2026年現在、元第72代横綱・稀勢の里は、年寄名跡「二所ノ関」を襲名した二所ノ関親方として、茨城県阿見町にある二所ノ関部屋を率いています。本名は萩原寛(はぎわら・ゆたか)。1986年7月3日生まれで、2026年10月現在40歳です。現役時代に幕内優勝2回を達成した実績を持ち、現在は師匠として第75代横綱・大の里や十両力士・白熊らの育成に取り組んでいます。
2019年1月の現役引退から、荒磯親方としての指導者生活、早稲田大学大学院での学び、2021年末の二所ノ関襲名、2022年の阿見町への部屋開設まで、その歩みは大きく変化しました。2026年には大の里が九月場所で6度目の幕内優勝を果たすなど、師匠としての育成にも成果が表れています。現在の役職や年齢、現役時代の戦績、部屋の所在地、所属力士、独自の指導方針まで詳しく整理します。
【2026年最新】稀勢の里親方の現在は二所ノ関部屋の師匠!年齢・本名・出身地を紹介

稀勢の里親方の現在の正式な年寄名は「二所ノ関寛」です。日本相撲協会の年寄プロフィールによると、本名は萩原寛。1986年7月3日生まれ、出身地は茨城県牛久市です。
現役時代の四股名は稀勢の里寛(きせのさと・ゆたか)。横綱引退後に荒磯親方となり、その後、伝統ある年寄名跡を引き継いで二所ノ関親方となりました。
2026年10月31日時点の基本プロフィールは次のとおりです。
- 本名:萩原寛
- 現在の年寄名:二所ノ関寛
- 現役時代の四股名:稀勢の里寛
- 生年月日:1986年7月3日
- 年齢:40歳
- 出身地:茨城県牛久市
- 最高位:第72代横綱
- 所属部屋:二所ノ関部屋
特に押さえておきたいのは、「稀勢の里」「荒磯親方」「二所ノ関親方」という3つの呼び名が、同じ人物の異なる時期の名前だということです。
現在は二所ノ関部屋を率いる師匠二所ノ関親方は、現役引退後に後進の指導へ転身しました。現在は二所ノ関部屋の師匠として、力士の育成だけでなく、部屋の運営や新弟子の獲得、地域との交流など幅広い仕事を担っています。
日本相撲協会の公式プロフィールでも、所属部屋は二所ノ関、年寄名履歴は「荒磯寛→二所ノ関寛」と記載されています。
かつて自らが経験した横綱としての重圧や故障、長期休場などは、指導者として力士の健康と競技人生を考えるうえで重要な経験になっています。
【第72代横綱の実績】稀勢の里の戦績と2019年の引退経緯
幕内優勝2回、生涯戦績800勝という実績稀勢の里は、2002年3月場所に初土俵を踏み、2017年3月場所に第72代横綱へ昇進しました。
力強い左四つと寄りを中心とした相撲が持ち味で、長く大関として活躍した後、横綱の地位に到達しています。
日本相撲協会の歴代横綱プロフィールに掲載されている主な戦績は以下のとおりです。
- 生涯戦歴:800勝496敗97休(101場所)
- 幕内戦歴:714勝453敗97休(85場所)
- 幕内優勝:2回
- 幕下優勝:1回
- 殊勲賞:5回
- 敢闘賞:3回
- 技能賞:1回
- 金星:3個
特に印象的だったのが、2017年の活躍です。同年1月場所で初優勝を達成し、続く3月場所でも優勝。2場所連続優勝という実績を残して横綱に昇進しました。
横綱在位は2017年3月場所から2019年1月場所まで。日本出身力士として久しぶりに誕生した新横綱としても大きな注目を集めました。
左胸付近の負傷が引退につながった稀勢の里の横綱人生を語るうえで欠かせないのが、2017年3月場所での負傷です。
同場所の横綱・日馬富士との取組で左大胸筋付近を負傷。負傷を抱えながら出場を続け、結果的に優勝を果たしましたが、その後は故障の影響に苦しむことになります。
復帰を目指して土俵に戻ったものの、以前のような相撲を取り戻すことは容易ではありませんでした。休場と復帰を繰り返し、2018年9月場所からは不戦敗を除いて8連敗を記録しました。
そして2019年1月場所、進退を懸けた場所で初日から3連敗。1月16日に現役引退が発表され、年寄「荒磯」を襲名することになりました。
引退会見では、横綱として期待に応えられなかった悔しさを語る一方、自身の土俵人生について次のように振り返っています。
私の土俵人生において一片の悔いもございません。
この言葉には、横綱としての責任と、長年にわたって土俵に立ち続けた力士としての誇りが表れています。
