川島なお美さんの旦那は、世界的な実績を持つパティシエ・実業家の鎧塚俊彦(よろいづか・としひこ)さんです。2人は2006年に出会い、2009年2月1日に結婚。しかし、幸せな結婚生活は2015年9月24日、川島さんが胆管がんのため54歳で亡くなったことで、突然の別れを迎えました。
それから11年が経過した2026年。鎧塚さんは2月1日に17回目の結婚記念日を報告し、9月24日には川島さんの11回目の命日に、彼女が愛した真紅のバラを墓前に供えたことを明かしています。現在の仕事や再婚についての考え方も含め、2人の出会いから現在までを振り返ります。
【2026年最新】川島なお美さんの旦那はパティシエの鎧塚俊彦さん

鎧塚俊彦(よろいづか・としひこ)
パティシエ・実業家・オーナーシェフ
- 生年:1965年
- 出身地:京都府宇治市
- 職業:パティシエ
- ブランド:Toshi Yoroizuka
- 妻:川島なお美さん(2015年死別)
川島なお美さんの夫として知られる鎧塚俊彦さんは、単に有名女優の配偶者というだけの人物ではありません。
ヨーロッパで本格的な修業を積み、日本に帰国後、自身のブランドを立ち上げた実力派の菓子職人です。
新潮社の人物プロフィールによると、鎧塚さんは関西のホテルで経験を積んだ後、スイス、オーストリア、フランス、ベルギーで8年間にわたって修業。ヨーロッパの三つ星レストランで、日本人初のシェフパティシエを務めた経歴を持っています。
鎧塚俊彦さんのパティシエとしての経歴鎧塚さんのキャリアで大きな転機となったのが、2004年の東京・恵比寿での店舗開業です。
「Toshi Yoroizuka」は、素材の持ち味を生かし、できたてのスイーツを提供するスタイルで知られるようになりました。
その後も六本木の東京ミッドタウンや八幡山などに店舗を展開。加えて、菓子づくりに使用する素材そのものにもこだわり、南米エクアドルにカカオ農園を設けるなど、原材料の生産にも取り組んできました。
2011年には小田原の石垣山に農園を併設した「一夜城 Yoroizuka Farm」を開設。2014年には低糖質スイーツを専門とする事業も展開しています。
こうした経歴を見ると、鎧塚さんは職人としての技術だけでなく、農業や食材の生産、地域との連携まで視野に入れて活動してきたことが分かります。
川島なお美さんとの結婚で注目された理由川島さんは、テレビドラマ『失楽園』や『お笑いマンガ道場』などで知られる女優でした。
一方、鎧塚さんは料理・製菓の世界で実績を築いてきた人物です。
異なる分野で活躍する2人の結婚は当時、大きな話題になりました。
しかし、2人の関係を振り返る際に注目したいのは、知名度や肩書きだけではありません。お互いがそれぞれの仕事を持ち、プロフェッショナルとして活動する姿を尊重していたことです。
【馴れ初め】川島なお美さんと鎧塚俊彦さんはどうやって出会った?
