鞭打ちの刑は、むちや杖などで人の身体を打つことによって苦痛を与える身体刑の一種です。かつては世界各地の刑事司法制度で採用されていましたが、現在は廃止した国が多い一方、2026年現在も法律に規定し、実際に執行している国や地域が存在します。
特に注目されるのが、シンガポールやマレーシアの司法制度、イランの刑法、インドネシアのアチェ州、そしてアフガニスタンのタリバン政権下で行われている公開むち打ち刑です。2026年には国連専門家がアフガニスタンでの身体刑の増加に警告を発し、マレーシアでは連邦裁判所がむち打ち刑の合憲性をめぐる判断を示しました。鞭打ちの刑は、歴史上の制度ではなく、現在進行形の人権問題でもあります。
その制度は国によって大きく異なり、対象犯罪、受刑者の年齢や性別、執行場所、打数の上限、医療上の措置などにも違いがあります。ここでは2026年11月3日時点の公的資料、国際機関の報告、各国の法令、裁判記録をもとに、鞭打ちの刑の現在と歴史、実施国、国際人権法上の問題を整理します。
【基礎知識】鞭打ちの刑とは?仕組み・対象犯罪・現在の位置づけ

鞭打ちの刑とは、国家や司法機関が刑罰として受刑者の身体に打撃を加える制度です。法律上は身体刑、英語ではJudicial Corporal Punishmentなどと呼ばれます。
使用する道具は国や制度によって異なり、むち、籐製の杖、棒状の器具などがあります。日本語ではまとめて「むち打ち」と表現されますが、英語圏では鞭を使うFloggingと、杖を使うCaningを区別することがあります。
重要なのは、単に身体に痛みを与える行為ではなく、犯罪に対する公的な刑罰として法律に位置づけられている点です。
鞭打ち刑の仕組みは国によって違う一般的には、法律が対象犯罪と刑罰の範囲を定め、裁判所が有罪判決とともに身体刑の有無や打数を決定します。その後、刑務所などの公的施設、あるいは公開の場所で刑が執行されます。
制度によっては、医師による健康状態の確認や、執行を中止するための医学的基準が設けられています。また、成人と未成年者で使用する器具や上限回数を分ける国もあります。
ただし、医療上の確認や打数制限が存在することと、その刑罰が国際人権法に適合することは別の問題です。身体への侵害そのものに加え、精神的苦痛や人格の尊厳、執行時の安全性も評価の対象になります。
鞭打ち刑の対象となる犯罪対象犯罪は一律ではありません。国によっては重大犯罪に限定される一方、宗教的な規範や道徳に関係する行為も対象に含まれています。
- 強姦や重大な性犯罪
- 薬物の密売や関連犯罪
- 暴行、傷害、重大な暴力犯罪
- 窃盗や詐欺などの財産犯罪
- 飲酒や賭博に関係する犯罪
- 婚外性交渉など、特定の法体系で犯罪とされる行為
- 一部の移民法違反や器物損壊
同じ行為でも、ある国では罰金や禁錮刑の対象であるのに対し、別の国では身体刑が併科される場合があります。したがって、鞭打ち刑の対象犯罪を理解するには、刑法だけでなく、薬物関連法、移民法、宗教法に基づく特別法なども確認する必要があります。
【歴史と成立背景】なぜ鞭打ちの刑は存在し続けてきたのか
古代から近代まで続いた身体刑身体刑の歴史は古く、古代のさまざまな法体系や軍事制度、奴隷制度、宗教的な規範と結びついてきました。ただし、鞭打ち刑には一つの発祥地があるわけではありません。異なる社会が、それぞれの統治制度や刑罰観のなかで身体への制裁を発展させてきたものです。
古代ローマなどでは、身分や社会的地位によって身体刑の扱いが異なる場合がありました。中世から近世にかけては、犯罪者に対する制裁だけでなく、軍隊や収容施設における規律維持にも身体刑が利用されました。
当時の刑罰には、身体的な苦痛を与えることによって罪を償わせ、周囲の人々にも処罰の存在を認識させるという考え方がありました。特に公開刑は、刑罰を社会全体に見せることで、国家権力や統治者の権威を示す役割も担っていました。
近代刑事司法と身体刑の縮小近代に入ると、刑罰の目的や人間の尊厳をめぐる議論が変化します。チェーザレ・ベッカリーアなどの刑法思想家が刑罰の合理性や比例性を論じ、身体への苦痛を中心とする制裁に対する批判が強まりました。
刑務所制度の整備、自由刑や罰金刑の発展、裁判手続の近代化なども、身体刑の縮小を後押ししました。
