テレビ朝日の看板報道番組として1985年から2004年まで放送された『ニュースステーション』。久米宏をメインキャスターに、小宮悦子、渡辺真理、渡辺宜嗣ら個性豊かな出演者がニュースを伝え、日本のテレビ報道に大きな足跡を残した。歴代キャスターを振り返ると、単なるアナウンサーの交代だけでなく、ニュース番組の伝え方そのものが変化してきた過程も見えてくる。
さらに2026年1月には、番組の象徴だった久米宏さんが81歳で逝去した。訃報を受けてテレビ朝日や共演者から追悼の言葉が寄せられ、改めて番組の歴史と久米さんの功績に注目が集まっている。ここでは、1985年10月7日の放送開始から2004年3月26日の最終回まで、メイン・サブ・スポーツキャスターの役割、交代時期、出演者のその後を整理する。
【歴代キャスター一覧】ニュースステーションのメイン・サブは誰が務めた?

『ニュースステーション』のキャスターを語るうえで、まず押さえておきたいのがメインキャスターとサブキャスターの違いだ。
番組の中心に立ってニュース全体を進行したのが久米宏。隣でニュースを読み、視聴者に情報を伝え、久米との掛け合いを通じて番組を支えたのが女性サブキャスターだった。
初代メインキャスター・久米宏久米宏は1985年10月7日の番組スタートから2004年3月26日の最終回まで、メインキャスターを務めた人物だ。
1967年にTBSへ入社し、『ぴったしカン・カン』『ザ・ベストテン』などの司会で人気を獲得。その後フリーに転身し、テレビ朝日の大型報道番組に起用された。
久米の特徴は、原稿を正確に読むだけではなく、ニュースに対して自分の言葉で問いを投げかける進行スタイルにあった。政治家や専門家に対しても視聴者が疑問に感じる点をぶつけ、難しい社会問題を身近な話題として伝える力があった。
それまでのニュース番組とは異なる、キャスターの個性を前面に出した報道スタイルを確立した中心人物である。
初代女性サブキャスター・小宮悦子久米宏とともに番組初期を支えたのが小宮悦子だ。1985年の放送開始から1998年9月まで、約13年間サブキャスターを担当した。
1981年にテレビ朝日に入社した小宮は、情報番組などで経験を積み、『ニュースステーション』の初代サブキャスターに抜てきされた。
久米から親しみを込めて「悦ちゃん」と呼ばれ、二人の掛け合いは番組の大きな魅力となった。久米の軽妙な進行に対して、小宮が落ち着いた語り口でニュースを補足する。その対照的な個性が、番組に独特のバランスを生み出していた。
1998年4月からは夕方の『スーパーJチャンネル』のメインキャスターを担当するため、『ニュースステーション』への出演は金曜日中心に変更。同年9月25日の放送を最後に卒業した。
2代目女性サブキャスター・渡辺真理小宮悦子の後を引き継いだのが、元TBSアナウンサーの渡辺真理である。
渡辺は1998年3月にTBSを退社し、フリーアナウンサーに転身。同年5月11日から『ニュースステーション』のサブキャスターとして出演した。
当初は4月からの就任予定だったが、前職の仕事との調整によって実際の出演開始は5月となった。その間は堀越むつ子、渡辺みなみ、渡辺宜嗣らが代役を務めている。
渡辺真理は、久米の個性的な進行を受け止めながら、ニュースを丁寧に伝える役割を担った。小宮時代とは異なる雰囲気を作りながら、番組終了まで久米とのコンビを続けた。
渡辺宜嗣はメインキャスターだったのか?検索で混同されやすいのが、渡辺宜嗣の立ち位置だ。
渡辺宜嗣はテレビ朝日のアナウンサーとして、番組開始当初からリポーターや久米宏の代役を務めていた。1999年10月に久米が一時降板した際には、同年12月までメインキャスターの代役を担当している。
ただし、渡辺宜嗣が久米の後任として恒久的にメインキャスターへ就任したわけではない。2000年1月には久米が番組に復帰している。
したがって、歴代のメインキャスターを整理する際には、長期にわたって番組の中心を担った久米宏と、1999年の一時期に代役を務めた渡辺宜嗣を区別する必要がある。
【1985年〜2004年】歴代キャスターの交代時期を年表で徹底整理
『ニュースステーション』は約18年半の放送期間中、メインキャスターの久米宏を軸としながら、サブキャスターやスポーツ担当の顔ぶれを何度も変更してきた。
特に大きな転換点となったのが1998年の小宮悦子から渡辺真理への交代と、1999年の久米宏の一時降板である。
主要な変遷を時系列で整理すると、次のようになる。
