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【渡辺万美の現在】2026年はBAMBI名義でモデル・ブランド・アートの3領域に挑戦

小野寺 拓海 小野寺 拓海 • 更新: • 公開: • 読了約 24 分
目次

2026年11月現在、渡辺万美の活動を象徴するのが、ファッション、ジュエリー、アートという3つの領域だ。

特に注目したいのは、グラビアを卒業する意向を示した後も、グラビア文化そのものとの関係を断っていない点である。むしろ、後進のグラビアモデルを作品に起用し、企画や演出を手がけるプロデューサーとしての存在感を強めている。

2026年6月には藤井萩花とのコラボレーションを展開

2026年の具体的な活動として注目されるのが、渡辺万美がオーナーを務めるジェンダーフリーアンダーウェアブランド「BUSHY PARK」と、モデル・クリエイターの藤井萩花によるコラボレーションだ。

コレクション名は「GIRLS POWER」。ジェンダーフリーのトランクスや、インナー・ルームウェアとしても着用できるロンパースなどが発表された。

2026年6月12日には、東京・渋谷のTRUNK HOTELでポップアップとローンチパーティーも開催された。

この動きから分かるのは、渡辺万美の活動が過去のグラビア実績を紹介する段階にとどまらず、ブランドを通じて新しいファッション企画を生み出す段階に進んでいることだ。

FREAK MAG.ではグラビア文化を伝える活動も継続

渡辺万美は、ファッションメディア「FREAK MAG.」でも編集者として紹介されている。

同メディアでは「渡辺万美と考える愛すべき日本のカルチャー『グラビア』」という連載を展開。染谷有香、斎藤恭代、相沢菜々子、清水あいりなど、現役で活動するグラビアモデルとの対談を重ねてきた。

2025年10月31日に更新されたプロフィールでは、次の3つの役割が紹介されている。

- Bushy Parkのディレクター
- SCRATCH GIRLSのプロデューサー
- Muffのデザイナー

2026年のブランド展開と合わせて考えると、彼女の現在地は単なる元グラビアアイドルではない。自身の経験を生かしながら、モデル、ブランド、クリエイターをつなぐ活動に取り組む人物として捉えるのが適切だ。

【プロフィール・経歴】渡辺万美はどんな人物?デビューから現在までの年表

渡辺万美


渡辺万美(BAMBI)

モデル・アーティスト・ブランドディレクター
- 生年月日:1989年9月15日
- 出身地:東京都
- 2026年11月現在:37歳
- 主な活動:モデル、アートプロデュース、ファッション、ジュエリー
- 活動名義:渡辺万美、BAMBI

渡辺万美は1989年生まれ。高校時代からグラビアや下着モデルの仕事に携わり、コンテストでの実績をきっかけに芸能界へ進んだ。

2018年には写真集『BAMBI』で初めてヌードを披露。翌年にかけて海外版『PLAYBOY』での活動が注目を集めた。

テレビではNHK連続テレビ小説『あまちゃん』や大河ドラマ『軍師官兵衛』への出演歴もある。グラビアだけでなく、女優やタレントとしても活動してきた経歴を持つ。

渡辺万美のキャリア年表
時期 出来事・活動 意味・実績
2007年 芸能界で活動を開始 コンテストでの実績を経て芸能事務所と契約
2018年 写真集『BAMBI』発売 初ヌードを披露
2018〜2019年ごろ 海外版『PLAYBOY』で表紙を飾る インターナショナル版で日本人初のカバーガールとして紹介
2019年 Bushy Park始動 ジェンダーフリーの下着ブランドを展開
2021年 写真集『Orizuru』 森山大道のヌード写真作品のモデル
2023年 SCRATCH GIRLS第1弾 グラビアと現代アートを融合
2024年6月 DRELLA所属を発表 BAMBI名義でアートプロデュースへ
2024年6月 写真展・写真集『SIREN』 アンディ・チャオとの作品
2024年10月 SCRATCH GIRLS第2弾 3人のグラビアモデルとコラボ
2026年6月 BUSHY PARK×藤井萩花 「GIRLS POWER」コレクションを発表

