野村尚平は、2026年現在も芸能活動を続けている。活動の中心は、漫才コンビとしての仕事から、個人でのネタ・トーク公演、舞台出演、脚本執筆、演出へと広がっている。
吉本興業の公式プロフィールでも、野村は芸人として掲載されている。また、本人のnoteでは、コメディアン、脚本家、演出家としての活動を紹介している。
2026年に確認できる主な活動特に注目したいのが、2026年に入ってからの公演実績だ。
| 時期 | 公演・活動 | 内容 |
|---|---|---|
| 2026年3月23日 | 野村尚平単独公演「根多#2」「トーク#2」 | 伊丹祐貴を客演に迎えた個人公演 |
| 2026年4月4日 | 「ドサ」大阪公演 | 好井まさおとの90分トークライブ |
| 2026年5月14日 | 「根多#3」「トーク#3」 | 日本橋Pollux Theaterでの単独公演 |
| 2026年5月31日 | 「栞の住処」 | 出演に加え、脚本・演出を担当 |
| 2026年8月 | 「怪談の語り場」 | リーディング怪読劇の脚本に参加 |
| 2026年9月19日 | MBSラジオ漫談王決定戦2026 | 決勝進出 |
これらは、本人のnoteや吉本興業の公演情報、報道各社の大会結果から確認できる活動だ。
9月には「MBSラジオ漫談王決定戦2026」の決勝へ2026年の活動で特に注目されるのが、9月19日に開催された「関西みらい銀行 presents MBSラジオ漫談王決定戦2026」への出場だ。
この大会は、映像に頼らず、声と言葉だけで笑いを生み出す音声特化型の賞レース。プロ・アマを合わせて1,256人がエントリーした。
野村は厳しい予選を突破し、9人の決勝進出者に名を連ねた。
初代王者に輝いたのは宮下草薙の宮下兼史鷹であり、野村の優勝ではない。しかし、元コンビ芸人が一人で話芸を競う大会の決勝に進んだことは、解散後の活動を考えるうえで重要な実績だ。
つまり、2026年の野村は舞台の裏方に専念しているわけではない。自らステージに立つ芸人としての活動も継続している。
【プロフィール・経歴】プリマ旦那から令和喜多みな実へ、17年間の歩み

野村尚平(のむら・しょうへい)
- 生年月日:1988年4月14日
- 出身地:大阪府大阪市
- 身長:177cm
- 血液型:A型
- 所属:吉本興業
- 出身:2007年 NSC大阪校30期生
- 趣味・特技:音楽鑑賞、映画鑑賞、ギター、ベース
出典:吉本興業公式プロフィール
野村尚平は、2007年にNSC大阪校30期生として入学。同期の河野良祐とともに、2008年2月にお笑いコンビを結成した。
当初のコンビ名は「プリマ旦那」。野村がネタ作りを担い、河野との掛け合いを軸に関西のお笑い界で存在感を高めていった。
プリマ旦那時代の主な実績コンビは早い段階から賞レースで結果を残している。
- 2009年: M-1グランプリ準決勝進出
- 2010年: ABCお笑いグランプリ決勝進出
- 2011年: 第9回MBS新世代漫才アワード準優勝
- 2013年: 第48回上方漫才大賞新人賞受賞
2017年にはNHK連続テレビ小説『わろてんか』にもコンビで出演。漫才を中心に、テレビや舞台へ活動の幅を広げていた。
2019年5月1日に令和喜多みな実へ改名2019年4月1日、新元号「令和」の発表に合わせ、プリマ旦那はコンビ名を「令和喜多みな実」に変更すると発表した。
実際の改名日は2019年5月1日。大阪・なんばグランド花月で襲名披露公演を開催した。
