ロックバンド「MY FIRST STORY(マイファス)」のボーカルとして知られるHiro。圧倒的な歌唱力と存在感のあるパフォーマンスで支持を集める一方、父は歌手の森進一、母は元歌手の森昌子、兄はONE OK ROCKのTakaという芸能一家の出身でもあります。本名は森内寛樹(もりうち・ひろき)で、2026年11月現在32歳です。
プライベートでは2024年10月に女優の山本舞香と結婚し、2026年8月には第一子の誕生を公表しました。一方、音楽活動では2026年2月にMY FIRST STORYが活動休止を発表するという大きな転換点を迎えています。森進一・森昌子との家族関係、兄Takaとの共演、ソロ作品『Sing;est』、結婚後の近況まで、森内寛樹の人物像を時系列で整理します。
【プロフィール】マイファスHiroの本名は森内寛樹!年齢・生年月日・出身地を紹介

MY FIRST STORYのHiroは、バンド活動では「Hiro」という名前を使用していますが、ソロ活動では本名の森内寛樹として活動しています。
父母の知名度から二世アーティストという側面に注目されがちですが、Hiro自身も長年にわたって音楽活動を続け、バンドのフロントマンとして独自のキャリアを築いてきました。
森内寛樹の基本プロフィールスポーツニッポンなどの人物プロフィールに掲載されている基本情報を
| 項目 | プロフィール |
|---|---|
| 活動名 | Hiro |
| 本名 | 森内寛樹(もりうち・ひろき) |
| 生年月日 | 1994年1月25日 |
| 年齢 | 32歳(2026年11月現在) |
| 出身地 | 東京都 |
| 血液型 | A型 |
| 職業 | 歌手・ボーカリスト |
| 所属バンド | MY FIRST STORY |
| 父 | 森進一 |
| 母 | 森昌子 |
| 兄 | Taka(ONE OK ROCK) |
| 妻 | 山本舞香 |
1994年1月25日生まれのHiroは、2026年1月25日に32歳の誕生日を迎えています。東京都出身で、MY FIRST STORYではボーカルを担当しています。
(出典:スポニチ人物プロフィール)
検索すると「マイファスHiro」と「森内寛樹」という2つの名前が登場しますが、別人ではありません。
MY FIRST STORYのボーカリストとして活動するときはHiro、本名名義でソロ歌手として活動するときは森内寛樹という使い分けです。
この名義の違いには、音楽的な表現の違いも関係しています。バンドではラウドロックを中心とした力強い歌唱を披露する一方、ソロではJ-POPの名曲をカバーし、声そのものの魅力を前面に出しています。
つまり、Hiroと森内寛樹は活動の方向性によって見せ方を変えている同一のボーカリストです。
【家族関係】父は森進一、母は森昌子!兄Takaとの関係や両親の離婚を解説
森内寛樹の家族構成を語るうえで欠かせないのが、日本の音楽界で長く活躍してきた両親と、世界的な活動を展開する兄の存在です。
父は演歌歌手の森進一、母は歌手の森昌子。さらに長兄はONE OK ROCKのボーカル・Takaです。Hiroは3人兄弟の末っ子として生まれました。
父・森進一は日本を代表する演歌歌手父親の森進一は、長年にわたって日本の歌謡界を代表してきた歌手です。
1966年に歌手としてデビューし、「おふくろさん」「襟裳岬」などの代表曲で知られています。独特の歌声と表現力で確固たる地位を築いてきました。
Hiroにとって森進一は、世間から見れば大物歌手である一方、家庭では父親という存在です。
2020年11月には、フジテレビ系番組『まつもtoなかい ~マッチングな夜~』で父子初共演を果たしました。番組内でHiroが森進一の代表曲「襟裳岬」を歌ったことも話題になりました。
父と息子がそれぞれの音楽活動を通じて同じステージで歌声を披露したことは、Hiroのキャリアにおける印象的な出来事の一つです。
母・森昌子は歌手として活躍した人物母親の森昌子も、昭和の歌謡界を代表する歌手の一人です。
1972年に歌手デビューし、「せんせい」などのヒット曲で人気を獲得しました。森進一と結婚したのは1986年で、3人の息子をもうけています。
森昌子は2019年に芸能界を引退しています。
森進一と森昌子という異なる個性を持つ歌手を両親に持つHiroは、幼少期から音楽が身近にある家庭環境で育ちました。
森進一と森昌子は2005年に離婚している森進一と森昌子は1986年に結婚しましたが、2005年に離婚しました。
この出来事について、Hiroは2026年2月、自身のYouTubeチャンネルでファンの家庭に関する悩み相談に答える形で、当時の家族の状況を振り返っています。
