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二所ノ関一門とは?2026年10月の所属17部屋・歴史と系譜、勢力図を徹底解説

白川 結衣 白川 結衣 • 更新: • 公開: • 読了約 20 分
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二所ノ関一門とは、大相撲に存在する5つの一門の一つで、歴史的な二所ノ関部屋を源流とする相撲部屋の集まりです。2026年10月31日時点では、所属部屋は17部屋と整理されており、出羽海一門の14部屋を上回る、現存する5一門の中で最大規模のグループとなっています。

ただし、「二所ノ関一門」と「二所ノ関部屋」は同じ意味ではありません。二所ノ関部屋は元横綱・稀勢の里が師匠を務める一つの相撲部屋であり、一門は佐渡ヶ嶽部屋、放駒部屋、中村部屋、田子ノ浦部屋などを含む、複数の部屋のまとまりです。大の里の活躍によって一門の名前を知った人も、この違いを理解すると相撲界の人間関係や歴史が見えやすくなります。

【基礎知識】二所ノ関一門とは何か?2026年現在の勢力図

二所ノ関一門
二所ノ関一門は相撲部屋17か所の集合体

二所ノ関一門は、複数の相撲部屋が歴史的な師弟関係や独立の経緯を背景に形成してきた組織です。現在は、二所ノ関部屋だけでなく、佐渡ヶ嶽部屋、片男波部屋、田子ノ浦部屋など、それぞれ独立した師匠と力士を持つ部屋が参加しています。

一門という言葉は、単なる部屋の住所や名称の分類ではありません。親方同士のつながり、部屋の独立をめぐる歴史、連合稽古、協会運営など、相撲界のさまざまな場面に関係するまとまりです。

日本相撲協会が公開している「相撲部屋のご紹介」では、各部屋の師匠や所属力士、所在地などを確認できます。一方、公式サイトには一門別の所属一覧が掲載されていません。そのため、2026年10月の17部屋という数字は、公式の部屋名簿と報道、相撲関係者による系譜資料などを照合した分類です。

大相撲を構成する5つの一門

2026年10月時点の大相撲には、次の5つの一門があります。

  • 二所ノ関一門:17部屋
  • 出羽海一門:14部屋
  • 時津風一門:5部屋
  • 伊勢ヶ濱一門:5部屋
  • 高砂一門:4部屋

合計すると45部屋です。二所ノ関一門は部屋数で最大となっていますが、これは相撲協会が一門に公式な順位や格付けを設けているという意味ではありません。

また、一門の規模と所属力士の強さは別の問題です。部屋数が多いから必ず優勝力士が多いというわけではなく、師匠の指導方針、所属力士の年齢構成、入門者の確保、部屋の独立や継承など、複数の条件によって勢力図は変化します。

【2026年10月最新】二所ノ関一門の所属17部屋一覧

2026年10月31日時点で整理できる所属部屋は次の17か所です。師匠の年寄名と現役時代の代表的な四股名を併記しました。

相撲部屋 師匠・現役時代の四股名 系譜・主な経緯
二所ノ関部屋 二所ノ関寛(稀勢の里) 2021年に荒磯部屋から改称
放駒部屋 放駒新(玉乃島) 旧二所ノ関部屋を2021年に継承
中村部屋 中村雅継(嘉風) 2024年に二所ノ関部屋から独立
佐渡ヶ嶽部屋 佐渡ヶ嶽満宗(琴ノ若) 歴史的な二所ノ関系の分家
鳴戸部屋 鳴戸勝紀(琴欧洲) 2017年に佐渡ヶ嶽部屋から独立
秀ノ山部屋 秀ノ山和弘(琴奨菊) 2024年に佐渡ヶ嶽部屋から独立
片男波部屋 片男波良二(玉春日) 旧二所ノ関系の分家
田子ノ浦部屋 田子ノ浦伸一(隆の鶴) 旧鳴戸部屋の継承・改称系統
西岩部屋 西岩忍(若の里) 2018年に田子ノ浦部屋から独立
芝田山部屋 芝田山康(大乃国) 旧放駒部屋から独立
湊川部屋 湊川貴信(貴景勝) 2026年に常盤山部屋を継承・改称
押尾川部屋 押尾川旭(豪風) 2022年に尾車部屋から独立
大嶽部屋 大嶽大輔(玉飛鳥) 大鵬系。2018年に旧貴乃花一門から合流
阿武松部屋 阿武松健二(大道) 旧貴乃花一門から2018年に合流
高田川部屋 高田川勝巳(安芸乃島) 2011年に高砂系から加入
湊部屋 湊孝行(湊富士) 時津風系から2018年に加入
錣山部屋 錣山矩幸(豊真将) 時津風系から2018年に加入

