2026年11月現在、元プロ野球選手の松原聖弥さんは、現役を引退し、読売ジャイアンツのジャイアンツアカデミーコーチとして新たなキャリアを歩んでいます。巨人の育成ドラフト5位から支配下登録を勝ち取り、2021年には135試合に出場。打率.274、12本塁打、37打点という成績を残した外野手です。
しかし、2024年6月の埼玉西武ライオンズへのトレード移籍を境に、プロ野球選手としての立場は大きく変わりました。2025年10月の戦力外通告、11月12日の合同トライアウト、そして11月28日の現役引退発表。プロ9年間の歩みには、育成選手から一軍のレギュラー候補へと成長した喜びと、厳しい競争の現実が刻まれています。
この記事では、日本野球機構(NPB)の公式年度別成績、球団発表、本人のコメント、報道各社の記事をもとに、松原聖弥さんのプロフィール、巨人時代の活躍、西武移籍の経緯、引退理由、トライアウトの結果、そして2026年現在の活動までを時系列で解説します。
【2026年最新】松原聖弥の現在は?現役引退後は巨人のコーチに転身

松原聖弥さんは、2025年シーズンを最後にプロ野球選手としてのキャリアに区切りをつけました。
2026年現在は、巨人が運営するジャイアンツアカデミーで子どもたちの指導に携わっています。
2025年11月28日に現役引退を発表引退が明らかになったのは、2025年11月28日です。
西武から戦力外通告を受けていた松原さんは、自身のSNSを更新し、現役引退を決断したことを報告しました。
投稿では、巨人で7年半、西武で1年半を過ごしたプロ生活を振り返り、関係者やファンへの感謝を表明しています。
本人が記した言葉の中でも、特に印象的なのが次の一文です。
プロとして戦えた日々は、僕の人生の誇りです。
9年間のプロ生活を肯定し、新しいステージへ進む決意を示したコメントでした。
引退発表と同じ日に報じられたYouTubeでの本人の説明では、翌年からジャイアンツアカデミーのコーチとして巨人に戻ることも明らかになりました。
つまり、野球界から完全に離れるのではなく、選手から指導者へと役割を変える道を選んだのです。
2026年はジャイアンツアカデミーで野球指導2026年9月9日付の東京ジャイアンツタウン公式ニュースでは、ジャイアンツアカデミーのコーチとして活動する松原さんの姿が紹介されています。
8月30日に開催された子ども向けの野球教室では、小学3・4年生を対象に指導を実施。
今村信貴さん、飯塚岬さんとともに、子どもたちに野球の技術や練習方法を伝えました。
特に興味深いのは、松原コーチが練習について語った内容です。
練習が好きではなかった経験にも触れながら、素振りを毎日続けることや、質の高い練習を継続できる回数に設定することの大切さを伝えています。
これは、育成選手としてプロ入りし、地道な努力で一軍の舞台まで上がった松原さんだからこそ伝えられる経験です。
プロで成功した選手だけでなく、思うように結果が出ない時期を経験した選手の言葉には、子どもたちにとっても学ぶ価値があります。
2026年現在の松原さんは、現役時代の経験を次世代へ引き継ぐ立場に変わっています。
【プロフィール】松原聖弥の身長・年齢・出身大学と育成ドラフト5位の原点
松原聖弥さんは1995年1月26日生まれ、大阪府出身の元プロ野球選手です。
高校時代から全国的に有名なスター選手だったわけではありません。仙台育英高校、明星大学を経て育成ドラフトで巨人に入団し、プロの世界で評価を高めていきました。
松原聖弥の基本プロフィール| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 松原聖弥(まつばら・せいや) |
| 生年月日 | 1995年1月26日 |
| 年齢 | 31歳(2026年11月現在) |
| 出身地 | 大阪府 |
| 身長 | 173cm |
| 体重 | 78kg(NPB掲載値) |
| 投打 | 右投左打 |
| ポジション | 外野手 |
| 出身高校 | 仙台育英高校 |
| 出身大学 | 明星大学 |
| ドラフト | 2016年育成ドラフト5位 |
| プロ入り球団 | 読売ジャイアンツ |
| 西武時代の背番号 | 35 |
| 現在 | ジャイアンツアカデミーコーチ |
出典:日本野球機構、埼玉西武ライオンズの選手プロフィール。
仙台育英高校では甲子園のベンチ入りを逃した松原さんは大阪府で育ち、野球を始めたのは小学生の頃です。
高校は宮城県の仙台育英高校に進学しました。
しかし、2012年夏の甲子園ではベンチ入りメンバーに選ばれず、スタンドからチームを応援する立場でした。
全国的な注目を集める選手として高校時代を過ごしたわけではありません。
