宮部藍梨(みやべ・あいり)選手の兄弟構成が気になっている人も多いのと考えられます。女子バレーボール日本代表として活躍する宮部藍梨選手には、同じく日本代表経験を持つ妹の宮部愛芽世(みやべ・あめぜ)選手がいます。2人は3歳差の姉妹で、2022年にはそろって女子日本代表に選出され、世界選手権にも出場しました。
2026年10月現在、公開されているプロフィールや報道を整理すると、藍梨選手のきょうだいとして確認できるのは妹の愛芽世選手です。父親はナイジェリア人、母親は日本人と報じられていますが、兄や弟については確かな公表情報がありません。また、2026年には姉妹それぞれが海外リーグへの挑戦を決め、新たなキャリアを歩んでいます。
【兄弟構成の真相】宮部藍梨のきょうだいは妹の宮部愛芽世だけ?

宮部藍梨選手の兄弟構成を調べると、名前が挙がるのは妹の宮部愛芽世選手です。
2人とも女子バレーボールの日本代表として活動しており、国内リーグでも実績を重ねてきました。姉妹で同じ競技に取り組んでいることから、家族構成や幼少期のエピソードにも関心が集まっています。
妹はバレーボール選手の宮部愛芽世宮部愛芽世(みやべ・あめぜ)選手は、1998年生まれの藍梨選手より3歳年下の妹です。
2001年10月12日生まれで、兵庫県尼崎市出身。金蘭会高校から東海大学へ進学し、大学在学中から日本代表として経験を積んできました。
2024年にはJTマーヴェラス(現・大阪マーヴェラス)に入団。アウトサイドヒッターとして攻撃力を発揮し、2025-26シーズンまで国内トップリーグで活躍しました。
2026年にはフランスリーグへの移籍も決まり、姉と同じく海外でプレーする道を選んでいます。大阪マーヴェラスの退団発表にも、本人の名前とプロフィールが掲載されています。
兄や弟はいる?検索されることの多い疑問が「宮部藍梨には兄や弟もいるのか」という点です。
2015年の日刊スポーツの選手紹介では、藍梨選手の家族について、ナイジェリア出身の父親、日本人の母親、妹が紹介されていました。
その後のスポーツ報道でも、愛芽世選手は一貫して藍梨選手の妹として紹介されています。
現在までに、兄や弟がいることを裏付ける公式プロフィールや信頼できる報道は確認できません。したがって、公に確認できるきょうだいは妹の愛芽世選手という整理が適切です。
ただし、家族全員の詳細なプロフィールが公開されているわけではありません。
父親はナイジェリア人、母親は日本人宮部姉妹の両親については、スポーツメディアの選手紹介やインタビューで、次のように紹介されています。
- 父親:ナイジェリア人
- 母親:日本人
藍梨選手は兵庫県尼崎市出身で、妹の愛芽世選手も同じく兵庫県尼崎市出身です。
姉妹はそれぞれ181cm、174cmという高身長を持ち、ジャンプ力やパワーを生かしたプレーで注目されてきました。
なお、両親の職業や詳しい経歴など、プライベートに関する情報は広く公表されていません。
【プロフィール比較】宮部藍梨と妹・宮部愛芽世の年齢差は3歳!
宮部姉妹は年齢が3歳離れていますが、競技歴には共通点が多くあります。
2人とも兵庫県尼崎市出身で、金蘭会に進学。高校時代から高い身体能力を評価され、その後、日本代表という同じ舞台に立つまでになりました。
宮部姉妹のプロフィール一覧| 項目 | 姉・宮部藍梨 | 妹・宮部愛芽世 |
|---|---|---|
| 読み方 | みやべ・あいり | みやべ・あめぜ |
| 生年月日 | 1998年7月29日 | 2001年10月12日 |
| 2026年10月の年齢 | 28歳 | 25歳 |
| 出身地 | 兵庫県尼崎市 | 兵庫県尼崎市 |
| 身長 | 181cm | 174cm |
| 続柄 | 姉 | 妹 |
| 出身高校 | 金蘭会高校 | 金蘭会高校 |
| 大学 | サウスアイダホ大学、ミネソタ大学 | 東海大学 |
| ポジション | ミドルブロッカー | アウトサイドヒッター |
| 2026年の所属 | ミネソタ(米国) | サン=クルー(フランス) |
愛芽世という名前は、初見では読み方が難しいと感じる人もいるでしょう。
正しい読み方は、みやべ・あめぜです。
大阪マーヴェラスの公式退団発表でも「宮部 愛芽世(みやべ あめぜ)」と記載されています。また、バレーボール専門メディアの月刊バレーボールでも同じ読み方が掲載されています。
