女優・大竹しのぶの結婚歴は、これまでに2回です。最初の夫はTBSのドラマディレクターだった服部晴治さんで、1982年に結婚しました。しかし、服部さんは1987年に胃がんで亡くなり、2人の結婚生活は死別によって終わります。その後、1988年に明石家さんまと再婚し、長女IMALUを授かりましたが、1992年9月に離婚しました。
2026年現在、大竹しのぶと明石家さんまは離婚後も良好な関係を続けています。加えて、2025年には長男・二千翔さんが結婚し、2026年には初孫も誕生しました。家族の新しい節目を迎えた大竹しのぶの結婚歴を、夫との出会い、死別、離婚理由、子供たちの現在、再婚の可能性まで時系列で整理します。
【結論】大竹しのぶの結婚歴は2回!最初の夫と明石家さんまの違い

大竹しのぶの結婚歴を理解するうえで、まず押さえておきたいのは、2人の夫との結婚がまったく異なる形で終わっていることです。
最初の夫である服部晴治さんとは、1982年に結婚しました。2人の間には長男の二千翔さんが誕生しています。しかし、服部さんは1987年に47歳で亡くなりました。これは離婚ではなく、病気による死別です。
2人目の夫は、お笑い芸人の明石家さんまです。1988年に結婚し、翌1989年には長女のIMALUが誕生しました。しかし、夫婦生活は約4年間で終わり、1992年に離婚しています。
つまり、大竹しのぶの結婚歴は次のように整理できます。
- 1回目:服部晴治さん。1982年に結婚、1987年に死別。
- 2回目:明石家さんま。1988年に結婚、1992年に離婚。
なお、明石家さんまとの離婚後には、劇作家の野田秀樹との交際や同居生活も知られています。ただし、野田秀樹とは再婚していません。そのため、交際歴と法律上の結婚歴を区別すると、結婚回数は2回です。
【1回目の結婚】最初の夫・服部晴治との出会いと突然の死別
17歳年上のTBSディレクターと1982年に結婚大竹しのぶの最初の夫は、TBSでドラマの演出や制作に携わっていた服部晴治さんです。
2人が出会ったのは、大竹しのぶが23歳だった頃。出演したドラマ「恋人たち」で演出を担当していたのが服部さんでした。仕事を通じて知り合い、交際に発展したと伝えられています。
服部さんは大竹しのぶより17歳年上で、結婚当時はすでに結婚歴がありました。大竹自身も後年の文藝春秋のインタビューで、周囲から結婚に反対されたことや、当時の恋愛観を振り返っています。
1982年10月12日、大竹しのぶは25歳で服部晴治さんと結婚。女優として活躍していた時期の結婚であり、当時から注目を集めました。
長男・二千翔が誕生するも、夫に胃がんが発覚1985年には、2人の間に長男の二千翔(にちか)さんが誕生しました。
しかし、幸せな家庭生活の最中、服部さんに病気が見つかります。結婚から約1年後にがんが発覚し、その後、闘病生活を送ることになりました。
大竹しのぶは、病気を抱えた夫と向き合いながら、母親としても生活を続けました。当時は本人への病名告知が一般的ではなかった時代背景もあり、夫に病状を隠さなければならない苦しさがあったと、過去の報道や本人の回想で伝えられています。
服部さんは1987年7月、47歳で亡くなりました。大竹しのぶは30歳でした。
この出来事によって、約5年間の結婚生活は死別という形で終わります。二千翔さんはまだ幼く、父親を2歳頃に亡くしたことになります。
明石家さんまとの意外なつながり服部晴治さんと明石家さんまには、実は生前から交流がありました。
大竹しのぶとさんまは、1986年のTBSドラマ「男女7人夏物語」で共演しています。一方、服部さんとさんまもテニスを一緒に楽しむなど、親しい間柄だったと報じられています。
2025年12月に放送された日本テレビ系の特別番組「誰も知らない明石家さんま」では、さんまが服部さんから受け取った手紙について語りました。
さんまによると、服部さんは亡くなる前に、大竹しのぶのことを託す趣旨の手紙を送っていたといいます。さんまはその思いを受け止め、その後、大竹しのぶとの関係を深めていきました。
単なる芸能界の共演をきっかけにした恋愛ではなく、亡くなった最初の夫とのつながりもあったことは、2人の結婚を理解するうえで印象的なエピソードです。
【2回目の結婚】明石家さんまと再婚した理由と1992年の離婚
ドラマ「男女7人夏物語」から始まった関係大竹しのぶと明石家さんまの関係が広く知られるようになったきっかけは、1986年に放送されたTBSドラマ「男女7人夏物語」です。
