原さんは芸能活動と学業を両立し、文化女子大学短期大学部の服装学科ファッションクリエイティブコース・デザイン専攻で専門的な知識を学びました。
現在の文化学園大学につながる服飾教育機関で、ファッションデザインの基礎を身につけたことは、その後のキャリアに大きく影響しています。
シノラー時代に自ら考案していた衣装やスタイリングも、大学での課題や学びと無関係ではありませんでした。本人は後年のインタビューで、当時のファッションが大学の課題のなかから形になっていったことを振り返っています。
つまり、シノラーファッションと現在のデザイナーとしての仕事は、まったく別のものではなく、同じ創作意欲から生まれた表現なのです。
2013年の松任谷由実の衣装デザインが大きな転機にデザイナーとしての方向性を決定づけた仕事のひとつが、2013年に担当した松任谷由実さんのコンサート衣装です。
篠原さんにとって、著名なアーティストのために本格的なステージ衣装を手がける大きな機会でした。
2024年1月放送の日本テレビ系「おしゃれクリップ」では、松任谷さんから衣装を着せつけて直す際に、細部までこだわるよう励まされたエピソードを披露しています。
その言葉を受け、篠原さんは自分のアイデアを徹底的に形にしていこうと決意したといいます。
また、デザイナーになることを勧めた人物として、音楽活動で共演した吉田拓郎さんの存在も知られています。吉田さんからは、自分のためだけではなく、誰かのためにデザインするという考え方を教わったと、過去のテレビ出演で語っています。
2018年に芸能活動を休止してデザインを学び直す2018年、篠原さんは芸能活動を一時休止し、デザインの仕事に専念する道を選びました。
大きな理由は、プロのデザイナーとして活動するための技術を身につけ直す必要があると考えたことです。
特に力を入れたのが、衣服を設計するためのパタンナー技術です。服の構造や型紙、縫製など、実際に衣服を完成させるための技術を基礎から学び直しました。
2022年のテレビ朝日系「徹子の部屋」などでも、学校に戻って技術を学んだ経験について語っています。
そこで見つけた創作の方向性のひとつが、着物の構造から着想を得た服づくりでした。一枚の布をできるだけ余すことなく使い、素材の魅力を引き出すという考え方です。
芸能界で知名度を得た人物が、その実績に頼るのではなく、専門技術を一から学び直す。この選択が、現在の評価につながっています。
【経歴・年表】篠原ともえの昔から現在までの転換点を一覧で整理
篠原ともえさんのキャリアは、歌手・タレントとしての成功、服飾デザインの専門教育、アーティストの衣装制作、そしてクリエイティブスタジオの設立という流れで発展してきました。
主な出来事を時系列で整理すると、次のとおりです。
| 時期 | 出来事・活動 | キャリア上の意味 |
|---|---|---|
| 1979年 | 東京都生まれ | 篠原ともえとして誕生 |
| 1995年 | 歌手デビュー | 芸能活動をスタート |
| 1990年代後半 | シノラーブーム | 独創的なファッションとキャラクターで人気に |
| 大学在学時 | 文化女子大学短期大学部で服飾デザインを学ぶ | 現在の創作活動につながる専門知識を習得 |
| 2013年 | 松任谷由実のコンサート衣装を担当 | 本格的な衣装デザインの転機 |
| 2018年 | 芸能活動を一時休止し、デザインを学び直す | パタンナー技術などを習得 |
| 2019年1月 | 池澤樹と結婚 | 公私ともにパートナーを得る |
| 2020年 | STUDEOを設立 | デザイナーとして本格的な事業を展開 |
| 2022年 | 革の着物作品がニューヨークADC賞、東京ADC賞を受賞 | 国際的なデザイン評価を獲得 |
| 2025年 | 正倉院 THE SHOWに作品を出展 | 歴史的工芸とファッションを融合 |
| 2026年3月〜6月 | ルネ・ラリック展アンバサダー、ドレス制作 | 工芸・アート分野での活動を拡大 |
| 2026年9月〜10月 | AYAKAの広告出演、高校英語教科書への掲載 | デザイン活動が広告・教育分野にも広がる |
この年表から見えてくるのは、2018年の転身が突然の方向転換ではなかったということです。
1990年代から続いていた服づくりへの関心が、2013年の衣装制作を経て本格化し、2018年の学び直し、2020年の事業化へとつながっています。
タレント時代の経験を捨てたのではなく、そこから得た表現力をデザインという専門分野へ発展させたことが、篠原さんのキャリアの特徴です。
【世界的な評価】松任谷由実・嵐の衣装制作とニューヨークADC賞・東京ADC賞
篠原ともえさんのデザイナーとしての実力を理解するには、実際に手がけた作品を見るのが近道です。
特に注目したいのが、松任谷由実さんや嵐のステージ衣装、そして2022年に受賞した国際的なデザイン賞です。
松任谷由実のコンサート衣装をデザイン2013年から携わった松任谷由実さんのコンサート衣装は、篠原さんにとって重要な実績です。
衣装の制作では、アーティスト本人だけでなく、バンドメンバーを含むステージ全体の世界観を考える必要があります。