スポニチの報道によると、Hiroは当時の家庭について、一般的に想像される家族の形とは異なる感覚を持っていたと説明しました。
「家族って言う感覚もなかったかも」
また、両親の離婚が決まったときの感情については、単純な悲しさというよりも寂しさがあったと振り返っています。
離婚の話題が世間に広がった際には、自宅周辺に多くの報道関係者が集まり、子どもである自分たちも世間の視線を意識して生活していたことを明かしました。
加えて、20歳を超えて母親と会った際には謝られたこともあったと語っています。一方で、当時の経験も含めて現在の自分があるという考えを示しました。
この2026年の発言は、Hiroが芸能一家の子どもとして過ごした幼少期を、自分自身の言葉で振り返った貴重な機会となりました。
(出典:スポニチ、2026年2月17日)
Hiroの兄として特に知られているのが、ロックバンドONE OK ROCKのボーカリスト・Takaです。
Takaは森内貴寛として生まれ、兄弟の中では長男にあたります。Hiroとは同じ音楽業界で活動する実の兄弟ですが、それぞれ異なるバンドのボーカルとしてキャリアを築いてきました。
2人の関係を象徴する出来事が、2023年11月14日に東京ドームで開催された対バンライブ「VS」です。
Billboard JAPANのライブレポートによると、2人は長年にわたってそれぞれ音楽活動を続けてきたものの、それまでステージ上で共演する機会はありませんでした。
この公演が実現したきっかけは、2022年2月のMY FIRST STORYの日本武道館公演です。会場に来ていたTakaに対し、Hiroが直接共演を持ちかけ、Takaが快諾したことから企画が進みました。
東京ドームで実現した兄弟の共演は、両バンドのファンにとっても特別なステージとなりました。
なお、Hiroにはもう一人の兄がいます。次兄は音楽活動名義「はてな」として知られる人物です。3人兄弟それぞれが音楽と関わりを持っている点も、この家族の特徴です。
兄弟だからといって同じバンドに所属しているわけではなく、TakaはONE OK ROCK、HiroはMY FIRST STORYという別々の活動基盤を持っています。
(出典:Billboard JAPAN、スポニチ)
【経歴・年表】MY FIRST STORYの結成からソロ活動までを整理
Hiroの音楽キャリアは、MY FIRST STORYの結成を中心に発展してきました。
2011年に東京・渋谷でバンドを結成し、翌2012年にアルバムデビュー。その後、日本武道館や東京ドームでの公演、アニメ主題歌、ソロ活動など、活動の幅を広げています。
Hiroの主な経歴と転換点| 時期 | 出来事 | 主な実績・意味 |
|---|---|---|
| 2011年夏 | MY FIRST STORY結成 | 東京・渋谷で活動を開始 |
| 2012年4月 | 1stフルアルバム発売 | 『MY FIRST STORY』でデビュー |
| 2016年 | アルバム『ANTITHESE』発売 | オリコン週間ランキング初登場4位。47都道府県ツアーと初の日本武道館公演を実施 |
| 2020年11月 | ソロデビュー発表 | 本名の森内寛樹名義でカバーアルバムを発売することを発表 |
| 2021年1月20日 | 『Sing;est』発売 | 本名名義でソロデビュー |
| 2023年 | 東京ドーム「VS」開催 | ONE OK ROCKと対バン。Hiroが日本レコード大賞作詞賞を受賞 |
| 2024年 | HYDEとのコラボレーション | 『夢幻』がアニメ『鬼滅の刃 柱稽古編』のオープニング主題歌に決定 |
| 2026年2月26日 | MY FIRST STORY活動休止発表 | メンバーがそれぞれ自分自身と向き合うための充電期間へ |
MY FIRST STORY公式プロフィールとユニバーサルミュージックの発表資料をもとに整理した年表です。
(出典:MY FIRST STORY公式サイト、ユニバーサルミュージック)
MY FIRST STORYは2011年夏、東京・渋谷で結成されました。
2012年4月には1stフルアルバム『MY FIRST STORY』を発売。幅広い楽曲と迫力のあるライブパフォーマンスを武器に、全国の音楽フェスや海外アーティストとの共演などを重ねていきました。
大きな転換点となったのが2016年です。
4thアルバム『ANTITHESE』はオリコン週間ランキングで初登場4位を記録。全国47都道府県を回るツアーを開催し、最終公演となった初の日本武道館ワンマンライブでは約1万2000人を動員しました。
2017年には幕張メッセでの公演で約1万8000人を動員。ライブバンドとしての規模を着実に拡大していきます。