この一覧で注目したいのは、17部屋すべてが同じ親方から直接分かれたわけではないことです。歴史的な二所ノ関系の部屋に加え、別の一門から移ってきた部屋や、近年新設・継承された部屋も含まれています。

2026年に加わった大きな変化は湊川部屋

2026年の勢力図を理解するうえで外せないのが、元大関・貴景勝による常盤山部屋の継承です。

日本相撲協会は2025年11月27日付の理事会発表で、2026年1月26日付で湊川親方(元貴景勝)が常盤山部屋を継承し、湊川部屋とすることを承認しました。

これによって、部屋の名称と師匠が変わりました。隆の勝や若ノ勝らの所属も湊川部屋となり、元貴景勝が新たな師匠として部屋を率いる形になっています。

単純に新しい建物を建てて部屋を増やしたという話ではなく、既存の部屋を継承して名称と運営体制を引き継いだ動きです。相撲部屋の数と一門の所属を考える際には、独立だけでなく継承や改称も区別する必要があります。

【歴史と系譜】二所ノ関一門を築いた歴代親方と分家の広がり

源流は1909年に始まった旧二所ノ関部屋

二所ノ関部屋の歴史をたどると、明治42年(1909年)に行き着きます。墨田区立図書館の相撲関連資料によると、友綱部屋に所属していた関脇・海山が二所ノ関を襲名し、引退後に部屋を創設したことが始まりです。

その後、二所ノ関部屋の基盤を大きくしたのが、第32代横綱・玉錦でした。玉錦は現役時代から二所ノ関を襲名し、部屋の発展に力を注ぎました。

玉錦の死後、部屋を引き継いだのが関脇・玉ノ海です。さらに戦後は大関・佐賀ノ花が八代目二所ノ関を継承し、大鵬や大麒麟などの名力士を育てました。

この時代に形成された大きな特徴が、弟子を育てた親方が独立して新しい部屋を構える分家制度です。二所ノ関部屋からは、花籠、佐渡ヶ嶽、片男波、大鵬などの系統が広がっていきました。

二所ノ関の歴代継承者を理解する

歴史的な本家の年寄名跡の継承は、おおむね次の流れで整理できます。

  • 海山:1909年に二所ノ関を襲名し、部屋を創設。
  • 玉錦:第32代横綱。二所ノ関部屋の発展に大きく貢献。
  • 玉ノ海:玉錦の後を継ぎ、分家独立を進めた親方。
  • 佐賀ノ花:八代目二所ノ関。大鵬や大麒麟らを育成。
  • 十勝岩:本家の継承過程に関わった親方。
  • 金剛:十代目二所ノ関を継承した最後の本家師匠。

この歴史で特に重要なのが、玉ノ海の時代に進んだ分家独立です。

相撲部屋は、師匠が弟子を育てるだけの場所ではありません。部屋付き親方が経験を積み、自分の部屋を持つことで、指導者と力士の受け皿が増えていきます。こうした独立を重ねたことが、二所ノ関系統が大きく広がった理由の一つです。