この年表で見逃せないのは、2019年のブランド設立と2023年のアートプロジェクト始動だ。

グラビアで知名度を得てから事業を始めたのではなく、モデルとして活動していた時期から、すでに自分の価値観を形にするための事業に取り組んでいた。

つまり、2024年の方向転換は突然の決断ではない。それ以前から続いていた複数の活動が、アートプロデュースという方向にまとまり始めた転換点だった。

【海外版PLAYBOY表紙】渡辺万美が日本人初のカバーガールになった経緯

渡辺万美の名前を国内外に広めた代表的な実績が、海外版『PLAYBOY』の表紙を飾ったことだ。

この実績を理解するには、アメリカ版とインターナショナル版の違いを押さえる必要がある。

2019年8月のインタビューで、渡辺万美本人は、アメリカ版とインターナショナル版では表紙モデルの条件が異なり、自身はインターナショナル版のカバーガールを日本人として初めて務めたと説明している。

海外版への挑戦を決めた理由

当時の日本のグラビア業界では、黒髪や薄いメイク、日焼けを避けた肌など、特定のイメージが求められることがあった。

渡辺万美は、そうした画一的なイメージに違和感を抱いていたという。

転機となったのはニューヨークへの渡航だった。

海外のモデルや写真表現に触れたことで、自分自身が考える女性の身体の美しさを、より自由な形で表現したいという思いが強くなった。

そこで挑戦したのが『PLAYBOY』のオーディションだった。

本人のインタビューによれば、彼女は雑誌の中ページだけのグラビアではなく、表紙に掲載されることを目標にしていた。そのため、表紙以外の仕事を断ることもあったという。

最初にスウェーデン版から表紙のオファーがあったものの、最終的に別のモデルに決まり、その後クロアチア版の表紙が実現したという経緯も明かしている。

PLAYBOY出演がキャリアに与えた影響

海外版『PLAYBOY』への出演は、単に海外の有名雑誌に掲載されたという実績だけではない。

その後の活動にもつながる3つの意味があった。

1. 表現の自由度が広がったこと

日本国内の既存のグラビアイメージとは異なる方向性を、自分の意思で追求できるようになった。

2. 国際的な写真表現との接点ができたこと

海外の写真家やクリエイターとの仕事につながる実績となった。

3. ブランドやアートへの展開につながったこと

身体を表現することと、ファッションやアートを制作することを結びつけるきっかけになった。

実際、2021年には『PLAYBOY』との公式コラボレーション商品も展開している。自身がモデルとして得た経験を、ブランド事業へと還元した例だ。

【写真集を徹底比較】OrizuruとSIRENで見せた渡辺万美の新しい表現



『Orizuru』

2021年2月刊行
- 写真家:森山大道
- 出版:Akio Nagasawa Publishing
- モデル:渡辺万美
- 特徴:森山大道が自発的にヌードをモチーフとして制作した初の写真集。


『SIREN』

2024年6月写真展開催
- 写真家:アンディ・チャオ(ND CHOW)
- モデル:渡辺万美
- 特徴:自己変革や内面の受容をテーマにした写真作品。


1. 森山大道との写真集『Orizuru』

2021年2月に刊行された『Orizuru』は、日本を代表する写真家の一人である森山大道が手がけた作品だ。

この写真集の大きな特徴は、森山大道が自発的にヌードをモチーフとして制作した初めての写真集であること。

モデルを務めたのが渡辺万美だった。

出版社のAkio Nagasawa Publishingによる作品情報では、ハードカバー、104ページ、限定900部という仕様で紹介されている。

一般的なグラビア写真集と比較すると、写真家の芸術的な視点が強く反映された作品であり、渡辺万美の身体表現を写真芸術として捉えた重要な仕事となった。

2. アンディ・チャオとの写真作品『SIREN』

2024年6月には、写真家アンディ・チャオによる写真展「SIREN」が東京・代官山で開催された。

撮影自体は2022年に行われており、撮影終了後も写真家と渡辺万美が議論を重ね、約2年間の構想を経て展示に至った。

作品のテーマは、否認、苛立ち、葛藤、不安を経て受容へと向かう自己変革の過程。

ギリシャ神話に登場するセイレーンをモチーフに、華やかな世界の魅力と、その裏側にある自己認識を描いた作品となっている。

展示はDRELLA Art GalleryとDRELLA Art Barの2会場を使った回遊型の構成だった。写真プリント付きの限定版写真集も販売予定として発表された。

