「ヤクザ」の語源を理解するには、江戸時代に庶民の間で行われていた賭博「カブ」を知る必要がある。
八・九・三を足すと、なぜ最悪の手になるのかカブは、花札を使い、配られた札の数字を合計して勝負する賭博の一種だ。特徴は、合計点のうち一の位だけを有効な数字として扱うことにある。
たとえば、合計が15なら5点、18なら8点、20なら0点になる。
この遊びでは、9が最高点で「カブ」、8が「オイチョ」と呼ばれる。0点は「ブタ」と呼ばれ、最も低い点数として扱われる。
八・九・三を組み合わせると、次のようになる。
八九三がブタになる仕組み

{#each [{n:"8",s:"八(や)"},{n:"9",s:"九(く)"},{n:"3",s:"三(さ)"}] as item}{item.n}
{item.s}
{/each}8+9+3=20
一の位だけを残す
0点
ブタ
カブの勝負で最も弱い手
八九三(ヤクザ)という読み方は、八・九・三の数字に由来する。
つまり、八九三は数字の組み合わせとしては20になるものの、勝負で評価されるのは一の位の0だけ。最高点の9とは正反対の結果になる。
ここから「八九三のブタ」という表現が生まれ、価値のないもの、役に立たないものを指す隠語になったというのが語源の通説だ。小学館の『精選版 日本国語大辞典』と『日本大百科全書』も、この説明を採用している。
おいちょかぶと三枚ガルタの関係語源を調べる際に混同されやすいのが、「おいちょかぶ」と「三枚ガルタ」という名称だ。
おいちょかぶは、花札を使って9に近い数字を競う賭博。名前そのものも、8を意味する「オイチョ」と9を意味する「カブ」に由来する。
日本かるた文化館の解説によれば、江戸時代の賭場では、一度に複数人が参加でき、勝負が比較的単純で速い「カウ」や「オイチョカブ」が好まれた。手札は最大3枚で、この遊技は「三枚」「三枚カルタ」とも呼ばれた。
ただし、歴史上の「三枚」という呼称には複数の遊技法が含まれるため、すべての三枚カルタを現在のおいちょかぶと同一視するのは正確ではない。
この区別を押さえておくと、「ヤクザの語源は花札」という説明を、単なる数字の語呂合わせではなく、当時の賭博文化と結びつけて理解できる。
【江戸時代の文献を検証】『嬉遊笑覧』と1736年・1754年の用例
八九三説を支える重要な根拠は、国語辞典に記録された江戸時代の用例と、喜多村信節の随筆『嬉遊笑覧』だ。
ここで注目したいのは、「ヤクザ」という言葉が最初から現在の暴力団員を意味していたわけではないという点である。
1736年の浄瑠璃『和田合戦女舞鶴』『精選版 日本国語大辞典』では、形容動詞としての「やくざ」の初出例に、1736年の浄瑠璃『和田合戦女舞鶴』を挙げている。
そこには「八九三(ヤクザ)」という表記が登場する。
この用例が示しているのは、すでに江戸時代中期には「やくざ」が、物事の悪さやつまらなさ、価値の低さを表す言葉として使われていたことだ。
現在のように特定の反社会的集団を指す意味とは異なり、当初は物事や状態を評価する言葉だったのである。
1754年の談義本『八景聞取法問』次に注目されるのが、1754年の談義本『八景聞取法問』だ。
『精選版 日本国語大辞典』は、博打打ちや無職渡世の遊び人などを指す意味で、次の用例を掲載している。
「智恵も器量も馬鹿も八九三(ヤクザ)もない袖はふられず」
この文章は、同辞典が人を指す意味での「やくざ」の初出例として採録している。
1736年の用例が物事の価値や状態を表していたのに対し、1754年には人を評価する表現として確認できる。
この約18年間の用例の違いは、言葉の意味が広がっていった過程を考えるうえで興味深い。
1830年成立の『嬉遊笑覧』が記録した語源説ここがヤクザの語源を調べるうえで特に重要な史料だ。
『嬉遊笑覧』は、江戸後期の考証家・喜多村信節が著した随筆集で、文政13年(1830年)に成立した。
江戸時代の風俗、習慣、歌舞音曲などについて、さまざまな文献を引用しながら解説した資料である。単なる読み物ではなく、当時の庶民文化を知るための重要な記録として位置づけられている。
