森本さんの訃報が公になったのは、亡くなった日から7日後の2026年9月11日でした。所属事務所の有限会社ウータニアが報道各社に書面を送り、9月4日に83歳で永眠したことを明らかにしました。
事務所が公表した文章には、次の言葉が記されています。
原因不明の突然死ではありましたが、とても穏やかな顔で旅立ちました。
この発表では、具体的な病名や亡くなった際の詳しい状況は明かされていません。突然の訃報だったことに加え、亡くなった後に発表されたため、ファンや関係者にとっても大きな驚きとなりました。
死因は心筋梗塞だったのか?検索では「森本レオさんの死因は心筋梗塞だったのではないか」という疑問も見られます。
その背景には、森本さんが過去に心筋梗塞を発症していた事実があります。
ただし、2010年の入院歴と2026年の死去は、分けて考える必要があります。
2026年の所属事務所の発表は、あくまで「原因不明の突然死」です。過去の心筋梗塞が直接の原因だったとする発表はありません。
したがって、心筋梗塞による再発や心臓疾患による死亡と断定することはできません。
葬儀は家族のみで執り行われた所属事務所によると、葬儀は故人と遺族の意向により、家族のみで執り行われました。
また、次の対応も発表されています。
- 一般向けのお別れの会は予定なし
- 弔問は辞退
- 香典は辞退
- 供花も辞退
事務所は、遺族が突然の別れによる悲しみの中にいるとして、報道関係者に配慮を求めました。
個別の問い合わせも控えるよう要請しており、葬儀や家族の詳細については公表されていません。
【最後の近況】2026年8月末まで『Qさま!!』のナレーションを担当

森本さんの最期の近況を知るうえで、特に重要なのがテレビ朝日の発表です。
2026年9月12日、テレビ朝日は森本さんが担当していた『クイズプレゼンバラエティーQさま!!』について、追悼コメントを発表しました。
その中で明らかになったのが、最後のナレーション収録が2026年8月末だったという事実です。
テレビ朝日は、収録時の森本さんについて「普段と変わらないご様子で臨まれておられました」と説明しています。
加えて、収録済みの未放送分はなかったとも明かしました。
亡くなる約1週間前まで声の仕事を続けていた9月4日に亡くなった森本さんが、8月末まで収録に参加していたことから、最期まで仕事に携わっていた様子がうかがえます。
特に注目したいのは、テレビ朝日の説明に体調の異変を示す具体的な記述がないことです。
ただし、「普段と変わらない様子」という表現は、あくまで収録現場での印象を伝えたものです。日常生活全般の健康状態まで保証する情報ではありません。
また、最後の収録日と最後にテレビ番組が放送された日は別のものです。収録は8月末に行われましたが、それが最後のテレビ出演日だったという意味ではありません。
最後の公の場はどこだった?ここは少し注意が必要です。
2026年11月現在、報道で具体的に確認できる最後の仕事は『Qさま!!』のナレーション収録です。
一方、最後に観客の前に登場したイベントや舞台、記者会見などについては、訃報時の主要報道で具体的な日付や場所が示されていません。
そのため、最後の公の場を特定のイベントだったと断定することはできません。
少なくとも、仕事の記録としては8月末の収録が重要な節目になっています。
『Qさま!!』のナレーションは石丸謙二郎さんへ森本さんの死去後、『Qさま!!』のナレーションは後任へ引き継がれました。
2026年9月21日放送の3時間スペシャルでは、俳優の石丸謙二郎さんが後任として登場しました。
石丸さんは森本さんに向けて、バトンを受け取ったことを伝えるメッセージを送りました。
長年番組を支えた声が別のナレーターへ引き継がれたことは、森本さんの仕事の大きさを改めて感じさせる出来事でした。
【心筋梗塞の過去】2010年の入院と2026年の死去は別の問題
森本さんには、2010年に心筋梗塞で救急搬送された過去があります。
この出来事は当時、日刊スポーツやオリコンなどでも報じられました。
2010年2月27日に心筋梗塞で緊急入院2010年2月27日、当時67歳だった森本さんは、起床時にみぞおち付近の違和感を覚えました。
自らマネージャーに連絡し、都内の病院へ救急搬送された結果、心筋梗塞と診断されました。
当時の報道によると、手術は必要なく、薬による治療を受けて回復に向かいました。
その後、3月9日に退院したことが所属事務所から発表されています。
退院後は減塩生活と仕事復帰を目指した退院時の報道では、森本さん自身が日頃の生活習慣を振り返り、食事面での改善にも取り組む意向を示していました。
オリコンが2010年3月13日に伝えた内容では、退院後は減塩生活に励み、しばらく静養したうえで仕事への復帰を目指すとされていました。
声を使う仕事から段階的に活動を再開する予定も報じられています。