2021年には本名の森内寛樹としてソロデビューMY FIRST STORYでの活動と並行して、Hiroは2021年1月20日にソロデビューアルバム『Sing;est』を発売しました。
発売元のユニバーサルミュージックによると、この作品は全10曲を収録したカバーアルバムです。
収録曲には、次のような幅広いアーティストの楽曲が選ばれています。
- 「アイノカタチ」/MISIA
- 「夜に駆ける」/YOASOBI
- 「君はロックを聴かない」/あいみょん
- 「ただ君に晴れ」/ヨルシカ
- 「命に嫌われている。」/カンザキイオリ
- 「君の知らない物語」/supercell
- 「Automatic」/宇多田ヒカル
- 「ギブス」/椎名林檎
- 「ハナミズキ」/一青窈
- 「やさしさで溢れるように」/JUJU
特に注目されたのは、女性アーティストの楽曲を原曲キーで歌い上げたことです。
MY FIRST STORYのHiroとしてはロックバンドの力強いボーカルを披露し、森内寛樹としてはメロディーや歌声そのものを聴かせる。ソロ活動は、彼のボーカリストとしての異なる一面を示す機会になりました。
なお、ソロデビューはバンドを離れるという意味ではなく、本人が本名名義で新しい音楽表現に挑戦した活動です。
2023年は「I'm a mess」と兄弟共演で大きな節目に2023年には、MY FIRST STORYが12カ月連続で楽曲をリリースし、7年ぶりとなる全国47都道府県ツアーを開催しました。
加えて、2021年にリリースされた楽曲「I'm a mess」が再び注目され、ストリーミング累計再生回数2億回を突破。Apple Musicの「トップ100:日本」で最高7位、Billboard JAPANの「Streaming Songs」で8位を記録しました。
同年の日本レコード大賞では、Hiroが「I'm a mess」で作詞賞を受賞しています。
ボーカリストとしてだけでなく、歌詞を生み出す表現者としても評価された年でした。
2024年はHYDEとのコラボ曲「夢幻」が話題に2024年には、MY FIRST STORYとHYDEによるコラボレーション楽曲「夢幻」が、テレビアニメ『鬼滅の刃 柱稽古編』のオープニング主題歌に決定しました。
楽曲は2024年5月13日に配信が開始され、6月5日にCDが発売されています。
HYDEという日本のロックシーンを代表するボーカリストとの共演は、Hiroの歌声をより幅広い音楽ファンに届ける機会となりました。
MY FIRST STORYの公式プロフィールにも、2024年の主要な活動としてこのコラボレーションが記載されています。
【歌唱力・評判】マイファスHiroの声が支持される理由とは?
Hiroの魅力として頻繁に挙げられるのが、ハイトーンを生かした歌唱力と、楽曲によって変化する声の表現です。
ただ高い声を出せるというだけではありません。ロックバンドの楽曲では力強く鋭い声を響かせ、ソロ作品では繊細で柔らかな歌声を聴かせています。
MY FIRST STORYでは力強さと鋭さを重視MY FIRST STORYの楽曲は、ラウドロックやエモーショナルなロックの要素を取り入れたサウンドが特徴です。
ギターやドラムの音圧が強い楽曲では、ボーカルが演奏に埋もれないことが重要になります。
音楽メディア「リアルサウンド」のレビューでは、バンドで歌うHiroは声に意図的なエッジやがなりを加え、ラウドロックのサウンドに合うような表現をしていると分析されています。
この歌い方によって、激しい演奏の中でもボーカルの存在感が際立ちます。
ソロでは声の柔らかさとメロディーの美しさが際立つ一方、『Sing;est』では、MY FIRST STORYとは異なる歌唱表現を楽しめます。
女性アーティストの楽曲を原曲キーで歌うことに挑戦し、楽曲のメロディーを生かした歌い方を披露しています。
リアルサウンドのレビューでは、ソロ名義の森内寛樹について、バンドのHiroとは異なる声の甘さや美しさが際立つと評価されています。
同じ人物でありながら、楽曲のジャンルや伴奏に合わせて声の質感を変えられる点は、Hiroの大きな強みです。
歌唱力を裏付ける3つの実績Hiroのボーカリストとしての実力を考える際には、次の3点が参考になります。
- 『Sing;est』:女性アーティストの楽曲を含む10曲を原曲キーでカバーしたソロデビュー作品。
- 「I'm a mess」:ストリーミング累計2億回再生を突破し、日本レコード大賞作詞賞にもつながった代表的な楽曲。
- 「夢幻」:HYDEとのツインボーカルによるアニメ主題歌への参加。
ここで注目したいのは、歌唱力と作詞能力の両方に実績があることです。