| 時期 | メインキャスター | サブキャスター・主な出演者 | 主な出来事 |
|---|---|---|---|
| 1985年10月〜1991年2月 | 久米宏 | 小宮悦子 | 番組開始。初代コンビが定着 |
| 1991年〜1998年3月 | 久米宏 | 小宮悦子 | 番組の中核を担う体制が継続 |
| 1998年4月〜5月 | 久米宏 | 小宮悦子、堀越むつ子、渡辺みなみ、渡辺宜嗣 | 小宮が金曜日中心となり、後任への移行期間に入る |
| 1998年5月〜9月 | 久米宏 | 渡辺真理、小宮悦子 | 渡辺真理が5月11日から出演。小宮は9月に卒業 |
| 1998年10月〜1999年10月 | 久米宏 | 渡辺真理 | 久米・渡辺体制が定着 |
| 1999年10月〜12月 | 渡辺宜嗣(代役) | 番組内の出演体制を調整 | 久米宏が一時降板 |
| 2000年1月〜2004年3月 | 久米宏 | 渡辺真理 | 久米が復帰し、最終回まで出演 |
1998年は番組の顔ぶれが大きく変わった年だった。
小宮悦子は夕方の『スーパーJチャンネル』のメインキャスターを担当することになり、『ニュースステーション』との出演日を調整。その後、同番組を卒業した。
後任となった渡辺真理は、TBSで『筑紫哲也 NEWS23』などを経験してきたアナウンサーだった。報道番組での経験を持つ人物が、競合する大型ニュース番組の新しいサブキャスターになった点も興味深い。
この交代は単純な出演者の入れ替えではない。夕方の報道番組と夜の大型ニュース番組の双方で、女性キャスターが番組の中心的な役割を担うようになった時期でもある。
1999年の久米宏の一時降板と2000年の復帰もう一つの重要な出来事が1999年秋だ。
久米宏は1999年10月6日の出演を最後に一時降板し、翌7日から渡辺宜嗣が代役を務めた。その後、2000年1月4日に久米が復帰。番組のメインキャスターとして再び最終回まで出演した。
この出来事からも、渡辺宜嗣が久米の後任として正式に交代したわけではないことが分かる。歴代キャスターを調べる際には、正式な交代と一時的な代役を分けて理解することが大切だ。
【歴代女性・スポーツキャスター一覧】番組を支えた出演者たち
『ニュースステーション』の魅力は、久米宏と女性サブキャスターだけで成立していたわけではない。
ニュースを伝えるスタジオ担当者、スポーツコーナーのキャスター、現場から情報を届けるリポーターなど、複数の役割を持つ出演者が番組を支えていた。
歴代女性キャスター・アナウンサー代表的な女性出演者として、次の人物が挙げられる。
- 小宮悦子:初代サブキャスター。久米宏とのコンビで番組初期から中期を支えた。
- 渡辺真理:2代目サブキャスター。1998年5月から最終回まで出演した。
- 小谷真生子:スタジオ担当として出演し、ニュース番組で経験を積んだ。
- 岡田洋子:スタジオサブキャスターなどを担当。
- 白木清か:番組のスタジオサブキャスターとしてニュース進行を支えた。
- 上山千穂:スタジオやスポーツ・気象関連の担当などで出演。
- 長島三奈:スポーツ関連の出演者として知られる。
- 真中瞳:スポーツコーナーなどを担当した。
- 河野明子:スポーツ担当として出演し、後継番組にも引き継がれた。
ここで注意したいのは、全員が同じ意味での「女性サブキャスター」だったわけではないことだ。
小宮悦子と渡辺真理はメインキャスターの隣でニュース進行を担う代表的なサブキャスター。一方、小谷真生子や上山千穂らはスタジオ内の補助的な進行、スポーツ、気象など、担当分野や出演時期によって役割が異なっていた。
歴代スポーツキャスターの顔ぶれスポーツコーナーも『ニュースステーション』を構成する重要な要素だった。
初代スポーツキャスターとして知られるのが朝岡聡である。1985年の番組開始時からスポーツ情報を担当し、プロ野球をはじめとする競技結果をニュース番組の中で分かりやすく伝えた。
その後は松井康真、飯村真一、坪井直樹、角澤照治らが担当。時期によって出演者や曜日の分担が変わっている。
特に角澤照治は1996年から2004年3月まで番組に関わり、スポーツコーナーを担当した。テレビ朝日の公式アナウンサープロフィールでも、当時の担当番組として『ニュースステーション』が紹介されている。
また、2000年代には河野明子らもスポーツ関連の役割を担い、番組終盤の出演者として後継番組とのつながりを作った。
メイン・サブ・スポーツ担当の違い歴代キャスターを調べるときは、次のように役割を整理すると分かりやすい。
