お笑いコンビ「おかずクラブ」のオカリナは、芸人になる前に看護師として働いていた異色の経歴の持ち主だ。看護科のある高校から看護専門学校へ進み、国家資格を取得。関東圏内の病院で約4年間勤務した後、お笑い芸人への道を選んだ。現在は相方のゆいPとともに、テレビや舞台、YouTubeなどで活動している。
なぜ安定した看護師の仕事を辞め、芸人を目指したのか。実は、その夢を意識したのは看護科の高校に通っていた頃だった。祖母が脳梗塞で倒れた経験から看護師を志した一方、テレビで見た「M-1グランプリ」が人生の進路を変えるきっかけになった。2019年、2022年、2024年、2025年の本人インタビューをたどると、看護師を目指した動機、国家試験での苦労、退職までの計画が具体的に見えてくる。
【原点を検証】オカリナが看護師を目指した理由は祖母の脳梗塞だった

オカリナが看護師を目指したきっかけは、華やかな職業への憧れではなかった。
中学2年生のとき、同居していた祖母が脳梗塞で倒れたことが人生の大きな転機になった。
2022年11月28日公開のCHANTO WEBのインタビューや、2025年6月公開の家族葬のファミーユのインタビューで、本人は当時の状況を振り返っている。
朝、いつも起こしに来る母親が自分の部屋に来なかったため、不思議に思って1階へ降りると、祖母が倒れていた。母親は准看護師として働いており、その場で祖母に応急処置を施していたという。
祖母は救急搬送されたものの、約1週間後に亡くなった。
この経験からオカリナは、いつか両親や兄弟など身近な家族が病気になったとき、自分の力で助けられる人になりたいと考えるようになった。
医師になるのは難しくても、看護師なら努力すれば目指せるかもしれない。その思いが看護師を志す出発点だった。
母親も准看護師だったことが進路に影響オカリナの母親は准看護師だった。
祖母が倒れた際、母親が目の前で応急処置をする姿を見たことは、医療の仕事を身近に感じる経験になった。
ただし、本人は2024年の「りっすん」のインタビューで、母親が看護師だったから単純に同じ職業を選んだわけではないと説明している。
幼い頃は夜勤で母親が家にいないことも寂しく感じていたという。
看護師という仕事に最初から強い憧れを抱いていたというより、家族に何かあったときに役立ちたいという現実的な思いが先にあった。
この点は、オカリナの経歴を理解するうえで重要だ。
看護師になること自体が最終的な人生の夢だったのではなく、家族を守るために身につけたい能力の一つだったのである。
日南学園高校の看護科に進学母親の勧めもあり、オカリナは宮崎県にある日南学園高校の看護科へ進学した。
当時、宮崎県内には看護科を設置する高校が3校あり、日南学園は自宅のあった宮崎県西都市から最も遠い学校だったという。
通学には電車で片道3時間以上かかるため、15歳で寮生活を始めた。
ところが、学校や寮の規則は厳しく、入学してすぐに後悔したという。
2025年のインタビューでは、慣れない寮生活や食事、学校の規則に苦労したことも明かしている。
それでも途中で退学することなく、看護師になるための勉強を続けた。
【学歴・国家資格】看護学校から看護師国家試験までの意外な苦労
オカリナの看護師としての経歴には、国家試験に一度不合格となったという意外なエピソードがある。
高校の看護科を卒業した後、看護専門学校へ進学したが、希望していた進学先には合格できなかった。
二次募集を実施していた香川県の学校に進学し、一人暮らしをしながら看護師を目指した。
看護師国家試験に一度落ちた理由2019年のレバウェル看護のインタビューで、オカリナは国家試験に落ちた当時の心境を率直に語っている。
本人によると、模擬試験の成績は悪くなく、合格できるという自信があった。
そのため、試験前に十分な勉強をせず、香川での生活の思い出づくりを優先してしまったという。
結果は不合格だった。
就職に向けて東京での生活を準備していた時期に結果を知り、同期の中で自分だけが国家試験に落ちたことにもショックを受けた。
しかし、勤務予定だった病院では准看護師として働くことが認められたため、1年間働きながら翌年の国家試験に再挑戦することになった。
その後、国家資格を取得し、正看護師として勤務を続けた。
つまり、オカリナは看護師国家試験に一度不合格となったものの、再挑戦して資格を取得している。
