六代目山口組の組長として知られる司忍(つかさ・しのぶ)は、本名を篠田建市(しのだ・けんいち)といい、2026年に84歳を迎えた人物です。2005年に六代目山口組を継承して以来、長期にわたって組織のトップを務めています。
2026年10月現在も、篠田建市は六代目山口組の代表者として公的資料に記載されています。一方、2025年4月には若頭が髙山清司から竹内照明に交代し、七代目への世代交代を巡る報道も増えています。また、2015年に始まった山口組分裂抗争では、2026年9月に池田組・絆會との特定抗争指定が解除されたものの、神戸山口組との指定は継続しています。
2026年の司忍の立場を理解するには、本人の経歴だけでなく、弘道会との関係、歴代組長から続く継承の歴史、警察による指定状況を合わせて見る必要があります。
【司忍とは何者か】本名・年齢84歳・2026年現在の立場

司忍は、国内最大級の指定暴力団として知られる六代目山口組の組長です。報道などでは「司忍組長」と呼ばれますが、警察資料などで使われる本名は篠田建市です。
司忍の基本プロフィール- 通称:司忍(つかさ・しのぶ)
- 本名:篠田建市(しのだ・けんいち)
- 生年:1942年
- 年齢:84歳(2026年)
- 所属組織:六代目山口組
- 役職:六代目山口組組長
- 関係する主要組織:弘道会
- 組長就任:2005年
2026年6月の神戸新聞の報道でも、篠田建市は84歳の六代目山口組組長として紹介されています。また、静岡県警察が2026年6月に更新した暴力団対策資料では、六代目山口組の代表者として篠田建市の名前が記載されています。
同資料によれば、六代目山口組の構成員は約3,100人。勢力範囲は1都1道2府40県とされています。これは2026年5月末時点の警察資料に基づく数字です。
「司忍」と「篠田建市」は同一人物インターネットでは「司忍」と「篠田建市」が別人なのかという疑問も見られますが、両者は同一人物です。
司忍は組織内で使用する通称・渡世名であり、篠田建市が本名です。一般報道では知名度の高い司忍という呼称が多用される一方、警察関係の公的資料では本名の篠田建市が使われています。
この表記の違いを理解しておくと、報道記事と警察資料を照合するときに混乱しにくくなります。
【生い立ち・経歴】弘田組から弘道会、六代目山口組組長へ
司忍の経歴を理解するうえで重要なのが、弘田組から弘道会へとつながる組織上の歩みです。
人物の幼少期や家庭環境については詳細な公的プロフィールが広く公開されているわけではありません。一方、組織内での経歴や六代目への就任については、過去の報道や社会情勢に関する資料から主要な節目をたどることができます。
弘道会の前身組織から頭角を現す司忍は、山口組系の弘田組に関係する人物として知られるようになりました。
1984年には、弘田組の後継組織として弘道会を結成。司忍が初代会長となり、名古屋を拠点とする組織の形成に関わりました。
弘道会は、その後の六代目山口組の組織運営を理解するうえで欠かせない存在です。2005年に司忍が六代目組長へ就任した後も、弘道会出身者が山口組の中枢を担う構図が続いてきました。
2005年、六代目山口組の組長に就任2005年、五代目組長の渡辺芳則から司忍へと組長の座が引き継がれました。
この人事によって、山口組のトップは山健組を出身母体とする渡辺体制から、弘道会を基盤とする司忍体制へ移行しました。
ただし、組長就任後の司忍には、銃刀法違反事件に関する刑事裁判と服役という経歴もあります。2005年12月から服役し、2011年4月に出所したことが当時の報道で伝えられました。
長期服役中の組織運営を担った人物として注目されたのが、当時の若頭だった髙山清司です。その後の六代目山口組において、髙山が重要な役割を担う背景にも、この時期の組織運営があります。
2015年の分裂が司忍体制の大きな転換点に2015年8月、山口組の一部直系組長らが離脱し、神戸山口組を結成しました。
この分裂は、単なる幹部の交代や内部人事ではありません。組織運営の方針や執行部への不満などが背景にあり、全国的な対立抗争へと発展しました。
ニッポンドットコムの社会分析記事では、暴力団対策法の強化や暴力団排除条例の整備による経済環境の変化、組織内部の負担や運営方針を巡る不満などが分裂の背景として取り上げられています。
司忍体制を考える際には、2005年の継承だけでなく、2015年の分裂と、その後10年以上にわたる組織再編も重要な転換点です。
【山口組歴代組長と主要人物】司忍・弘道会・竹内照明・髙山清司の関係
