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雨上がり決死隊はなぜ解散した?闇営業問題から2026年の現在まで徹底解説

桐島 奈緒 桐島 奈緒 • 更新: • 公開: • 読了約 23 分
目次

雨上がり決死隊は、なぜ32年間続いたコンビ活動に終止符を打ったのか。宮迫博之と蛍原徹によるお笑いコンビは、1989年の結成以来、『吉本印天然素材』『ワンナイR&R』『アメトーーク!』など数々の人気番組で活躍してきた。しかし、2019年に発覚した宮迫博之の闇営業問題をきっかけに、コンビとしての活動は事実上停止。2021年8月17日、正式に解散した。

解散の背景には、闇営業問題による吉本興業との契約問題だけでなく、約2年間の別々の活動を通じて生じた蛍原徹と宮迫博之の価値観・仕事の方向性の違いがあった。2026年現在、蛍原はテレビを中心に活動し、宮迫はYouTubeや舞台など新たな分野に活動の場を広げている。

この記事では、2人の出会いから全盛期、闇営業問題、解散報告会で明かされた本当の理由、そして2026年の現在までを時系列で整理する。

【雨上がり決死隊とは】1989年の結成から人気芸人になるまで

雨上がり決死隊

雨上がり決死隊は、宮迫博之と蛍原徹によって結成されたお笑いコンビだ。

2人はともに大阪出身で、吉本総合芸能学院(NSC)大阪校7期生。1988年にNSCへ入学し、翌1989年にコンビを結成した。

宮迫の存在感のあるボケや演技力と、蛍原の独特な間合いを生かしたツッコミが持ち味だった。漫才だけでなく、コントやトーク、テレビ番組の司会など幅広いジャンルに対応できるコンビとして評価を高めていった。

NSC大阪校7期生として出発

1980年代後半から1990年代にかけて、大阪のお笑い界では若手芸人が次々と登場していた。

雨上がり決死隊もその流れの中で頭角を現し、1991年には若手芸人によるユニット「吉本印天然素材」に参加する。

当時の吉本印天然素材は、ダンスとお笑いを組み合わせた芸人ユニット。従来の漫才やコントだけにとどまらない、アイドル的な人気を獲得した点が特徴だった。

主な参加グループは次のとおり。

- 雨上がり決死隊:宮迫博之、蛍原徹
- ナインティナイン:岡村隆史、矢部浩之
- FUJIWARA:藤本敏史、原西孝幸
- バッファロー吾郎:竹若元博、木村明浩
- チュパチャップス:宮川大輔、星田英利
- へびいちご:島川学、高橋智

吉本興業の公式ヒストリーでも、1991年9月に雨上がり決死隊らによる吉本印天然素材が結成されたことが記録されている。

1990年代から2000年代にかけて全国区へ

吉本印天然素材で知名度を高めた2人は、その後、テレビ番組への出演を増やしていく。

特に大きな転機となったのが、フジテレビ系の『ワンナイR&R』だった。

宮迫はコントでの演技力やキャラクター表現を発揮。山口智充との音楽ユニット「くず」でも活動し、2004年には楽曲『全てが僕の力になる!』がオリコン週間シングルランキングで初登場1位を記録した。

一方の蛍原は、独特の落ち着いた雰囲気と進行力を生かし、宮迫とは異なる魅力を発揮していた。

そして2003年、テレビ朝日系で冠番組『雨上がり決死隊のトーク番組 アメトーーク!』がスタートする。

この番組は、芸人や著名人が特定のテーマについて自由に語る形式を特徴とし、現在まで続く人気バラエティー番組へと成長した。

【全盛期の出演歴】ワンナイR&Rとアメトーーク!が残した功績

雨上がり決死隊の魅力を理解するには、代表的な出演番組を振り返る必要がある。

単に人気芸人だったというだけでなく、コント、トーク、司会という複数の分野で実績を残したことが、コンビの大きな特徴だった。

代表的な番組・出演歴

1.吉本印天然素材

1991年に結成された若手芸人ユニット。ナインティナインやFUJIWARAなど、後に全国的な知名度を獲得する芸人たちと活動した。

若手時代の雨上がり決死隊にとって、テレビでの知名度を獲得する重要な機会となった。

2.ワンナイR&R

フジテレビ系で2000年から2006年まで放送されたコントバラエティー番組。

宮迫の演技力が特に注目された番組であり、轟さんなどのキャラクターも人気を集めた。

また、山口智充との音楽ユニット「くず」の活動も番組を代表する実績の一つとなった。

3.アメトーーク!