引退は単純な成績不振によるものではありません。横綱としての責任、長期化した故障、自身の相撲を取り戻せない状況が重なった末の決断でした。
【経歴年表】荒磯親方から二所ノ関襲名、早稲田大学大学院修了まで
引退後は指導者として新しい知識も吸収2019年の引退後、稀勢の里は荒磯親方として後進の指導を始めました。注目されたのは、従来の相撲界の経験だけに頼らず、大学院でスポーツ科学やスポーツマネジメントを学んだことです。
2020年4月に早稲田大学大学院スポーツ科学研究科へ進学し、2021年3月に修了。スポーツマネジメントや組織運営、人材育成など、指導者として必要になる分野について学びました。
その後、2021年12月に年寄「二所ノ関」の襲名が承認され、2022年から二所ノ関部屋の師匠として本格的に活動することになります。
稀勢の里親方の主な経歴と転換点| 時期 | 出来事 | 内容・意味 |
|---|---|---|
| 1986年7月 | 誕生 | 茨城県牛久市出身。本名は萩原寛。 |
| 2002年3月 | 初土俵 | 中学校卒業後、15歳で角界入り。 |
| 2004年11月 | 新入幕 | 幕内力士として活躍を始める。 |
| 2012年1月 | 大関昇進 | 大関として上位陣と対戦。 |
| 2017年3月 | 第72代横綱昇進 | 2場所連続優勝を達成して横綱に昇進。 |
| 2019年1月16日 | 現役引退 | 年寄「荒磯」を襲名。 |
| 2020年4月 | 大学院入学 | 早稲田大学大学院スポーツ科学研究科で学ぶ。 |
| 2021年3月 | 大学院修了 | スポーツ科学研究科を修了。 |
| 2021年12月 | 二所ノ関襲名承認 | 荒磯親方から二所ノ関親方へ。 |
| 2022年6月 | 阿見町に部屋開設 | 茨城県阿見町に新しい二所ノ関部屋が開所。 |
| 2023年5月 | 大の里が初土俵 | 二所ノ関部屋から将来の横綱候補が誕生。 |
| 2025年7月 | 大の里が横綱昇進 | 第75代横綱となり、部屋の大きな節目に。 |
| 2026年9月 | 大の里が幕内優勝 | 12勝3敗で6度目の幕内優勝を達成。 |
2021年末の襲名は、単純に新しい名前を取得したという話ではありません。
当時の二所ノ関親方は元大関・若嶋津でした。日本相撲協会の承認を受け、元若嶋津が年寄「荒磯」を襲名し、元稀勢の里の荒磯親方が年寄「二所ノ関」を襲名する形で名跡が交換されました。
旧二所ノ関部屋は元関脇・玉乃島の放駒親方が継承して放駒部屋となり、荒磯部屋が新しい二所ノ関部屋として引き継がれました。
つまり、現在の二所ノ関部屋は、旧二所ノ関部屋がそのまま名称変更したものではなく、名跡の継承と部屋の所属変更を経て成立した部屋です。
【所在地・所属力士】二所ノ関部屋は茨城県阿見町!大の里と白熊も所属
二所ノ関部屋の所在地とアクセス二所ノ関部屋の所在地は、師匠の出身地である茨城県内です。具体的な住所は次のとおりです。
〒300-1152
茨城県稲敷郡阿見町荒川本郷139-1
公式ホームページによると、交通アクセスは以下のとおりです。
- JR常磐線ひたち野うしく駅から徒歩約10分
- つくば牛久ICから県道48号方面へ車で約10分
2022年6月に開所した施設は、敷地面積約5,900平方メートル。稽古場には土俵が2面設けられ、力士が効率よく稽古できる環境が整っています。
なお、部屋の所在地と地方場所の宿舎は別です。大阪・名古屋・九州場所では、それぞれの地方宿舎が使用されます。
また、稽古見学は一般の人が自由に立ち入れる施設見学とは異なります。見学を希望する場合は、後援会の会員条件や部屋の公式案内を事前に確認する必要があります。
2026年11月場所の所属力士一覧2026年10月末時点で確認できる日本相撲協会の11月場所番付では、二所ノ関部屋には幕内から序ノ口まで複数の力士が所属しています。
主な所属力士と番付は以下のとおりです。
- 幕内:大の里(東横綱)
- 十両:白熊(西十両九枚目)
- 幕下:花の海、猪名の山
- 三段目:麒麟龍、尼王、麟虎、羅漢児、野島、谷口、藤宗、内間、総勢山
- 序二段:古田、御柱、田中、阿見大心、後藤、住吉、澁谷、西勢郷
- 序ノ口:山田、田所、松の里
- 番付外:足立
