ゆり組とは、Snow Manの渡辺翔太さんと宮舘涼太さんの2人を指すファンの愛称です。
それぞれのプロフィールを整理すると、次のとおりです。
| 項目 | 渡辺翔太 | 宮舘涼太 |
|---|---|---|
| 読み方 | わたなべしょうた | みやだてりょうた |
| 生年月日 | 1992年11月5日 | 1993年3月25日 |
| 所属グループ | Snow Man | Snow Man |
| メンバーカラー | 青 | 赤 |
| ゆり組との関係 | 幼稚園時代の同級生 | 幼稚園時代の同級生 |
2人は同じ幼稚園に通い、年長時代に「ゆり組」というクラスで一緒に過ごしました。
つまり、芸能活動を始めてから付けられたコンビ名ではありません。実際に幼稚園で過ごしたクラスの名前が、そのまま大人になった2人の愛称として受け継がれているのです。
名前を付けたのは誰?興味深いのは、ゆり組という呼び名が生まれた経緯です。
2020年6月4日放送の文化放送『Snow Manの素のまんま』では、宮舘さん自身がコンビ名の由来を説明しました。
「僕ら幼稚園からの幼なじみでありまして。自分で言うのも恥ずかしいですけど、その幼稚園の年長さん組が“ゆり組”だったってことで」
渡辺さんから「これさ、誰が言い出したの?」と尋ねられると、宮舘さんはファンの方ではないかと答えています。
つまり、幼稚園時代のクラス名をファンが2人の関係性と結び付け、愛称として定着させたという流れです。
このエピソードは、リアルサウンドが掲載したラジオ番組の振り返り記事でも紹介されています。
「だてなべ」と「ゆり組」は同じ意味?もう一つ、ファンの間で使われる呼び名が「だてなべ」です。
- ゆり組: 幼稚園時代のクラス名に由来する愛称。
- だてなべ: 宮舘涼太さんと渡辺翔太さんの名字を組み合わせた呼び方。
どちらも2人を指しますが、ゆり組には幼少期から続く歴史が含まれています。
単に仲の良いメンバー同士というだけでなく、幼稚園時代の共通の記憶を持つ2人だからこそ、ゆり組という呼び名が特別な意味を持っているのです。
【出生から学生時代】同じ病院で生まれ、小中学校は別々だった

ゆり組の関係を語るとき、必ず話題になるのが「同じ病院で生まれた」という共通点です。
生まれた病院まで同じだった2025年10月10日放送のTBS系『A-Studio+』で、宮舘さんは渡辺さんとの幼少期からの縁について語りました。
2人は幼稚園だけでなく、生まれた病院まで同じだったといいます。
宮舘さん自身も、この偶然について不思議に感じていると話していました。
「今でも僕は不思議に思っている」
同番組では、笑福亭鶴瓶さんと藤ヶ谷太輔さんが渡辺さんにも事前取材を実施。幼稚園時代から続く2人の関係が紹介されました。
日刊スポーツやスポニチも、この放送内容を報道しています。
なお、ここで公に語られているのは同じ病院で生まれたという事実です。
病院の具体的な名称や所在地までは、番組で明かされていません。
生まれた場所について、特定の市町村や病院名を断定するのは適切ではありません。
幼稚園時代は「いつもツインズ」と呼ばれるほど仲良し2025年9月29日放送の日本テレビ系『しゃべくり007』では、宮舘さんの幼稚園時代を知る恩師が登場しました。
名前は、ひろみ先生。
約25年ぶりに番組で再会した先生は、幼い頃の2人について次のように振り返っています。
「いつもツインズで、“翔ちゃん”、“涼ちゃん”っていう感じでいました」
この言葉からも、2人が単に同じクラスに所属していただけではなく、幼稚園時代から一緒に行動する仲だったことが伝わります。
加えて、先生は2人がSnow Manとしてデビューしたことを心から喜んでいたそうです。
人生で初めてファンクラブに入会し、東京ドーム公演にも足を運んだというエピソードも紹介されました。
幼稚園の先生が大人になった教え子たちの活躍を応援しているという、温かい関係も印象的です。
小学生時代は学校が違っても習い事で一緒幼稚園を卒園した後、2人は別々の小学校に進学しました。
『しゃべくり007』の放送内容を紹介したentaxによると、地区の関係で学校は分かれたものの、ダンスや体操などの習い事では一緒だったといいます。
学校が違っても接点が続いていたことは、2人の幼なじみ関係を理解するうえで大切なポイントです。
小学校が別になったからといって、完全に交流が途切れたわけではありませんでした。
【小学校・中学校・高校】ゆり組の学生時代を年表で整理
2人の学生時代を時系列で整理すると、幼稚園からSnow Manのメンバーになるまでの道のりがよく分かります。
| 時期 | 渡辺翔太・宮舘涼太の関係 | 確認できるエピソード |
|---|---|---|
