2026年11月現在、カーリング女子日本代表として平昌オリンピック銅メダル、北京オリンピック銀メダルを獲得した吉田知那美さんは、大きなキャリアの転換期を迎えています。2014年から12年間所属したロコ・ソラーレを2026年3月31日に退団し、4月からはカーリング初の国際的なプロリーグ「ロックリーグ」に参戦。アジア・太平洋地域のチーム、タイフーン・カーリング・クラブではキャプテンを務めました。
退団の背景には何があったのでしょうか。本人がインタビューで明かした3つの理由、夫である河野恭介さんとの結婚生活、妹・吉田夕梨花さんとの関係、そして2026年秋に明らかになった東京での新生活やアナウンススクールでの学びまで、最新情報を整理します。
- 退団日: 2026年3月31日。ロコ・ソラーレに12年間在籍した後、新しい道へ。
- 退団理由: 若手選手の台頭、結婚後の人生設計、父親との別れを経験したことなど、複数の事情が重なった。
- プロ転向: 2026年4月からタイフーン・カーリング・クラブのキャプテンとしてロックリーグに参戦。
- 競技実績: 平昌銅メダル、北京銀メダル。プロリーグ初年度は準優勝。
- 結婚相手: 2022年7月にアルペンスキー元日本代表の河野恭介さんと結婚。
- 2026年11月の近況: 東京での生活、カーリング解説の勉強、夫婦での多拠点生活など、新しい活動を続けている。
【2026年11月最新】吉田知那美の現在は?プロカーラーとして新しい人生へ

吉田知那美さんは、2026年11月現在、ロコ・ソラーレを離れ、プロカーラーとして活動しています。
1991年7月26日生まれで、2026年11月時点の年齢は35歳。北海道北見市常呂町出身のカーリング選手です。
2026年3月31日、ロコ・ソラーレと本人の双方から退団が発表されました。その後、4月にはスポーツマネジメント会社スポーツビズとの専属マネジメント契約も締結。プロ選手として新たな活動を始めています。
2026年10月にはアナウンススクールで学んでいたことを公表2026年10月17日、ORICON NEWSなどが報じた本人のYouTubeチャンネルでの発言が注目を集めました。
吉田さんは、2026年7月27日に東京へ引っ越していたことを明かし、テレビ朝日が創設したアナウンススクール「テレビ朝日アスク」に3か月間通っていたと説明しています。
受講していたのはナレーションの基礎科です。
スクールに通った目的は、今後もカーリングの解説に力を入れていくためでした。
スポーツの解説では、競技の知識だけでなく、言葉の選び方や伝え方も重要です。何気ない表現が選手を傷つける可能性もあるため、話し方や声の使い方、ニュース原稿の読み方などを学んだといいます。
これは、選手としての経験を競技の普及や情報発信に生かそうとする動きとして興味深いものです。
11月2日には結婚生活と約4年間のコラム連載を振り返る2026年11月2日には、自身のInstagramで、ネッツトヨタ北見のウェブサイトで続けてきたコラム連載について振り返りました。
今回で30話目となる連載は、結婚したばかりの時期から始まったものです。
当時はヨーロッパ、カナダ、日本を行き来する多拠点での遠距離結婚生活を始めたばかりでした。
吉田さんは、現在も自分たちらしい夫婦生活を楽しんでいると伝えています。
ロコ・ソラーレ退団後も競技への情熱を失ったわけではなく、仕事、生活、家族との時間を組み合わせながら新しい活動を続けていることが分かります。
【退団の真相】吉田知那美がロコ・ソラーレを辞めた3つの理由とは?
