2026年11月現在、元ラグビー日本代表の垣永真之介は、現役選手としてのキャリアに幕を下ろし、会社員として新たな生活をスタートさせています。東京サントリーサンゴリアスは2026年5月10日、2025-26シーズンをもって垣永が現役を引退すると発表しました。2014年から12シーズンにわたって同クラブでプレーしたベテランプロップの決断は、多くのラグビーファンにとって大きな節目となりました。
東福岡高校、早稲田大学で主将を務め、社会人ではサントリーサンゴリアス一筋。日本代表として12キャップを記録し、2023年のラグビーワールドカップ・フランス大会にも登録メンバーとして選出されました。引退の背景には、長年にわたる身体的・精神的な負担や8度の手術を経験した競技人生があります。現在の仕事、引退理由、プロフィール、リーグワンでの実績まで詳しく整理します。
【現在】垣永真之介は2026年に現役引退!引退後の仕事と近況

垣永真之介の現在を知るうえで最も重要なのは、2026年6月に選手生活を終えたという事実です。
2026年5月10日に引退を発表東京サントリーサンゴリアスは2026年5月10日、垣永が2025-26シーズンをもって現役を引退すると公式発表しました。
クラブの発表では、在籍期間は2014年から2026年までの12シーズン。ポジションはプロップ(PR)です。
発表が行われたのは、リーグワンのレギュラーシーズン最終節、リコーブラックラムズ東京戦の終了後でした。垣永はスタジアムに集まったファンの前で、自ら引退を報告しています。
「たくさんの人に愛され、たくさんの人を愛して。どんな景色よりも美しく、色鮮やかなラグビー人生でした」
これは引退発表時に本人が寄せたコメントの一部です。12年間をともにしたチームメートやスタッフ、ファンへの感謝が込められていました。
最後の試合は2026年6月6日のプレーオフ実際に選手として最後の試合を迎えたのは、2026年6月6日です。
東京サントリーサンゴリアスは、リーグワンのプレーオフ3位決定戦で埼玉パナソニックワイルドナイツと対戦。試合は19対26で敗れ、チームは4位でシーズンを終えました。
この試合が垣永にとって現役最後の公式戦となりました。試合後の取材では、長年の競技生活を振り返り、やり切ったという思いを率直に語っています。
引退後はサラリーマン生活へ垣永はサントリーの社員選手として活動してきた経歴を持っています。そのため、引退後に一般企業へ新たに転職するというより、選手としての活動を終え、会社員としての仕事に戻る形です。
2026年6月の引退後インタビューでは、セカンドキャリアについて会社員として働く意向を明らかにしました。勤務先での具体的な配属については人事異動によって決まると説明しています。
また、サンゴリアスのスタッフとして残るかどうかについても、当時は決まっていませんでした。指導者への転身についても、本格的なコーチを務める考えはないと話しています。
したがって、2026年11月現在の状況を整理すると、次のようになります。
- ラグビー選手としては2026年6月に引退済み。
- 引退後は会社員として社業に専念する意向。
- サンゴリアスのコーチやスタッフへの就任は、引退時点では未定。
- 具体的な担当業務や配属先については公表されていない。
引退後もラグビー界で活動する可能性は残されていますが、本人が示したのは、まず競技から離れて通常の会社員生活を送るという方向性でした。
【引退理由】垣永真之介はなぜ引退した?本人が明かした心身の限界
垣永真之介の引退理由について、2026年5月10日の発表後に注目されたのが、本人による決断の背景説明です。
本人が語った「心身ともに限界」という決断ラグビー専門メディア「ラグビーリパブリック」の取材によると、垣永は引退を決めた時期について、発表のおよそ2か月前に自らチームへ引退の意向を伝えたと説明しました。
「もう限界です。心身ともに」
この言葉は、引退の背景を理解するうえで重要です。
単に年齢を理由にした引退というより、長年にわたって身体を酷使し、精神的にも大きな負担を抱えながら競技を続けてきたことがうかがえます。
現役生活で8度の手術を経験2026年6月7日に掲載されたラグビージャパン365の引退インタビューでは、垣永本人が現役生活で8回の手術を経験したことを明かしています。
大きなけがによって試合に出られない時期もあり、その間も周囲の支えを受けながら復帰を目指してきました。
プロップは、スクラムの最前列で相手選手と正面から組み合うポジションです。身体への負荷が大きく、首や肩、腰などに負担がかかる場面も少なくありません。
垣永の場合、身長180cm、体重115kgという身体を生かしながら、長年にわたって国内最高峰の舞台で戦ってきました。
