実際には、つわりの有無や程度には大きな個人差がある。日本の大規模出生コホート研究では、妊娠初期につわりを経験した人が82.7%だった一方、症状がなかった人も一定数確認されている。つわりがないことだけで、胎児の健康状態や妊娠の経過を判断することはできない。
2026年現在、日本産科婦人科学会の診療ガイドラインや厚生労働省、こども家庭庁の情報、国内外の医学研究から、つわりがない理由、ホルモンとの関係、妊娠週数による変化、流産との関係を整理する。
【実態を検証】つわりがない人は珍しい?妊婦の割合は約17%

つわりがない妊婦は、決して珍しい存在ではない。
こども家庭庁が運営する「妊娠中の検査に関する情報サイト」では、つわりは妊娠初期に半数以上の妊婦にみられる一般的な症状と説明されている。
つまり、妊娠初期に多くの人が経験する症状ではあるものの、すべての妊婦に起こるわけではない。
日本の大規模研究で分かったつわりの割合具体的な数字を示しているのが、2019年に『Journal of Epidemiology』に掲載された「子どもの健康と環境に関する全国調査(JECS)」の研究だ。
この研究では、91,666人の妊婦を対象に、妊娠12週未満の吐き気や嘔吐について調査した。
主な結果は次のとおり。
- 何らかのつわり症状を経験した人:75,828人(82.7%)
- 重いつわりを経験した人:10,159人(11.1%)
- つわり症状がなかった人:約17.3%
この結果から、対象者の約6人に1人は妊娠初期につわりを経験していなかったと考えられる。
ただし、これは研究参加者の調査結果であり、日本全国の妊婦全員を対象とした最新の2026年実態調査ではない。妊娠週数や症状の定義によっても割合は変わる。
つわりがないことは異常なのか医学的には、つわりがないこと自体は異常ではない。
妊娠初期から吐き気がほとんどない人もいれば、食べ物のにおいに敏感になるだけの人、食欲が少し落ちる程度の人もいる。
また、本人はつわりがないと思っていても、眠気、疲れやすさ、便秘、軽い胃の不快感など、別の妊娠初期症状を経験している場合もある。
重要なのは、つわりがあるかどうかではなく、妊婦自身の体調と胎児の発育をそれぞれ確認することだ。
【医学的な理由】つわりがない人の特徴とホルモン変化の関係
つわりがない理由については、単純に胃腸が強い、体力があるといった説明だけでは不十分だ。
現在の研究では、妊娠に伴うホルモンの変化と、それを受け取る母体側の感受性が重要な要素と考えられている。
1. 妊娠に伴うホルモンの変化が異なるつわりとの関連が以前から研究されているホルモンの一つが、hCG(ヒト絨毛性ゴナドトロピン)だ。
hCGは妊娠成立後、胎盤のもとになる組織から分泌されるホルモンで、妊娠初期に急激に増加する。
このホルモンの変動は、一般的につわりが出始める時期や症状が強くなる時期と重なる。
厚生労働省の専門家解説でも、hCGとつわりの関連が紹介されている。ただし、hCGの数値だけでつわりの有無や重症度が決まるわけではない。
2. GDF15というホルモンへの感受性が関係するつわりの仕組みを考えるうえで、近年特に注目されているのがGDF15というホルモンだ。
2024年に学術誌『Nature』に掲載された研究では、胎児・胎盤由来のGDF15が母体の血液中に入り、脳幹に作用することが、妊娠中の吐き気や嘔吐に関係すると報告された。
研究で示された要点は次のとおり。
- 妊娠中のGDF15濃度が高い人ほど、吐き気や嘔吐が強い傾向がある。
- 妊娠前のGDF15への曝露量が、妊娠中の母体の反応に関係する。
- 遺伝的な違いも、妊娠悪阻の発症リスクに関係している。
つまり、胎盤から分泌されるホルモンの量だけでなく、母体がそのホルモンにどれだけ反応しやすいかも重要なのだ。
この研究は、つわりがない人と症状が強い人の違いを理解するうえで大きな手掛かりとなっている。
3. つわりがない人に共通する体質はあるのか「胃腸が強い人はつわりがない」「運動習慣がある人はつわりが軽い」「ストレスが少ない人はつわりにならない」といった説を見かけることがある。
しかし、これらをつわりがない人に共通する医学的特徴として認めるだけの根拠は十分ではない。
現時点で整理できるのは、次のような違いだ。
- ホルモンに対する感受性
- 遺伝的な要因
- 胎児や胎盤に由来する生理的な要因
- 妊娠ごとの身体の反応の違い
2026年4月には、複数の祖先集団を対象にした妊娠悪阻の大規模ゲノム解析が『Nature Genetics』に掲載された。
