伊原六花といえば、2017年に大阪府立登美丘高校ダンス部のキャプテンとして披露した「バブリーダンス」を思い浮かべる人も多いだろう。荻野目洋子の「ダンシング・ヒーロー」に合わせ、ワンレンやボディコン、ジュリアナ扇子を取り入れた独特のパフォーマンスは、当時の高校ダンス界を超えて社会現象となった。その中心で踊っていたのが、現在は女優として活躍する伊原六花だ。
しかし、バブリーダンスは単なる高校生の流行ダンスではない。振付師akaneの発想、登美丘高校ダンス部のチームワーク、2017年の全国大会での実績、そしてNHK紅白歌合戦への出演が重なって生まれたエンターテインメント作品である。2026年10月現在、伊原は世界的ダンスショー「バーン・ザ・フロア2026」のスペシャルアンバサダーにも就任。高校時代の原点が、再び世界規模のダンス文化と結びついている。
【原点を解説】伊原六花のバブリーダンスとは?センターを務めた高校時代

バブリーダンスとは、大阪府立登美丘高校ダンス部が2017年に披露し、全国的な注目を集めたダンスパフォーマンスの通称だ。1980年代のバブル時代をイメージした衣装やメイクを取り入れ、荻野目洋子のヒット曲「ダンシング・ヒーロー(Eat You Up)」に合わせて踊る。
特徴的なのは、ダンスの技術だけでなく、顔の表情やポーズまで計算された演出である。大きく動く腕、鋭い首の動き、独特の腰の使い方、そして観客を圧倒するような表情。加えて、ワンレン風のヘアスタイル、肩パッド入りのボディコン衣装、ジュリアナ扇子などが加わり、短い映像でも強烈な印象を残す作品に仕上がった。
伊原六花はなぜセンターに選ばれたのか当時の伊原六花は、登美丘高校ダンス部のキャプテンを務めていた。2017年12月のダンス専門メディア「ダンスク!」の本人インタビューでも、センターでキャプテンを務める人物として紹介されている。
センターとして注目された理由は、単に目立つ位置で踊っていたからではない。伊原は表情の作り方やポーズの研究にも積極的に取り組んでいた。本人の当時の証言によれば、akaneから自身の表情をお手本にするよう指導されることもあったという。
また、彼女はダンス部のリーダーとして、部員全員の意識や目標をそろえることを大切にしていた。個々の技術だけでは完成しない大人数の群舞では、振り付けを覚える力に加えて、メンバーをまとめる力も欠かせない。
つまり、伊原六花のセンターとしての存在感は、ダンスの表現力とリーダーシップが組み合わさったものだった。後に芸能界で女優として活動する際にも、この経験が表現力の土台になっている。
【誕生秘話】登美丘高校ダンス部とakane、荻野目洋子の関係
バブリーダンスの誕生を語るうえで欠かせない人物が、振付師のakane(アカネ)だ。akaneは登美丘高校の卒業生であり、同校ダンス部の元部員でもある。高校時代にダンス同好会を部へ昇格させ、卒業後は日本女子体育大学に進学。大学在学中から母校のダンス部を指導するようになった。
2015年と2016年には、akaneの指導を受けた登美丘高校ダンス部が日本高校ダンス部選手権で2年連続の優勝を達成。チームの基礎力を高めながら、衣装、音楽、構成、表情まで含めた独自の作品づくりを進めていた。
バブリーダンスの原型は2016年末の忘年会興味深いのは、バブリーダンスが最初から全国大会のために考案されたわけではない点だ。
2018年に放送された日本テレビ系番組での紹介や、その後の報道によると、きっかけは2016年末にakaneが参加した忘年会だった。akaneは友人とバブル時代をイメージした衣装を着て、荻野目洋子の「ダンシング・ヒーロー」に合わせて踊った。その余興が大いに盛り上がり、高校生にも取り入れれば面白いのではないかという発想につながった。
akaneが重視したのは、単に格好よく踊ることではなかった。2018年のMANTANWEBのインタビューでは、笑いの要素を振り付けに取り入れ、誰もが楽しめる作品にしたいという考えを明かしている。
この方針が、登美丘高校のダンス部員たちの個性と見事にかみ合った。本人たちも、格好よさやかわいらしさだけでなく、どうすれば観客を楽しませられるかを意識していたことを当時のインタビューで語っている。