看護師になるまでの学校生活高校時代には専門科目の授業が多く、一般の高校生より帰宅が遅くなる日もあった。
寮生活では掃除、炊事、入浴などの当番もあり、勉強以外にも苦労があったという。
看護専門学校では香川県で一人暮らしを経験。国家試験に向けた勉強や実習を経て、ようやく医療現場に立つことになった。
この学生時代を含め、本人は高校時代から約9年間、看護に関わる生活を送ったと振り返っている。
【経歴年表】看護師時代からNSC東京校、おかずクラブ結成まで
オカリナの経歴を理解するには、看護学生時代、病院勤務、芸人への転身を分けて見る必要がある。
| 時期 | 出来事 | 詳細・関係者 |
|---|---|---|
| 中学2年生頃 | 看護師を志す | 祖母の脳梗塞がきっかけ |
| 高校時代 | 日南学園高校看護科 | 寮生活を経験 |
| 高校卒業後 | 看護専門学校へ進学 | 香川県の学校で学ぶ |
| 卒業後 | 国家試験に一度不合格 | 准看護師として勤務し再受験 |
| その後 | 看護師国家資格を取得 | 正看護師として勤務 |
| 看護師時代 | 病院で約4年間勤務 | 准看護師1年、正看護師3年 |
| 高校2~3年生頃 | 芸人を志す | M-1グランプリを見たことが転機 |
| NSC入学後 | お笑いの道へ | 東京校15期生 |
| 2009年 | おかずクラブ結成 | ゆいPらと活動を開始 |
| 2015年 | おもしろ荘で優勝 | 知名度が大きく上昇 |
| 2019年 | THE W決勝進出 | コンビとして活躍 |
| 2026年 | 芸人として活動継続 | テレビ、劇場、YouTubeなど |
この年表で特に押さえたいのは、国家試験の不合格によって看護師としてのスタートが1年遅れたことだ。
本人は2019年のインタビューで、その1年の遅れがNSCへの入学を遅らせ、結果的にゆいPとの出会いにつながったと振り返っている。
人生の予定どおりに進まなかった出来事が、後の芸人人生に結びついたという点は興味深い。
【転身の真相】オカリナが看護師を辞めた理由は適性と芸人への夢
オカリナが看護師を辞めた理由は、単に仕事が嫌になったからではない。
本人のインタビューからは、少なくとも3つの事情が読み取れる。
理由1:高校時代に芸人になりたいと思っていたオカリナは看護科の高校に通っていた頃、友人に見せてもらったM-1グランプリをきっかけに、お笑い芸人という職業に興味を持った。
2025年のファミーユのインタビューでは、ハリガネロックの漫才に魅せられた経験も語っている。
2024年の「りっすん」では、芸人という仕事について、楽しそうで収入も期待できそうだと思ったことを率直に説明している。
当初から人を笑わせるという高い志だけで芸人を目指したわけではないという自己分析も印象的だ。
ただし、すぐに看護師の道を捨てることはしなかった。
理由2:奨学金の返還免除条件があった高校時代から病院の奨学金制度を利用していたことも、進路を決める大きな要因だった。
本人の説明によると、看護師資格を取得し、正看護師として最低3年間勤務すれば、奨学金の返還が免除される仕組みだった。
そこで、まず看護師になり、必要な勤務期間を終えてから芸人を目指す計画を立てた。
この計画は高校時代から考えていたものだったという。
芸人になるために学校を途中で辞めるのではなく、看護師としての資格を取得し、奨学金の条件を満たしてから転身する道を選んだのである。
理由3:看護師としての適性に悩んでいた2024年の「りっすん」のインタビューでは、看護師の仕事に向いていなかったと感じていたことも明かしている。
本人によると、業務で覚えなければならないことが頭に入らず、何年働いても仕事ができるようになったという自信を持てなかった。
加えて、人見知りで、患者や家族、医師など多くの人とコミュニケーションを取ることも得意ではなかったという。
看護師は医療知識だけでなく、相手の状況を理解し、周囲と連携する力も求められる仕事だ。
オカリナは、自分が看護師を目指した動機と、実際の職務で求められる適性に違いがあったことを後から理解した。
一方、看護師を辞めたこと自体については、後悔していないと話している。
看護師を辞めた判断に後悔は一切ないが、もう少し仕事をまじめにやっていればよかった。
本人が2024年のインタビューで明かしたこの振り返りには、看護師としての経験を無駄にしたくないという気持ちも表れている。