その結果、ヨーロッパや北米を中心に司法上の鞭打ち刑を廃止する国が増加します。一方、アジアや中東などの一部では、国内の刑法や宗教法に基づく制度として存続しました。
鞭打ち刑が存在する理由は何か現在も制度を維持する国では、主に次のような理由が挙げられます。
第一に、犯罪抑止と厳罰化です。身体に直接的な苦痛を伴う刑罰によって、犯罪を思いとどまらせるという考え方です。重大犯罪に対する厳格な制裁を求める政策とも結びついています。
第二に、応報的な刑罰観です。犯罪に対して相応の制裁を与えることが正義の実現につながるという考え方で、身体刑を正当化する論拠として使われることがあります。
第三に、宗教的・社会的な規範です。特定の宗教法を国内法や地域法に取り入れている場合、飲酒、賭博、婚姻外の性的行為などが身体刑の対象になることがあります。
第四に、法制度の歴史的継続性です。長年運用されてきた法律や刑罰制度は、社会的・政治的な事情によって存続することがあります。廃止には立法や司法制度の変更が必要となるため、国際的な人権基準と国内制度の間に緊張関係が生まれる場合もあります。
ただし、厳罰化を支持する政治的な主張と、実際に犯罪を減少させる効果が科学的に証明されているかどうかは、分けて考えなければなりません。
【2026年最新】鞭打ち刑の実施国一覧と国別比較
2026年現在、司法上の鞭打ち刑を理解するうえで重要なのは、法律に規定がある国と、実際の執行が公的記録などで確認できる国を区別することです。
以下は、2026年時点で確認できる代表的な国・地域の比較です。世界全体を網羅する確定的な国別統計ではなく、制度と執行状況が確認できる事例を整理しています。
| 国・地域 | 制度上の位置づけ | 対象・確認された動向 | 2026年の状況 |
|---|---|---|---|
| シンガポール | 刑事法に基づく杖打ち刑 | 重大な性犯罪、暴力犯罪、薬物犯罪など | 法律に基づく制度を継続 |
| マレーシア | 刑法・特別法に基づくむち打ち刑 | 薬物犯罪、殺人など。強制的な身体刑を定める犯罪もある | 2026年4月、連邦裁判所が合憲性を支持する多数意見 |
| イラン | イスラム刑法に基づく身体刑 | 飲酒、性的行為、道徳関連犯罪など | 2025~2026年の人権報告で判決・執行を確認 |
| アフガニスタン | タリバン当局の司法制度に基づく身体刑 | 窃盗、薬物、賭博、いわゆる道徳犯罪など | 2025年に少なくとも1,110人への公開刑を発表 |
| インドネシア・アチェ州 | 州独自のイスラム刑事法(Qanun) | 婚外性交渉、賭博、飲酒など | 2025年にも公開執行を確認 |
| ブルネイ | シャリア刑法典に身体刑の規定 | 宗教法上の犯罪など | 法令上存続。実際の執行状況とは区別が必要 |
| サウジアラビア | 裁量刑としてのむち打ちを2020年に廃止 | 一部の宗教法上の犯罪については別扱い | 全面廃止とは言い切れない |
シンガポールでは、刑事手続法に基づくCaningが現在も刑罰として認められています。
シンガポール司法当局の公式説明によると、鞭打ち刑は裁判所が命じるもので、対象となるのは50歳未満の男性です。成人については、一度に科すことのできる上限が24打とされています。女性や50歳以上の男性には適用されず、該当する場合には一定の追加拘禁刑に置き換えられることがあります。
対象となる犯罪には、強姦、重大な性犯罪、重大な暴力犯罪、薬物犯罪、器物損壊、移民関連犯罪などがあります。
2026年1月14日、シンガポール内務省は議会質問への回答で、2024年に身体刑の対象となる重大な性犯罪・暴力犯罪で有罪となった人が279人いたと説明しました。そのうち50歳未満の男性76人について、少なくとも1打の杖打ち刑が言い渡されたとしています。
この数字は対象犯罪の有罪者数と実際の刑罰に関する情報であり、すべての犯罪や執行件数を網羅した統計ではありません。それでも、シンガポールで身体刑が過去の遺物ではなく、現在の刑事司法制度の一部であることを示しています。
マレーシア:2026年の連邦裁判所判断が示したものマレーシアでは、刑法や薬物関連法、移民法などにむち打ち刑の規定があります。2026年の連邦裁判所の判断では、強制的なむち打ち刑を定める犯罪が26種類あるとの説明も示されました。
