織田絆誠(おだ・よしのり)は、2017年に神戸山口組から離脱した幹部らが結成した「任侠山口組」の代表として知られる人物だ。同組織は2020年に「絆會」へ名称を変更し、現在も指定暴力団として警察当局の監視・取締りの対象となっている。
2026年には、2017年9月に発生した楠本勇浩さん射殺事件で、長年指名手配されていた菱川龍己容疑者が6月23日に逮捕された。さらに9月には、六代目山口組と絆會に適用されていた特定抗争指定暴力団の指定が終了するという大きな動きがあった。
ただし、特定抗争指定の終了は、絆會そのものの指定暴力団としての指定解除を意味しない。この2つの法的な違いを理解することが、2026年現在の織田絆誠と絆會の状況を読み解くポイントになる。
【人物解説】織田絆誠とは何者か?本名・経歴・生い立ちを整理

織田絆誠は、2017年の神戸山口組からの離脱と任侠山口組の結成によって、全国的に名前が知られるようになった人物である。
当時の報道では、神戸山口組の中核団体だった山健組の副組長を務めていた人物として紹介されている。また、ノンフィクション作家・溝口敦氏の著書でも、神戸山口組で若頭代行を務めていた人物として記述されている。
人物情報を整理すると、次のようになる。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 通称・活動名 | 織田絆誠 |
| 読み方 | おだ・よしのり |
| 関連する氏名 | 金禎紀 |
| 2017年当時の肩書 | 任侠山口組代表 |
| 以前の所属 | 神戸山口組系・山健組 |
| 主な転換点 | 2017年の任侠山口組結成 |
| 関連組織 | 現在の絆會 |
本名については、インターネット上で「金禎紀(キム・ジョンギ)」と紹介されることが多い。
公的な裏付けとして確認できるのは、大阪府警察が公開する指定暴力団一覧表である。同資料では、絆會の代表者として金禎紀の名前が記載されている。
ただし、警察の一覧表は代表者の氏名を掲載したものであり、戸籍上の本名や別名の関係まで説明した資料ではない。そのため、公的資料で確認できる代表者名と、各種プロフィールで説明される本名の情報は区別して理解する必要がある。
織田絆誠の生い立ちや若い頃は?織田絆誠の生い立ちについては、一般的な著名人のプロフィールのように、出生地、学歴、家庭環境、学生時代の経歴などが体系的に公表されているわけではない。
一方、2017年の独立時点で山健組の副組長という立場にあったことから、少なくとも当時、山口組系組織の内部で一定の役職を担っていたことは報道で確認できる。
経歴を考えるうえで重要なのは、一般的な意味での芸能人や企業経営者のキャリアとは異なり、組織内の役職や所属関係の変化が人物の立場を理解する手掛かりになる点だ。
2017年の記者会見で何を語ったのか織田絆誠の名前が大きく報道された転換点が、2017年4月30日の尼崎市での記者会見だった。
この会見では、神戸山口組から離脱した幹部らが、新組織「任侠団体山口組」の結成を表明した。
神戸新聞の報道によると、会見では、神戸山口組が当初掲げていた組織改革の理念と、実際の運営との間に隔たりがあることが離脱理由として説明された。
会見場周辺には報道関係者ら約70人が集まり、山口組を名乗る組織が複数に分かれるという新たな局面が注目された。
その後、ノンフィクション作家の溝口敦氏も織田代表にインタビューを行い、独立の背景や組織の方向性を取材している。
【組織の歴史】神戸山口組からの離脱と任侠山口組結成の経緯
織田絆誠を理解するには、2015年から始まった山口組の分裂騒動を押さえる必要がある。
2015年8月、六代目山口組から神戸山口組が分裂最初の大きな転換点は、2015年8月27日だった。
全国最大規模の指定暴力団だった六代目山口組から直系13団体が離脱し、神戸山口組を結成した。
神戸山口組のトップには井上邦雄組長が就任した。
神戸新聞の当時の報道では、分裂の背景として、六代目山口組の組織運営における弘道会の優遇や、高額な上納金制度への反発などが挙げられている。
2016年3月、警察庁は両組織の対立を抗争状態と判断。その後、兵庫県公安委員会によって神戸山口組も指定暴力団となった。