司忍を取り巻く組織の関係を理解するには、山口組の歴代組長と現在の主要人事を整理すると分かりやすくなります。
山口組の歴代組長一覧山口組は1915年に神戸で結成された組織です。警察白書やニッポンドットコムの歴史資料では、山口春吉から司忍までの継承が紹介されています。
| 代 | 組長 | 主な時期・位置づけ |
|---|---|---|
| 初代 | 山口春吉 | 1915年に山口組を結成した創設者 |
| 二代目 | 山口登 | 初代の実子。組織を継承 |
| 三代目 | 田岡一雄 | 1946年に就任。山口組の全国的な拡大期を率いた |
| 四代目 | 竹中正久 | 1984年に就任。山一抗争の時期と重なる |
| 五代目 | 渡辺芳則 | 1989年に就任。2005年まで組長を務めた |
| 六代目 | 司忍(篠田建市) | 2005年に就任。2026年10月現在の組長 |
| 弘道会 | 司忍 | 1984年に結成された弘道会の初代会長 |
| 相談役 | 髙山清司 | 2025年4月、若頭から相談役へ移行 |
| 若頭 | 竹内照明 | 2025年4月、髙山清司の後任に就任 |
| 分裂組織 | 神戸山口組 | 2015年8月に山口組から離脱して結成 |
| 分裂組織 | 池田組 | 神戸山口組から離脱後、独立。2026年9月に特定抗争指定解除 |
| 分裂組織 | 絆會 | 神戸山口組から分裂した組織。2026年9月に特定抗争指定解除 |
歴代組長のうち、特に田岡一雄は山口組の歴史を語る際に欠かせない人物です。1946年に三代目を継承し、戦後の組織拡大を進めました。
また、四代目竹中正久の時代には後継問題を巡る対立が発生し、山一抗争へと発展しました。1989年には渡辺芳則が五代目を継承し、2005年に司忍へと引き継がれています。
このように、山口組の組長交代は単純な年齢順ではなく、内部の組織関係や後継を巡る調整と結びついてきました。
弘道会が六代目体制で持つ意味弘道会は、司忍の経歴と六代目山口組の組織人事をつなぐ重要な存在です。
司忍が弘道会の初代会長を務めた後、髙山清司が会長を引き継ぎました。その後も弘道会出身者が山口組の中枢に就いており、竹内照明もその流れに位置づけられています。
そのため、2025年の若頭交代は、単に一つの役職が変わったというだけではなく、六代目体制の今後を考える材料として報道各社に注目されました。
【2015年の山口組分裂抗争】神戸山口組・池田組・絆會との関係
2015年8月に発生した山口組の分裂は、2026年現在も組織情勢に影響を及ぼしています。
分裂後、神戸山口組が形成され、さらに神戸山口組から別の組織が離脱しました。その結果、六代目山口組を巡る対立関係は複数の団体に広がりました。
分裂から三つの対立関係へ主な経緯は次のとおりです。
- 2015年8月:六代目山口組から一部組長らが離脱し、神戸山口組を結成。
- 2017年4月:神戸山口組から任侠団体山口組が分裂。
- 2020年:任侠山口組が絆會に名称を変更。
- 2020年1月:六代目山口組と神戸山口組が特定抗争指定暴力団等に指定。
- 2022年12月:六代目山口組と池田組にも特定抗争指定が適用される。
- 2024年6月:六代目山口組と絆會にも特定抗争指定が適用される。
池田組は神戸山口組から離脱して独立した組織であり、絆會も神戸山口組から分かれた組織です。そのため、六代目山口組を巡る対立は、単純な二つの組織の争いでは説明できません。
分裂の背景には組織運営を巡る問題もあった山口組分裂については、組織の運営方針や幹部への負担、執行部の意思決定などが背景として指摘されてきました。
ニッポンドットコムの2017年の分析では、暴力団対策法の改正や各地の暴力団排除条例によって従来の資金獲得環境が厳しくなったことも、組織内の緊張を強める要因として説明されています。
つまり、分裂は単純な個人同士の対立というより、組織の統制と経済環境の変化が重なった問題として捉える必要があります。
そして、この分裂によって発生した抗争は、警察による取り締まりや市民生活の安全確保という観点から、長期にわたる重要な治安問題となりました。
【2026年最新】特定抗争指定の解除状況と山口組の現在
2026年の山口組情勢で特に重要なのが、池田組・絆會との特定抗争指定が解除されたことです。
ただし、ここで注意したいのは、特定抗争指定の解除と、指定暴力団そのものの指定解除は別の制度上の問題だという点です。