| 出生時 | 同じ病院 | 宮舘さんがテレビ番組で明かす |
| 幼稚園 | 同じ幼稚園・年長のゆり組 | 幼なじみとして一緒に過ごす |
| 小学校 | 別々の学校 | ダンスや体操などの習い事で交流 |
| 中学校 | 別々の学校 | 宮舘さんは中学1年生で事務所のオーディションへ |
| 高校 | 同じ高校・同じクラス | 芸能活動と学校生活を両立 |
| 2020年1月22日 | Snow Manとしてデビュー | 9人組としてCDデビュー |
| 2025年 | 国立競技場のステージに立つ | 宮舘さんが渡辺さんとの思いを回想 |
| 2026年 | Snow Manとして活動継続 | 4月9日にラジオで2人が共演 |
小学校と中学校については、2人が別々の学校に通っていたことが本人の発言を通じて確認されています。
ただし、具体的な学校名については、確実な本人発言や公式プロフィールで確認できる情報が限られています。
インターネット上では江戸川区内の学校名を挙げる情報もありますが、学校名を確定情報として扱うことはできません。
高校は同じクラスだった!高校時代については、渡辺さん本人が具体的な思い出を語っています。
2024年1月に掲載された『女性自身』のインタビューでは、宮舘さんと高校の同じクラスだったことを明かしました。
加えて、宮舘さんの方が学校で人気があったとも振り返っています。
高校名については、2026年3月の日刊ゲンダイがクラーク記念国際高校と報じています。本人が語った確かな共通点は、同じ高校、そして同じクラスだったという点です。
高校時代には2人だけの特別ルールも!2023年11月15日放送の日本テレビ系『DayDay.』では、渡辺さんが高校時代の興味深いエピソードを披露しました。
当時、2人は芸能活動をしていたため、学校に持っていく荷物が多かったそうです。
スクールバッグには教科書だけでなく、リハーサル用のジャージーなども入っていました。
そこで学校に相談したところ、渡辺さんと宮舘さんの2人だけ、私服での登校が認められたといいます。
しかし、渡辺さんは当初こそ自分なりにおしゃれを楽しんでいたものの、周囲からの反応を気にして、結局制服に戻したと笑いながら振り返りました。
このエピソードは、同じ高校で芸能活動と学業を両立していた2人ならではの思い出です。
【運命の再会】宮舘涼太のオーディションに渡辺翔太がいた!
ゆり組のエピソードの中でも、とりわけドラマチックなのがジャニーズ事務所のオーディション会場での再会です。
宮舘涼太が中学1年生でオーディションを受ける幼稚園を卒園してから小学校、中学校と別々の学校に通っていた2人。
再び顔を合わせたのは、宮舘さんが中学1年生のときでした。
宮舘さんは芸能活動を始めるため、当時のジャニーズ事務所のオーディションを受けに行きます。
一方、渡辺さんはすでに事務所に所属し、ジャニーズJr.として活動していました。
つまり、同じ幼稚園に通っていた2人が、今度はオーディションを受ける側と、後輩にお手本を見せる側という立場で再会したのです。
再会した瞬間の会話が印象的2025年10月10日放送の『A-Studio+』で、宮舘さんは再会したときの様子を説明しました。
オーディション会場では、すでに所属しているジュニアのメンバーが前に立ち、参加者にお手本を見せていました。
その中に渡辺さんがいたのです。
宮舘さんによると、渡辺さんは宮舘さんに気付くと、驚いた様子で声を掛けてきたといいます。
渡辺「おぉぉ!何してんだ!」
宮舘「来ちゃった」
幼稚園時代の友達が、まさか同じ芸能事務所のオーディション会場に現れるとは、渡辺さんも予想していなかったはずです。
宮舘さんにとっても、知っている顔がそこにいたことは大きな出来事だったでしょう。
この再会は、単なる偶然の再会にとどまりませんでした。宮舘さんの芸能活動が始まる重要なタイミングで、幼なじみの渡辺さんと再び接点が生まれたのです。
渡辺翔太のアドバイスが宮舘涼太を救った?このオーディションの再会については、2021年1月号の雑誌『Myojo』のロングインタビューを引用した記事でも、興味深いエピソードが紹介されています。
宮舘さんは久しぶりに会った渡辺さんに話しかけたものの、オーディション中という状況から、渡辺さんは周囲の目を考えて親しげな態度を控えたそうです。
その一方で、渡辺さんは宮舘さんが身に着けていたアクセサリーについて、外した方がよいと小声で伝えたという内容も紹介されています。
宮舘さんは、そのアドバイスがなければ現在の自分はいなかったかもしれないと振り返ったとされています。
幼なじみだからこそ気付いた細かな部分を、芸能活動の先輩として伝えた出来事です。
【A-Studio+で話題】宮舘涼太が語った幼なじみとの関係性