番付は本場所ごとに変動するため、所属力士の名前だけでなく、どの地位で相撲を取っているかも確認することが大切です。
大の里は稀勢の里の弟子から第75代横綱へ二所ノ関部屋を代表する存在が、第75代横綱・大の里です。本名は中村泰輝。2000年6月7日生まれ、石川県河北郡津幡町出身です。
大の里は2023年5月場所に初土俵を踏みました。二所ノ関親方の指導のもとで番付を上げ、2024年5月場所に幕内初優勝。同年11月場所に大関へ昇進し、2025年7月場所には横綱へ昇進しました。
第72代横綱・稀勢の里が師匠となり、第75代横綱・大の里を育てたことは、二所ノ関部屋の歴史における大きな成果です。
白熊も二所ノ関部屋を支える注目力士もう一人の注目力士が白熊です。本名は高橋優太。1999年5月25日生まれ、福島県須賀川市出身です。
2022年5月場所に初土俵を踏み、2023年9月場所に新十両へ昇進。2024年9月場所には新入幕を果たしました。
右四つと寄りを得意とする力士で、二所ノ関部屋の関取として大の里とともに注目されています。
2026年9月場所は6勝9敗。11月場所の番付では西十両九枚目となっています。横綱として優勝を重ねる大の里とは異なる立場で、幕内復帰を目指す白熊の成長も部屋の見どころです。
【指導方針を分析】稀勢の里親方はなぜ科学的な稽古と部屋運営を重視するのか
伝統を守りながら科学的な稽古を導入二所ノ関親方の指導方針で特徴的なのは、昔ながらの相撲の伝統を尊重しながら、科学的な考え方やスポーツビジネスの手法を取り入れている点です。
二所ノ関部屋の公式ホームページでは、親方自身が育成方針について次のように説明しています。
引退後からは、皆様に愛される力士、怪我に強い力士を育てるべく、指導しています。
ここで注目したいのが「怪我に強い力士」という考え方です。
稀勢の里自身は、横綱昇進直後の負傷によって長期間にわたり苦しみました。十分な力を発揮できない状態で土俵に戻る難しさも経験しています。
その経験を踏まえ、弟子には単に勝つ力だけでなく、長期間にわたって競技を続けられる身体づくりや稽古環境を重視していることが公式方針から読み取れます。
土俵2面の稽古場で効率を高める二所ノ関部屋の施設面で目を引くのが、稽古場に2面の土俵を設けていることです。
通常、稽古場では取組を行う力士が土俵を交代しながら稽古を進めます。土俵が複数あれば、待ち時間を減らし、力士それぞれが稽古に取り組める機会を確保しやすくなります。
これは単なる豪華な設備ではありません。限られた時間の中で稽古の効率を高め、力士の成長につなげるための環境づくりです。
大学院で学んだスポーツマネジメントを部屋運営に反映二所ノ関親方が早稲田大学大学院で学んだことも、現在の部屋運営を理解するうえで重要です。
相撲部屋の師匠は、弟子の稽古を見守るだけの立場ではありません。新弟子の獲得、力士の育成、行司や床山などのスタッフ管理、後援者やファンとの関係づくりなど、組織全体を運営する責任者です。
二所ノ関部屋の公式サイトでも、親方の役割を相撲部屋の経営全般に関わる責任者として説明しています。
加えて、応援企業や支援者の名前を部屋の看板や幟に掲示する取り組み、地域の小学生との稽古交流、わんぱく相撲、地元学校と連携した相撲教室や体育授業なども掲げています。
こうした取り組みからは、相撲を単なる競技としてではなく、地域社会とつながるスポーツとして発展させようとする姿勢が見えてきます。
大の里の育成に見る指導者としての成果二所ノ関親方の指導を考える際、最もわかりやすい事例が大の里の横綱昇進です。
大の里は入門から短期間で幕内上位へ進出し、複数回の幕内優勝を経て横綱に到達しました。2025年7月の昇進によって、二所ノ関部屋から第75代横綱が誕生しています。
2024年の報道では、二所ノ関親方は大の里に対して、出世の早さばかりを意識せず、最終的にどの番付にいるかが大切だと伝えていたことが紹介されています。
この考え方は、短期的な優勝だけでなく、長く上位で活躍できる力士を育てるという方針にもつながります。
大の里の成功を親方一人の功績として単純化することはできません。本人の才能や努力、周囲の支援も欠かせない要素です。ただし、入門後の成長を支える指導環境を整えた師匠として、二所ノ関親方の存在は大きな意味を持っています。
【2026年の最新動向】大の里の優勝と二所ノ関部屋の地域活動