本家の消滅と二所ノ関の名称復活

歴史を複雑にしているのが、二所ノ関部屋という名称が時代によって異なる部屋に使われてきたことです。

旧二所ノ関部屋は、金剛の時代を経て2013年1月場所限りで閉鎖されました。長年にわたって大鵬などを輩出した名門の歴史に、いったん区切りがついたのです。

その後、2014年12月には元大関・若嶋津が率いる松ヶ根部屋が二所ノ関部屋へ名称変更し、伝統の名前が復活しました。

さらに2021年12月、元横綱・稀勢の里の荒磯親方が年寄二所ノ関を襲名することが決まり、2022年初場所から荒磯部屋が二所ノ関部屋に改称されました。

一方、若嶋津が率いていた旧二所ノ関部屋は、部屋付きだった元関脇・玉乃島の放駒親方が継承し、放駒部屋となりました。

つまり、現在の二所ノ関部屋は、歴史的な旧二所ノ関部屋がそのまま同じ形で存続してきたものではありません。田子ノ浦部屋から独立した荒磯部屋が、伝統ある年寄名跡を継承して現在の名称になった部屋です。

この区別を押さえることが、二所ノ関一門の歴史を正しく理解する最大のポイントです。

【相関図の読み方】分家・独立・一門移籍の経緯を整理

歴史的な分家と現在の所属は必ずしも一致しない

二所ノ関一門の相関図を見る際には、二つの関係を分ける必要があります。

一つは、どの部屋から独立したのかという歴史的な系譜。もう一つは、2026年現在、どの一門に所属しているのかという組織上の所属です。

この二つは必ずしも一致しません。過去に別の一門に属していた部屋が移籍してきたり、独立した部屋が新しい一門のまとまりに加わったりするからです。

代表的な分家・独立の流れ

現在の17部屋につながる主な系譜は、次のように整理できます。

  • 旧二所ノ関部屋からの分家:花籠、佐渡ヶ嶽、片男波、大鵬などの系統が広がった。
  • 花籠・二子山系:初代若乃花の二子山部屋などを経て、鳴戸、田子ノ浦、西岩、現在の二所ノ関部屋につながる系統が形成された。
  • 佐渡ヶ嶽系:佐渡ヶ嶽部屋から2017年に鳴戸部屋、2024年に秀ノ山部屋が独立した。
  • 放駒系:元魁傑の放駒部屋から元大乃国の芝田山部屋が独立した。
  • 尾車系:元琴風の尾車部屋から、2022年に元豪風の押尾川部屋が独立した。
別の一門から加わった部屋もある

二所ノ関一門が17部屋に広がった背景には、独立だけでなく一門間の移籍もあります。

高田川部屋は、かつて高砂一門との関係がありましたが、2011年1月に二所ノ関一門へ加わりました。現師匠の元関脇・安芸乃島は、現役時代に二子山部屋に所属していたことも、この移籍の背景にあります。

2018年には、貴乃花一門の解散を受けて、大嶽部屋や阿武松部屋などが二所ノ関一門へ合流しました。また、時津風系だった湊部屋や錣山部屋も同年に加入しています。

この動きは、一門が単純な親方の師弟関係だけで決まるものではないことを示しています。歴史的な系譜を保ちながら、協会運営上の所属先が変わる場合もあるのです。

2024年の中村部屋独立と大の里の所属

近年の大きな転換点が、元関脇・嘉風の中村親方による独立です。

日本相撲協会は2024年5月30日、二所ノ関部屋付きだった中村親方の独立と、中村部屋の新設を承認しました。同年6月1日付で独立が認められ、友風や嘉陽らが新しい部屋へ移籍しました。

ここで注目されたのが大の里の所属です。2024年夏場所で初土俵から所要7場所という史上最速優勝を達成した大の里は、中村部屋には移籍せず、稀勢の里が師匠を務める二所ノ関部屋に残りました。

このため、中村部屋は二所ノ関一門の一部屋ではありますが、二所ノ関部屋とは独立した運営体制を持っています。

2026年現在の一門を理解するには、こうした新しい分家の誕生と、古い系統から移ってきた部屋の両方を見ることが欠かせません。

【五つの一門の仕組み】役割・理事選・他の四一門との関係

一門はもともと巡業を共同で運営する組織だった

一門の起源は、現在のような親方同士の組織だけではありません。日本相撲協会の公式解説によると、もともとは地方巡業を共同で運営するための「巡業組合」が出発点でした。

各部屋が独自に地方巡業を行うには、人員や費用、興行の運営などで協力が必要でした。そのため、師弟関係や本家・分家のつながりを持つ部屋が集まり、共同で活動する仕組みが発達したのです。