荻野目洋子「ダンシング・ヒーロー」が選ばれた理由使用楽曲は、荻野目洋子が1985年に発表した「ダンシング・ヒーロー(Eat You Up)」。疾走感のあるサウンドと印象的なメロディーが、バブリーな衣装やコミカルな振り付けと相性のよい楽曲だった。
楽曲が持つ1980年代の空気感を、当時の時代を直接知らない高校生が全力で表現する。その世代間のギャップも、バブリーダンスの面白さを生み出した要因だ。
また、平野ノラを連想させるバブルネタや、ジュリアナ東京を象徴する扇子なども演出に組み込まれた。音楽だけではなく、ファッションや小道具まで一つの世界観として統一したことが、ほかの高校ダンス作品との違いになった。
【2017年の真相】全国大会の優勝・準優勝と紅白歌合戦への道のり
2017年の登美丘高校ダンス部について調べると、「全国大会で優勝した」という情報と「準優勝だった」という情報が両方見つかる。これは矛盾ではない。異なる2つの大会で、それぞれ異なる結果を残しているためだ。
この違いを理解するには、DCC(全国高等学校ダンス部選手権)と日本高校ダンス部選手権、通称ダンススタジアムを区別する必要がある。
| 時期 | 出来事・大会 | 結果・内容 |
|---|---|---|
| 2016年末 | バブリーダンスの原型 | akaneの忘年会での余興が着想のきっかけに |
| 2017年8月6日 | DCC第5回大会 | 登美丘高校が「扇舞(ジュリアナ)」で優勝 |
| 2017年8月 | 第10回日本高校ダンス部選手権 | ビッグクラスで準優勝。優勝は同志社香里高校 |
| 2017年9月 | バブリーダンスPV公開 | 動画がSNSやYouTubeで爆発的に拡散 |
| 2017年10月31日 | NHK「うたコン」 | 荻野目洋子と登美丘高校ダンス部が初共演 |
| 2017年12月30日 | 第59回日本レコード大賞 | 荻野目洋子と登美丘高校ダンス部が共演。「ダンシング・ヒーロー」は特別賞 |
| 2017年12月31日 | 第68回NHK紅白歌合戦 | 登美丘高校ダンス部が郷ひろみのステージに出演 |
| 2018年3月 | 高校卒業・芸能活動本格化 | 伊原六花として女優活動を本格的にスタート |
| 2022年11月24日 | バブリーダンス再現動画 | 伊原六花の公式YouTubeで令和版を公開 |
| 2026年8月 | バーン・ザ・フロア2026 | 伊原六花がスペシャルアンバサダーに就任 |
2017年8月6日に開催されたDCC第5回大会では、登美丘高校が「扇舞(ジュリアナ)」をテーマにした作品で優勝した。大会公式の過去成績にも、同校の優勝が記録されている。
一方、8月に開催された第10回日本高校ダンス部選手権、ダンススタジアムのビッグクラスでは準優勝だった。公式結果によると、優勝した同志社香里高校が408点、登美丘高校が400点だった。
つまり、2017年はDCCで全国優勝を果たし、別の全国大会では惜しくも準優勝という結果だったのである。両大会の名称が似ているため、ネット上では混同されることもあるが、どちらも実際の大会結果だ。
荻野目洋子との共演から紅白歌合戦へバブリーダンスPVの公開後、動画は急速に拡散。2017年12月の産経系報道では、公開から約3カ月で2,500万回再生を記録し、YouTubeの国内トレンド動画ランキングで音楽動画を除く1位に選ばれたと報じられた。
荻野目洋子本人にも反響が届き、2017年10月31日放送のNHK「うたコン」で初共演。11月には「ミュージックステーション」などでも共演し、12月30日の日本レコード大賞では「ダンシング・ヒーロー」を一緒に披露した。
そして、同年12月31日の第68回NHK紅白歌合戦にも登美丘高校ダンス部が出演した。ここで押さえておきたいのは、紅白での共演相手は荻野目洋子ではなく、郷ひろみだったという点だ。
登美丘高校のダンス部員約50人が、郷ひろみの「2億4千万の瞳~GO!GO!バブルリミックス~」のステージでバブリーダンスを披露した。荻野目洋子との共演は紅白ではなく、音楽番組や日本レコード大賞などで実現している。
【高校時代と芸能界デビュー】伊原六花の経歴とダンスの実力・評判
伊原六花は1999年6月2日生まれ、大阪府出身。2026年10月30日時点で27歳だ。所属事務所フォスターの公式プロフィールには、大阪府立登美丘高校ダンス部のキャプテンを務めた経歴が掲載されている。