2026年9月、池田組との特定抗争指定が解除2026年9月8日、六代目山口組と池田組に適用されていた特定抗争指定が解除されました。
兵庫県など7府県の公安委員会が指定期限を延長しないことを決め、期限到来に伴って解除されたものです。
神戸新聞や共同通信の報道によると、両組織間で抗争とみられる事件が一定期間発生していなかったことなどが判断材料になりました。
絆會との特定抗争指定も9月21日に解除続いて、2026年9月21日には、六代目山口組と絆會との間の特定抗争指定も解除されました。
兵庫や大阪など8府県の公安委員会が指定期限を延長しない方針を決定。両組織間で約3年5カ月にわたって抗争とみられる事件が発生していなかったことなどが背景にあります。
これにより、六代目山口組を巡る特定抗争指定のうち、池田組と絆會との二つの指定が解除されました。
神戸山口組との指定は2027年1月6日まで継続一方、神戸山口組との関係は異なります。
兵庫県公安委員会は2026年10月5日、六代目山口組と神戸山口組に対する特定抗争指定の期限を3カ月延長しました。新しい期限は2027年1月6日です。
この指定は2020年1月7日に始まり、今回で27回目の延長となりました。
神戸新聞の2026年9月の報道では、両組織の指定は兵庫県など9府県の公安委員会によるもので、警戒区域は合計17市町に及ぶとされています。
特定抗争指定の対象となると、警戒区域内での事務所使用や、おおむね5人以上での集合などが制限されます。市民の安全を確保し、対立抗争の再発を防ぐための措置です。
したがって、2026年10月末時点の状況は次のように整理できます。
- 六代目山口組と池田組:特定抗争指定解除。
- 六代目山口組と絆會:特定抗争指定解除。
- 六代目山口組と神戸山口組:特定抗争指定が継続。
- 六代目山口組自体:指定暴力団としての位置づけは継続。
つまり、分裂抗争に関係する指定がすべて解除されたわけではありません。二つの指定解除と、神戸山口組との指定継続を分けて理解が必要です。
【警察庁の2026年最新データ】山口組の勢力と暴力団情勢
司忍の現在を考えるうえでは、本人の年齢や組織人事だけでなく、暴力団全体の勢力変化も見逃せません。
警察庁が2026年4月に公表した2025年の組織犯罪情勢によると、2025年末時点の全国の暴力団構成員・準構成員等は約1万7,600人でした。
前年より1,200人減少し、過去最少を更新しています。
六代目山口組は依然として最大規模ニッポンドットコムが警察庁の統計を基に整理した2025年末の主要団体の勢力は、次のとおりです。
- 六代目山口組:構成員約3,100人、準構成員等約3,200人。
- 神戸山口組:構成員約110人、準構成員等約170人。
- 絆會:構成員約50人、準構成員等約70人。
- 池田組:構成員約30人、準構成員等約40人。
六代目山口組の構成員と準構成員等を合わせると約6,300人です。全国の暴力団勢力が縮小する中でも、依然として大きな割合を占めています。
暴力団の減少と新しい犯罪グループの台頭警察庁が示した2025年の組織犯罪情勢では、従来型の暴力団の勢力縮小と並んで、匿名・流動型犯罪グループ、いわゆるトクリュウの存在も治安上の課題として取り上げられています。
これは、暴力団の構成員数が減少したからといって、組織犯罪そのものがなくなったわけではないことを示しています。
従来型の暴力団対策に加え、匿名性の高い犯罪グループや資金獲得犯罪への対策が必要になっているのです。
司忍率いる六代目山口組の勢力を評価する場合も、単純な人数だけではなく、警察の取り締まり、暴力団排除条例、金融機関や企業による取引排除、組織の高齢化などを総合的に見る必要があります。
【七代目山口組の後継者は誰?】竹内照明・髙山清司の人事と継承報道
2026年の司忍に関する検索で特に関心を集めているのが、七代目山口組の後継者問題です。
84歳を迎えた司忍の後を誰が継ぐのか。2025年4月の若頭交代によって、竹内照明の名前が後継候補として報じられるようになりました。
2025年4月18日、髙山清司から竹内照明へ若頭交代2025年4月18日、六代目山口組のナンバー2にあたる若頭の交代が報じられました。
長年若頭を務めてきた髙山清司が新設ポストの相談役に就き、後任として竹内照明が若頭に就任したと神戸新聞が報じています。
両者の位置づけは次のとおりです。
- 司忍:六代目山口組組長。
- 髙山清司:2025年4月まで若頭を務め、その後は相談役。
- 竹内照明:2025年4月から若頭。