現在は、巡業や連合稽古だけでなく、協会の運営や親方の組織的な連携にも関わっています。

2018年以降は全親方の一門所属が原則

一門の役割を理解するうえで重要なのが、2018年の制度変更です。

日本相撲協会は2018年7月の理事会で、すべての親方が現存する5つの一門のいずれかに所属することを決定しました。背景には、協会運営の透明性やガバナンスを強化する狙いがありました。

同年11月には、旧貴乃花一門に関係していた阿武松親方や、当時無所属だった錣山親方らが二所ノ関一門に加入することが承認されています。

この結果、現在の一門は、古くからの師弟関係を引き継ぐだけでなく、協会の組織運営にも関わる重要な枠組みになっています。

2026年の理事候補選から見える二所ノ関一門の存在感

2026年1月23日に行われた日本相撲協会の役員候補選挙では、二所ノ関一門から理事候補3人が擁立されました。

候補者は次の3人です。

  • 佐渡ヶ嶽親方(元関脇・琴ノ若)
  • 高田川親方(元関脇・安芸乃島)
  • 片男波親方(元関脇・玉春日)

さらに副理事候補には浜風親方(元幕内・五城楼)が名を連ねました。

理事の定員10人に対して立候補者も10人だったため、2026年の選挙は4期連続の無投票となりました。3月23日の評議員会で理事の就任が承認されています。

この結果からも、二所ノ関一門が協会運営において一定の組織力を持っていることが分かります。ただし、理事候補の人数は一門の政治的な調整力を示す一つの指標であり、所属力士の競技力や優勝可能性を直接表すものではありません。

同じ一門の力士同士は本場所で対戦しない?

これは相撲ファンの間でも混同されやすい点です。

かつては、一門の系統が同じ力士同士の対戦を避ける「一門系統別総当たり制」が採用されていました。しかし、1965年1月場所からは部屋別総当たり制に変更されています。

現在、本場所の通常の取組で対戦が組まれないのは、原則として同じ部屋に所属する力士同士です。同じ一門に所属しているだけで対戦できないというルールはありません。

したがって、大の里と佐渡ヶ嶽部屋の力士が本場所で対戦することもあります。一門の関係と取組の編成は、分けて理解する必要があります。

【プロの結論】2026年の二所ノ関一門を読み解く3つのポイント

1. 部屋数の多さと競技力は分けて考える

二所ノ関一門は17部屋を擁し、5つの一門の中で最大規模です。しかし、部屋数が多いことだけを理由に、相撲界で最も強い一門と評価するのは適切ではありません。

実際の勢力を判断するには、横綱・大関の在籍状況、幕内力士の人数、若手の昇進状況、部屋の継承体制などを合わせて見る必要があります。

2026年の二所ノ関部屋には大の里が所属しており、佐渡ヶ嶽部屋や田子ノ浦部屋などにも実績ある力士がいます。複数の部屋に有力力士が分散している点は、一門全体の特徴として押さえておきたいところです。

2. 二所ノ関という名称だけで系譜を判断しない

二所ノ関部屋という名称には、100年以上にわたる歴史があります。しかし、現在の部屋が旧本家の建物や組織をそのまま継承したわけではありません。

2013年の旧部屋閉鎖、2014年の名称復活、2021年の年寄名跡の交換という経緯を理解すると、現在の二所ノ関部屋がどのように成立したのかが明確になります。

また、二所ノ関一門には、別の一門から移籍した部屋も含まれています。相関図を読む際は、現在の所属と過去の系譜を別々に確認することが大切です。

3. 新設よりも継承・独立の動きに注目する

2024年の中村部屋と秀ノ山部屋の独立、2026年の湊川部屋への継承は、相撲部屋の勢力図が固定されたものではないことを示しています。

親方の定年、年寄名跡の継承、弟子の移籍、独立の承認などによって、部屋の名称や所属力士は変わります。

今後の動向を見るときは、単純な部屋数だけでなく、誰が師匠を継ぐのか、どの部屋から独立するのか、所属力士がどのように移籍するのかを追うと、相撲界の変化をより深く理解できます。