歌い手として高い声を出す技術だけでなく、楽曲の世界観を伝える表現力や、聴き手の感情に届く歌詞を生み出す力も、Hiroの音楽活動を支えています。
したがって、Hiroの評価を単純な音域や声量だけで判断するのは十分ではありません。バンドとソロで異なる表現を使い分けられることこそ、彼のボーカリストとしての個性です。
【結婚・馴れ初め】Hiroと山本舞香はいつ結婚?出会いから第一子誕生まで
Hiroのプライベートで大きな話題となったのが、俳優・山本舞香との結婚です。
2人は2024年10月13日に結婚を発表しました。さらに2026年には第一子の誕生も報告しており、夫婦として新しい生活をスタートさせています。
山本舞香との出会いは友人関係から2人の出会いについては、2024年の交際報道や2025年のテレビ出演で明らかになっています。
スポニチの2024年7月の報道では、共通の知人などを通じて知り合い、友人として交流していた2人が、2024年5月ごろから交際に発展したと伝えられました。
また、2025年9月に放送された日本テレビ系『アナザースカイ』では、夫婦そろって出演し、馴れ初めについて語っています。
Hiroは友人としての期間を4〜5年ほどと説明。山本舞香も、交際期間が短かったことから、Hiroにプロポーズされたときは驚いたと振り返りました。
この発言から分かるのは、2人が短期間で知り合って結婚したというより、長い友人関係を経て夫婦になったということです。
2024年10月13日に結婚を発表2024年10月13日、Hiroと山本舞香はそれぞれのInstagramを更新し、結婚を公表しました。
この日は山本舞香の27歳の誕生日でもありました。
2人は連名の署名入り文書を公開し、これからは家族として支え合い、困難にも立ち向かいながら人生を共に歩んでいくという決意を伝えています。
結婚発表に先立つ同年7月には、交際と同棲が報じられていました。その際、Hiroは自身のYouTubeチャンネルで交際と同棲を認めています。
交際報道から結婚発表までの経緯を整理すると、次のようになります。
| 時期 | 出来事 | 公表された内容 |
|---|---|---|
| 約4〜5年前 | 出会い・友人関係 | 共通の知人などを通じて知り合い、交流を続ける |
| 2024年5月ごろ | 交際開始 | 友人関係から恋人関係に発展 |
| 2024年7月24日 | 交際・同棲報道 | HiroがYouTubeで交際を認める |
| 2024年10月13日 | 結婚発表 | 山本舞香の27歳の誕生日に結婚を公表 |
| 2026年5月5日 | 第一子妊娠発表 | 山本舞香が妊娠を公表 |
| 2026年8月7日 | 第一子出産報告 | 母子ともに健康であると報告 |
(出典:スポニチ、日刊スポーツ、ORICON NEWS)
2026年5月に第一子の妊娠を公表2026年5月5日、山本舞香は自身のInstagramで第一子を授かったことを発表しました。
結婚から約1年7カ月が経過したタイミングでの報告となり、夫婦の新しいライフステージに注目が集まりました。
2026年8月7日に第一子の誕生を報告2026年8月7日、ORICON NEWSなどの報道によると、山本舞香は第一子を無事に出産したことを公表しました。
「この度、無事に出産いたしました。母子ともに健康です。」
加えて、子どもの成長を感じながら家族で穏やかな日々を過ごしていることも伝えています。
2026年11月現在、Hiroは山本舞香の夫であり、第一子の父親でもあります。
なお、子どもの名前や性別などの詳細は、出産報告では公表されていません。
(出典:ORICON NEWS、2026年8月7日)
【2026年最新】MY FIRST STORYは活動休止!Hiroの現在と今後の音楽活動
2026年のHiroを語るうえで、最も大きなニュースがMY FIRST STORYの活動休止です。
2011年の結成から約15年にわたり活動してきたバンドは、2026年2月26日に公式SNSを通じて活動休止を発表しました。
2026年2月26日にMY FIRST STORYが活動休止を発表MY FIRST STORYは公式発表で、メンバーとスタッフが今後の活動について何度も話し合いを重ねた結果、各メンバーが自分自身と向き合う時間を持つため、一度立ち止まることを決めたと説明しています。
発表文の最後には、次の言葉が添えられていました。
「いつか戻って来る日まで」
この発表は、バンドのデビュー15周年にあたる2026年に行われました。
当時のメンバーは次の4人です。
- Hiro:ボーカル
- Teru:ギター
- Nob:ベース
- Kid'z:ドラム
重要なのは、今回の発表が解散ではなく活動休止であることです。
