2026年11月2日現在、山本由伸選手はドジャースで背番号18を着用しています。MLB公式選手プロフィールでも「Yoshinobu Yamamoto #18」と掲載されています。
また、2026年のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)でも、侍ジャパンの背番号は18番でした。2026年2月26日付の日本代表公式発表にも、所属球団をロサンゼルス・ドジャース、背番号を18とする登録情報が記載されています。
つまり、現在の山本選手の背番号を知りたい場合は、18番と覚えておけば間違いありません。日本代表とメジャーリーグの両方で同じ番号を使っている点も特徴です。
ドジャース移籍後も18番を選んだ理由山本選手は2023年12月27日にドジャースと契約しました。契約は12年総額3億2,500万ドルと報じられた大型契約です。
メジャー移籍に際しても、オリックス時代から愛用していた18番を継続。日本球界で築いた実績と、エースとしてのイメージを象徴する番号を新天地でも背負うことになりました。
MLB公式プロフィールでも、山本選手が日米両方で18番を着用してきたこと、日本ではこの番号が伝統的にエース投手の番号とされていることが紹介されています。
【由来を解説】山本由伸が背番号18にこだわる理由とは?

山本由伸選手が18番を背負うようになったのは、プロ入り直後ではありません。
2017年にオリックス・バファローズへ入団した当初の背番号は43番でした。その後、プロ4年目となる2020年に18番へ変更しています。
この変更には、オリックスの先輩投手や入団時から関わってきたスカウトとの縁がありました。
18番を受け継ぐまでの知られざる経緯日本野球機構(NPB)が2020年7月14日に掲載した特集記事によると、山本選手は入団前の寮見学で、オリックスで最初に18番を着用した酒井勉氏を紹介されていました。
加えて、当時まで18番を着用していた岸田護氏とも3年間一緒にプレーしており、山本選手自身も先輩たちとのつながりを感じる番号として18番を受け止めていました。
入団時の担当スカウトだった山口和男氏も、現役時代にオリックスで18番を背負った投手です。山口氏は山本選手に43番を伝えた際、将来的には18番を着ける投手を目指してほしいという趣旨の話をしていました。
その目標をプロ4年目で実現した山本選手は、当時の思いを次のように語っています。
「この番号をオリックスの絶対的なエースナンバーにしていきたいです」
この言葉からも、18番は単なるユニホームの数字ではなく、先輩たちから受け継いだ責任と、自分自身がエースとして成長していく決意を表すものだったことが分かります。
そもそも野球の背番号18はなぜエースナンバーなのか?日本のプロ野球では、18番は伝統的にエース投手の象徴として扱われてきました。
その背景には、巨人の藤田元司氏や堀内恒夫氏、桑田真澄氏など、18番を着用して活躍した歴代投手の存在があります。
また、松坂大輔氏や田中将大氏など、各球団を代表する投手が18番を着用してきたことも、番号のイメージを強めました。
由来については、歌舞伎の「歌舞伎十八番」と結びつける説もあります。ただし、18番がエースナンバーになった理由は一つに限定されず、歴代選手の活躍によって定着した側面も大きいとされています。
なお、18番がすべての球団でエースナンバーというわけではありません。中日ドラゴンズの20番など、球団ごとに独自のエースナンバーが存在します。
【背番号の歴史】山本由伸の43番・17番・18番を時系列で比較
山本選手の背番号を振り返ると、18番が定着するまでに43番や17番を着用した時期もありました。
特に注意したいのは、日本代表では大会によって背番号が異なることです。すべての侍ジャパンの試合で18番だったわけではありません。
山本由伸の背番号変遷一覧この変遷は、NPBの2020年特集記事、侍ジャパン公式選手プロフィール、2026年WBCの出場選手発表、MLB公式選手データを照合したものです。
43番から18番への変更は出世の証しだった?2017年にドラフト4位でオリックスへ入団した山本選手は、当初43番を着用していました。
しかし、プロ入り後に実績を積み重ね、2020年から18番へ変更。単なる番号変更ではなく、球団の中心投手として期待される立場になったことを象徴する出来事でした。
一方、2021年の東京オリンピックでは17番を着用しています。2023年WBCでは再び18番となり、2026年WBCでも同じ番号が登録されました。
このように、球団での背番号と代表チームでの背番号は必ずしも一致しません。大会ごとの公式登録を確認することが、正確な情報を知るポイントです。
【オリックスの18番】山本由伸から宮城大弥へ受け継がれたエースナンバー
