那須川弘幸さんは、千葉県松戸市を拠点に活動する格闘技指導者です。那須川天心選手、那須川龍心選手の父親として知られ、TEAM TEPPENの立ち上げやTEPPEN GYMの運営を通じて、選手の育成に取り組んできました。
基本情報を整理すると、次のようになります。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 那須川弘幸(なすかわ・ひろゆき) |
| 家族 | 妻・由美子さん、4人の子ども |
| 長男 | 那須川天心 |
| 末っ子 | 那須川龍心 |
| 職業 | 格闘技トレーナー、ジム運営 |
| 過去の仕事 | 内装業 |
| 主な役職 | TEPPEN GYM会長・代表 |
| 活動拠点 | 千葉県松戸市、大阪 |
| 格闘技経験 | 本格的な競技経験はなく、独学で指導法を習得 |
| 年齢 | 2025年12月の報道では55歳 |
年齢については、2025年12月22日のスポニチアネックスの記事が参考になります。
同記事では、那須川弘幸さんを55歳と紹介しています。また、2023年4月のデイリースポーツの記事でも53歳と記載されており、過去の報道との整合性もあります。
ただし、TEPPEN GYMの公式プロフィールには生年月日の明記がありません。2026年11月時点の満年齢については、誕生日を確認できる公式資料がないため、断定はできません。
現在の職業は格闘技トレーナー弘幸さんの職業を語るうえで興味深いのが、もともと内装業に携わっていたという経歴です。
2026年9月1日放送のフジテレビ系「ぽかぽか」では、妻の由美子さんが家族の仕事について説明しました。
弘幸さんは以前、内装業を営んでおり、TEPPEN GYMの内装も自分で手掛けていたそうです。当初は内装業とトレーナー業を両立していましたが、途中から内装業を辞め、トレーナー一本に絞ったといいます。
単に息子の練習を手伝う父親から、格闘技選手を育成する指導者へと職業そのものを変えたわけです。
格闘技経験がないのに指導者になれた理由弘幸さんの経歴で特に注目されるのは、本人がプロ格闘家として活動していたわけではない点です。
2021年のTOKYO FMのインタビューで、天心選手は父親について、格闘技は一切やっていなかったと説明しています。
一方、弘幸さんには中学時代にサッカーで全国制覇した経験があると、2023年の日刊スポーツの記事でも紹介されています。
つまり、スポーツ経験や運動能力を持ちながら、格闘技については息子の育成を通して学んでいった人物です。
【経歴】内装業からTEPPEN GYM会長へ!指導者としての歩み

那須川弘幸さんの経歴を理解するには、TEAM TEPPENの活動開始からジム設立までの流れを見る必要があります。
2011年からTEAM TEPPENを立ち上げるTEPPEN GYMの公式サイトに掲載されている代表挨拶によると、弘幸さんは2011年にTEAM TEPPENを立ち上げました。
当初の活動は、体育館にアマチュアの子どもたちを集め、週1回の練習を行うというものです。
この活動を2016年までの6年間続け、ジュニアチャンピオンを数多く育成したと本人が説明しています。
ただし、指導を続けるうちに、週1回の練習だけでは本格的なチャンピオンを育てるには不十分ではないかという問題意識を持つようになりました。
そこで、より実践的な練習環境を整えるため、専用ジムの設立を決断します。
TEPPEN GYMの設立と新松戸への移転公式サイトの代表挨拶には、ジムの開設と移転について具体的な時期が記されています。
- 2016年11月: 千葉県松戸市の小金原にTEPPEN GYMを開設。
- 2018年1月: 新松戸へ移転。
- その後: 選手育成と一般会員向けのキックボクシング指導を展開。
この経緯から、TEPPEN GYMは最初から大規模な施設として始まったわけではなく、子どもたちの練習環境を改善したいという思いから生まれたことが分かります。
経歴を理解するための重要な年表| 時期 | 出来事 | 意味・背景 |
|---|---|---|
| 天心の5歳頃 | 空手を始める | 礼儀を学ばせる目的 |
| 天心の小学生時代 | 自宅で親子トレーニング | 独学による指導が本格化 |
| 2011年 | TEAM TEPPEN設立 | 子どもたちへの集団指導を開始 |
| 2011~2016年 | 体育館で週1回の指導 | ジュニア選手を育成 |
| 2016年11月 | 小金原にジム開設 | 専用の練習環境を整備 |
| 2018年1月 | 新松戸へ移転 | 現在につながる活動拠点を確立 |
| 2025年12月 | 天心への再指導を表明 | プロ初黒星を受け親子の指導関係が再び動く |