2003年にスタートしたテレビ朝日系のトークバラエティー番組。

雨上がり決死隊の冠番組として知られ、芸人の個性や趣味、特定のテーマを掘り下げる企画が人気を集めた。

番組の継続的な成功は、2人のキャリアを代表する功績といえる。

2人の役割はどう違っていたのか

宮迫は、コントや演技、歌唱など多彩な表現力を持ち、番組内で強い存在感を発揮するタイプだった。

蛍原は、相手の話を受け止めながら場を進行し、出演者の魅力を引き出す役割を担っていた。

この対照的な個性がコンビとしてのバランスを生み出していた。

特に『アメトーーク!』では、宮迫と蛍原がそれぞれ異なる立場から出演者に話を振ることで、トークの幅を広げていた。

この役割分担は、後に蛍原が単独で番組を継続する際にも大きな意味を持つことになる。

【闇営業問題の真相】2019年に何が起きた?吉本興業との契約問題を時系列で整理

雨上がり決死隊の運命を大きく変えたのが、2019年に発覚した宮迫博之らの闇営業問題だった。

闇営業とは、所属事務所を通さずに芸人が仕事を受けることを指す芸能界の通称である。

問題となったのは、宮迫らが反社会的勢力の関係する会合に出席し、金銭を受け取っていたことだった。

加えて、当初の金銭授受に関する説明と実際の状況が異なっていたことから、騒動は大きく拡大した。

闇営業問題の発覚から解散までの時系列
時期 出来事 内容・影響
2014年12月 忘年会に参加 宮迫らが特殊詐欺グループの忘年会に出席
2019年5月30日 取材を受ける 宮迫に週刊誌から直撃取材
2019年6月 問題が報道される 金銭授受や反社会的勢力との関係が問題化
2019年6月24日 謹慎処分 吉本興業が宮迫らの謹慎を発表
2019年7月19日 契約解消を発表 吉本興業が宮迫とのマネジメント契約解消を発表
2019年7月20日 謝罪会見 宮迫と田村亮が記者会見を実施
2019年7月22日 吉本興業が会見 岡本昭彦社長が宮迫らの契約解消処分撤回を表明
2020年1月29日 YouTube活動開始 宮迫が「宮迫ですッ!」を開設
2021年4月 解散を申し入れ 蛍原から宮迫に解散を提案
2021年8月17日 正式解散 解散報告会を配信