吉田知那美さんの退団は、カーリングファンに大きな驚きを与えました。
2014年から12年間、ロコ・ソラーレの中心選手として活躍してきた選手だけに、突然の発表に退団理由を知りたいと考えた人も多かったはずです。
その背景について、2026年5月22日公開の『Number Web』のインタビューで、吉田さん本人が詳しく語っています。
本人が挙げた理由は、大きく3つです。
1. 若い世代の台頭と選手としての役割の変化最初の理由は、カーリング選手としての自分の役割を見つめ直したことです。
吉田さんは以前から、アスリートには必ず競技人生の終わりが訪れると考えていました。
現役を続ける基準として意識していたのは、自分が選手として成長し続け、日本のカーリング界に大きく貢献できるかどうかという点です。
しかし、国内外で若い選手たちが次々と台頭してきました。
スイスのチーム・シュワラーや、日本のロコ・ドラーゴ、北海道銀行フォルティウスなど、次世代の選手たちの成長を目の当たりにし、自分が競技の第一線で担うべき役割について考えるようになったといいます。
単純に実力が落ちたから退団したという話ではありません。
選手としての自分の価値と、日本のカーリング界に対する貢献の形を冷静に考えた結果でした。
2. 結婚を経て、家族との将来を考えるようになった2つ目は、結婚後の人生観の変化です。
吉田さんは2022年7月、アルペンスキー元日本代表の河野恭介さんと結婚しました。
結婚当初は、結婚によってカーリング人生や生活スタイルが大きく変わるとは考えていなかったそうです。
しかし、時間が経つにつれて、競技者としての夢だけでなく、一人の女性としての人生や家族の将来についても考えるようになりました。
『Number Web』のインタビューでは、医師にも相談しながら、次のオリンピックを目指す場合の年齢や身体面の変化について検討したことを明かしています。
次の4年間をオリンピックだけに集中することが、自分の人生にとって本当に望ましい選択なのか。
競技を優先することで、経験したい人生の出来事を先送りにしてしまう可能性も考えるようになったのです。
これは結婚が直接の退団原因という単純な話ではありません。結婚をきっかけに、自分の人生全体を考える視点が広がったということです。
3. 2024年11月の父親との別れが人生観を変えた3つ目は、2024年11月に父親を亡くした経験です。
吉田さんは当時、父親が年を越せるかどうか分からないという状況に直面していました。
その時期にカーリングの海外遠征があり、遠征に参加するか、父親のそばにいるかという選択を迫られました。
最終的に予定されていた遠征への参加を決断しましたが、グランドスラムの大会期間中に父親が亡くなったといいます。
本人は、この出来事について、カーリングを続けることで家族との時間を犠牲にしてしまったという強い後悔を語っています。
どちらを選んでも後悔が残るような状況を、もう繰り返したくない。
そして、これからは家族との時間をより大切にしたいと考えるようになりました。
この経験は、退団を決断するうえで非常に大きな意味を持っていました。
退団はチームとの対立や不仲が原因だったのか?ここで押さえておきたいのは、吉田さんの退団がチーム内のトラブルによるものだと確認された事実はないことです。
2026年3月31日のロコ・ソラーレ公式発表では、本橋麻里代表理事が、吉田さんの12年間の貢献に感謝し、今後の活躍を応援する姿勢を示しました。
吉田さん自身も、藤澤五月さん、鈴木夕湖さん、妹の吉田夕梨花さんへの感謝を述べています。
また、50歳での再集結を楽しみにしているという趣旨のメッセージも残しました。
この発表と本人の後日のインタビューを合わせて見ると、退団は長年の競技人生を振り返り、自分の将来を考えたうえでの前向きな決断だったことが分かります。
