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名古屋アベック殺人事件の犯人は現在どうしている?主犯の判決と共犯者の出所説を2026年検証

花澤 美咲 花澤 美咲 • 更新: • 公開: • 読了約 17 分
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1988年2月、名古屋市の大高緑地で発生した「名古屋アベック殺人事件」。交際中だった野村昭善さん(当時19歳)と末松須弥代さん(当時20歳)が、若者6人による襲撃を受け、金品を奪われたうえ、連れ回された末に殺害された事件です。

事件から約38年が経過した2026年現在も、関心が集まっているのが加害者6人のその後です。一審では犯行時19歳の主犯格に死刑判決が言い渡されましたが、1996年の名古屋高裁判決で無期懲役に変更されました。一方、有期刑や不定期刑を受けた共犯者については、すでに出所したことを伝える取材報道があります。

【事件の概要】1988年の大高緑地アベック殺人事件で何が起きたのか

名古屋アベック殺人事件犯人現在

事件が発生したのは、1988年2月23日未明。場所は愛知県名古屋市緑区にある大高緑地公園でした。

被害者は、理容師として働いていた野村昭善さんと、理容師見習いだった末松須弥代さんです。2人は交際中で、公園内で過ごしていたところを若者グループに襲われました。

犯行に関与したのは、事件当時17歳から20歳までの男女6人です。2人は暴行を受け、現金などを奪われました。さらに末松さんは性的被害にも遭っています。

その後、加害者らは犯行の発覚を恐れ、2人を解放せずに連れ回しました。野村さんは2月24日、末松さんは翌25日に、それぞれ愛知県内と三重県内で殺害されました。遺体は山中に埋められていました。

事件の重大さは、単に2人の命が奪われたことだけではありません。当初の金品強奪を目的とした犯罪が、発覚を免れるための殺人へと発展したこと、複数人が集団で犯行に関与したことも、裁判で厳しく検討されました。

名古屋高裁の判決では、6人全員が同じ時点で殺害の共謀に加わったわけではないことも認定されています。誰が、どの段階で、どの被害者の殺害に関与したのかという個別の責任が、後の量刑判断に影響しました。

【裁判の経緯】1989年の死刑判決から1997年の無期懲役確定まで

この事件の刑事裁判で特に注目されたのは、犯行時19歳だった主犯格への死刑判決と、その後の控訴審での減刑です。

1989年6月28日、名古屋地裁が判決を言い渡す

名古屋地方裁判所は1989年6月28日、被告人6人にそれぞれ異なる刑を言い渡しました。

主犯格とされた犯行時19歳の被告人には死刑、もう一人の中心的な被告人である犯行時17歳の少年には無期懲役が言い渡されました。残る4人には有期刑または不定期刑が科されています。

ここで重要なのが、当時の少年法第51条です。18歳未満の少年には死刑を科すことができないため、17歳だった被告人には無期懲役が言い渡されました。一方、19歳の被告人は少年法上の少年に該当していても、死刑の対象から一律に除外される年齢ではありませんでした。

1996年12月16日、名古屋高裁が死刑判決を破棄

1996年12月16日、名古屋高等裁判所は、一審で死刑判決を受けた被告人について、原判決を破棄し、無期懲役を言い渡しました。

この判断を理解するには、「犯行時19歳だったから減刑された」という単純な説明では不十分です。

高裁は、犯行の重大性を認めながらも、事件当時の若者たちの社会的・精神的な未成熟さ、集団内での相互作用、殺人に至るまでの経過、犯行の計画性、本人の矯正可能性などを総合的に検討しました。

特に、犯行当初から2人の殺害を確定的に計画していた事件とは異なる経過があったことや、主犯格の被告人について矯正可能性が残されていると判断されたことが、量刑変更に関係しています。

また、17歳の被告人には少年法によって死刑を科すことができず、無期懲役が言い渡されていました。同じ事件で中心的な役割を担った2人の刑の均衡も、控訴審の判断を考えるうえで重要な論点です。