2017年4月、神戸山口組から任侠山口組が離脱次の分裂は、神戸山口組の内部で起きた。
2017年4月、神戸山口組の一部幹部らが離脱し、尼崎市で任侠団体山口組の結成を表明した。
代表に就いたのが織田絆誠だった。
この時点で、山口組をめぐる勢力関係は、六代目山口組、神戸山口組、任侠団体山口組という三つの組織が並立する構図になった。
当時の警察庁は、任侠山口組の誕生を神戸山口組の内部対立として捉えていた。
2017年8月には名称を「任侠山口組」に変更。2018年3月には兵庫県公安委員会から指定暴力団に指定された。
六代目山口組との関係はどうなっている?ここで注意したいのが、組織の分裂経路である。
任侠山口組は、六代目山口組から直接離脱して結成された組織ではない。
その成立経緯は次のように整理できる。
- 2015年:六代目山口組から神戸山口組が分裂。
- 2017年:神戸山口組の一部が離脱し、任侠山口組を結成。
- 2020年:任侠山口組が絆會に名称変更。
つまり、織田絆誠が率いた組織の直接的な出自は神戸山口組にある。
一方、2024年には六代目山口組と絆會の間で対立抗争が発生し、両組織が特定抗争指定暴力団等に指定されるに至った。
過去の組織的な出自と、2026年時点の抗争関係は分けて考える必要がある。
【事件の真相】2017年の織田絆誠襲撃事件と楠本勇浩射殺事件、2026年の逮捕
織田絆誠をめぐる事件で、現在も重要な意味を持つのが2017年9月12日に発生した襲撃事件だ。
2017年9月12日、神戸市長田区で発生した銃撃事件事件が発生したのは、神戸市長田区五番町3付近。
当時、任侠山口組の代表だった織田絆誠が乗った車が襲撃され、警護役を務めていた楠本勇浩さんが拳銃で撃たれて死亡した。
楠本さんは事件当時44歳だった。
事件は織田絆誠本人を乗せた車が狙われた襲撃として報じられたが、射殺されたのは織田本人ではなく、警護役の楠本さんである。
この事件は、神戸山口組から離脱した任侠山口組と、離脱前の所属組織との緊張関係を象徴する出来事として大きく報道された。
菱川龍己容疑者が2026年6月23日に逮捕事件から約9年が経過した2026年6月23日、捜査に大きな進展があった。
兵庫県警と山口県警の合同捜査本部は、殺人と銃刀法違反(加重所持)の疑いで指名手配していた菱川龍己容疑者(50)を逮捕した。
神戸新聞の報道によると、菱川容疑者は山口県下松市内の賃貸住宅に潜伏していた。
逮捕に至るまでの経緯として、山口県警への情報提供があり、合同捜査本部が捜査を進めていたことが伝えられている。
逮捕時点で、警察は容疑者の認否を明らかにしていなかった。
重要なのは、逮捕されたことと、刑事裁判で有罪が確定したことは同じではないという点だ。逮捕時点では容疑に基づく捜査段階であり、刑事責任は裁判手続きによって判断される。
2026年9月9日には犯人隠避教唆容疑で再逮捕さらに2026年9月9日、菱川容疑者は別の容疑で再逮捕された。
兵庫県警と山口県警の合同捜査本部は、逃亡生活を支援するよう第三者に依頼したとして、犯人隠避教唆の疑いで再逮捕した。
同じ事件に関連して、逃亡を手助けした疑いのある人物らも逮捕されたと報じられている。
ここで整理したいのは、次の2つの捜査上の動きだ。
- 6月23日: 2017年の楠本勇浩さん射殺事件に関する殺人・銃刀法違反容疑で逮捕。
- 9月9日: 逃亡生活を支援するよう依頼した疑いで犯人隠避教唆容疑による再逮捕。
神戸新聞は、菱川容疑者が約9年間逃亡していたことや、逃亡生活を支えた人物についても報じている。
事件の捜査は、実行犯とされる人物の逮捕だけでなく、長期間の逃亡を支えた関係者の解明にも広がった。
【年表】織田絆誠と絆會の主要事件・組織変遷を一覧で整理
ここまでの出来事を時系列で並べると、組織の変遷と2026年の動きが理解しやすい。
| 年月 | 出来事 | 意味・補足 |
|---|---|---|
| 2015年8月 | 六代目山口組が分裂 | 神戸山口組が結成される |
| 2017年4月30日 | 任侠団体山口組が結成 | 神戸山口組から一部幹部らが離脱 |
| 2017年8月 | 任侠山口組に改称 | 組織名称を変更 |