新しい名前には、大阪のキタ(梅田)とミナミ(難波)で培った笑いを、北から南まで全国に届けたいという思いが込められていた。
単なる元号に便乗した改名ではなく、大阪を拠点に漫才を続けていくという2人の決意も背景にあった。
野村尚平の転換点となった劇団コケコッコー野村のキャリアを語る際、漫才と同じくらい重要なのが演劇活動だ。
2018年1月、野村は自ら主宰する「劇団コケコッコー」を旗揚げした。
主な作品には次のようなものがある。
- 『おかえり』(2018年)
- 『恋の文』(2018年)
- 『雨やどり』(2019年)
- 『ハー・マインド・イズ・ポップコーン』(2019年)
- 『ほなさいなら』(2019年)
- 『あっかんべー』(2020年・2021年公演)
特筆すべきなのは、2019年9月の関西演劇祭での評価だ。
吉本興業の公式プロフィールによると、野村は同演劇祭で最優秀脚本賞、最優秀演出賞、アクター賞、観客賞の4部門を受賞している。
漫才師として舞台に立つ一方、自分で物語を作り、俳優を動かし、観客に作品を届ける仕事にも取り組んでいた。
この経験が、2025年のコンビ解散後に脚本・演出の仕事へ軸足を広げる土台になったと考えられる。
【休養の経緯】野村尚平はなぜ2023年から活動を休止したのか
令和喜多みな実の活動に大きな影響を与えたのが、2023年2月の野村の休養発表だった。
休養は突然の出来事に見えたが、本人の説明によると、心身の不調はそれ以前から続いていた。
2023年2月22日、救急搬送と休養を発表2023年2月22日、野村は自身のSNSを通じて、心身の不調によって救急搬送されたことを公表した。
当時の報道によると、本人は慢性的な不調を抱えており、以前から療養を考えていたものの、仕事が重なって休む時期を決められずにいたという。
本人は当面の休養を発表し、活動再開については明確な時期を示さなかった。
2023年12月、本人がnoteで休養中の状況を説明その後、2023年12月1日、野村はnoteに「お久しぶりです。」という記事を投稿した。
記事では、2月の救急搬送以降、長期間休養していることを改めて報告。説明や発信ができない状態が続いたことについて、ファンや関係者に謝意を伝えた。
特に印象的なのは、ファンからの連絡に返事ができないこと自体が精神的な負担になっていたという説明だ。
また、療養に入って数か月が経過した段階で、ファンに現状を説明するトークライブを開催したいと会社に相談したことも明かしている。
しかし、本人のnoteによると、会社からは復帰する場合に開催を認めるという趣旨の返答があり、イベントは実現しなかった。
この経緯から分かるのは、休養期間中の野村が単純に仕事から離れていたわけではないということだ。
ファンへの説明、仕事への責任、活動再開への期待など、さまざまな要素が重なっていた。
2025年の解散発表で明らかになった不調の始まり2025年5月29日の解散発表では、野村自身が休養に至る経緯を改めて説明した。
本人によると、心身の不調が続き始めたのは2022年頃。その対応を検討するなかで、2023年2月から休養に入ったという。
つまり、休養発表の約1年前から不調を抱えていたことになる。
ここで押さえておきたいのは、野村の休養を単なるコンビ活動の一時的な中断として捉えないことだ。
本人が説明したのは、長期にわたる心身の不調と療養の必要性である。活動再開を待ち望むファンの気持ちと、本人が実際に仕事へ戻れる状態にあるかどうかは、別の問題だった。
【解散理由と解散日】令和喜多みな実はなぜ2025年7月11日に解散した?