【二所ノ関一門】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:二所ノ関一門は現在何部屋ありますか?
A1:2026年10月31日時点では17部屋です。二所ノ関部屋、佐渡ヶ嶽部屋、放駒部屋、中村部屋、田子ノ浦部屋などが所属し、5つの一門の中で最多の部屋数となっています。

Q2:二所ノ関一門と二所ノ関部屋の違いは何ですか?
A2:二所ノ関一門は複数の相撲部屋が集まった組織で、二所ノ関部屋はその中にある一つの相撲部屋です。二所ノ関部屋は元横綱・稀勢の里が師匠を務めています。

Q3:二所ノ関一門の代表的な親方は誰ですか?
A3:元横綱・稀勢の里の二所ノ関親方をはじめ、佐渡ヶ嶽親方(元琴ノ若)、放駒親方(元玉乃島)、高田川親方(元安芸乃島)、片男波親方(元玉春日)などがいます。

Q4:大の里は二所ノ関一門のどの部屋に所属していますか?
A4:大の里は二所ノ関部屋に所属しています。師匠は元横綱・稀勢の里の二所ノ関親方です。2024年に中村部屋が独立した際も、大の里は転籍せず二所ノ関部屋に残りました。

Q5:中村部屋は二所ノ関部屋の一部ですか?
A5:中村部屋は2024年6月1日に二所ノ関部屋から独立した、別個の相撲部屋です。ただし、所属する一門は引き続き二所ノ関一門です。師匠は元関脇・嘉風の中村親方です。

Q6:二所ノ関一門は大相撲で最も強い一門ですか?
A6:所属部屋数は5つの一門で最多ですが、部屋数だけで競技力の順位を決めることはできません。所属力士の番付や優勝実績、各部屋の育成状況などを総合して判断する必要があります。

Q7:同じ二所ノ関一門の力士同士は対戦できますか?
A7:対戦できます。1965年1月場所から部屋別総当たり制が導入されており、同じ一門であっても所属部屋が異なれば通常の本場所で対戦することがあります。

まとめ:二所ノ関一門の現在と今後の勢力図

二所ノ関一門は、旧二所ノ関部屋を歴史的な源流としながら、長い年月をかけて分家・独立・移籍を繰り返して形成されてきた組織です。

2026年10月時点では17部屋を擁し、5つの一門の中で最大規模となっています。現在の二所ノ関部屋を率いるのは元横綱・稀勢の里で、横綱・大の里の活躍も一門の注目度を高めています。

一方、2024年には中村部屋と秀ノ山部屋が独立し、2026年には常盤山部屋が湊川部屋へと継承されました。こうした動きからも、一門の勢力図は親方の世代交代や部屋の独立によって変わり続けていることが分かります。

二所ノ関一門を正しく理解するための最大の要点は、「歴史的な系譜」「現在の一門所属」「個々の相撲部屋の運営」を混同しないことです。

二所ノ関部屋という名前だけを追うのではなく、佐渡ヶ嶽部屋や田子ノ浦部屋、中村部屋などとの関係まで確認すれば、大相撲の歴史と現在の勢力図が立体的に見えてきます。今後は、親方の継承や新たな独立、若手力士の台頭が、二所ノ関一門の次の時代を形づくることになりそうです。

参照資料:日本相撲協会公式サイト、墨田区立図書館の相撲史資料、共同通信、日刊スポーツ、スポニチなどの公表資料・報道を照合しています。

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白川 結衣

生活情報の編集に9年。化粧品の成分表示と厚生労働省・学会の公開資料を一次情報とし、体験談と公的データを混ぜずに書き分けます。

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