8度の手術と長期間のリハビリを乗り越えた経歴を考えると、引退という判断には競技人生全体を見据えた意味があったと考えられます。
6歳から約29年間続けたラグビーに悔いはない引退時のインタビューで、垣永は6歳からラグビーを始め、約29年間競技を続けてきたことを振り返りました。
サンゴリアスのクラブハウスで過ごした12年間についても触れ、長い競技生活を十分にやり切ったという思いを示しています。
本人は、同じ人生をもう一度歩んだとしても、これ以上の努力はできないという趣旨の発言も残しました。
ここから見えてくるのは、けがによって競技を続けられなくなったという単純な話ではありません。長年の努力を積み重ねた末に、自ら納得できるタイミングを選んだということです。
【プロフィール】垣永真之介の生年月日・身長・体重・出身高校を紹介
垣永真之介は、日本代表でもプレーした大型プロップです。基本プロフィールを整理すると、次のようになります。
| 項目 | プロフィール |
|---|---|
| 名前 | 垣永真之介(かきなが・しんのすけ) |
| 生年月日 | 1991年12月19日 |
| 年齢 | 34歳(2026年11月2日時点) |
| 身長 | 180cm |
| 体重 | 115kg |
| ポジション | PR(プロップ) |
| 出身高校 | 東福岡高校 |
| 出身大学 | 早稲田大学 |
| 主な所属クラブ | サントリーサンゴリアス(2014~2026年) |
| 日本代表キャップ数 | 12キャップ |
| 現役最終年 | 2025-26シーズン |
垣永の生年月日は1991年12月19日です。
2026年11月2日時点では34歳で、同年12月19日に35歳を迎えます。
現役引退を発表した2026年5月には34歳でした。ラグビー選手としてはベテランと呼ばれる年代に差しかかっていましたが、年齢だけで引退理由を説明することはできません。
身長180cm・体重115kgの大型プロップ日本ラグビーフットボール協会やジャパンラグビーリーグワンの選手情報では、身長180cm、体重115kgとされています。
ポジションのPRは「プロップ」の略称で、フォワードの最前列に位置する選手です。
スクラムでは相手のプロップと直接組み合い、味方のフロントローを支えながら前進する役割を担います。単純な体格だけでなく、姿勢の維持、重心のコントロール、味方との連携が欠かせません。
垣永はスクラムだけでなく、ボールを持って前進するフィールドプレーや、密集でのボール奪取でも存在感を示してきました。
出身高校は全国屈指の強豪・東福岡高校垣永の出身高校は福岡県の東福岡高校です。
東福岡高校は全国高校ラグビー大会、通称「花園」で数々の実績を残してきた強豪校です。垣永は高校時代から全国レベルで活躍し、3年時には主将を務めました。
森永エンゼルカレッジの選手プロフィールによると、東福岡高校時代には花園に3度出場し、2度の優勝を経験。2009年度の高校日本代表にも選出されています。
高校時代から主将としてチームを率いた経験は、その後の大学ラグビーや社会人生活にもつながっています。
早稲田大学でも主将に就任高校卒業後は早稲田大学に進学し、スポーツ科学部で学びながらラグビー部に所属しました。
2013年度には早稲田大学ラグビー蹴球部の第96代主将に就任しています。
同年度の早稲田大学は関東大学対抗戦で2位、全国大学選手権では準優勝という成績を残しました。
東福岡高校と早稲田大学という名門で主将を経験したことは、垣永の競技人生を語るうえで欠かせない要素です。
【経歴・年表】東福岡高校から早稲田大学、サントリーで歩んだ12年間
垣永真之介のキャリアは、学生時代の全国優勝から大学ラグビーの主将、そして社会人トップリーグでの長期活躍へと続いています。
主要な転換点を時系列で整理します。
| 時期 | 出来事 | 主な実績・意味 |
|---|---|---|
| 6歳ごろ | ラグビーを始める | 約29年間にわたる競技人生の出発点 |
| 東福岡高校時代 | 高校ラグビー部で活躍 | 主将として花園優勝を経験。2009年度高校日本代表に選出 |
| 2013年 | 早稲田大学ラグビー部主将 | 第96代主将。大学選手権準優勝 |
| 2014年 | サントリーサンゴリアスに加入 | 社会人ラグビーのキャリアを開始 |
| 2014年11月 | 日本代表としてテストマッチに出場 | ジョージア代表戦などを経て国際舞台で経験を積む |
| 2021年 | トップリーグ2021ベスト15 | PR3として初受賞 |
| 2023年 | W杯フランス大会の日本代表登録メンバーに選出 | 代表12キャップを記録。大会での試合出場はなし |