| 2017年9月12日 | 織田絆誠襲撃事件 | 楠本勇浩さんが射殺される |
| 2018年3月 | 指定暴力団に指定 | 兵庫県公安委員会が指定 |
| 2020年2月 | 絆會に改称 | 任侠山口組から名称変更 |
| 2024年6月 | 特定抗争指定 | 六代目山口組との関係で指定 |
| 2025年7月 | 主たる事務所の変更 | 大阪市から寝屋川市の施設へ |
| 2026年6月23日 | 菱川龍己容疑者を逮捕 | 2017年の射殺事件に関連 |
| 2026年9月9日 | 菱川容疑者を再逮捕 | 犯人隠避教唆の疑い |
| 2026年9月20日 | 特定抗争指定の期限終了 | 六代目山口組との指定が延長されず終了 |
この年表で注目すべきなのは、2020年の改称と2026年の指定終了が、異なる種類の出来事であることだ。
改称は組織の名称変更であり、特定抗争指定の終了は暴力団対策法に基づく規制措置の変更である。両者を混同してはいけない。
【2026年最新】絆會の現在は?組織概要・代表者・構成員数
2026年10月30日時点で、絆會は指定暴力団として公的資料に掲載されている。
組織の現状を把握するうえで重要なのが、大阪府警察の指定暴力団一覧表だ。
絆會の現在の組織概要大阪府警察が公表している情報では、絆會について以下の内容が確認できる。
| 項目 | 公的資料に記載された内容 |
|---|---|
| 組織名 | 絆會 |
| 代表者 | 金禎紀 |
| 主たる事務所 | 大阪府寝屋川市 |
| 勢力範囲 | 1道1府9県 |
| 構成員数 | 約50人 |
| 法的な位置付け | 指定暴力団 |
特に注目したいのが、構成員数だ。
大阪府警察の一覧表では、絆會の構成員数は約50人とされている。ただし、これは2025年末時点の概数であり、2026年10月現在のリアルタイム人数を意味するものではない。
また、2025年7月には、主たる事務所について大阪市内の施設から大阪府寝屋川市内の施設へ変更されたことが警察庁の資料に記載されている。
こうした情報から、組織の現状を確認する場合には、報道上の肩書や過去の本拠地ではなく、最新の公的な指定情報を見ることが重要になる。
絆會は現在も指定暴力団なのか答えは、指定暴力団としての指定は継続しているということだ。
ここが2026年のニュースで特に誤解されやすい部分である。
指定暴力団とは、暴力団対策法に基づき、一定の要件を満たす団体について都道府県公安委員会が指定する制度上の区分だ。
一方、特定抗争指定暴力団等は、指定暴力団等の間で重大な危害を及ぼす抗争が発生し、さらなる危険が認められる場合に、期間や警戒区域を定めて追加的な規制を行う制度である。
つまり、両者は別の法的な位置付けとなる。
【2026年9月の重要ニュース】絆會の特定抗争指定終了は何を意味するのか
2026年9月の大きなニュースが、六代目山口組と絆會に対する特定抗争指定の終了だ。
9月3日、8府県の公安委員会が指定延長を見送り2026年9月3日、兵庫県や大阪府など関係する8府県の公安委員会は、六代目山口組と絆會に対する特定抗争指定について、期限を延長しないことを決定した。
神戸新聞などの報道によると、両組織の抗争とみられる事件が約3年5カ月間発生していなかったことや、組織幹部らへの聞き取り結果などが判断材料になった。
これまで指定は複数回延長されてきたが、2026年9月20日の期限をもって終了することになった。
したがって、制度上の変更は9月20日の期限満了によるもので、翌21日以降はこの両組織間に適用されていた特定抗争指定による規制が終了した。
特定抗争指定が終了すると何が変わる?特定抗争指定を受けた組織には、警戒区域内での活動について厳しい制限が設けられる。
代表的なものは次のとおりだ。
- 警戒区域内での事務所の使用や新設の制限
- おおむね5人以上での集団行動の禁止
- 敵対する組員への接近やつきまといの禁止
- 対立する組織の事務所や関係者宅周辺での一定の行動制限
指定終了によって、六代目山口組と絆會の間に適用されていた特定抗争指定に基づく規制は終了する。
しかし、これは組織が合法化されたり、過去の事件がなかったことになったりするという意味ではない。