2人の出会いには、フィギュアスケート選手の荒川静香さんが関係しています。
川島さん自身が荒川さんを夫婦のキューピッドと紹介していたこともあり、2人の馴れ初めを語るうえで欠かせない存在です。
出会いのきっかけはテレビ番組川島さんと鎧塚さんは、ある料理番組を通じて知り合いました。
2014年のオリコンニュースによると、2人の最初の接点はテレビ番組で、その後、荒川静香さんとの縁を通じて関係が深まっていきました。
当初から恋愛関係だったわけではありません。
その後、荒川さんの誕生日とトリノ五輪の金メダル獲得を祝うパーティーが川島さんの自宅で開かれ、鎧塚さんがケーキを用意しました。
川島さんは2010年の自身のブログで、この出来事を振り返り、荒川さんが2人のキューピッドだったと説明しています。
つまり、単なるテレビ番組での出会いが、共通の知人を介した再会によって恋愛へと発展したのです。
初デートは2007年2月1日2人の初デートについては、鎧塚さん自身の過去のSNS投稿を日刊スポーツが報じています。
場所は、恵比寿にあるフレンチレストラン「モナリザ」。
日付は2007年2月1日でした。
さらに興味深いのは、結婚記念日も2月1日であることです。
鎧塚さんは2022年2月1日の投稿で、2009年2月1日が結婚記念日であり、2007年2月1日が初デートの日だったと振り返っています。
2人にとって2月1日は、交際の始まりと結婚という人生の節目が重なる特別な日だったのです。
【結婚から死別まで】2人の夫婦生活を年表で振り返る
2009年2月1日に入籍川島さんと鎧塚さんが正式に結婚したのは、2009年2月1日です。
川島さんは当時、自身のブログで入籍を報告。
「平成21年2月1日7時45分、晴れて鎧塚なお美になりました」と喜びを伝えました。
仕事でタイに滞在していた川島さんは、帰国後、成田空港から区役所へ向かい、自ら婚姻届を提出したとオリコンが報じています。
結婚後の本名は鎧塚なお美です。
2009年6月には結婚披露宴を開催同年6月23日には東京都内のホテルで結婚披露宴が開かれました。
日刊スポーツの報道によると、披露宴には約350人が出席。川島さんは桂由美さんが手掛けたウェディングドレスを着用し、華やかな式となりました。
鎧塚さんは披露宴の最後を飾るデザートも担当しています。
夫婦の間にあった支え合い2人の結婚生活には、互いの困難を支えたエピソードもあります。
2010年、鎧塚さんは網膜中心静脈閉塞症を患い、左目の視力をほとんど失っていることを公表しました。
その際、川島さんは「私生活では私が彼の左目になります」と語ったと日刊スポーツが伝えています。
華やかな芸能活動の裏側で、互いの仕事や身体の問題に向き合っていたことがうかがえます。
2人の歩みを時系列で整理出典:オリコン、日刊スポーツ、スポニチ、テレビ朝日などの報道および本人の公表内容をもとに整理。
この年表から分かるのは、2人の結婚生活が約6年半だったことです。
ただし、出会いから死別までの年月と、夫婦として過ごした時間は同じではありません。結婚前から育まれた関係も、鎧塚さんが現在まで大切にしている思いの一部になっています。
【死因と最期】川島なお美さんは2015年9月24日に54歳で死去
川島なお美さんは、2015年9月24日、胆管がんのため東京都内の病院で亡くなりました。
享年54歳。
所属事務所の太田プロダクションが同日、書面で訃報を発表しています。
発表によると、亡くなった時刻は午後7時55分。死因は肝内胆管がんでした。
川島なお美さんの病気と死去川島さんは2014年1月に肝内胆管がんの手術を受け、その後も仕事への復帰を目指していました。
しかし、2015年9月には出演していたミュージカルを体調不良で途中降板。年末に予定されていた舞台への出演も取りやめることになりました。
テレビ朝日の当時の報道によると、9月7日には鎧塚さんとともにイベントに出席していましたが、その後、病状が悪化。9月24日に帰らぬ人となりました。
鎧塚俊彦さんが伝えた妻への思い川島さんの死去後、鎧塚さんは自身のFacebookを通じて妻の訃報を伝えました。
日刊スポーツなどが報じた当時の言葉には、最期まで女優として、妻として、人として全力で生きた川島さんへの敬意が込められていました。
2019年にはフジテレビの番組『直撃!シンソウ坂上』でも、鎧塚さんが川島さんとの結婚生活や闘病中の出来事を語っています。
同番組では、川島さんが鎧塚さんに贈ったラブレターや、闘病中に記録していたノートも紹介されました。
川島なお美さんの本名は「鎧塚なお美」もう一つ、検索されることが多いのが川島さんの本名です。
