2026年現在、雅山親方は日本相撲協会で二子山雅高(ふたごやま・まさたか)として活動し、東京都葛飾区にある二子山部屋の師匠を務めています。現役時代の四股名は雅山哲士。本名は竹内雅人で、茨城県水戸市出身の元大関です。1977年7月28日生まれで、2026年11月現在49歳となっています。
雅山は2000年7月場所に大関へ昇進し、2013年3月場所で現役を引退しました。その後、年寄名跡「二子山」を襲名し、2018年4月には藤島部屋から独立。現在は狼雅らを擁する相撲部屋の師匠として、力士の育成や部屋の運営に取り組んでいます。現役時代の華々しい出世と故障を乗り越えた経験は、現在の指導者としての活動にもつながっています。
【2026年現在】雅山親方の名前は二子山雅高!本名やプロフィールを紹介

雅山親方を調べると、「雅山」「二子山」「二子山雅人」「二子山雅高」という複数の名前が登場します。これらは別人の名前ではなく、現役力士時代から引退後にかけて変化した四股名・年寄名です。
日本相撲協会の公式年寄プロフィールでは、現在の登録名は二子山雅高。現役時代の四股名は雅山哲士で、本名は竹内雅人と記載されています。
雅山親方の基本プロフィール- 現在の年寄名:二子山雅高
- 現役時代の四股名:雅山哲士(みやびやま・てつし)
- 本名:竹内雅人(たけうち・まさと)
- 生年月日:1977年7月28日
- 年齢:49歳(2026年11月現在)
- 出身地:茨城県水戸市
- 現役時代の最高位:大関
- 所属部屋:二子山部屋
- 現役時代の所属:武蔵川部屋、藤島部屋
- 引退場所:2013年3月場所
- 師匠を務める部屋:二子山部屋
出典は日本相撲協会の「年寄プロフィール」と「力士プロフィール」です。現在の年寄名だけでなく、現役時代の最高位や通算成績まで同じ人物の情報として確認できます。
二子山雅高と二子山雅人は何が違う?二子山親方は、2013年3月の現役引退後に年寄名跡「二子山」を襲名しました。当初の年寄名は二子山雅人で、その後、二子山雅高へと改められています。
日本相撲協会の公式プロフィールにも、年寄名履歴として「二子山 雅人→二子山 雅高」と記載されています。
つまり、検索時に二子山雅人と二子山雅高の両方が見つかっても、基本的には同じ雅山親方を指しています。2026年現在の正式な年寄名を知りたい場合は、二子山雅高を基準にするとよいでしょう。
【現役時代の経歴】雅山哲士はどのように大関まで上り詰めたのか
雅山哲士の現役時代を語るうえで欠かせないのが、幕下付け出しから短期間で大関まで駆け上がった出世の速さです。
1977年に茨城県水戸市で生まれた雅山は、中学時代から相撲で実績を残しました。その後、水戸農業高校を経て明治大学に進学。大学を中退して武蔵川部屋に入門しました。
1998年7月場所に幕下付け出しで初土俵を踏むと、急速に番付を上げていきます。1999年3月場所には新入幕を果たし、2000年7月場所には大関へ昇進しました。
雅山の主な経歴と転換点| 時期 | 出来事 | 主な内容 |
|---|---|---|
| 1977年7月 | 誕生 | 茨城県水戸市出身。本名は竹内雅人。 |
| 1998年7月 | 初土俵 | 武蔵川部屋から幕下付け出しでデビュー。 |
| 1998年11月 | 新十両 | 初土俵から早期に関取へ昇進。 |
| 1999年3月 | 新入幕 | 幕内力士として本格的に活躍。 |
| 2000年1月 | 新三役 | 小結に昇進。 |
| 2000年7月 | 大関昇進 | 新大関として番付を上げる。 |
| 2001年 | 大関陥落 | 故障や成績不振に苦しみ、大関の地位を失う。 |
| 2002年以降 | 再起への挑戦 | 平幕から再出発し、関脇復帰などを経験。 |
| 2013年3月 | 現役引退 | 春場所千秋楽に引退を表明。年寄二子山を襲名。 |
| 2018年4月 | 二子山部屋創設 | 藤島部屋から分家独立。 |
この経歴で特に注目されるのは、大関昇進までのスピードです。初土俵から所要12場所で大関に昇進したことは、幕下付け出しデビューの力士として当時の昭和以降最速記録として報じられました。
大関昇進後に待ち受けていた故障との戦い大関に昇進した当時、雅山は将来の横綱候補としても期待されていました。しかし、大関在位は8場所にとどまります。
