2026年11月現在、カーリング女子日本代表として平昌五輪銅メダル、北京五輪銀メダルを獲得した藤澤五月選手は、ロコ・ソラーレのスキップとして現役を続けています。2026年3月の世界女子カーリング選手権では4位に入りましたが、6月の日本カーリング選手権では1次予選敗退。加えて、吉田知那美選手の退団と松澤弥子選手の加入によって、チームも大きな転換期を迎えました。
一方、検索では「藤澤五月は結婚した?」「旦那や彼氏は誰?」「山口剛史との関係は?」「ボディメイクは現在も続けている?」といった疑問も目立ちます。2026年9月には本人が次の4年間と2030年フランスアルプス五輪への目標を語っており、競技者としての新しい方向性も見えてきました。現在の活動からプロフィール、恋愛の噂、MOLA CUPでの挑戦まで、時系列に沿って整理します。
【2026年11月最新】藤澤五月の現在は?現役続行と次の4年間への決意

藤澤五月は、2026年11月現在もカーリング選手として活動しています。
2018年平昌五輪、2022年北京五輪で日本女子カーリング界に大きな足跡を残した彼女ですが、2026年のミラノ・コルティナ五輪には出場していません。
しかし、五輪出場を逃したことを理由に競技生活を終える選択はしていません。2026年9月に公開された集英社のスポーツ総合メディア「Sportiva」のインタビューでは、次の4年間を見据えた考えを明らかにしています。
2030年フランスアルプス五輪を目指す2026年8月、北海道ツアーの初戦となったどうぎんクラシックで、藤澤は日本選手権敗退後の時間について振り返りました。
6月の日本選手権で1次予選敗退を喫した後、チームはホテルで長時間のミーティングを実施。ジェームス・ダグラス・リンドコーチも交え、今後のチーム運営や競技方針について話し合ったといいます。
その後のインタビューで藤澤は、次の4年間を見据えた準備期間であることを説明。2030年フランスアルプス五輪を目指す姿勢を明確にしました。
注目したいのは、単純に以前のチームを再現しようとしていないことです。
藤澤は、松澤弥子の加入をきっかけに、従来の固定観念にとらわれず、新しい挑戦を積み重ねるシーズンにしたいと話しています。
個人の課題として挙げたのはメンタル面です。
日本選手権では自分に自信を持てないまま、ネガティブな心理状態で大会を迎えてしまったと振り返り、氷上練習とは別に精神面を整える時間が必要だと説明しています。
これは、長年トップレベルで戦ってきた選手だからこそ見えてきた課題です。
技術を磨くだけではなく、大舞台で本来の力を発揮するための心理的な準備も重視する。藤澤の現在の競技姿勢には、経験を重ねたスキップとしての変化が表れています。
2026年秋も国際大会に参戦2026年10月のグランドスラム・オブ・カーリング・インビテーショナルでは、ロコ・ソラーレは予選4試合を戦い、1勝3敗という成績でした。
大会での登録ポジションは次のとおりです。
- フォース:藤澤五月
- サード:松澤弥子
- セカンド:鈴木夕湖
- リード:吉田夕梨花
結果だけを見れば厳しいスタートですが、新しいチーム編成で国際大会を経験している点は見逃せません。
2026-27シーズンは、チームの完成度を高めながら2030年に向けた土台を作る重要な時期です。
藤澤にとって現在は、過去の実績を守るだけでなく、新しいロコ・ソラーレを作り上げる段階にあります。
【プロフィール・経歴】藤澤五月はどんな選手?平昌・北京五輪の実績も紹介
藤澤五月は1991年5月24日生まれ、北海道北見市出身のカーリング選手です。
2026年11月現在は35歳。所属チームはロコ・ソラーレで、試合ではスキップを担当しています。