この研究は、妊娠悪阻の症例10,974人と対照461,461人を解析し、GDF15、IGFBP7、PGR、GFRALなどを含む10の関連領域を報告している。
ただし、これは重症の妊娠悪阻に関する研究であり、つわりがない人を個別に判定できる検査が確立したわけではない。
4. 経産婦は1人目と2人目でつわりが違うこともある1人目の妊娠ではつわりがほとんどなかったのに、2人目では強い吐き気が出るケースもある。
反対に、1人目では食事が取れないほどつらかったのに、2人目ではほとんど症状がない場合もある。
妊娠ごとに胎盤や胎児の状態、ホルモン環境、母体の反応が異なるためだ。
1人目のつわりの程度から、2人目の症状を正確に予測することはできない。
経産婦だからつわりが軽くなる、初産婦だから重くなるといった単純な法則もない。
【妊娠週数別】つわりはいつからいつまで?症状の変化を解説
つわりがない人の中には、「まだ妊娠初期だから、これから始まるのでは」と考える人もいる。
一般的には妊娠5〜6週頃から症状が現れ始め、8〜12週頃にピークを迎えることが多い。
その後、妊娠12〜16週頃にかけて落ち着いていく人が多いものの、症状の現れ方には個人差がある。厚生労働省の情報でも、妊娠5〜6週頃から始まり、妊娠12週頃に消失する場合が多いとされている。
妊娠週数とつわりの変化- 妊娠4〜5週: まだ症状がない人も多い。早い人では吐き気や食欲の変化が始まる。
- 妊娠6〜7週: 吐き気、眠気、においへの敏感さなどが現れやすくなる。
- 妊娠8〜12週: つわりのピークを迎える人が多い。食欲不振や嘔吐が強くなることもある。
- 妊娠13〜16週: 症状が徐々に軽くなり、食事を取りやすくなる人が増える。
- 妊娠17週以降: 多くの人で症状が落ち着くが、長く続く人もいる。
この時期の目安は、全員に当てはまるものではない。最初から最後までつわりがない人もいれば、途中から症状が現れる人もいる。
妊娠初期につわりがない場合はいつまで様子を見る?妊娠5〜6週を過ぎても吐き気がない場合、必ず後からつわりが始まるというわけではない。
妊娠8〜12週になっても普段どおりの生活を送れる人はいる。
妊娠初期に症状がないからといって、無理につわりの兆候を探したり、吐き気が出るまで不安を抱えたりする必要はない。
一方、妊娠の経過を確認するための健診は予定どおり受けることが大切だ。
【赤ちゃんへの影響と流産の関係】つわりがないと危険なのか
最も気になるのが、つわりがないことと赤ちゃんの健康状態の関係だろう。
まず押さえておきたいのは、つわりがないこと自体が、胎児の発育を妨げるという医学的根拠は確立されていないという点だ。
つわりがないと赤ちゃんに悪影響がある?つわりは妊娠に伴う母体の反応であり、胎児が順調に成長しているかどうかを直接示す指標ではない。
吐き気がないからといって、胎児に栄養が届いていない、胎盤が正常に働いていないと判断することはできない。
こども家庭庁の妊娠・出産に関する情報でも、妊娠中は定期的な妊婦健診を受け、異変があれば担当医や助産師に相談することが案内されている。
妊娠が順調かどうかを確認するには、超音波検査による胎児の成長や心拍などの確認が必要になる。
つわりがない人は流産しやすいのかここは、研究結果を正しく読み分ける必要がある。
2016年に『JAMA Internal Medicine』に掲載された研究では、過去に1〜2回の妊娠喪失を経験した女性797人を対象に、妊娠初期の吐き気・嘔吐と妊娠喪失との関係が調査された。
その結果、症状がなかった人と比べて、吐き気があった人では妊娠喪失のハザード比が0.50、吐き気と嘔吐の両方があった人では0.25だった。
つまり、この研究では吐き気や嘔吐がある人のほうが、妊娠喪失が少ない傾向を示していた。
ただし、この結果には重要な注意点がある。
- 対象者は過去に流産を経験した女性である。
- 研究で示されたのは統計的な関連であり、つわりが流産を防ぐと証明したものではない。
- つわりがない人の妊娠が正常に進まないという意味ではない。
- 個人の妊娠経過を、吐き気の有無だけで予測することはできない。
したがって、「つわりがない=流産の可能性が高い」という解釈は正しくない。
研究・公的機関から見るつわりの知識と関係性ここまでの医学的情報を、調査対象や分かっていること、判断できないことに分けて整理する。
この比較から分かるのは、つわりには生理的・遺伝的な個人差があり、その有無だけでは胎児の健康状態を判断できないということだ。
【健診・受診の目安】つわりがない人と妊娠悪阻では何が違う?