2010年の心筋梗塞と2026年の突然死を結びつけることはできないここで押さえておきたいのは、心筋梗塞の既往があることと、今回の死因が心筋梗塞であることは同じではないという点です。
| 確認事項 | 報道されている内容 |
|---|---|
| 2010年2月27日 | 心筋梗塞で救急搬送・入院 |
| 2010年3月9日 | 都内の病院を退院 |
| 退院後 | 静養と減塩生活、仕事復帰を目指す |
| 2026年8月末 | 『Qさま!!』の最後のナレーション収録 |
| 2026年9月4日 | 83歳で死去 |
| 2026年9月11日 | 所属事務所が「原因不明の突然死」と発表 |
2010年の病歴は確認できる事実ですが、2026年の死去との医学的な因果関係は公表されていません。
【俳優・声優としての経歴】『王立宇宙軍』『ショムニ』『ロングバケーション』の足跡
森本レオさんは、1943年2月13日、愛知県名古屋市に生まれました。
本名は森本治行(もりもと・はるゆき)。日本大学藝術学部を卒業後、1967年にNHK名古屋放送局のドラマ『高校生時代』で俳優デビューしました。
1968年には東海ラジオの深夜番組『ミッドナイト東海』でパーソナリティーを担当。約4年半にわたって若いリスナーから支持を集めました。
1970年代以降は活動の場を広げ、映画、テレビドラマ、ラジオ、ナレーションと幅広いジャンルで活躍しました。
森本レオさんの主な経歴・出演歴| 年代 | 出来事・作品 | 関係・実績 |
|---|---|---|
| 1943年 | 愛知県名古屋市で誕生 | 本名・森本治行 |
| 1967年 | 『高校生時代』 | NHKドラマで俳優デビュー |
| 1968年 | 『ミッドナイト東海』 | 東海ラジオのDJとして人気に |
| 1973年 | 『花心中』 | 映画デビュー |
| 1987年 | 『王立宇宙軍 オネアミスの翼』 | 主人公シロツグ・ラーダットの声 |
| 1990年~2006年 | 『きかんしゃトーマス』 | 日本語版の初代ナレーター |
| 1995年 | 『王様のレストラン』 | 印象的な語りを担当 |
| 1996年 | 『ロングバケーション』 | フジテレビの人気ドラマに出演 |
| 1998年 | 『ショムニ』 | 井上洸一役で出演 |
| 2010年 | 心筋梗塞で入院 | 3月9日に退院 |
| 2026年8月末 | 『Qさま!!』 | 最後のナレーション収録 |
| 2026年9月4日 | 死去 | 83歳 |
(1987年)
森本さんは主人公シロツグ・ラーダットの声を担当しました。俳優としての知名度だけでなく、声による演技の幅を示した代表的な仕事です。
この作品は、後に『新世紀エヴァンゲリオン』を手がけるGAINAXの初作品としても知られるSFアニメ映画です。
森本さんが演じたシロツグは、宇宙飛行への夢を取り戻し、人類初の有人宇宙飛行計画に挑む青年です。
穏やかな語り口の印象が強い森本さんですが、こうしたアニメーション作品では、登場人物の内面を声で表現する役割も担っていました。
『ショムニ』では井上洸一役1998年のシリーズで井上洸一役を演じました。個性的な社員たちが働く会社を舞台にした人気ドラマです。
森本さんは、作品の中で主役を支える存在感のある俳優としても知られていました。
長身で飄々とした雰囲気、柔らかい表情、落ち着いた声は、作品の世界観を支える重要な個性になっていました。
『ロングバケーション』にも出演
(1996年)
木村拓哉さん、山口智子さんらが出演した人気ドラマ。森本さんも出演者の一人として作品に参加しました。
このほかにも、NHKの『黄色い涙』『あぐり』、映画『もう頬づえはつかない』『キッズ・リターン』など、多数の作品に出演しています。
森本さんの経歴を振り返ると、特定のジャンルに限定されない活動が特徴的です。
【きかんしゃトーマスとQさま!!】森本レオさんの声が長く愛された理由
森本レオさんを語るうえで欠かせないのが、俳優としての出演歴と並ぶナレーターとしての功績です。
特に『きかんしゃトーマス』と『Qさま!!』は、異なる世代の視聴者に森本さんの声を届けた代表的な仕事でした。
『きかんしゃトーマス』の日本版初代ナレーター森本さんは1990年から2006年まで、フジテレビ系列で放送された『きかんしゃトーマス』の日本語版でナレーションを担当しました。
担当したのは第1シリーズから第8シリーズまで。約16年間にわたる長期の仕事でした。
当時の作品は模型を使った人形劇形式で、機関車たちが暮らすソドー島の日常や冒険を描いていました。
森本さんのナレーションは、物語の状況を説明するだけではありません。
- 子どもにも理解しやすい穏やかな語り
- 物語の展開に合わせた自然な抑揚
- 機関車たちの世界に親しみを感じさせる声