ダンスの経験は高校から始まったわけではない。幼少期からバレエやミュージカルに親しみ、本人の2017年のインタビューでは、小学2年生からダンスを続けていたと説明している。幼い頃から身体表現や舞台に触れていたことが、後のパフォーマンスにつながった。
厳しい部活動で身につけた表現力とリーダーシップ伊原が登美丘高校を志望した理由の一つは、YouTubeで見た同校ダンス部のパフォーマンスに憧れたことだった。入学後はダンス部に所属し、厳しい練習環境の中で技術を磨いた。
2017年の本人インタビューでは、当初は部長の役割を担っていたものの、途中で役割を交代し、ダンスリーダーとしてキャプテンを務めるようになった経緯も語っている。
また、2016年のダンスバトル出場オーディションに落ちた経験も明かしている。悔しさをバネに努力し、次の機会には合格。その経験から、部員に対しても努力による成長を信じて接するようになったという。
このエピソードから見えるのは、伊原のダンスが単なる天性のセンスだけで成り立っていたわけではないということだ。自分自身の課題と向き合い、チーム全体の完成度を高める経験を積んできた。
ダンス専門メディアが評価した登美丘高校の実力2017年のダンススタジアムについて、ダンス専門メディア「ダンスク!」の編集長は独自の評価項目を用いて各校のパフォーマンスを分析している。
登美丘高校に対する評価は、スキル・グルーヴが9点、表現力・世界観が9点、構成力・チームワークが8点、衣装・センス・選曲が8点、エンターテインメント性が10点だった。これは大会の公式採点ではなく、専門メディアによる独自評価だ。
注目したいのは、エンターテインメント性だけでなく、技術や表現力にも高い評価が付いている点である。バブリーダンスは面白さだけで話題になったのではない。大人数で振りを合わせる精度、フォーメーション、表情の統一、観客を引き込む演出がそろっていた。
伊原個人についても、幼少期からのダンス経験、バレエやミュージカルで身につけた身体表現、そしてキャプテンとしての経験がある。ダンスの実力を評価する際には、動画で目立つ一瞬だけでなく、こうした積み重ねも見る必要がある。
バブリーダンスをきっかけに芸能界へ伊原六花の芸能界デビューは、バブリーダンスの反響と密接に結びついている。2017年に芸能事務所フォスターとの契約が報じられ、高校卒業後の2018年から本格的に芸能活動を開始した。
本人は後年の済生会のインタビューで、当初は芸能界に強い関心があったわけではなく、突然訪れた機会に戸惑ったことを振り返っている。マイナビニュースの2022年のインタビューでは、親と相談し、貴重なチャンスだから挑戦しようと決めた経緯も語った。
高校卒業後は女優として活動を広げ、2018年にはTBS系ドラマ「チア☆ダン」に出演。その後、NHK連続テレビ小説「なつぞら」や映画、舞台、ミュージカルなどに活動の幅を広げていった。
一方で、バブリーダンスの元キャプテンという肩書きが先行し、女優としての評価との間で悩んだ時期もあったという。2022年のインタビューでは、当初の葛藤を乗り越え、バブリーダンスを自分の強みとして受け止めるようになった心境を明かしている。
【再現動画を検証】2022年版バブリーダンスと人気が続く理由
バブリーダンスは2017年の高校時代だけの思い出ではない。伊原六花は2022年11月24日、自身の公式YouTubeチャンネル「伊原六花のSTEP & GO」で、約5年ぶりとなるバブリーダンスの再現動画を公開した。
この企画には、当時の恩師であるakaneが協力。akaneがプロデュースするダンスチーム、アバンギャルディのメンバーらも参加し、伊原を含む総勢18人でパフォーマンスを披露した。
当時の衣装や撮影場所まで再現した令和版2022年版の見どころは、振り付けだけを再現した動画ではないことだ。撮影場所、衣装、ウィッグ、小道具、ヘアメイク、カメラワークまで当時の映像を意識して制作された。
伊原自身も、学生時代に使用した衣装やウィッグを再び身につけ、akaneやかつてのダンス仲間と一緒に踊ることになった。高校時代の再現でありながら、当時とは異なる経験を積んだ出演者たちによる新しいパフォーマンスにもなっている。