その後、明星大学へ進学します。
明星大学での外野手転向がプロへの転機明星大学では経済学部経済学科に在籍。大学野球を続けながら、プロ入りへの可能性を探っていきました。
大学時代の大きな転機となったのが、内野手から外野手への転向です。
明星大学の公式インタビューで、松原さんは内野守備でスローイングに悩み、監督の判断によって外野手にコンバートされた経験を明かしています。
外野手になったことで守備への不安が軽減され、持ち味だった打撃にも集中できるようになりました。
本人は、この転向がなければプロには進めなかったという趣旨の振り返りもしています。
大学では首都大学野球リーグ2部でプレーし、5季連続でベストナインを獲得した実績も残しました。
また、松原さんは明星大学出身者として初めて、育成選手からプロ野球一軍へ上り詰めた選手として紹介されています。
2016年育成ドラフト5位で巨人に入団2016年のドラフト会議で、松原さんは読売ジャイアンツから育成5位指名を受けました。
当時は支配下選手ではなく、育成選手としてのスタートです。
入団1年目は三軍で100試合に出場し、打率.322、45盗塁という好成績を残しました。
翌2018年7月には支配下登録を勝ち取り、背番号を与えられます。
高校時代に甲子園のベンチ入りを逃した選手が、大学野球を経てプロの一軍を目指す存在になったのです。
松原さんの経歴を理解するうえでは、こうした育成時代の積み重ねが欠かせません。
【巨人時代】2021年にブレーク!135試合出場と12本塁打を記録
松原聖弥さんのプロ野球人生で、最も輝いたシーズンは2021年です。
育成選手から支配下登録を勝ち取り、2020年に一軍出場を増やすと、2021年には外野のレギュラー候補として存在感を発揮しました。
2020年に一軍で86試合に出場松原さんが一軍デビューを果たしたのは2020年7月25日のヤクルト戦です。
同試合で初安打も記録しました。
2020年シーズンは86試合に出場し、打率.263、3本塁打、19打点、12盗塁を記録。
打撃だけでなく、俊足を生かした走塁や外野守備も持ち味として評価されました。
育成選手として入団した選手が、一軍でこれだけの出場機会を得たことは大きな前進でした。
2021年は135試合出場、打率.274、12本塁打2021年は松原さんにとって飛躍の年となりました。
開幕スタメンを勝ち取り、シーズンを通じて一軍で活躍。
日本野球機構の公式記録では、以下の成績が残っています。
- 試合数:135試合
- 打席数:477
- 安打数:118
- 打率:.274
- 本塁打:12本
- 打点:37
- 盗塁:15
- 出塁率:.333
- 長打率:.422
特筆すべきは、育成ドラフト出身ながら規定打席に到達したことです。
加えて、2021年10月には27試合連続安打を達成しました。
明星大学の公式インタビューでも、この記録は大きな実績として取り上げられています。
当時の松原さんは、単なる代走・守備要員ではなく、打撃でもチームに貢献できる外野手として期待される存在でした。
背番号9への変更と、その後の苦戦2021年シーズン後、松原さんは巨人で背番号9を背負うことになります。
育成選手から支配下登録、そして一軍のレギュラー候補へ。
背番号の変化も、当時の評価を象徴する出来事でした。
しかし、2022年以降は打撃成績が低迷します。
2022年は50試合出場で打率.113。2023年は21試合出場ながら13打席にとどまり、安打を記録できませんでした。
2024年も巨人では9試合の出場に終わっています。
2021年に見せた勢いを継続できず、一軍での出場機会も徐々に減少していきました。
この成績の変化が、後のトレード移籍につながる大きな転換点となります。
【年度別・通算成績】松原聖弥の打率・本塁打・安打数をNPB公式記録で検証
松原さんの成績を正しく理解するには、巨人時代の好調なシーズンだけでなく、西武移籍後の数字も確認する必要があります。
日本野球機構(NPB)の個人年度別成績は、2025年シーズン終了時点の記録を掲載しています。
松原聖弥の年度別成績一覧| 年度・所属 | 試合 | 打率 | 安打 | 本塁打 | 打点 |
|---|---|---|---|---|---|
| 2020 巨人 | 86 | .263 | 73 | 3 | 19 |
| 2021 巨人 | 135 | .274 | 118 | 12 | 37 |
| 2022 巨人 | 50 | .113 | 8 | 0 | 4 |
| 2023 巨人 | 21 | .000 | 0 | 0 | 0 |
| 2024 巨人 | 9 | .154 | 2 | 0 | 2 |
| 2024 西武 | 24 | .123 | 8 | 0 | 5 |