右肩や左手首などの故障に加え、2001年には左足首を痛めて休場するなど、身体の不調が続きました。大関陥落後には手術や休場も経験し、再び番付を上げるための厳しい戦いが始まります。
それでも雅山は相撲を続け、2003年には関脇へ復帰。2006年5月場所には14勝1敗の好成績を残し、優勝決定戦にも進出しました。優勝こそ逃したものの、再び大関に迫る力を示した場所として記憶されています。
一度大関から陥落した力士が、その後も長く幕内で戦い続けたことは、雅山の現役時代を特徴づける大きな要素です。
【通算成績654勝582敗68休】雅山親方の実績を数字で検証
雅山の現役時代の成績は、日本相撲協会の公式記録に明確に残っています。
生涯戦歴は654勝582敗68休、88場所。幕内では599勝563敗68休、82場所を記録しました。
雅山哲士の主な通算成績- 生涯戦歴:654勝582敗68休
- 在位場所数:88場所
- 幕内戦歴:599勝563敗68休
- 幕内在位:82場所
- 大関在位:8場所
- 大関戦歴:57勝58敗5休
- 十両優勝:2回
- 幕下優勝:2回
- 殊勲賞:2回
- 敢闘賞:5回
- 技能賞:1回
- 金星:2個
- 幕内最高優勝:0回
雅山の記録を見ると、幕内最高優勝はありません。一方で、三賞は合計8回受賞しており、殊勲賞2回、敢闘賞5回、技能賞1回という実績を持っています。
ここで注目したいのは、大関陥落後の長い現役生活です。
大関在位8場所という数字だけを見ると、短期間で終わった大関時代という印象を持つ可能性があります。しかし、雅山は大関から陥落した後も土俵に立ち続け、関脇や平幕、十両で戦いながらキャリアを重ねました。
特に、故障を抱えながら再び上位に戻った経験は、単純な勝敗だけでは評価できない部分です。
また、幕内優勝の有無と力士としての実績は必ずしも一致しません。長期間にわたって幕内を維持し、上位力士と対戦し、三賞を獲得したことも雅山の大きな実績です。
現役時代の経験を指導に生かす立場になった現在、こうした浮き沈みを知っていることは、弟子の成長を長期的に見守るうえでも意味を持ちます。
【引退理由】雅山親方が2013年3月に現役を退いた本当の事情
雅山の引退は、2013年3月場所の千秋楽に発表されました。当時35歳で、東十両9枚目に位置していました。
最後の場所は3勝12敗。千秋楽には鬼嵐を押し倒して白星を挙げたものの、翌場所の幕下転落が濃厚な状況でした。
引退を決断した理由は身体の限界2013年3月24日の引退会見で、雅山は身体の状態について率直に語っています。
「まだ気力はあるが、体がついていかない」
この発言は、当時のデイリースポーツの報道で紹介されたものです。
雅山は大関時代から故障に苦しんでおり、左足の大きなけがや肩の不調などを経験していました。大関から陥落した後も再起を目指して長く現役を続け、十両まで番付を下げても土俵に立ち続けていました。
引退を決断した背景には、こうした長年の身体的負担と、現役力士として戦い続けることが難しくなった事情がありました。
引退後は年寄二子山を襲名雅山は引退後、年寄名跡「二子山」を襲名し、藤島部屋付きの親方として後進の指導を始めました。
2014年2月1日には東京・両国国技館で引退相撲と襲名披露が行われています。当日は入門時の師匠だった元横綱三重ノ海ら関係者が出席し、最後は所属部屋の師匠だった元大関武双山が大銀杏を切り落としました。
現役時代に故障と番付降下を経験した雅山にとって、親方への転身は新しい相撲人生の始まりでした。
引退理由を単に成績不振と捉えるのは正確ではありません。本人が会見で説明した身体の限界と、長期間にわたる故障との戦いを合わせて理解する必要があります。
【二子山部屋の創設】2018年の独立と師匠としての現在
雅山親方の現在を理解するうえで重要なのが、2018年4月に実現した二子山部屋の創設です。
引退後しばらくは藤島部屋付きの親方として後進を指導していましたが、2018年4月、元大関雅山が第14代二子山を襲名し、藤島部屋から分家独立しました。
つまり、年寄二子山を襲名した2013年と、二子山部屋を創設した2018年は別の出来事です。この違いは検索時に混同されやすいポイントです。
二子山部屋の基本情報- 部屋名:二子山部屋
- 師匠:二子山雅高
- 師匠の現役時代の四股名:雅山哲士
- 創設:2018年4月
- 独立元:藤島部屋