公式発表では再開時期は明示されていません。したがって、2026年11月現在は、MY FIRST STORYが充電期間に入っているという状況です。
活動休止は山本舞香との結婚が原因なのか?活動休止の発表後、Hiroの結婚生活や家庭環境とバンドの決断を結び付ける見方も一部で広がりました。
しかし、バンドの公式発表で説明されている理由は、メンバーとスタッフによる話し合いと、各メンバーが自分自身と向き合うための充電期間です。
山本舞香との結婚や第一子の誕生が活動休止の直接的な原因であるという公式説明はありません。
また、2026年3月には山本舞香がHiroとのツーショットをInstagramに投稿したことも報じられています。
プライベートでの夫婦関係と、バンドとしての活動方針は分けて捉える必要があります。
森内寛樹としてのソロ活動はどうなる?Hiroには、MY FIRST STORYとは別に、本名の森内寛樹としてソロ活動を行った実績があります。
2021年の『Sing;est』では、ロックバンドのボーカリストとは異なる魅力を披露しました。
また、2023年には「I'm a mess」で日本レコード大賞作詞賞を受賞しており、歌唱だけでなく作詞面でも実績を残しています。
2026年11月現在、MY FIRST STORYの活動再開時期や、森内寛樹名義での新たなソロ作品について、具体的な予定は公表されていません。
今後の注目点は、バンドとしての再始動がいつになるのか、そしてHiroがソロ名義でどのような音楽表現を見せるのかという2点です。
【よくある質問】マイファーストストーリーのHiroに関するFAQ
Q1:マイファスHiroの本名と年齢は?
A1:本名は森内寛樹(もりうち・ひろき)です。1994年1月25日生まれで、2026年11月現在32歳です。
Q2:Hiroの父親と母親は誰?
A2:父親は演歌歌手の森進一、母親は元歌手の森昌子です。2人は1986年に結婚し、3人の息子をもうけましたが、2005年に離婚しています。
Q3:マイファスHiroとONE OK ROCKのTakaは兄弟?
A3:実の兄弟です。Takaが長男、Hiroが三男にあたります。2023年11月には東京ドームでMY FIRST STORYとONE OK ROCKの対バンライブ「VS」が開催され、兄弟の共演が実現しました。
Q4:Hiroと山本舞香はいつ結婚した?
A4:2024年10月13日に結婚を発表しました。この日は山本舞香の27歳の誕生日です。2人は長い友人関係を経て交際し、結婚に至りました。
Q5:Hiroと山本舞香に子どもはいる?
A5:います。山本舞香は2026年5月に第一子の妊娠を発表し、同年8月7日に出産を報告しました。母子ともに健康と公表されています。
Q6:森内寛樹のソロアルバムは何?
A6:2021年1月20日に発売されたカバーアルバム『Sing;est』です。MY FIRST STORYのHiroとは異なる、本名名義での歌唱表現を楽しめる作品です。
Q7:MY FIRST STORYは解散した?
A7:解散ではなく活動休止です。2026年2月26日に公式発表があり、メンバーがそれぞれ自分自身と向き合うための充電期間に入っています。再開時期は発表されていません。
まとめ:森内寛樹は音楽・家族の両面で新たな節目を迎えた
MY FIRST STORYのHiroこと森内寛樹は、1994年1月25日生まれの32歳です。
父に森進一、母に森昌子、兄にONE OK ROCKのTakaを持つ芸能一家に生まれながら、自身もMY FIRST STORYのボーカリストとして独自の音楽キャリアを築いてきました。
2011年のバンド結成から、2016年の日本武道館公演、2021年のソロデビュー、2023年の日本レコード大賞作詞賞受賞、2024年のHYDEとのコラボレーションまで、その歩みには数々の転換点があります。
私生活では2024年に山本舞香と結婚し、2026年8月には第一子が誕生しました。さらに同年2月にはMY FIRST STORYが活動休止を発表しています。
2026年現在のHiroを理解するうえで重要なのは、芸能一家の出身という肩書きだけで人物像を判断しないことです。バンドで積み重ねてきた実績、本名名義で示した歌唱表現、兄Takaとの共演、そして自身が語った家族への思いまでを合わせて見ることで、森内寛樹というアーティストの輪郭がより明確になります。
MY FIRST STORYが再びステージに戻る日はまだ明らかになっていません。しかし、15年間にわたって積み重ねてきた音楽活動と、森内寛樹自身が持つ表現力は、今後の活動を考えるうえでも大きな注目点です。
バンドの再始動、ソロ活動の新展開、そして父親となったHiroの今後の歩みに引き続き注目が集まります。