山本選手がドジャースへ移籍した後、オリックスの18番を誰が引き継ぐのかも注目されました。
その後、球団が18番を託したのは、山本選手と同じくオリックスを代表する左腕、宮城大弥投手でした。
2024年11月24日、宮城大弥の背番号変更を正式発表オリックス・バファローズは2024年11月24日、宮城選手の背番号を13番から18番へ変更すると公式発表しました。
宮城選手は山本選手が着用していた番号を希望しており、2024年のファンイベントで新しい18番を披露しました。
報道によると、宮城選手は山本選手に直接、18番を着けてもよいか相談。山本選手も快諾したとされています。
宮城選手は、日本のエースといえば18番という考えを持っており、オリックスの歴代エースが背負ってきた番号を受け継ぐことに強い思いを示しました。
2026年にも話題になった山本と宮城の18番エピソード2026年1月には、オリックス公式YouTubeチャンネル「BsTV」で公開された動画に山本選手が登場し、宮城選手への18番継承について振り返りました。
山本選手は、宮城選手が本当に18番を着けたいと思っていたことを当初は冗談だと思っていたと話し、出演者の笑いを誘ったと報じられています。
このエピソードが興味深いのは、背番号の継承が球団側だけで決まった事務的な変更ではなく、選手同士の関係性も関わっていたことです。
2026年現在、オリックスの18番を着用しているのは宮城選手です。山本選手がドジャースで18番を着けていることと混同しないようにしましょう。
【2026年の噂の真相】山本由伸の背番号42への変更は本当?
2026年の山本選手の背番号に関して、少し分かりにくい記録があります。それが、MLB公式の選手取引履歴に掲載された「42番への変更」です。
2026年4月15日には42番、翌4月16日には18番へ変更したという記録が残っています。
この情報だけを見ると、山本選手が18番を手放して42番に変更したように感じる可能性があります。しかし、実際にはMLBの恒例行事が関係しています。
4月15日はジャッキー・ロビンソン・デーMLBでは毎年4月15日を「ジャッキー・ロビンソン・デー」として記念しています。
ジャッキー・ロビンソン氏は1947年4月15日にブルックリン・ドジャースでデビューし、MLBの人種の壁を打ち破った歴史的な選手です。
この日には、特別な敬意を表すため、選手や監督、審判などグラウンド上の関係者がロビンソン氏の背番号42を着用します。
2026年もMLB公式が4月15日の実施を発表しており、山本選手の42番着用もこの記念行事に伴うものです。
42番と18番の違いを整理したがって、42番への変更を理由に山本選手が背番号18を捨てた、あるいは新しい番号を選んだと考えるのは誤解です。
2025年4月15日にも同様に42番を着用した記録があり、翌16日には18番に戻っています。今回だけの特別な変更ではありません。
【ネットの反応・炎上】山本由伸の背番号18をめぐる注目ポイント
山本選手の18番をめぐる話題には、単なるユニホームの番号以上の意味があります。
特に注目されているのは、オリックス時代からドジャース移籍後まで同じ番号を継続していること、そして後輩の宮城選手へ番号を引き継いだことです。
ネットで話題になりやすい3つの論点1.ドジャースでも18番を継続していること
日本で築いたエースのイメージをメジャーでも維持している点は、背番号に注目するファンにとって分かりやすいポイントです。2026年もドジャース公式プロフィールに18番が掲載されています。
2.宮城大弥への18番継承
山本選手の後を宮城選手が引き継いだことで、オリックスのエースナンバーに新たなストーリーが生まれました。2026年1月の公式動画をめぐる報道でも、2人のやり取りが話題になっています。
3.42番への一時的な変更
MLB公式の取引履歴だけを見ると背番号変更に見えるため、疑問を持つ人がいても不思議ではありません。ただし、実際はジャッキー・ロビンソン・デーに伴う着用です。
背番号18をめぐる炎上や不仲説はある?山本選手が18番を着用することについて、番号の変更をめぐる重大な対立や処分があったとする公式発表はありません。
また、宮城選手への継承についても、山本選手本人が了承したと報じられており、2人の間で背番号をめぐる深刻なトラブルがあったことを示す情報はありません。
背番号42についても、恒久的な変更や球団とのトラブルを示すものではありません。
話題性の高い選手だけに、数字の変化がニュースやSNSで取り上げられることはあります。しかし、背番号に関する情報を確認するときは、MLBの登録情報、球団発表、大会公式ロースターを基準にすると誤解を避けられます。
【プロの結論】山本由伸の18番が持つ本当の価値とは?