【経歴とプロフィール】北海道銀行フォルティウスから五輪メダリストへ
吉田知那美さんは、ロコ・ソラーレに加入する前から、日本のカーリング界で実績を積んできた選手です。
特に注目すべきなのは、中学生時代から全国大会で活躍し、北海道銀行フォルティウスを経て、ロコ・ソラーレで世界の頂点を争う選手へと成長した経歴です。
吉田知那美の基本プロフィール| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 吉田知那美 |
| 生年月日 | 1991年7月26日 |
| 年齢 | 35歳(2026年11月現在) |
| 出身地 | 北海道北見市常呂町 |
| 出身高校 | 北海道網走南ケ丘高校 |
| 競技 | カーリング |
| 旧所属 | 北海道銀行フォルティウス、ロコ・ソラーレ |
| 現在の所属 | TYPHOON CURLING CLUB |
| オリンピック実績 | 平昌銅メダル、北京銀メダル |
| 家族 | 妹はカーリング選手の吉田夕梨花 |
| 結婚 | 2022年7月、河野恭介さんと結婚 |
高校卒業後、カナダへの留学を経験した吉田さんは、2011年に北海道銀行フォルティウスへ加入しました。
カーリングの本場であるカナダで学んだ経験は、技術面だけでなく、海外選手とのコミュニケーションにも生かされました。
2014年のソチオリンピックでは北海道銀行所属の選手として出場し、女子日本代表の5位入賞に貢献しています。
しかし、大会後には所属チームを離れることになりました。
その後、地元・北見市常呂町を拠点とするロコ・ソラーレに加入。ここから吉田さんの競技人生は大きく変わっていきます。
平昌オリンピック銅メダルと北京オリンピック銀メダル2018年の平昌オリンピックは、吉田さんにとって大きな転機となりました。
日本女子カーリング代表は3位決定戦を制し、日本カーリング史上初となるオリンピック銅メダルを獲得しました。
ロコ・ソラーレの明るい雰囲気や、試合中に交わされる「そだねー」という言葉も話題になり、カーリング人気が全国に広がりました。
続く2022年の北京オリンピックでは、女子日本代表が決勝に進出。
惜しくもイギリスに敗れましたが、銀メダルを獲得しました。
平昌の銅メダルを上回る結果を残し、吉田さんは2大会連続のオリンピックメダリストとなりました。
日本オリンピック委員会の記録でも、平昌の銅メダルと北京の銀メダルが確認できます。
【プロ転向とロックリーグ参戦】タイフーンの主将として世界に挑戦
2026年4月、吉田知那美さんは新しい競技環境に身を置きました。
その舞台が、カーリング初の本格的な国際プロリーグとしてスタートした「ロックリーグ(Rock League)」です。
吉田さんが参加したのは、アジア・太平洋地域を代表するタイフーン・カーリング・クラブ。
しかも、選手として参加するだけでなく、チームのキャプテンに選ばれました。
ロックリーグとはどんな大会?ロックリーグは、男女混合の国際フランチャイズ形式を採用したプロリーグです。
2026年の初年度には、カナダ、ヨーロッパ、アメリカ、アジア・太平洋地域から計6チームが参加しました。
1チームは女性5人、男性5人の計10人で構成され、国籍の異なるトップ選手が同じチームで戦います。
従来のカーリングは、基本的に固定メンバーで長いシーズンを戦う形式です。一方、ロックリーグは地域を越えて選手を選抜するため、国際的な交流や新しいチームづくりが特徴となっています。
タイフーン・カーリング・クラブの主なメンバー2026年のタイフーンには、世界的な実績を持つ選手が集まりました。
- 吉田知那美(日本・キャプテン)
- アンナ・ハッセルボリ(スウェーデン)
- キム・ミンジ(韓国)
- ソル・イェウン(韓国)
- 小穴桃里(日本)
- 山口剛史(日本)
- ニクラス・エディン(スウェーデン)
- ほか中国・スコットランドなどの選手