ロコ・ソラーレの公式プロフィールによると、カーリングを始めたのは5歳のとき。両親の影響で競技に触れ、長年にわたってカーリングに取り組んできました。
藤澤五月の基本プロフィール| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 藤澤五月(ふじさわ・さつき) |
| 生年月日 | 1991年5月24日 |
| 年齢 | 35歳(2026年11月現在) |
| 出身地 | 北海道北見市 |
| 身長 | 155.9cm |
| 所属 | ロコ・ソラーレ |
| 所属企業 | 株式会社コンサルトジャパン |
| 愛称 | さっちゃん |
| ポジション | スキップ |
| カーリング開始 | 5歳 |
| ロコ・ソラーレ加入 | 2015年 |
| 主な実績 | 平昌五輪銅メダル、北京五輪銀メダル |
出典:ロコ・ソラーレ公式プロフィール。
中部電力時代からロコ・ソラーレ加入まで藤澤のキャリアは、地元北海道での競技経験から始まります。
高校は北海道北見北斗高校。2010年には中部電力に入社し、同社のカーリングチームで競技を続けました。
その後、2015年にLS北見(現在のロコ・ソラーレ)へ加入します。
当時のロコ・ソラーレは、北見を拠点に国内外で実績を積み上げていたチームでした。藤澤の加入は、その後のチームの躍進を支える大きな転機となります。
2018年の平昌五輪では、日本女子カーリング史上初のオリンピックメダルとなる銅メダルを獲得。
さらに2022年北京五輪では銀メダルを獲得し、2大会連続の表彰台という歴史的な結果を残しました。
藤澤五月の主な経歴と転換点| 年 | 出来事 | 意義 |
|---|---|---|
| 1991年 | 北海道北見市で誕生 | カーリング一家の環境で育つ |
| 1996年ごろ | 5歳で競技開始 | カーリング人生のスタート |
| 2010年 | 中部電力に入社 | 競技活動を継続 |
| 2015年 | ロコ・ソラーレ加入 | チームの中心選手へ |
| 2018年 | 平昌五輪銅メダル | 日本女子初の五輪メダル |
| 2019年 | ミックスダブルス日本選手権で優勝 | 山口剛史とのペアでも活躍 |
| 2022年 | 北京五輪銀メダル | 2大会連続メダル |
| 2023年 | MOLA CUP出場 | ボディメイクでも話題に |
| 2025年 | ミラノ五輪代表決定戦で敗退 | 五輪出場を逃す |
| 2026年3月 | 世界女子選手権4位 | 世界トップレベルの実力を維持 |
| 2026年6月 | 日本選手権1次予選敗退 | チーム再編の契機 |
| 2026年9月 | 2030年五輪を目指す姿勢を表明 | 次の4年間へ |
藤澤の経歴を振り返ると、単に五輪でメダルを獲得した選手ではなく、チームの変化に合わせて役割を担ってきた選手であることが分かります。
特にスキップは、最後のショットを担当するだけのポジションではありません。
試合全体の戦術、ストーンの配置、相手の狙い、氷の状態などを判断し、チームの方向性を決める役割があります。
そのため、藤澤の強みはショットの技術だけでなく、試合全体を読む判断力にもあります。
【2026年大会結果を検証】世界選手権4位と日本選手権予選敗退の理由
2026年の藤澤五月を評価するうえで、特に重要なのが世界女子カーリング選手権と日本カーリング選手権の結果です。
世界選手権では4位という好成績を残した一方、国内選手権では1次予選敗退という厳しい結果になりました。
この2つは矛盾する結果ではありません。大会の時期、チーム編成、対戦相手、競技環境などを分けて見る必要があります。
世界女子カーリング選手権2026は4位2026年3月14日から22日まで、カナダ・アルバータ州カルガリーで世界女子カーリング選手権が開催されました。
