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BTSの幼少期を7人別に徹底解剖!子どもの頃の夢と家族の思い出、デビュー前の原点【2026年最新】

黒田 亮 黒田 亮 • 更新: • 公開: • 読了約 34 分
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世界的な人気を誇るBTS(防弾少年団)。RM、Jin、SUGA、j-hope、Jimin、V、Jung Kookの7人は、現在では音楽、ダンス、ファッションなど幅広い分野で存在感を発揮している。しかし、彼らにも普通の子どもとして過ごした時代があった。将来の夢が歌手ではなかったメンバーもいれば、小学生の頃から音楽やダンスに夢中だったメンバーもいる。

2026年3月には、約4年ぶりとなる7人そろってのグループ活動が本格的に再始動。3月20日に5thアルバム「ARIRANG」をリリースし、翌21日にはソウルの光化門広場で「BTS THE COMEBACK LIVE | ARIRANG」を開催した。Netflixによると、同ライブは世界で1,840万人の視聴者を記録している。再び7人が同じステージに立った今、彼らがどのような子ども時代を過ごし、現在の表現力を育んできたのかに関心が集まる。

実際に本人が語った幼少期の夢、家族との思い出、学生時代の得意分野をたどると、7人の個性はデビュー前から鮮明だった。RMの文学への関心、SUGAの音楽との出会い、j-hopeのダンスへの情熱、Jiminの現代舞踊、Vのサックス、Jung Kookのオーディション経験など、それぞれ異なる原点がある。

【7人を徹底紹介】BTSメンバーの幼少期と子どもの頃の夢・性格

bts幼少期

BTSの公式プロフィールによると、メンバーはRM、Jin、SUGA、j-hope、Jimin、V、Jung Kookの7人。1992年生まれのJinから1997年生まれのJung Kookまで、年齢も育った環境も異なる。

2014年の公式ファンクラブ誌のインタビュー記録や、その後の本人インタビュー、2026年の報道を照らし合わせると、子どもの頃の夢と歌手を目指した時期が必ずしも一致していなかったことが分かる。

1.RM(キム・ナムジュン)|文学少年から世界に言葉を届けるラッパーへ

1994年9月12日生まれのRMは、幼少期から言葉や文章に親しんでいたメンバーだ。

子どもの頃にはマンションの警備員になりたいと思ったこともあったという。2014年のファンクラブ誌のインタビューでは、帰宅時に住民へ声をかける警備員の姿が格好よく見えたことを、その理由としてユーモラスに振り返っている。

しかし、成長するにつれて関心は文学へと向かう。本人はNMEの2022年のインタビューで、幼い頃から作家や詩人、とりわけ詩人になることを夢見ていたと明かした。学校の作文や文学関連のコンテストにも積極的に取り組み、文章を書くことが好きだったという。

その後、音楽との出会いが人生の方向を変えた。小学生の頃にEpik Highの「Fly」を聴き、ラップを通して人々にメッセージを伝えられることに魅力を感じた。好きな歌詞を書き写し、何度も聴き込んだ経験も、現在の作詞活動につながっている。

また、RMの英語力を語るうえで欠かせないのが母親との思い出だ。2017年の米番組「The Ellen DeGeneres Show」出演時、RMは英語を学ぶきっかけとして海外ドラマ「Friends」を紹介した。母親が全シーズンのDVDを購入してくれ、韓国語字幕、英語字幕、字幕なしという順番で視聴したという。SBSも当時の発言を報じている。

勉強への関心、文学への情熱、音楽への好奇心。RMの幼少期を振り返ると、現在の知的な表現力や、歌詞に社会的・個人的なメッセージを込める姿勢につながる要素が見えてくる。

2.Jin(キム・ソクジン)|活発な少年時代と農家・新聞記者・俳優への憧れ

1992年12月4日生まれのJinは、7人の最年長メンバー。現在の落ち着いた雰囲気からは想像しにくいが、本人が2016年のメンバー別インタビューで語った幼少期は、友人と外で遊ぶことが好きな活発な少年だった。