ロックリーグ公式の発表では、吉田さんはアジア・太平洋チームのキャプテンとして登録されています。
注目したいのは、彼女が多国籍チームの中心として、競技面だけでなくコミュニケーション面でも役割を担ったことです。
初年度の成績は準優勝!優勝まであと一歩2026年4月6日から12日にかけて、カナダ・トロントで開催された初年度のロックリーグ。
吉田さんがキャプテンを務めるタイフーンは、準決勝でノーザン・ユナイテッドを破り、決勝へ進出しました。
決勝の相手はシールド・カーリング・クラブです。
決勝は女子4人制、男子4人制、ミックスダブルスの3種目で争われました。
タイフーンは女子の試合で勝利したものの、男子の試合とミックスダブルスで敗れ、最終的に1勝2敗で準優勝となりました。
初めての国際プロリーグで、キャプテンとしてチームを決勝まで導いたことは大きな実績です。
2027年のロックリーグはどうなる?次のシーズンは、2027年1月から4月にかけて開催される予定です。
ロックリーグ公式が2026年9月に発表した確定日程は次のとおりです。
- 1月7日~10日:カナダ・ムースジョー
- 1月28日~31日:アメリカ・ユーティカ
- 2月4日~7日:カナダ・オタワ
- 4月8日~11日:カナダ・レッドディア
- 4月15日~18日:アメリカ・カラマズー(選手権)
初年度の短期開催から、5会場を巡る本格的なシーズンへと拡大します。
吉田さんにとっては、国際的なプロ選手としてさらに存在感を高める機会となりそうです。
【結婚相手は河野恭介】吉田知那美の結婚生活と妹・吉田夕梨花との関係
吉田知那美さんのプライベートで注目されているのが、夫の河野恭介さんとの結婚生活です。
2022年7月に結婚した2人は、一般的な夫婦とは少し異なる、多拠点型の生活を送ってきました。
結婚相手の河野恭介さんはどんな人?河野恭介さんは、アルペンスキーの元日本代表選手です。
現役引退後は指導者として活動しており、2026年のミラノ・コルティナオリンピックでも日本代表のコーチを務めました。
カーリングとアルペンスキーという異なる競技に携わる2人ですが、どちらも海外遠征や国際大会が多いトップアスリートの世界を知っています。
2人の結婚生活では、仕事の都合で離れて過ごす時間も少なくありません。
2022年7月に結婚!夫婦の多拠点生活とは?吉田さんは2026年6月の『文春オンライン』のインタビューで、結婚後も夫婦が離れた場所で生活する期間が長かったことを語っています。
カーリングの活動でカナダに滞在する吉田さんと、スキー指導の仕事をする河野さん。
ヨーロッパ、カナダ、日本という複数の場所を行き来する生活が続いていました。
2026年7月には、吉田さんが自身のInstagramで結婚4周年を報告。
長野県野沢温泉で夫婦一緒に過ごした様子を公開し、河野さんへの感謝を伝えています。
さらに11月2日の投稿でも、結婚したばかりの頃から続く多拠点での夫婦生活について振り返りました。
競技生活と夫婦生活をどちらか一方に限定せず、2人らしい形を模索している様子が伝わります。
妹はロコ・ソラーレの吉田夕梨花吉田知那美さんには、同じくカーリング選手として活躍する妹の吉田夕梨花さんがいます。
夕梨花さんもロコ・ソラーレのメンバーで、リードを担当してきました。
姉妹は中学時代から一緒にカーリングに取り組み、日本のトップレベルで活躍する選手へと成長しました。
特に2018年平昌オリンピックと2022年北京オリンピックでは、姉妹そろって日本代表として出場し、2大会連続のメダル獲得を経験しています。
2026年3月の退団メッセージで吉田さんが妹を含む3人のチームメートに言葉を送ったことからも、ロコ・ソラーレで過ごした12年間が特別な時間だったことがうかがえます。
【ロコ・ソラーレ2026年新体制】吉田知那美の退団後、チームはどう変わった?
