竹内まりやさんは、島根県出雲市出身のシンガーソングライターです。歌手としての活動だけでなく、作詞家・作曲家としても数多くのヒット曲を生み出してきました。
公式プロフィールによると、1955年3月20日生まれ。1974年に慶應義塾大学文学部英文学科へ入学し、音楽サークル「リアルマッコイズ」で活動を始めています。
1978年にシングル「戻っておいで・私の時間」でデビュー。1980年には「不思議なピーチパイ」が大ヒットし、歌手として広く知られるようになりました。
竹内まりやの基本プロフィール| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 竹内まりや |
| 生年月日 | 1955年3月20日 |
| 2026年11月現在の年齢 | 71歳 |
| 出身地 | 島根県出雲市大社町 |
| 出身大学 | 慶應義塾大学文学部英文学科 |
| 職業 | シンガーソングライター、作詞家、作曲家 |
| デビュー | 1978年 |
| 夫 | 山下達郎 |
| 代表曲 | 「駅」「元気を出して」「プラスティック・ラブ」「純愛ラプソディ」 |
山下達郎さんは1953年2月4日生まれです。
竹内まりやさんとの年齢差は約2年1か月。山下さんが年上で、竹内さんが年下です。
2026年11月現在、山下さんは73歳、竹内さんは71歳になります。
2人は同世代のミュージシャンとして、それぞれ異なる音楽的個性を持ちながら長年活動を続けてきました。
【馴れ初めと出会い】山下達郎と竹内まりやはどこで知り合った?

2人の出会いは、恋愛を目的とした場ではなく、音楽制作の現場でした。
竹内まりやさんがデビューする際、山下達郎さんが楽曲提供者として関わったことが、2人の接点になっています。
最初の接点はデビューアルバム『BEGINNING』竹内さんは1978年にデビューアルバム『BEGINNING』を発表しています。
このアルバムには、山下さんが作詞・作曲を担当した「夏の恋人」が収録されていました。
竹内さんは以前から山下さんが所属していたバンド、シュガー・ベイブの大ファンだったといいます。
2025年に放送されたTBS系番組「日曜日の初耳学」のインタビューでは、竹内さん自身が2人の初対面について振り返りました。
当時、楽曲を提供してもらったお礼を伝えた竹内さんは、記念にサインをお願いしたそうです。
ところが、山下さんから返ってきたのは意外な反応でした。
山下さんは、プロの歌手として活動するなら同業者にサインを求めるべきではない、という趣旨の話をしたといいます。
竹内さんは最初こそ驚いたものの、帰宅してから考え直し、プロとしての姿勢を教えてくれたのだと受け止めたそうです。
このエピソードは日刊スポーツなどでも紹介されています。
2人の初デートは首都高速のドライブ興味深いのが、竹内さんが2014年にワーナーミュージック・ジャパンの公式Q&Aで明かした初デートの話です。
質問に対し、竹内さんは、山下さんの車で東京の首都高速を一周したことが最初のデートだったと回答しています。
華やかな芸能人同士のデートというより、車の中で時間を共有する自然なエピソードです。
同じQ&Aでは、夫婦円満の秘訣についても回答しています。
先天的なお互いの相性と価値観の一致、そして、たくさんの会話でしょうか。
これは竹内さん本人が公表した言葉です。長年連れ添う2人の関係を考えるうえで、印象的な回答といえます。
1982年4月に結婚交際を経て、2人は1982年4月に結婚しました。
この時期は、山下達郎さんと竹内まりやさん双方の公式プロフィールで確認できます。
結婚当時、竹内さんは歌手活動を休止していた時期でした。
1981年末に休養を発表し、レコーディングやコンサート活動を休止。その後、結婚を経て音楽活動の方向性を見つめ直していきます。
一方、山下さんはソロアーティストとして活動を続け、1982年にはアルバム『FOR YOU』を発表。自ら設立したMOONレーベルへ移籍するなど、音楽家として大きな転換期を迎えていました。
【夫婦の歩みを年表で整理】結婚から『VARIETY』の共同制作まで