姉の藍梨が「あいり」、妹の愛芽世が「あめぜ」です。
3歳差でも競技者としてはそれぞれ独立生年月日を比較すると、藍梨選手が1998年7月29日、愛芽世選手が2001年10月12日です。
厳密には3年2か月13日の年齢差があります。
姉が先にバレーボールを始め、金蘭会高校でエースとして活躍していた時期に、妹は金蘭会中学で競技に取り組んでいました。
姉の背中を追う環境にありながら、妹も独自のプレースタイルを築いていったことが、宮部姉妹のキャリアの特徴です。
【バレーボール経歴】姉・藍梨と妹・愛芽世が日本代表になるまで
宮部姉妹が注目される理由は、単に姉妹そろってバレーボール選手だからではありません。
それぞれが異なる経歴を歩みながら、日本代表という同じ舞台にたどり着いたことにあります。
姉・宮部藍梨の経歴藍梨選手は高校時代から将来を期待されていた選手です。
2014年にはアジアユースバレーボール選手権でMVPを獲得。2015年には高校生ながら女子日本代表に初選出されました。
その後、米国へ渡り、サウスアイダホ大学を経てミネソタ大学・大学院で学びながら競技を続けました。
海外での経験を積んだ後、2022年に6年ぶりに日本代表へ復帰。ヴィクトリーナ姫路との契約も決まり、国内でのプロキャリアをスタートさせます。
2024年にはネーションズリーグ銀メダルを獲得し、パリ2024オリンピックにも出場しました。
2026年には米国のメジャーリーグ・バレーボール(MLV)への移籍が決まり、さらなる海外挑戦へ進んでいます。
妹・宮部愛芽世の経歴愛芽世選手は、姉と同じ金蘭会でバレーボールの基礎を身につけました。
高校卒業後は東海大学へ進学し、大学バレーで実力を伸ばします。
2022年には女子日本代表に登録され、姉と同じチームで活動する機会を得ました。同年の世界選手権にも出場しています。
大学卒業後の2024年にはJTマーヴェラスに入団。チーム名が大阪マーヴェラスに変わった後も主力選手としてプレーしました。
2025-26シーズンにはリーグ戦で47試合にベンチ入りし、合計462得点を記録。チームのチャンピオンシップファイナル進出にも貢献しました。
そして2026年5月、フランスのルヴァロワ・パリ・サン=クルーへの移籍が発表されました。
【2022年の日本代表】宮部姉妹がそろって日の丸を背負った経緯
宮部姉妹のキャリアを語るうえで大きな転換点となったのが、2022年です。
この年、2人は女子日本代表に登録され、同じチームの一員として活動しました。
日本バレーボール協会の2022年度女子日本代表登録メンバーには、宮部藍梨選手と宮部愛芽世選手の両名が掲載されています。
姉の藍梨選手は米国留学を経ての代表復帰、妹の愛芽世選手は大学生としての代表選出でした。
姉妹が同じ舞台に立ったことは、2人にとっても特別な出来事だったと考えられます。
2022年8月の日本代表紅白戦で姉妹が共演2022年8月13日・14日には、岡山県のジップアリーナ岡山で世界選手権に向けた日本代表紅白戦が開催されました。
この試合では、姉妹が同じ代表メンバーとしてコートに立っています。
日本バレーボール協会の公式レポートには、愛芽世選手が姉について語ったコメントが掲載されました。
この1年、バレーボールを一緒にする時間がとても長いので、互いのバレーボールに対する考え方が見えてくるからこそ、姉というより一人のプレーヤーとして接するようにしている。
出典:日本バレーボール協会「火の鳥NIPPON、国内久々の有観客試合となる紅白戦を岡山で実施」2022年8月14日
このコメントから伝わってくるのは、姉妹という関係を超えて、お互いを一人の競技者として認めている姿勢です。
普段は家族でも、コートに立てば日本代表のチームメート。互いのプレーを近くで見てきたからこそ、単純な姉妹関係だけでは語れない競技者同士の距離感が生まれていたのでしょう。
2022年以降も姉妹それぞれが成長2022年の共演後も、2人は別々の道でキャリアを築きました。
藍梨選手は2024年のパリ五輪に出場。愛芽世選手は国内リーグで経験を重ねながら、次のオリンピックを目指す立場として成長しました。
姉妹だから同じ道を進むのではなく、それぞれの強みを生かして競技を続けている点が特徴です。