- 所在地:東京都葛飾区柴又2丁目
- 日本相撲協会での所属:二子山部屋
現在の所在地は東京都葛飾区柴又2-10-13です。2021年には旧東関部屋の施設へ移転し、柴又を拠点に活動しています。
日本相撲協会の部屋紹介でも、師匠として二子山雅高の名前が掲載されています。
2026年11月場所で注目される所属力士・狼雅二子山部屋の所属力士の中でも、特に注目されているのが幕内力士の狼雅(ろうが)です。
狼雅の本名はアマルトゥブシン・アマルサナー。ロシアのトゥヴァ共和国出身で、2018年11月場所に初土俵を踏み、2022年11月場所に新十両、2023年11月場所に新入幕を果たしました。
2026年11月場所の番付では東前頭8枚目に位置しています。二子山部屋の看板力士として、今後の幕内での活躍が期待されます。
また、同部屋には十両の生田目竜也も所属しています。2026年11月場所の番付では西十両6枚目です。
日本相撲協会の部屋紹介では、狼雅や生田目をはじめ、幕下以下の力士たちも確認できます。部屋全体として関取だけでなく、将来の昇進を目指す若手力士の育成にも取り組んでいます。
【指導方針と公式YouTube】雅山親方が発信する二子山部屋の日常
二子山部屋の特徴として、相撲ファンから関心を集めているのが、稽古風景や力士たちの食事、日常生活を紹介する動画発信です。
公式サイトでは、二子山部屋の公式SNSとしてYouTubeチャンネル「二子山部屋 sumo food」などが案内されています。
雅山親方の指導は具体的な技術面にも及ぶ雅山親方の指導については、2025年9月の雑誌「BAILA」に掲載された二子山部屋の三田へのインタビューが参考になります。
三田はインタビューの中で、師匠から押すときの角度やスピード、まわしを切るタイミングについてアドバイスを受けていると説明しています。
また、親方は言葉数こそ多くないものの、的確な助言をしてくれるという趣旨の話も紹介されています。
このエピソードから見えてくるのは、単に厳しい稽古を課すだけではなく、個々の力士の相撲を見ながら技術面を細かく改善していく指導です。
雅山自身、現役時代には大関昇進と陥落、故障からの復帰、幕内での再起など、さまざまな経験を積みました。その経験を持つ師匠だからこそ、番付の上下だけでなく、力士個人の課題を見ながら指導する姿勢がうかがえます。
二子山部屋 sumo foodの魅力とは二子山部屋のYouTubeでは、力士たちの朝稽古、食事、休日の様子、本場所の取組結果などが紹介されています。
2025年に公開されたnippon.comの特集記事では、相撲部屋がYouTubeを通じて力士の日常を発信する動きが取り上げられ、二子山部屋のチャンネルも紹介されました。
動画発信について雅山親方は、普段の生活を見てもらうことで、相撲の魅力を感じてもらいたいという趣旨の考えを示しています。
また、食事シーンを多く紹介する理由については、部屋のモットーである「残さずきれいに食べる」という考え方も説明されています。
こうした動画には、従来のテレビ中継では伝わりにくかった力士たちの素顔や、相撲部屋の生活が映し出されています。
YouTube発信が部屋の運営にもたらす意味相撲部屋にとって、新弟子の確保と育成は継続的な課題です。伝統的な稽古や生活を続けながら、その実態を外部に伝えることは、相撲界を目指す若い世代にとっても重要な情報になります。
二子山部屋の動画は、次のような役割を持っています。
- 相撲の魅力を伝える:本場所だけでは分からない稽古や日常を公開する。
- 力士の個性を知ってもらう:食事や休日の様子を通して、一人ひとりの人柄を紹介する。
- 新弟子獲得につなげる:相撲部屋での生活を具体的に伝え、入門を考える人に情報を提供する。
- ファンとの接点を増やす:本場所の結果だけでなく、日々の成長を継続的に発信する。
こうした活動は、単なる娯楽コンテンツではありません。相撲部屋の伝統を守りながら、現代の情報発信に対応する取り組みでもあります。
雅山親方が率いる二子山部屋は、土俵上の勝敗だけでなく、力士たちがどのような生活を送り、どのように成長していくのかを伝える点でも特徴的な部屋です。
【雅山親方に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:雅山親方の現在の名前は何ですか?