この経緯は、吉本興業が2019年7月に公表した説明資料や、当時の報道各社による取材記録に基づくものだ。

宮迫博之の闇営業問題とは何だったのか

問題の発端は、2014年12月に開催された特殊詐欺グループの忘年会だった。

宮迫はカラテカの入江慎也らとともに会合に出席し、金銭を受け取っていた。

2019年6月の報道を受け、宮迫は当初、金銭を受け取っていないと説明した。しかし、その後、金銭授受が判明し、当初の説明が事実と異なっていたことが問題になった。

この一連の対応によって、本人への批判だけでなく、所属事務所の危機管理や芸人との関係にも注目が集まった。

重要なのは、騒動の中心が単なる無断営業ではなかったことだ。

反社会的勢力との接点、金銭の授受、当初の説明と実態の食い違いという複数の問題が重なり、芸能活動への影響が広がった。

吉本興業による宮迫の契約解消と撤回

2019年7月19日、吉本興業は宮迫博之とのマネジメント契約解消を発表した。

同社は、反社会的勢力が主催する会合への出席などを考慮し、マネジメントの継続に重大な支障が生じたと説明した。

ただし、この契約問題には重要な続きがある。

7月20日に宮迫と田村亮が謝罪会見を行った後、7月22日の吉本興業・岡本昭彦社長の記者会見で、宮迫らの契約解消処分を撤回する意向が示された。

したがって、2019年7月19日の契約解消発表だけを切り取って、その後の経緯を説明するのは正確ではない。

宮迫はその後も吉本興業への復帰を果たさず、2020年1月にはYouTubeで活動を再開した。

本人も当時の動画で、吉本興業との契約が解除された状態であることを説明している。

一方、蛍原は吉本興業に所属したまま芸能活動を継続した。

このように、事務所との関係や活動環境が分かれたことは、コンビの再始動を難しくする大きな背景となった。

【雨上がり決死隊の解散理由】蛍原徹と宮迫博之の関係に何が起きたのか

雨上がり決死隊の解散理由を考えるうえで、最も重要な資料が2021年8月17日に配信された『アメトーーク 特別編 雨上がり決死隊解散報告会』だ。

この番組で蛍原と宮迫は、解散を決めるまでの経緯を自分たちの言葉で説明した。

明らかになったのは、闇営業問題だけが直接的な解散理由ではなかったということだ。

① 闇営業問題以降、コンビ活動がなくなった

2019年の騒動以降、宮迫と蛍原は一緒に仕事をする機会を失った。

それまで30年以上にわたって同じコンビとして活動してきた2人が、それぞれ別の環境で仕事をすることになった。

蛍原は当初、宮迫の復帰を待ち、2人で再び活動する可能性を考えていた。

しかし、時間が経過するにつれて、以前と同じ形でコンビに戻ることへの難しさを感じるようになった。

② 宮迫のYouTube活動をめぐる価値観の違い

解散報告会で蛍原が説明した理由の一つが、宮迫のYouTube活動だった。

宮迫は2020年1月にYouTubeチャンネル「宮迫ですッ!」を開設し、独自の活動を始めた。

一方、蛍原はコンビとしての復帰を念頭に置いていたため、宮迫の活動方針との間に違いを感じるようになった。

蛍原は番組内で、次のように説明している。

「価値観、方向性の違い」

特に蛍原が苦しさを感じていたのは、後輩芸人が宮迫のYouTubeに出演する際、わざわざ蛍原に報告してくる状況だった。

蛍原にとっては、宮迫が個人として活動することそのものよりも、コンビ復帰を目指す過程で、2人の考え方が一致しなくなっていくことが問題だった。

つまり、YouTubeという媒体への単純な賛否ではなく、コンビとして何を目指すのかという根本的な方向性が違っていたのである。

③ 蛍原から2021年4月に解散を申し入れた

解散を最初に切り出したのは蛍原だった。

2021年4月、蛍原は宮迫と話し合い、コンビを解散したいという意思を伝えた。

宮迫は当初、驚き、何とかならないかと考えたものの、蛍原にこれ以上負担をかけるべきではないと判断し、最終的に受け入れた。

宮迫は解散報告会で、自分の行動についても反省の言葉を述べている。

長年一緒に仕事をしてきた相方に十分な説明をしないまま、自分の判断で活動を進めてしまったことを認めた。

④ 本当に喧嘩別れだったのか

ネット上では、雨上がり決死隊の解散について「不仲による決裂だったのではないか」という見方もある。

しかし、解散報告会で宮迫は「けんか別れではない」という趣旨の説明をしている。

蛍原も、単純な喧嘩が原因で解散を決めたわけではなく、話し合いを重ねた結果だったと説明した。

ただし、2人の間に何のわだかまりもなかったという意味ではない。

蛍原が長期間にわたって複雑な気持ちを抱えていたこと、宮迫の行動に対して距離を感じていたことは、本人の発言からも読み取れる。

長年の信頼関係があったからこそ、簡単には元の関係に戻れなかった。

これが、解散報告会から読み取れる2人の関係の本質だ。

【2021年8月17日の解散報告会】異例の番組で32年の歴史に幕

2021年8月17日、雨上がり決死隊は正式に解散した。

発表の場となったのは、ABEMAと吉本興業公式YouTubeチャンネルで配信された『アメトーーク 特別編 雨上がり決死隊解散報告会』だった。

吉本興業も同日付で公式発表を行い、コンビが8月17日をもって解散すること、蛍原は引き続き同社に所属することを公表した。

解散報告会で何が語られたのか

番組は、2人が長年出演してきた『アメトーーク!』のスタジオセットで進行した。

約2年ぶりに同じ舞台に立った2人は、これまでの経緯を振り返りながら、解散を自分たちの口で報告した。

宮迫は騒動によって多くの人に迷惑をかけたことを改めて謝罪。

蛍原は、平成元年に結成して約32年間活動してきたコンビを、この日をもって解散すると伝えた。

番組には、雨上がり決死隊と関係の深い芸人たちも出演した。

出川哲朗、FUJIWARAの藤本敏史、東野幸治、ケンドーコバヤシらが、それぞれの立場から2人の最後の報告を見届けた。

単なる事務所からの書面発表ではなく、長年の共演者や視聴者に向けて、自ら解散を伝えるという異例の形式だった。

『アメトーーク!』はどうなった?