| 2025 西武 | 8 | .273 | 6 | 0 | 0 |
| 通算 | 333 | .241 | 215 | 15 | 67 |
出典:NPB「松原聖弥 個人年度別成績」。2024年は球団別の記録を分けて掲載。
通算成績は333試合、打率.241、15本塁打NPBの公式記録による通算成績は次のとおりです。
- 通算試合数:333試合
- 通算打席数:991
- 通算打数:892
- 通算安打数:215本
- 通算打率:.241
- 通算本塁打:15本
- 通算打点:67
- 通算盗塁:30
- 通算出塁率:.303
- 通算長打率:.355
2021年の活躍が印象的な一方、通算成績には2022年以降の出場機会減少も反映されています。
2025年の打率.273は復活を意味するのか?2025年の成績を見ると、打率.273という数字が目を引きます。
2024年の西武移籍後の打率.123から改善しており、打撃面では一定の前進が見られました。
ただし、2025年の一軍出場は8試合、打席数は24、打数は22です。
安打は6本でしたが、本塁打と打点はともに0でした。
そのため、打率だけを見て完全復活と判断することはできません。
プロ野球では打率だけでなく、出場機会、長打力、出塁能力、守備、走塁などを総合的に評価する必要があります。
2025年の松原さんは、限られた一軍出場の中で打率を残したものの、年間を通じたレギュラー定着には至りませんでした。
【西武移籍の経緯】2024年6月の若林楽人とのトレードと背番号35
松原さんが巨人から西武へ移籍したのは、2024年6月24日です。
このトレードは、両球団にとって外野手の補強と選手層の再編を目的とした交換トレードでした。
若林楽人との交換トレードが成立2024年6月24日、埼玉西武ライオンズは、読売ジャイアンツの松原聖弥選手を獲得し、西武の若林楽人選手が巨人へ移籍する交換トレードに合意したと発表しました。
翌25日には松原さんの入団会見が実施され、背番号35が発表されています。
西武が松原さんに期待したのは、外野の戦力強化と打撃力の向上でした。
当時の西武は得点力不足に苦しんでおり、巨人で一軍出場経験を積んだ松原さんには、新天地での再起が期待されていました。
入団時、松原さんは次のように意気込みを語っています。
新天地でもう一度やってやろうという気持ちです。
また、球団側も外野手としての競争に加わり、レギュラーをつかむことへの期待を示していました。
西武での背番号35と移籍後の成績西武移籍後、松原さんは背番号35を着用しました。
入団直後にはスタメン出場も経験しましたが、巨人時代のような安定した出場機会を確保することはできませんでした。
2024年の移籍後成績は24試合出場、打率.123、8安打、5打点です。
翌2025年は8試合出場、打率.273、6安打でした。
2025年は打率こそ改善したものの、出場機会は限定的でした。
西武では若手選手の育成も進められており、外野のポジション争いは厳しい状況でした。
松原さん自身も戦力外通告時のコメントで、若い選手の育成が進む中、その競争に割って入れなかったことを振り返っています。
巨人で実績を残した選手であっても、移籍先で再びレギュラーを獲得することは簡単ではありませんでした。
【戦力外通告・引退理由】2025年10月から11月までの経緯
松原聖弥さんのプロ野球生活における最後の大きな転換点は、2025年秋でした。
西武での出場機会が限られる中、10月1日に来季の契約を結ばない旨を通告されます。
その後、合同トライアウトへの参加を経て、現役引退を決断しました。
2025年10月1日に西武から戦力外通告2025年10月1日、埼玉西武ライオンズは松原さんを含む11選手に対し、来季の契約を結ばないことを発表しました。
球団公式発表には、松原さん本人のコメントも掲載されています。
その中で、二軍で過ごす時間が長かったことや、若手選手の育成が進むチーム事情に触れています。
一方で、移籍直後にスタメン出場した試合を印象的な出来事として振り返り、次のようにも語りました。
自分はまだまだできる、と感じたのも本音です。
このコメントからは、現役続行への意欲が残っていたことが分かります。
戦力外通告を受けた時点では、今後について未定としていました。
2025年11月12日のトライアウト結果は2安打戦力外通告を受けた松原さんは、2025年11月12日に広島のマツダスタジアムで開催された「エイブルトライアウト2025」に参加しました。
この合同トライアウトには38選手が参加。
松原さんはシート打撃で8打席に立ち、2安打を記録しました。
最初の安打は5打席目の右前打。最後の8打席目にも左前打を放ち、複数安打でアピールしています。