OrizuruとSIRENの違いは?
比較項目 Orizuru SIREN
写真家 森山大道 アンディ・チャオ
発表年 2021年 2024年
表現の中心 ヌードと写真芸術 自己変革と内面
作品形式 写真集 写真展・写真集
渡辺万美の役割 モデル モデル・物語の主人公

2作品に共通しているのは、身体の美しさを単なる視覚的な魅力として扱っていないことだ。

特に『SIREN』では、作品のストーリーそのものに自己実現や価値観の変化が組み込まれている。

こうした経験が、その後のアートプロデュースに結びついた背景の一つと考えられる。

【3つの事業を解説】Bushy Park・SCRATCH GIRLS・Muffの違い

渡辺万美の現在を理解するうえで欠かせないのが、3つの事業だ。

それぞれ扱うジャンルは異なるが、共通しているのは、性別や既存の価値観に縛られず、自分らしい美しさや表現を肯定するという方向性である。

1. Bushy Park:性別にとらわれない下着ブランド

「Bushy Park(ブッシー・パーク)」は、渡辺万美が2019年に始めたジェンダーフリーのアンダーウェアブランドだ。

ブランドのコンセプトは、女性用でも男性用でもなく、誰もが自由に選べる下着。

主なアイテムはブリーフ型やボクサー型のアンダーウェアで、性別による固定的な分類を避けたデザインを提案している。

TOKIONのインタビューでは、渡辺万美は自身が長く下着モデルを経験してきたことが、事業を始めるきっかけになったと語っている。

仕事で着用してきた下着を、自分自身の事業として展開できるのではないかと考えたことが出発点だった。

加えて、2021年には『PLAYBOY』との公式コラボレーションも実現。

そして2026年には藤井萩花との「GIRLS POWER」コレクションを発表した。

この展開は、ブランドのコンセプトが継続していることを示す具体的な動きだ。

2. SCRATCH GIRLS:グラビアをアートに変えるプロジェクト

「SCRATCH GIRLS(スクラッチガールズ)」は、渡辺万美がプロデュースするグラビアとアートの融合プロジェクトだ。

2023年6月、東京・代官山のDRELLA Art Galleryで第1弾の個展が開催された。

このプロジェクトの特徴は、グラビア写真にアニメ、マンガ、ゲームなどの日本のポップカルチャーを取り入れ、特殊印刷やスクラッチの表現によって作品に変化を加えること。

来場者がスクラッチを削る行為を通して、作品の変化に参加できる仕組みも採用された。

第1弾では、渡辺万美自身がモデルを務め、アーティスト・グラフィックデザイナーの「未成年」とコラボレーションした。

第2弾では現役グラビアモデル3人を起用

2024年10月に発表された第2弾では、次の3人が参加した。

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展示は2024年10月9日から13日まで、DRELLA Art Galleryで開催された。

この第2弾は、渡辺万美自身が作品に出演する立場から、他のモデルを選び、企画を動かすプロデューサーへと役割を広げたことを示している。

SCRATCH GIRLSの本質は、グラビアを単に美しい写真として展示するのではなく、日本独自のカルチャーとして再解釈することにある。

3. Muff:ラボグロウンダイヤモンドのジュエリーブランド

「Muff(マフ)」は、渡辺万美がデザイナーを務めるジュエリーブランドだ。

主にラボグロウンダイヤモンドを使用したジュエリーを展開している。

ラボグロウンダイヤモンドとは、研究施設などの管理された環境で生成されるダイヤモンドのこと。天然ダイヤモンドとは生成環境が異なる一方、化学成分や結晶構造などは同じである。

Muffの公式ブランド説明では、製造工程を日本国内で行うことや、職人の技術を生かした製作を特徴として紹介している。

ブランド名は、マリリン・モンローが飼っていた愛犬の名前に由来する。ブランドには、人々に寄り添うお守りのような存在になってほしいという思いが込められている。

3つの事業を比較すると見えてくる共通点
事業 ジャンル 渡辺万美の役割 主なコンセプト
Bushy Park ファッション オーナー・ディレクター ジェンダーフリー
SCRATCH GIRLS アート プロデューサー グラビアの芸術表現
Muff ジュエリー デザイナー ラボグロウンダイヤモンド