2026年4月22日、連邦裁判所は、むち打ち刑の合憲性を争った3人の受刑者による申立てを退けました。判決は2対1の多数意見で、むち打ち刑が憲法上の生命権などに違反するとの主張を認めませんでした。
審理では、2024年にポコック・セナ刑務所で受刑者がむち打ち刑の後に死亡した事案も取り上げられています。多数意見は、この死亡とむち打ち刑との医学的な因果関係を示す証拠が裁判所に提出されていないと判断しました。一方、リー・スウィーセン判事は反対意見を示しています。
この判決は、マレーシア国内で身体刑をめぐる憲法論争が続いていることを示す重要な出来事です。なお、国内裁判所が合憲と判断したことと、国際人権法上の評価が一致することは意味しません。
イラン:多くの犯罪に適用される身体刑イランではイスラム刑法に身体刑が規定されており、欧州連合庇護庁(EUAA)の2025年1月の国別ガイダンスは、むち打ち刑が適用され得る犯罪を少なくとも148種類としています。
対象には飲酒や婚姻外の性的関係、公共道徳に関係する犯罪などが含まれます。犯罪の種類によっては、禁錮刑や罰金と身体刑が併科される場合もあります。
加えて、2026年4月に公表されたイランの囚人権利団体による2025年年次報告では、2025年3月20日から2026年3月20日までの期間に、少なくとも70人に対して合計3,353打を科す判決が出されたと報告されています。9人については執行状況が不明とされており、判決数と実際の執行数には差があります。
アフガニスタン:タリバン政権下で増加する公開むち打ち2026年に最も深刻な動向が報告されている地域の一つがアフガニスタンです。
2026年3月3日、国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)が紹介した国連専門家の声明によると、タリバンの事実上の最高裁判所は、2025年に少なくとも1,110人への公開むち打ちを発表しました。その内訳は男性が少なくとも940人、女性が170人です。
2024年の少なくとも567人と比較すると、ほぼ倍増しています。さらに2026年1月には男性147人、女性15人の公開むち打ちが報告されました。
対象となる犯罪には窃盗、薬物、飲酒、賭博などがあり、女性や性的少数者は婚外性交渉やいわゆる道徳犯罪を理由とする処罰のリスクにも直面しています。
国連専門家は、こうした身体刑について、人間の尊厳と身体の完全性を侵害し、その程度によっては残虐、非人道的または品位を傷つける刑罰、さらには拷問に該当すると警告しました。
ブルネイとサウジアラビア:法律上の存在と廃止の違いブルネイでは、シャリア刑法典にむち打ち刑の規定が残っています。2026年8月に更新された司法長官府の法令情報でも、同法典の現行版が掲載されています。ただし、法令に規定が存在することだけで、現在の執行頻度まで判断することはできません。
一方、サウジアラビアでは2020年、最高裁判所の決定により、裁量刑であるタージールとしてのむち打ち刑を廃止し、禁錮刑や罰金などに置き換える改革が行われました。
ただし、米国議会図書館の法制度解説や米国務省の報告では、一部のハッド刑に関してむち打ち刑が残る可能性が指摘されています。したがって、サウジアラビアについては「むち打ち刑を全面廃止した」と単純化するのではなく、どの法的カテゴリーを廃止したのかを確認する必要があります。
【公開むち打ち刑の実態】廃止国との違いと2025~2026年の事例
公開刑は何のために行われるのか公開むち打ち刑とは、一般の人々が見られる場所で身体刑を執行する制度です。刑務所内などで行われる非公開の身体刑とは異なり、処罰の場面そのものが社会に向けたメッセージとして機能します。
制度を支持する側は、公開によって犯罪抑止効果を高めることができると主張します。一方、人権団体や国際機関は、本人に与える身体的苦痛だけでなく、周囲の人々の前で屈辱を与えることや、社会的な烙印を残すことも問題視しています。
アフガニスタンでは、国連の報告によれば、公開むち打ち刑に地域住民が立ち会わされる事例もあります。公開刑は単なる刑罰の執行ではなく、権力による統制や社会規範の強制と結びつく側面を持っています。