竹内照明は弘道会出身であり、司忍と同じ組織的な系譜に位置する人物です。
竹内照明が七代目候補と報じられる理由竹内照明が後継候補として注目される背景には、若頭という役職と弘道会との関係があります。
神戸新聞は2025年4月の報道で、今回の人事について、司忍から竹内への組長継承を視野に入れた動きである可能性を伝えました。
また、FRIDAYデジタルも2025年12月の記事で、竹内若頭が七代目を継承する可能性について報じています。
こうした報道が重なったことで、竹内照明は七代目候補として名前が挙がるようになりました。
七代目への継承は正式決定しているのかここで区別したいのは、後継候補として報じられていることと、七代目への就任が正式に決定したことは別だという点です。
2026年10月30日時点で、竹内照明が七代目山口組組長に正式就任したという確定情報は確認できません。
現在確認できるのは、司忍が六代目組長として記載されていること、髙山清司が相談役に移ったこと、竹内照明が若頭に就いたことです。
したがって、七代目を巡る報道を読む際には、次の三つを分けて考える必要があります。
- 確認できる人事:竹内照明の若頭就任と髙山清司の相談役就任。
- 報道上の見方:竹内照明が七代目候補として有力視されていること。
- 未確定事項:正式な組長交代の時期、継承の決定、次期若頭などの人事。
組長の交代は単なる役職変更ではなく、組織全体の人事や内部関係にも影響する問題です。今後は若頭の動向だけでなく、正式な人事発表や警察当局の公表資料が判断材料になります。
【山口組司忍に関するよくある質問(FAQ)】
Q1:山口組の司忍の本名と年齢は? A1:本名は篠田建市(しのだ・けんいち)です。1942年生まれで、2026年に84歳を迎えています。
Q2:司忍は2026年現在も山口組の組長なの? A2:はい。2026年10月現在、六代目山口組の組長です。2026年5月末時点の静岡県警察の資料でも、代表者として篠田建市の名前が掲載されています。
Q3:山口組の特定抗争指定はすべて解除された? A3:いいえ。2026年9月に池田組・絆會との指定は解除されましたが、神戸山口組との指定は継続しています。2026年10月5日の延長公示により、期限は2027年1月6日までとなっています。
Q4:七代目山口組の組長は竹内照明に決まった? A4:正式決定したとは確認できません。2025年4月に若頭へ就任したことから後継候補として報じられていますが、六代目組長の交代が正式発表されたわけではありません。
Q5:髙山清司は現在どのような立場? A5:2025年4月の人事で若頭から相談役に移りました。若頭の後任には竹内照明が就任しています。
2026年10月現在、司忍こと篠田建市は84歳で、六代目山口組の組長を務めています。2005年の六代目継承から20年以上が経過し、2025年には若頭交代という大きな組織人事がありました。
現在の状況を理解するうえで、特に重要なのは次の3点です。
第一に、司忍は現在も六代目山口組の代表者であること。年齢や後継者に関する報道が増えていても、2026年10月時点で組長の正式交代は確認されていません。
第二に、特定抗争指定の一部解除は全面的な抗争終結を意味しないこと。池田組と絆會との指定は解除されましたが、神戸山口組との指定は2027年1月6日まで継続しています。また、指定暴力団としての位置づけも別に考える必要があります。
第三に、竹内照明の若頭就任は後継問題を考える重要な材料だが、七代目への就任確定とは異なること。髙山清司の相談役就任と合わせて、今後の組織人事を判断するうえで注目される動きです。
今後の山口組情勢を見極める際には、報道された人事、公安委員会による指定状況、警察庁の暴力団統計という三つの情報を照合することが大切です。
司忍個人の動向だけでなく、組織の高齢化、構成員の減少、分裂後の対立関係、警察による規制がどのように変化するか。これらを総合して見ることで、六代目山口組の現在と今後の方向性をより正確に理解できます。
主な事実確認資料
- 警察庁・国家公安委員会「令和7年における組織犯罪の情勢」
- 静岡県警察「暴力団対策」(2026年6月更新)
- 神戸新聞(2025年4月18日、2026年9月・10月の人事・指定状況報道)
- サンテレビ(2026年10月5日、特定抗争指定の延長報道)
- ニッポンドットコム「食えない職業になったヤクザ」「日本の組織犯罪」
- FRIDAYデジタル(2025年12月、2026年2月の組織人事・年齢報道)