この3事業は、単なる副業の集合ではない。

Bushy Parkでは着るもの、Muffでは身につけるもの、SCRATCH GIRLSでは見るものを通して、自分らしい美しさを表現している。

つまり、渡辺万美はモデルとして培った経験を、異なる商品や作品へと展開しているのだ。

【ラストグラビアの理由】渡辺万美が2024年にグラビア卒業を発表した背景

渡辺万美について検索されることが多い疑問の一つが、「なぜラストグラビアを宣言したのか」という点だ。

この発言が公になったのは、2024年6月発売の『週刊ポスト』6月21日号だった。

沖縄ロケで撮影されたグラビアとともに、本人が次のようにコメントしている。

「これが私のラストグラビアです。今後はアートプロデュースなどを手がけたいです」

この発言は、DRELLAが2024年6月28日に公表した所属発表でも紹介された。

グラビアを辞める理由は何だったのか

背景にあったのは、仕事そのものへの否定ではなく、表現する側として次の段階に進みたいという意思だった。

渡辺万美は、グラビアモデルとして活動するなかで、女性の身体表現が男性視点に合わせて評価されることへの問題意識を持つようになった。

一方、海外版『PLAYBOY』への出演やアートギャラリーでの展示を経験し、ヌードやグラビアも芸術表現として成立するという考えを深めていった。

2024年の所属発表では、本人が今後の方向性について次のように説明している。

「グラビアをアートとして世界に発信していくことに専念していきたい」

また、自身の身体を使って表現する女性たちが、自分の内面にある美しさや力を再発見できる場を作りたいという考えも示している。

ラストグラビアはグラビア文化との決別ではない

ここは誤解されやすいポイントだ。

2024年の発言は、自身のグラビア活動に一区切りをつけるという意思表示であり、グラビアというジャンルそのものから離れるという意味ではない。

実際、FREAK MAG.では現役グラビアモデルとの対談を継続している。

SCRATCH GIRLSでも、グラビアモデルを作品の出演者として起用している。

この違いは大きい。

活動の段階 主な役割
これまで 自身がグラビアモデルとして出演
2023年以降 自身の経験を作品や展示に反映
2024年以降 他のモデルやアーティストを起用・プロデュース
2026年 ブランド事業やコラボレーションを展開

自分自身が被写体になるだけでなく、誰を起用し、どのようなテーマで作品を制作し、どのように世の中へ届けるか。

その役割へと軸足を移したことが、ラストグラビア発言の重要な意味だ。

DRELLA所属で海外展開を視野に

2024年6月28日、渡辺万美はアーティストエージェンシー「DRELLA」への所属を発表した。

DRELLAはアートプロデュース事業を展開しており、代官山のアートギャラリーを運営している。

渡辺万美は、それ以前にもDRELLAのギャラリーでアート展や写真展を開催していた。

そこで自身が考える表現の方向性について理解と支援を得られたことが、所属契約につながったと発表されている。

また、海外での活動も視野に入れ、アーティスト名を「BAMBI(万美)」とすることも報告した。

この所属は、単なる芸能事務所の移籍というより、モデル活動を基盤としたアートプロデュース事業を進めるための環境づくりという側面が強い。

【プロの結論】渡辺万美のキャリアが示すグラビアとアートの新しい関係

渡辺万美のキャリアを振り返ると、単純なグラビアアイドルから実業家への転身という説明では不十分だ。

重要なのは、過去の経験を捨てずに、経験そのものを新しい事業の資産へ変えていることだ。

1. 被写体からプロデューサーへの役割の変化

グラビアモデルは、撮影される側として作品に参加することが多い。

しかしSCRATCH GIRLSでは、渡辺万美は作品のテーマ設定、モデルの起用、アーティストとのコラボレーションなど、制作を動かす側に回っている。

これはキャリアの延長線上にある自然な変化だ。

モデルとして現場を経験しているからこそ、出演者の立場や表現上の悩みを理解しやすいという強みがある。

2. 身体表現をファッションとアートへ横展開

Bushy ParkとSCRATCH GIRLS、Muffは別々の事業だが、根底にある考え方には共通性がある。

- Bushy Park:性別による服装の固定観念を変える。
- SCRATCH GIRLS:グラビアの表現方法を広げる。
- Muff:ジュエリーを通して個人の美意識を表現する。