同書には、ヤクザという言葉について、著者の父親から聞いた話として次の趣旨の説明が記されている。
「是もと博徒のことばにして」
「八九三、二十とつまる故、悪きことの隠語を八九三といひ始めたるなり」
つまり、もともとは博徒の間で使われていた言葉であり、八・九・三の合計が20になることから、悪いことを表す隠語として使われ始めたという説明だ。
特に注目すべきなのは、著者が「亡父語りしは」という形で伝聞を記録している点である。
これは、1830年に突然生まれた語源説ではなく、それ以前の世代から伝わっていた説明を記録したものと考えられる。
また、同書の記述と同様の説明は、1755年の序を持つ新井白蛾の『牛馬問』にも見られるとされる。
文献から読み取れる歴史的な流れ以上の資料を年代順に並べると、次のようになる。
| 年代 | 文献・出来事 | 語源研究上の意味 |
|---|---|---|
| 1736年 | 浄瑠璃『和田合戦女舞鶴』 | 価値がない、つまらないという意味の用例 |
| 1754年 | 談義本『八景聞取法問』 | 人を指す意味の用例 |
| 1755年 | 新井白蛾『牛馬問』 | 八九三と博徒の言葉を結びつける説明 |
| 1830年 | 喜多村信節『嬉遊笑覧』 | 父から聞いた語源説を記録 |
| 昭和30年代 | 博徒・的屋・愚連隊の活動が融合 | 「暴力団」という呼称が社会的に定着 |
なお、ここでいう初出は辞書が確認・採録した最古の用例であり、必ずしも言葉が誕生した年月を意味するわけではない。国立国会図書館のリサーチ・ナビも、辞書の用例が必ずしも真の初出とは限らないと説明している。
したがって、1736年は現存資料で確認できる重要な用例であり、語源が生まれた年そのものではないという理解が適切だ。
【意味の変化を解説】「役に立たない」から博徒を指す言葉へ
「ヤクザ」という言葉が現在の意味を持つようになった背景には、賭博の隠語が一般社会に広がっていく過程がある。
第一段階:「価値がない」「つまらない」八九三のブタという賭博上の意味から、一般的に価値が低いもの、役に立たないもの、粗末なものを表す言葉へと広がった。
この意味は現在も残っている。
例えば、次のような使い方がある。
- やくざな商売:まともでない、堅実ではない商売。
- やくざな仕事:粗末で価値の低い仕事。
- やくざな機械:役に立たない、性能の悪い機械。
ここで重要なのは、「役に立たない」という意味が、語源そのものというより、八九三の悪い手から派生した意味として説明されていることだ。
つまり、「役に立たないからヤクザになった」という順番ではなく、賭博の悪い手を表す言葉から、役に立たないものを指す用法が広がったという説明が辞書の記述に合致する。
第二段階:博徒や無頼の人々を指す言葉へ次第に「やくざ」は、まともな仕事に就かず、博打などを生業とする人々を指す言葉として使われるようになった。
ここで登場するのが「博徒」という存在だ。
博徒とは、賭博を生業とする人々のこと。江戸時代には、一定の縄張りの中で賭場を開き、寺銭と呼ばれる利益を得る集団も存在した。
彼らは単に賭博を楽しむ人ではなく、賭場を運営し、その収益によって生活する者たちだった。
『嬉遊笑覧』が「博徒のことば」と説明していることは、ヤクザという言葉が賭博の世界と密接に結びついていたことを示す。
第三段階:暴力団を指す一般的な呼称へ時代が進むにつれ、ヤクザという言葉は博徒だけでなく、さまざまな無頼の集団を指すようになった。
平凡社の『世界大百科事典』も、博徒のほか、的屋や壮士くずれなどもヤクザと呼ばれ、後には一家や組の組織を持つ暴力団も総称されるようになったと解説している。
この変化は、単に言葉の意味が広がっただけではない。社会の中で、異なる生業や背景を持っていた集団が、共通する反社会的活動や組織性によって一括して認識されるようになったこととも関係している。
【語源の異説を検証】ヤクシャ説や「役に立たない」説は本当か?