スポーツニッポンの取材では、松原さんは結果について、もう少しできたという悔しさを残しながらも、マルチ安打をプラスに受け止めていました。
また、トライアウトを受けて良かったという趣旨の感想も述べています。
結果だけでなく、最後まで現役続行の可能性を探ろうとした姿勢が伝わる内容でした。
ただし、トライアウトで安打を打ったことと、NPB球団との契約が成立することは別問題です。
高校野球ドットコムなどの報道では、トライアウト後もNPB球団からオファーが届かなかったことが伝えられています。
2025年11月28日に現役引退を決断トライアウトから約2週間後の11月28日、松原さんは現役引退を発表しました。
SNSでは巨人時代と西武時代を振り返る写真とともに、9年間にわたるプロ生活への感謝を表明。
巨人で7年半、西武で1年半を過ごしたことを報告しました。
また、家族、仲間、スタッフ、指導者、ファンへの感謝も伝えています。
引退表明では、これからも新しいステージで挑戦を続ける意思を示しました。
同日、ジャイアンツアカデミーのコーチとして巨人に復帰することも明らかになっています。
松原聖弥の引退理由は何だったのか?松原さんの引退について、本人が一つの理由を公式に断定して説明したわけではありません。
ただし、これまでの経緯を整理すると、次の3つが大きな背景として考えられます。
1. 一軍での出場機会が減少したこと
2021年には135試合に出場したものの、2022年以降は一軍出場数が減少しました。
2024年の西武移籍後もレギュラー定着には至らず、2025年は一軍8試合の出場でした。
2. チーム内の若手育成とポジション争い
戦力外通告時の本人コメントでは、若手選手の育成が進む中で、その競争に割って入ることができなかったと説明しています。
これは単純な打率だけでは判断できない、チーム編成上の問題でもあります。
3. トライアウト後に新たな契約が成立しなかったこと
トライアウトでは2安打を記録しましたが、報道ではその後もNPB球団からオファーがなかったとされています。
現役続行を目指す選択肢が狭まる中、新しいキャリアへ進む決断をしたと考えられます。
重要なのは、松原さんが引退発表でプロ9年間を否定的に振り返っていないことです。
むしろ、プロとして戦った日々を人生の誇りと表現しています。
引退は、単なる成績不振の結果として片付けられるものではなく、選手としての区切りをつけ、次の仕事へ進む決断でもありました。
【プロの結論】松原聖弥の9年間から見える育成選手の可能性とプロ野球の厳しさ
松原さんの野球人生には、育成選手から一軍のレギュラー候補に成長するまでの過程と、実績を残した後も競争が続くプロ野球の現実が表れています。
育成ドラフト5位から一軍へ上がった価値2016年の育成ドラフト5位という立場から、2018年に支配下登録を勝ち取り、2021年には135試合に出場しました。
育成選手として入団した選手が、規定打席に到達するまで成長したことは、松原さんのキャリアを語るうえで欠かせない実績です。
高校時代の甲子園ではベンチ外、大学では2部リーグという経歴を考えると、その歩みは決して平坦ではありませんでした。
加えて、大学時代の外野手への転向も要点です。
選手としての適性を見極め、ポジションを変えたことが、その後のプロ入りにつながりました。
2021年の成功を継続できなかった理由一方で、2021年の成績を長期的に維持できなかったことも事実です。
2021年の打率.274から2022年の打率.113への低下は大きく、2023年以降は一軍での打席数そのものが減りました。
一軍のレギュラー争いでは、過去の実績だけでなく、現在の状態やチームの戦略に合った能力を示し続ける必要があります。
特に外野手は、打撃、守備、走塁の総合力が求められるポジションです。
一度レギュラーを獲得したとしても、その立場が保証されるわけではありません。
次世代の育成に生かされる経験2026年に松原さんがジャイアンツアカデミーのコーチになったことには、選手時代の経験が生かされています。
育成選手として入団した経験、支配下登録を勝ち取った経験、一軍で結果を残した経験、そして思うように出場できなくなった経験。
これらは、野球を始めたばかりの子どもたちにとっても、将来を考えるうえで参考になるはずです。
また、本人が明星大学のインタビューで語っていた外野手転向のエピソードは、選手の適性を見極める指導の重要性も示しています。
松原さんの第二のキャリアは、単に元プロ野球選手が指導者になったという話ではありません。
自分自身が試行錯誤してきた経験を、次の世代へ還元する仕事への転換です。
松原聖弥に関するよくある質問(FAQ)
Q1:松原聖弥は2026年現在、何をしている?