幼稚園時代には恐竜のゲームに夢中になっていた。家庭にあったゲーム機を兄がよく使っていたため、自分がなかなか遊べなかったことも、現在までゲーム好きが続く理由の一つとして振り返っている。

小学生時代は友人と放課後に遊び、体育が好きだった。走ることや水泳、テニスなどのスポーツにも親しみ、父親からゴルフを教わったほか、スキー場へ一緒に出かけてスノーボードを始めた経験もある。

Jinにとって父親は、スポーツや旅行を通じて一緒に時間を過ごした存在だった。兄ともゲームを楽しみ、大人になってからも連絡を取り合う関係を続けていると語っている。

意外なのは、子どもの頃に憧れた職業が農家だったことだ。2014年のファンクラブ誌インタビューでは、中学生の頃に田舎にある叔父の農場を手伝い、そこで感じた穏やかな雰囲気が好きだったと説明している。

一方、高校時代には別の夢も生まれていた。2016年の本人インタビューによると、高校1年生の頃は新聞記者を志し、社会的に弱い立場の人々を助けたいという思いから新聞の社説を読んでいた。高校2年生になると、ドラマ「善徳女王」でキム・ナムギルが演じたピダムに感銘を受け、俳優を目指すようになった。

その夢を受けて映画関連の専攻を選び、建国大学へ進学。入学から約3か月後にBig Hit Entertainment(現BIGHIT MUSIC)にスカウトされ、練習生生活へ進んだ。

Jinの幼少期から学生時代を振り返ると、ゲームやスポーツを楽しむ少年から、社会や演技に関心を持つ青年へと成長していった過程が分かる。

3.SUGA(ミン・ユンギ)|大邱で育った少年が音楽に人生を見いだすまで

1993年3月9日生まれのSUGAは、韓国南東部の大邱で育った。本人は2023年にApple Musicで配信した「SUGA | Agust D Radio」の第1回で、子どもの頃の思い出や音楽との出会いを詳しく語っている。

幼い頃はいたずら好きで、幼稚園の先生から注意されることも多かったという。スポーツも好きで、走ることが得意だった。小学校から高校までリレー選手に選ばれた経験がある一方、成長すると外で友人と遊ぶよりも、自宅で本を読む時間を好むようになった。

読書への関心も強く、小説、詩、エッセー、新聞など、年齢に比べて大人びたジャンルの本を集めていた。小学生の頃には建築家になりたいと思ったことも、ファンクラブ誌のインタビューで明かしている。

音楽との出会いは、テレビで見た韓国のヒップホップ・レゲエユニット、Stony Skunkのパフォーマンスだった。

2023年のApple Musicの本人企画番組では、11〜12歳頃にStony Skunkの「Ragga Muffin」を聴き、自由にステージを動き回る姿に強い衝撃を受けたと振り返った。その後、Epik Highの「Fly」にも影響を受け、自分も音楽を作りたいと考えるようになったという。

この経験は、単に歌手に憧れたという話ではない。SUGAは音楽を聴くだけでなく、歌詞を書き、ラップを作る方向へ進んでいった。小学生の頃からラップを書き始め、中学生の頃には本格的に音楽制作へ取り組んでいた。

また、2017年のBTS Home Partyでは、幼少期の海辺の写真を見ながら、浮き輪に乗っていた際に海で溺れかけ、父親に助けられた思い出も語っている。

本を読む静かな時間と、音楽への強い情熱。その両方を持っていたことが、現在のSUGAの緻密な楽曲制作やプロデュース能力につながる原点となった。

4.j-hope(チョン・ホソク)|小学生からダンスに夢中だった努力家

1994年2月18日生まれのj-hopeは、7人の中でも幼少期からダンスとの結びつきが特に強いメンバーだ。

韓国の光州で育ち、学校で行われていた朝のダンス活動が最初のきっかけだった。学校では約30分間、映像を見ながら生徒たちが動きをまねる時間があり、友人からダンスを褒められたことで、さらに興味を持つようになった。