- メインキャスター:番組全体の進行とニュースの論点整理を担う中心人物。
- サブキャスター:ニュースの読み上げ、情報の補足、メインとの掛け合いを担当。
- スタジオサブキャスター:スタジオ内でのニュース進行や補助的な情報伝達を担当。
- スポーツキャスター:プロ野球、サッカー、国際大会などのスポーツニュースを担当。
- リポーター:事件・事故・政治・社会問題などの現場から取材内容を伝える。
この役割分担を理解しておけば、スポーツ担当者をメインキャスターと誤認したり、代役出演を正式な後任人事と混同したりすることを防げる。
【最終回は2004年3月26日】ニュースステーションが終了した理由と久米宏の最後の挨拶
『ニュースステーション』は2004年3月26日に最終回を迎えた。
1985年10月7日の開始から約18年半。長年にわたり平日夜の報道番組として放送され、最終回は全4795回を数えた。
最終回で久米宏が見せた印象的な演出最終回の象徴的な場面として知られているのが、久米宏がビールを飲みながら番組に別れを告げたエンディングだ。
久米は番組終了を前に、視聴者や関係者への感謝を伝え、自らビール瓶を開けて乾杯。長年続けてきた番組を締めくくった。
テレビ朝日が2026年1月に公開した最終回映像でも、その場面を確認できる。
「じゃ、乾杯。本当にお別れです。さよなら!」
ニュース番組の最後を、堅苦しい挨拶ではなく、久米らしい自然体の演出で締めくくった。報道番組でありながら、出演者の人間味を最後まで大切にした番組らしい終わり方だった。
後継番組は報道ステーション『ニュースステーション』の終了後、テレビ朝日は2004年4月5日に後継番組『報道ステーション』をスタートさせた。
初代メインキャスターは古舘伊知郎。サブキャスターには河野明子が起用された。
テレビ朝日の番組紹介では、約18年間続いた『ニュースステーション』の「親しみやすさ」「わかりやすさ」の伝統を受け継ぎながら、新たな報道番組に挑戦する方針が示されていた。
つまり、番組名とメインキャスターは変わったものの、ニュースを視聴者に分かりやすく届けるという基本的な考え方は引き継がれたのである。
【2026年最新】久米宏の訃報と歴代キャスターの現在
2026年の『ニュースステーション』関連情報で最も大きな出来事が、久米宏さんの逝去だ。
番組終了から22年が経過した現在も、当時の出演者はそれぞれ異なる分野で活動を続けている。主要人物のその後を見ていこう。
久米宏は2026年1月1日に81歳で逝去2026年1月13日、久米宏さんの所属事務所オフィス・トゥー・ワンが公式サイトで訃報を発表した。
発表によると、久米さんは2026年1月1日、肺がんのため満81歳で永眠した。通夜と葬儀は遺族の意向により、近親者のみで執り行われたという。
久米さんは1944年7月14日生まれ。TBSのアナウンサーとしてキャリアをスタートさせ、『ザ・ベストテン』などの人気番組を担当。その後、『ニュースステーション』で18年を超える長期にわたりメインキャスターを務めた。
テレビ朝日は1月13日付の公式コメントで、久米さんが1985年10月から2004年3月まで出演し、日本のテレビ報道における新しいスタイルを切り開いたことを評価した。
小宮悦子も翌14日に所属事務所を通じて追悼コメントを発表している。
「伝えるということ、テレビの何たるかを、一から教えて頂きました」
小宮にとって久米との13年間は、単なる仕事上の共演ではなく、キャスターとしての基礎を学んだ大切な時間だった。番組を象徴する二人の関係を物語る言葉となった。
小宮悦子の現在小宮悦子は1998年に『ニュースステーション』を卒業した後、『スーパーJチャンネル』のメインキャスターとして活躍した。
同番組では2010年3月まで夕方のニュースを担当。その後は『サンデーフロントライン』のメインキャスターに就任し、2011年9月まで出演した。
所属事務所の81プロデュースの公式プロフィールには、ニュース番組での経歴のほか、コンサート司会やナレーションなどの活動歴も掲載されている。
2026年現在、小宮悦子を語るうえで欠かせないのは、単なる久米宏のパートナーではなく、女性キャスターが報道番組の中心的存在となる時代を切り開いた一人だという点だ。
渡辺真理の現在渡辺真理は『ニュースステーション』終了後もフリーアナウンサーとして活動している。