【姉妹対決の真相】2023年12月8日に実現した初の公式戦
宮部姉妹のエピソードの中でも、特に印象的なのが2023年12月8日の皇后杯で実現した初の公式戦対決です。
当時、姉の藍梨選手はヴィクトリーナ姫路、妹の愛芽世選手は東海大学に所属していました。
代表合宿などで一緒に練習する機会はあったものの、公式戦で相手チームとして対戦するのは初めてでした。
姉・藍梨が妹のバックアタックをブロック試合は全日本バレーボール選手権大会の皇后杯ファイナルラウンド1回戦。
ヴィクトリーナ姫路と東海大学が対戦し、姫路が3対0で勝利しました。
試合の中でも注目されたのが、第1セットの場面です。
愛芽世選手が渾身のバックアタックを放ちましたが、姉の藍梨選手がブロックで止めました。
さらに第3セットでは東海大学が先に20点に到達するなど、接戦を展開。最後は姫路が30対28でセットを取り、ストレート勝利を収めています。
試合結果は次のとおりです。
- 第1セット:25対10
- 第2セット:25対21
- 第3セット:30対28
- 最終結果:ヴィクトリーナ姫路の3対0
試合後には偶然正面に入った姉妹が握手を交わし、笑顔で健闘をたたえ合いました。
試合後の姉妹のコメントも話題に試合後、愛芽世選手は姉にバックアタックを止められたことについて悔しさをにじませました。
一方で、藍梨選手について「サイズだけの選手じゃない」と評価し、次に対戦するときは自分がブロックしたいという意欲も示しています。
姉の藍梨選手も、試合では相手が妹であっても特別扱いしない姿勢を見せました。
TBS NEWS DIGの報道によると、藍梨選手は「敵は敵」と話し、ブロックを決めた場面についても冷静に振り返っています。
この対決が印象的なのは、姉が勝ったことだけではありません。
妹が姉のプレーを研究し、姉も妹を一人の対戦相手として認識していたことです。家族としての親しさと、競技者としての勝負へのこだわりが同時に表れた試合でした。
【姉妹エピソード】仲良しだけではない、互いを認め合う関係
宮部姉妹は、同じ競技を続けてきたからこそ、姉妹ならではの複雑な感情も経験しています。
愛芽世選手は、姉が先に日本代表として注目されたことで、周囲から比較されることがあったと明かしています。
姉と比較されることへの葛藤2025年3月のスポルティーバのインタビューでは、愛芽世選手が高校時代の経験を振り返っています。
姉の藍梨選手は金蘭会高校のエースとして活躍しており、愛芽世選手が金蘭会中学に進学した時点で、すでに大きな実績を持つ選手でした。
そのため、妹は周囲から姉と比較されることもありました。
記事では、愛芽世選手が姉との比較をコンプレックスに感じていた時期があったことも紹介されています。
しかし、妹は自分の競技人生を諦めませんでした。
インタビューでは、バレーボールを続けた理由について「自分にはバレーしかなかったからです」と語っています。
姉の存在は、プレッシャーであると同時に目標でもありました。
愛芽世選手自身も、姉の存在によって目標を見つけやすかったと振り返っています。
パリ五輪では妹が姉を現地応援もう一つ印象的なのが、2024年のパリ五輪に関するエピソードです。
藍梨選手が女子日本代表としてパリ五輪に出場した際、妹の愛芽世選手も現地を訪れて試合を観戦しました。
バレーボールキングのインタビューによると、愛芽世選手は家族で姉を応援することを考えていましたが、自分自身の経験としてオリンピックを見たいという思いもあり、自費で渡航することを決めたそうです。
姉からは家族分の旅費を負担する申し出もあったものの、妹はそれを断りました。
現地ではブラジル戦とケニア戦を観戦し、試合後には姉と直接会話する機会もありました。
このエピソードからは、姉妹の関係が単なる応援する側とされる側ではないことが伝わってきます。
妹は姉の姿から刺激を受けながら、自分自身も同じオリンピックの舞台を目指しています。
2025年の姉妹対談でも見えた関係性2025年6月には、TBSスポーツの公式チャンネルで宮部姉妹の対談企画が公開されました。
「どちらが〇〇なのか」といった質問を通じて、2人の素顔や姉妹としての関係性に迫る内容です。
競技中の真剣な表情とは異なる、姉妹としての一面も注目されました。
【2026年最新】宮部姉妹はそろって海外リーグへ!