A1:2026年現在の年寄名は二子山雅高です。現役時代は雅山哲士という四股名で、本名は竹内雅人です。
Q2:雅山親方は何歳で、出身地はどこですか?
A2:1977年7月28日生まれで、2026年11月現在49歳です。出身地は茨城県水戸市です。
Q3:雅山親方の現役時代の通算成績は?
A3:654勝582敗68休、88場所です。幕内成績は599勝563敗68休で、最高位は大関でした。
Q4:雅山親方が現役を引退した理由は何ですか?
A4:長年の故障や身体的な負担による体力の限界が主な理由です。2013年3月場所の千秋楽に引退を表明し、会見では気力は残っているものの身体がついていかないと説明しました。
Q5:二子山部屋はいつ創設されましたか?
A5:2018年4月です。雅山親方が藤島部屋から独立して創設しました。年寄二子山を襲名した2013年とは別の時期です。
Q6:二子山部屋にはどんな力士が所属していますか?
A6:2026年11月場所の番付では、幕内の狼雅が東前頭8枚目、十両の生田目が西十両6枚目です。ほかにも幕下以下の力士が所属しています。
Q7:二子山部屋の公式YouTubeはありますか?
A7:あります。「二子山部屋 sumo food」というチャンネルで、朝稽古や力士の食事、日常生活、本場所の取組などを紹介しています。
まとめ:【プロの結論】雅山親方の現在は現役時代の経験を生かした部屋づくりにある
雅山親方は、現役時代に大関まで上り詰めた元力士であり、2026年現在は二子山雅高として二子山部屋を率いています。
その歩みを整理すると、次の3つが大きな転換点になります。
- 2000年7月:雅山哲士として大関に昇進。幕下付け出しから急速に番付を上げた。
- 2013年3月:故障や身体的な限界を理由に現役を引退し、年寄二子山を襲名した。
- 2018年4月:藤島部屋から独立し、二子山部屋を創設した。
雅山の現役時代は、順風満帆な大関人生ではありませんでした。故障による陥落、長期間の再起への挑戦、十両までの番付降下を経験しながら、通算654勝という実績を残しました。
その経験を持つ雅山親方が現在取り組んでいるのは、次世代の力士を育てることです。狼雅や生田目といった関取の活躍に加え、幕下以下の力士たちがどのように成長していくかも、二子山部屋を追ううえで見逃せないポイントです。
また、公式YouTubeで稽古や食事、部屋の日常を発信する活動は、相撲界と一般のファンとの距離を縮める役割も果たしています。
雅山親方の現在を知るうえで大切なのは、元大関という肩書だけでなく、現役時代の経験をどのように次世代の育成へつなげているかを見ることです。
今後は狼雅ら所属力士の番付上昇や、新たな関取の誕生、二子山部屋の活動にも注目が集まります。元大関雅山が築いてきた相撲人生は、現在、師匠として新しい世代へ受け継がれています。