解散によって心配されたのが、コンビの代表番組だった『アメトーーク!』の存続だ。

結論からいえば、番組は終了しなかった。

蛍原が単独でMCを務める形で継続し、番組名も『アメトーーク!』のまま維持された。

これは、コンビの解散と番組そのものの終了が別問題だったことを示している。

テレビ番組は出演者個人だけで成立するものではなく、制作スタッフ、企画、視聴者との関係など、複数の要素によって支えられている。

『アメトーーク!』は、長年蓄積してきた番組ブランドと企画力を生かし、新しい体制へ移行した。

【2026年現在】蛍原徹と宮迫博之はそれぞれ何をしている?

雨上がり決死隊は解散したが、2人の芸能活動が終わったわけではない。

2026年11月現在、それぞれが異なる活動領域で仕事を続けている。

蛍原徹の現在:テレビを中心に活動

蛍原徹は、解散後も吉本興業に所属している。

『アメトーーク!』をはじめ、テレビ番組の司会やゲスト出演などを続けており、長年培ってきた進行力や安定したトークが現在も持ち味となっている。

2026年9月にはテレビ朝日系の『耳の穴かっぽじって聞け!』に出演。

芸歴37年、58歳となった現在について、テレビにもっと出演したいという思いを明かした。

特に、これまで出演したことのない番組にも挑戦したいと語っており、今後の活動に対して前向きな姿勢を見せている。

また、2026年4月には吉本興業が発表した『ニューヨーク屋敷のゴルフ交友録』の初回ゲストとして出演するなど、ゴルフを通じた芸人同士の交流も続けている。

宮迫博之の現在:YouTubeや舞台などで活動

宮迫博之は、吉本興業を離れた後、YouTubeを中心に個人活動を展開してきた。

公式チャンネル「宮迫ですッ!」では、トーク、企画、料理、芸能人との交流など、テレビとは異なる形式のコンテンツを発信している。

また、歌手活動や飲食事業などにも取り組んできた。

2026年秋には、ミュージカルの舞台出演に関する情報も自身のYouTubeチャンネルで発信している。

2026年11月1日にも同チャンネルで新しい動画が公開されており、動画配信を通じた活動は継続中だ。

一方、2025年10月には本人がラジオ番組で、民放テレビへの出演が約7年間ないと説明し、テレビへの本格復帰についても意欲を語っていた。

現在の宮迫は、かつてのテレビ中心の芸能活動とは異なる方法で、自分の表現の場を確保している。

2人の現在を比較
項目 蛍原徹 宮迫博之
所属・活動形態 吉本興業所属 独立した個人活動
主な活動 テレビ出演・司会 YouTube・舞台・音楽など
代表的な活動 アメトーーク! 宮迫ですッ!
活動の方向性 テレビを中心に活動 配信や舞台など複数分野に展開
コンビ活動 解散により終了 解散により終了

