戦後の総理大臣一覧を振り返ると、1945年8月17日に就任した東久邇宮稔彦王から、2026年10月現在の高市早苗まで、日本の政治がたどってきた大きな変化が見えてくる。首相官邸の公式記録では、戦後最初の内閣総理大臣は第43代、現在の高市早苗は第105代として掲載されている。
歴代首相には、吉田茂や佐藤栄作のように複数回政権を担当した人物もいれば、短期間で退任した人物もいる。この記事では、1945年以降の歴代内閣総理大臣を就任順に整理し、それぞれの在任期間、代数、通算在職日数ランキング、再登板の仕組みまで詳しく紹介する。
【2026年最新】戦後の総理大臣一覧は第43代から第105代まで

日本の戦後政治は、1945年8月17日の東久邇宮稔彦王内閣から始まる。首相官邸の「歴代内閣」では、戦前の第42代・鈴木貫太郎の続いて、第43代・東久邇宮稔彦王が掲載されている。
2026年10月30日現在、現職の内閣総理大臣は高市早苗である。2025年10月21日に第104代として就任し、日本初の女性首相となった。その後、2026年2月18日の首相指名選挙で再び指名され、第105代として第2次高市内閣を発足させている。
ここで押さえておきたいのが、戦後初代と日本初代は意味が異なる点だ。日本の初代内閣総理大臣は1885年に就任した伊藤博文であり、東久邇宮稔彦王は歴代全体では第43代に当たる。
戦後初代・東久邇宮稔彦王が担った終戦直後の政治東久邇宮稔彦王は、1945年8月17日に第43代内閣総理大臣に就任した。皇族出身者が首相を務めた最初の内閣であり、終戦直後の極めて困難な時期に政権を担当した。
国立国会図書館の「日本国憲法の誕生」や歴代首相に関する展示資料によると、東久邇宮内閣は連合国への降伏文書調印後の終戦処理、陸海軍の解体などに取り組んだ。在職期間は1945年10月9日までの54日間で、歴代首相の中でも最短の記録となっている。
その後を引き継いだのが第44代・幣原喜重郎である。外交官としての経験を持つ幣原は、占領下の日本で政治・社会制度の転換が進む時期に政権を担当した。
【就任順の完全一覧】1945年から2026年までの歴代総理大臣と在任期間
以下は、首相官邸の歴代内閣記録を基準に整理した戦後の総理大臣一覧である。代数は43代から105代まで続き、同じ人物が再登板した場合も新たな代数が付けられる。
表では、連続して組閣した同一人物の代数をまとめ、再登板まで期間が空いた吉田茂と安倍晋三は別々に掲載した。人物としては37人、首相就任の代数では63代分に当たる。
| 代数 | 内閣総理大臣 | 在任期間 | 通算在職日数・備考 |
|---|---|---|---|
| 第43代 | 東久邇宮稔彦王 | 1945年8月17日~1945年10月9日 | 54日 |
| 第44代 | 幣原喜重郎 | 1945年10月9日~1946年5月22日 | 226日 |
| 第45代 | 吉田茂 | 1946年5月22日~1947年5月24日 | 通算2,616日 |
| 第46代 | 片山哲 | 1947年5月24日~1948年3月10日 | 292日 |
| 第47代 | 芦田均 | 1948年3月10日~1948年10月15日 | 220日 |
| 第48~51代 | 吉田茂 | 1948年10月15日~1954年12月10日 | 第45代を含め通算2,616日 |
| 第52~54代 | 鳩山一郎 | 1954年12月10日~1956年12月23日 | 745日 |
| 第55代 | 石橋湛山 | 1956年12月23日~1957年2月25日 | 65日 |
| 第56~57代 | 岸信介 | 1957年2月25日~1960年7月19日 | 1,241日 |
| 第58~60代 | 池田勇人 | 1960年7月19日~1964年11月9日 | 1,575日 |
| 第61~63代 | 佐藤栄作 | 1964年11月9日~1972年7月7日 | 2,798日 |
| 第64~65代 | 田中角栄 | 1972年7月7日~1974年12月9日 | 886日 |
| 第66代 | 三木武夫 | 1974年12月9日~1976年12月24日 | 747日 |
| 第67代 | 福田赳夫 | 1976年12月24日~1978年12月7日 | 714日 |
| 第68~69代 | 大平正芳 | 1978年12月7日~1980年6月12日 | 554日 |
| 第70代 | 鈴木善幸 | 1980年7月17日~1982年11月27日 | 864日 |
| 第71~73代 | 中曽根康弘 | 1982年11月27日~1987年11月6日 | 1,806日 |