日本代表として出場したのはロコ・ソラーレ。藤澤がスキップを務め、13チームによる大会に挑みました。
大会では予選を突破し、上位チームによるプレーオフへ進出。
最終的には3位決定戦に進みましたが、スウェーデンに5対8で敗れ、日本の最終順位は4位となりました。
優勝はスイス、準優勝はカナダ、3位はスウェーデンです。
日本女子は2016年以来の世界選手権メダルを目指していましたが、あと一歩届きませんでした。
それでも世界の強豪が集まる大会で4位に入ったことは、ロコ・ソラーレが依然として国際競争力を持つチームであることを示しています。
出典:ロコ・ソラーレ公式大会結果、TBS NEWS DIG。
日本カーリング選手権2026は1次予選敗退続く2026年6月7日から14日に開催された日本カーリング選手権横浜大会では、ロコ・ソラーレにとって予想外の結果となりました。
チームは女子1次予選で4試合を戦い、1勝3敗。2次予選への進出を逃しました。
特に6月10日の中部電力戦では4対9で敗戦。
前日までの敗戦も重なり、1次予選突破が難しい状況となりました。
世界選手権4位のチームが国内大会で予選敗退するという結果は、ファンにとっても大きな衝撃でした。
ただし、カーリングは氷の状態やショットの精度、後攻の有利さ、試合ごとの戦術変更などが勝敗に強く影響する競技です。
世界選手権で好成績を残したからといって、国内大会で同じ結果を再現できるとは限りません。
今回の敗戦は、チームが新しい競技サイクルに入るうえで、戦術や精神面を見直すきっかけになったと考えられます。
ミラノ・コルティナ五輪に出場できなかった経緯藤澤五月とロコ・ソラーレが2026年ミラノ・コルティナ五輪に出場できなかった理由は、2025年9月の日本代表決定戦にあります。
この大会では、ロコ・ソラーレ、フォルティウス、SC軽井沢クラブの3チームが日本代表の座を争いました。
ロコ・ソラーレは1次リーグで健闘しましたが、最終的にはフォルティウスとのタイブレークに敗れ、代表決定戦への進出を逃しました。
その後、フォルティウスがSC軽井沢クラブとの決定戦を制し、日本代表として12月の世界最終予選に進出。
2025年12月10日、フォルティウスは最終予選のプレーオフでノルウェーに6対5で勝利し、ミラノ・コルティナ五輪の出場権を獲得しました。
つまり、ロコ・ソラーレは五輪の出場権を直接争う世界最終予選に進めなかったことが、出場を逃した理由です。
これは藤澤個人の引退や競技力不足によるものではなく、国内代表選考での結果によるものです。
この経緯を整理すると、次のようになります。
| 時期 | 大会・出来事 | 結果 |
|---|---|---|
| 2025年9月 | 日本代表決定戦1次リーグ | ロコ・ソラーレはタイブレークへ |
| 2025年9月13日 | フォルティウスとのタイブレーク | 2対7で敗退 |
| 2025年9月14日 | 日本代表決定戦 | フォルティウスが代表に決定 |
| 2025年12月10日 | 世界最終予選 | フォルティウスが五輪出場権獲得 |
| 2026年2月 | ミラノ・コルティナ五輪 | ロコ・ソラーレは出場せず |
| 2026年3月 | 世界女子選手権 | ロコ・ソラーレが4位 |
出典:日本オリンピック委員会、日刊スポーツ。
重要なのは、五輪に出場できなかったことと、世界レベルの競技力を失ったことは同じではないという点です。
実際、ロコ・ソラーレは2026年3月の世界選手権で4位に入りました。藤澤にとって、次の4年間を目指す理由は十分に残されています。
【新生ロコ・ソラーレ】吉田知那美の退団と松澤弥子の加入で何が変わった?