2025年10月10日放送の『A-Studio+』は、ゆり組の関係を改めて知ることができる重要な番組となりました。
MCの笑福亭鶴瓶さんと藤ヶ谷太輔さんが渡辺さんに事前取材を行い、宮舘さんの知られざる一面についても話題が広がりました。
「顔色一つで分かる」ほどの関係宮舘さんは渡辺さんとの関係について、次のように語っています。
「何を考えてるかも顔色一つで分かるというか。それぐらいの仲なので」
幼稚園時代から長く付き合っている2人だからこそ、言葉にしなくても相手の気持ちが分かる場面があるのでしょう。
また、宮舘さんは幼なじみと同じグループになること自体がすごいことだと話していました。
同じグループに所属するメンバーは、仕事上のパートナーでもあります。しかし、ゆり組の場合は、仕事で出会うよりずっと前からお互いを知っていたという背景があります。
32歳になっても「ゆり組」と呼ばれる照れくささ番組では、雑誌撮影で2人が一緒になる際の話も披露されました。
撮影スタッフから「ゆり組の皆さん」と呼ばれ、肩を組んで笑顔を見せるように求められることがあるそうです。
しかし、宮舘さんは32歳になった2人が幼稚園時代と同じように扱われることについて、渡辺さんと話すことがあると明かしました。
幼い頃のクラス名が現在まで残っていることを、2人自身もどこか照れくさく感じているようです。
このエピソードが面白いのは、ファンにとっては感動的な幼なじみエピソードであっても、本人たちにとっては昔から知っている友人同士の自然な関係でもあるという点です。
国立競技場で実感した30年の絆『A-Studio+』で特に印象的だったのが、2025年4月の国立競技場でのコンサートについての話です。
宮舘さんは、ステージに立ったとき、メンバーそれぞれへの思いがある中で、渡辺さんと一緒に国立競技場に立っていることを改めて実感した瞬間があったと語りました。
その思いを表したのが、次の言葉です。
「翔太と国立に立ったか」
宮舘さんによると、2人は3歳頃から知っている関係で、約30年にわたる付き合いになります。
幼稚園時代には想像もしていなかった大きなステージに、幼なじみと同じグループのメンバーとして立つ。
その瞬間に、これまでの時間が重なったのでしょう。
藤ヶ谷さんから幼稚園時代に国立競技場に立つ約束をしていたのかと尋ねられると、宮舘さんは当時3歳だったので、国立競技場のことは分からなかったと笑っていました。
このやり取りには、幼なじみの歴史と現在のアーティストとしての成長が同時に表れています。
【2026年最新】ゆり組の現在とSnow Manの最新エピソード
2026年10月30日現在、渡辺翔太さんと宮舘涼太さんはSnow Manのメンバーとして、それぞれの個人活動とグループ活動を続けています。
ゆり組という関係性も、過去の思い出だけではありません。
2026年4月9日『Snow Manの素のまんま』で共演2026年のゆり組関連の話題として注目したいのが、4月9日放送の文化放送『不二家 presents Snow Manの素のまんま』です。
この日の出演者は、渡辺翔太さんと宮舘涼太さんの2人でした。
同番組は、Snow Manのメンバーが週替わりでパーソナリティーを担当する冠ラジオ番組です。
普段のテレビ出演やステージとは異なり、声だけのトークを通してメンバー同士の自然な掛け合いを楽しめるのが魅力です。
幼稚園からの幼なじみである2人が同じラジオブースでパーソナリティーを務めることは、ゆり組を応援するファンにとっても特別な機会となりました。
4月9日の出演者告知でも、渡辺さんと宮舘さんの組み合わせが確認できます。
2026年も続くSnow Manとしての活動2026年はSnow Manにとっても活動の幅が広がる年です。
所属レーベルのMENT RECORDINGが掲載する公式情報では、2026年4月29日にトリプルA面シングル『BANG!! / SAVE YOUR HEART / オドロウゼ!』がリリースされています。
個人としての活動が増える一方、グループとして9人がそろう機会も続いています。
文化放送は2026年1月22日、デビュー6周年を記念した『Snow Manの素のまんま』の9人全員出演を発表しました。番組で9人が一堂に会するのは6年ぶりでした。
ゆり組という2人の関係性は、Snow Manという9人のグループの中にある、長い歴史を持つつながりの一つです。
ゆり組は今も昔と変わらない関係なのか?現在の2人の関係を考えるうえで大切なのは、幼なじみという過去だけでなく、同じグループで活動する現在も共有しているという点です。
幼稚園時代は同じクラスの友達。
小学校と中学校では別々の学校に通い、高校で再び同じクラスになりました。