| 2026年春 | 天心が週1回ジムで練習 | 原点回帰のトレーニングに参加 |
| 2026年9月 | 「ぽかぽか」で家族が出演 | 内装業からトレーナーへの転身が紹介される |
この年表から見えてくるのは、弘幸さんのキャリアが、息子の育成とジムの発展に合わせて段階的に変化してきたことです。
個人の家庭内トレーニングから始まり、地域の子どもたちへの指導、そしてプロ選手を育てるジム経営へと活動の範囲を広げています。
【格闘技を始めた理由】那須川弘幸の指導者人生を変えた天心の敗北
那須川弘幸さんが格闘技を学び始めた理由は、息子の那須川天心選手が空手の試合で負けたことにあります。
ここで重要なのは、弘幸さん自身が幼少期から格闘技を専門にしていたわけではないという点です。
天心が空手を始めたのは5歳天心選手は5歳の頃、父親の勧めで空手道場に通い始めました。
当初の目的は、強い格闘家に育てることよりも、礼儀を身につけさせることでした。
天心選手自身も、2021年のTOKYO FMの番組で、近所に空手道場があり、軽い気持ちで始めたと振り返っています。
最初から格闘技に強い情熱を持っていたわけではなく、練習が嫌で道場から抜け出したこともあったそうです。
ところが、初めて出場した大会で大きく負けたことが転機になりました。
息子の敗北をきっかけに父親が独学で指導試合で負けて泣く天心選手を見た弘幸さんは、息子を強くしたいという思いを強めます。
デイリースポーツの2023年4月9日の報道によれば、弘幸さんは天心選手が小学4年生の頃に、独学で格闘技を学び始めました。
自宅の一室を練習場所に変え、親子でマンツーマンのトレーニングを開始。ジムができる前には松戸市の体育館もほぼ毎日のように借りて練習していました。
この取り組みについて、弘幸さんは息子に対する思いを率直に語っています。
父親の指導はどれほど厳しかったのか「天心が負けるのが異常に嫌で、僕に火が付いてしまったんです」 出典:2023年4月9日 デイリースポーツ掲載の弘幸さんの発言
天心選手はTOKYO FMのインタビューで、父親との練習を「スパルタだった」と振り返っています。
一般的なミット打ちとは異なり、父親がミットを使って打ち返してくる独特の練習もあったといいます。
練習時間も一定ではなく、1時間程度で終わる日もあれば、夜中まで続く日もあったそうです。
こうした指導の中で、天心選手は攻撃する技術だけでなく、相手の動きを見て対応する感覚を磨いていきました。
週刊文春オンラインの2025年9月25日のインタビューでも、天心選手は父親について、次のように振り返っています。
「父のことは尊敬と感謝しかありません」 出典:週刊文春オンライン「那須川天心が語る『強いだけの人間になりたくない』理由」2025年9月25日
この証言からは、厳しい指導だけではなく、父親が自分に注いできた時間と情熱を天心選手が理解していることが伝わってきます。
弘幸さんの格闘技経験は独学だった弘幸さんの指導者としての特徴は、既存の格闘技経験をそのまま息子に伝えたわけではないことです。
本人に競技経験がないため、親子で練習方法を考え、試し、改善する必要がありました。
日刊スポーツなどの報道でも、弘幸さんが中学時代にサッカーで全国制覇を経験した人物であることが紹介されています。
格闘技の専門家としてスタートしたのではなく、スポーツ経験を土台に、息子の成長に合わせて独自の指導を作っていった点が特徴的です。
【家族構成】那須川天心・龍心の父親としての関係と家族の絆
那須川弘幸さんを語るうえで欠かせないのが、家族との関係です。
2026年9月1日のフジテレビ系「ぽかぽか」では、天心選手と龍心選手が出演し、母親の由美子さんも観覧席から参加しました。
番組を通して、那須川家の家族構成や格闘技との関わりが紹介されています。
那須川家は4人きょうだい報道によると、那須川家には4人の子どもがいます。
長男が那須川天心選手、末っ子が那須川龍心選手で、その間に2人の姉妹がいます。
母親は那須川由美子さんです。
| 家族 | 関係・人物像 |
|---|---|
| 那須川弘幸 | 父親。TEPPEN GYM会長 |
| 那須川由美子 | 母親。2026年9月の番組に出演 |
| 那須川天心 | 長男。プロボクサー |
| 姉妹2人 | 天心と龍心の間にいる姉妹 |
| 那須川龍心 | 末っ子。プロキックボクサー |
天心選手にとって弘幸さんは、父親であると同時に、幼少期から格闘技の基礎を作ってくれた指導者です。
2023年4月、天心選手がプロボクシングに転向してデビュー戦を迎えた際も、弘幸さんはTEPPEN GYM会長としてリングサイドで試合を見守っていました。
当時のデイリースポーツの取材では、厳しく育ててきた息子がプロボクサーとして新たなスタートを切ったことに対する思いを語っています。