公開後の反響も大きく、MANTANWEBやマイナビニュースなどは、公開からわずか4日で約470万回再生を突破したと報じた。元のバブリーダンスPVも、2022年の報道時点で再生回数が1億回を突破していた。
2022年版は、単なる懐古企画ではなく、伊原が女優として活動する現在もダンスを続けていることを示す作品となった。
バブリーダンスが幅広い世代に支持された4つの理由1.1980年代の音楽とファッションの再発見
荻野目洋子の「ダンシング・ヒーロー」は、1980年代を知る世代にとって懐かしい楽曲である。一方、当時を知らない若い世代には新鮮なサウンドとして届いた。世代によって楽しみ方が異なる点が強みになった。
2.表情まで作り込まれた振り付け
バブリーダンスの魅力は、動きの正確さだけではない。大げさな表情や大胆なポーズをあえて取り入れることで、映像を見た瞬間に作品の世界観が伝わる。ダンスに詳しくない人でも楽しめる設計になっている。
3.大人数のシンクロとフォーメーション
多数の部員が一斉に動く場面では、腕の角度や身体の向き、動作のタイミングまでそろっている。個人の技術をチーム全体の迫力に変える構成が、繰り返し見たくなる理由の一つだ。
4.動画としての完成度
衣装、メイク、楽曲、撮影、編集までが一つのコンセプトで統一されている。短い動画でもストーリーやキャラクターが伝わり、SNSで共有したくなる視覚的な強さがあった。
こうした要素が重なったことで、バブリーダンスは高校ダンス部の大会作品から、世代を超えて楽しめる映像コンテンツへと成長した。
オリジナル動画と再現動画はどう違う?検索すると、登美丘高校ダンス部の2017年版と、伊原六花が2022年に公開した令和版の動画が見つかる。両者は同じ作品をもとにしているが、撮影された時期も出演者も異なる。
高校時代の伊原と当時の部員たちのパフォーマンスを見たい場合は、登美丘高校ダンス部のオリジナルPVを確認するのが適切だ。一方、現在の伊原のダンス表現や、アバンギャルディとのコラボレーションを楽しみたい場合は2022年版が向いている。
この2つを区別すると、伊原六花の高校時代から現在までの変化をより深く楽しめる。
【2026年最新】バーン・ザ・フロア2026アンバサダー就任と現在の活動
2026年の伊原六花を語るうえで、大きな話題となっているのが世界的ダンスショー「バーン・ザ・フロア2026」のスペシャルアンバサダー就任だ。関西テレビなどの公式発表では、2026年8月に伊原の就任が告知された。
登美丘高校ダンス部の元キャプテンとしてバブリーダンスを広めた伊原が、今度は世界規模のダンスエンターテインメントを紹介する立場になった。高校時代の経験が、現在の活動に直接つながる人選といえる。
バーン・ザ・フロアとはどんなダンスショー?バーン・ザ・フロアは、ブロードウェイをはじめ世界30か国以上で上演されてきたダンスエンターテインメント作品だ。日本でも過去12回の来日公演を重ね、累計約50万人を動員してきたと公式発表されている。
特徴は、社交ダンスを中心としながら、ワルツ、タンゴ、サンバ、ストリートダンス、コンテンポラリーダンスなど、多彩なジャンルを融合させていることだ。
2026年公演の新演出テーマは「Luminous(ルミナス)」。世界的な振付師・演出家であるジェイソン・ギルキソンが、日本公演では2014年以来となる芸術監督を務める。
伊原はアンバサダーとして、ダンスの魅力や世界最高峰のダンサーたちが生み出すエネルギーを伝える役割を担う。公式コメントでも、ダンスは言葉を超えて気持ちを届ける表現だという思いを示している。
2026年10月30日時点の公演スケジュール2026年の日本公演は東京と兵庫の2会場で開催される。
- 東京公演:2026年10月17日~25日、東京国際フォーラム ホールC。公演終了。
- 兵庫公演:2026年10月31日~11月1日、兵庫県立芸術文化センター KOBELCO大ホール。これから開催。
特に注目したいのが、兵庫公演のオープニングアクトだ。関西テレビの公式公演情報によると、10月31日(土)11時公演には、大阪府立登美丘高校ダンス部が出演する予定となっている。
伊原がかつてキャプテンを務めた母校が、彼女のアンバサダー就任した世界的ダンスショーの舞台でオープニングを飾る。このつながりは、2017年のバブリーダンスを知るファンにとっても興味深い展開だ。