このエピソードは、2024年にグラミー賞の公式サイトが掲載した特集でも紹介されている。j-hopeは当時の経験について、周囲の友人から上手だと評価されたことを覚えていると振り返った。

やがて家でもダンスの練習を始め、地域のイベントや発表の場でフリースタイルを披露するようになった。小学6年生になる頃には両親に本気でダンスを続けたいと伝え、光州のJoy Dance Academyに通い始めた。

加えて、地下ダンスクルーNEURONにも参加。ダンサー名「Smile Hoya」として活動し、ストリートダンスの技術や表現を磨いていった。

興味深いのは、2014年のファンクラブ誌で、幼少期の夢としてテニス選手を挙げていることだ。小学生の頃にテニスを習い、マリア・シャラポワのような選手に憧れていたという。

つまり、最初からダンスだけに人生を決めていたわけではない。しかし、人前で踊る楽しさを知り、周囲から認められた経験が、本格的にダンスを学ぶ決断へとつながった。

グラミー賞の特集では、j-hopeが後年になっても光州時代のダンス経験を自分の重要な原点として位置づけていることが紹介されている。2024年のアルバム「HOPE ON THE STREET VOL.1」や同名ドキュメンタリーも、まさにその原点を振り返る作品だった。

5.Jimin(パク・ジミン)|釜山芸術高校で現代舞踊を学んだ実力派

1995年10月13日生まれのJiminは、釜山で育った。幼少期から歌とダンスに才能を見せており、父親もその能力を早い段階から認識していた。

2021年、Jiminの父親は釜山芸術高校の学校誌インタビューに登場し、息子の進路選択について語っている。

父親によると、Jiminは小学生の頃から歌が上手で、小学5年生のときにはカラオケで歌手Mayaの「Azalea」を歌っていたという。父親は数学や科学の成績が良かったことから、当初は科学高校への進学も考えていた。

しかし、中学校3年生の頃、Jiminは将来について具体的な文章を書き、家族に見せた。そこには、釜山芸術高校で現代舞踊を学び、その経験と以前から関心を持っていたK-POPを結びつけ、歌手になるという計画が記されていた。

父親はその内容に納得し、息子の意思を尊重。Jiminは釜山芸術高校へ進学し、現代舞踊を専攻することになる。

ただし、現代舞踊を学んでいたことが、アイドルとしてのダンスを最初から得意にしていたことを意味するわけではない。2017年にJTBCの番組へ出演した際、Jimin本人は、現代舞踊とアイドルの振り付けは異なり、慣れるのに苦労したと明かしている。

一時はBTSとしてデビューできるか不安を抱えた時期もあった。現代舞踊で培った身体表現を、K-POPのグループパフォーマンスへと変えていく必要があったためだ。

Jiminの魅力は、幼少期から持っていた才能だけでは説明できない。進路を自分で考え、異なるダンスのスタイルに適応するために努力を重ねた経験が、現在の繊細な表現力を支えている。

6.V(キム・テヒョン)|医師への憧れから歌手へ、父親と歩んだ夢

1995年12月30日生まれのVは、慶尚南道の巨昌(コチャン)で幼少期を過ごした。

2014年のファンクラブ誌インタビューで、子どもの頃になりたかった職業として医師を挙げている。叔父が医師で、病院で白衣やマスク、手袋を着けて働く姿を見て格好いいと思ったことが理由だった。

しかし、Vにはもう一つの夢があった。小学生の頃から歌手に憧れ、学校行事で人前に立つことを楽しんでいたという。

2014年のインタビューでは、小学6年生のときにBIGBANGのメンバー、テソンの楽曲「Look at Me, Gwisoon」を学校の行事で披露した思い出も語っている。人前でパフォーマンスをすることに喜びを感じていた様子がうかがえる。