八九三説が通説である一方、ヤクザの語源には別の説明も存在する。
インターネット上で見かける代表的なものが、「役者」に由来するという説だ。
異説1:役者(ヤクシャ)が訛ったという説この説では、派手な格好をした歌舞伎者や、その姿をまねた無法者を「役者のようだ」と表現し、そこから「ヤクシャ」が「ヤクザ」になったと説明される。
確かに、江戸時代には歌舞伎者や派手な風俗をまねた人々が存在した。
しかし、役者という言葉からヤクザへ変化したことを裏付ける、八九三説と同程度に具体的な歴史資料は確認しにくい。
これに対して、八九三説には1736年、1754年の辞書採録用例と、1830年の『嬉遊笑覧』という文献上の裏付けがある。
そのため、役者由来説は異説として扱い、通説と同じ確度で紹介するのは適切ではない。
異説2:「役に立たない」が直接の語源という説もう一つの誤解は、「ヤクザ」という言葉が最初から「役に立たない」という意味で作られたというものだ。
確かに辞書には、やくざの意味として「役に立たない」「価値がない」「つまらない」といった説明がある。
しかし、その説明と八九三の賭博用語としての由来は切り離して考えるべきではない。
八・九・三の手が最悪の結果になるという賭博文化が先にあり、そこから価値の低いものを指す表現へと意味が展開したというのが、辞書と江戸時代の文献を踏まえた説明である。
語源説の比較| 語源説 | 説明 | 評価 |
|---|---|---|
| 八九三説 | 三枚ガルタの8・9・3が最悪の手になる | 通説。辞書・江戸時代の資料が支持 |
| 役者・ヤクシャ説 | 役者という言葉が変化した | 異説。語源を裏付ける史料が乏しい |
| 役に立たない説 | 無価値という意味から言葉が誕生した | 意味の説明としては正しいが、語源の説明としては不十分 |
語源を見極める際は、現在の言葉の意味だけでなく、古い文献にどのような形で登場しているかを比較することが大切だ。
【ヤクザ・博徒・暴力団の違い】呼び方が変わった歴史的背景
「ヤクザ」「博徒」「暴力団」は、日常会話では似た意味で使われることがある。しかし、歴史的な意味と現在の制度上の位置づけには違いがある。
博徒は賭博を生業とする集団博徒は、文字どおり博打を打つ者を意味する。
警察庁の平成元年警察白書では、博徒について、縄張りの中で非合法な賭博場を開き、寺銭を収益として得る集団と説明している。
つまり、博徒は主に生業や活動内容によって定義される歴史的な呼称だ。
暴力団は法律上の定義を持つ言葉一方、暴力団は現在、法律に基づく定義が存在する。
1991年に制定され、1992年に施行された「暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律」では、第2条で暴力団を定義している。
その内容は、構成員が集団的または常習的に暴力的不法行為等を行うことを助長するおそれがある団体というものだ。
これは、単に博打をする人々や無頼の人々を指す言葉ではない。団体の性質に着目した法律上の定義である。
なぜ「暴力団」という呼称が定着したのか警察庁の平成元年警察白書は、戦後の暴力集団の変化を昭和20年代、30年代などに分けて説明している。
特に重要なのが昭和30年代だ。
戦前から存在した博徒や的屋に加え、終戦直後には愚連隊と呼ばれる集団が登場した。
当初はそれぞれ活動内容が異なっていたが、対立や吸収、離合集散を繰り返す中で、活動面の違いが薄れていった。
その結果、これらの集団をまとめて「暴力団」と呼ぶことが社会的にも定着した。
つまり、「ヤクザ」という言葉が古くから存在していたのに対し、「暴力団」は戦後の社会状況を背景に一般化した呼称なのである。
3つの言葉の違いを整理| 呼称 | 主な意味 | 特徴 |
|---|---|---|
| ヤクザ | 博徒や無頼の人々、現在では暴力団員などを指す一般的な呼称 | 歴史的・俗語的な表現 |
| 博徒 | 賭博を生業とする者や集団 | 賭場の運営や賭博を中心とした活動 |
| 暴力団 | 暴力的不法行為等を助長するおそれがある団体 | 法律上の定義がある |
この違いを知っておけば、歴史資料やニュース記事でそれぞれの言葉が使われている理由も理解しやすくなる。
【ヤクザの語源に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:ヤクザの語源は本当に八九三なのですか?