令和喜多みな実の解散が発表されたのは、2025年5月29日。
結成から約17年。野村の長期休養によってコンビ活動が止まっていたなか、2人は話し合いの末に解散を決めた。
解散理由は不仲ではなく、双方の負担を考えた決断解散理由を理解するうえで重要なのが、河野良祐の発表内容だ。
河野は、野村が2023年2月に休養してから、何度か解散したいという意向を聞いていたことを明かした。
当初は河野自身が引き止めていたという。
しかし、コンビ活動が再開できない状況が長く続き、河野自身にも限界を感じる場面があった。加えて、コンビを組み続けることが野村の精神的な負担になっている可能性も考慮した。
その結果、解散が2人にとって最善の選択だと判断した。
河野の発表で示された考え方は、次の言葉に集約されている。
2人で出した最善の道が「解散」という形でした。
この発言からも、解散が一方的な決別ではなかったことが分かる。
2025年7月11日「THE LAST」で17年間の歴史に幕最後の公演は、大阪・よしもと漫才劇場で開催された単独ライブ「令和喜多みな実単独公演『THE LAST』」。
公演日は2025年7月11日。この日をもって正式に解散した。
お笑いナタリーのライブレポートによると、最後の舞台で2人が披露したのは、約90分間にわたる長尺の漫才だった。
フリートークや水分補給を挟最初に、2人の掛け合いだけで最後まで観客を沸かせたという。
劇場での最後の漫才は、コンビとして積み上げてきた芸を最後まで貫く内容となった。
17年間続いたコンビの終わりとして、最後まで漫才を選んだことには、2人の芸人としての姿勢が表れていた。
解散は決して活動の失敗を意味しない。復帰を無理に目指すのではなく、それぞれが新しい形で芸能活動を続けるための区切りだった。
【解散後の現在】野村尚平の舞台出演・脚本・演出と創作活動
2026年の野村を理解するうえで欠かせないのが、舞台作品への参加だ。
漫才コンビとしての活動が終わった後も、野村は演劇や話芸の世界で自分の表現を続けている。
2026年5月「栞の住処」で脚本・演出・出演を担当2026年5月31日、大阪のYES-THEATERで上演されたのが、吉本新喜劇の吉岡友見がプロデュースする演劇公演「栞の住処(すみか)」だ。
出演者は次の3人。
- 吉岡友見
- 山名文和(アキナ)
- 野村尚平
野村は出演者であると同時に、脚本・演出も担当した。
この公演については、野村自身がnoteで告知しており、吉本新喜劇の公式公演情報にも出演者として名前が掲載されている。
ここで注目したいのは、野村が単に舞台俳優として参加したのではないことだ。
作品の物語を組み立てる脚本家、舞台全体をまとめる演出家、そして実際に演じる出演者という3つの役割を担っている。
漫才時代から続けてきたネタ作りの能力を、演劇という別の表現形式に生かしている。
2026年8月「怪談の語り場」に脚本家として参加2026年8月には、リーディング怪読劇の第二弾「怪談の語り場」にも脚本家として参加した。
野村のnoteに掲載された公演情報によると、東京・六本木シアターと大阪・扇町ミュージアムキューブで公演が予定され、脚本には次の作家が名を連ねていた。
- 又吉直樹
- 石田明
- マンボウやしろ
- バイク川崎バイク
- 野村尚平
演出は矢島弘一が担当。出演者には小川菜摘、増田有華、水野勝、好井まさお、なだぎ武らが参加した。
野村は演出家としてだけでなく、他の作家や演出家と共同で作品を作る脚本家としても活動している。
劇団コケコッコーの経験は現在の創作にもつながっている野村が脚本・演出を手がけるのは、解散後に始まった仕事ではない。
2018年に劇団コケコッコーを立ち上げ、2019年には関西演劇祭で4部門を受賞している。
そのため、現在の舞台活動は、漫才から突然方向転換したものというよりも、以前から続けてきた演劇活動を個人で発展させたものと見るのが自然だ。
また、2026年には個人名義のネタ公演やトークライブも継続している。
漫才師として培った話芸、脚本家としての構成力、演出家としての舞台づくり。
この3つを並行している点が、2026年の野村尚平の活動を特徴づけている。
【河野良祐の現在】改名して新コンビ「アイラブ地球」を結成
令和喜多みな実のもう1人のメンバー、河野良祐も解散後に新しい道へ進んでいる。
解散後の動きを整理すると、河野はまず芸名を変更し、その後、新しいコンビを結成した。
2025年8月「コウノ・オブ・ザ・イヤー」に改名2025年8月17日、河野は芸名を「コウノ・オブ・ザ・イヤー」に変更した。
改名のきっかけは、カンテレの番組『マルコポロリ!』。
番組内でメッセンジャーあいはらが名前を考案し、東野幸治がアレンジしたことから、この芸名になったという。
解散から約1か月後の新しいスタートだった。