退職を決断するまでの準備オカリナは、突然病院を辞めて芸人になったわけではない。
2024年のインタビューでは、年1回の部長面談で「3年働いたら辞めます」と伝え続けていたことも明かした。
また、芸人になった後の生活費を想定し、看護師として働いている間に貯金を進めていた。
本人は、目標金額を決めて貯金することが、つらい仕事を続けるモチベーションにもなっていたと説明している。
このエピソードからは、思いつきで転職したのではなく、経済面と勤務上の条件を整理したうえで進路を変えたことが分かる。
【看護師時代のエピソード】点滴の失敗、患者との別れ、派遣看護師の経験
オカリナの看護師時代には、本人が語った印象的なエピソードがいくつもある。
芸人として話す失敗談には笑いもあるが、当時の医療現場の厳しさが伝わってくる内容も少なくない。
1日に7回も注射に失敗した経験2025年5月には、オカリナがYouTubeチャンネル「鬼越トマホーク喧嘩チャンネル」に出演し、看護師時代の失敗談を語ったとスポーツニッポンが報じた。
本人によると、注射が苦手で、血液採取や点滴の処置には苦労していた。
同じ患者に対して午前と午後を合わせて7回注射に失敗し、患者から「もう来るな」と言われた経験もあったという。
本人は、当時の教育方法にも疑問を感じていたと振り返っている。
この話は、単なる芸人の失敗談ではない。本人が看護師として自分の技術に悩み、周囲の協力を得ながら仕事を続けていたことが分かるエピソードだ。
患者の死に立ち会い、涙を流した経験2019年のレバウェル看護、2025年のファミーユのインタビューでは、看護師時代に忘れられない患者との別れについても語っている。
勤務していた病院では、末期の肝臓がんを患った患者を担当した。
その患者は入院当初こそ歩いたり食事をしたりしていたが、次第に状態が悪化。最期が近づいていく様子を目の当たりにした。
本人は、患者の状態が悪くなっていくのを見守るしかない状況がつらく、亡くなった際には人目をはばからず泣いてしまったという。
看護師として働くことは、患者の回復を支えるだけでなく、命の限界に向き合うことでもある。
この経験は、オカリナにとって医療現場の重さを実感する出来事だった。
NSC入学後も派遣看護師として働いていた意外に知られていないのが、NSCに入った後も看護師の資格を生かして働いていたことだ。
2019年のレバウェル看護のインタビューによると、オカリナはNSC入学後、約3年間飲食店で働いていた。
しかし、オーディションなどで休みを取る際に苦労したため、その仕事を辞めることにした。
その後、同僚の勧めで派遣看護師に登録し、約1年間働いたという。
仕事内容は企業の健康診断や介助業務などで、NSCに通いながら仕事をしていた。
ここで注意したいのは、派遣看護師としての約1年間は、最初の病院勤務4年間とは別の時期だということだ。
つまり、看護師としての病院勤務を終えた後も、芸人として活動するための生活を支える手段として資格を活用していたのである。
【2026年最新】オカリナは現在も看護師?芸人としての活動とゆいPとの関係
2026年10月現在、オカリナの主な活動はお笑い芸人としての仕事だ。
吉本興業の公式プロフィールでは、おかずクラブのメンバーとして紹介され、NSC東京校15期生であることも掲載されている。
看護師として病院勤務を続けているという情報は公表されていない。
おかずクラブ結成と芸人としての実績オカリナとゆいPは2009年におかずクラブを結成した。
2人はNSC東京校15期の同期で、コンビとしてテレビや舞台に出演するようになった。
2015年には日本テレビ系「ぐるナイ」の人気企画「おもしろ荘」で優勝し、知名度を大きく上げた。
2019年には女芸人No.1決定戦「THE W」の決勝に進出している。
その後もバラエティー番組やドラマ、映画、劇場公演など活動の幅を広げてきた。
特に日本テレビ系「世界の果てまでイッテQ」など、身体を張った企画への出演も知られている。
2026年10月の活動状況吉本興業の公式公演情報では、2026年11月にもおかずクラブの出演予定が掲載されている。
確認できる公演には、次のようなものがある。
- 2026年11月2日:よしもと幕張イオンモール劇場の公演
- 2026年11月8日:幕張土日祝ネタ公演
- 2026年11月10日:六本木コントライブNEXT!