2026年現在は、読売ジャイアンツのジャイアンツアカデミーコーチとして活動しています。子どもたちへの野球指導にも携わっており、現役引退後も野球界で仕事を続けています。
Q2:松原聖弥はいつ現役引退を発表した?
2025年11月28日です。西武から戦力外通告を受け、合同トライアウトに参加した後、自身のSNSで現役引退を発表しました。
Q3:松原聖弥の引退理由は何?
本人は引退理由を一つに絞って説明していません。西武での出場機会の減少、チーム内の若手育成と競争、トライアウト後の契約状況などが背景にあります。
Q4:松原聖弥のトライアウト結果は?
2025年11月12日の合同トライアウトで8打席に立ち、2安打を記録しました。ただし、その後NPB球団との契約には至らず、現役引退を決断しました。
Q5:松原聖弥の巨人時代の最高成績は?
2021年の135試合出場、打率.274、12本塁打、37打点、15盗塁です。育成出身ながら規定打席に到達したシーズンでした。
Q6:松原聖弥のプロ通算成績は?
NPB公式記録による2025年シーズン終了時点の通算成績は333試合、215安打、打率.241、15本塁打、67打点、30盗塁です。
Q7:松原聖弥の西武時代の背番号は?
西武移籍後の背番号は35です。2024年6月25日の入団発表で公表されました。
まとめ:松原聖弥の現在は指導者、9年間の経験を次世代へ
松原聖弥さんは、2016年の育成ドラフト5位で巨人に入団し、2018年に支配下登録を勝ち取りました。
2021年には135試合出場、打率.274、12本塁打という好成績を残し、育成選手から一軍のレギュラー候補へと成長しました。
その後は出場機会が減り、2024年6月に若林楽人選手とのトレードで西武へ移籍。背番号35を背負って再起を目指しましたが、2025年10月1日に戦力外通告を受けました。
11月12日の合同トライアウトでは2安打を記録したものの、NPB球団との契約には至らず、11月28日に現役引退を発表しています。
そして2026年現在は、ジャイアンツアカデミーコーチとして新たな道を歩んでいます。
松原さんのキャリアで特に注目したいのは、育成から支配下登録、一軍での活躍、そして指導者への転身という一連の流れです。
プロ野球選手としての通算成績は333試合、打率.241、15本塁打。決して数字だけで評価できる9年間ではありません。
高校時代のベンチ外、大学でのポジション転向、育成時代の努力、巨人でのブレーク、そして西武での再挑戦。
そのすべてが、現在の指導者としての経験につながっています。
現役選手としての松原聖弥さんの姿は見られなくなりましたが、これからは子どもたちを育てる立場として、野球界で新しい挑戦を続けていきます。
参考にした主な公表資料・報道- 日本野球機構(NPB)「松原聖弥 個人年度別成績」
- 埼玉西武ライオンズ「来季の選手契約についてのお知らせ」(2025年10月1日)
- 埼玉西武ライオンズ「トレードのお知らせ」(2024年6月24日)
- スポニチ「トライアウト 松原聖弥、8打席に立ち意地のマルチ」(2025年11月12日)
- 日刊スポーツ「西武戦力外の松原聖弥が現役引退を表明」(2025年11月28日)
- 明星学苑「大学時代、恩師との出会いで野球選手としての未来が拓ける」
- 東京ジャイアンツタウン公式ニュース(2026年9月9日)