A1:八・九・三の札を組み合わせたとき、合計が20となり、一の位が0のブタになることに由来するという説が通説です。『精選版 日本国語大辞典』や『世界大百科事典』でも、この説明が採用されています。ただし、言葉が誕生した瞬間を特定できるわけではありません。
Q2:八九三はなぜブタと呼ばれるのですか?
A2:カブでは、合計の一の位が得点になります。10や20など、合計の一の位が0になる手は「ブタ」と呼ばれ、9のカブが最高であるのに対して、0は最も低い点数です。8+9+3=20となるため、八九三はブタの最悪の手と説明されています。
Q3:ヤクザという言葉はいつから使われていますか?
A3:『精選版 日本国語大辞典』には、1736年の浄瑠璃『和田合戦女舞鶴』における用例が掲載されています。また、人を指す意味の用例として1754年の『八景聞取法問』が記録されています。これらは辞書に採録された古い用例であり、実際の発生時期とは区別する必要があります。
Q4:『嬉遊笑覧』にはヤクザの語源が書かれていますか?
A4:はい。喜多村信節が1830年に成立させた『嬉遊笑覧』には、ヤクザはもともと博徒の言葉であり、八九三の合計が20になることから、悪いことを表す隠語として使われ始めたという説明が記されています。
Q5:ヤクザと博徒は同じ意味ですか?
A5:完全に同じではありません。博徒は賭博を生業とする人々を指す言葉です。一方、ヤクザは博徒に限らず、無頼の人々や暴力団員などを広く指す呼称として使われてきました。
Q6:ヤクザと暴力団はどう違いますか?
A6:ヤクザは歴史的・一般的な呼称であるのに対し、暴力団は暴力団対策法に定義された言葉です。現在の報道や行政の文脈では、組織の法的な性質を説明するときに「暴力団」が使われます。
Q7:ヤクザの語源には八九三説以外もありますか?
A7:役者(ヤクシャ)が訛ったという説などが紹介されることもあります。ただし、辞書の用例や『嬉遊笑覧』などの史料からは、八九三説の方が強い裏付けを持つ通説として位置づけられています。
まとめ:ヤクザの語源は八九三説が有力、江戸時代の文献が歴史を裏付ける
「ヤクザ」という言葉の由来は、花札賭博の三枚ガルタにおける八・九・三の組み合わせにあるという説が通説だ。
8+9+3は20となり、一の位は0。カブでは最も低い「ブタ」に相当する。そこから価値のないもの、役に立たないものを表す言葉になり、さらに博徒や無頼の人々を指す呼称へと意味が広がった。
この歴史を裏付ける重要な資料が、次の3つだ。
- 1736年『和田合戦女舞鶴』:価値がない、つまらないという意味の用例。
- 1754年『八景聞取法問』:人を指す意味での用例。
- 1830年『嬉遊笑覧』:八九三と博徒の言葉を結びつける語源説明。
加えて、昭和30年代には博徒・的屋・愚連隊などの活動が融合し、「暴力団」という呼称が社会的に定着した。現在は暴力団対策法によって、その組織的な性質が法律上も定義されている。
【プロの結論】語源を知ると、言葉の歴史と社会の変化が見えてくるヤクザの語源を単なる「八九三」という数字の語呂合わせで終わらせるのは惜しい。
この言葉の歴史には、江戸時代の賭博文化、博徒の隠語、庶民の日常語への浸透、そして戦後の暴力集団の変化という複数の社会的背景が重なっている。
特に重要なのは、言葉の意味が時代とともに変化しても、古い用例や文献をたどれば、その変化の過程を読み解けるということだ。
「ヤクザ」という言葉がいつ、どのような意味で使われ始めたのかを考えることは、日本語の語源研究だけでなく、江戸時代から現代までの社会史を理解する手がかりにもなる。
八九三説が現在も有力とされる理由は、単に数字の説明が面白いからではない。国語辞典の用例と江戸時代の文献が、互いに関連する歴史的な説明を残しているからなのである。
参考資料
- 小学館『精選版 日本国語大辞典』「やくざ」「おいちょかぶ」
- 小学館『日本大百科全書』「やくざ」
- 平凡社『改訂新版 世界大百科事典』「やくざ」
- 喜多村信節『嬉遊笑覧』(1830年成立)
- 国立国会図書館リサーチ・ナビ「日本語の初出・語源、ものごとの始まりを調べる」
- 警察庁『平成元年警察白書』
- 『暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律』