2026年3月29日に公開されたトーク番組への出演では、歌手を目指すようになった背景と、父親の支援について新たなエピソードを明かした。

Vによると、小学校を卒業して中学校へ進学する頃、父親に夢を実現したいと伝えたところ、芸術高校への進学を視野に入れて楽器を習うことを勧められた。

そこで選んだのがサックスだった。当時の入試倍率を調べ、ドラムやピアノより競争率が低かったサックスを選択。約4年間にわたって練習を続けたという。

父親自身も芸能人になる夢を持っており、芸能界に近い仕事を目指して大邱MBCで働いた経験があった。Vは、父親が自分の夢を応援してくれたことへの感謝を語っている。2026年3月30日の日刊スポーツも、このエピソードを詳しく報じた。

なお、Vは芸術高校への進学を目指したものの、入試には合格しなかった。その後、友人に付き添って参加したBig Hitの公開オーディションで才能を見いだされ、非公開オーディションへ進んだ。歌、ダンス、ラップ、ビートボックス、サックスを披露したことも本人が明かしている。

医師に憧れた少年が、父親の応援を受けながら歌手への道を歩み始めた。Vの幼少期には、家族の夢と本人の夢が重なり合う印象的な物語がある。

7.Jung Kook(チョン・ジョングク)|スーパースターKへの挑戦と13歳の転機

1997年9月1日生まれのJung Kookは、BTSの最年少メンバー。釜山で生まれ育ち、幼少期は比較的内向的で、絵を描いたりスポーツを楽しんだりする子どもだったと、2026年1月のRolling Stoneのインタビュー記事で紹介されている。

子どもの頃に憧れた職業は、プロゲーマーやバドミントン選手だった。2014年のファンクラブ誌インタビューでは、ゲームに夢中だったことや、バドミントンを習っていた時期に選手になりたいと思ったことを語っている。

歌手への関心が強くなったのは中学生の頃。BIGBANGのG-DRAGONのパフォーマンスを見て、自分も歌手になりたいと思うようになったという。

そして、Jung Kookの進路を大きく変えたのが、韓国のオーディション番組「スーパースターK」への挑戦だった。

2026年1月15日掲載のRolling Stoneのインタビュー記事によると、Jung Kookは13歳のときに同番組のオーディションを受けたものの、合格には至らなかった。しかし、その才能が複数の芸能事務所の関心を集め、Big Hit Musicからも声がかかった。

最終的にBig Hitを選んだ理由として、本人が見たRMのラップ映像が大きな決め手になったと同記事は伝えている。

釜山からソウルへ移り、練習生として新しい生活を始めたJung Kook。まだ10代前半だった彼にとって、家族や地元を離れて歌手を目指すことは大きな決断だった。

また、2026年の同インタビューでは、子どもの頃から内気だった性格や、練習を重ねて現在の実力を築いた過程も紹介されている。「黄金の末っ子」という呼び名の裏側には、幼い頃から積み重ねてきた努力があった。

【7人の夢を比較】BTSメンバーが子どもの頃に憧れた職業と音楽への転機

7人の幼少期を比較すると、興味深い共通点がある。それは、最初から全員が歌手を目指していたわけではないということだ。

2014年の公式ファンクラブ誌インタビューでは、子どもの頃に憧れた職業について、メンバー同士が笑いを交えながら回答している。その内容を、後年の本人発言や報道と合わせて整理した。

メンバー 子どもの頃の夢・関心 音楽・芸能への転機 主な特徴
RM 警備員、詩人、作家 Epik Highの音楽に影響を受け、ラップに関心 読書・文章表現
Jin 農家、ゲーム 中学時代に歌手に憧れ、高校時代に俳優を志す スポーツ・演技
SUGA 建築家、読書 Stony SkunkやEpik Highとの出会い 音楽制作・作詞
j-hope テニス選手 学校のダンス活動から本格的なレッスンへ ダンス・身体表現
Jimin 警察官、料理人 現代舞踊を学び、歌手を目指す 舞踊・歌唱
V 医師 小学生時代のステージ経験、サックスの習得 歌唱・楽器・表現力
Jung Kook プロゲーマー、バドミントン選手 G-DRAGONに憧れ、スーパースターKに挑戦 歌・ダンス・映像表現