自身の公式プロフィールによると、現在はテレビ東京系列の『知られざるガリバー』を担当。そのほか、テレビ・ラジオへの出演、執筆、イベントやコンサートの司会など幅広い仕事を続けている。
また、糸井重里が主宰するウェブサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」では、長期連載「マリーな部屋」も続けている。
報道番組のキャスターから、情報を言葉で伝える仕事全般へと活動領域を広げているのが現在の姿だ。
渡辺宜嗣の現在渡辺宜嗣は2014年にテレビ朝日を定年退職し、その後も専属キャスターとして活動。2023年にフリーランスへ転身した。
テレビ朝日の公式番組『はい!テレビ朝日です』では、2024年7月に渡辺本人が出演し、アナウンサーとしての歩みや『ニュースステーション』での経験を振り返っている。
また、2026年もBS朝日の『朝まで生テレビ!』で番組進行を担当している。1987年の番組開始当初から関わってきた番組であり、長年の報道・討論番組の経験を現在も生かしている。
『ニュースステーション』では久米の代役や現場リポーターとして活躍したが、後年も報道の現場でキャリアを積み重ねてきた人物だ。
スポーツキャスター・朝岡聡と角澤照治のその後スポーツキャスターの朝岡聡は、テレビ朝日を1995年に退職してフリーアナウンサーに転身。その後はスポーツ番組だけでなく、クラシック音楽やオペラのコンサートを分かりやすく紹介する「コンサートソムリエ」としても活動している。
2026年2月の報道でも、久米宏との共演経験や番組当時の仕事への姿勢を振り返っている。
一方、角澤照治はテレビ朝日のアナウンサーとして活動を継続。『ニュースステーション』でのスポーツ担当経験を経て、後年もスポーツ実況や番組出演に携わっている。
このように、当時の出演者はそれぞれの専門性を生かし、報道、司会、スポーツ、文化など異なる分野で活動を続けている。
【プロの結論】ニュースステーションがテレビ報道に残した3つの功績
『ニュースステーション』の歴史を振り返ると、出演者の交代だけでは説明できないテレビ報道の大きな変化が見えてくる。
1. ニュースをゴールデンタイムの主役にした1985年当時、夜10時台に平日毎日、大型の報道番組を編成することは民放にとって大きな挑戦だった。
当時のプライムタイムはドラマやバラエティー、歌番組などが中心。ニュースは視聴率を獲得しにくいジャンルと考えられていた。
その状況を変えたのが『ニュースステーション』だった。夜の時間帯にニュースを見る習慣を広げ、後の民放各局の報道番組の編成にも影響を与えた。
2. キャスターの個性を報道の力に変えた久米宏の進行スタイルは、従来のニュース読みとは異なるものだった。
ニュースに対して疑問を投げかけ、時には出演者や専門家とのやり取りを通じて論点を掘り下げる。視聴者がニュースを自分の問題として考えられるよう、伝え方に工夫を凝らしていた。
その一方で、小宮悦子や渡辺真理の存在も大きかった。落ち着いた説明や的確な補足があることで、久米の個性が際立つだけでなく、番組全体の情報伝達力も高まっていた。
3. 報道番組における女性キャスターの存在感を高めた小宮悦子から渡辺真理へと続いた女性サブキャスターの系譜は、番組の大きな特徴だった。
女性キャスターが単に原稿を読むだけでなく、番組の進行や視聴者とのコミュニケーションを担う存在として認知されるようになった。
小宮が夕方の『スーパーJチャンネル』のメインキャスターへ移り、渡辺が後任として起用された流れは、女性アナウンサーのキャリア形成という観点からも注目に値する。
歴代キャスターを調べる際に間違えやすいポイント最後に、検索で混同されやすい情報を整理しておきたい。
- 久米宏と渡辺宜嗣:久米が長期的なメインキャスター。渡辺宜嗣は1999年の一時降板時に代役を務めた。
- 小宮悦子と渡辺真理:小宮が初代、渡辺が2代目の代表的な女性サブキャスター。
- 渡辺真理と渡辺宜嗣:同じ姓だが別人。前者はフリーアナウンサー、後者は元テレビ朝日のアナウンサー。
- スポーツキャスターとメインキャスター:角澤照治や朝岡聡などはスポーツ分野の担当者であり、番組全体のメインキャスターとは役割が異なる。
- ニュースステーションと報道ステーション:前者は2004年3月に終了し、後者は同年4月に始まった別番組。
この5点を理解しておくと、歴代キャスターの経歴や交代時期を正確に把握できる。
ニュースステーションの歴代キャスターに関するよくある質問(FAQ)
Q1:ニュースステーションの初代メインキャスターは誰ですか?