インドネシア・アチェ州で2025年に起きた公開刑2025年2月27日、インドネシアのアチェ州では、同性間の性的関係を理由に有罪となった男性2人に対し、公開のむち打ち刑が執行されました。
ロイター通信によると、2人はそれぞれ77打と82打を受けました。同日にはオンライン賭博に関係する別の男性2人にも身体刑が執行されています。
この事例で特に重要なのは、インドネシア全土で同じ刑罰が適用されているわけではないという点です。アチェ州は特別な自治制度のもとで独自のイスラム刑事法を運用しており、公開むち打ち刑はその地域的な法制度に基づいています。
アチェ州の公式法令データベースには、2014年のQanun第6号「Hukum Jinayat」が掲載されています。また、2025年11月21日には改正法令であるQanun第12号が公布されました。2026年時点では、この改正を含めた州法の内容を確認が必要です。
アフガニスタンの公開刑をめぐる最新調査2026年8月25日、アフガニスタン人権民主主義機構(AHRDO)は、タリバン政権下の公開むち打ち刑に関する調査報告を公表しました。
同報告は、2022年2月から2026年4月までの期間について、634件の公開むち打ち事件を記録し、対象となった人は合計2,745人に上るとしています。
調査では、性的行為やいわゆる道徳犯罪、女性の移動に関する問題などが処罰の理由となっていることに加え、恣意的な拘束、強制された自白、弁護士へのアクセス制限などの手続上の問題も指摘されました。
ここで注意したいのは、AHRDOの調査対象期間と国連の2025年統計は異なることです。前者は複数年の独自調査、後者はタリバン当局が公表した数字を含む国連専門家の報告であり、同じ統計として単純に合算することはできません。
鞭打ち刑を廃止した国の例司法上の身体刑は、かつて欧米を含む多くの国で採用されていましたが、現在は法律上廃止された国が多数を占めます。
代表的な例として、次のような国・地域があります。
- カナダ:1972年に司法上の身体刑を廃止。
- 香港:1990年に司法上の身体刑を廃止。
- アイルランド:1997年に法律上の司法身体刑を廃止。
- 日本:日本国憲法第36条が公務員による拷問と残虐な刑罰を絶対的に禁止。
なお、身体刑の廃止には、成人だけを対象とする廃止、未成年者も含む全面廃止、法律上の廃止と実際の執行停止など、異なる段階があります。各国の制度を比較するときには、何をどこまで廃止したのかを確認する必要があります。
【国際人権法との関係】鞭打ち刑は拷問や残虐な刑罰に当たるのか
国際人権法が守ろうとする人間の尊厳鞭打ち刑をめぐる国際的な議論の中心にあるのが、拷問や残虐、非人道的または品位を傷つける取り扱い・刑罰の禁止です。
国際人権法では、身体に痛みを与える行為だけでなく、精神的な苦痛や人間の尊厳を損なう行為も保護の対象になります。
特に重要なのが、1966年に採択された「市民的及び政治的権利に関する国際規約(自由権規約)」第7条です。同条は、何人も拷問または残虐、非人道的もしくは品位を傷つける取り扱い・刑罰を受けないことを定めています。
国連自由権規約委員会の一般的意見第20号では、第7条の禁止について、身体刑を含め、犯罪に対する刑罰や教育・懲戒として命じられる過度の身体的制裁にも及ぶと説明されています。また、この禁止は非常事態であっても適用されます。
拷問等禁止条約と鞭打ち刑もう一つの重要な国際文書が、1984年12月10日に採択された「拷問等禁止条約」です。
同条約第1条は、拷問について、一定の目的で強い身体的・精神的苦痛を意図的に与える行為であり、公務員などの関与や同意を伴うものと定義しています。
一方、同条には、適法な制裁にのみ起因し、またはそれに付随する苦痛を拷問の定義から除外する規定があります。しかし、この文言を根拠に、国内法で合法とされた身体刑が国際人権法上すべて認められると解釈することはできません。
同条約第16条は、条約上の拷問の定義には該当しない場合であっても、公務員などが関与する残虐、非人道的または品位を傷つける取り扱いや刑罰を防止する義務を定めています。
したがって、鞭打ち刑については、必ずしもすべての事例が自動的に条約第1条の拷問に該当すると断定できるわけではありません。しかし、身体への侵害の程度、精神的苦痛、執行方法、公開の有無、受刑者の状況などによって、重大な人権侵害に該当する可能性があります。