2025年11月、新コンビ「アイラブ地球」を結成さらに2025年11月22日、コウノ・オブ・ザ・イヤーは元パーティーパーティーのきむきむと新コンビ「アイラブ地球」を結成した。
吉本興業の公式プロフィールでも、結成年月は2025年11月22日と掲載されている。
出典:吉本興業公式プロフィール
2026年10月現在、2人はよしもと漫才劇場を中心に活動しており、劇場の公式所属芸人一覧にも掲載されている。
2026年11月15日には、初の単独ライブ「アイラブ千日前」も予定されている。
このように、野村と河野は解散後、それぞれ異なる形で漫才・芸能活動を続けている。
令和喜多みな実というコンビはなくなったが、2人とも芸人としてのキャリアを終えたわけではない。
【プロの結論】令和喜多みな実の解散と野村尚平の現在を正しく理解するには
今回の一連の出来事から読み取れるのは、コンビ解散と芸能活動の終了は同じ意味ではないということだ。
野村尚平のケースでは、2023年の休養、2025年の解散、2026年の創作・舞台活動という流れが明確に分かれている。
特に重要なのは、演劇活動が解散後に突然始まったものではない点だ。
2018年の劇団コケコッコー旗揚げ、2019年の関西演劇祭4部門受賞という実績を踏まえれば、野村にとって脚本や演出は以前から取り組んできた専門領域である。
また、2026年のMBSラジオ漫談王決定戦への決勝進出は、演劇だけでなく話芸の分野でも活動を続けていることを示している。
ネット上で混同されやすい4つのポイント| よくある誤解 | 確認できる事実 |
|---|---|
| 野村尚平は芸能界を引退した | 2026年も個人公演や賞レースに参加 |
| 解散は2023年だった | 正式な解散日は2025年7月11日 |
| 解散の原因は相方との不仲 | 心身の不調と双方の負担を考慮した決断 |
| 野村は解散後に演劇を始めた | 劇団コケコッコーは2018年に旗揚げ |
情報を追う際には、休養発表日と正式な解散日を混同しないこと、また、コンビ時代の情報と2026年現在の個人活動を分けて確認することが大切だ。
【よくある質問】令和喜多みな実と野村尚平に関するFAQ
Q1:令和喜多みな実の解散日はいつですか?
A1:2025年7月11日です。大阪・よしもと漫才劇場で開催された単独公演「THE LAST」をもって正式に解散しました。
Q2:野村尚平は2026年現在、何をしていますか?
A2:吉本興業に所属する芸人として活動を続けています。個人のネタ・トーク公演に加え、舞台出演、脚本、演出にも取り組んでいます。2026年9月にはMBSラジオ漫談王決定戦の決勝にも進出しました。
Q3:野村尚平が休養した理由は何ですか?
A3:本人の説明によると、2022年頃から心身の不調が続いていたためです。2023年2月に救急搬送されたことを公表し、当面の休養を発表しました。
Q4:野村尚平と河野良祐は現在もコンビですか?
A4:いいえ。令和喜多みな実は2025年7月11日に解散しています。河野はコウノ・オブ・ザ・イヤーに改名し、2025年11月にきむきむと「アイラブ地球」を結成しました。
Q5:野村尚平が主宰していた劇団の名前は何ですか?
A5:「劇団コケコッコー」です。2018年に旗揚げされ、野村は脚本・演出を担当。2019年の関西演劇祭では4部門を受賞しました。
まとめ:野村尚平は解散後も芸人・脚本家・演出家として活動中
令和喜多みな実の野村尚平は、2025年7月11日の解散を経て、新たな活動の形を築いている。
今回の歩みを振り返ると、次の5点が重要だ。
- 2008年にプリマ旦那を結成し、関西の賞レースで実績を残した。
- 2019年5月1日に令和喜多みな実へ改名した。
- 2023年2月、心身の不調を理由に休養を発表した。
- 2025年7月11日、「THE LAST」を最後に解散した。
- 2026年は個人公演、舞台出演、脚本・演出、漫談の大会などで活動している。
野村尚平の現在を語るうえで、解散だけに注目するのは十分ではない。
劇団コケコッコーで培った演劇の経験、漫才で磨いた話芸、そして2026年の舞台や個人公演で見せている創作活動。それぞれが現在の仕事につながっている。
一方、河野良祐もコウノ・オブ・ザ・イヤーとして新コンビを結成し、別の道を歩み始めた。
令和喜多みな実の17年間は終わった。しかし、野村尚平と河野良祐、それぞれの芸人人生は続いている。
2026年以降も、野村がどのような物語を舞台に生み出し、どのような話芸を披露するのか。その活動こそ、解散後の彼を知るうえで注目したいポイントだ。
主な情報源:吉本興業公式プロフィール・公演情報、野村尚平本人のnote、日刊スポーツ、お笑いナタリー、FANY Magazine、ORICON NEWS、MBSラジオ関連発表。