この表で注目したいのは、幼少期の夢と歌手を目指した時期が異なることだ。

例えば、SUGAは小学生の頃に建築家を夢見た一方、音楽との出会いによって自分で楽曲を作るようになった。Vも医師に憧れていたが、学校行事でのパフォーマンスや父親の支援を通して歌手を目指すようになった。

Jinの場合は農家への憧れがありながら、成長するにつれて新聞記者や俳優という新しい夢が生まれている。Jung Kookもゲームやスポーツへの関心から、テレビで見たアーティストに憧れて歌手への道を選んだ。

つまり、7人の個性は、子どもの頃から完成していた固定的な性格というよりも、好きなものを見つけ、それを追いかける過程で形作られていったものだ。

【家族との思い出】BTSの子どもの頃の写真に残された7人の素顔

BTSの幼少期を知るうえで、貴重な資料となるのが子どもの頃の写真だ。

2017年6月13日、デビュー4周年を記念した「BTS Home Party」では、メンバー7人の幼少期の写真が公開された。メンバー自身が写真を見ながら思い出を語る企画で、Soompiも当日の様子を報じている。

単に幼い頃の顔立ちを比較するだけでなく、写真にまつわる本人のエピソードが紹介されたことが大きな見どころだった。

Jinは4歳頃の写真を披露

Jinが受け取ったのは、韓国式の年齢で4歳頃の写真だった。本人は当時から自分が格好よかったと冗談交じりに話し、近所でも人気があったと自信たっぷりに振り返った。

SUGAは海辺の写真にまつわる怖い思い出

SUGAが披露したのは、幼い頃に海辺で撮影した写真。実はその日は浮き輪がひっくり返り、溺れかけた経験があったという。父親に助けられたことを本人が振り返り、メンバーも驚いていた。

RMはミッキーマウスの帽子がお気に入り

RMの幼少期の写真には、ミッキーマウスのデザインが入った帽子が写っていた。本人は当時ミッキーマウスが好きだったと説明し、ローラースケートも楽しんでいたと話した。

Jiminは幼い頃から変わらない表情

Jiminの写真が公開されると、RMから現在とあまり変わらないという反応があった。本人は写真の選ばれ方に照れながらも、当時の姿を再現してメンバーを楽しませた。

j-hopeは子どもの頃からファッションに個性

j-hopeの写真では、幼少期の服装や髪型が話題になった。メンバーからもファッションセンスを褒められ、母親が上手に服を選んでいたと笑いながら振り返っている。

Vは生後5か月にも満たない写真

Vは、まだ生後5か月にも満たない頃の写真を披露した。あまりにも幼い姿だったため、メンバーたちも誰の写真なのかすぐには分からなかったという。

Jung Kookは幼少期の毛布と犬との思い出

Jung Kookは、写真に写っている毛布を現在も持っているかもしれないと話した。また、3〜4歳頃に自分と同じくらいの大きさの犬とけんかしたというエピソードも披露。勝敗については引き分けだったと語り、メンバーの笑いを誘った。

こうした写真のエピソードから伝わるのは、世界的スターになる前の7人にも、それぞれの家庭で過ごした日常や、家族と共有した記憶があったということだ。

特に父親との思い出は複数のメンバーに共通している。Jinは父親とスポーツを楽しみ、SUGAは海で助けられた記憶を持つ。Vは父親から音楽の道を応援され、Jiminは父親に自分の進路を尊重してもらった。