吉田知那美さんが退団したことで、ロコ・ソラーレも新しいチームづくりを進めています。
長年サードを務めてきた選手が抜けたため、チームにとっても大きな変化です。
2026年6月の日本選手権では小穴桃里と松澤弥子が参加2026年4月2日、ロコ・ソラーレは6月開催の日本カーリング選手権に向けた登録選手を発表しました。
この大会では、小穴桃里さんが吉田さんに代わるサードとして参加し、育成チームのロコ・ステラから松澤弥子さんも合流しました。
その後、6月の日本選手権では予選敗退という結果に終わっています。
そして6月24日、ロコ・ソラーレは松澤弥子さんの正式加入を発表しました。
松澤さんは約8年間にわたりロコ・ステラで活動してきた選手で、2026-27シーズンから正式メンバーとして新体制に加わっています。
吉田知那美の退団はロコ・ソラーレに何をもたらしたのか吉田さんは単なる競技要員ではありませんでした。
平昌・北京の2大会でメダルを獲得した実績に加え、チームの明るい雰囲気やコミュニケーションを支える存在でもありました。
そのため、退団によって生じる変化はポジションの交代だけではありません。
- サードの役割を新しい選手が担う必要がある
- チーム内のコミュニケーションや連携を再構築する必要がある
- 若い選手の育成とトップチームの競争力を両立させる必要がある
- 2026-27シーズン以降の新しいチーム像を作る必要がある
一方、吉田さんの退団をきっかけに、ロコ・ソラーレが競技力を失ったと判断するのも早計です。
チームは松澤さんの正式加入などを通じて、新しいメンバー構成で世界の頂点を目指しています。
吉田さんとロコ・ソラーレは別々の道を歩み始めましたが、それぞれがカーリング界に貢献するという点では共通しています。
【よくある質問】ロコ・ソラーレ吉田知那美に関するFAQ
Q1:吉田知那美は現在何をしていますか?
吉田知那美さんは2026年11月現在、プロカーラーとして活動しています。2026年4月にはロックリーグのタイフーン・カーリング・クラブにキャプテンとして参加しました。また、カーリング解説の仕事に向けた勉強や、競技普及に関する活動にも取り組んでいます。
Q2:吉田知那美がロコ・ソラーレを退団した理由は何ですか?
本人が明かした主な理由は3つです。若い選手の台頭による自身の役割の変化、結婚後に家族との将来を考えるようになったこと、そして2024年11月に父親を亡くした経験です。
Q3:吉田知那美はプロに転向したのですか?
はい。2026年4月からプロカーラーとして活動しています。カーリング初のプロリーグであるロックリーグに、タイフーン・カーリング・クラブのキャプテンとして参戦しました。
Q4:吉田知那美の結婚相手は誰ですか?
夫は河野恭介さんです。アルペンスキー元日本代表で、現在は指導者として活動しています。2人は2022年7月に結婚しました。
Q5:吉田知那美と吉田夕梨花は姉妹ですか?
はい。吉田知那美さんが姉で、吉田夕梨花さんが妹です。2人ともカーリング選手で、ロコ・ソラーレで一緒に活動してきました。
Q6:吉田知那美は引退したのですか?
いいえ。ロコ・ソラーレを退団しましたが、競技自体は続けています。2026年4月のロックリーグでは準優勝を経験しており、2027年シーズンもプロリーグの活動が予定されています。
Q7:吉田知那美は今後もオリンピックを目指すのでしょうか?
本人は、オリンピックを目指す競技生活だけに人生を限定しない考えを語っています。プロリーグへの参加を続けながら、家族との時間やカーリングの普及などにも取り組む意向を示しています。今後のオリンピック出場について、確定した方針が発表されているわけではありません。
【まとめ】吉田知那美の退団は新しい競技人生の始まり
吉田知那美さんは2026年3月31日、12年間在籍したロコ・ソラーレを退団しました。
その理由は、若手選手の台頭、結婚後の人生設計、父親との別れを経験したことによる家族への思いなど、複数の事情が重なったものです。
しかし、退団はカーリング選手としての終わりではありませんでした。
2026年4月からはタイフーン・カーリング・クラブのキャプテンとしてロックリーグに参戦し、初年度から準優勝という結果を残しています。
さらに2026年秋には東京での新生活やアナウンススクールでの学びも明らかになり、競技者としてだけではない新しい可能性を広げています。
吉田知那美さんの現在を理解するうえで大切なのは、ロコ・ソラーレを辞めたことだけに注目しないことです。
平昌の銅メダル、北京の銀メダルを経て、彼女はいま、勝敗だけでは測れないカーリング人生を歩み始めています。
プロリーグでの挑戦、夫婦としての生活、競技の魅力を伝える活動。これらをどのように両立させていくのかが、2027年以降の大きな注目点となりそうです。