| 第74代 | 竹下登 | 1987年11月6日~1989年6月3日 | 576日 |
| 第75代 | 宇野宗佑 | 1989年6月3日~1989年8月10日 | 69日 |
| 第76~77代 | 海部俊樹 | 1989年8月10日~1991年11月5日 | 818日 |
| 第78代 | 宮澤喜一 | 1991年11月5日~1993年8月9日 | 644日 |
| 第79代 | 細川護熙 | 1993年8月9日~1994年4月28日 | 263日 |
| 第80代 | 羽田孜 | 1994年4月28日~1994年6月30日 | 64日 |
| 第81代 | 村山富市 | 1994年6月30日~1996年1月11日 | 561日 |
| 第82~83代 | 橋本龍太郎 | 1996年1月11日~1998年7月30日 | 932日 |
| 第84代 | 小渕恵三 | 1998年7月30日~2000年4月5日 | 616日 |
| 第85~86代 | 森喜朗 | 2000年4月5日~2001年4月26日 | 387日 |
| 第87~89代 | 小泉純一郎 | 2001年4月26日~2006年9月26日 | 1,980日 |
| 第90代 | 安倍晋三 | 2006年9月26日~2007年9月26日 | 通算3,188日 |
| 第91代 | 福田康夫 | 2007年9月26日~2008年9月24日 | 365日 |
| 第92代 | 麻生太郎 | 2008年9月24日~2009年9月16日 | 358日 |
| 第93代 | 鳩山由紀夫 | 2009年9月16日~2010年6月8日 | 266日 |
| 第94代 | 菅直人 | 2010年6月8日~2011年9月2日 | 452日 |
| 第95代 | 野田佳彦 | 2011年9月2日~2012年12月26日 | 482日 |
| 第96~98代 | 安倍晋三 | 2012年12月26日~2020年9月16日 | 第90代を含め通算3,188日 |
| 第99代 | 菅義偉 | 2020年9月16日~2021年10月4日 | 384日 |
| 第100~101代 | 岸田文雄 | 2021年10月4日~2024年10月1日 | 1,094日 |
| 第102~103代 | 石破茂 | 2024年10月1日~2025年10月21日 | 386日 |
| 第104~105代 | 高市早苗 | 2025年10月21日~2026年2月18日/2026年2月18日~現在 | 第104代は121日、第105代は在職中 |
表の見方:在職日数は首相官邸が公表する各人物の通算記録を基本としている。複数回の就任を単純に日付差で足した数値とは一致しない場合があるため、ランキングを確認するときは公式の通算在職日数を優先したい。
【時代別に解説】戦後政治を変えた歴代首相と政権の流れ
1945~1954年:終戦処理から独立回復へ戦後最初の約10年間は、敗戦からの復興と占領政策への対応が政治の中心だった。
東久邇宮稔彦王、幣原喜重郎に続いて政権を担った吉田茂は、戦後日本の政治・外交の方向性を形づくった代表的な首相である。1946年から1954年まで、途中の政権交代を挟みながら5度にわたって内閣を組織した。
吉田政権期には日本国憲法の施行、サンフランシスコ平和条約の締結、日米安全保障条約の締結など、戦後日本の基本的な枠組みに関わる出来事が相次いだ。平和条約が発効した1952年4月28日には、日本は主権を回復している。
吉田退陣後は鳩山一郎が政権を担当し、1955年には自由民主党が結成された。いわゆる55年体制が成立し、その後の日本政治を長く特徴づける政治構造が形成された。
1955~1972年:高度経済成長と長期政権の時代この時期を代表する首相は、岸信介、池田勇人、佐藤栄作の3人だ。
池田勇人政権は所得倍増政策を掲げ、高度経済成長を進める時代の象徴となった。佐藤栄作は1964年から1972年まで約8年間にわたって首相を務め、沖縄返還など戦後外交における重要な局面を担当した。
特に佐藤の通算在職日数2,798日は、安倍晋三が記録を更新するまで長く歴代最長だった。戦後日本の経済成長と国際社会への復帰を考えるうえで、佐藤政権は欠かせない存在である。
1972~1989年:田中角栄から中曽根康弘へ田中角栄は1972年に首相に就任し、同年の日中国交正常化を実現した。続く三木武夫、福田赳夫、大平正芳、鈴木善幸の各政権では、石油危機後の経済運営や財政問題などが大きな課題となった。
1982年に就任した中曽根康弘は、約5年間にわたって政権を担当した。行政改革や国鉄分割民営化など、国家の仕組みを見直す政策を進めた首相として知られている。