過去のインタビューでは、松任谷さんの衣装について、バンドメンバー分を含めて40着以上を手がけた経験も語っています。
単に美しい服を作るだけでなく、音楽や演出、照明、ステージ上での見え方まで考えることが、コンサート衣装の難しさであり面白さです。
嵐のコンサート衣装は約80着を担当篠原さんは、国民的グループとして活動してきた嵐のコンサート衣装も手がけています。
2024年3月放送のフジテレビ系「だれかtoなかい」では、嵐の衣装を約80着近くデザインしたことを明かしました。
その中でも印象的なのが、光を発するファイバーを取り入れた衣装です。
一見すると純白の衣装ですが、暗くなったステージで光る仕掛けが施されていました。衣装そのものの美しさだけでなく、照明演出と組み合わせることでステージ全体の表現を変えるアイデアです。
また、和をテーマにした衣装では、メンバーそれぞれの個性をモチーフに取り入れたデザインを制作。松本潤さんには松、櫻井翔さんには桜、相葉雅紀さんには葉など、細部にまで工夫が凝らされていました。
こうした仕事からは、篠原さんが音楽やアーティストの個性を読み取り、衣装という形に翻訳するデザイナーであることが分かります。
2022年にニューヨークADC賞で銀賞・銅賞を受賞デザイナーとしての評価を大きく高めたのが、2022年のニューヨークADC賞です。
篠原さんがデザイン・ディレクションを手がけた作品「THE LEATHER SCRAP KIMONO(ザ・レザー・スクラップ・キモノ)」が、第101回ニューヨークADC賞で2部門において受賞しました。
- ブランド/コミュニケーションデザイン部門:シルバーキューブ(銀賞)
- ファッションデザイン部門:ブロンズキューブ(銅賞)
加えて、東京ADC賞も受賞しています。
作品の特徴は、革の端材を活用して着物を制作したことです。日本タンナーズ協会とのプロジェクトで、森林被害防止のために捕獲されたエゾシカの革の端材を活用。素材の特性と日本の伝統的な衣服の構造を組み合わせた作品に仕上げました。
この作品は、見た目の美しさだけではなく、素材を無駄にしないものづくりや、日本の職人技術を次世代へつなぐという意味も持っています。
タレントとして培った表現力に、服飾の専門知識、素材への理解、社会的な視点を加えたことが、国際的な評価につながったと考えられます。
【夫・池澤樹との結婚】馴れ初めやSTUDEOでの夫婦の関係、子供について
篠原ともえさんの夫は、アートディレクター・クリエイティブディレクターの池澤樹(いけざわ・たつき)さんです。
2人は2019年に結婚し、2020年には共同でクリエイティブスタジオ「STUDEO」を設立しました。仕事と私生活の両方で関係を築いているパートナーです。
2018年の原画展が出会いのきっかけ2人の出会いのきっかけは、2018年9月に開催された「TOMOE SHINOHARA emotion in motion 篠原ともえ150の原画展」です。
池澤さんが展覧会の監修を担当したことから交流が始まり、アートやデザインに対する共通の関心を通じて関係を深めていきました。
日刊スポーツなどの報道によると、篠原さんは2019年1月末に婚姻届を提出。結婚が報じられたのは同年5月4日でした。
夫の池澤樹はどんな人物?池澤樹さんは1981年生まれのアートディレクターです。武蔵野美術大学のデザイン情報学科を卒業し、東急エージェンシー、博報堂を経て2020年に独立しました。
STUDEOでは、ブランド戦略や広告、商品デザイン、ビジュアル開発などを担当しています。
主な仕事には、トヨタのGRブランド関連のクリエイティブ、サントリーの商品・ブランド関連の仕事などがあります。
池澤さん自身も国内外のデザイン賞を受賞してきた人物であり、篠原さんとは異なる専門性を持っています。
夫婦で設立したSTUDEOはどのような会社?夫婦で仕事をすることになった背景には、それぞれのキャリアを生かしながら新しい制作環境を築きたいという考えがありました。
池澤さんはブランド戦略や広告のコミュニケーション設計を得意とし、篠原さんはファッションやテキスタイル、衣装、アート表現に強みを持っています。
異なる専門分野を組み合わせることで、単独では実現しにくい幅広いプロジェクトに取り組めるのがSTUDEOの特徴です。
2022年のテレビ出演では、会社設立後にコロナ禍を迎え、思うように仕事が進まなかった時期があったことも明かしています。その際、池澤さんから小さな仕事も大きな仕事も区別せず、ひとつずつ丁寧に取り組むことが次の仕事につながるという助言を受けたと語っていました。
夫婦であると同時に、互いの専門性を尊重する仕事仲間でもあることが分かります。
篠原ともえに子供はいる?家族構成は?篠原ともえさんと池澤樹さんの子供については、本人や関係者から確認できる出生発表や、子供の人数を明らかにした公式情報は公表されていません。
そのため、子供がいる、あるいはいないといった情報を確定事項として扱うことはできません。
現在、公に確認できる家族情報としては、2019年に結婚した夫の池澤樹さんがいます。