2人は作品内で軽妙な掛け合いを見せ、視聴者からも高い支持を集めました。翌1987年には続編「男女7人秋物語」も放送されています。
服部晴治さんとの死別後、大竹しのぶにとって、さんまは精神的な支えになった存在でもありました。本人の過去のインタビューでは、眠れない夜に電話で話を聞いてもらったことなども語られています。
そして1988年9月29日、大竹しのぶと明石家さんまは結婚しました。
さんまは人気絶頂期にあったお笑い芸人であり、実力派女優の大竹しのぶとの結婚は大きな話題になりました。
1989年に長女IMALUが誕生1989年9月19日、2人の間に長女のIMALU(いまる)が誕生しました。
IMALUは、明石家さんまと大竹しのぶの娘として知られています。後に芸能界へ進み、タレントとしてテレビやラジオ、音楽など幅広い分野で活動するようになりました。
大竹しのぶには前夫との間に生まれた二千翔さんもいたため、さんまとの結婚によって家族の形も変化しました。
しかし、夫婦としての生活は長く続きませんでした。
大竹しのぶが明かした離婚理由は価値観と生活スタイルの違い大竹しのぶと明石家さんまは、1992年9月9日に離婚しました。結婚生活は約4年間です。
離婚理由について、本人が後年に語った内容として重要なのが、夫婦間の距離感と仕事に対する考え方の違いです。
2023年6月に公開された文藝春秋の本人インタビューでは、大竹しのぶが当時の結婚生活を具体的に振り返っています。
さんまから日常的に帰宅時間や居場所を尋ねられることに、次第に息苦しさを感じるようになったといいます。かつて自分が最初の夫に対して抱いていた独占欲と、今度は自分が同じような確認を受ける立場になったことへの戸惑いも語っています。
また、さんまは大竹しのぶが家庭に入ることを望んでいました。大竹はその期待に応えようとして、約1年半にわたって芸能活動を休み、主婦業に専念した時期があったそうです。
しかし、仕事から離れた生活を続けるうちに、自分らしさを失っていくような感覚を覚えたと振り返っています。
仕事に復帰すると、自分の世界を取り戻せた一方で、夫婦間の感性の違いは埋めにくくなっていきました。
したがって、離婚を単純に不仲や浮気といった一つの理由だけで説明するのは正確ではありません。本人の回想から見えるのは、夫婦としての理想、家庭での役割、仕事への向き合い方が一致しなかったという事情です。
離婚日はなぜ9月9日?結婚記念日との意外な関係2026年9月には、大竹しのぶがNHKラジオ「大竹しのぶの“スピーカーズコーナー”」で、9月9日がさんまとの離婚日だったことに触れています。
加えて、さんまは同月のラジオ番組で、離婚届を提出する日を意図的に9月9日にしたと説明しました。
2人の結婚記念日は9月29日、娘IMALUの誕生日は9月19日です。つまり、9月9日、19日、29日と、家族に関係する大切な日付が同じ月に並ぶことになります。
離婚という節目まで、家族の記念日と同じ9月にまとめたというエピソードは、離婚後も続く2人の独特な関係を象徴しています。
【結婚年表・関係図】大竹しのぶの夫、子供、家族の歴史を一覧で整理
ここまでの結婚歴と家族関係を、時系列と人物のつながりから整理します。特に重要なのは、服部晴治さんとの死別と、明石家さんまとの離婚を混同しないことです。
| 人物・時期 | 関係・出来事 | 現在の位置づけ |
|---|---|---|
| 服部晴治さん | 1982年に結婚。1985年に長男・二千翔さんが誕生。1987年に死去。 | 最初の夫。離婚ではなく死別。 |
| 明石家さんま | 1988年9月29日に再婚。1992年9月9日に離婚。 | 2人目の夫・元夫。離婚後も家族として交流。 |
| 二千翔さん | 1985年生まれ。2025年5月に結婚。2026年に第1子が誕生。 | 長男。大竹しのぶの初孫の父親。 |
| IMALU | 1989年9月19日生まれ。さんまと大竹しのぶの間に誕生。 | 長女。タレントとして活動。 |
| 野田秀樹 | さんまとの離婚後に交際し、数年間の同居生活を送った。 | 結婚歴には含まれない。現在は仕事仲間としての交流もある。 |
この表から分かるように、大竹しのぶの結婚歴は2回であり、家族関係には死別、再婚、離婚、そして子供たちの独立という複数の節目があります。
特に野田秀樹との関係は、ネット上で結婚歴と混同されることがあります。しかし、数年間同居していたことと、法律上の婚姻関係を結んだことは別です。野田秀樹との再婚は確認されていません。