山下達郎さんと竹内まりやさんの関係を理解するには、結婚だけでなく、2人の音楽活動がどのように変化してきたかを見ることが大切です。
以下に、公式プロフィールや本人インタビューで確認できる主な出来事をまとめました。
| 年代 | 出来事 | 夫婦・音楽活動との関係 |
|---|---|---|
| 1975年 | 山下達郎がシュガー・ベイブとしてデビュー | 山下さんの音楽活動が本格化 |
| 1978年 | 竹内まりやが歌手デビュー | 『BEGINNING』に山下さん提供曲を収録 |
| 1980年 | 「不思議なピーチパイ」がヒット | 竹内さんの知名度が上昇 |
| 1981年末 | 竹内まりやが休養を発表 | 歌手活動を一時休止 |
| 1982年4月 | 2人が結婚 | 公式プロフィールに記載 |
| 1984年 | 『VARIETY』発売 | 山下さんが全面プロデュース・アレンジ |
| 1987年 | 『REQUEST』発売 | 「駅」「元気を出して」などが注目される |
| 1994年 | 『IMPRESSIONS』発売 | 350万枚以上を売り上げる |
| 2024年 | 『Precious Days』発売 | 10年ぶりのオリジナルアルバム |
| 2025年 | 全国アリーナツアー開催 | 8都市14公演、約14万人を動員 |
| 2026年 | それぞれ音楽活動を継続 | 新曲、ライブ作品、全国ツアーなど |
この年表から分かるのは、2人が結婚後もそれぞれの音楽家としての活動を続けてきたことです。
特に注目したいのが、1984年の『VARIETY』です。
夫婦としての生活が始まった後、音楽制作においても本格的な協力関係が形になりました。
【夫婦の音楽活動】山下達郎がプロデュースした竹内まりやの『VARIETY』
山下達郎さんと竹内まりやさんの夫婦関係を語るうえで、欠かせない作品が1984年発売のアルバム『VARIETY』です。
この作品は、竹内さんがシンガーソングライターとして自分の音楽を確立していくうえで、大きな意味を持つアルバムでした。
『VARIETY』は竹内まりやの才能を引き出した作品1984年4月に発売された『VARIETY』は、竹内さんのMOONレーベル移籍後初のアルバムです。
公式プロフィールによれば、この作品は次のような制作体制で作られました。
- 作詞・作曲:全曲竹内まりや
- プロデュース:山下達郎
- アレンジ:山下達郎
つまり、楽曲そのものは竹内さんが生み出し、その魅力を音楽作品として完成させるためのプロデュースと編曲を山下さんが担当したのです。
同アルバムはオリコン週間アルバムランキングで1位を獲得しました。
特に注目されるのが、現在も世界的な人気を持つ「プラスティック・ラブ」です。
山下さんは2022年の文藝春秋のロングインタビューで、竹内さんが休養中に書きためた楽曲を聴き、その才能に驚いたことを明かしています。
当初は、竹内さんが自分で作ったデモ音源を山下さんに聴かせたことがきっかけでした。
山下さんは、彼女の楽曲なら全曲本人の作詞・作曲によるアルバムを作れると考え、『VARIETY』の制作につながったと振り返っています。
夫婦だからこそ成立する音楽制作の役割分担2人の共同制作で興味深いのは、夫が全面的に制作を担当していても、妻自身の作家性が作品の中心にある点です。
竹内さんは作詞・作曲を通じて自分の世界観を表現し、山下さんは編曲やサウンド面からそれを支えています。
これは単純に夫が妻をプロデュースするという関係ではありません。
異なる音楽的能力を持つ2人が、作品ごとに役割を組み合わせているのです。
その後も山下さんは竹内さんの楽曲の編曲・プロデュースを手がけてきました。
夫婦の会話にも音楽制作がある2025年5月に紹介されたテレビ朝日系「EIGHT-JAM」のインタビューでは、竹内さんが日常生活での音楽的なやり取りを明かしています。
食事中にマスタリングした音源を聴き比べ、竹内さんと山下さんで好みが異なることもあるそうです。
また、山下さんの多重コーラスの技術を参考に、自分の歌唱やコーラスの作り方に生かしていることも語っています。
一方で、普段から音楽の話ばかりしているわけではなく、日常的な雑談も楽しんでいるといいます。