国連が2026年に示したアフガニスタンへの警告2026年3月、国連専門家はアフガニスタンの公開身体刑について、国際人権法に違反するとの警告を発しました。
特に問題視されたのは、司法制度の独立性や適正手続の保障が不十分な環境で身体刑が行われていることです。裁判の公正さが担保されないまま身体刑が執行されれば、処罰の内容だけでなく、有罪判決に至る過程そのものも人権上の問題になります。
また、女性や性的少数者が特定の道徳犯罪を理由に処罰される場合には、性差別や性的指向に基づく差別との関係も問われます。
この問題は、単に刑罰の厳しさを比較するだけでは理解できません。身体刑を受ける人が適正な裁判を受ける権利を保障されているか、差別的な法運用が行われていないかという視点が不可欠です。
日本国憲法第36条と鞭打ち刑日本では、日本国憲法第36条が「公務員による拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる」と定めています。
この条文は、国家権力が人に対して行う身体的・精神的な侵害に対する重要な憲法上の歯止めです。
日本の刑事司法制度に鞭打ち刑は存在せず、刑罰として身体に打撃を与える制度は採用されていません。
国際人権法と国内憲法の双方から見ると、日本が身体刑を採用していないことは、近代的な刑罰制度における人間の尊厳の保障と結びついています。
【誤解を解説】鞭打ち刑と体罰の違い・制度を見極めるポイント
刑罰としての鞭打ちと学校・家庭の体罰は別の概念鞭打ち刑と体罰は、どちらも身体に苦痛を与えるという点では共通しています。しかし、法的な意味は異なります。
刑罰としての鞭打ちは、国家が法律に基づいて犯罪者に科す司法上の制裁です。裁判所の判決や法定の手続を前提とします。
これに対して体罰は、教育、養育、スポーツ指導などの関係で、指導者や保護者などが相手に身体的苦痛を与える行為を指します。必ずしも刑事裁判や犯罪に対する刑罰とは関係しません。
日本では学校教育法第11条により、校長や教員が児童・生徒・学生に体罰を加えることは禁止されています。また、民法第821条では、親権者が子どもの監護・教育を行う際に体罰その他の心身の健全な発達に有害な影響を及ぼす言動をしてはならないと定められています。
つまり、刑罰として認められている国があるからといって、学校や家庭での体罰まで正当化されるわけではありません。
鞭打ち刑についてよくある4つの誤解誤解1:現在は世界中ですでに廃止されている。
これは正確ではありません。シンガポール、マレーシア、イラン、アフガニスタン、インドネシアのアチェ州などでは、2026年にも司法上の身体刑が確認されています。
誤解2:鞭打ち刑はどの国でも同じ方法で行われる。
国によって道具、対象者、打数、執行場所、医療上の措置などが異なります。杖打ちと鞭打ちを同じものとして扱うと、制度の違いを正しく理解できません。
誤解3:法律に書かれていれば国際法上も問題ない。
国内法上の合法性と国際人権法上の適合性は別の問題です。国際条約や人権条約機関の解釈も含めて評価する必要があります。
誤解4:サウジアラビアは2020年にすべての鞭打ち刑を廃止した。
2020年の改革で廃止されたのは、裁量刑であるタージールとしてのむち打ちです。一部のハッド刑に関する扱いまで全面的に廃止されたわけではありません。
実施国一覧を調べる際に確認したい5つの基準鞭打ち刑に関する国別情報は、法令、判決、執行報告が別々の資料に記載されることがあります。情報の正確性を判断するには、次の点を確認すると有効です。
- 法律上の規定:身体刑が刑法や特別法に現在も残っているか。
- 実際の執行:判決だけでなく、実際に刑が執行された記録があるか。
- 対象者:成人、未成年者、男性、女性など、誰が対象になるか。
- 地域的な適用範囲:国全体の制度なのか、アチェ州のような特定地域の制度なのか。
- 情報の基準日:過去の報告ではなく、2025年や2026年の最新資料があるか。
特に「実施国一覧」という表現には注意が必要です。法律上可能な国、判決が出た国、実際に執行された国を同じカテゴリーに含めると、実態を誤認する原因になります。
鞭打ちの刑に関するよくある質問(FAQ)
Q1:2026年現在、鞭打ちの刑を実施している国はどこですか?