1997年1月、無期懲役が確定

主犯格の被告人については、名古屋高裁の無期懲役判決後に上告が行われず、1997年1月に刑が確定したと報じられています。

もう一人の17歳だった被告人については、一審の無期懲役判決が確定しています。

つまり、事件に関与した6人のうち、無期懲役となったのは主犯格1人だけではありません。17歳だったもう一人の被告人も無期懲役であり、残る4人が有期刑・不定期刑となりました。

この点は、インターネット上の事件解説で混同されやすい部分です。判決の経緯を正確に理解するには、2人の無期懲役と4人の有期刑・不定期刑を区別する必要があります。

【時系列・人物関係】名古屋アベック殺人事件の重要な転換点

事件の発生から裁判、服役後の取材報道までを整理すると、次のようになります。

時期 人物・出来事 確認できる内容
1988年2月23日 事件発生 大高緑地で野村昭善さんと末松須弥代さんが襲撃される。
1988年2月24~25日 被害者2人の殺害 野村さん、末松さんが相次いで殺害される。
1989年6月28日 名古屋地裁 19歳の主犯格に死刑、17歳の被告人に無期懲役などを言い渡す。
1996年12月16日 名古屋高裁 主犯格の死刑判決を破棄し、無期懲役を言い渡す。
1997年1月 刑の確定 主犯格の無期懲役が確定したと報じられる。
2003~2009年 共犯者の出所報道 6人のうち4人が刑期を終えて出所したとの取材報道がある。
2016年9月 岡山刑務所での取材 共同通信記者が主犯格の受刑者と面会し、服役生活を報じる。
2026年 現在の状況 個人の最新の収監先や仮釈放について、確定的な公表情報は限られる。

裁判の基本的な経緯は、名古屋地裁の1989年6月28日判決、名古屋高裁の1996年12月16日判決に基づいています。少年法に関する判決の分析は、早稲田大学の研究論文にも整理されています。

【犯人の現在】主犯格は岡山刑務所で服役していたのか

検索者が最も知りたいのは、死刑判決から無期懲役へ変更された主犯格が、現在どうしているのかという点でしょう。

2016年に岡山刑務所で本人への取材が行われた

主犯格のその後を知るうえで重要な資料が、2016年9月に発売された『新潮45』に掲載された共同通信記者・佐藤大介氏の記事「『名古屋アベック殺人事件』無期懲役少年のいま」です。

この記事では、記者が岡山刑務所を訪れ、主犯格の男性受刑者と面会しています。記事中ではプライバシーに配慮した仮名が使われています。

取材当時、本人は服役生活を続けており、拘置所での収容期間を含めると、服役生活は約28年に及んでいました。

報道では、刑務所内での生活や、本人が掲げる社会復帰という目標についても取り上げられています。本人は、被害者から奪った命の重さを自覚しながら生活している旨を語ったとされています。

また、前年にはくも膜下出血で入院したことも記事で紹介されました。これは2015年の出来事として2016年の取材記事に記されたものであり、2026年現在の健康状態を示す情報ではありません。

主犯格の2026年現在の所在は確認できるのか

2016年の取材では岡山刑務所で服役していたことが確認できます。しかし、2016年の情報をそのまま2026年の現在地として扱うことはできません。

2026年11月時点で、主犯格の最新の収監先、刑務所内での処遇、仮釈放の決定を裏付ける新たな公的発表は確認できません。

したがって、現時点で確実に説明できるのは、次の3点です。

  • 1997年1月に無期懲役が確定したと報じられている。
  • 2016年9月の取材時点では岡山刑務所で服役していた。
  • 2026年現在の出所や仮釈放を裏付ける確かな情報は確認できない。

ネット上では、主犯格がすでに出所したという説や、現在も岡山刑務所にいるという説明が見られます。しかし、前者を裏付ける確実な報道はなく、後者も2016年の取材情報から更新されていません。