2026年9月場所で大の里が6度目の幕内優勝2026年の二所ノ関部屋を語るうえで、大きなニュースとなったのが大の里の九月場所での優勝です。
大の里は2026年9月場所で12勝3敗を記録し、6度目の幕内優勝を達成しました。
日本相撲協会の公式力士プロフィールにも、2026年9月場所の優勝記録が掲載されています。第72代横綱の師匠のもとから第75代横綱が誕生し、その弟子がさらに優勝を重ねていることは、部屋の歴史にとって象徴的な出来事です。
一方、白熊は同場所で6勝9敗。11月場所では十両西九枚目に番付を下げています。二所ノ関部屋全体としては、横綱の活躍だけでなく、関取や幕下以下の力士がそれぞれの目標に向かう状況にも注目したいところです。
2026年2月には阿見町で町民報告会を開催二所ノ関親方は、部屋のある阿見町との地域交流にも力を入れています。
2026年2月7日には、二所ノ関部屋が地元住民との交流イベント「町民報告会」を開催しました。スポーツニッポンの報道によると、会場には約470人の町民が集まり、二所ノ関親方、大の里、白熊らが参加しました。
この場で親方は、茨城県出身の幕内力士を育てたいという目標を語っています。
茨城県出身の幕内を育てたい。
地元出身の元横綱が、今度は地元から強い力士を育てようとしている点に、この部屋ならではの特色があります。
阿見町では、町の広報媒体でも二所ノ関部屋の活動を継続的に紹介しています。2026年9月には「広報二所ノ関」第二十七号が公開され、部屋の情報を地域住民に届けています。
2026年の活動から見える二所ノ関親方の目標2026年の活動を整理すると、二所ノ関親方の仕事は大きく3つに分けられます。
- 競技面:大の里をはじめとする所属力士の育成と番付向上。
- 組織運営:稽古環境の整備、新弟子の獲得、後援会や支援者との関係づくり。
- 地域貢献:阿見町との交流、子ども向け相撲活動、地域に根ざした部屋づくり。
2026年10月末時点で、二所ノ関部屋は横綱を擁する相撲部屋として活動しています。大の里の実績だけでなく、白熊や若手力士が今後どこまで番付を上げられるかも、親方の育成方針を評価する材料になります。
【誤解を解消】稀勢の里親方について知っておきたい事実と評価のポイント
「荒磯親方」と「二所ノ関親方」は別人ではないインターネット上では、荒磯親方と二所ノ関親方を別の人物として捉えてしまうケースがあります。
しかし、どちらも元稀勢の里です。2019年の引退後に荒磯を襲名し、2021年末に二所ノ関を襲名しました。現在の呼称は二所ノ関親方です。
稀勢の里と大の里は親子ではなく師匠と弟子大の里と稀勢の里は、名前の響きや横綱という共通点から特別な血縁関係を想像されることがありますが、二人の関係は師匠と弟子です。
大の里は本名を中村泰輝といい、石川県出身。稀勢の里は本名を萩原寛といい、茨城県牛久市出身です。二人は二所ノ関部屋を通じて師弟関係にあります。
早稲田大学大学院は2021年3月に修了している稀勢の里の大学院進学についても、入学時期と修了時期を混同しないことが大切です。
早稲田大学大学院スポーツ科学研究科に入学したのは2020年4月、修了したのは2021年3月です。2026年現在も大学院に在籍しているわけではありません。
親方としての実力は横綱の育成だけで判断できない大の里を横綱に育てた実績は非常に大きな評価材料です。ただし、相撲部屋の師匠の仕事は、トップ力士を一人育てることだけではありません。
指導者としての実力を判断するなら、次の4点にも注目する必要があります。
- 幕内や十両だけでなく、幕下以下の力士も継続して育っているか。
- 故障を防ぎ、長期的に活躍できる稽古環境が整っているか。
- 新弟子の獲得やスタッフ管理など、部屋の組織運営が機能しているか。
- 地域との交流や後援体制が継続的に築かれているか。
二所ノ関部屋の場合、科学的な稽古、大学院で学んだスポーツマネジメント、地域との連携という複数の要素が公式方針に組み込まれています。大の里の優勝だけでなく、部屋全体の成長を追うことが、親方の仕事を理解する近道です。
【稀勢の里親方の現在】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:稀勢の里親方は現在、何という名前で活動していますか?