また、2022年の「THE MATCH」で親子が抱き合って涙を流したエピソードも紹介されました。
那須川龍心と父親の関係弟の龍心選手も、幼い頃から父親の指導を受けてきました。
ただし、天心選手とは競技への向き合い方に違いがあります。
2026年9月の「ぽかぽか」では、龍心選手がもともとサッカーを希望していたことが明かされました。
しかし、きょうだいが空手に取り組んでいたため、気づけば自分も道場に通っていたそうです。
空手で世界大会優勝を果たせばサッカーに転向できるという条件があったものの、それが叶わず、格闘技を続けることになったと語っています。
2026年4月11日には、龍心選手が父親とともに兄・天心選手の試合を観戦。兄弟それぞれがプロとして活動しながら、父親を中心とした格闘技のつながりを維持しています。
【TEPPEN GYM】新松戸店の特徴と那須川弘幸の指導方針・評判
那須川弘幸さんの活動を理解するうえで重要なのが、TEPPEN GYMです。
単に天心選手を育てるための個人的な練習場所ではなく、プロ選手の育成から一般会員のフィットネスまで対応するキックボクシングジムとして運営されています。
TEPPEN GYM新松戸店はどこにある?公式サイトに掲載されている新松戸店の所在地は次のとおりです。
TEPPEN GYM 新松戸店
千葉県松戸市新松戸3-283
ゆりのきセンタービル3階
047-702-3200
公式サイト掲載情報
公式サイトでは、新松戸店と大阪店の2店舗が案内されています。
新松戸店では、プロを目指す選手だけでなく、初心者、女性、子ども、年配の人まで幅広い層がキックボクシングを楽しめる環境を整えています。
トレーナーについても、現役プロ選手や過去に競技経験のある指導者が中心です。
那須川弘幸の指導方針は?弘幸さんの公式挨拶から読み取れる指導方針には、いくつかの特徴があります。
1.練習量を確保する
週1回の体育館での練習だけでは、選手を十分に成長させられないと考え、専用ジムを設立しました。
2.実践的な練習を重視する
ミット練習、対人練習、サンドバッグ、リングワークなどを取り入れ、実戦に近い環境を整えることを重視しています。
3.仲間と目標を共有する
個人の能力だけでなく、仲間と一緒に目標に向かって努力する経験も大切にしています。
4.プロ選手以外にも門戸を開く
競技志向の選手だけでなく、健康維持や運動不足解消、ストレス発散を目的とする一般会員にも対応しています。
公式挨拶では、弘幸さんは次のような思いを示しています。
「勝って喜ぶ涙の回数を増やしてあげたい!」 出典:TEPPEN GYM公式サイト・代表挨拶
これは単に勝利だけを求めるのではなく、努力した結果として得られる達成感を子どもたちに経験させたいという考え方です。
那須川弘幸の評判は?指導力と厳しさの両面弘幸さんの評判を考える際には、天心選手の証言が重要な手掛かりになります。
天心選手は2021年のTOKYO FMのインタビューで、父親が自分の格闘技の基本を作ってくれたと評価しています。
さらに2025年の週刊文春オンラインでも、父親への尊敬と感謝を語りました。
一方で、練習については非常に厳しかったと本人が認めています。
つまり、弘幸さんの指導には次の2つの側面があります。
- 評価されている点: 幼少期からの継続的な指導、独自の練習法、基礎づくりへの情熱。
- 厳しい点: 長時間の練習、妥協を許さない姿勢、選手自身にも高い努力を求める指導。
また、2025年12月には天心選手の世界戦敗北について厳しい意見を述べ、再び指導に関わる意向を示しました。
親子だからといって無条件に褒めるのではなく、競技者として必要な課題を指摘する姿勢も弘幸さんの特徴です。
【2026年最新】那須川弘幸の現在は?天心の再指導とジムでの活動
2026年の那須川弘幸さんを語るうえで大きなポイントとなるのが、天心選手のプロボクシングでの再挑戦です。
2025年12月、天心の再指導を決意天心選手は2025年11月24日、井上拓真選手とのWBC世界バンタム級王座決定戦で判定負けを喫しました。
プロ格闘技キャリアを通じて初めての黒星です。
この敗戦を受け、弘幸さんは2025年12月にYouTubeチャンネル「格闘キャスト」に出演し、息子の指導に再び関わる考えを明かしました。
スポニチアネックスによると、弘幸さんは帝拳ジムの本田明彦会長に、天心選手の指導に少し関わらせてほしいと相談。
その後、天心選手からも「またお願いします」と連絡があったと報じられています。
それまで父親は、息子がどのような練習をしているかを細かく聞くことは控えていたそうです。しかし、初黒星を機に、より具体的な練習内容について話し合うようになりました。
2026年3月、TEPPEN GYMで原点回帰2026年3月31日の日刊スポーツは、天心選手が4月11日の再起戦に向けて行っていた練習について報じました。