2026年のロコ・ソラーレを語るうえで欠かせないのが、チームメンバーの変更です。
長年チームを支えてきた吉田知那美が退団し、育成チームのロコ・ステラで経験を積んだ松澤弥子が正式加入しました。
これは単なるメンバー交代ではありません。2030年五輪を見据えたチーム再構築の第一歩といえます。
吉田知那美が2026年3月末で退団吉田知那美は2014年から12年間、ロコ・ソラーレのメンバーとして活動してきました。
平昌五輪の銅メダル、北京五輪の銀メダルにも貢献した中心選手です。
2026年3月31日、本人とチームが退団を発表しました。
吉田知那美は退団後もカーリング選手としての活動を続ける意向を示しており、競技生活そのものを終えたわけではありません。
ロコ・ソラーレにとっては、長年チームを支えたサードが離れる大きな節目となりました。
松澤弥子が2026-27シーズンから正式加入2026年6月24日、ロコ・ソラーレは松澤弥子の正式加入を発表しました。
松澤は約8年間、育成チームのロコ・ステラで活動してきた選手です。
トップチームのサポートや国内外のツアーを経験し、2026年6月の日本選手権でもチームの一員として参加していました。
加入後、松澤は世界一を目指す意気込みを表明。まずは次回の日本選手権での優勝を目標に掲げています。
チームは従来の戦い方をそのまま引き継ぐのではなく、新しいメンバーの特徴を生かした競技スタイルを模索しています。
新生ロコ・ソラーレのメンバー構成2026-27シーズンの基本的なポジション構成は以下のとおりです。
| 選手 | ポジション | チーム内の役割 |
|---|---|---|
| 藤澤五月 | スキップ・フォース | 戦術判断と最終ショット |
| 松澤弥子 | サード | 吉田知那美の後任として加入 |
| 鈴木夕湖 | セカンド | ショットとスイープを担当 |
| 吉田夕梨花 | リード | 試合序盤のストーン配置を担当 |
※大会や登録状況によってポジションや出場構成が変わる場合があります。
新体制で注目されるのは、松澤が単に吉田知那美の代わりを務めるのではなく、チーム全体の戦術を変える存在として期待されていることです。
藤澤自身も、従来の固定観念にとらわれないチームづくりを目指す考えを語っています。
山口剛史とのミックスダブルスの関係は?藤澤五月の名前を検索すると、山口剛史との関係も話題になります。
2人は過去にミックスダブルスでペアを組んだ競技仲間です。
通称「フジヤマペア」として知られ、2023年の日本ミックスダブルスカーリング選手権でも一緒に戦いました。
日刊スポーツの2023年2月の報道では、試合中に藤澤がショットの不調で気持ちを乱した際、山口が率直に理由を尋ね、2人で気持ちを共有したエピソードが紹介されています。
この出来事からも、競技上の信頼関係があったことが分かります。
一方、2026年には藤澤は新たなミックスダブルスにも挑戦しています。
集英社Sportivaによると、ロコ・ドラーゴの上川憂竜と組み、LOCOSOLARE.FKとして2027年2月の日本選手権を目指す選考会に参加しました。
したがって、山口剛史は過去のミックスダブルスのペア、上川憂竜は2026年に新たに挑戦しているペアという整理になります。
【結婚・旦那・彼氏の噂】藤澤五月は結婚している?山口剛史との恋愛説も検証
藤澤五月について検索されることの多い疑問が、結婚や恋愛に関する情報です。
五輪メダリストとして長く注目されてきたこともあり、「旦那がいるのでは?」「彼氏は誰?」「山口剛史と交際している?」といった検索が見られます。
しかし、競技上の関係と私生活の関係は分けて考える必要があります。
藤澤五月に旦那はいる?2026年11月2日時点で、藤澤五月本人やロコ・ソラーレから、結婚や入籍についての公式発表は確認できません。
そのため、結婚相手の氏名や職業、結婚時期などを特定できる公表情報はありません。
ただし、結婚発表がないことだけで、未婚であると断定することもできません。
本人がプライベートを積極的に公開していない可能性もあります。
公式プロフィールで公表されているのは、生年月日、出身地、所属、ポジション、競技歴などが中心です。
彼氏や交際相手は公表されている?藤澤五月の現在の彼氏や交際相手についても、本人から具体的な公表は確認できません。
また、信頼できる報道で特定の交際相手が確定したという情報も確認できません。
アスリートの場合、競技活動と私生活を分けている人も少なくありません。
藤澤についても、競技に関する取材や発信は多い一方、恋愛や交際については公開情報が限られています。
したがって、現段階では特定の人物を彼氏とする情報には根拠がありません。
山口剛史が旦那という噂の真相山口剛史の名前が出てくる背景には、ミックスダブルスでの競技パートナーという関係があります。
2人は一緒に大会へ出場し、試合中も率直にコミュニケーションを取っていました。
カーリングのミックスダブルスは男女2人で戦う競技です。
通常の4人制とは違い、選手同士が試合中に相談する場面も多く、強い信頼関係が必要になります。
こうした競技上の距離の近さから、2人の関係に興味を持つ人がいると考えられます。
しかし、山口剛史が藤澤五月の旦那である、あるいは交際相手であると確認できる公表情報はありません。
確認できるのは、あくまでカーリングの競技ペアとして活動した事実です。