RMの場合は母親が英語学習のきっかけを用意していた。家族の具体的な関わり方は異なるものの、子ども時代に身近な人から受けた支援や影響が、後の進路に結びついている。

【デビュー前の真相】BTSの7人はどのように練習生になったのか

幼少期の夢を実現するまでには、7人それぞれ異なる進路があった。BTSのデビューは2013年6月だが、その前には学生生活を送りながら、オーディションやダンスレッスンを経験した時期がある。

RMとSUGAは音楽制作を通じて道を切り開いた

RMは文学への関心から音楽へと進み、ラップを通じた自己表現に取り組むようになった。SUGAも大邱でヒップホップと出会い、作詞や楽曲制作を始めている。

2人に共通しているのは、単にステージに立つことだけでなく、自分の考えを音楽に反映させたいという志向があったことだ。

Jinは大学進学後に芸能界へ

Jinは建国大学に進学し、映画関連の分野を学んでいた。2016年の本人インタビューでは、大学入学から約3か月後にBig Hitからスカウトされ、練習生になった経緯を語っている。

音楽の世界に入る前から歌手としてのキャリアを計画していたわけではなく、メンバーとの出会いを通じて音楽への関心が深まったという点も特徴的だ。

j-hopeは光州でダンスを磨く

j-hopeは光州のダンススクールで技術を磨き、ダンスクルーNEURONにも参加した。学校での活動から地域のダンスシーンへと活動の場を広げたことが、後のパフォーマンス力の基盤になった。

Jiminは釜山芸術高校からソウルへ

Jiminは釜山芸術高校で現代舞踊を専攻した後、K-POPの世界へ進んだ。現代舞踊の技術を持ちながら、アイドル特有の振り付けに適応するための努力も必要だった。

Vは友人の付き添いからオーディションへ

2026年3月の日刊スポーツの報道によると、Vは友人に付き添って大邱で開催されたBig Hitの公開オーディション会場へ行った。最初はソウルから来た関係者を見ることが目的だったが、本人も審査を受けることになり、後日、非公開オーディションに招かれた。

その後、16歳でソウルへ移り、練習生生活を開始。最初はRM、SUGA、Jung Kookと同じ住居で生活していたことも本人が明かしている。

また、BTSデビューの10日前に、7人目のメンバーとして一般公開されたという経緯も、同報道で紹介された。

Jung KookはスーパースターKの挑戦後にBig Hitへ

Jung Kookは13歳で「スーパースターK」のオーディションに参加したが、結果は不合格。その後、複数の芸能事務所から声がかかった。

最終的にRMのラップ映像を見たことがBig Hitを選ぶ決め手になったと、Rolling Stoneの2026年のインタビュー記事は伝えている。

7人の道のりを比べると、音楽経験を積んでから事務所に入ったメンバーもいれば、大学進学後や友人の付き添いをきっかけに芸能界へ入ったメンバーもいる。BTSは、同じ夢を持った7人が最初から集まったグループではなかった。

【噂と事実を検証】BTSの幼少期エピソードで誤解されやすいポイント

子どもの頃の写真や過去のインタビューは、SNSやファンコミュニティを通じて広く共有されている。一方で、本人が語った事実と、写真を見た人の推測が混ざって伝わるケースもある。

特に注意したいのは、次のような情報だ。

誤解1:7人全員が幼い頃から歌手を目指していた?

これは正確ではない。2014年のファンクラブ誌インタビューでは、RMは警備員、Jinは農家、SUGAは建築家、j-hopeはテニス選手、Jiminは警察官、Vは医師、Jung Kookはプロゲーマーなどを挙げている。

ただし、これらは当時の本人たちが振り返った子どもの頃の夢であり、人生の進路を正式に決めていたという意味ではない。その後、歌手やダンサーへの関心が育っていった。

誤解2:Jung KookはスーパースターKで合格した?

Jung KookはスーパースターKのオーディションに参加したものの、合格していない。Rolling Stoneの2026年の記事でも、不合格後に複数の事務所から声がかかったことが紹介されている。

番組に参加したことと、番組を通じてデビューしたことは別の話だ。Jung KookのBTS加入は、その後のBig Hitとの出会いによるものだった。

誤解3:Jiminは幼少期からアイドルダンスを完成させていた?