夫婦の仕事についてはメディアで紹介される一方、子供などの家庭内の詳しい情報は広く公開されていません。仕事上のパートナーシップとプライベートの情報は分けて捉える必要があります。
【昔と現在を比較】シノラー時代から大人のデザイナーへ変わった理由
篠原ともえさんについて検索すると、「昔と顔や雰囲気が違う」「別人のように落ち着いた」「シノラー時代からどう変わったのか」といった疑問も多く見られます。
確かに、現在の篠原さんは1990年代のテレビで見せていた姿とは印象が異なります。しかし、外見や話し方が変化したことだけで、本人の個性まで変わったと考えるのは適切ではありません。
シノラー時代と現在のファッションの違い1990年代の篠原さんは、鮮やかな色使い、個性的な髪型、手作りのアクセサリーなどを組み合わせたファッションが特徴でした。
当時の衣装は、テレビ画面の中で一目で分かるインパクトを持っていました。ファッションそのものがキャラクターを表現する重要な手段だったのです。
一方、現在の篠原さんは、素材やシルエット、縫製、伝統工芸などに目を向けたデザインを展開しています。
特に革の着物や工芸作品をモチーフにしたドレスには、素材を生かすことや、細部まで丁寧に作り込む姿勢が表れています。
見た目だけでなく仕事への向き合い方も変化タレント時代は、テレビ番組や音楽活動など、多くの人に見られる場所で自分の個性を発信することが中心でした。
現在は、制作物そのものを通して自分の考えを伝える仕事が増えています。
デザイナーの仕事では、依頼者の要望を理解し、素材や技術を調べ、制作工程を組み立て、完成した作品に責任を持つ必要があります。
こうした仕事の変化に伴って、メディアでの見え方も自然に変わってきたのでしょう。
芸能界を完全に引退したわけではないここで誤解しやすいのが、篠原さんは芸能界を完全に引退したという見方です。
2018年に芸能活動を一時休止してデザインに専念したことは事実ですが、その後もテレビ番組や広告、ナレーションなどの仕事を続けています。
2026年の文化庁によるルネ・ラリック展の発表でも、デザイナー・アーティストとしての活動と並んで、Eテレ「みいつけた!」などへの出演がプロフィールに記載されています。
つまり、タレントからデザイナーへ完全に職業を切り替えたというより、デザインをキャリアの中心に置きながら、メディアでの表現活動も続けているというのが実態です。
現在の篠原ともえを理解するための3つのポイント- 昔の個性を捨てたわけではない:シノラー時代から続く独創性が、現在のデザインにも生かされている。
- 専門技術を身につけた:服飾教育とパタンナー技術の学び直しによって、アイデアを作品にする技術を磨いた。
- 活躍の場所が広がった:テレビだけでなく、企業、工芸、広告、教育、アートなど多様な分野で活動している。
かつてのシノラーを知る人にとっては大きな変化に見える可能性があります。しかし、ファッションへの情熱という点では、昔から現在まで一貫したものがあります。
【プロの結論】篠原ともえの現在の活躍が示すキャリア転換の本質
篠原ともえさんのキャリアを振り返ると、単に芸能人がデザイナーに転身して成功したという話ではないことが分かります。
重要なのは、タレント時代に培った表現力を、専門技術によって社会に提供できるデザインへと発展させた点です。
芸能活動で培った表現力を専門分野に転用テレビや音楽の仕事では、短い時間で自分の個性を伝える能力が大切です。一方、デザインでは、伝えたい世界観を色や形、素材、構造によって表現する能力が大切です。
両者には異なる技術が必要ですが、相手に何かを感じてもらうための表現という点では共通しています。
篠原さんの場合、芸能活動で身につけた表現力を生かしながら、服飾の専門知識を追加したことで、独自のデザインスタイルを築くことができました。
デザインの評価は知名度だけでは獲得できないニューヨークADC賞や東京ADC賞の受賞は、篠原さんの作品がデザイン分野で評価されたことを示しています。
特に革の着物は、素材の再利用、日本の伝統的な衣服、職人の技術、現代的なデザインという複数の要素を融合させた作品です。
知名度のあるタレントだから受賞したという単純な構図ではなく、作品自体のコンセプトや完成度が評価された点に意味があります。
2026年の活動から見える今後の方向性2026年の活動には、いくつかの特徴があります。
ひとつは、ルネ・ラリック展のように歴史的な工芸や芸術を現代のファッションに展開する仕事です。
もうひとつは、AYAKAの広告制作のように、企業のブランドイメージと自身のものづくりを結びつける仕事です。
加えて、高校英語の教科書への掲載は、デザインを通じた経験や学び直しの価値が、次世代に向けた教育的なテーマにもなっていることを示しています。
今後も、服飾デザインだけに限定せず、伝統工芸、企業との共同制作、アート、教育などを横断する活動が期待されます。
篠原さんの強みは、タレントとしての過去を消すことではなく、過去の経験を新しい専門性と組み合わせていることにあります。
【よくある質問】篠原ともえの現在に関するFAQ
Q1:篠原ともえは2026年現在、何をしている?