伊原六花はバーン・ザ・フロアに出演するのかここは誤解しやすいポイントである。2026年の公式発表で伊原に与えられている肩書きは、スペシャルアンバサダーだ。公演の出演者欄にはバーン・ザ・フロアカンパニーが記載されており、伊原が本編のダンサーとして出演するという発表とは異なる。
つまり、今回の就任は出演者として踊ることではなく、世界的なダンスショーの魅力を広く伝える役割を担うものだ。
2026年はDCCのスペシャルアンバサダーにも就任伊原のダンス関連の活動はバーン・ザ・フロアだけではない。所属事務所とDCCの公式情報によると、2026年には第14回全国高等学校ダンス部選手権(DCC)のスペシャルアンバサダーにも就任している。
加えて、2026年9月6日に放送されたDCC特別番組「2分30秒にかけた夏」ではナレーションも担当した。かつて全国大会に出場した高校生が、今度は大会の魅力を伝える側に回った形だ。
女優としての活動も続いており、所属事務所の2026年10月掲載プロフィールには、テレビ朝日系「真田十勇士 SHADOWS OF THE TEN NINJA」や関西テレビ系「小麦とバターと復讐と」などの出演情報が掲載されている。関西テレビの「よ~いドン!」にも水曜隔週レギュラーとして出演している。
高校時代のダンスを原点にしながら、女優、舞台、テレビ、ダンス文化の発信と、活動領域を広げているのが2026年の伊原六花だ。
【伊原六花のバブリーダンス】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:伊原六花はバブリーダンスでセンターを務めていた?
A1:はい。伊原六花は大阪府立登美丘高校ダンス部のキャプテンで、2017年のバブリーダンスPVでもセンターを務めていた。表情やポーズの研究にも積極的に取り組み、作品の象徴的な存在となった。
Q2:登美丘高校は2017年の全国大会で優勝した?準優勝した?
A2:どちらも正しい。2017年8月6日のDCC第5回大会では「扇舞(ジュリアナ)」で優勝。一方、8月の第10回日本高校ダンス部選手権、ダンススタジアムでは準優勝だった。異なる大会の結果である。
Q3:伊原六花は2026年のバーン・ザ・フロアで踊るの?
A3:2026年に発表されている役割はスペシャルアンバサダー。公演の魅力を伝える立場であり、本編の出演ダンサーとして発表されているわけではない。なお、10月31日の兵庫公演では母校の登美丘高校ダンス部がオープニングアクトを務める予定だ。
まとめ:バブリーダンスは伊原六花の原点であり、2026年の活動につながる財産
伊原六花のバブリーダンスは、2016年末のakaneの発想を出発点に、登美丘高校ダンス部の表現力とチームワークによって完成した作品だ。荻野目洋子の「ダンシング・ヒーロー」、1980年代のバブルファッション、コミカルな表情、緻密な群舞が組み合わさり、2017年に大きな社会現象を巻き起こした。
2017年にはDCC優勝、ダンススタジアム準優勝、荻野目洋子との音楽番組やレコード大賞での共演、郷ひろみと登美丘高校ダンス部による紅白出演と、短期間で大きな転機が続いた。その後、伊原はフォスターに所属し、女優としての道を歩み始めた。
【プロの結論】バブリーダンスを正しく理解する3つの視点第一に、大会結果を混同しないこと。2017年の優勝はDCC、準優勝はダンススタジアムであり、両方の実績が伊原六花と登美丘高校の歴史を形作っている。
第二に、2017年版と2022年版を区別すること。オリジナルPVは高校時代の伊原と仲間たちの記録であり、令和版は経験を重ねた伊原とakane、アバンギャルディによる再現作品だ。両方を見ることで、表現の変化を楽しめる。
第三に、伊原六花をバブリーダンスだけで評価しないこと。彼女はダンスを入り口に芸能界へ進み、ドラマ、映画、舞台、ミュージカルへとキャリアを広げてきた。2026年のバーン・ザ・フロアやDCCのアンバサダー就任は、ダンス経験を次世代や世界の舞台へつなぐ新しい段階を示している。
2026年10月31日には、母校の登美丘高校ダンス部がバーン・ザ・フロア兵庫公演のオープニングアクトに登場する。高校時代に全国へ広まったダンスの熱量が、後輩たちの新たな舞台へと引き継がれていく。伊原六花のバブリーダンスは、過去の一大ブームにとどまらず、彼女の現在とこれからを結びつける大切な原点であり続けている。