Jiminは幼少期から歌とダンスに親しみ、釜山芸術高校で現代舞踊を専攻していた。しかし、現代舞踊とK-POPの振り付けには違いがあり、デビュー前には適応に苦労したと本人が説明している。

したがって、現在のダンス技術を幼少期から完成していたものとして捉えるよりも、基礎を身につけた後に新しい表現を習得していった過程に注目したい。

誤解4:Vは幼少期からサックスだけを専門にしていた?

Vがサックスを約4年間習ったことは、2026年の本人発言を報じた日刊スポーツでも確認できる。しかし、歌やダンス、学校行事でのパフォーマンスにも関心があった。サックスは歌手になる夢を実現するために、父親の助言を受けて学んだ楽器の一つだった。

誤解5:幼少期の写真だけで性格まで判断できる?

写真は当時の姿を知る貴重な資料だが、1枚の表情や服装から現在の性格まで断定することはできない。

性格を知るには、本人のインタビューや学校時代のエピソード、家族や関係者の証言など、複数の情報を組み合わせる必要がある。写真はあくまで本人が語った思い出を理解するための手がかりとして見るのが適切だ。

【幼少期の性格を比較】BTSの7人に共通する個性と現在へのつながり

7人の子ども時代を比較すると、得意分野や関心の方向性には明確な違いがある。一方で、好きなものに強い関心を持ち、自分なりの方法で努力を続けていた点は共通している。

知的好奇心と表現力を育てたRM・SUGA

RMとSUGAは、言葉や音楽を通じて自分の世界を広げていったタイプだ。

RMは文学や文章に関心を持ち、後にラップを自己表現の手段として選んだ。SUGAは読書とヒップホップに親しみ、音楽を聴くだけでなく、自分で作る方向へ進んでいる。

現在のBTSの楽曲におけるメッセージ性や、個人の経験を歌詞に落とし込む力を理解するうえで、この2人の幼少期は重要な手がかりになる。

身体表現を磨いたj-hope・Jimin

j-hopeとJiminは、ダンスを通じて自分の能力を伸ばしたメンバーだ。

ただし、j-hopeはストリートダンスを中心に経験を積み、Jiminは現代舞踊を学んだという違いがある。異なるジャンルを背景に持つ2人が、BTSのグループパフォーマンスに異なる魅力を加えている。

舞台への憧れを育てたJin・V・Jung Kook

Jinは演技への憧れを経て歌手の道へ進み、Vは学校行事などで人前に立つ楽しさを経験した。Jung Kookはテレビで見たアーティストのパフォーマンスに心を動かされ、オーディションに挑戦した。

3人に共通しているのは、音楽や芸能の世界を身近に感じるきっかけが、それぞれ異なる形で存在していたことだ。

また、Jinのように当初は音楽を本格的な進路として考えていなかったメンバーもいる。現在の完成されたグループ像から逆算して、幼少期の全員が同じ方向を向いていたと考えるのは正確ではない。

【プロの結論】BTSの原点は7人それぞれの違いにある

幼少期のエピソードを比較して見えてくるのは、BTSが同じタイプの才能を集めたグループではないということだ。

RMの言葉への感性、SUGAの音楽制作、j-hopeのストリートダンス、Jiminの現代舞踊、Vの音楽と舞台への関心、Jinの演技への憧れ、Jung Kookのパフォーマンスへの情熱。それぞれの経験が異なるからこそ、7人が集まったときに多様な表現が生まれた。

幼少期の夢がそのまま現在の職業になったかどうかだけでなく、当時好きだったものが、どのような形で現在の活動に残っているのかを見ることが、BTSの魅力を深く理解するポイントになる。