2人はそれぞれ異なる道を歩んでいる。

かつてのようにコンビとしてテレビ番組に出演する形には戻っていないが、芸能活動そのものをやめたわけではない。

また、現在の2人の私的な関係については、公開された情報だけで親密さや疎遠さを断定することはできない。

【プロの結論】雨上がり決死隊の解散から読み解く本当の転換点

雨上がり決死隊の解散を、単純に闇営業問題によってコンビが壊れた出来事として理解するのは十分ではない。

確かに2019年の騒動は、2人の活動を分断した決定的な出来事だった。

しかし、2021年の解散報告会で蛍原が明らかにしたのは、約2年間の別々の活動によって、コンビとして目指す方向が変わってしまったという現実だった。

ここには、芸能界におけるコンビ活動の難しさが表れている。

事務所問題とコンビの問題は分けて考える必要がある

まず理解すべきなのは、吉本興業との契約問題と、雨上がり決死隊の解散理由は同一ではないということだ。

契約問題は宮迫個人と事務所の関係に関わるものだった。

一方、解散は蛍原と宮迫の双方が話し合い、コンビとしての今後を考えた結果だった。

この2つを混同すると、解散に至った本当の経緯を見誤ってしまう。

30年以上の歴史があっても方向性の違いは生まれる

1989年から2021年まで、約32年間活動してきた雨上がり決死隊。

長期間一緒に仕事をしてきたからといって、将来の考え方まで必ず一致するとは限らない。

宮迫はYouTubeという新しい活動の場を選び、蛍原はテレビを中心にした活動を続けた。

それぞれが選んだ道は、個人の芸能活動としては異なる可能性を持っている。

しかし、コンビとして再び仕事をするためには、双方が納得できる共通の方向性が必要だった。

そこが一致しなかったことが、最終的な解散につながった。

雨上がり決死隊の解散は、騒動による活動停止だけではなく、長い時間をかけて生じた価値観の変化に対する一つの決断だった。

【雨上がり決死隊に関するよくある質問(FAQ)】

Q1:雨上がり決死隊はいつ結成されましたか?

A1:1989年です。NSC大阪校7期生の宮迫博之と蛍原徹によって結成されました。1991年には吉本印天然素材に参加し、全国的な知名度を高めていきました。

Q2:雨上がり決死隊の解散理由は闇営業問題ですか?

A2:闇営業問題はコンビ活動が停止する大きなきっかけでした。ただし、直接的な解散理由として蛍原が説明したのは、宮迫との価値観や仕事の方向性の違いです。特にYouTube活動を始めた頃から、その違いが大きくなったと話しています。

Q3:解散を切り出したのは宮迫と蛍原のどちらですか?

A3:蛍原徹です。2021年4月に宮迫へ解散を申し入れました。宮迫は当初驚いたものの、最終的に受け入れています。

Q4:宮迫博之は吉本興業から契約解除されたのですか?

A4:2019年7月19日に吉本興業がマネジメント契約解消を発表しました。ただし、7月22日の社長会見では処分撤回が表明されています。その後、宮迫は吉本に復帰せず、YouTubeなどを中心に個人活動を進めました。

Q5:アメトーーク!は解散後に終了しましたか?

A5:終了していません。蛍原が単独でMCを務める形で継続しています。番組名も『アメトーーク!』のままです。

Q6:2026年現在、宮迫博之と蛍原徹は共演していますか?

A6:雨上がり決死隊としてのコンビ活動は2021年8月17日に終了しています。2026年現在もそれぞれ個人で活動していますが、コンビとしての再結成や定期的な共演は発表されていません。

まとめ:雨上がり決死隊の32年間と解散の真相

雨上がり決死隊は、1989年にNSC大阪校7期生の宮迫博之と蛍原徹によって結成された。

吉本印天然素材で人気を獲得し、『ワンナイR&R』や『アメトーーク!』などの人気番組を通じて、日本のお笑い界を代表するコンビの一組となった。

しかし、2019年の闇営業問題と吉本興業との契約をめぐる騒動によって、コンビ活動は事実上停止する。

その後、約2年間にわたって別々の活動を続ける中で、2人の価値観や仕事の方向性の違いが拡大。2021年4月に蛍原が解散を申し入れ、同年8月17日に正式解散となった。

2026年現在、蛍原はテレビを中心に活動し、宮迫はYouTubeや舞台など新たな表現の場に挑戦している。

雨上がり決死隊の歴史を振り返ると、解散の原因は一つの騒動だけでは説明できないことが分かる。

32年間にわたって築いてきた実績と関係があっても、それぞれの人生や仕事に対する考え方が変われば、同じ場所で活動し続けることは難しくなる。

2人が残した数々の番組や笑いは、コンビ解散後も日本のお笑い番組の歴史の中に残り続けている。

主な事実確認資料: 吉本興業公式「雨上がり決死隊 解散のご報告」「吉本興業ヒストリー」、ORICON NEWS、日刊スポーツ、Lmaga.jp、MANTANWEB、テレビ朝日POST、徳間ジャパンのプロフィール情報。特に2019年の契約解消発表と撤回、2021年の解散理由、2026年の個人活動については、それぞれの時点の発表・報道を区別して整理しています。

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桐島 奈緒

芸能担当デスクとして14年。所属事務所の公式リリース、番組公式サイト、配信サービスの告知を一次情報として照合し、出典の確認できない話は記事にしません。

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