2026年の宮部姉妹には、大きなキャリアの変化がありました。
それぞれ日本国内のチームを離れ、海外リーグでプレーすることが決まったのです。
姉・藍梨は米国のミネソタへ2026年5月28日、米国のメジャーリーグ・バレーボール(MLV)に参戦するミネソタが、宮部藍梨選手との契約を発表しました。
藍梨選手は同年5月にヴィクトリーナ姫路を退団しており、新しい挑戦の場として米国を選びました。
その後、2026年8月にはチーム名が「Minnesota Forge(ミネソタ・フォージ)」に変更されています。
MLVの公式トランザクションにもAiri Miyabeの契約が掲載されています。なお、契約先のリーグへの参戦は2027年からとなります。
妹・愛芽世はフランスのサン=クルーへ妹の愛芽世選手も、2026年5月28日にフランスリーグへの移籍が発表されました。
新天地は、フランス1部リーグに所属するルヴァロワ・パリ・サン=クルーです。
2025-26シーズン終了をもって大阪マーヴェラスを退団し、2026-27シーズンから海外でプレーすることになりました。
これまで国内リーグで積み重ねてきた経験を、海外でどこまで発揮できるかが注目されています。
2026年度も姉妹そろって日本代表に登録さらに注目したいのが、2026年度の女子日本代表登録メンバーです。
日本バレーボール協会の公式メンバー表には、次のように2人の名前が掲載されています。
- 宮部藍梨:ミネソタ(米国)、ミドルブロッカー
- 宮部愛芽世:ルヴァロワ・パリ・サン=クルー(フランス)、アウトサイドヒッター
つまり、2022年に続いて2026年も、姉妹そろって日本代表の登録メンバーに名を連ねています。
国内で姉妹対決を繰り広げた2人が、今度はそれぞれ海外のクラブで経験を積みながら、日本代表でも共演する可能性を持つという展開です。
【プロの結論】宮部藍梨兄弟の情報で押さえておきたい3つのポイント
宮部藍梨選手の兄弟構成を調べる際には、次の3点を押さえておくと情報を整理しやすくなります。
1. 公開情報で確認できるきょうだいは妹の愛芽世選手
兄や弟がいるという確かな情報は見当たりません。2015年の選手紹介でも父親、母親、妹が紹介されています。
2. 姉妹は同じバレーボール選手でもプレースタイルが異なる
藍梨選手は2026年度の日本代表登録でミドルブロッカー、愛芽世選手はアウトサイドヒッターです。身長やポジション、競技経験にも違いがあります。
3. 2026年は姉妹そろって海外挑戦の年
藍梨選手は米国、愛芽世選手はフランスへ。国内での姉妹対決から、国際的な舞台での活躍へとキャリアが広がっています。
特に大切なのは、姉妹の実績を混同しないことです。
藍梨選手は2015年に日本代表へ初選出され、米国留学を経て2022年に復帰しました。一方、愛芽世選手は大学時代から代表経験を積み、国内リーグでプロとしてのキャリアを築いています。
2人は同じ家族に生まれ、同じ競技に取り組んできましたが、それぞれ異なる強みを持つ選手です。
【宮部藍梨の兄弟・家族構成】よくある質問(FAQ)
Q1:宮部藍梨の兄弟は何人ですか?
A1:公開情報で確認できるきょうだいは、妹の宮部愛芽世選手です。兄や弟の存在を裏付ける確かな公表情報はありません。
Q2:宮部愛芽世の読み方は何ですか?
A2:「みやべ・あめぜ」です。姉の藍梨選手は「みやべ・あいり」と読みます。
Q3:宮部藍梨と宮部愛芽世の年齢差は何歳ですか?
A3:3歳差です。藍梨選手は1998年7月29日生まれ、愛芽世選手は2001年10月12日生まれです。
Q4:宮部藍梨の父親と母親はどこの出身ですか?
A4:父親はナイジェリア人、母親は日本人と報じられています。
Q5:宮部姉妹はいつ日本代表に選ばれましたか?
A5:2022年度の女子日本代表に姉妹そろって登録されました。同年の世界選手権にも出場しています。
Q6:宮部姉妹が公式戦で対戦したのはいつですか?
A6:2023年12月8日の皇后杯ファイナルラウンド1回戦です。ヴィクトリーナ姫路の藍梨選手が、東海大学の愛芽世選手に3対0で勝利しました。
Q7:2026年現在、宮部姉妹はどこでプレーしていますか?
A7:藍梨選手は米国のミネソタ・フォージ、愛芽世選手はフランスのルヴァロワ・パリ・サン=クルーへの移籍が決まっています。両選手とも2026年度の女子日本代表登録メンバーです。
まとめ:宮部藍梨の兄弟は妹・愛芽世で、2026年は姉妹そろって海外へ
宮部藍梨選手の兄弟構成については、公開情報で確認できるのは3歳年下の妹・宮部愛芽世選手です。
父親はナイジェリア人、母親は日本人。兄や弟がいるという確かな公表情報はなく、現在知られているきょうだいは宮部姉妹の2人です。
姉妹の歩みを振り返ると、藍梨選手が先に日本代表として活躍し、その背中を追うように愛芽世選手も成長してきました。
2022年には日本代表で共演し、2023年には皇后杯で初の公式戦対決を経験。2024年のパリ五輪では妹が姉を現地で応援するなど、競技を通じた関係も深めています。
そして2026年には、姉が米国のミネソタ、妹がフランスのサン=クルーへと、それぞれ海外挑戦を決めました。
姉妹であることを超えて、互いを一人のバレーボール選手として認め合う宮部藍梨選手と宮部愛芽世選手。今後も日本代表での共演や、それぞれの海外リーグでの活躍に期待が集まります。