2016年の報道を2026年の最新情報として紹介する記事には注意が必要です。

【共犯者の出所】6人のうち4人はすでに刑務所を出ていた

主犯格と並んで検索されるのが、事件に関与した共犯者たちの出所状況です。

この点については、2003年の『新潮45』による取材記事や、2009年2月の毎日新聞の報道が重要な資料となります。

2003年の『新潮45』が報じた4人の出所

『新潮45』2003年10月号には、「反省し『シャバ』に戻った少年少女のそれから」という事件関係者のその後を追った記事が掲載されました。

この取材では、無期懲役となった2人を除く4人が、すでに刑期を終えて出所していたことが報じられています。

加えて、出所した元受刑者の一人に対する直接取材も行われ、服役後の生活や被害者遺族との関係が取り上げられました。

事件当時の反省の言葉と、出所後に遺族との間で残された問題との間には、大きな隔たりがあったと報じられています。

2009年の毎日新聞も4人の出所を報道

2009年2月21日付の毎日新聞の記事でも、事件に関与した6人のうち4人が出所したことが紹介されています。

この報道では、無期懲役となった主犯格の服役生活と、家族との関係にも焦点が当てられました。

一方、出所した4人の現在の住所や職業、家族構成などについて、信頼できる形で一律に把握できる情報はありません。

また、2003年の取材時点で報じられた元受刑者と遺族との関係を、2026年現在も同じ状態であると断定することはできません。

共犯者全員が出所したという説は正しいのか

ここは明確に区別する必要があります。

報道で確認できるのは、6人のうち4人が出所したということです。無期懲役となった2人まで含めて、6人全員が出所したという意味ではありません。

また、出所した4人についても、現在の生活状況や所在を特定する確かな情報は限られています。

つまり、「共犯者4人の出所」と「主犯格を含む無期懲役受刑者の現在」は、別々に考える必要があります。

【仮釈放と少年法】2026年に注目される無期懲役の現実

2026年にこの事件を振り返るうえで、もう一つ重要なのが無期懲役受刑者の仮釈放制度です。

無期懲役は10年で自動的に出所できる刑ではない

日本の刑法では、無期刑について、刑の執行開始から10年を経過した後に仮釈放を許すことができると定められています。

しかし、10年経過は自動的な釈放を意味しません。本人の反省、更生の意欲、再犯のおそれ、社会復帰に必要な環境、被害者や遺族の意見などを踏まえた審査が必要です。

法務省は2009年以降、無期刑受刑者について、刑の執行開始から30年が経過した場合、原則として1年以内に仮釈放審理を開始する運用を設けています。

ただし、これは審理を開始する仕組みであって、30年経過すれば出所できるという制度ではありません。

2026年1月更新の法務省資料が示す無期刑の実態

2026年1月、法務省は無期刑受刑者の執行状況と仮釈放の運用状況を更新しました。

公表資料によると、2024年末時点で刑事施設に収容されていた無期刑受刑者は1,650人です。同年に新たに仮釈放された無期刑受刑者は1人で、その平均受刑在所期間は38年1か月でした。

また、2015年から2024年までの10年間に新たに仮釈放された無期刑受刑者は合計72人です。仮釈放が認められるまでに長期間の服役を続けるケースが多いことが分かります。

この統計は名古屋アベック殺人事件の受刑者個人の情報ではありません。しかし、無期懲役という刑の実態を理解するための重要な背景資料です。

1997年確定の主犯格にとって2027年は節目となるのか

主犯格の無期懲役が確定したのは1997年1月です。そのため、2027年1月は確定から30年という節目に当たります。

ただし、法務省の審理開始基準は刑の執行開始日を基準にしており、判決確定日だけで個別の審理開始時期を断定することはできません。

仮に30年の審理開始時期を迎えたとしても、仮釈放の許可が出るかどうかは別の問題です。

特に本事件のように複数の被害者が亡くなった重大事件では、個別の事情を踏まえた慎重な判断が大切です。

2026年時点で、主犯格の仮釈放が決まったとする確かな情報は確認できません。

【名古屋アベック殺人事件犯人の現在】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:名古屋アベック殺人事件の主犯格は2026年現在、出所していますか?