【BTSの幼少期】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:BTSのメンバーは子どもの頃から全員歌手を目指していた?
A1:全員ではない。RMは詩人や作家、Jinは農家、SUGAは建築家、j-hopeはテニス選手、Jiminは警察官、Vは医師、Jung Kookはプロゲーマーなどを夢見ていた。成長するにつれて音楽や芸能への関心が強くなっていった。

Q2:BTSの幼少期の写真はどこで公開された?
A2:2017年6月13日のデビュー4周年記念イベント「BTS Home Party」で、メンバー7人の幼少期の写真が公開された。本人たちが写真にまつわる思い出を紹介している。

Q3:Jung KookはスーパースターKで合格した?
A3:合格していない。13歳のときにオーディションを受けたが、その後、複数の芸能事務所から関心を寄せられた。最終的にはRMのラップ映像に影響を受け、Big Hitを選んだ。

Q4:Jiminは釜山芸術高校で何を専攻していた?
A4:現代舞踊を専攻していた。中学生の頃から将来の進路を具体的に考え、現代舞踊とK-POPを結びつけて歌手を目指していたことを、父親が学校誌のインタビューで明かしている。

Q5:Vが子どもの頃に習っていた楽器は?
A5:サックス。父親の勧めで芸術高校への進学を意識し、中学校時代を中心に約4年間学んだ。歌手になる夢を実現するための準備の一つだった。

Q6:BTSのメンバーが幼少期を過ごした場所は?
A6:RM、Jin、SUGA、j-hope、Jimin、V、Jung Kookは、それぞれ異なる地域で育った。Jinは京畿道安養・果川、SUGAは大邱、j-hopeは光州、Jiminは釜山、Vは慶尚南道巨昌、Jung Kookは釜山での幼少期が知られている。RMの出生地などの詳細は公式プロフィールで確認できる生年月日情報とは区別して扱う必要がある。

まとめ:BTSの幼少期を知れば7人の魅力がもっと深く見えてくる

BTSの幼少期を7人別に振り返ると、現在の世界的な活躍につながる個性が、それぞれ異なる形で育まれていたことが分かる。

RMは文学とラップ、Jinはゲームやスポーツと演技への憧れ、SUGAは読書とヒップホップ、j-hopeはダンス、Jiminは現代舞踊、Vは歌とサックス、Jung Kookはテレビで見たアーティストへの憧れが、それぞれの原点だった。

そして、家族の支援や学校での経験、オーディションへの挑戦など、デビューに至るまでの道のりも一人ひとり異なっていた。

2026年3月には7人が再びグループとしてステージに立ち、新たなアルバム「ARIRANG」を発表した。Netflixが公表したライブ視聴者数1,840万人という記録も、BTSが長い活動の空白を経てもなお世界的な影響力を保っていることを示している。

幼少期の夢は、必ずしもそのまま実現するものではない。しかし、子どもの頃に好きだったことや、家族と過ごした時間、初めて心を動かされた経験は、その後の人生に形を変えて残っていく。

BTSの7人が歩んできた道のりは、そのことを教えてくれる。昔の写真を見るときも、現在のステージを見るときも、その背景にある一人ひとりの原点を知ることで、彼らの表現はさらに豊かなものとして感じられるはずだ。

主な情報源:BIGHIT MUSIC公式プロフィール、BTS公式ファンクラブ誌インタビュー記録、BTS Home Party(2017年)、SBS NEWS、GRAMMY.com、NME、Rolling Stone(2026年1月)、日刊スポーツ(2026年3月)、Yonhap News Agency(2026年1月)、Netflix公式発表(2026年3月)。

編集上の補足: 2026年の最新情報として、Vの父親とのエピソード、Jung KookのRolling Stoneインタビュー、BTSの再始動情報を反映しています。生年月日とグループ構成はBIGHIT MUSIC公式プロフィールを基準としています。

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黒田 亮
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スポーツ紙で15年の記者歴。試合結果と記録は球団・リーグの公式記録とNPB発表で照合し、移籍報道は球団の公式コメントが出るまで断定しません。

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