A1:デザイナー・アーティストとして活動しています。夫の池澤樹さんと設立したクリエイティブスタジオ「STUDEO」を拠点に、衣装、ファッション、企業とのコラボレーション、アート作品の制作などを手がけています。2026年にはルネ・ラリック展のアンバサダーやAYAKAのイメージタレントも務めました。
Q2:篠原ともえの夫は誰?いつ結婚した?
A2:夫はアートディレクターの池澤樹さんです。2018年の原画展をきっかけに知り合い、2019年1月末に婚姻届を提出しました。2020年には夫婦でクリエイティブスタジオ「STUDEO」を設立しています。
Q3:篠原ともえに子供はいる?
A3:子供の有無や人数について、本人から確認できる公式発表は公表されていません。子供がいる、いないという情報を確定事項として扱える公的な情報はありません。
Q4:篠原ともえがデザイナーになった理由は?
A4:もともとファッションや服づくりが好きで、学生時代から服飾デザインを学んでいました。2013年の松任谷由実さんのコンサート衣装制作を大きな転機として、2018年には芸能活動を一時休止してパタンナー技術などを学び直しました。2020年のSTUDEO設立を経て、本格的にデザインの仕事を展開しています。
Q5:篠原ともえはニューヨークADC賞を受賞したの?
A5:はい。2022年、革の端材を活用した「THE LEATHER SCRAP KIMONO」が第101回ニューヨークADC賞のブランド/コミュニケーションデザイン部門で銀賞、ファッションデザイン部門で銅賞を受賞しました。東京ADC賞も受賞しています。
Q6:篠原ともえは芸能界を引退したの?
A6:完全に引退したわけではありません。2018年に芸能活動を一時休止してデザインに専念しましたが、その後もテレビ出演、ナレーション、広告などの仕事を続けています。現在はデザイナー・アーティストとしての活動が中心です。
まとめ:篠原ともえの現在はシノラーの個性を進化させたデザイナー人生
篠原ともえさんは2026年現在、47歳。デザイナー・アーティストとして、国内外で幅広い創作活動を続けています。
1995年の歌手デビューから始まり、1990年代のシノラーブーム、文化女子大学での服飾デザインの学習、松任谷由実さんや嵐の衣装制作、2018年の学び直し、2020年のSTUDEO設立と、キャリアは段階的に発展してきました。
私生活では2019年に池澤樹さんと結婚。夫婦でクリエイティブスタジオを運営し、それぞれの専門性を生かした仕事を展開しています。子供などの家庭内の詳細については、広く公表されていません。
2026年にはルネ・ラリック展でのドレス制作、AYAKAの広告出演、高校英語教科書への掲載など、デザインを中心とした活動がさらに広がりました。
篠原ともえさんの現在を理解するうえで大切なのは、昔と今を別々の人物のように捉えないことです。
シノラー時代の自由な発想や色彩感覚は、現在の作品にも通じています。そこに専門的な技術と経験が加わり、国際的な賞を受賞するデザイナーへと成長しました。
タレントとしての知名度に頼るのではなく、自分の好きなことを専門技術にまで高め、新しい仕事として確立した篠原ともえさん。その歩みは、キャリアの転換や学び直しを考える人にとっても参考になるものです。
今後はSTUDEOを通じた企業との共同制作に加え、日本の伝統工芸やファッション、アートを融合した新しい作品にも期待が集まります。
主な事実確認資料
- 篠原ともえ公式プロフィール・STUDEO公式会社情報
- 文化庁「ルネ・ラリック展」2026年発表資料
- AYAKA公式発表(2026年9月25日)
- madameFIGARO.jp「TOMOE SHINOHARA MAKING」2026年連載
- MANTANWEB(2026年10月21日)
- 日刊スポーツ(結婚・STUDEO設立に関する報道)
- WWD JAPAN(ニューヨークADC賞・革の着物制作)
- テレビ朝日「徹子の部屋」関連記事
- スポニチ(嵐の衣装制作に関する報道)