山本選手の背番号18を理解するうえで大切なのは、単に日本のエースナンバーだから着用している、という説明だけで終わらせないことです。
18番には、オリックス時代の指導者や先輩との縁、スカウトから託された期待、そして自分自身が球団を代表する投手になるという目標が重なっています。
2020年の背番号変更は、その目標が現実になった転換点でした。さらに2024年のドジャース移籍後も番号を継続したことで、18番は日本だけでなく、メジャーリーグでも山本選手を象徴する数字になりました。
背番号の情報を見極める3つの判断基準第一に、所属チームを区別すること。ドジャースの18番とオリックスの18番は、同じ番号でも着用している選手が異なります。2026年のオリックスでは宮城大弥選手が18番です。
第二に、大会ごとの番号を確認すること。山本選手は2021年の東京五輪で17番、2023年と2026年のWBCでは18番を着用しています。
第三に、特別行事による番号変更と恒久的な変更を分けること。42番はジャッキー・ロビンソン・デーに伴う特別な着用であり、通常の背番号とは意味が異なります。
この3点を押さえれば、山本選手の背番号に関するニュースやSNS上の情報を正しく読み解けます。
【山本由伸の背番号】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:山本由伸の現在の背番号は何番ですか?
A1:2026年11月現在、ロサンゼルス・ドジャースで18番を着用しています。2026年WBCの侍ジャパンでも18番でした。
Q2:山本由伸はオリックス時代から18番でしたか?
A2:入団当初は43番でした。2020年に18番へ変更し、2023年までオリックスで着用していました。
Q3:山本由伸が18番を選んだ理由は何ですか?
A3:オリックスで18番を着用した先輩投手や、入団時の担当スカウトだった山口和男氏との縁がありました。本人も18番をオリックスのエースナンバーにしたいという決意を語っています。
Q4:山本由伸の背番号18は宮城大弥に引き継がれたのですか?
A4:はい。オリックスは2024年11月24日に宮城選手の背番号を13番から18番に変更すると発表しました。山本選手も継承を了承したと報じられています。
Q5:山本由伸が背番号42を着用したのはなぜですか?
A5:2026年4月15日のジャッキー・ロビンソン・デーに伴うものです。MLB全体で42番を着用する記念行事で、翌16日には通常の18番に戻っています。
Q6:山本由伸は侍ジャパンでも必ず18番ですか?
A6:大会によって異なります。2019年プレミア12では43番、2021年東京五輪では17番、2023年と2026年のWBCでは18番でした。
まとめ:山本由伸の背番号18は日米で受け継ぐエースの象徴
山本由伸選手の現在の背番号は、ドジャース、侍ジャパンともに18番です。
オリックス入団時は43番でしたが、2020年に18番へ変更。先輩投手やスカウトとの縁を大切にしながら、球団のエースとして成長してきました。
2024年のメジャー移籍後も18番を継続し、2026年もその番号でプレーしています。一方、オリックスの18番は宮城大弥選手へ引き継がれ、新たなエースの歴史が始まっています。
また、2026年4月15日の42番着用はジャッキー・ロビンソン・デーに伴う特別なもので、通常の背番号変更ではありません。
18番という数字に込められた山本選手の決意と、先輩から後輩へ続く継承の物語。今後もドジャースでの活躍とともに、その背番号がどのような歴史を刻んでいくのか注目です。
主な情報源:MLB公式選手プロフィール、NPB公式サイト「縁を感じる新背番号18を背負って」、侍ジャパン公式サイト、オリックス・バファローズ公式発表、日刊スポーツ、デイリースポーツ、マイナビニュース。