川島なお美は芸名として知られていますが、結婚後の本名は鎧塚なお美でした。
2009年の入籍報告でも本人が「鎧塚なお美になりました」と伝えています。
また、2015年の所属事務所による訃報でも、本名は鎧塚なお美と記載されています。
したがって、「川島なお美」と「鎧塚なお美」は別人ではなく、同じ人物を芸名と本名で表したものです。
【2026年最新】鎧塚俊彦さんの現在は?仕事と結婚記念日の発信
2026年現在、鎧塚さんはパティシエとして活動を続けています。
妻との死別後も仕事を続けてきた鎧塚さんにとって、菓子づくりは単なる職業ではなく、自身の人生を前に進める活動の一つでもあります。
「Toshi Yoroizuka」の活動は継続2025年12月の文春オンラインのインタビューでは、鎧塚さんが自身のブランドについて語っています。
「Toshi Yoroizuka」は2025年に開業21周年を迎えました。
2026年には、東京で開催された「Tokyo Tokyo Delicious Museum 2026」の公式出店情報にもブランド名が掲載され、鎧塚さんがシェフとして紹介されています。
イベントでは、バナナとキャラメルのミルフィーユ、苺のシューアイス、マンゴーとショコラのパルフェなどが提供されました。
現在の鎧塚さんを理解するうえで重要なのは、川島さんの夫という立場だけでなく、長年にわたって洋菓子の世界で仕事を続けている職人・経営者という側面です。
2026年2月1日、17回目の結婚記念日を報告2026年2月1日、鎧塚さんは自身のInstagramで、川島さんとの17回目の結婚記念日を報告しました。
投稿には、2人のウェディング写真が添えられていました。
鎧塚さんは2006年に川島さんと出会い、2026年で20年という年月が流れたことにも触れています。
加えて、妻を見送ってから10年が経過したことを振り返り、川島さんが生前大切にしていたQOL、すなわち「どれだけ長く生きるか」だけではなく「どのように生きるか」という考え方を紹介しました。
そして、自身についても、悲しみの中に沈むのではなく、それを支えに変えながら日々を全力で過ごしてきたという思いを伝えています。
2026年9月24日、11回目の命日に真紅のバラさらに2026年9月24日、鎧塚さんは川島さんの11回目の命日を報告しました。
投稿では、川島さんが愛した真紅のバラを自宅と墓前に飾ったことを明かしています。
日刊スポーツとテレビ朝日の報道によると、鎧塚さんは11年間で周囲の景色は少しずつ変わったものの、妻への感謝と、妻がつないでくれた人々との縁を大切にしていきたいという趣旨のメッセージを発信しました。
結婚記念日と命日という2つの日付は、2026年も鎧塚さんにとって特別な節目となっています。
【再婚の真相】鎧塚俊彦さんは川島なお美さんの死後に再婚した?
川島さんの死去から11年が経過したことで、鎧塚さんの再婚について気になっている人も少なくありません。
この話題については、2025年12月13日に掲載された文春オンラインのインタビューが重要な資料になります。
2025年のインタビューで語った再婚への考えインタビューでは、川島さんが遺書に「一緒のお墓に入りたいからできれば再婚はしないでね」という趣旨の言葉を残していたことについて質問がありました。
これに対し、鎧塚さんは、その言葉を守り続けるということではないと説明しています。
加えて、次のような考えを明かしました。
- 現時点では再婚を考えていない。
- 将来、再び一緒にいたいと思える人と出会えば交際する可能性はある。
- これから先も再婚が絶対にないとは断言できない。
- 川島さんを弔い続ける気持ちは変わらない。
これらは2025年12月の本人インタビューで明らかにされた内容です。
「再婚しないと約束した」という情報には注意ネット上では、川島さんの遺書に関する話題から、鎧塚さんが一生再婚しないと約束したかのように紹介されることがあります。
しかし、本人の説明は少し異なります。
鎧塚さんは、故人を忘れずに弔うことと、将来の人生において新たな出会いを持つことは、必ずしも矛盾しないという考えを示しています。
つまり、川島さんへの思いを大切にし続けることと、自分自身の人生を歩むことを両立させようとしているのです。
2026年の結婚記念日や命日の投稿も、川島さんとの思い出や感謝を伝えるものであり、それだけで再婚の有無を判断することはできません。
再婚についての本人の公表と、ネット上の憶測は分けて受け止める必要があります。
【川島なお美さんと鎧塚俊彦さん】夫婦のエピソードから見える2人の関係