A1:代表的な事例として、シンガポール、マレーシア、イラン、アフガニスタンが挙げられます。また、インドネシアではアチェ州が独自のイスラム刑事法に基づいて公開むち打ち刑を実施しています。ブルネイにも法令上の規定がありますが、法律上の存在と実際の執行状況は区別する必要があります。
Q2:鞭打ち刑はどのような犯罪に対して科されますか?
A2:国によって異なります。重大な性犯罪、薬物犯罪、暴力犯罪、窃盗、飲酒、賭博、婚外性交渉などが対象となる場合があります。すべての国で同じ犯罪が対象になるわけではありません。
Q3:公開むち打ち刑は現在も行われていますか?
A3:行われています。2025年にはアフガニスタンで少なくとも1,110人への公開むち打ちが発表され、2026年1月にも162人への執行が報告されました。インドネシアのアチェ州でも2025年2月に公開執行が確認されています。
Q4:鞭打ち刑は国際法で禁止されていますか?
A4:自由権規約第7条や拷問等禁止条約第16条などが、拷問や残虐、非人道的または品位を傷つける刑罰を禁止しています。国連の人権機関や専門家は司法上の身体刑を重大な人権問題として扱っています。ただし、個別の行為が拷問に該当するかどうかは、条約上の定義や具体的な事情に基づいて判断されます。
Q5:日本では鞭打ち刑が復活する可能性はありますか?
A5:日本国憲法第36条は、公務員による拷問と残虐な刑罰を絶対的に禁止しています。日本の現行刑事司法制度に鞭打ち刑はなく、導入には憲法上の重大な問題が生じます。
まとめ:2026年の鞭打ち刑を理解するために重要な3つの視点
2026年現在、鞭打ちの刑は世界から完全になくなったわけではありません。シンガポールやマレーシアのように近代的な刑事司法制度の一部として運用する国もあれば、イランやアフガニスタンのように宗教法や特定の政治体制と結びついた身体刑が行われる地域もあります。
一方、カナダや香港、アイルランドなどでは司法上の身体刑が廃止され、日本では憲法第36条が拷問と残虐な刑罰を禁止しています。各国の制度は、歴史、宗教、政治、刑事政策によって異なる方向に発展してきました。
【プロの結論】
鞭打ち刑を理解するうえで最も重要なのは、単に実施国の数や打数を比較することではありません。刑罰がどのような法的根拠で科され、誰が対象となり、適正な裁判が保障され、身体と人格の尊厳が守られているかという点です。
特に2026年のアフガニスタンの状況は、身体刑が刑罰という枠を超え、社会的統制や差別と結びつく危険性を示しています。また、マレーシアの連邦裁判所の判断は、国内憲法上の合法性と国際人権法上の評価が必ずしも一致しないことを浮き彫りにしました。
今後の動向を追う際には、各国の法律改正だけでなく、実際の執行件数、司法手続の透明性、国際機関による勧告、廃止に向けた政策の進展を総合的に見る必要があります。鞭打ち刑の問題は、刑罰の厳しさだけでなく、国家が人間の身体と尊厳にどこまで介入できるのかを問う問題でもあります。