結婚の噂が広がりやすい理由藤澤五月の結婚に関する検索が多い背景には、ロコ・ソラーレの他のメンバーの結婚発表も関係しています。
例えば、吉田知那美は2022年7月に入籍を発表しました。
同じチームの選手が結婚したニュースが報じられると、チームの中心人物である藤澤にも関心が集まりやすくなります。
しかし、チームメイトの結婚と藤澤本人の結婚は別の話です。
現時点では、藤澤本人の結婚や旦那について確定できる公表情報はありません。
【MOLA CUP 2023】藤澤五月のボディメイクが話題になった理由と現在
藤澤五月がカーリング以外で大きな注目を集めた出来事といえば、2023年7月のボディメイクコンテスト「MOLA CUP」への出場です。
普段はカーリングのユニフォーム姿で知られる藤澤が、鍛え上げた筋肉を披露したことで、スポーツファン以外からも注目を集めました。
MOLA CUPでノービス3位・オープン2位2023年7月22日、茨城県水戸市で開催されたMOLA CUPに藤澤が出場しました。
同大会はFitness World Japan(FWJ)が主催するボディメイクコンテストです。
藤澤はビキニクラスに出場し、次の成績を残しています。
| 項目 | 結果 |
|---|---|
| 大会名 | MOLA CUP 2023 |
| 開催日 | 2023年7月22日 |
| 開催地 | 茨城県水戸市 |
| 主催 | Fitness World Japan |
| 出場部門 | ビキニクラス |
| ノービス | 3位 |
| オープン | 2位 |
初出場で複数の入賞を果たしたことは大きな話題になりました。
なぜボディメイクに挑戦したのか藤澤は大会前のインタビューで、もともとトレーニングが好きだったことや、ボディビル関係の動画をよく見ていたことを説明しています。
以前からボディメイクに興味があり、いつか大会に出場したいという思いがあったといいます。
つまり、単に見た目を変えるための挑戦ではなく、以前から関心を持っていた別のスポーツ文化に実際に参加したということです。
カーリングでは、長時間の競技に耐える体力や安定した姿勢、スイープに必要な筋力などが大切です。
そのため、トレーニングに関心を持つこと自体は競技者としても自然なことです。
2023年の挑戦では、短期間のトレーニングを支えたトレーナーへの取材も行われ、REAL SPORTSなどが身体づくりの過程を紹介しました。
現在もボディビルを続けている?2026年11月現在、藤澤がMOLA CUPに再出場したという確かな公表情報は確認できません。
また、ボディビル競技へ本格転向したという発表もありません。
現在の活動の中心は、引き続きカーリングです。
2026年も世界選手権や国内大会に出場し、新体制のロコ・ソラーレで競技を続けています。
MOLA CUPへの挑戦は、カーリングから離れるためではなく、現役選手として新しい経験に取り組んだ出来事と捉えるのが適切です。
【藤澤五月の人気の理由・評判】なぜ今も多くの人に支持されるのか
藤澤五月が長く注目されている理由は、五輪メダルという実績だけではありません。
競技中の表情、チームメートとの関係、勝負への向き合い方など、さまざまな要素が組み合わさっています。
平昌五輪で広がった知名度2018年の平昌五輪では、カーリング女子日本代表が銅メダルを獲得しました。
この大会では、試合中の笑顔や選手同士のコミュニケーション、ハーフタイムのおやつタイムなども注目されました。
藤澤はスキップとしてチームを率い、プレッシャーのかかる場面でもショットを決める姿が話題になりました。
競技力と親しみやすい表情の両方が、多くの人に知られるきっかけとなったのです。
北京五輪銀メダルで実力を証明平昌五輪の銅メダルだけで終わらず、2022年北京五輪では銀メダルを獲得。
2大会連続で表彰台に立ったことで、藤澤は一時的な人気だけではない実力を示しました。
スキップとしての判断力、ショットの精度、試合中のコミュニケーション能力は、ロコ・ソラーレの競技力を支える大きな要素です。
競技以外でも新しいことに挑戦する姿勢2023年のMOLA CUP出場も、藤澤の知名度を広げた出来事です。
カーリング選手というイメージにとどまらず、ボディメイクという別分野にも挑戦する姿勢が話題になりました。
2026年には五輪出場を逃した後も競技を継続し、2030年を目指す意向を示しています。
こうした挑戦を続ける姿勢も、藤澤の魅力の一つです。
【プロの結論】藤澤五月の評価はメダル数だけでは決まらない藤澤五月を評価するとき、平昌五輪の銅メダルや北京五輪の銀メダルだけを見るのは十分ではありません。
カーリングは個人競技ではなく、チーム全体の連携によって勝敗が決まる競技です。
スキップには、ショットの技術だけでなく、戦術判断、コミュニケーション、試合の流れを読む力が大切です。
2026年の世界選手権4位と日本選手権1次予選敗退という異なる結果も、競技の難しさを示しています。
また、藤澤が2026年9月に語ったメンタル面の課題は、経験豊富な選手であっても改善すべき点が残ることを示すものです。
藤澤五月の本当の強みは、過去の実績に依存せず、自分自身とチームの課題を見つめ、新しい挑戦を続けられることにあります。
2030年に向けた新生ロコ・ソラーレの取り組みは、今後のカーリング界を占ううえでも注目すべき動きです。
【よくある質問】カーリング藤澤五月の現在に関するFAQ
Q1:藤澤五月は2026年現在も現役ですか?