2人の結婚生活には、記念日の投稿以外にも印象的なエピソードが残っています。
夫の誕生日を祝うサプライズを計画2015年9月、川島さんが亡くなる直前に計画していたのが、鎧塚さんの50歳の誕生日パーティーでした。
デイリースポーツなどの報道によると、川島さんは亡くなる前日にも知人らにメールを送り、夫のためのサプライズパーティーを準備していたといいます。
偽の雑誌取材企画まで用意し、本人には秘密にするよう関係者に伝えていました。
鎧塚さんは、妻の死後にこの計画を知り、遺品を整理する中で改めて妻の愛情を感じたと語っています。
この出来事は、2人の夫婦関係を知るうえで印象深いエピソードです。
夫婦の記念日を毎年大切にしている鎧塚さんは、結婚記念日や命日などの節目に川島さんをしのぶ投稿を続けています。
2025年の16回目の結婚記念日には、川島さんが女優として懸命に生きたことを多くの人に思い出してもらうことも、夫としての役割だという考えを語りました。
また、2026年には17回目の結婚記念日を迎え、ウェディング写真とともに2人の歩みを振り返っています。
【プロの結論】夫婦の絆を読み解く3つの視点川島なお美さんと鎧塚俊彦さんの関係を振り返ると、次の3つの視点が浮かび上がります。
1. 互いの仕事を尊重していたこと
女優とパティシエという異なる職業を持つ2人は、それぞれの仕事に情熱を注いでいました。夫婦になった後も、相手の仕事を尊重する姿勢が報道や本人の発信から読み取れます。
2. 困難な時期に支え合っていたこと
鎧塚さんの左目の病気、川島さんのがん闘病など、2人は健康面で大きな困難に直面しました。相手を気遣う言葉や行動は、夫婦の関係を象徴するエピソードとして残っています。
3. 死別後も故人への感謝を仕事や日常につなげていること
鎧塚さんは、川島さんをしのぶことだけに人生を費やすのではなく、仕事を続け、自身の人生を歩んでいく姿勢を示しています。
2026年の投稿にも表れているように、思い出を大切にすることと、現在を生きることを両立させている点が、2人の関係を理解するうえで重要です。
【よくある質問】川島なお美さんの旦那に関するFAQ
Q1:川島なお美さんの旦那は誰ですか?
A1:パティシエ・実業家の鎧塚俊彦さんです。洋菓子ブランド「Toshi Yoroizuka」のオーナーシェフとして知られています。2009年2月1日に川島さんと結婚しました。
Q2:川島なお美さんと鎧塚俊彦さんの馴れ初めは?
A2:テレビ番組で知り合い、荒川静香さんの誕生日パーティーをきっかけに関係が深まりました。初デートは2007年2月1日、恵比寿のフレンチレストラン「モナリザ」だったと鎧塚さんが振り返っています。
Q3:川島なお美さんの死因と享年は?
A3:2015年9月24日、肝内胆管がんのため54歳で亡くなりました。所属事務所の太田プロダクションが訃報を発表しています。
Q4:川島なお美さんの本名は何ですか?
A4:結婚後の本名は鎧塚なお美です。芸名の川島なお美とは異なります。
Q5:鎧塚俊彦さんは2026年現在、何をしていますか?
A5:パティシエとして活動を続けています。自身のブランド「Toshi Yoroizuka」のオーナーシェフとして菓子づくりに携わり、2026年のイベントにも出店しています。
Q6:鎧塚俊彦さんは再婚していますか?
A6:2025年12月のインタビューでは、現時点で再婚を考えていないと話しています。ただし、将来については絶対に再婚しないとは断言していません。
Q7:2026年の結婚記念日と命日はいつですか?
A7:結婚記念日は2月1日で、2026年は17回目でした。命日は9月24日で、2026年は11回目にあたります。
まとめ:川島なお美さんの旦那・鎧塚俊彦さんは2026年も歩みを続けている
川島なお美さんの旦那は、パティシエの鎧塚俊彦さんです。
2006年の出会いから2009年2月1日の結婚、そして2015年9月24日の死別まで、2人は仕事を尊重しながら夫婦としての時間を重ねてきました。
川島さんは54歳で胆管がんのため亡くなりましたが、鎧塚さんはその後もパティシエとして仕事を続けています。
2026年2月1日には17回目の結婚記念日を報告し、同年9月24日には11回目の命日に真紅のバラを供えました。
また、再婚についても2025年のインタビューで自身の率直な考えを語っています。
川島さんへの感謝を忘れず、自分自身の人生も全力で歩む。2026年の鎧塚さんの発信からは、2人がともに過ごした時間を大切にしながら、現在も前を向いて活動を続ける姿が伝わってきます。