【子供は2人】長男・二千翔と長女IMALUの現在
長男・二千翔は2025年に結婚、2026年には父親に大竹しのぶの長男は、服部晴治さんとの間に生まれた二千翔さんです。
二千翔さんは1985年生まれ。幼い頃に実の父親である服部さんと死別し、その後は大竹しのぶとともに生活してきました。
2025年6月、大竹しのぶはNHKラジオ第1「大竹しのぶの“スピーカーズコーナー”」で、二千翔さんが結婚したことを報告しました。
二千翔さんは40歳までに結婚して家庭を築きたいという目標を持っていたといいます。婚活を経て素敵な相手と出会い、2025年5月29日に結婚しました。
同年9月には披露宴も開かれ、明石家さんまも出席。新郎の家族に近い立場でスピーチを披露したことが報道されました。
さらに2026年5月、大竹しのぶはNHKラジオで二千翔さん夫妻に第1子が誕生したことを発表しました。これによって大竹しのぶは初孫を迎えています。
2026年6月の報道では、初孫の名前には実の父親である服部晴治さんから一文字を取ったことも紹介されました。大竹しのぶにとって、亡き夫の記憶が次の世代へつながる出来事になったようです。
長女IMALUは明石家さんまとの間に誕生長女のIMALUは1989年9月19日生まれです。
父親は明石家さんま、母親は大竹しのぶ。両親がともに芸能界で活躍する著名人であることから、幼い頃から注目を集めてきました。
カナダの高校への留学を経験し、帰国後の2009年に芸能活動を本格化。タレント、モデル、音楽活動など、自分の個性を生かした仕事を続けています。
大竹しのぶは2025年に出演した「徹子の部屋」でも、IMALUとの日常や家族の交流について語っています。また、IMALUは東京と奄美大島の2拠点生活を送っていることも紹介されました。
両親の離婚から30年以上が経過していますが、IMALUを通じた家族のつながりは続いています。
大竹しのぶは2026年に初孫を迎えた祖母に2026年の大きな家族のニュースは、二千翔さんの第1子誕生です。
大竹しのぶは5月13日放送のNHKラジオで、孫が生まれたことを自ら報告しました。突然の家族の変化に驚きながらも、祖母になった喜びを語っています。
また、2026年8月には、明石家さんまが初孫と対面した際の様子も話題になりました。大竹しのぶはテレビ番組で、さんまが赤ちゃんに話しかける姿や、孫がさんまの声や表情に反応していた様子を紹介しています。
この出来事は、離婚した2人が現在も家族の節目を共有していることを示すエピソードです。
【2026年最新】明石家さんまとの現在の関係と再婚の可能性
離婚後も合同誕生会を開くほど良好な関係大竹しのぶと明石家さんまは1992年に離婚しましたが、その後も交流を続けています。
2025年6月23日放送のテレビ朝日系「徹子の部屋」で、大竹しのぶはさんまとの現在の関係について説明しました。
2人はともに7月生まれであることから、合同誕生会を開くことがあるといいます。また、離婚から33年が経過したことについても振り返り、結婚していた期間より離婚後の期間の方が長くなったと話しています。
子供がいることもあり、縁が完全に切れるわけではなく、時折会って近況を報告し合う関係を続けているそうです。
2025年の二千翔さんの披露宴にもさんまが出席し、2026年には初孫との対面も実現しました。
こうした交流を見ると、2人の関係は元夫婦という枠だけでは説明しきれません。夫婦関係を解消した後も、子供たちの父親と母親として家族の節目を共有しているのです。
大竹しのぶに再婚の予定はある?大竹しのぶの再婚については、2026年11月1日時点で、本人から再婚や婚約が正式に発表された事実は確認されていません。
ただし、2026年3月にはNHKラジオの公開収録で、結婚相手に求める条件について質問を受けています。
その際、大竹しのぶは、優しい人であることや、仕事だけでなく日常生活を大切にしてくれる人が理想だという趣旨の回答をしました。一方で、過去の結婚を振り返りながら、結婚に絶対的な答えはないという考えも示しています。
この発言は、再婚を決めたという意味ではありません。あくまで結婚観や理想のパートナーについて質問に答えたものです。
2026年現在の大竹しのぶは、女優として舞台などの仕事を続けながら、子供たちや孫との時間も大切にしている様子が報じられています。
再婚の可能性を考えるうえで注目したい3つのポイント1つ目は、本人が結婚について固定的な考えを持っていないことです。過去の経験を振り返りながら、相手との相性や日常生活を重視する姿勢がうかがえます。