| 2025年1月 | サンゴリアス公式戦100キャップ達成 | 長期在籍とチームへの貢献を示す節目 |
| 2026年5月10日 | 現役引退を発表 | 2025-26シーズン限りでの引退を公表 |
| 2026年6月6日 | 現役最後の試合 | リーグワン・プレーオフ3位決定戦 |
大学卒業後の2014年、垣永はサントリーサンゴリアスに加入しました。
前身のサントリーサンゴリアス時代から、2026年の引退まで12シーズンにわたって同じクラブでプレーしています。
ラグビー界では、海外移籍や国内クラブ間の移籍も珍しくありません。その中で一つのクラブに長期間所属し続けたことは、垣永のキャリアを特徴づけるポイントです。
チーム公式戦100キャップという節目も、2024-25シーズンに達成しました。2025年1月にはジャパンラグビーリーグワンの公式記事でも、その記録が取り上げられています。
2021年にはトップリーグのベスト15に選出垣永の実績を語るうえで見逃せないのが、2021年のジャパンラグビートップリーグ年間表彰です。
この年、垣永はプロップ3番としてベストフィフティーンに選出されました。本人にとって初受賞であり、国内トップクラスのプロップとして評価された重要な実績です。
得点を量産する選手ではありませんが、スクラムやコンタクト、密集での仕事を通じてチームに貢献してきました。
【日本代表・W杯】垣永真之介の12キャップと2023年フランス大会の実績
垣永はクラブだけでなく、日本代表としても国際舞台を経験しています。
日本代表キャップ数は12日本代表としてのキャップ数は通算12キャップです。
ラグビーにおけるキャップとは、国を代表するテストマッチに出場した選手に与えられる記録です。代表メンバーに選ばれただけではキャップは増えません。
日本ラグビーフットボール協会の選手プロフィールや2023年W杯登録メンバー資料にも、垣永の代表キャップ数は12と記載されています。
2014年秋に代表としてのテストマッチデビューを果たし、その後も日本代表のプロップとして経験を積みました。
2023年W杯フランス大会に日本代表として選出垣永は2023年のラグビーワールドカップ・フランス大会に臨む日本代表登録メンバー33名に選ばれました。
2023年8月の東京サントリーサンゴリアスの発表でも、クラブ所属選手の一人として選出が公表されています。
ただし、ここで注意したい点があります。
垣永はW杯2023の日本代表登録メンバーでしたが、大会本番の試合出場数は0です。
ラグビーワールドカップ公式の選手記録でも、2023年大会の出場試合数は0と記録されています。
つまり、「W杯日本代表に選出された」という表現は正しいものの、「W杯の試合に出場した」とするのは正確ではありません。
12キャップという数字は、日本代表としてのテストマッチ通算出場数であり、W杯本大会での出場数とは別の記録です。
代表経験が示すプロップとしての価値プロップは、試合中の華やかなトライや得点に直接関わる機会が少ないポジションです。
しかし、スクラムで相手の圧力を受け止め、ボールを確保し、味方が攻撃しやすい状況をつくる仕事は、チームの勝敗に直結します。
垣永が日本代表に選出され、12キャップを積み重ねたことは、国内クラブでの活躍だけでなく、国際舞台でも戦える選手として評価されていたことを示しています。
【リーグワン成績】垣永真之介の47キャップと100試合の意味
垣永のリーグワンでの実績を調べる際には、複数の数字を区別する必要があります。
リーグワンの登録情報では47キャップジャパンラグビーリーグワンの2025-26シーズン公式選手プロフィールでは、垣永のリーグワンキャップ数は47と記載されています。
一方、J SPORTSの選手プロフィールでは、旧トップリーグ時代を含むリーグ戦の通算100キャップ達成が紹介されています。
この二つは集計対象が異なるため、数字が違っていても矛盾ではありません。
2025年1月にチーム公式戦100キャップを達成2025年1月19日の三重ホンダヒート戦は、垣永にとってサンゴリアスのチーム公式戦100キャップという節目の試合でした。
リーグワン公式の試合紹介では、この記録を達成する選手として垣永が紹介されています。
また、トップリーグ2021ではベスト15に選ばれており、長年にわたってチームを支えてきたことが数字にも表れています。
ポイントだけでは評価できないプロップの成績垣永のようなプロップは、得点やトライ数だけで評価することが難しいポジションです。
特に重要なのは次のようなプレーです。
- スクラム:相手の圧力に耐え、味方ボールを安定して確保する。
- ボールキャリー:密集付近から前進し、相手ディフェンスを押し込む。