天心選手は、父親が代表を務めるTEPPEN GYMで週1回、弘幸さんの指導を受けていたといいます。
同時に、かつてボクシングを教わった葛西裕一氏のGLOVEジムにも通い、複数の指導者からアドバイスを受ける体制を整えていました。
ここで注目したいのは、父親だけにすべてを任せるのではなく、専門分野の異なる指導者と連携していることです。
キックボクシングで培った身体の使い方や距離感を再確認しながら、ボクシングに必要な技術を磨く狙いがありました。
2026年4月11日、天心の勝利を父と弟が見届ける2026年4月11日、東京・両国国技館で開催されたWBC世界バンタム級挑戦者決定戦で、天心選手はフアンフランシスコ・エストラダ選手に9回TKO勝ちしました。
この試合を父親の弘幸さんとともに観戦していたのが、弟の龍心選手です。
日刊スポーツによると、龍心選手は兄の勝利を喜び、「率直に弟として誇らしい」とコメントしました。
また、試合に向けて天心選手が龍心選手と一緒に週1回練習していたことも明かされています。
父親のジムが、兄弟の競技活動をつなぐ場所になっていることが分かるエピソードです。
2026年9月、「ぽかぽか」で父親の職業と家族の歴史が明らかに2026年9月1日放送のフジテレビ系「ぽかぽか」では、天心選手と龍心選手が出演しました。
この放送では、父親が内装業からトレーナーへ転身した経緯や、家庭内での格闘技との関わりが紹介されています。
母親の由美子さんも観覧席から出演し、弘幸さんが仕事やジムのことを決める際、事後報告になることが多かったと笑いを交えて語りました。
このエピソードからは、弘幸さんが家庭の中でも格闘技に強い情熱を注いできたことがうかがえます。
2026年11月現在、確認できる活動の中心はTEPPEN GYMの運営と選手育成です。天心選手の練習にも関わっており、親子の関係は指導者と競技者という形でも続いています。
【よくある質問】那須川弘幸に関するFAQ
Q1:那須川弘幸さんの年齢は何歳ですか?
2025年12月のスポニチアネックスの記事では55歳と紹介されています。2026年11月現在の正確な満年齢は、生年月日が公式プロフィールで公表されていないため断定できません。
Q2:那須川弘幸さんは元格闘家ですか?
元プロ格闘家ではありません。天心選手は父親について、格闘技を経験していなかったと説明しています。弘幸さんは息子を強くするために独学で格闘技を学び、指導者になりました。
Q3:那須川弘幸さんの職業は何ですか?
現在の主な職業は格闘技トレーナーとジム運営です。以前は内装業を営んでいましたが、途中からトレーナー業に専念したことが2026年9月のテレビ番組で明かされています。
Q4:那須川弘幸さんは那須川天心選手と龍心選手の父親ですか?
はい。天心選手と龍心選手の父親です。4人きょうだいの父親で、妻は那須川由美子さんです。
Q5:TEPPEN GYM新松戸店はどこにありますか?
千葉県松戸市新松戸3-283、ゆりのきセンタービル3階です。公式サイトでは大阪店も案内されています。
Q6:那須川弘幸さんの指導は厳しいのですか?
天心選手は過去のインタビューで、父親との練習をスパルタだったと振り返っています。一方で、自身の格闘技の基礎を作ってくれた存在として尊敬と感謝も表明しています。
まとめ:那須川弘幸は独学から格闘技界を支える指導者へ
那須川弘幸さんは、那須川天心選手と龍心選手の父親であり、TEPPEN GYMの会長・代表を務める格闘技指導者です。
その歩みを振り返ると、最初から格闘技の専門家だったわけではありません。
内装業を営みながら、息子の空手の試合での敗北をきっかけに格闘技を独学で学び、親子でのトレーニングを始めました。その活動がTEAM TEPPENの設立につながり、2016年にはTEPPEN GYMを開設。2018年には新松戸へ移転しています。
弘幸さんの人物像を理解するうえで、特に押さえておきたいのは次の3点です。
1. 格闘技経験のない状態から指導者になったこと。 独学と親子での試行錯誤が指導の原点です。
2. 家庭内の指導をジム運営へ発展させたこと。 天心選手だけでなく、多くの選手を育成する環境を築きました。
3. 2026年も息子たちの競技活動を支えていること。 天心選手の再起戦に向けた練習にも関わり、龍心選手とも関係を深めています。
特に2025年の天心選手の初黒星から2026年の再起戦に至る親子の関係は、弘幸さんの指導者としての現在を象徴する出来事です。
那須川弘幸さんは、単に有名選手の父親というだけではありません。自ら学び、練習環境を作り、選手の成長に長く関わってきた人物です。今後もTEPPEN GYMの活動と、天心・龍心兄弟の競技人生を支える存在として、その動向が注目されます。