2つ目は、仕事と私生活のバランスです。過去の結婚では家庭に専念することが自分らしさを失う感覚につながったと振り返っています。今後のパートナーシップを考える場合も、仕事への理解は大切な要素になると考えられます。
3つ目は、現在の家族関係が充実していることです。長男の結婚と初孫の誕生、IMALUとの交流、さんまとの家族ぐるみの付き合いなど、現在の生活には多くのつながりがあります。
再婚するかどうかは本人の意思によるものであり、現在の発言や交流だけから具体的な予定を推測することはできません。
【よくある誤解】大竹しのぶの結婚歴と離婚に関する噂を検証
結婚歴は3回ではない?大竹しのぶの結婚歴は2回です。
野田秀樹との交際や同居生活が知られているため、3回結婚したと誤解されることがあります。しかし、野田秀樹とは婚姻届を提出した再婚関係ではありません。
結婚回数を数える際は、交際歴や同居歴ではなく、実際に結婚した相手を基準にする必要があります。
最初の夫とは離婚したの?服部晴治さんとは離婚していません。1987年に服部さんが胃がんで亡くなったため、2人の結婚生活は死別によって終わりました。
その後、大竹しのぶは明石家さんまと再婚しています。最初の夫との死別と、2人目の夫との離婚は、まったく異なる出来事です。
明石家さんまと復縁・再婚する可能性は?離婚後も良好な関係が続いていることは事実ですが、2026年11月1日現在、2人の復縁や再婚が正式に発表された事実はありません。
合同誕生会や子供たちの結婚式、孫との交流は、家族としての関係が続いていることを示しています。仲が良いことと、再び夫婦になることは区別して考える必要があります。
【FAQ】大竹しのぶの結婚歴に関するよくある質問
Q1:大竹しのぶの結婚回数は何回ですか?
A1:結婚回数は2回です。1982年に服部晴治さんと結婚し、1987年に死別。1988年に明石家さんまと再婚し、1992年に離婚しました。
Q2:大竹しのぶと明石家さんまの離婚理由は何ですか?
A2:本人の過去のインタビューによると、家庭での役割や仕事に対する価値観、夫婦間の距離感の違いなどが背景にありました。大竹しのぶは約1年半の休業を経て仕事に復帰し、自分らしい生活を取り戻そうとしたことも振り返っています。
Q3:大竹しのぶに子供は何人いますか?
A3:子供は2人です。最初の夫・服部晴治さんとの間に長男の二千翔さん、2人目の夫・明石家さんまとの間に長女のIMALUがいます。
Q4:大竹しのぶは2026年現在、再婚していますか?
A4:2026年11月1日時点で再婚の発表は確認されていません。2026年3月には理想の結婚相手について語っていますが、具体的な再婚発表とは異なります。
Q5:大竹しのぶと明石家さんまは現在も仲が良いのですか?
A5:はい。離婚後も交流を続けています。合同誕生会を開くほか、長男・二千翔さんの披露宴にもさんまが出席し、2026年には初孫との対面も話題になりました。
Q6:大竹しのぶは孫がいるのですか?
A6:はい。長男の二千翔さんが2025年5月に結婚し、2026年のゴールデンウイーク中に第1子が誕生したことを大竹しのぶ本人がラジオで報告しています。
まとめ:大竹しのぶの結婚歴は2回、2026年は新しい家族の節目へ
大竹しのぶの結婚歴は、服部晴治さんと明石家さんまの2回です。
最初の結婚は1982年。長男の二千翔さんを授かりましたが、1987年に服部さんが胃がんで亡くなり、死別という悲しい結末を迎えました。
2回目の結婚は1988年の明石家さんまとの再婚です。長女IMALUが誕生したものの、仕事や家庭生活に対する価値観の違いなどから、1992年に離婚しました。
その後、野田秀樹との交際・同居生活もありましたが、再婚には至っていません。したがって、結婚歴は現在も2回と整理できます。
2026年の大きな変化は、長男・二千翔さんの結婚と初孫の誕生です。明石家さんまとの関係も続いており、離婚後も家族として新しい節目を共有しています。
大竹しのぶの人生を振り返ると、結婚回数だけでは分からない、死別、再婚、離婚、子育て、そして新しい世代へのつながりが見えてきます。2026年現在は、女優として活動を続けながら、母親から祖母へと新しい家族の時間を歩んでいます。
主な参考報道・資料: 文藝春秋の本人インタビュー、TBS NEWS DIG、日刊スポーツ、スポニチ、テレビ朝日ニュース、婦人公論、2026年9月・10月のラジオ出演報道など。