この時代は、戦後政治の安定した政党構造を背景に、首相の政策判断と党内調整が政権運営を左右した時期でもある。
1989~2009年:政権交代と小泉・安倍政権平成に入ると、首相交代の頻度が高まった。宇野宗佑、海部俊樹、宮澤喜一の各政権を経て、1993年には細川護熙内閣が誕生。自民党が政権を離れ、非自民勢力による連立政権が成立した。
その後も羽田孜、村山富市、橋本龍太郎、小渕恵三、森喜朗と首相が交代していく。2001年に就任した小泉純一郎は、約5年半にわたり政権を維持し、郵政民営化をはじめとする改革路線で大きな注目を集めた。
2006年には安倍晋三が第90代首相に就任した。第一次政権は約1年で終了したものの、2012年に再び首相に就任し、2020年まで長期政権を築いた。
2009~2026年:政権交代、再交代、女性首相の誕生2009年には民主党への政権交代が実現し、鳩山由紀夫、菅直人、野田佳彦の3人が首相を務めた。その後、2012年に自民党が政権に復帰し、安倍晋三の第二次政権が始まった。
安倍退任後は菅義偉、岸田文雄、石破茂と首相が交代。2025年10月21日には高市早苗が第104代首相に就任し、日本初の女性首相が誕生した。
2026年2月18日には再び首相に指名され、第105代となった。終戦直後の占領下から始まった戦後政治は、女性が初めて首相を務める段階にまで進んでいる。
【在任日数ランキング】戦後の長期政権トップ10を比較
歴代総理大臣を比較するとき、注目される指標の一つが通算在職日数だ。同じ人物が複数回首相を務めた場合、それぞれの期間を合算した日数で比較する。
首相官邸の記録やnippon.comの歴代首相データを基準にすると、戦後の長期政権上位は次のようになる。
- 安倍晋三:3,188日
- 佐藤栄作:2,798日
- 吉田茂:2,616日
- 小泉純一郎:1,980日
- 中曽根康弘:1,806日
- 池田勇人:1,575日
- 岸信介:1,241日
- 岸田文雄:1,094日
- 橋本龍太郎:932日
- 田中角栄:886日
安倍晋三は、2006年の第一次政権と2012年から2020年までの第二次・第三次・第四次政権を合わせて、通算3,188日を記録した。
2020年8月24日には第二次政権以降の連続在職日数でも歴代最長を更新し、連続2,822日という記録を残している。通算在職日数と連続在職日数の両方で歴史的な記録を持つ首相だ。
2位・佐藤栄作と3位・吉田茂も長期政権の代表格佐藤栄作は1964年から1972年まで、約7年8か月にわたり政権を担当した。沖縄返還を実現したことなどから、戦後外交を代表する首相の一人として記憶されている。
吉田茂は1946年から1954年までの間に5度内閣を組織し、通算2,616日を記録した。終戦直後の占領期から独立回復までを担った政治家であり、長期政権という数字だけでは語れない歴史的な役割を持つ。
在任日数が短かった首相にも注目長期政権とは対照的に、短期間で退任した首相もいる。戦後最短は東久邇宮稔彦王の54日間であり、次いで羽田孜の64日間、石橋湛山の65日間、宇野宗佑の69日間などが挙げられる。
ただし、短い在任期間だけを理由に、その首相の政治的な成果や影響力を判断することはできない。政党間の関係、国会の勢力構成、選挙結果、国内外の情勢など、政権が置かれた条件も合わせて考える必要がある。
【再登板の仕組み】同じ人物なのに総理大臣の代数が変わる理由
歴代総理大臣一覧を見て混乱しやすいのが、同じ名前が何度も登場する点だ。これは誤記ではなく、内閣総理大臣の代数が人物の人数ではなく、就任した順番を基準に付けられているためである。
吉田茂は第45代と第48~51代を担当吉田茂は第45代として初めて首相に就任した後、いったん退任した。しかし1948年に再び首相となり、第48代から第51代まで連続して政権を担当した。
そのため、吉田茂という人物は1人でも、歴代総理大臣の代数では5つの番号に登場する。
安倍晋三は第90代と第96~98代安倍晋三も同じ仕組みだ。2006年の第一次政権では第90代、2012年の再登板後は第96代、第三次政権で第97代、第四次政権で第98代となった。
この4つの代を合わせた通算在職日数が3,188日である。第一次政権が終了した後に再び首相に選ばれたため、代数も新しくなった。
内閣の改造と総理大臣の代数は別のものもう一つ重要なのが、内閣改造と首相の再任は異なるという点だ。
例えば、同じ首相が閣僚を入れ替えて内閣改造を行っても、首相そのものが交代しなければ新しい代数は付かない。一方、衆参両院で新たに首相指名を受ければ、同じ人物であっても新しい代数になる。
つまり、歴代総理大臣の一覧では、次の3つを区別すると理解しやすい。