- タックル:相手の攻撃を止め、守備ラインを維持する。
- ブレイクダウン:密集での攻防に参加し、ボールの確保や奪取に貢献する。
- チームへの働きかけ:声やプレーで周囲を鼓舞し、試合の流れをつくる。
J SPORTSの選手紹介でも、垣永は安定したスクラムに加え、ラックサイドの突破や機動力を生かしたフィールドプレーが評価されています。
また、サンゴリアス公式インタビューでは、試合中の雄叫びも本人の特徴として取り上げられていました。
得点欄に数字が残らなくても、チームの攻撃と守備を支える仕事がある。それが垣永のようなフロントローの評価を理解するうえで大切な視点です。
【プロの結論】垣永真之介のラグビー人生から見える3つの功績
垣永真之介のキャリアを振り返ると、単に日本代表経験のある元ラグビー選手というだけでは説明できない特徴があります。
1. 高校・大学・社会人で一貫して主将を経験東福岡高校と早稲田大学で主将を務め、社会人でも長期間チームの一員として活動しました。
強豪校で結果を残すには、個人の能力だけでなく、練習への取り組みや周囲との協力が欠かせません。
高校と大学の両方でリーダーを任された経歴は、垣永が早い段階からチーム内で信頼を集めていたことを示しています。
2. 12年間同じクラブでプレーした継続力2014年から2026年までサントリーサンゴリアスに在籍したことも、大きな功績です。
トップリーグのベスト15、チーム公式戦100キャップ、日本代表12キャップという実績を積み上げながら、12シーズンにわたってクラブを支えました。
長期間の在籍は、競技力だけでなく、コンディション管理やチーム内での役割の変化に対応してきた結果でもあります。
3. けがを乗り越え、納得できる形で競技生活を終えたこと8度の手術を経験しながら、29年間ラグビーを続けたことは、垣永の競技人生を特徴づけるエピソードです。
引退時の本人の発言からは、長い競技生活を通じて周囲への感謝と、自分自身がやり切ったという自負が感じられます。
プロスポーツ選手のキャリアは、必ずしも年齢や成績だけで区切られるものではありません。本人が身体と心の状態を見つめ、次の人生に進むタイミングを決めることも大切です。
垣永の引退は、トップレベルで長く競技を続けることの厳しさと、セカンドキャリアを選ぶ重要性の両方を示しています。
【垣永真之介の現在】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:垣永真之介は現在もラグビー選手として活動していますか?
A1:いいえ。2026年5月10日に現役引退を発表し、6月6日のリーグワン・プレーオフ3位決定戦を最後に現役生活を終えました。引退後は会社員として社業に専念する意向を示しています。
Q2:垣永真之介の引退理由は何ですか?
A2:本人は引退の理由について「心身ともに限界」と説明しています。現役生活で8度の手術を経験し、大けがによる離脱期間もありました。約29年間ラグビーに取り組んだ末の決断です。
Q3:垣永真之介は2023年のラグビーワールドカップに出場しましたか?
A3:日本代表の登録メンバー33名には選出されましたが、大会本番の試合出場数は0です。日本代表としての通算12キャップは、W杯本大会の出場数ではなく、テストマッチの通算記録です。
まとめ:垣永真之介は12年間の現役生活を終え、新たなキャリアへ
垣永真之介は、東福岡高校、早稲田大学を経て、2014年にサントリーサンゴリアスへ加入しました。その後12シーズンにわたって同クラブでプレーし、日本代表12キャップ、2023年W杯日本代表登録メンバー選出、トップリーグ2021ベスト15などの実績を残しています。
2026年5月10日に現役引退を発表し、同年6月6日の試合を最後にラグビー選手としてのキャリアを終えました。引退理由については、本人が心身の限界を明かしており、8度の手術を経験した長い競技生活も背景にあります。
引退後は会社員として働く意向を示しており、サンゴリアスの指導者やスタッフへの転身は引退時点では未定でした。具体的な配属先や仕事内容については公表されていません。
垣永の経歴を正しく理解するには、12キャップという日本代表実績、47というリーグワンキャップ数、そして旧トップリーグ時代を含むチーム公式戦100キャップを混同しないことも大切です。また、2023年W杯は登録メンバーとしての選出であり、本大会での試合出場はありません。
長年にわたりスクラムの最前線で戦い、チームを支え続けた垣永真之介。選手としての挑戦は終わりましたが、本人が語った感謝と充実感は、29年間のラグビー人生を象徴しています。これからの会社員としての歩みと、ラグビー界との新たな関わりにも注目が集まります。