これらは、外見や性別によって人の価値を決めるのではなく、一人ひとりの個性を尊重するという考え方につながっている。

3. 今後の評価で注目すべきポイント

2026年以降の活動を評価する際には、単に写真集の発売やメディア出演の数だけを見るべきではない。

注目したいのは次の3点だ。

1. SCRATCH GIRLSの新作展開

第2弾以降、どのようなモデルやアーティストと協業するのか。

2. BUSHY PARKのブランド成長

2026年の藤井萩花とのコラボレーションに続き、どのようなクリエイターとの共同企画が実現するのか。

3. 海外でのアートプロデュース

BAMBI名義で日本のグラビア文化を海外にどのように発信していくのか。

この3点が、今後の活動を読み解く判断材料になる。

渡辺万美に関するよくある質問(FAQ)

Q1:渡辺万美は現在何をしている?

A1:2026年現在、BAMBI名義でも活動するモデル・アーティストとして、Bushy Parkの運営、SCRATCH GIRLSのプロデュース、Muffのジュエリーデザインなどに取り組んでいる。2026年6月には藤井萩花とのブランドコラボレーションも発表された。

Q2:渡辺万美は海外版PLAYBOYの表紙を飾った?

A2:はい。インターナショナル版『PLAYBOY』の表紙を日本人として初めて飾ったと本人が2019年のインタビューで説明している。アメリカ版とインターナショナル版は区別して理解する必要がある。

Q3:渡辺万美がラストグラビアを宣言した理由は?

A3:2024年6月、グラビアをアートとして世界に発信する活動に専念したいという意向を示したため。自身が出演する仕事から、モデルやアーティストを起用して作品を生み出す活動へ軸を広げている。

Q4:渡辺万美の写真集OrizuruとSIRENの違いは?

A4:『Orizuru』は2021年刊行の森山大道による写真集で、『SIREN』はアンディ・チャオが撮影した作品。後者は2024年に代官山で写真展として公開された。

Q5:渡辺万美の現在の所属事務所はDRELLA?

A5:2024年6月28日にアーティストエージェンシーDRELLAへの所属を発表している。海外活動も視野に、BAMBI名義でアートプロデュースに取り組む方針を明らかにした。

Q6:渡辺万美のBushy Parkはどんなブランド?

A6:性別で区分せず、誰でも自由に選べる下着を提案するジェンダーフリーのアンダーウェアブランド。2026年には藤井萩花とのコラボレーションコレクションも発表している。

まとめ:渡辺万美はBAMBIとして表現の幅を広げている

渡辺万美は、グラビアアイドルとして知名度を獲得し、海外版『PLAYBOY』の表紙という実績を残した後、自身の経験をファッションやアートへと展開してきた。

2024年のラストグラビア発言は、そのキャリアにおける大きな転換点だった。

現在の活動を整理すると、次のようになる。

- BAMBI:海外展開も視野に入れたアーティスト名義。
- Bushy Park:ジェンダーフリーのファッション事業。
- SCRATCH GIRLS:グラビアを芸術作品として発信するプロジェクト。
- Muff:ラボグロウンダイヤモンドを使用したジュエリーブランド。
- DRELLA:2024年に所属を発表したアーティストエージェンシー。

2026年の藤井萩花とのコラボレーションは、ブランド事業が現在も具体的に展開されていることを示す出来事だ。

渡辺万美のキャリアで最も興味深いのは、グラビアを辞めることによって過去を否定したのではなく、グラビアで培った経験を次の表現者へとつなげようとしている点にある。

被写体から企画者へ、モデルからプロデューサーへ。

BAMBIとしての今後を追ううえでは、写真集やグラビアの新作だけでなく、どのような作品を生み出し、どのような才能を世に送り出すのかにも注目したい。

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小野寺 拓海

アニメ誌編集を経て Web メディアへ。放送・配信の日程は作品公式サイトと各配信サービスの告知で確認し、ガジェットの仕様はメーカーの公式スペック表を引用します。

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