- 人物数:首相を務めた人が何人いるか。
- 代数:初代から数えて何番目の首相就任か。
- 内閣数:第1次、第2次、改造内閣など、どの内閣が成立したか。
2026年の高市早苗も、第104代と第105代の両方に名前がある。別人になったわけではなく、再び首相に指名されたことを表している。
【2026年最新】高市早苗は第105代・日本初の女性内閣総理大臣
2026年現在の政治を理解するうえで外せないのが、高市早苗の首相就任だ。2025年10月21日、衆参両院で首相指名投票が行われ、高市早苗が第104代内閣総理大臣に指名された。
これは日本の憲政史上初めての女性首相の誕生でもある。首相官邸の公式記録では、伊藤博文から数えて第104代とされ、その後の再指名によって第105代へと続いている。
高市早苗の首相就任から2026年10月まで- 2025年10月21日:第104代内閣総理大臣に指名。第1次高市内閣が発足。
- 2026年2月18日:再び首相に指名され、第105代に就任。第2次高市内閣が発足。
- 2026年9月17日:第2次高市内閣の改造内閣が発足。
- 2026年10月30日:高市早苗が現職の内閣総理大臣を務めている。
第104代としての在職日数は121日。2026年2月18日からは第105代として在職を続けている。首相官邸の歴代内閣ページには第105代・高市早苗が現職として掲載され、第2次高市内閣の改造後の閣僚名簿も公開されている。
女性初という歴史的な意味日本の首相は長い間、男性が務めてきた。高市早苗の就任は、単に首相の名前が変わったというだけでなく、女性が日本の行政の最高責任者に就いたという歴史的な転換点である。
一方、女性首相の誕生と、政治・行政の意思決定における男女平等の実現は同じではない。首相という一つの役職に女性が就いたことと、閣僚や国会議員、各政策分野の意思決定層における女性の参画状況は、分けて捉える必要がある。
今後の高市政権を評価する際には、女性初という歴史的な事実に加え、経済政策、外交・安全保障、社会保障、政治改革などの実績を具体的に確認することが重要だ。
【プロの結論】総理大臣を比較するときは数字の意味を見極める歴代首相を調べる際に、最も注意したいのは「代数」「在任期間」「通算在職日数」を混同しないことだ。
例えば、安倍晋三は通算在職日数では戦後1位だが、第一次政権と第二次以降の政権は別々の期間である。吉田茂も5度の就任を経験しており、一つの連続した政権ではない。
また、首相の在任期間が長いことは政権の安定性を考える材料にはなるが、政策の成功や国民からの評価を直接証明するものではない。政治的な成果を比較するときは、在任日数だけでなく、当時の国際情勢、国会の構成、政策の実施状況も合わせて確認する必要がある。
歴代総理大臣の情報を正確に読み取るなら、首相官邸の公式記録を基準にし、人物の人数と代数を区別し、通算と連続の在職日数を使い分けることが基本となる。
【戦後の総理大臣一覧】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:戦後初代の内閣総理大臣は誰ですか?
A1:東久邇宮稔彦王です。1945年8月17日に第43代として就任し、同年10月9日まで54日間在職しました。なお、日本初代の内閣総理大臣は1885年に就任した伊藤博文です。
Q2:2026年現在の総理大臣は何代目ですか?
A2:高市早苗です。2025年10月21日に第104代として就任し、2026年2月18日に再び指名されて第105代となりました。日本初の女性内閣総理大臣でもあります。
Q3:戦後で最も在任日数が長い総理大臣は誰ですか?
A3:安倍晋三です。第一次政権と第二次・第三次・第四次政権を合わせた通算在職日数は3,188日です。2位は佐藤栄作の2,798日、3位は吉田茂の2,616日です。
まとめ:戦後の総理大臣一覧から日本政治の変遷を読み解く
戦後の総理大臣は、1945年の東久邇宮稔彦王から2026年現在の高市早苗まで続いている。首相官邸の公式記録では、第43代から第105代までの63代分が戦後の歴代首相に当たる。
長期政権を築いた安倍晋三、佐藤栄作、吉田茂をはじめ、戦後復興、高度経済成長、政権交代、外交・安全保障の転換など、歴代首相はそれぞれ異なる時代の課題に向き合ってきた。
2026年の現職は、日本初の女性首相である第105代・高市早苗だ。今後の政権の動きを追う際にも、就任した順番、内閣の成立時期、通算在職日数を分けて確認すると、ニュースや政治史をより正確に理解できる。
歴代総理大臣の情報を調べる際は、首相官邸の「歴代内閣」を基本資料とし、国立国会図書館の歴代首相資料や公的な国会記録も併せて参照したい。