この話から見えてくるのは、音楽家としての尊敬と、日常生活をともにするパートナーとしての自然な距離感です。
【子供は娘がいる】山下達郎と竹内まりやの家族構成
山下達郎さんと竹内まりやさんには、娘がいます。
竹内さんは複数のインタビューで、子育ての経験や娘の成長を見守ってきた日々について語っています。
竹内まりやは29歳で出産を経験ワーナーミュージック・ジャパンの公式Q&Aでは、竹内さんが人生の転機として結婚と出産を挙げています。
出産については、29歳のときに精神的にも肉体的にも大きな変化を感じたと回答しています。
また、2020年の『家庭画報』のインタビューでは、娘が小さい頃にライブやツアーを控え、成長を見守る時間を大切にしていたことを明かしました。
当時の家族については、山下さん、竹内さん、娘の3人で生活していたことも紹介されています。
娘の名前や職業、現在の生活は?娘については、次のような個人情報は広く公表されていません。
| 項目 | 公表状況 |
|---|---|
| 子供 | 娘がいる |
| 名前 | 詳細は公表されていない |
| 正確な生年月日 | 公表されていない |
| 顔写真 | 公開プロフィールなどで確認できない |
| 学歴 | 詳細は公表されていない |
| 現在の職業 | 信頼できる公式情報は確認できない |
インターネット上では、娘の職業や芸能活動に関するさまざまな情報が見られます。
しかし、本人や両親の公式発表、信頼できる報道で裏付けられた情報とは区別する必要があります。
夫婦は子育てと音楽活動をどう両立してきた?竹内さんは『家庭画報』のインタビューで、家庭を大切にしながら音楽活動を続けてきたことを語っています。
家庭という安心できる場所があるからこそ、仕事にも力を注げるという考え方です。
また、2024年の婦人公論.jpのインタビューでは、山下さんについて、音楽活動のパートナーであり、私生活の伴侶でもあると表現しています。
結婚以来、家事や育児を楽しみながら自分のペースで音楽を続けられた背景には、山下さんの理解と協力があったと振り返っています。
【2026年最新】竹内まりやと山下達郎の現在・夫婦共演・活動状況
2026年11月現在、2人はそれぞれ音楽活動を続けています。
夫婦そろって活動を休止しているわけではなく、個人名義の作品発表やライブを通じて、現在も音楽ファンに作品を届けています。
竹内まりやは2026年11月に新曲をリリース竹内まりやさんの公式サイトによると、2026年11月1日に新曲「あなたでなければ」が配信リリースされました。
同曲は、10月31日から放送・配信が始まったWOWOWのドラマ「連続ドラマW マイ・スイート・ホーム」の主題歌です。
ミュージックビデオも同時に公開されています。
加えて、2026年11月3日にはライブアルバム『九段下フォーク・フェスティバル’25』の発売が予定されています。
この作品は、2025年秋に日本武道館で開催されたイベントを収録したものです。
竹内さんはシークレットゲストとして出演し、桑田佳祐さんとの楽曲「Two Of Us」も先行配信されています。
また、11月25日には『Bon Appétit!(2026 Edition)』の発売も予定されており、CDとアナログ盤の両方が用意されています。
山下達郎も全国ホールツアーを開催中山下達郎さんも2026年の音楽活動が活発です。
公式サイトでは、全国ホールツアー「PERFORMANCE 2026 supported by Rakuten Card」の開催が発表されています。
公演期間は2026年9月18日から12月5日まで。全国各地で20公演を予定しています。
加えて、10月14日には約37年ぶりとなるライブアルバム『JOY 2』を発売。
10月20日発表のオリコン週間アルバムランキングでは1位を獲得しました。初週売上は10.7万枚と発表されています。
夫婦共演はある?竹内まりやのライブにも山下達郎が参加2人の音楽的なつながりは、スタジオでの共同制作だけにとどまりません。