- 2026年11月11日:よしもとお笑いライブin川崎2026秋
また、おかずクラブの公式YouTubeチャンネルも継続して更新されており、2026年10月下旬にはオカリナとゆいPが出演する動画が公開されている。
テレビだけでなく、劇場や動画配信を通じた活動も現在の仕事の柱になっている。
元看護師という経歴は現在も生きているのかオカリナは看護師を辞めた後も、元看護師という経歴についてたびたび話している。
2024年のインタビューでは、周囲から薬や病気について質問されることが多くなったと明かした。
一方で、医療現場を離れてからは実際に処置をする機会がなく、もっと看護師時代に勉強しておけばよかったと感じることもあるという。
看護師として働いていた経験は、芸人としてのトークにも生かされている。
ただし、国家資格を持っていることと、現在看護師として勤務していることは別の話だ。
2026年現在のオカリナは、芸人として活動しているという理解が適切である。
【プロの結論】オカリナの転身から分かる、看護師経験と芸人としてのキャリア
オカリナの経歴を振り返ると、看護師から芸人への転身は、突発的な方向転換ではなかったことが分かる。
中学時代の祖母の死をきっかけに看護師を目指し、高校・専門学校で学び、国家資格を取得した。
その一方で、高校時代にはすでに芸人という別の夢を見つけていた。
奨学金の条件を満たすために病院で働き、必要な勤務期間を終えた後にNSC東京校へ進んだ。
注目したいのは、本人が看護師時代をすべて成功体験として語っていないことだ。
仕事が苦手だったこと、患者への処置に失敗したこと、患者の死に立ち会ったことなどを率直に話している。
それでも看護師を目指したこと自体や、芸人に転身した判断を否定していない。
むしろ、看護師としての経験があったからこそ、芸人として語れるエピソードや独自の視点が生まれている。
オカリナの歩みから読み取れるのは、次の3点だ。
1. 資格取得とキャリア変更は両立できる。 目標を見つけても、それまでの努力や経済的な条件を整理してから進路を変える方法がある。
2. 仕事の適性を知るには実際の経験が必要。 学校で学んだ知識と、現場で求められるコミュニケーション能力や判断力は異なる。
3. 過去の経験は次の仕事にもつながる。 看護師を辞めても、医療現場で経験したことは芸人としての個性や表現の材料になっている。
オカリナの看護師時代は、芸人になるまでの単なる寄り道ではない。現在の仕事につながる人生の重要な一部分だった。
【FAQ】オカリナの看護師経歴に関するよくある質問
Q1:おかずクラブのオカリナは本当に看護師だった?
A:本当です。看護科の高校と看護専門学校を卒業し、看護師国家資格を取得しています。関東圏内の病院で約4年間勤務したことを本人がインタビューで明かしています。
Q2:オカリナは看護師国家試験に落ちたことがある?
A:あります。本人によると、初回の国家試験では不合格となり、その後1年間准看護師として働きながら再挑戦して合格しました。
Q3:オカリナが看護師を辞めた理由は何?
A:高校時代から芸人になる夢を持っていたこと、奨学金の返還免除に必要な勤務期間を終えたこと、看護師の仕事が自分の性格や適性に合わないと感じていたことが主な理由です。
Q4:オカリナは現在も看護師として働いている?
A:2026年10月現在、主な活動はお笑い芸人です。看護師として病院勤務を続けているという公表情報はありません。
Q5:オカリナはNSCでゆいPと出会った?
A:はい。2人はNSC東京校15期の同期で、2009年におかずクラブを結成しました。国家試験の不合格による進路の遅れも、結果的にゆいPとの出会いにつながったと本人は振り返っています。
まとめ:オカリナは看護師4年間を経て芸人として新しい道を切り開いた
おかずクラブのオカリナは、祖母が脳梗塞で倒れた経験から看護師を志し、日南学園高校の看護科、香川県の看護専門学校を経て国家資格を取得した。
国家試験に一度失敗するという挫折も経験したが、准看護師として1年間働きながら再挑戦。その後、正看護師として3年間勤務し、合計約4年間の病院勤務を経験した。
高校時代にM-1グランプリを見て芸人を志しながらも、奨学金の条件や周囲への責任を考え、すぐには転身しなかった。
そして必要な勤務期間を終え、NSC東京校15期生としてお笑いの世界へ進んだ。
2026年現在も、相方ゆいPとともにテレビ、舞台、YouTubeなどで活動している。
看護師としての経験を持つ芸人という個性は、オカリナの大きな魅力の一つだ。今後も、その独特な視点と率直なトークが、どのような新しい活躍につながるのか注目したい。
主な取材・確認資料
- CHANTO WEB(2022年11月28日):看護師を目指した理由と看護師時代の経験。
- レバウェル看護(2019年8月22日):看護学校、国家試験、病院勤務、派遣看護師時代の本人インタビュー。
- りっすん by イーアイデム(2024年2月14日):退職理由、奨学金、芸人への転身準備。
- 家族葬のファミーユ(2025年6月20日公開):祖母との別れと看護師時代の経験。
- 吉本興業公式プロフィール:所属、経歴、公演情報。