A1:1997年1月に無期懲役が確定したと報じられています。2016年9月の取材では岡山刑務所で服役していました。2026年現在の出所や仮釈放を裏付ける確実な情報は確認できません。

Q2:共犯者6人は全員出所したのでしょうか?

A2:いいえ。2003年の『新潮45』や2009年の毎日新聞の報道では、6人のうち4人が出所したとされています。無期懲役となった2人については、同じように出所したと確認できる情報はありません。

Q3:主犯格はなぜ死刑から無期懲役に変更されたのですか?

A3:1996年の名古屋高裁は、犯行の重大性を認めながらも、犯行時の年齢や集団内での未成熟さ、犯行に至る経過、計画性、矯正可能性などを総合的に考慮しました。その結果、一審の死刑判決を破棄し、無期懲役を言い渡しました。

Q4:17歳だった共犯者にも無期懲役が言い渡されたのですか?

A4:はい。犯行時17歳だった被告人には、当時の少年法第51条に基づき、死刑ではなく無期懲役が言い渡されました。この判決は一審で確定しています。

Q5:主犯格の仮釈放は2027年に認められるのでしょうか?

A5:2027年1月は1997年1月の刑確定から30年の節目ですが、30年経過によって自動的に仮釈放されるわけではありません。審理の開始時期や許可の有無は、刑の執行開始日や個別の審査結果によって決まります。

まとめ:名古屋アベック殺人事件の犯人の現在と今後の注目点

名古屋アベック殺人事件は、1988年に野村昭善さんと末松須弥代さんの命が奪われた重大事件です。犯行に関与した6人には、それぞれの役割や年齢、関与の程度に応じた刑が言い渡されました。

主犯格は1989年の名古屋地裁で死刑判決を受けましたが、1996年の名古屋高裁で無期懲役に変更され、1997年1月に刑が確定したと報じられています。2016年には岡山刑務所での服役状況が取材されました。

共犯者については、6人のうち4人が出所したことが2003年と2009年の報道で確認できます。ただし、出所後の個人情報や2026年現在の生活状況については、確かな情報が限られています。

2026年現在、主犯格の最新の収監先や仮釈放について断定できる公的情報はありません。無期懲役の仮釈放制度に関する法務省の資料を踏まえても、30年という節目は釈放の確約ではありません。

この事件を理解するうえで大切なのは、加害者の現在だけに関心を向けるのではなく、野村昭善さんと末松須弥代さんが奪われた人生、遺族が長年抱えてきた問題、そして少年犯罪に対する司法判断のあり方を併せて考えることです。

2027年に向けて無期刑の仮釈放審理に関する制度上の節目が近づくなか、今後も注目すべきなのは、確認された公的情報と実際の取材報道に基づく受刑者の動向です。

主な参照資料

- 名古屋地方裁判所・1989年6月28日判決、名古屋高等裁判所・1996年12月16日判決。
- 早稲田大学「少年事件における死刑選択基準の一考察」。
- 共同通信記者・佐藤大介氏による2016年の岡山刑務所取材記事(『新潮45』)。
- 毎日新聞2009年2月21日付の服役・出所に関する報道。
- 法務省「無期刑の執行状況及び無期刑受刑者に係る仮釈放の運用状況について」(2026年1月)。

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デジタルマーケター 花澤 美咲
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アイドル現場を10年取材。卒業・加入などの発表はグループ公式サイトと運営の告知で確認し、写真集の発売情報は出版社の公式ページを一次情報としています。

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