2025年に開催された竹内まりやさんの全国アリーナツアー「souvenir2025 mariya takeuchi live」では、山下さんがバンドマスターとしてギターを担当したことが報じられています。
同ツアーは11年ぶりの全国アリーナツアーで、8都市14公演、約14万人を動員しました。
また、2021年には2人が「Concert for Katsuhisa Hattori サウンドメーカー服部克久の世界」に出演しています。
ただし、夫婦で頻繁にデュエットや合同ライブを行っているわけではありません。
それぞれのソロ活動を軸にしながら、必要に応じて音楽面で協力する関係が特徴です。
竹内まりやと山下達郎の夫婦仲・評判は?2人の夫婦関係については、本人たちのインタビューに興味深い言葉が残されています。
竹内さんは2024年の婦人公論.jpのインタビューで、山下さんとの関係を「親友」と表現しています。
また、同じインタビューでは、2人とも話好きで、日常的にさまざまな話をしていることも明かしました。
一方、ワーナーミュージック・ジャパンの公式Q&Aでは、夫婦円満の秘訣として相性、価値観の一致、会話を挙げています。
こうした本人の発言や長年の共同制作を見ると、2人の関係は単なる有名人同士の夫婦という枠を超えた、互いを尊重するパートナーシップとして理解できます。
特に、竹内さんが自分自身の作詞・作曲を大切にしながら、山下さんのプロデュースを受け入れている点は、音楽家同士の信頼関係を示す部分です。
【よくある質問】山下達郎の妻に関するFAQ
Q1:山下達郎の妻は誰ですか?
A1:シンガーソングライターの竹内まりやさんです。2人は1982年4月に結婚しました。
Q2:山下達郎と竹内まりやの年齢差は何歳ですか?
A2:山下さんが1953年2月4日生まれ、竹内さんが1955年3月20日生まれです。山下さんが約2年1か月年上です。
Q3:2人の子供は何人ですか?
A3:娘がいることが本人のインタビューなどで確認できます。名前や詳しいプロフィールは公表されていません。
Q4:山下達郎と竹内まりやの馴れ初めは?
A4:竹内さんのデビューアルバム『BEGINNING』に山下さんが楽曲提供したことが、2人の出会いのきっかけです。初対面時のサインにまつわるエピソードも知られています。
Q5:竹内まりやは2026年現在も歌手活動をしていますか?
A5:はい。2026年11月1日に新曲「あなたでなければ」を配信リリースしています。ライブ作品の発売や過去のアルバムの2026年版リリースも予定されています。
Q6:山下達郎と竹内まりやの代表的な共同制作作品は?
A6:1984年発売のアルバム『VARIETY』です。竹内さんが全曲の作詞・作曲を担当し、山下さんが全面プロデュース・アレンジを手がけました。
まとめ:山下達郎の妻・竹内まりやとの44年間の歩み
山下達郎さんの妻は、シンガーソングライターの竹内まりやさんです。
2人は1982年4月に結婚し、2026年11月現在で結婚から44年を迎えています。
2人の歩みを振り返ると、次の5点が特に重要です。
- 結婚時期: 1982年4月。
- 年齢差: 山下さんが約2年1か月年上。
- 出会い: 竹内さんのデビューアルバムへの楽曲提供がきっかけ。
- 音楽面の協力: 1984年の『VARIETY』をはじめ、山下さんが編曲・プロデュースを担当。
- 家族: 娘がおり、家事や育児と音楽活動を両立してきた。
1. 結婚後も、それぞれの音楽的な個性を守ってきたこと。
竹内さんは自分で作詞・作曲を行うアーティストとして活動し、山下さんはプロデューサーとして作品を支えてきました。
2. 夫婦関係と仕事上の信頼関係が重なっていること。
家庭での会話や音楽制作を通じて、互いの意見を尊重する関係が続いています。
3. 2026年現在も、それぞれが現役であること。
竹内さんは新曲やライブ作品を発表し、山下さんも全国ツアーやライブアルバムのリリースを続けています。
山下達郎さんと竹内まりやさんの夫婦関係は、結婚生活だけでなく、日本のポップス史に残る音楽的な協力関係としても注目に値します。
長年にわたり互いの才能を尊重し、それぞれの表現を大切にしてきたことが、2人の活動を支える大きな特徴です。