- 視聴者を安心させる独特のテンポ
こうした特徴が、作品の印象を形づくりました。
なお、日本版のトーマス本人の声を担当したのは戸田恵子さんです。森本さんは作品全体のナレーターとして知られています。
2006年以降は後任へ引き継がれましたが、1990年代から2000年代にかけて作品を見ていた世代にとって、森本さんの声は忘れがたい存在です。
『Qさま!!』ではクイズ番組の進行を支えた『Qさま!!』では、クイズの問題読みなどを担当するナレーターとして番組を支えました。
子ども向け作品の柔らかい語りとは異なり、クイズ番組では情報を明確に伝えることが大切です。
森本さんの声には、強く押し出さなくても視聴者の注意を引きつける特徴がありました。
番組におけるナレーションは、出演者と視聴者をつなぐ役割を担います。問題の提示、展開の整理、場面転換など、画面に映らない部分でも番組のテンポを左右します。
8月末の最後の収録まで担当していたという事実は、森本さんが長年にわたり声の仕事を続けていたことを示しています。
【家族・結婚・葬儀】妻や子供について公表されている情報
森本さんの家族については、報道で確認できる情報があります。
日刊スポーツの訃報記事によると、森本さんは1971年に元女優の森和代さんと結婚し、一男一女をもうけています。
| 項目 | 公表・報道されている情報 |
|---|---|
| 配偶者 | 元女優の森和代さん |
| 結婚時期 | 1971年 |
| 子供 | 一男一女 |
| 葬儀 | 家族のみで執行 |
| お別れの会 | 開催予定なし |
| 香典・供花 | 辞退 |
子供については、一男一女という家族構成が報じられています。
一方、子供の名前や職業、現在の生活など、詳しい情報は広く公表されていません。
芸能活動をしているかどうかについても、確かな情報が示されていない部分を推測で補うことはできません。
森本さんの訃報に際しても、所属事務所は遺族への配慮を求めていました。
家族葬を選択した理由今回の葬儀は、故人と遺族の意向によって家族のみで執り行われました。
また、一般向けのお別れの会も予定されていません。
これは所属事務所が正式に発表した内容です。
突然の別れに直面した遺族が静かな環境で故人を見送ることを選んだという点で、家族の意向を尊重する必要があります。
【森本レオの現在に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:森本レオさんは現在も生きていますか?
A1:いいえ。森本レオさんは2026年9月4日に83歳で亡くなりました。所属事務所が同月11日に正式発表しています。
Q2:森本レオさんの死因は心筋梗塞ですか?
A2:所属事務所の発表は「原因不明の突然死」です。2010年に心筋梗塞で入院した過去はありますが、2026年の死去との因果関係は公表されていません。
Q3:森本レオさんの最後の仕事は何ですか?
A3:報道で確認できる最後の仕事は、テレビ朝日系『Qさま!!』のナレーション収録です。2026年8月末に行われ、テレビ朝日は普段と変わらない様子だったと説明しています。
Q4:森本レオさんは『きかんしゃトーマス』で何を担当していましたか?
A4:1990年から2006年まで、日本語版の初代ナレーターを務めました。第1シリーズから第8シリーズまで、約16年間にわたって作品の語りを担当しています。
まとめ:森本レオさんが残した俳優・ナレーターとしての功績
森本レオさんの現在について、2026年11月時点で確認できる情報を整理すると、次のようになります。
- 2026年9月4日に83歳で死去
- 所属事務所は「原因不明の突然死」と発表
- 最後の『Qさま!!』収録は8月末
- 2010年には心筋梗塞で入院した過去がある
- 葬儀は家族のみで執り行われた
- 『きかんしゃトーマス』では16年間ナレーションを担当
- 『王立宇宙軍 オネアミスの翼』『ショムニ』『ロングバケーション』などにも出演
森本さんのキャリアを振り返ると、俳優とナレーターという二つの仕事を長年にわたり両立してきたことが分かります。
俳優としては、ドラマや映画の中で作品を支える存在として活躍。一方、ナレーターとしては、画面に姿を見せなくても視聴者の記憶に残る仕事を数多く残しました。
とりわけ『きかんしゃトーマス』は、子どもの頃に森本さんの声を聞いて育った世代が、今度は親として作品を見せるような世代を超えた接点を生み出しました。
また、2026年8月末まで『Qさま!!』の収録に参加していたことからも、長年培ってきた声の仕事が晩年まで続いていたことが分かります。
森本レオさんが残したものは、出演作品の数だけではありません。作品の世界に自然と入り込める、あの独特の穏やかな声そのものです。
その声は、これからも映像作品や過去の放送を通じて、多くの人の記憶に残り続けるはずです。