つわりがない場合と、つわりが重くて食事や水分が取れない場合では、医療機関への対応が異なる。
特に注意したいのが「妊娠悪阻(にんしんおそ)」だ。
妊娠悪阻とは?通常のつわりとの違い妊娠悪阻は、通常のつわりよりも症状が重く、食事や水分を十分に摂取できなくなる状態だ。
嘔吐が続くことで脱水や体重減少、電解質異常などが生じ、治療や入院が必要になる場合もある。
日本産科婦人科学会の2026年版診療ガイドラインに関する公開資料では、妊娠悪阻は全妊婦の約0.5〜2%に発症すると説明されている。
こんな症状があれば医療機関に相談次の症状がある場合は、我慢せず産婦人科に連絡したい。
妊娠悪阻が疑われる症状
- 水分を飲んでも吐いてしまう
- 嘔吐を何度も繰り返す
- 食事がほとんど取れない
- 尿の回数や量が明らかに減っている
- 口や皮膚が乾燥している
- 急激に体重が減っている
- めまいや強いふらつきがある
特に注意が必要な症状
- 強い腹痛や持続する腹痛
- 性器出血
- 意識がぼんやりする、意識障害がある
- 吐物に血液が混じる
- 立っていられないほどの脱力やふらつき
厚生労働省の情報では、1週間に約2kgの体重減少や尿中ケトン体の陽性などは、つわりの重症化を疑う目安として挙げられている。
また、妊娠悪阻では1週間に3〜4kgの体重減少や強い脱水、神経症状などがみられることもある。こうした数値に達するまで受診を待つ必要はない。
2026年の診療指針では妊娠悪阻をどう治療する?2026年4月には、日本産科婦人科学会と日本産婦人科医会が編集・監修する『産婦人科診療ガイドライン―産科編2026』が刊行された。
妊娠悪阻の治療については、公開された改訂案のCQ201で次のような対応が示されている。
- 心身を休め、十分な休養を取る。
- 食事や水分を少量ずつ、回数を分けて摂取する。
- 脱水がある場合は、ビタミンB1を加えた輸液などを検討する。
- 悪心の緩和にビタミンB6を使用することがある。
- 日常生活が著しく制限される場合は、医師と制吐薬の使用を検討する。
つわりが重いことを我慢する必要はない。治療によって症状を軽減できる場合がある。
つわりがない場合も妊婦健診は必要つわりがなく、食事も普段どおり取れている場合でも、妊婦健診は予定どおり受ける必要がある。
健診では、妊娠週数に応じて胎児の心拍や成長、母体の健康状態などを確認する。
また、妊娠初期の性器出血は、切迫流産などが関係している可能性もある。出血がある場合は自己判断せず、担当医療機関に連絡したい。
こども家庭庁も、妊婦健診を定期的に受け、異変があれば担当医や助産師に相談するよう案内している。
【よくある誤解を検証】つわりがない人に関するよくある質問(FAQ)
Q1:妊娠初期から出産まで、つわりがまったくない人もいますか?
A1:いる。妊娠初期から吐き気や嘔吐などがほとんどなく、そのまま出産を迎える人もいる。つわりの有無には個人差があり、妊娠期間を通じて症状がないこと自体は異常ではない。
Q2:つわりがないと赤ちゃんが育っていない可能性がありますか?
A2:つわりがないことだけで、赤ちゃんの発育が悪いとは判断できない。胎児の成長や心拍などは、妊婦健診の超音波検査などで確認する必要がある。
Q3:つわりが急になくなったら流産の可能性がありますか?
A3:つわりには日による波があり、症状が急に軽くなることもある。つわりがなくなったことだけで流産とは判断できない。ただし、出血や強い腹痛などを伴う場合は、早めに産婦人科へ相談する。
Q4:つわりがない人は男の子を妊娠している可能性が高いですか?
A4:つわりの有無だけで胎児の性別を判断することはできない。JECSの研究では、女児の妊娠や双胎妊娠でつわりが起こる割合が高い傾向が報告されているが、個人の性別を予測する方法にはならない。
Q5:1人目でつわりがなかったら、2人目もないのでしょうか?
A5:必ずしもそうではない。同じ女性でも妊娠ごとにホルモン環境や身体の反応が異なるため、1人目と2人目でつわりの程度が変わることがある。
Q6:つわりがない人は妊娠中に食事制限をしたほうがよいですか?
A6:つわりがないことを理由に食事を制限する必要はない。体調に合わせて、主食・主菜・副菜を組み合わせたバランスのよい食事を心がける。妊娠中の食事や体重管理については、担当医や管理栄養士に相談するとよい。
【プロの結論】つわりの有無ではなく、赤ちゃんの成長と母体の状態で判断する
つわりがない人は、決して珍しい存在ではない。
日本の大規模研究では妊娠初期につわりがなかった人が約17%確認されており、妊娠しても吐き気や嘔吐をほとんど感じない人は一定数いる。
2026年の医学研究では、GDF15をはじめとするホルモンや遺伝的要因が、つわりの個人差に関係することがさらに明らかになってきた。一方で、つわりの有無から胎児の健康状態を判定する方法は確立されていない。
判断するときに大切なのは、次の3点だ。
1. つわりがないことだけを理由に、赤ちゃんの異常や流産を心配しすぎない。
2. つわりが急に軽くなった場合も、症状だけで妊娠の経過を判断しない。
3. 定期的な妊婦健診を受け、出血や腹痛など気になる症状があれば早めに相談する。
妊娠中の身体の反応は一人ひとり違う。つわりが強い人も、ほとんどない人も、それだけで妊娠の良し悪しが決まるわけではない。
周囲の妊婦と症状を比べるよりも、自分の体調を大切にしながら、医師と一緒に赤ちゃんの成長を確認していくことが安心につながる。