A1:久米宏です。1985年10月7日の放送開始から2004年3月26日の最終回まで、長期にわたりメインキャスターを務めました。1999年秋の一時降板期間のみ、渡辺宜嗣が代役を担当しました。
Q2:ニュースステーションの初代女性キャスターは誰ですか?
A2:小宮悦子です。1985年の番組開始から1998年9月までサブキャスターを務め、久米宏との名コンビで知られました。
Q3:渡辺真理はいつからニュースステーションに出演しましたか?
A3:1998年5月11日からです。小宮悦子の後任となる2代目サブキャスターとして出演し、2004年3月26日の最終回まで番組を支えました。
Q4:ニュースステーションのスポーツキャスターは誰ですか?
A4:初代の朝岡聡をはじめ、松井康真、飯村真一、坪井直樹、角澤照治らが担当しました。時期や曜日によって担当者が異なります。
Q5:ニュースステーションはいつ終了しましたか?
A5:2004年3月26日です。約18年半の放送に幕を下ろし、翌月の4月5日から後継番組『報道ステーション』が始まりました。
Q6:久米宏さんは2026年に亡くなったのですか?
A6:はい。2026年1月1日に肺がんのため81歳で逝去しました。所属事務所が1月13日に公式発表し、テレビ朝日や小宮悦子、渡辺真理ら関係者から追悼の言葉が寄せられました。
Q7:ニュースステーションの歴代キャスターは2026年現在も活動していますか?
A7:人物によって異なります。渡辺真理は『知られざるガリバー』などに出演し、渡辺宜嗣は『朝まで生テレビ!』の番組進行を担当しています。朝岡聡はコンサートソムリエとしても活動しています。久米宏は2026年1月に逝去しました。
まとめ:ニュースステーションの歴代キャスターが残したもの
『ニュースステーション』は1985年10月7日から2004年3月26日まで、約18年半にわたって放送されたテレビ朝日の代表的な報道番組だった。
その中心にいたのは久米宏。初代女性サブキャスターの小宮悦子、2代目の渡辺真理、代役やリポーターを務めた渡辺宜嗣、そして朝岡聡や角澤照治らスポーツ担当者が、それぞれの役割を果たした。
2026年1月の久米宏さんの逝去によって、番組の歴史を改めて振り返る機会も増えている。テレビ朝日が公式に発表した追悼コメントや、共演者たちの言葉からも、久米さんが日本のテレビ報道に残した影響の大きさが伝わってくる。
歴代キャスターを知ることは、単に懐かしい出演者を思い出すことではない。ニュースを誰が、どのような視点で、どんな言葉で伝えるのか。その問いに挑戦し続けた番組の歴史を理解することでもある。
『ニュースステーション』が残した視聴者目線の報道と、出演者それぞれの個性を生かす番組作りは、現在の報道番組を考えるうえでも重要な手がかりとなっている。
主な事実確認資料
- テレビ朝日による久米宏さんの逝去に関する公式発表、および最終回映像。
- 81プロデュースによる小宮悦子の公式プロフィール。
- テレビ朝日による渡辺宜嗣の経歴紹介、渡辺真理の公式プロフィール。
- テレビ朝日の角澤照治の担当番組記録、報道ステーション開始時の番組紹介。
- 久米宏さんの訃報に関するTBS NEWS DIGの報道。
- 『ニュースステーション』の放送史と報道番組としての位置づけに関する研究・報道。