そして芸能活動では、オーディション会場での再会を経て、最終的には同じグループでデビューしています。
宮舘さんが『A-Studio+』で語った国立競技場のエピソードは、幼なじみとしての思いと、仕事仲間としての達成感が重なった瞬間でした。
2人の関係性は、昔からずっと同じ距離感でいるというよりも、人生の段階ごとに新しい関係を積み重ねてきたものと考えると理解しやすいでしょう。
【噂と事実を検証】ゆり組についてよくある誤解
ゆり組はエピソードが豊富なため、インターネット上ではさまざまな情報が紹介されています。
ただし、本人が話した内容と、ファンの間で広まった情報は区別して理解することが大切です。
| 話題 | 確認できる内容 | 判断 |
|---|---|---|
| 同じ病院で生まれた | 宮舘さんがテレビで言及 | 本人発言あり |
| 同じ幼稚園だった | 本人発言・恩師の証言あり | 確認できる |
| 年長のクラスはゆり組 | 宮舘さんがラジオで説明 | 確認できる |
| 小学校・中学校も同じ | 別々の学校に通っていた | 誤り |
| 高校は同じ | 本人がインタビューで説明 | 確認できる |
| 病院の具体的な名称 | 公表情報を確認できない | 未公表 |
| 小中学校の具体的な校名 | 確実な本人発言を確認できない | 断定不可 |
| ゆり組は公式ユニット名 | 幼稚園時代のクラス名に由来するファンの通称 | 愛称として理解するのが適切 |
特に注意したいのは、同じ病院で生まれたという話から、出生地の市町村や病院名まで推測してしまうことです。
また、大学についても同じ大学に進学したという報道がありますが、本人の発言と報道上の情報は分けて扱う必要があります。
ゆり組の魅力は、確認できる本人発言や恩師の証言だけでも十分に伝わります。
【Snow Manゆり組】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:Snow Manのゆり組とは誰と誰ですか?
A1:渡辺翔太さんと宮舘涼太さんの2人です。幼稚園の年長時代に同じ「ゆり組」だったことが名前の由来です。
Q2:ゆり組の2人は同じ病院で生まれたのですか?
A2:はい。宮舘さんが2025年10月放送の『A-Studio+』で、渡辺さんと生まれた病院も同じだったと語っています。ただし、具体的な病院名は公表されていません。
Q3:渡辺翔太さんと宮舘涼太さんは小学校・中学校も同じですか?
A3:いいえ。小学校と中学校は別々でした。高校では再び同じ学校になり、同じクラスだったことを渡辺さん本人が語っています。
Q4:ゆり組はどのように再会したのですか?
A4:宮舘さんが中学1年生でジャニーズ事務所のオーディションを受けた際、すでに所属していた渡辺さんが会場でお手本を見せる側にいました。そのとき偶然再会しました。
Q5:ゆり組とだてなべの違いは何ですか?
A5:どちらも渡辺翔太さんと宮舘涼太さんを指す呼び名です。ゆり組は幼稚園のクラス名、だてなべは2人の名字を組み合わせた愛称です。
Q6:2026年にゆり組の共演はありましたか?
A6:はい。2026年4月9日放送の文化放送『Snow Manの素のまんま』で渡辺さんと宮舘さんが2人で出演しました。
まとめ:ゆり組は幼稚園からSnow Manまで続く唯一無二の絆
Snow Manのゆり組は、渡辺翔太さんと宮舘涼太さんが幼稚園の年長時代に同じクラスだったことから生まれた愛称です。
2人の歴史を振り返ると、単なる偶然では片付けられないほど多くの共通点があります。
- 生まれた病院が同じだった。
- 幼稚園の年長時代は同じゆり組だった。
- 小学校と中学校は別々だったが、習い事で交流していた。
- 中学1年生のオーディション会場で再会した。
- 高校では同じクラスになった。
- 2020年にSnow Manとしてデビューした。
- 2025年には国立競技場のステージに一緒に立った。
- 2026年もラジオ番組などで共演している。
特に『A-Studio+』で宮舘さんが語った「翔太と国立に立ったか」という思いは、ゆり組の歴史を象徴するエピソードです。
幼稚園時代の友達と、何十年も経った後に同じグループのメンバーとして大きなステージに立つ。その歩みには、ファンだけでなく、多くの人が心を動かされる理由があります。
ゆり組の本当の魅力は、幼なじみという肩書だけではありません。
それぞれが異なる道を歩み、芸能活動という世界で再会し、同じ目標に向かって努力を重ねてきたことにあります。
2026年以降も、渡辺翔太さんと宮舘涼太さんがSnow Manのメンバーとしてどのような姿を見せてくれるのか。幼稚園時代から続く2人の物語は、これからも多くのファンに愛されていきそうです。