A1:はい。2026年11月現在も現役です。ロコ・ソラーレのスキップとして活動し、2030年フランスアルプス五輪を目指す姿勢を明らかにしています。
Q2:藤澤五月は結婚していますか?旦那は誰ですか?
A2:本人や所属チームから結婚についての公式発表は確認できません。旦那の氏名や職業など、結婚相手を特定できる公表情報もありません。
Q3:藤澤五月と山口剛史は付き合っていますか?
A3:2人はミックスダブルスの競技ペアとして活動していました。交際や結婚を裏付ける公式発表はなく、競技上のパートナーという関係が確認できる事実です。
Q4:藤澤五月はミラノ・コルティナ五輪に出場しましたか?
A4:出場していません。2025年9月の日本代表決定戦でロコ・ソラーレが敗退し、フォルティウスが日本代表に決定。その後、フォルティウスが世界最終予選で五輪出場権を獲得しました。
Q5:藤澤五月の2026年世界選手権の順位は?
A5:2026年3月の世界女子カーリング選手権で4位でした。3位決定戦でスウェーデンに5対8で敗れています。
Q6:藤澤五月はMOLA CUPで何位でしたか?
A6:2023年のMOLA CUPでは、ビキニクラスのノービスで3位、オープンで2位を獲得しました。
Q7:ロコ・ソラーレの新メンバーは誰ですか?
A7:2026年6月に松澤弥子が正式加入しました。吉田知那美は同年3月末に退団しており、新体制では藤澤、松澤、鈴木夕湖、吉田夕梨花を中心に活動しています。
まとめ:藤澤五月は2030年五輪を見据えて新たな挑戦へ
2026年11月現在の藤澤五月は、ミラノ・コルティナ五輪出場を逃した後も、ロコ・ソラーレのスキップとして競技を続けています。
2026年の主な出来事を振り返ると、世界女子カーリング選手権4位、日本カーリング選手権1次予選敗退、吉田知那美の退団、松澤弥子の加入など、大きな変化が続いた1年でした。
一方、本人は2026年9月のインタビューで2030年フランスアルプス五輪を目指す意向を示し、チームの再構築にも前向きな姿勢を見せています。
結婚や旦那、彼氏については公表情報が限られており、山口剛史との関係も競技上のペアとして整理するのが適切です。
また、2023年のMOLA CUPでのボディメイク挑戦は、藤澤の競技以外の一面を知るきっかけとなりました。
今後注目したいのは、次の3点です。
1. 新生ロコ・ソラーレが松澤弥子を加えた体制でどこまで競技力を高められるか。
2. 藤澤五月がスキップとしてメンタル面の課題をどう克服するか。
3. 2030年フランスアルプス五輪に向けて、国内王座と国際大会でどのような結果を残すか。
平昌・北京のメダル獲得から、ミラノ五輪出場を逃した悔しさ、そして次の4年間への挑戦へ。
藤澤五月のカーリング人生は、まだ新しい章の途中にあります。