六代目山口組の特定抗争指定はすべて解除されたのかここにも重要な注意点がある。
六代目山口組と絆會の間の指定が終了した一方、六代目山口組と神戸山口組との間では、特定抗争指定が継続している。
実際、兵庫県公安委員会は2026年9月17日、六代目山口組と神戸山口組に対する指定期限を2027年1月6日まで延長することを決定した。
つまり、六代目山口組に対する特定抗争指定が全面的になくなったわけではない。
この違いを理解すると、2026年9月のニュースの意味が正確に見えてくる。
【プロの結論】織田絆誠と絆會の現在を判断する3つのポイント
2026年の一連の動きを整理すると、織田絆誠と絆會をめぐるニュースには、3つの異なる論点が存在する。
1. 人物の経歴と組織の経歴を分けて見る
織田絆誠の経歴を追う場合、2017年の神戸山口組からの離脱、任侠山口組の結成、2020年の絆會への改称が大きな節目となる。
一方、2026年現在の組織情報は大阪府警察などの公的資料で確認する必要がある。
代表者名や構成員数は、個人の生い立ちや現在の生活状況を説明するものではない。
2. 逮捕と有罪判決を混同しない
2026年6月の菱川龍己容疑者の逮捕は、2017年の楠本勇浩さん射殺事件に関する捜査の大きな進展だった。
しかし、逮捕や再逮捕は刑事裁判での有罪確定とは異なる。
事件の経過を理解するには、逮捕、起訴、公判、判決という段階を区別することが欠かせない。
3. 特定抗争指定の終了と指定暴力団の指定解除を区別する
2026年9月の指定終了は、六代目山口組と絆會の間に適用されていた特定抗争指定に関するものだ。
絆會自体の指定暴力団としての位置付けは継続している。
この区別こそが、2026年のニュースを読み違えないための最も重要な判断基準となる。
【織田絆誠の現在】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:織田絆誠の本名は金禎紀ですか?
A1:金禎紀という名前は、大阪府警察の指定暴力団一覧表に絆會の代表者名として記載されている。一般的な人物紹介でも織田絆誠の本名として紹介されているが、警察の一覧表自体は戸籍上の本名を説明する資料ではない。
Q2:織田絆誠は現在も絆會の代表なのですか?
A2:2026年時点で確認できる大阪府警察の指定暴力団一覧表では、絆會の代表者は金禎紀と記載されている。個人の現在の所在や日常的な活動については、同資料からは判断できない。
Q3:絆會は2026年9月に解散したのですか?
A3:解散していない。終了したのは六代目山口組との間に適用されていた特定抗争指定である。絆會は引き続き指定暴力団として公的資料に掲載されている。
Q4:菱川龍己容疑者はいつ逮捕されましたか?
A4:2026年6月23日に、2017年9月の楠本勇浩さん射殺事件に関連する殺人・銃刀法違反容疑で逮捕された。その後、9月9日には犯人隠避教唆容疑で再逮捕された。
Q5:織田絆誠が任侠山口組を結成したのはいつですか?
A5:2017年4月30日。神戸山口組から離脱した幹部らが尼崎市で記者会見を開き、任侠団体山口組の結成を表明した。その後、任侠山口組を経て2020年に絆會へ名称変更した。
まとめ:織田絆誠と絆會の今後を読み解くために
織田絆誠は、2017年の神戸山口組からの離脱と任侠山口組の結成によって、山口組分裂の歴史における重要人物として知られるようになった。
その後、組織は2020年に絆會へ改称。2026年には、2017年の楠本勇浩さん射殺事件で菱川龍己容疑者が逮捕され、約9年間に及んだ逃亡をめぐる捜査にも進展があった。
加えて、同年9月20日には六代目山口組との特定抗争指定が期限満了で終了した。
ただし、絆會そのものの指定暴力団としての指定は継続している。特定抗争指定の終了をもって、組織の解散や抗争関係の完全な解消と理解することはできない。
2026年10月現在、織田絆誠をめぐる状況を理解するうえで重要なのは、人物の経歴、2017年の事件、絆會の組織情報、そして暴力団対策法上の指定の違いを、それぞれ切り分けて捉えることだ。
今後も警察庁や各都道府県公安委員会の公表資料、神戸新聞などの継続報道が、組織の動向を確認するうえで重要な情報源となる。