A1:2026年現在は二所ノ関寛親方として活動しています。本名は萩原寛で、現役時代の四股名は稀勢の里寛です。2019年の引退後は荒磯親方となり、2021年12月に二所ノ関を襲名しました。
Q2:二所ノ関親方は現在何歳で、出身地はどこですか?
A2:1986年7月3日生まれで、2026年10月31日時点で40歳です。出身地は茨城県牛久市です。
Q3:二所ノ関部屋の所在地はどこですか?
A3:茨城県稲敷郡阿見町荒川本郷139-1です。JR常磐線ひたち野うしく駅から徒歩約10分の場所にあります。
Q4:大の里の師匠は稀勢の里ですか?
A4:はい。大の里は二所ノ関部屋に所属し、二所ノ関親方(元稀勢の里)の指導を受けています。2025年7月に第75代横綱へ昇進し、2026年9月場所には6度目の幕内優勝を達成しました。
Q5:白熊も二所ノ関部屋の所属力士ですか?
A5:はい。白熊は本名・高橋優太、福島県須賀川市出身の力士です。2026年11月場所の番付では西十両九枚目に位置しています。
Q6:稀勢の里はなぜ引退したのですか?
A6:2017年3月場所で負った左胸付近の負傷が長引き、本来の相撲を取り戻せなかったことが大きな要因です。2019年1月場所で初日から3連敗した後、1月16日に引退を発表しました。
Q7:稀勢の里は早稲田大学大学院を卒業していますか?
A7:はい。2020年4月に早稲田大学大学院スポーツ科学研究科へ入学し、2021年3月に修了しています。スポーツマネジメントや人材育成などの知識を、その後の部屋運営にも生かしています。
まとめ:稀勢の里親方は大の里に続く次世代の育成にも挑む
元第72代横綱・稀勢の里は、2026年現在、二所ノ関寛親方として茨城県阿見町の二所ノ関部屋を率いています。
現役時代は幕内優勝2回、生涯800勝という実績を残しました。2019年1月に故障の影響などから引退した後は、早稲田大学大学院でスポーツ科学を学び、2021年末に二所ノ関を襲名。2022年には地元茨城県に新しい部屋を開設しました。
指導者としての大きな成果は、2025年7月に大の里を第75代横綱へ導いたことです。さらに2026年9月場所でも大の里が6度目の幕内優勝を果たし、部屋の存在感を示しました。
一方、白熊をはじめとする所属力士の育成や、地域との交流活動も続いています。
今後の注目点は、大の里に続く次世代の関取や横綱候補が育つかどうかです。伝統的な相撲の技術と科学的な稽古、スポーツマネジメントを組み合わせる二所ノ関親方の指導が、部屋全体の底上げにつながるかが重要になります。
稀勢の里の物語は、横綱としての引退で終わったわけではありません。自らが経験した苦難を次の世代の育成に生かし、二所ノ関部屋から新たな横綱を生み出す挑戦が続いています。
主な事実確認資料:日本相撲協会公式プロフィール・番付・部屋紹介、二所ノ関部屋公式ホームページ、阿見町公式情報、スポーツニッポン、日刊スポーツの報道。